第二十四話「狐神の想い」
俺達は全員最初の部屋へと戻ってきた。
レヴィアタン「………。」
レヴィアタンは顔面蒼白で少し震えている。バアルペオルとマンモンも俺の力をわかってはいただろうが目の前で見せられて自分達の見通しがまだ甘かったと思ったのだろう。その目には今まではなかった怯えが含まれている。
だが一人だけ違う視線を送ってくる者がいた。アスモデウスだ。頬を紅潮させ潤んだ熱い視線を俺に向けている。他の者もいるというのに自身の体を弄るように抱いて悶えている。あまり見ていると俺にとっても目に毒なので視線を外す。
俺は先ほどの戦いに思考を移す。やはり俺は弱い。威力で言えば師匠も遥かに凌駕する。だが戦い方が下手なのだ。有り余る神力に物を言わせて力ずくで消し飛ばすのは簡単だ。しかしいかに効率よく僅かな力で最大の結果を出すのかということに関して言えばガウにすら劣る。力加減が苦手なのは相変わらずだがそれは慣れでなんとかなるだろう。何度も言うが最初は基準がわからないのだから仕方がない。今回の加速状態は初めて起こった事態でありその間に使った力があんなに影響があるとは思わなかったのだ。これは加速の能力を何度も使いどの程度の力でどれくらい増幅されるのか検証して慣れるしかない。
回避などの体捌きも問題ない。避けるだけならうまく避けられる。ルキフェル程度が相手ならば加速を使わず人間並に制限しても掠りもしないだろう。俺にとっての最大の問題は攻撃だ。普通に攻撃しては威力が大きすぎて周囲まで破壊してしまう。細かな神力コントロールまで出来るようになっているはずなのになぜか俺の攻撃は全て大威力になってしまうのだ。蟻一匹殺すのにいちいちツァーリボンバを使っていては世界が滅んでしまう。今後の課題だった。
サタン「アキラ殿、ルキフェルのことについて…。」
アキラ「俺に個人的に挑んできた者がいた。戦ったのも死んだのも本人の責任だ。」
俺はサタンに最後まで言わせない。これはルキフェルが勝手に俺に挑み勝手に死んだことだ。俺に挑んできた責任を帝国に問うつもりはないが俺が殺した責任も問われる謂れはない。
サタン「………すまぬな。」
アキラ「それはもういい。…それで、まだ俺に文句のある奴はいるか?」
俺は会議室のような場所にいる帝国の幹部を見渡す。レヴィアタンは露骨に顔を下に向け俺と視線を合わせないようにしている。バアルペオルとマンモンは最初からそんなものはない。サタンとバアルゼブルも最初から俺の要求を受け入れるつもりだった。
アスモデウス「黒き…いえ、アキラ殿の言われる要求を帝国が呑むと言われるのでしたら私は反対はしませんわ。」
アスモデウスの言葉を受け全員がアスモデウスを見る。
アスモデウス「ですが…私はアキラ殿とまだまだ分かり合わねばなりませんわ。そこでこれから私の部屋で二人っきりでお話できません?」
色っぽく唇をチロリと舐めながらそう言うアスモデウス。しかしどう見ても話し合う気などなさそうだ。きっとこれにホイホイ付いていけば俺の貞操の危機だろう。それくらいは俺にでもわかる。
狐神「ちょっと待ちなよ。アキラは私のだからね。」
隣の椅子に座る師匠が体を俺の方に近づけて俺を抱き締める。師匠の柔らかいメロンが当たって気持ちいい。それに良い匂いがする。師匠とアスモデウスの間で視線が火花を散らしている。
アスモデウス「あら?それでしたら三人で楽しみましょうか?」
アスモデウスはまだまだ余裕があるようだ。
ガウ「がうもご主人と一緒に行くの。」
ミコ「!アキラ君が行くのなら私も行きます。」
フラン「当然私もアキラ…さんのお傍にいます。」
ガウはわかっていないだろうが他の二人も参戦してくる。しかしアスモデウスの余裕は崩れない。
アスモデウス「あらあら。四人も同時にお相手されているのですか?それでしたら私一人くらい増えても問題ありませんよね?アキラ殿。」
サタン「余の初恋の人もアキラ殿なのだ。」
全員「………。」
サタンの突然のカミングアウト。そんな話は聞きたくない。おっさんに好かれても気持ち悪いだけだ。
サタン「圧倒的力でねじ伏せられあわや死ぬ寸前という状態になっても余は初めて見た時から黒き獣に恋焦がれておった。」
全員白目を剥きそうになっているがバアルゼブルだけはウンウン頷いている。
サタン「その黒き獣アキラ殿が来られたのだ。今夜は食事会を開こう。アキラ殿達にも是非出席していただきたい。五人で休める部屋も用意するので城に泊まって行かれるがよかろう。」
これはサタンなりの俺への援護射撃だったのだ。アスモデウスは折れそうになかった。だが皇帝が俺を食事に誘っているにも関わらずそれを差し置いて俺を部屋に招くなど六将軍の立場では出来るはずもない。
アキラ「世話になろう。」
バアルゼブル「ではご案内いたそう。」
バアルゼブルが立ち上がり俺達を先導する。それでもまだアスモデウスは諦めていないのか俺に投げキッスをして小さく手を振っている。
狐神「アキラ…まさかあんなのに誘われて乗せられやしないだろうね?」
アキラ「まさか…。まだ師匠とだって何もしてないのに今日会ったばかりの人と何かするわけないでしょう。」
ミコ「え?そうだったの?私はてっきりキツネさんとはもう色々と…。」
最後の方はごにょごにょと何を言っているかわからなかったがミコが言いたかったことは大体わかった。
アキラ「俺はまだ誰にも手を出したことはないからな。」
ミコ「そっか…。よかった。」
フラン「(私はいつでも準備できていますよ。)」
賑やかに廊下を歩きながら俺達は宛がわれた部屋へと辿り着いた。
バアルゼブル「こちらでお休みくだされ。食事の用意が出来たら呼びにまいりますでな。」
アキラ「ああ。ありがとう。」
ミコ「わぁ…。素敵な部屋…。」
ミコはうっとりと見入っている。室内は高級感が漂っているが派手な成金趣味ということもなく落ち着いた雰囲気で纏められている。俺は安いボロアパートに住んでいたので縁がなく実際どれくらいの大きさなのかは知らないがキングサイズベッドと呼ばれるようなサイズのベッドを二つ繋げたほどの巨大なベッドがある。五人同時でも悠々眠れる広さだがこれで皆一緒に寝ろということか。俺達はそういう関係に見えていたのだろうか。
会議室に良いタイミングで入ってきたことから何らかの方法で遠隔地の監視をしているのかもしれない。魔法等は感知出来なかったのに会議室は監視されていたことからこの部屋も監視されている可能性は考慮しておいた方がいいだろう。とは言えそんなことを気にしていては何も出来ないのでバアルゼブルが戻り俺達五人だけになった部屋で俺は皆を集めた。
アキラ「ちょっと話がある。」
俺が話したのはもちろん先の戦いについて。俺は自身の神力で相手の神力を削るのが下手で弱い。ということを皆に聞いてもらった。
ミコ「アキラ君…。アキラ君はこれ以上どこへ行こうとしているの?」
フラン「これが…絶対的強者の悩みなのですね…。」
ガウ「ご主人ががうより弱いなんてありえないの。」
狐神「大きな力で敵を屠れるのなら小さな力でわざわざちょっとずつ削る必要はないんじゃないのかい?アキラの感性は随分変わってるとは思っていたけどまさかアキラが自分で自分を弱いと思ってるほど変わってるとはねぇ…。」
皆散々な言い様だった。
アキラ「でも考えてみてください。さっきのルキフェルの時だって師匠が声を上げてなければ威力を抑えず大惨事になっていたかもしれません。」
狐神「あぁ~…。あのままだったら訓練場は衝撃で消し飛んでいただろうね。私が周りを守るつもりだったから皆は無事だったろうけどね。」
アキラ「戦いのたびに周囲を破壊していたらいつ大惨事になるかわかりません。市街地で戦う可能性もあるんですから。」
狐神「でもブレーフェンでもうまく制圧してたし魔の山でもウィッチの村でもうまく魔法を制御してたんだろう?」
アキラ「え?」
狐神「…え?」
そう言われればそうだ。確かに時々大惨事寸前の事態を引き起こすが基本的にはうまく制圧できている。今回は加速能力が発動してしまったが故だろうか?大体俺が失敗してやりすぎている時は何らかの新しい能力を使っている時だ。今回も初めての能力で加減がわからなかったからか?心配し過ぎなのだろうか。
狐神「………。でも一つだけわかったよ。アキラは臆病なのさ。力を使ってやりすぎてしまうのも臆病になって踏み込めない。だけど少しの力で敵を倒せなければどうしようと思って手加減するのも臆病になってしまう。ガウがマンモンをうまく倒したと思っているのはそこだろうね。」
アキラ「………なるほど。」
俺は基本的に一撃でケリをつける。人間族や中央大陸で出会ったレベルの獣人族ならばほんの軽い力で簡単に制圧できる。だから力加減を間違えることなく軽く制圧できた。魔の森やウィッチの村での魔法は魔力を込めて撃ち出すだけなので最初の設定で送り込んだ魔力量が適量ならばオーバーキルすることもない。
だがマンモンやルキフェルほどの高位者相手ならばどうだろうか。俺がこれくらいでいいかと思った量では少なすぎるかもしれない。無意識にそう思っているから一撃で決めるためにオーバーキルしすぎているのではないだろうか。だが俺は力が強すぎるために力を込めすぎてはいけないという思いもある。その葛藤のせいで精密なコントロールが失われているのかもしれない。
ガウはマンモン相手に確実にダメージを積み重ねた。それはあの時俺があれくらいに制限しろと言っていたことを守っていたから他に方法がなかったのは確かだが、それでも俺よりよほど堅実な戦い方をしている。
狐神「アキラに足りないのは実戦経験だね。弱い魔獣程度じゃ制御を間違えることはないんだから。もっと強い相手の時にどれくらいで倒せるのかきちんと計れてないんだよ。」
アキラ「そう…ですね。前のアキラはお構いなしに高威力でぶっ飛ばしてました。だから俺の中には最適な威力に加減するという経験がない。そして師匠の言うように臆病な俺は一撃で決めるためにオーバーキルしすぎてしまう。」
フラン「北大陸の魔獣を弱いと言い切れるほうがすごいことなんですが…。」
ミコ「アキラ君も悩みがあったんだね。何だかかわいい。」
ガウ「が~う~♪が~う~♪」
アキラ「皆真面目に聞いてるか?何故俺の尻尾を触る必要がある?」
外套を脱ぎ伸ばしたままの尻尾を全員がモフモフしている。
アキラ「師匠は自分の尻尾があるでしょう…。」
狐神「自分で自分の尻尾を触っても楽しくないだろう?」
アキラ「そうですか…。」
ミコ「一つだけ私から言っておくことがあるのだけれど…。」
ミコが声をかけてくる。もちろん相変わらず尻尾はモフモフされている。
アキラ「どうした?」
ミコ「アキラ君の言う人間並とか獣人並って強すぎるよ?」
アキラ「なん…だと…?」
ミコ「なんて言うのかな…。人間も獣人も得手不得手があるんだよ?でもアキラ君達の能力制限?というのは全部の能力が一定なの。ごめんなさい。うまく説明できてないけれど…。」
アキラ「いや…。十分だ。ありがとう。」
なんということでしょう。ミコに言われてようやく気づいた。端的に言えば俺達の能力制限は各能力においてその種族で最高レベルくらいの物に制限されているのだ。
単純に全能力をオール100に制限しているとしよう。短距離走で世界最高の人間と同じ速さで走れるだけの能力だ。だがフルマラソンでも世界最高の人間と同じ速さで走ることもできる。そして重量挙げで世界最高の人間と同じだけの重量を挙げることができる。一人の才能ある人間が一生を賭けて一種類だけ鍛え上げた最高の状態と同じだけの能力が全ステータスに振られているということだ。これでは確かに強すぎる。どの競技でも格闘技でも世界一位になれる超人になってしまう。
狐神「そういえば人間族は神力が少ないし獣人族も内側に作用する神力だから総量が少ないもんねぇ。」
そしてこれだ。人間族や獣人族は神力が少ない。例えば体力100だとしても神力は10しかないというようなことはザラにある。中には神力の多い者もいるが…。それなのに俺達は全能力を一括で制限しているので神力まで100になっている。これでは人間族や獣人族にしては多すぎる。
だがそれでようやく謎は解けた。六将軍が普通の獣人族レベルの神力を見てビビるはずはない。だが獣人族は身体能力が高いので俺達の制限値が高くなっているのだ。その制限に合わせた神力では魔人族の将軍ですらビビる神力量というわけだ。
狐神「それでこれから能力制限はどうするんだい?」
アキラ「………もう今更ですね。このままにしておきましょう。普段は神力を隠しているのでほとんどの者は気づきもしないはずです。」
その後俺達は食事会に呼ばれるまで思い思いに過ごした。
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サタンの主催した食事会に呼ばれ広い食堂に集まる。ここにいるのも会議室にいたのと同じ面子だ。俺達五人と帝国側はサタンと六将軍の残りの五人しかいない。あとは給仕係りがいるだけだった。
サタン「よく来てくれたアキラ殿。」
アキラ「俺は堅苦しい挨拶や作法は知らないぞ。」
サタン「なに気にすることはない。これは内々での食事だ。」
アキラ「そうか。ならば遠慮することもないな。どこかの誰かさんは俺が礼儀作法を知らないとうるさかったからな。」
レヴィアタンがびくりと肩を跳ね上げ少し青褪めた顔でカタカタと震えている。
ミコ「もぅ…、アキラ君あまり意地悪したら可哀想だよ。」
アキラ「散々苛められたのは俺の方だと思うがな。」
サタン「それでは食事を始めるとしよう。」
サタンの合図で給仕達が動き始める。日本ではこういう料理は食べたことがないのでよくわからないが味はかなり美味しかった。しかし俺とミコ以外にはあまり評判は良くなかったようだ。
狐神「アキラの料理の方がおいしいね…。」
ガウ「がう…。ご主人のから揚げが食べたいの。」
フラン「宮廷料理に勝ってしまうとはアキラ…さんは何でも完璧なんですね。」
ミコ「これはこれで美味しいと思うのだけれど皆はアキラ君の方が良いみたいだね。地球人とは味覚が違うのかな?でもアキラ君の料理も地球の味だよね…。」
ガウ「がうぅ…。」
ガウは食が進んでいない。食いしん坊のガウには辛いだろう。俺はそっとガウにから揚げを出してやった。
ガウ「がうがう!ご主人ありがとうなの。」
ガウが大きな声を出したので注目を集めてしまった。マンモンはガウに出したから揚げをガン見してゴクリと喉を鳴らしている。
バアルゼブル「それは何ですかな?」
明らかに他の者と違う料理がガウの前に並んでいるのだ。一目見ればこれはこの食事会で出された料理とは違うことがわかる。流石に相手に食事に誘われたのに違う料理を出して食べるのは失礼すぎたか…。
ガウ「がうっ!ご主人の料理なの。じぃじにもあげるの。」
ガウはから揚げを一つ取ってバアルゼブルの元へと駆けていった。
バアルゼブル「これはこれは。ありがとう。…ふむ。もぐもぐっ。………うまいっ!」
バアルゼブルはしげしげと眺めたあと一口で頬張り大声を上げた。
サタン「ごほんっ…。バアルゼブルよ。余より先に食すとは…。」
バアルゼブル「はっ!………いえ、これは毒見でございますぞ陛下。」
全員の視線が俺に集まる。無言で催促されているのだろう…。仕方がないので全員分振舞ってやる。
サタン「………これはっ!このような物がこの世界にあったのか…。」
アスモデウス「美味しいですわ。」
バアルペオル「まるで食べるだけで元気が出てくるようだ。素晴らしい。」
バアルペオルは鋭い。その推測は正しい。本当に食べるだけで元気になるのだ。
レヴィアタン「………ぐすっ。」
レヴィアタンは一口食べて泣き出した。意味がわからない。
マンモン「………これだ。これこそが俺が求める………。」
マンモンは相変わらず何が言いたいのかわかりにくい。それからは俺の料理を食べる会に変わってしまった。確か俺が食事に誘われたはずだったのだが…。どうせマンモンから報告が行くだろうと思い袋から出す振りをしてボックス自体は見せてしまっている。
バアルゼブル「ほう…。これが古代の魔道具ですか…。ふむ…、普通の袋にしか見えませんな。」
その通りだ。ロベールはあっさり引き下がったがバアルゼブルは簡単には騙されないかもしれない。
バアルペオル「だがここから出ている。実際に見せられている以上疑いようがないだろう?」
ナイスだバアルペオル。単純な奴は楽でいい。そのままバアルゼブルを説得してくれ。
サタン「アキラ殿の料理堪能させてもらった。すまぬな。余が食事に誘ったはずであったのに余がいただくことになってしまった。」
アキラ「気にするな。その代わり明日の朝は調理場を借りたい。料理を作っておきたいからな。」
サタン「それは構わぬが……。」
アキラ「………余った食材でお前達の朝食も用意してやろう。」
サタン「催促したようですまぬな。」
しれっと言いやがって…。明らかにあの顔は『俺のも作って』って顔だっただろうが…。何か俺は料理人みたいになっている。だが北回廊の食材も北大陸に入ってからの食材もかなり余っている。きちんとした調理設備の整っているここである程度調理しておきたい。
その後は皆で雑談して過ごした。この皇帝は本気で前の俺に惚れていたようだ。いかに恋していたか熱く語られた。おっさんにそんな話をされても気色悪いだけだ。だが今は別に言い寄ってくるわけではないので大人になってから中学生くらいの頃の初恋の話を懐かしむような感じなのだろう。これ以上帝国と揉める気もない上に今の上層部は俺に対して敵対する気はないのでそれなりに楽しい会話もしながら過ごせた。
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食事会も終わり俺達は部屋へと戻ってきている。
ミコ「楽しかったね。」
アキラ「ああ…、そうだな。この国では俺達の自由はかなり認められた。これからは余計な心配はいらないだろう。」
フラン「ウィッチ種も救われました。アキラ…さんにはどれほどお礼を言っても言い尽くせません。」
アキラ「気にするな。俺の都合でもある。」
ガウは途中で眠ってしまい師匠に抱えられベッドに寝かされていた。
狐神「今日は私がアキラの隣だからね。」
フラン「わかってます…。」
今夜はフランが余るらしい。俺はこのローテーションについて知らないので寝る前にならないと誰が横にくるのかわからない。
ガウを俺の上に乗せて抱きかかえ左右には師匠とミコが寝転がる。師匠が余ると俺に膝枕をするのだがフランはなぜか俺の足元に陣取って眠る。
狐神「アキラ…。」
暫く経ち皆が寝静まった頃師匠から声を掛けられた。
アキラ「どうしました?」
狐神「どうしてミコやフランを受け入れてやらないんだい?」
アキラ「それは………。」
狐神「アキラだって二人のことを憎からず思っているんだろう?」
確かにその通りだ。でなければ旅の同行などさせていない。フランは別に俺のことを好いているわけではなく過去の黒き救世主の話を聞いて育ったのとウィッチ種と帝国との争いに終止符を打つために付いて来ているのだろうが…。
………そこで俺は考える。ではなぜ駄目だと思うのか?地球にあった某宗教では一夫一婦制と決められておりその倫理観に従って教育され育ってきたからだ。その某宗教の影響で倫理観を植えつけられたからという以外の正当な理由はあるのだろうか?
この某宗教が世界的宗教になる前はどこの国でも一夫多妻制など当たり前であった。そもそもこの宗教を信仰している周辺諸国だって王侯貴族は例外で一夫多妻が認められている。基本的には禁止だけどこの人は特別なので例外です、等と区別をつけられること自体がこの考えの根拠に乏しい証拠だろう。
ハレムあるいはハリームという日本でハーレムと呼ばれるもの。これもそもそもは同じ貞操観念から来ているものなのだ。一夫多妻を認める宗教であったがために某宗教と倫理観が違うとして穢れた肉欲の園のようなイメージで歪曲されているが本来は日本で言うところの大奥に近いものだ。日本の向かいにある某大陸国も後宮というものがありそこでは皇帝か去勢された宦官しか入れなかったのだ。妻が配偶者や親族以外の男と会わないようにするためのものでありむしろ強い貞操観念があるからこその制度だったわけだ。つまりハーレムとは妻達が他の男と密会しないために家族しか入れない場所のことなのだ。
一夫多妻を認めている理由も昔は戦争で男が大勢死ぬのが当たり前の社会であったため生活に困窮する未亡人が多かった。そこでその未亡人達を養うことを目的として財力のある者には一夫多妻を認めていたのだ。
ネコ科の動物、ライオンなども強い雄が複数の雌を連れている。人間は知能があってそのようなことは未開で野蛮なことだ等という中身の何もない感情論以外ではより優れた者の子孫を残すという生物学的にも一理あることだろう。
ここまでは肯定的な見方をした場合だ。では否定的な見方をしてみよう。
まず家族、家庭、跡継ぎに混乱が起きるだろう。少なくとも現代日本で突然一夫多妻を認めた場合家庭崩壊が起こるだろう。今は跡継ぎがどうこうという観念はほとんどなくなっているが昔でも誰が跡継ぎになるかで家督争いが起こっていた。そもそもそれは本当に自分の子か?という疑いを持つようになるだろう。
だがそれも日本では中世貴族は母の実家で子を育てる制度があり跡継ぎの問題も現代人がイメージで思っているほど起こっていない。つまり誰が父かはわからずとも生んだ母は間違いなく母であるということだ。また父も自分の実子でなくとも自分の子供として育てればそれが自分の子であるという大らかな時代であった。
時代が飛ぶが戦国時代や江戸時代などはむしろ家を存続させるためにはたくさんの子供を持つのは当たり前であり自分の子でなくとも家の存続を最優先していた。実の兄弟であろうと相続争いは起こり異母兄弟であろうと起こらない場合は起こらないので実の兄弟なら大丈夫で異母兄弟は争いの元になるというわけではない。この日本の家制度あるいは家族制度というものが失われたことで『子供が生まれなくて家が断絶しても夫婦で暮らせればいい』という風潮を生んでいるのは間違いないだろう。
結局否定的意見のつもりでそうでもなかったな…。
だが一つだけどうしても外せない否定的意見がある。それは…。
アキラ「俺は師匠が俺以外の男といちゃいちゃしたり…、ましてや子作りなどしていたらきっとその相手を殺すでしょう。」
狐神「ふふっ。うれしいね。だけど私がそんなことをするわけないだろう?」
アキラ「では逆に師匠は俺が他の女といちゃいちゃしたり子作りしていても何も思わないんですか?」
狐神「………。羨ましいと思うか次は私とって思うんじゃないかねぇ…。」
アキラ「俺は自分がされたら嫌です。だから自分が好きな人にもそんな思いをさせたくない。」
狐神「じゃあミコやフランの気持ちはどうなるんだい?」
アキラ「え?」
狐神「私は偶々最初にアキラに会った。それだけのことだろう?ミコが先にアキラとそうなっていたとしたら私の思いは諦めないといけなかったのかい?」
アキラ「それは…。」
狐神「私はアキラが好きさ。ガウも好きさ。ミコだってフランだって好きさ。誰か一人しか好きになっちゃいけないのかい?その人に好きな人がいたら諦めないといけないのかい?皆受け止められる者は受け止めればいいんじゃないのかい?」
アキラ「………。」
狐神「私は運が良かっただけさ。だからミコにも思いを諦めて欲しくないし私が逆でも諦める気になんてならないよ。」
アキラ「師匠は俺が浮気しても何とも思わないんですか?」
狐神「本当に好きでお互い想い合っているのなら浮気じゃないさ。ミコにはミコの良い所があるしフランにはフランの良い所がある。それぞれ違う者なんだ。それぞれ違う所を好きになったって当たり前だろう?ただ私のことも忘れず傍にいさせてくれたらそれでいいんだよ。」
アキラ「俺は…。」
狐神「アキラに付いてきている者はそれでもいいって者ばかりさ。あとはアキラが受け入れるかどうか。それだけなんだよ。考えておきな。」
アキラ「………はい。」
ミコ「………。」
フラン「………。」
俺は師匠に言われたことをずっと考えていた…。
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翌朝早くに俺は城の調理場へと向かう。まだ早朝だというのにミコも起き出し俺に付いてきた。
ミコ「私も手伝うよ。」
アキラ「助かる。それじゃこれの下ごしらえを頼む。」
ミコ「うん。任せて。」
俺達は並んで調理する。ミコも中々料理がうまくて手際がいい。
ミコ「ふふっ。」
アキラ「どうした?」
ミコ「ううん…。ただ…こうして二人で並んでお料理するのもいいなって…、ちょっと思っただけだよ。」
アキラ「そう…だな。」
ミコ「他の人はあまり料理しないからこの時だけは私がアキラ君を独り占め出来るね。」
そう言ってはにかんだミコの笑顔はかわいかった。
そろそろ皆起きて来る頃だろう。すでに結構な量の食材を調理出来た。帝国側の六人分と俺達五人分の朝食も作ってある。昨晩と同じ食堂でまた全員で朝食を食べた。
サタン「アキラ殿暫くこの城でゆっくりされてはどうかな?」
アキラ「アスモデウスが俺を狙っているから長居は出来ないな。」
アスモデウス「あら?あらあら?よろしいじゃありませんか。私ともっと色々お話しましょう?」
アキラ「お話だけで済みそうにない気がする。」
アスモデウス「うふふっ。四人も侍らせているのですからもう一人くらい増えても大丈夫でしょう?」
アキラ「今後お前に何の気持ちも抱かないとは確かに言い切れない。だが今のところお前に対して特別な気持ちを持つ可能性は0%だ。」
アスモデウス「ですからその可能性を上げるためにお話したいのですけど?」
アキラ「お前は途中の過程をすっ飛ばしてその先に行こうとしてるようにしか見えない。」
アスモデウス「うふふ。お見通しでしたか。私だけは六将軍でその名の通りですものね。」
ルクスリア、色欲だ。マンモンはアワリティア、強欲の名を戴いているが強欲ではなかった。この名前は受け継がれているということなので別に本人の気性や性格を現しているわけではないのだろう。だがアスモデウスだけはぴったりだった。
サタン「本当にもう行かれるのか?」
アキラ「ああ、旅の途中なんでな。目的がある。」
サタン「記憶というやつかね。これを持って行くがいい。これを見せれば帝国内で逆らう者はいまい。それではまた来られるがよかろう。」
アキラ「わかった。また寄らせてもらおう。」
サタンから指輪を渡されたので受け取る。何かマークのような物を模っている。万が一帝国内で困ったことがあったらこれを見せてみることにしよう。
サタン「旅立つ友に黒き魔神の祝福のあらんことを。」
サタンが胸に手を当て祈ると六将軍達も同じポーズを取った。俺達はパンデモニウムにあるサタンの城を旅立った。
アキラ「フランは帰らないのか?帝国との交渉は纏まったし報告もしなければならないんじゃないのか?」
フラン「最初に言ったはずです。私は私の魔法の修行のために同行させてもらうんです。」
アキラ「そうか…。じゃあ行くか。」
正式にフランを加えて五人となった俺達は次の目的地へと向けて進みだした。




