第二十二話「アキラの疑問」
最初の頃は俺達を監視している者とフランくらいしかウィッチ種と会うことはなかったが最近では村のウィッチ種とも良好な関係を築きつつある。俺達は宛がわれた部屋に軟禁状態だと思っていたので魔法の練習以外は部屋で大人しくしていた。だがフランにそういうわけではないと聞いてから出歩くようになったのだ。
まず俺達はウィッチ種の客というわけではないので食事等を全て世話になるわけにはいかないと思い狩りをして自分達の分は自分達で獲っている。その際獲れすぎた獲物はウィッチ種にお裾分けしていたのだがこれが大変喜ばれた。それからは村の猟師に魔獣の情報を聞いたりして仲良くなれた。
次に風呂の件だ。俺が風呂を作って村に譲渡したのだがその風呂が大好評だった。今までだってウィッチ種は魔法が得意なのだから魔法で風呂を用意すればよかったのではないかと思うがそういう使われ方はしなかったようだ。また俺の風呂の作り方がウィッチ種には画期的だったようで今までよりも簡単に準備が出来て手軽に入れるようになったらしい。連日大賑わいになっていた。だが俺達が入る時になると俺達以外は誰もいない。普段は非常に混み合っているのに俺達が入る時だけ他のウィッチ種は譲ってくれている。
こうして俺達はウィッチの村を歩いていても声を掛けられたり挨拶されたりする程度の関係にはなれた。だがこの村に俺はある違和感を感じていた。若そうな魔女っ娘達しかいないのだ。村で見かけないだけでドロテーもいるし隠居して家に引きこもっている老人はいるのだろう。ウィッチ種は全体的に若く見えるのでヘラも割りといい年のはずだが少女のように若く見えるが村で見かけるのはほとんどが本当に若い少女達だけなのだ。
アキラ「フラン。この村にはほとんど若い娘しかいないようだがなぜだ?」
狐神「五人目を探してるのかい?」
アキラ「……師匠。どうしてそういう解釈になるんですか?」
フラン「帝国の領地と接する森の端に主力が配置されているからです。」
アキラ「…そうか。仕事の引継ぎはあとどれくらいかかりそうだ?」
フランは俺達と一緒に旅に出るので村の代表者を交代して仕事の引継ぎをすることになっている。俺達が未だにウィッチの村にいるのはこれが終わるのを待っているからだ。
フラン「あとは今日中に終わるはずです。明日には出発できます。私のせいで何日も足止めしてしまって申し訳ありません。」
アキラ「気にするな。責任も果たさず黙って出て行くよりいい。それにこの村でもフランのお陰で色々と有意義に過ごせた。」
フラン「………アキラ…さん。」
少し頬を赤く染めて三白眼で睨んでいるように見える。だが最近俺は少しずつフランの表情が読めるようになってきた。普段は眠そうな目でぼーっとしているように見えるし今は三白眼で睨んでいるように見えるがこの表情は少し照れて感謝している時の顔だ。フランの感情が読めるようになってくるとだんだん会話するのも楽しくなってくる。その姿も何だかかわいいように思えてしまう。
ドロテー「おやおや。お邪魔でしたか?」
俺とフランが見詰め合っているので何か勘違いしたのだろうか。ドロテーが部屋に入り遠慮しながら声をかけてきた。ここは俺達に宛がわれている部屋がある建物で村役場のようなものだ。
アキラ「ドロテー…。出歩いて大丈夫なのか?」
ドロテー「床に臥せるばかりになるなとおっしゃったのはアキラ様ではないですか。」
アキラ「それはそうだが。」
ドロテー「それにこれからは忙しくなるのです。寝ているわけにもいきませんよ。」
アキラ「そうか…。そうだな。次にまた立ち寄るまで生きていろよ。」
ドロテー「はい。またアキラ様がお越しくださるまで生きてみせます。」
最近のドロテーは生き生きしている。余命数年と言えば長いように感じるが人間の20倍の寿命を持つウィッチ種からすれば余命五年だったとしても人間で言えば余命三ヶ月と同じ感覚なのだ。だが三ヶ月では出来ないことでも五年あれば出来るかもしれない。いくら感覚的には短いとはいえ実際には何年もの時間がある。何年も床に臥せっていては余計体が弱って寿命を縮めてしまうだろう。
ドロテー「あとは私がやっておくからフランはアキラ様とデートしてきたらどうだい?ゆっくり出来るのも今日が最後だろう?」
フラン「おっ、大お婆様!」
ちょこまか動きあわあわと慌てるフランが何だかかわいらしい。その時
バンッ
と扉が開き魔女っ娘が駆け込んで来た。
魔女っ娘A「大変ですフランツィスカ様!帝国の討伐軍が森へと侵攻してきました。」
フラン「!詳しい状況を。」
魔女っ娘A「はい!」
ここ数年は帝国の討伐軍すら来なかったらしい。大規模な討伐軍としてはそれこそ二十年振りくらいだそうだ。それでも森の端に主力を置いて警戒を緩めていないのはいくらウィッチ種が魔法に長けた者達とはいえ帝国の兵力には敵わないからだ。万が一攻められた時に備えてなければ遥か昔に住む地を追われた時と同じようにあっという間に追い詰められてしまう。
そして昨日現れた帝国の討伐軍と森の端で戦闘が開始されたという知らせが早馬によって齎された。その数は多くとても守り切れそうにないとのことだった。
フラン「急いで援軍の用意を。」
アキラ「そんなに慌てることはないだろう。俺達が向かってそのまま旅に出よう。残りの引継ぎはドロテーに任せて大丈夫だな?」
ドロテー「はい。お任せください。」
フラン「落ち着いている場合ですか?今こうしている間にも…。」
アキラ「バフォーメが付いている。バフォーメを倒せるような者が帝国にいるとは思えない。それにバフォーメの魔力はほとんど減っていない。苦戦すらしていないはずだ。」
俺の気配察知で感じている限りではバフォーメは魔の山の山頂から動いていない。自身が出て行くまでもない程度ということだ。そして実際にバフォーメの魔力はほとんど消耗していない。山頂から遠隔で僅かな魔力でどうとでもできる相手でしかないということだろう。
フラン「…あ。そうでしたね…。ですが急いで向かいましょう。」
アキラ「そうだな。」
魔女っ娘A「流石救世主様です。すでに手を打っておられたのですね。」
アキラ「え?」
魔女っ娘A「あっ…。これは秘密でした。」
アキラ「おいフラン…。もしかして…。」
フラン「………。」
フランは冷や汗を流しながら明後日の方を向いているが視線が泳いでいる。
ドロテー「村の者どころか森の警備に当たっている者まで全てのウィッチが知っていますよ。」
アキラ「どういうことだ?話さないんじゃなかったのか?」
ドロテーとフランは俺のことを昔の黒き救世主と呼ばれている者と同一人物だと言わないことにしたはずだ。
ドロテー「フランのアキラ様への接し方や、初めて来たはずのアキラ様が何度も私を見舞ったことや、魔人族一の魔法使いのはずのウィッチ種が今まで考えもしなかった魔法を使ってあれほどのお風呂を用意したりすればすぐにわかりますよ。」
アキラ「なるほどな…。そう言われればそうか。それじゃ村の者達が俺達に普通に接してくれるようになったのも、俺達が風呂に入る時は空けてくれていたのも全てそのせいか?」
フラン「はい…。申し訳ありません。」
アキラ「別に謝ることじゃない。」
隠すと言ったのはドロテーとフランで俺は別にどちらでもいい。ただ畏まって対応されるのは面倒なだけだ。何より前の俺は今の俺とは違う。ウィッチ種の崇める黒き救世主は俺ではないから人の手柄を利用しているようで少し気が咎めるだけだ。
ミコ「アキラ君準備出来たよ。」
アキラ「それじゃ向かうとするか。ドロテー。世話になった。また来る。」
そう言って俺はドロテーの頭を一撫でした。
ドロテー「はい。自分の足で立って歩いて…。いつまでもお待ちしております。」
顔を綻ばせて答えたドロテーの笑顔はまるであの頃の少女のようだった。
フラン「大お婆様行って参ります。」
ドロテー「アキラ様にしっかり付いておいき。これは今生の別れじゃないよ。アキラ様がまた来られるまで私は生きているからね。その時は玄孫を連れて戻っておいで。」
フラン「おっ、大お婆様!なんてことを…。そんな大それた…。」
フランは顔を真っ赤にしながらチラチラとこちらを三白眼で睨んでいる。これは照れて慌てている時の仕草だ。
狐神「さぁ出発しようかね?」
マンモン「………。」
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俺の記憶の道を進みながら森の端を目指して移動する。少し回り道したりすることもあるが基本的には今戦闘になっていると聞いている方向へと向かっているので問題はない。
マンモン「………討伐軍を全滅させるつもりか?」
もうそろそろ戦闘区域に近づこうかという時にマンモンが口を開いた。
アキラ「俺は敵には容赦しない。」
マンモン「アキラは俺に二度目はないと言った。だが俺達が帝都に着いてない以上は討伐軍はアキラやウィッチ種との交渉のことをまだ知らない。過去の命令を遂行しているだけだ。」
アキラ「だから見逃せと?」
マンモン「………俺が止める。だから軍が引けばそれまでにしてもらいたい。頼む。」
マンモンが俺に頭を下げる。
アキラ「…攻撃してきた者は殺す。」
マンモン「…すまない。礼を言う。」
こうしてまずはマンモンが討伐軍を止める交渉に向かうことになった。そしてとうとう戦闘区域に入った時俺達の目の前には不思議な光景が広がっていた。森を包囲している帝国軍と森の中から抵抗しているウィッチ種達。だが帝国軍の攻撃はウィッチ種の魔法使い達にダメージを与えることはない。全て見えない壁に阻まれて掻き消えている。ウィッチ達の魔法は壁に消されることなく帝国軍に届いてはいるが敵の数が多すぎてなんとか足止め出来ている程度だ。
フラン「何ですかこれは?どうなっているんですか?」
片やダメージを与えることが出来ず立ち往生。片やダメージを与えることは出来るが敵が多すぎて倒しきれない。
アキラ「バフォーメだな…。」
俺とフランとバフォーメで契約魔方陣で契約した際にバフォーメにはウィッチ種を助け守れという契約をした。だからただ守っているだけなのだ。ウィッチ達に被害はないが帝国軍を攻撃する手助けもしない。
これはバフォーメが怠けているわけでも無能なわけでもない。インターネットを見ようとブラウザを開いた時に勝手にパソコンが判断して開いた人の見たいページを開くことはない。どのページを見たいのかもわからないのにパソコンが勝手に判断してあちこちのページを開いたらいい迷惑だ。それはもはや嫌がらせでありスパイウェアかウィルスだろう。
人間に仕事を任せる場合は言われた仕事『だけ』しかしないのは怠け者や無能者と思われる場合が多い。もちろん状況や仕事によっては言われたことしかしてはいけない場合もあるが…。そして先のパソコンでブラウザを開く件やバフォーメの立場では後者なのだ。主人の意図や考えもわからないのに勝手に言われていないことをすることこそがこの場合無能者ということになる。
俺はウィッチ種を守れと言った。敵を捕まえたいのかもしれないのに勝手に主人の意に反して敵を皆殺しにしてしまうのは無能者だ。ただ主人に言われたことを忠実に守る。それがこの場合の正しい対処である。もしその対処で不十分だったとすれば命令をした主人こそが無能者だったということだ。
魔法使いA「フランツィスカ様!」
ウィッチ種の魔法使いが俺達を見つけて寄ってきた。ウィッチ種で初めて男を見た気がする。身長はフランと変わらないくらいで小さい。
フラン「これはどういう状況ですか?」
魔法使いA「我々にもわかりません。なぜか討伐軍の攻撃からは守られているのですが敵が多くこちらも敵を追い払うまではいきません。」
マンモン「………行ってくる。」
アキラ「ああ。お前の交渉が決裂して攻めてくれば容赦はしないぞ。」
マンモン「わかっている。配慮に感謝する。」
マンモンは森を出て荒野に陣取っている帝国軍に向かって進んで行く。
マンモン「俺は大ヴァーラント魔帝国六将軍、マンモン=アワリティアだ。この討伐軍の指揮官のところへ案内しろ。」
両軍がにらみ合う中間辺りで大声でそう呼びかける。帝国軍からは『なぜこんなところに将軍が』とか『森の方から出てきたぞ』というざわめきが起こっている。
???「なんでマンモンがこんなとこにいるんだ?」
帝国軍の中から一人の人物が出てくる。肩より少し長いくらいまで伸びた青いくせ毛に黄色い瞳だ。左右に広がるようにねじれた角が出ている。背はマンモンより少し小さく体の線も細い。
マンモン「………バアルペオルか。」
バアルペオル「久しぶりだな。今までどこに行ってた?」
バアルペオルと呼ばれた者は気安く答えながらマンモンに近づいて行くが攻撃する気だ。俺には魔力の流れが見えている。
マンモン「っ。………何をする?」
バアルペオルが魔力を纏った拳をマンモンの鳩尾に放とうとしたが間一髪マンモンはかわした。
バアルペオル「何?わからないか?お前は今まで任務を放棄してどこで何をしていた?何故ウィッチ種の森から出てきた?」
マンモン「それをこれから説明する。話を聞く前に攻撃してくるな。」
バアルペオル「お前から聞く話などない。裏切り者マンモン=アワリティア。お前を処刑する。」
突然二人の間で戦闘が開始された。マンモンは守勢に回りぎりぎりで回避している。
バアルペオル「隠れてこそこそ攻撃するしか能のないお前が抵抗するつもりか?どうせ俺には敵わないんだ。大人しく処刑されろ。」
マンモン「………。大ヴァーラント魔帝国の存亡に関わることだ。帝都に報せに行く前にお前に殺されるわけにはいかない。」
バアルペオル「白々しい!お前がその滅びの原因ではないのか?お前を皇帝陛下の前に行かせるわけにはいかない。」
バアルペオルは近接戦闘主体なのか手足に魔力を纏いながらマンモンに肉薄する。俺の知る限りではマンモンは肉弾戦はあまり得意ではない。遠距離魔法攻撃主体のマンモンではこの距離ではやりづらいだろう。マンモンは全ての攻撃をぎりぎりで回避している。…ぎりぎり回避出来ている。これの意味するところは…。
マンモン「マジックアロー。」
バアルペオル「っ!俺の攻撃をかわしながらこの距離で魔法を使える余裕があるのか。」
マンモンのマジックアローを回避し一旦距離を取ったことでバアルペオルは安心したのだろう。それが命取りだった。
バアルペオル「ぐはっ…。いつの間に…。」
間髪入れずに懐に飛び込んできたマンモンに鳩尾を殴られ膝を付く。
バアルペオル「魔法ならともかくお前の拳如きが俺の防御を貫くだと…。」
帝国兵長A「将軍!行くぞお前達。」
帝国軍がバアルペオルの不利を悟って動こうとする。
マンモン「邪魔をするな。ファイヤーウォール。」
高さ2mほどの炎の壁が一瞬にして帝国軍の前に現れ横数kmに渡って燃え上がる。
帝国兵長A「うおおぉぉ。全軍止まれ!」
バアルペオル「馬鹿なっ!これほどの魔法をなぜお前が使える!?」
マンモンの強さは圧倒的だ。バアルペオル、おそらく六将軍の一人であろう相手と帝国軍の大軍相手に同じ六将軍の一人でしかないはずのマンモンがまるで勝負にならない。マンモンが魔力を流すのをやめたので徐々にファイヤーウォールが小さくなる。
マンモン「………話を聞け。バアルペオル。」
バアルペオル「…聞くだけ聞いてやる。」
マンモン「ある者が大ヴァーラント魔帝国内の移動の自由とウィッチ種の討伐中止を望んでいる。」
バアルペオル「それがどうしたというのだ。いちいち一人一人の要望など聞いていては国の政策などままならない。」
マンモン「その者は一人で大ヴァーラント魔帝国を滅ぼすことが出来る。もしこの者と交渉せず無視すれば国が滅びることになる。」
バアルペオル「はっ、はっはっはっ。何の冗談だ?たった一人で魔人族を滅ぼせるとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。」
マンモン「………滅ぼせる。」
バアルペオル「…本気で言っているのか?」
マンモン「俺は嘘はつかない。相手はまだまるで本気を出していなかったのに俺は手も足も出ず敗れた。その者は俺の命を取らずに帝国が自分達に余計な手を出さないように言えと言った。」
バアルペオル「それは妙な話だな。滅ぼせるのならお前を使って帝国と交渉する必要などないだろう。国を滅ぼすことなど出来ないから交渉を望むのではないのか?」
マンモン「…俺も最初はそう思った。だがそうではない。滅ぼそうと思えば滅ぼせる。交渉が失敗して敵対することになれば滅ぼせばいい。ただ滅ぼす前に俺達にも機会をくれる。それだけのことなのだ。」
バアルペオル「それでは交渉ではなくただの警告ではないか。あるいは命令か?その者とやらの要求を一方的に帝国が呑むだけだ。大ヴァーラント魔帝国の誇りにかけてそんな要求は呑めない。」
マンモン「お前の言う誇りは間違ったものだ。臣民を慮り安寧な世を作ることこそが国の勤めだ。国の体面のために全ての民を死に追いやることは誇りなどではない。」
バアルペオル「………。その者の実力が本当にそれだけあるという根拠は?それが無ければ軍は引けない。」
マンモン「ウィッチの森へ向けた攻撃が何一つ通用していないのは把握しているな?それはその者の一使い魔がやっていることだ。わかるか?たった一体の使い魔がほんの少し力を貸しているだけで討伐軍全ての攻撃が無効化されているのだ。」
バアルペオル「ならばなぜ我々はまだ生きている?なぜウィッチ種しか反撃してこない?」
マンモン「そういう約束でウィッチ種に手を貸しているからだ。その者はただウィッチ種を庇護するのではなくウィッチ種はウィッチ種だけで自立することを望んでいる。」
バアルペオル「………話はわかった。最後に聞きたい。お前がいなくなってからの短期間でこれほど強くなったのはその者とやらの影響か?」
マンモン「…そうだ。」
バアルペオル「それでも…今のお前でもその者に敵わないのだな?」
マンモン「むしろ強くなればなるほど勝てる気がしなくなる。ただ漠然と遠いと思っていた場所が具体的にどれほど遠かったのか知って一層遠く感じるかの如く。」
バアルペオル「わかった…。どちらにしろこの討伐は失敗だ。攻略の糸口すら掴めずこちらの被害が増すばかりだった。その者が帝都に行きたいというのなら討伐軍も共に引こう。ただしその者が帝国に仇なすならば命を賭けてでも立ち塞がるぞ。」
マンモン「それは俺も同じだ。もし戦うことになれば敵わないとわかっていても俺は帝国のために命を捧げる。」
バアルペオル「その者に会ってみたい。」
マンモン「わかった。呼ぼ…。」
アキラ「その必要はないぞ。」
俺の視力、聴力には全て見え聞こえていた。その他の各種感知能力も使っているのでそれ以上に把握できていたが…。二人の話が纏まったようなので皆でやってきたというわけだ。
アキラ「俺は妖怪族のアキラという。」
バアルペオル「美しい………。」
狐神「私はキツネ。」
ガウ「がうなの。」
ミコ「ミコです。」
フラン「ウィッチ種の代表、フランツィスカです。」
バアルペオルはガバッと立ち上がり俺の前までやってくる。
バアルペオル「俺は大ヴァーラント魔帝国六将軍の一人。バアルペオル=アケディアです。以後お見知りおきを。」
俺の前で跪いたバアルペオルは俺の手を取ろうとする。これまでの仕草などからしてこれは姫の手を取ってキスをする騎士のような図になるのではないかと俺の頭が警告を発する。
まさに俺の手を掴みかけたその瞬間俺はさっと手を避ける。
バアルペオル「………。」
アキラ「………。」
二人の視線が交錯し沈黙が訪れる。
ミコ「………アキラ君。」
ミコが空気を読めと言わんばかりの視線を向けてくる。だが俺は男に手を握られる趣味もまして手にキスされる趣味もない。手の甲にキスをするのは敬愛や尊敬を表す行為だ。そんなことは知っている。だが知っているからこのバアルペオルという奴に俺がされるのを黙ってみているかというとそんな気にはなれない。
バアルペオル「はははっ。照れ屋なお嬢さんですね。」
こいつは何でも前向きに捉えるんだろう。
アキラ「別に照れているからじゃない。お前に俺の手を掴まれるのが不快だから避けただけだ。」
バアルペオル「………。」
ミコ「アキラ君…。」
狐神「あっはっはっ。」
マンモン「………先に進めてもいいか?このアキラがさっきの話の者だ。」
バアルペオル「………何?」
マンモン「アキラがさっき話した強者だ。」
バアルペオル「………。」
マンモン「信じられないか?だが俺は見てきた。このミコという人間族は俺が最初に出会った時は並の人間族より少し強い程度だった。だが今ではお前より強い。わかるか?ほんの少しアキラがミコに手解きしただけでお前より強くなったのだ。」
ミコ「え?え?あの?」
突然自分のことを言われてミコは混乱しているようだ。確かにさっきの戦いを見ている限りでは何か奥の手でもなければバアルペオルでは今のミコには勝てないだろう。
マンモン「そこのウィッチ種の娘も最初に会った時よりも遥かに強くなっている。手解きなど受けていない俺ですら同行していただけで強くなっている。そして残りの三人は別格だ。この三人ならば誰か一人いれば帝国を滅ぼすことが出来る。」
バアルペオルは真剣な眼差しで俺達を順番に観察している。その顔は次第に苦しんでいるかのように歪み冷や汗が流れ出している。
バアルペオル「馬鹿なっ!なんだこの神力は!この距離まで気づかなかっただと…。抑えてるだけじゃない。巧妙に隠されている。神にも届きかねない神力だ!」
マンモン「わかったか?」
バアルペオル「………ああ。勝ち目などない…。」
うん…。何かシリアスな場面になってるところ悪いけど全然こちらの力を読めてない。それは能力制限で抑えている分までが読めているだけだ。今もそうだが普段はその状態でさらに神力を隠している。それを読み取っただけでも大したものだがまるでこちらの力が読めてないのに二人がシリアスに話しているのは何か滑稽を通り越して哀愁すら漂う。
バアルペオル「我々は軍を引く。俺の首は取ってもらってもいい。だが兵の命は助けてもらいたい。」
アキラ「お前らがこれ以上ウィッチ種に攻撃しないのならこちらから手は出さない。」
バアルペオル「感謝する。帝都へ向かうのなら俺達も同行しよう。」
バアルペオルは頭を下げる。
アキラ「俺達は一直線に進むとは限らない。帝国軍は先に戻ったらどうだ?」
バアルペオル「俺達が約束を破ってウィッチ種に攻め込むとは考えないのか?」
アキラ「それをすればお前達が全員死ぬだけだ。ここには俺の使い魔がいる。お前達の攻撃が通用しないのは証明済みだ。そしてどこに居ようと俺の耳に入ることになる。」
バアルペオル「そうだな…。俺達の動向など気にするまでもないというわけだ…。軍は先に引かせる。俺は貴女達に同行したい。どうだろう?」
アキラ「余計な荷物は増やしたくない。それにお前は先に戻って幹部に知らせて会議でもしておくべきじゃないのか?」
バアルペオル「………わかった。そうしよう。では俺は軍を連れて先に帝都に向かっている。」
こうして俺達は一度お互いの陣地に戻って準備を進めた。帝国軍は陣を払うとすぐに退却していった。ウィッチの方にも事情を説明して俺達もすぐに旅立つことにする。
それほど時間を掛けずに帝都まで辿り着いた。俺は帝都に着くまでの間に考えていたことがある。師匠もマンモンも皆誰もが俺を強いと思っている。俺もそう思っている。だが果たして本当にそうなのだろうか?俺は今まで魔獣か人間族くらいしか倒していない。マンモンを倒したのだってガウだ。戦いを見ている分には簡単に勝てると感じた。だが俺は本当に強いのだろうか?魔獣以外とはほとんどまともに戦った経験もなく自分の強さがどれくらいなのかわからなかった。
マンモン「ここが大ヴァーラント魔帝国帝都パンデモニウムだ。」
丘の上から見下ろす俺達の目の前には綺麗な円形に形作られ高い城壁に囲われた都市が見える。都市の中心には高い塔が建っている。その広さはブレーフェンやバンブルクの比ではない。魔人族の都というだけのことはある。
これからの交渉を考えると面倒になってくる。あまり向こうが話を聞かないようなら皆殺しにしようそうしよう。それでさっさと旅を続けよう。
マンモン「………アキラ、悪い顔になっているぞ。すぐに帝国に攻撃するのはやめてくれ。」
どうやらマンモンは俺の顔で考えていることが読めたようだ。
アキラ「面倒だが仕方がない。さぁ行こう。」
俺達は帝都パンデモニウムへと向かった。




