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転生無双  作者: 平朝臣
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外伝2「スサノオの冒険34」


 アンやウカノがイザナギと話し合いを始めてしまった。これでもうこの場が高天原の継承についての会談の場として決定してしまったことになる。


 確かに俺達にとっては都合が良いけどそれは逆に言えば天津神達にとっては都合が悪いということでもある。それなのにここで俺達が勝手に密室談合で決めてしまって良いものなのか?


イザナギ「んな難しいこと考えることはねぇよ。正式に決定しちまえばもう誰もあやをつけられなくなる。面倒な奴らが絡んでくる前に決めちまった方がいいんだよ。」


 俺の顔色を見て考えていることを察したらしいイザナギが突っ込んでくる。


タケハヤスサ「だからってここで勝手に決めたら……。」


イザナギ「そうは言うがな。あいつらを混ぜて話し合ったら百年あっても纏まらんぞ?それに上から目線であれやこれやと条件をつけてくるだろう。そんな話し合いを百年もしたいか?」


アン・ウカノ「「………。」」


 我が国の頭脳二人がジロリと俺を睨む。二人はそんな交渉はしたくないらしい。


タケミカヅチ「ですからタケハヤスサ様の威光を……。」


ミカボシ「だなぁ。戦争で根之堅州国が圧勝すりゃ条件をつけようなんて言う馬鹿な天津神も減るだろうよ。」


 うん。武人二人の意見はおいておこうか。こいつらの言うことは過激すぎる。


タケハヤスサ「もう知らん。交渉は二人に任せる。」


アン「はいっ!任されました!」


 俺はもうアンとウカノに丸投げした。もちろんこの場で話は一緒に聞くし思ったことは口にする。だけど交渉そのものは二人に任せて俺は基本的にただ立ち会って話を聞くだけに徹したのだった。



  =======



 アンとウカノがイザナギと話し合って基本的な部分ではほとんど決定した。あまりにも俺達に有利な条件で……。むしろアンとウカノが言ったことはほぼ全て丸呑みされたと言っても過言じゃない。


イザナギ「条件はこれでいい。全部呑む。ただし一つだけ条件がある。」


アン「はぁ?今更ですか?」


 ほぼ纏まった今になってイザナギが急に条件だとか何だとか言い出した。纏まって終わりかと思って油断しかけていた俺は気を引き締めなおす。アンやウカノはさすがに最後まで気を抜いていなかったようで態度を崩すことなくイザナギに先を促す。


イザナギ「スサノオ…、じゃなくて、タケハヤスサ殿に天津神の嫁を娶ってもらおう。それがなきゃここまでの条件は誰も呑めねぇだろうよ。」


アン「つまり…、タケハヤスサ様を天津神の一人として迎え入れることで他の天津神達を抑え込むと?」


 イザナギの言葉にアンが即座に答える。もともとアンも考えていたんだろう。でなければそんなにすぐに反応出来るとは思えない。


イザナギ「まぁそういうことだな。天津神の有力者の娘を娶って派閥を取り込む。大きな派閥が根之堅州国と国津神側につけばそれに異を唱えることが出来る奴らはいなくなるだろう。」


タケハヤスサ「ちょっと待て。俺はもうダキちゃんを娶ることになっている。」


 何かこのまま放ってたら勝手に結婚を決められそうだったから割って入る。俺の結婚についてまで勝手にイザナギに決められてたまるか。


イザナギ「だから?王なんだから側室の五人や十人くらい娶って当たり前だろう?そこに一人天津神の有力者をねじ込めって言ってるだけだ。出来れば正室でな。愛なんざなくてもいい。ただ有力者の血縁を正室で迎えたってことが重要だ。」


タケハヤスサ「それこそふざけるな!正室はダキちゃんだ。これは絶対に変えない。そもそもあんただって王だったくせに側室なんていなかったじゃないか。お母さん一人しか娶らなかったあんたが何を言ってるんだ?」


 そうだ…。この男は…、認めたくはないけどお母さんと死別してからも後妻をもらうこともなかった。天津神の棟梁としてそういう縁談がなかったはずはない。それでもお母さんへの愛を貫いた…。心の底ではどうか知らないけど少なくとも表面上はな……。


 お母さんのあの姿を見て腰を抜かして逃げ出したらしいからお母さんへの愛を貫いてかどうかは知らない。実際のところはどこかの派閥と結婚したら他の派閥を敵に回すことになるからとかそんな政治的な理由じゃないかとは思う。


イザナギ「俺とお前じゃ条件が違う。俺がどうだったからお前もどうだって言う話には意味はねぇ。高天原であれだけ忌み嫌われてるお前が高天原を継承するにゃそれなりのことをしなきゃならんってことだ。」


タケハヤスサ「それに心配はご無用。俺は側室としてムカツちゃんを迎えることになってる。それでいいだろう?」


 俺はとっておきの切り札も出した。もう俺は天津神からも側室を迎えることになっている。だからこれ以上他の者なんていらない。


イザナギ「ムカツって…、サカルムカイツか?昔俺がお前の許婚にって決めた?」


タケハヤスサ「そうだ。そのサカルムカイツだ。だからもう十分だろう?」


 ふふんっ!と俺は胸を張った。けどそれを見てイザナギに鼻で笑われた。こいつやっぱムカつく!


イザナギ「ありゃそんなに有力者の娘じゃない。跡を継がない次男には丁度良いだろうと思って見繕った娘だ。それにお前がいない間に派閥にも色々と変化があった。今となっちゃあの娘を嫁にしても意味はない。あそこは没落したからな。」


タケハヤスサ「おいっ!ムカツちゃんに意味があるなしなんてあるか!俺とムカツちゃんはお互いを愛し合っているから結婚するんだ!そこに有力者だの派閥だの関係あるか!」


 俺はイザナギの言葉に激昂していた。こいつの言葉は許せない。それじゃまるでムカツちゃんが道具みたいな言い方だ。政治に利用するためのただの繋がりを得る道具でしかないように聞こえる。その言葉に俺が食って掛かる。


イザナギ「それこそくだらん。愛だ何だに何の意味がある?お前が考えるべきはいかに高天原と天津神を統治するかであってそのための最善は何かを考え行なうことだ。愛する女がいるからそいつと結婚したいと言うなら側室として勝手に囲めばいい。けど統治に重要な意味のあることを否定して愛だの何だのとほざくのは愚か者のすることだ。そんな言葉はきちんと統治して一人前になってから吐け。」


タケハヤスサ「俺はそんな政治取引や政略結婚なんぞ使わなくてもきちんと統治してやる!お前に俺の嫁についてとやかく言われる筋合いはない!!!」


 そうだ。俺はこいつとは違う。派閥だの有力者だのと言って馬鹿な奴らを増長させるようなことはしない。


タケハヤスサ「有力者だろうが何だろうが悪は悪として裁く。自分の派閥を作るために犯罪ですら目を瞑るようなお前のやり方と同じことをすると思うなよ!この国を見てみろ。政略結婚なんかしなくても能力のある者は出世し重用される。どんなに元権力者であろうと無能者や犯罪者は断罪される。だからこそ今この国があるんだ!お前達の腐った国の体制と同じだと思うな!」


イザナギ「ふん…。俺だって昔はそう思っていたよ……。この国がそういう点で綺麗なのはまだ建国間もないからだ。いずれ派閥が出来、派閥間の争いが起こり、それを調整するのが王の役目となる。それはどこの国も全て通っていく道だ。高天原が汚いんじゃない。年数を重ねた国というのは必ずそうなる。権力争い、派閥争い、そのための政治取引、政略結婚、裏切り…。全て予定調和に過ぎない。」


 ……くそっ!何でそんな顔してんだよ……。いつもみたいに偉そうに全てわかったような、自分が正しいみたいな顔してろよ……。今更俺はお前のそんなところなんて見たくもないし知りたくもない。


 昔は正義感に燃えていた?苦労してやっぱり無理だったから今こうなってしまった?だから何だよ……。俺にとってはあんたはただの嫌な親だっただけだ………。だから今更そんなこと知りたくない………。


タケハヤスサ「………俺の正室はダキちゃんで、その後でムカツちゃんを側室として迎える。それはもう決定だ。誰に何と言われようと変わらない。でなければ……。」


 でなければ報われない者がいる。愛もないのに政略結婚で嫁を選んで側室も増やすというのなら、何故俺はアンやゾフィーやニンフやウカノを受け入れてやらなかったのかということになる。


 だから俺は絶対にそれは呑めない。それは皆を裏切ることになる。だから本当に心から愛した二人しか娶ることはない。その結果高天原の統治が面倒になるというのならその面倒ごと丸々統治してやる。それが俺の覚悟だ。


イザナギ「………ま、お前の思うようにやってみればいいんじゃねぇか。元々天津神のお前が天津神を娶るんだ。最低限の条件は満たせてるだろう。それなら俺から言うことはない。」


 フッと、眩しいものを見るような顔でイザナギは俺を見た。まるで昔を懐かしむような…。あるいは俺に昔の正義感に燃えていた自分を重ねているのかもしれない。やがて思い通りに変えることが出来ずに慣習に飲み込まれた自分とは違う結末を見たくて……。


 だったら見せてやるよ。俺が変えてやる。俺の望みも段々変わってきた。最初はお母さんに胸を張って再会出来るように立派な人物になろうと思って。


 そして次はダキちゃんと結ばれるために、ダキちゃんに危害を加えようとする者を排除するために。


 今は……、クソ親父の若かりし頃の思いと同じ高天原と天津神の未来を思って……。


 人は成長する。俺も成長しただろうか?昔のただの泣き虫だった俺から少しはマシな大人になれただろうか?


 ただ一つ言えることは、俺の想いがなくなったってわけじゃない。全ての想いは繋がっている。全て蓄積されている。それが溜まるほどに俺は変わっていった。


 今でもお母さんとの約束の想いは残っている。ダキちゃんを守りたい想いに変わりはない。そこへ新たに父が成し遂げられなかった未来への想いが加わっただけだ。


 この先も俺は様々な想いを乗せて変わっていくだろう。中にはイザナギみたいに果たせない想いも出てくるかもしれない。


 でも心配ない。それはまた俺の次に想いを引き継いでくれる者が現れて俺が成せなかったことを成してくれるだろう。


 全てを俺一人で背負って成す必要はない。想いは繋がる。俺が母の、そして父の想いを継いだように…。俺が想い続けていればいずれ俺の跡を継いでくれる者が現れる。俺はただそういう者に託せば良いだけだ。


タケハヤスサ「出来るところまで突っ走る。それでも出来ないことがあればそれはまた俺の跡を継いでくれる者が引き継いでくれる。そうだろう?」


イザナギ「ふん……。やっぱり見る目がなかったのは俺か………。」


 こうしてイザナギとの会談は終わった。会談が纏まったこと以上に俺はイザナギのことを知ることが出来たことが良かったと思う。


 もちろん今更父親だと思う気持ちはない。仲直りしようだとか関係を修復しようだとかそんなつもりはない。


 でもイザナギにはイザナギなりの何かがあった。それは俺にとってはある意味で不幸ではあったかもしれないけど、ある意味では俺にとっても幸運だった。


 イザナギが俺を追放していなければ今の俺はなかっただろう。結果論とは言え少なくともその点だけは感謝しておかなければな。


 そして俺がイザナギのやり方が失敗だったと証明してやる。高天原を、天津神を、国津神との関係を、全てを変えてやる。


 この日俺はイザナギと酒を飲みながらそんな話を夜遅くまでしたのだった。



  =======



 イザナギと高天原継承についての話し合いが纏まり高天原に乗り込むことになった。もうイザナギは俺に譲ったことになっているから俺が昇って命令する権限を持っている。


 もちろん最初は反発も強いだろう。棟梁だった者が知らない間に勝手に決めてきたことを守れと言われて自分達の権限が縮小することになれば従わない者も大勢出てくると思う。


 でも俺は妥協しない。イザナギとも約束したんだ。この国を変えると。悪しき習慣に慣らされたこの国を変えてやる。


 だから俺はいきなり根之堅州国の軍勢を引き連れて高天原へと昇ることにした。もちろんその中には他種族も大勢含まれている。


 もう天津神だとか国津神だとかそんなことで区別なんてさせない。全ての者が等しく根之堅州国の国民だ。そこに上も下もない。


 高天原に昇った俺達は早速都に向かい政治の中枢全てを掌握した。もちろんいきなりのことで混乱している者も大勢いたし、予想通り反発して反乱寸前の状態になった者達もいた。


 けどイザナギが記した文書には強制力がある。いくら権限の弱い棟梁であったとは言っても高天原を纏める棟梁が署名したものを否定出来る者は誰もいなかった。


 そうして高天原の都を握ったと思った頃………、そいつは突然現れた………。


カーリー「我が名はカーリー!貴様ら下賤共に等しく滅びを与えるためにやってきた異世界よりの来訪者なり!」


タケハヤスサ「なん…だ……?」


 都の上空に突然……、大きな力を持った者が現れた。確かに強い。でもこんな天津神と国津神が集まった場で一人で戦えるほどとは思えない。俺が一人で戦えばやばかったかもしれないけど皆がいれば勝てない相手じゃないだろう。


 それはいい。それは問題じゃない。それよりもこいつは何て言った?異世界よりの来訪者?滅びを与える?何だ?何かとんでもない胸騒ぎがする。このままにしておくとまずいという気がしてならない。


ミカボシ「身の程知らずな奴だなぁ。タケハヤスサ様よ。ちょっくら俺が……。」


タケハヤスサ「駄目だ!ミカボシとタケミカヅチは根之堅州国の軍を率いて周辺の住民達を避難させろ!あれの相手は俺がする。全員直ちにこの周辺から退避だ!」


 俺の焦ったような言葉を受けて全員がポカンとしてる。それはそうだろう。そんなに焦るような相手じゃない。少なくとも今発せられている力だけで考えれば……。


 でもそうじゃないんだ。あいつには何かある。このままぼーっとしてたら取り返しのつかないことになる何かがあるんだ。


タケミカヅチ「………タケハヤスサ様の意のままに。全員付近の住民の避難誘導を行なえ!」


 タケミカヅチはすぐに行動に移ってくれた。他の皆もそれに続いて行動を開始する。


ダキ「スサノオ様…、いえ、あなた…。私も行きます。」


タケハヤスサ「それは……。………わかった。俺から離れないでね。」


 ダキちゃんだけは俺についてくるという。止めようと思ったけどダキちゃんの顔は真っ青だった。それに何か悲壮な覚悟を秘めた顔をしている。ここで俺から離したら何か大変なことになりそうだと思った俺はダキちゃんの同行を受け入れる。


 俺とダキちゃんは都の上空へと飛び上がった。カーリーと名乗った者は青い肌に髑髏を繋いだ首飾りを巻いている。まるで鬼のような形相と姿で血に塗れた姿だけどそれはまだいい。そういう者ならばこの世界にもいる。


 でもそれだけじゃない。こいつは……、体から黒い靄のような物を常に出している。その靄はまるで生き物のようにウネウネと動き何かを探しているような様子に見える。


 それを見るだけで俺の中の何かが警告する。あれに触れては駄目だ。あれは全てを消し去るものだ。うまく説明出来ないけどあれに触れたものは生き物ならばその命を奪われ、物質ならば形が崩れてなくなる。現世のものでも常世のものでもない。もっと根源的な……。


ダキ「………『破滅を齎す者』。」


タケハヤスサ「……え?ダキちゃんは何か知ってるの?」


 ダキちゃんの呟きに反応して振り返るとダキちゃんはブルブルと震えていた。こんなダキちゃんは見たことがない。俺と戦った時でももっと毅然としていたダキちゃんがこんなに顔を青くして震えているなんて…。


カーリー「ダーキニーか。何をしている?何故この世界を滅ぼしていない?」


 ダーキニー?カーリーはダキちゃんの方を見て話しかけている?ダーキニー、ダキ……。ダキちゃんのことか?


ダキ「何の……話ですか?」


カーリー「異世界を滅ぼす尖兵として送り込んだはず……。その貴様がこの世界を滅ぼしもせず何をしている?」


 ………何だ?話が見えない。俺はあまり頭が良くない。それは自覚してる。けど…、この話は何だ?俺の頭がおかしくなければダキちゃんはこいつの仲間だってことか?


ダキ「私は貴女なんて知りません!世界を滅ぼす?私はそんなこと……。」


カーリー「この世界の生き物に取り込まれたか……。所詮は出来損ない。ならば貴様もこの世界と共に滅びるが良い。」


タケハヤスサ・ダキ「「―――ッ!!!」」


 カーリーの力が一気に膨れ上がる。いや、違う。カーリーの力そのものは最初に感じた通りの力しかない。黒い靄だったものがもっとはっきりした『黒い穴』になった。そうだ。穴だ。あれは靄が漂っているんじゃない。世界に穴が空いている。そこから漏れ出す力の波動が桁違いに跳ね上がった。


 その穴は闇そのもの。世界の深淵を覗き込んでいるかのような錯覚を覚える。光ですら通らない真なる闇。あれは俺の中にあった……、『あれ』と同じものだ……。


タケハヤスサ「がっ!!!」


 俺がその闇に魅入られていた間に何かの衝撃を受けた。吹っ飛びながら元居た場所を見てようやくカーリーに蹴り飛ばされたのだとわかった。


ダキ「あなた!」


カーリー「貴様もこれを飲み込めば目が覚めるか?それが無理ならばもう本当にこの世界共々滅ぼしてやろう。」


ダキ「うぐっ!!んぐっ!!!」


 カーリーの黒い靄がダキちゃんの口の中へと入り込む。黒い靄を飲み込まされてダキちゃんが苦しそうに喉を引っ掻いていた。


タケハヤスサ「ダ…キ……ちゃ……。」


 そこで俺はズドンと地面に激突した。崩れた建物と土煙で視界が遮られる。ダキちゃんがどうなったのか確認したいのに体がうまく動かない。体を動かせない俺は視界が晴れるまでただ地面に突き刺さったまま空を見上げることしか出来なかった。


ダキ「があああぁっぁぁぁぁぁぁぁっああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」


 晴れた視界に映ったのは自らの喉を掻き毟りながら空中でのたうつダキちゃんの姿だった。カーリーはニヤニヤした顔でダキちゃんの様子を窺っている。


カーリー「さぁ。正気に戻ったか?ならばこの世界を滅ぼせ。」


ダキ「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」


 ダキちゃんが滅茶苦茶に暴れる。その手から放たれる力の波動は……、俺の中の『あれ』と同じもの。そしてカーリーの周囲に漂う世界に空いた黒い穴と同じものだった。


 それが都のあちこちに意味も規則性もなく降り注ぐ。それに触れた者は抵抗すら許されず消滅する。天津神も国津神も何種族も関係ない。物質ですら消え去る。まるであちこちに世界に穴が空いて崩れているかのようだった。


タケハヤスサ「ダキちゃん………。ダキちゃんっ!!!」


 俺はまともに動かない体を無理やり動かして飛び上がる。体中が痛い。たった一発でこれだ。下手に近づいてもまたやられるだけだろう。


 でもそんなこと関係ない。ダキちゃんを助けなきゃ……。このままあんな奴に操られて奪われるなんて許せない。絶対にダキちゃんを取り戻す!


カーリー「あれも殺せ。」


 俺に気付いたカーリーがダキちゃんに命令する。目が真っ黒になっているダキちゃんと目が合った。その目はカーリーの周囲の世界の穴と同じ黒い穴だった。


ダキ「うああぁっ!」


タケハヤスサ「ダキちゃん!!!」


 俺に向けてあの黒い闇が放たれる。体中がミシミシと音を立てて崩れていく。この力に抗うのは無理だ。俺はただこのまま消滅するだけなのだろう。


 ………ふざけるなよ!こんなところで死ねるか!ダキちゃんに俺を殺させてたまるか!


タケハヤスサ「俺は……。ダキちゃん…。………ダキ。ダキッ!ダキッ!!!」


 俺は黒い闇に抗って突き進む。ダキが放つその右手を掴んで抱き寄せる。


タケハヤスサ「戻ってこい!ダキッ!!!」


 俺は抱き寄せた愛しい人と唇を重ねた。ダキの中に入り込んだのが『あれ』ならば俺の中に取り込めばいい。俺なら何とか出来るかもしれない。


 もちろん何の根拠も確証もない。ただの勘だ。勘ですらない。ただの願望だ。それでも今はこれしか思いつかない。だったら思いついたことをする以外に方法なんてない。


ダキ「んむぅっ!んんっ!ん……。んん………。」


 徐々にダキの体から力が抜けて俺にされるがままになってきた。ダキの口から俺の中にあの黒い靄が流れ込んでくるのがわかる。俺の中で荒れ狂うように暴れているけど抑え込む。これの制御に失敗したら今度は俺が暴れることになる。絶対に失敗は出来ない。


ダキ「スサノオ様…。むちゅっ。スサノオさま…。あなた………。」


タケハヤスサ「………ダキ。もしかしてもう正気に戻ってない?」


 何か途中からダキの方が積極的に体に抱き付いてきて唇を貪るように重ねている。


ダキ「違います。まだです。だからもっと……。」


 絶対戻ってますよね……。


タケハヤスサ「俺初めての口付けだったんだけど……。」


ダキ「私だってそうです。だけどもっと……。」


 うん。戻ってるね。よかったよかった。


タケハヤスサ「それは後でにしよう。カーリーが目を点にしてこっちを見てるぞ。」


ダキ「あんっ……。もぅ……。」


 そっとダキを引き離すと名残惜しそうに俺の唇を見つめてる。俺ももっと変な気分になりそうだけど今はそんな場合じゃない。まずはこの場を何とかしないとこの世界の未来がなくなれば二人で愛し合うことも出来ない。


カーリー「馬鹿なっ!何故…、何故これを飲み込んで平気でいられる?貴様は何者だ!」


タケハヤスサ「何者って言われてもな………。自分でもよくわからないけど『あれ』の扱いなら多少は慣れてる。」


 俺だって知りたいくらいだ。そもそも『あれ』が発現したことがあるのはミカボシと戦った時一回だけ。慣れてるとか偉そうに言ったけど一回たまたま発現しただけにすぎない。


ダキ「あなた…、額から角が……。」


タケハヤスサ「え?……お?本当だ……。何だこれ?」


 ダキの言葉で俺は自分の額の違和感に気付いた。そこにはいつの間にか角が二本、左右から生えていた。俺には今まで角なんてなかったはずだ。それがいつの間にか生えている。


 そして体中から力が溢れてくる。ダキの中に流し込まれた黒い靄を取り込んだからじゃない。『あれ』は俺にとって異物だ。だけど今溢れてる力は紛れもなく俺自身の力だとわかる。


タケハヤスサ「何か力が増したみたいだ。」


ダキ「いえ…、違いますよ?あなたは前からそれだけの力を持っておられましたよ?ただ使えていなかっただけです。」


タケハヤスサ「え?そうなの?」


ダキ「はい。そうなのです。」


 どうやらそうらしい。俺は前から全力を出しているつもりで出せていなかった。それが今使えるようになっている。だけどそれはどっちでもいい。大事なのは今は前より使える力が多く強くなっている。それが重要だ。


タケハヤスサ「あれ?そういえばダキも力が増した?」


ダキ「どうやら私も使えていなかった力があったようです。先ほどのカーリーの行いのせいか、それが使えるようになったようです。」


 ダキも何だか前よりも強い力を放っている。これなら黒い靄の力を持ってるカーリー相手でも勝てそうだ。


カーリー「貴様ら…、我らが悲願の邪魔をするのならばこの世界と共に滅べ!」


 鬼の形相になった…、は不適切だな。最初から鬼の形相だったし…。ともかく逆上した顔になったカーリーが襲い掛かってきた。でも今度はさっきと違って動きが良く見える。


 またしても飛び蹴りを放ってきたカーリーをダキと一緒にかわす。そしてすれ違い様にその背中を蹴り上げてやった。


カーリー「がはっ!」


 ミシミシと背骨の砕ける感触が俺の足に届く。どうやらカーリー自身はそれほど頑丈でもないようだ。今の俺の攻撃をまともに受けるだけの身体能力もないらしい。


ダキ「これは先ほどのお礼です!受け取りなさい!」


 俺が蹴り上げたカーリーに先回りしていたダキが九本の尻尾全てを束ねた巨大な一本になった尻尾で上から叩きつけた。


カーリー「ぶふぅっ!!!」


 すごい勢いでカーリーが落ちてくる。地面に叩きつけられたら高天原に大きな影響があるだろう。だから俺は地面に落下させずにまたしても蹴り上げて空高くへと舞い上げる。


カーリー「ぅ………。」


 すると待ってましたとばかりにダキがまた上から叩きつける。落下させないために俺がまた蹴り上げる。まるで俺とダキが球蹴りでもして遊んでいるかのようにカーリーは上下に舞い上がり叩きつけられ舞っていた。


 途中から呻き声すら上げなくなっている。もしかしたらもう死んでいるのかもしれないと思うが体からは依然として黒い靄が漂っていることから油断はしない方がいいだろう。


タケハヤスサ「そろそろ止めを刺すか?」


ダキ「そうですね……。もう決めてしまいましょう。あまり遊んでいるとどんな逆転があるかわかりません。」


 あっ、やっぱり遊んでたんだ?途中からそんな気はしてた。でもここまで相手を甚振るなんてダキも結構怒ってたんだな。


 そりゃそうか。いくら体を操られていたとは言ってもダキの放った攻撃で都はかなりの被害を受けている。自分の意思ではなかったとは言ってもこんなことをさせられたんだ。優しいダキなら相当心を痛めているだろう。それをさせた相手を許してやるほど甘くもない。


 最後に叩きつけたダキはカーリーの落下よりも早く俺の隣まで降りてきていた。そして二人で降って来たカーリーを蹴り上げる。空の彼方へと飛び去っていくカーリーに向けて二人で技を放つ。


タケハヤスサ・ダキ「天神「ラブラブ!」地祇轟拳!!!」


 俺とダキの掌が重なり二人の力が合わさった金色に輝く光弾が飛び出しカーリーを貫き消滅させる。


タケハヤスサ「って、え?今ダキ途中で『らぶらぶ』って言った?」


ダキ「言いましたけど?」


 何言ってんの?みたいな感じできょとんとした顔でサラッと答えられた。


タケハヤスサ「『らぶらぶ』って何?」


ダキ「とってもとっても愛し合ってるって意味ですよ?」


 だから何言ってんの?みたいな感じで当たり前のように答えられた。


 そんな技だったっけ?……まぁいいか。ダキも何だかうれしそうだしもういいか。深く追求しても意味はない。


タケハヤスサ「あの黒い靄も消えた。これで終わりだな。」


ダキ「『破滅を齎す者』はあなたのことだと思っていましたけど……。どうやら違ったようです……、え?」


 ダキが俺を笑顔で見上げてそのまま凍りついた。俺にもゾクゾクと背筋が凍るような気配が伝わって動けなくなる。


 カーリーが消滅した上空に何かとんでもないモノが存在している気配を感じる。それは……、この世界を消滅させるモノだ。今の俺でも敵わない。角が生えて力の全てを出せるようになった俺をも上回る本物の怪物。


 それが今俺達の上空にいる。わかる。ヒシヒシと感じる。そしてそれは一言発した。


???「滅びよ。」


 ただそれだけ。その言葉と共に一条の光が高天原に降り注ぎなぎ払われただけで高天原は真っ二つになり砕けて落下したのだった。



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