外伝2「スサノオの冒険32」
俺達は早速言われた通りの場所に向かった。俺とダキちゃんとゾフィーにヤタガラスの四人だ。
別に俺一人で解決しろとは言われていない。仲間達を同行させることもハクゾウスに言って許可は貰っている。向こうも別に俺を試すために試練を与えているわけじゃなくて最優先は問題の解決だからだろう。
そして見えてきたのは平野のど真ん中にポツンとある集落だ。そこに住む者はどいつもかなりの力を持っている。持っている力とハクゾウスからの情報によって相手が妖怪族だということはわかっている。他の五族じゃ相手にならないだろうな。
俺達が堂々と集落に近づいていくと向こうも集落を出て守るように俺達の前に立ちはだかった。平野のど真ん中にポツンとあるためにこうして敵の接近にすぐ気付ける利点はあるけど、守る方も伏兵や不意打ちを使えないという欠点がある。
そんなことは当然向こうもわかっているだろう。それなのにこんな所に集落を作るということは正面から堂々と戦っても勝てる自信があるということだ。
そしてそれは間違いじゃない。同じ妖怪族でも上位の者か俺達じゃなければこいつらの相手は難しいだろう。この相手はそれだけの力を持っている。まだ在野にこんな集団がいたとは世界は広いものだ。
???「何者で何用だ?」
俺達が集落のかなり近くまで行くと俺達を迎え撃つように出てきていた者の中から一人が歩み出て声をかけてきた。どうやらいきなり問答無用で戦闘が始まるというわけじゃないらしい。
ダキ「私は妖狐のダキという者です。貴方方に話があってきました。」
まずはダキちゃんが話しをするということは事前に決まっていた。俺達だって問答無用で襲い掛かるつもりだったわけじゃない。話し合いで解決するのならそれが一番いい。
バウ「ほう…。俺は大神種の種長バウ。妖狐が何の用だ?」
一歩前に出た男はそう名乗った。見た目は人間族とまったく変わらない。一つだけ違いがあるとすればその纏った力の強さだろう。それがなければまったく人間族と見分けがつかない。
ダキ「貴方方はこの辺りに近づく妖狐達に危害を加えるそうですね。あの霊峰は私達にとって神聖な場所です。ですから貴方方と縄張り争いをするつもりはなくただ霊峰に来ているだけなのです。ですから……。」
バウ「だからここに近づく妖狐に手を出すな…、と?」
バウがダキちゃんの言葉を遮って続きを言い当てる。
ダキ「その通りです。」
バウ「それが本当だという証拠がどこにある?お前達が俺達を討つために周辺に仲間を配置するための罠かもしれない。そうなれば我らは不利な状況で戦わなければならなくなる。種を預かる者として種の危険を放置することは出来ない。」
バウは顔色を変えることもなくただ淡々と答える。バウの言い分もわからなくはない。周辺に兵を配置するために『我々は無害だからこの周辺をうろつく自由を認めて』と言っている可能性もある。
もしそんなことを認めて敵が自由に兵を配置出来るようになれば、自分達の不利な状況に追い込まれるのは誰にでもわかることだ。監視しておいて敵が不利な状況の時に突然周辺に配置しておいた兵に襲わせれば良いのだから……。
ダキ「そのようなつもりはありません。私達はただ……。」
バウ「口では何とでも言える。我らは敵が近寄ってきた場合に即座に対応出来るようにわざわざこのような開けた場所に集落を置いている。それなのに包囲されるまで黙って見ていろと言われているに等しいお前の提案を受け入れると思うか?それではここに集落を置く意味などなくなる。」
またもダキちゃんの言葉を遮ったバウにダキちゃんは何も言えなくなる。お互いに何の信頼関係もない今の状況じゃバウの言うことの方に分がある。
確かにバウの言い分は全て正しい。バウの種にとってはそれは当たり前のことだろう。だけど……。
タケハヤスサ「お前達の言い分は正しいよ。ただしお前達の行いは正しくない。俺達が把握していないとでも思っているのか?」
バウ「………くくっ。」
俺の言葉にバウがニヤリと笑みを深めた。その顔は今までのまともな対応を行なっていた者と同一人物とは思えないほどに凶悪に歪んでいる。
タケハヤスサ「お前達はここら辺一帯で……。」
バウ「強い者が弱い者を食い物にする。それがおかしいか?」
バウは俺の言葉にも被せて先を言う。どうやらこいつはせっかちな性格らしい。
タケハヤスサ「なら…、それが自分達の番になっても文句はないってことだな?」
バウ「………。」
バウは答えない。でも力を解放して臨戦態勢になっている。どうやらこういう決着のつけ方しかないらしい。
大神種というのはこの辺り一帯で非常に残虐な行いをしている。手当たり次第に襲撃しては降伏も認めず常に皆殺し。縄張り争いで戦うにしてはいささかやりすぎだ。
勧告すれば出て行く相手もいるかもしれない。それなのに何の布告もなくいきなりの襲撃。そして皆殺し。こいつらは縄張り争いや敵を駆逐するために戦ってるんじゃない。殺すために、奪うために戦っている。
ダキ「話し合いでは…、解決出来ないようですね。それでは止むを得ません。力ずくで従えましょう。」
ダキちゃんも臨戦態勢に入る。最初からほぼこうなるだろうとは思っていた。だから誰も動揺はない。むしろ最初にあれだけ会話出来たことの方が驚きだった。もっと問答無用かと思ってたからね。
バウ「やれ。」
バウの合図で戦闘が開始される。俺達を半包囲するように集落から出てきていた十一人が一斉に飛び掛ってきて………。
バウ「何っ!?」
タケハヤスサ「こんなのに引っかかると思ってたのか?」
後ろに隠れていた大神種五人を俺が吹き飛ばす。確かに見渡しの良い平野で伏兵は無理だと思うだろう。普通ならな。
でもこいつらはずっとここで生活している。穴を掘ったり罠を仕掛けたりするのは簡単だろう。集落から地下の道でも繋がってるのか、誰かが接近してきたら慌てて穴に入るのかは知らないけど俺達の後ろになる場所に穴があってそこに潜んでいた奴らがいた。
バウ達がここの前に展開したのは後ろの穴に潜む者達と挟み撃ちにして奇襲するためだろう。でも最初からその存在がばれていては何の意味もない。俺とダキちゃんの気配察知を掻い潜れない時点で伏兵に意味はなかったわけだ。
ダキ「こちらも終わりですよ。」
バウ「馬鹿なっ……。」
前から襲ってきていた十一人もダキちゃんがあっさりと制圧してしまった。当然掠り傷一つない。圧倒的だった。
ダキ「少し…、おイタが過ぎたようですね。それでは………。」
バウ「待てっ!女子供は見逃してもらいたい。」
バウが命乞いを始める。もう明らかに勝ち目がないことは一目瞭然だからだろう。
ヤタガラス「自分達は散々皆殺しにしておいて自分達の番になったら命乞いっすか?」
ヤタガラスがなじる。確かにその通りではある。今まで自分達は散々周囲の者達を皆殺しにしてきたのに自分達は見逃して欲しいなど自分勝手な言い分ではある。
バウ「確かに都合の良いことを言っているだろう。だが……。」
タケハヤスサ「時間稼ぎさせると思うか?」
今度は俺がバウの言葉に被せて遮る。
バウ「な…、にを?」
タケハヤスサ「気付いてないとでも思ってるのか?地下に掘った穴か…。戦士がやられた時点で後ろの集落に残った者達が地下を通って脱出しようとしているだろう?お前の狙いは交渉そのものじゃない。交渉に見せかけて時間稼ぎをしているだけだ。」
バウ「―ッ!」
俺に図星をつかれてバウの顔が歪む。俺達が向かってきた者を倒した時点で集落に居た者達の気配が地面より低くなって離れ始めた。どうやらこいつらはこの辺り一帯に穴を掘っているようだ。そこから脱出するのがこいつらの最終手段なんだろう。
タケハヤスサ「脱出しようとしている者達に告ぐ。お前達の動きは全て把握している。今すぐ集落に戻れ。戻らない者はそのままそこで殺す。墓穴いらずで手間もかからずいいだろう?」
俺は声を張り上げて脅しをかける。もちろんあまり殺したくはない。でもこのまま黙って見逃すわけにはいかない。多少のハッタリは含まれてるけど脅して逃げないようにする必要がある。
タケハヤスサ「嘘だと思うか?」
集落を挟んで俺達が来た方と逆に脱出しようとしていた者達の気配の上へと一瞬で移動する。そしてその少し先で地面を踏み抜いた。
先頭を歩いて集落の者を先導していた若い男が驚愕の表情を浮かべて俺を見上げている。その後ろに続いているのは女子供ばかりだった。最後尾には殿を務める男もいるんだろうけどここからは全員は見えない。
タケハヤスサ「集落に戻れ。」
俺はただ静かにそう声をかけた。
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襲ってきた者と脱出しようとしていた者全てを集めて集落の真ん中にある広場で向かい合う。俺達に敵わないと悟ったらしい女子供は大人しい。戦士であろう男達は憎憎しげに俺達を睨んでいる。
どうも大神種は気性が荒いらしい。大神種は狼に連なる妖怪だと聞いた。狼は群れで執拗に獲物を追いたてて一度目をつけた獲物は必ず仕留めるという。
どれだけ逃げようとも優れた追跡能力で相手を追いたて、休ませずに疲れさせ、仕留めるまで執拗に追い続ける。そんな気性を引き継いでいる大神種もまた他の種族に対して寛容な心は持ち合わせていない。ただし一度主と定めた者には絶対的忠誠を尽くす主従関係を重視するとも聞いている。
大神種とて食わなければ生きていけない。だから狩るなとは言わない。生存圏を守るために争うなとも言わない。だけど限度というものがある。周辺全ての一切の者に容赦なく襲い掛かり皆殺しにしてしまう大神種のあり方は問題だ。
そう言って説得を試みるけど俺達と折り合いがつくことはなかった。彼らにしてみればあれは一種の本能なのだろう。だから俺達に俺達の常識を語られても受け入れがたいのだとわかった。
ダキ「……止むを得ませんね。それでは貴方方を封印します。」
バウ「何?!」
ダキちゃんの決断と行動は早かった。たぶんこうなる結末も考えて覚悟していたんだろう。優しいダキちゃんとしてはこの決断は苦渋だったに違いない。
だけどだからってこのまま彼らを放置は出来ない。やるべきことを誤って余計被害を拡大させてしまうわけにはいかない。ダキちゃんはその覚悟を持ってすぐさま行動に移った。
ダキ「九狐封印っ!!!」
ダキちゃんの尻尾が長く伸びたかと思うとこの集落を円形に包むように等間隔に地面に突き刺さった。その尻尾からそれぞれ両隣に光が伸びて光の円が出来上がった。
タケハヤスサ「俺達も内側にいるけど大丈夫なの?」
ダキ「はい。私達は対象に含まれていませんから大丈夫ですよ。」
俺の質問にニッコリ笑顔で答えてくれた。我ながら術の発動中に話しかけて集中を乱すなよとは思うんだけど先に確認しておかないと俺達まで封印されたら大変だからな。まぁダキちゃんがそんなドジをするとは思えないけど念のため……。
バウ「なんっ…、ぐあっ!あああぁぁぁっ!!………ばう。」
タケハヤスサ「……これが封印?」
俺はさっきまで俺を睨みつけていたバウを見詰めてダキちゃんに確認する。
ダキ「はい。彼らの力の一部を封じました。………いいですか。よく聞きなさい大神種達。この封印は私か私の力を継ぐ者にしか解けません。封印を解いてほしくば私か私の力を継ぐ者に従いなさい。でなければ貴方方は子々孫々に到るまでずっとそのままです。」
バウ「ばうばうっ!!!」
バウが何か言ってるけど何を言っているのかは理解出来ない。何故ならば……、ここにいた大神種達は全て四足の普通の狼になっていたからだ。
ダキ「あの霊峰を守りなさい。貴方方の活動を見て開放しても大丈夫だと思ったならば、その時にその封印を解いてあげましょう。」
バウ「ばうぅ…。」
バウはしょんぼりしょぼくれた。どうやら従うしかないと思って諦めたらしい。そりゃそうだな。ただの狼になってしまったんだから。
まぁ普通の狼と違って内包する力は封印前より減ったとは言っても何らかの力は持っているようだから、普通のそこらの魔獣に負けるということはないだろう。
ただ今までのように人型としての生活は出来まい。いくら知能が高くても手がなければ生活が不便になるのは間違いない。
これから彼らがどうなるのかはわからないけど罰としては十分すぎるだろう。そしてこの周辺で大神種による被害もなくなることだろう。もしこれでもまだ暴れまわるようなら次はもっとひどいことになるだろうからな。
こうして俺達は大神種の問題を解決して妖狐の里へと戻ることにしたのだった。
え?解決したのは俺じゃなくてダキちゃんだって?それはどっちでもいいんだよ。要は解決すればいいんであって誰が主体になって解決しなければならないとは言われてない。
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ハクゾウス「そうか……。それではお前達の結婚を認めよう。霊峰に登るがいい。」
妖狐の里に戻った俺達はハクゾウスに報告した。するとあっさり認められたようだ。元々妖狐の巫女というのは清い身でなければならないとか結婚や子供が駄目というわけではないらしい。
でもそれはある意味そうだろう。もしそういうことが一切禁止だったならば巫女の家は途絶えてしまう。子孫を残すという観点から考えればそれらをしても良いのは当然の配慮だろう。
俺の方の問題があるから本当の結婚はまだ少し先だと思うけど妖狐の方としてはもう俺とダキちゃんは夫婦として認められたものだと思っておけばいい。
そしてまた俺達はさっきの霊峰と言われる山まで戻ってきた。ヤタガラスとゾフィーを麓に残して俺とダキちゃんの二人で山を登る。
タケハヤスサ「何か意味があるの?これが妖狐式の結婚式とか?」
ダキ「あ~っと…、他の妖狐はこのようなことはしませんよ。そもそも妖狐達は結婚なんて普通しませんからね。子種を貰ってきて子供を授かるだけですので。これはただ儀式のようなものだと言えば確かにその通りです。」
何でこの山に登ってるのかわからずに聞いてみてもそんな答えしか返ってこない。妖狐なりの何らかの儀式ということらしい。まぁ妖狐のしきたりや儀式を知らない俺にはそうだと言われたらそれで納得するしかないだろう。
そのままダキちゃんとお話をしながら山を登り続けること数分…。俺とダキちゃんの二人だから高い山もあっという間に登りきってしまった。
山頂に近い場所に下り以外の三方向を岩で囲まれた庵か社のようなものがある。あれが目的地らしい。
ダキ「それではこれを………。」
ダキちゃんはその庵の正面の入り口の上にあった板を取り外した。そこには表は九本の渦が模られており裏面には様々な動物のようなものが模られていた。
タケハヤスサ「えっと…、どうすれば?」
ダキ「二人の血を…、掌を切ってこの上に垂らしてください。」
ダキちゃんの説明を聞いてダキちゃんがするように真似をする。天叢雲剣を抜いて掌を切った。
ダキ「それは…、すごい剣ですね。私は剣に詳しいわけではありませんが……。その剣のすごさは見ただけでわかります。」
タケハヤスサ「これはね。俺が元々持っていた十束剣がダキちゃんの九頭九尾龍と戦った時に俺とダキちゃんの力を吸って変化したんだ。だからこれは俺とダキちゃんで作り上げた剣なんだよ。」
俺の説明にダキちゃんは『まぁっ!二人の?』なんて言いながらちょっと照れて赤くなっていた。二人の合作。それはいわば子供みたいなものだ。そう言ったらダキちゃんはさらに赤くなって『子供っ!』って言ってクネクネしてた。
そんな話しをしながらダキちゃんが俺の手と自分の手を重ねる。二人とも切って板の上にかざしていた方の手だ。手を重ねて掌の傷を重ねる。そこからさらにポタポタと二人の血が垂れていた。
ダキ「たぶんそろそろ……、あっ!きました。」
タケハヤスサ「んん?」
垂れていた血が板の上に薄く広がる。そして一度光ると赤かったはずの血がまるで鏡のように変化した。
タケハヤスサ「これは?」
ダキ「さぁ?わかりません。私が聞いていた話とは何か違うようです。」
ダキちゃんの話によると普通ならただこれでファルクリアに結婚が認められたら光って終わりらしい。だけど俺達の場合は確かに光ったけどそれで終わりじゃなくて垂らした血が鏡の面のようになって板に張り付いてしまった。
ダキ「………これは一度持ち帰ってハクゾウス様に聞いてみるしかありませんね。」
タケハヤスサ「わかった。それじゃ戻ろうか。」
一応儀式は終わったみたいだから俺達はその出来上がった鏡を持って山を下りることにした。
麓でヤタガラスとゾフィーと合流して妖狐の里へと戻る。何か今日はこの辺りを何度も往復してるな。
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妖狐の里に戻ると早速ハクゾウスにさっき出来上がった鏡を見せて話を聞くことになった。
ハクゾウス「ふぅむ………。これは……、神器………、八咫鏡……、であろうな。」
ダキ「八咫鏡…、ですか?」
ダキちゃんも知らないらしい。不思議そうな顔でハクゾウスの言葉を繰り返している。
ハクゾウス「うむ……。ファルクリアが認めた時に顕現すると言われておる神鏡。その力は全ての本質を映し出し全ての害意を弾き返すという……。」
ハクゾウスは興奮した様子で語り続けた。ただ神話がどうこう伝説がどうこうと言われても俺には興味はない。わかったことはこの鏡は全てを映し出し、盾としても全てを弾き返すということだった。
何で俺とダキちゃんが儀式をしたらこんな物が出て来たのかはよくわからない。ハクゾウスは俺とダキちゃんがファルクリアに認められた者だからと言ってたけどそれがそもそも意味不明だ。
ファルクリアに認められるって何だ?それはファルクリアっていう世界そのものに意思があるとでも言うのか?
それから何で俺とダキちゃんが認められたのか。俺とダキちゃんは特別何かしたわけじゃない。ただのこの世界に住む一人に過ぎない。それが何で認められたとかいうことになったのかさっぱりわからなかった。
ともかく俺達は儀式をちゃんとして認められたというわけだから妖狐達が俺とダキちゃんの結婚に反対することはなかった。
それから鏡はダキちゃんの物ということになった。妖狐にとっては神器らしいのにそんなにあっさり渡していいのか?という疑問はあるけど生み出したのが俺とダキちゃんなんだからそれは俺とダキちゃんの物、ということらしい。
こうして妖狐達にもダキちゃんとの結婚を報告して認められた俺達は中央大陸の拠点へと向かった。
ゾフィー「俺村に用ある。ここで別れる。」
西部部族連合と呼ばれている地域に入って暫くするとゾフィーがそう言い出した。
タケハヤスサ「集落に戻るの?だったら俺達も行こうか?久しぶりに挨拶もした方がいいだろうし。」
西部部族連合は中央大陸統一に色々と協力してくれた。その挨拶もしに行った方がいいだろう。そう思ったけどゾフィーは首を振った。
ゾフィー「問題ない。タケハヤスサは今まで通りしていればいい。それじゃ行ってくる。また後で拠点行く。心配無用。」
それだけ言うとゾフィーはさっさと俺達と別れて集落へと向かって行ってしまったのだった。
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ダキちゃんとヤタガラスだけ連れた俺は中央大陸の拠点へとやって来た。もちろんここでもダキちゃんの顔見せと自慢はしまくった。
だけど…、何だろうな。皆いなくなって少し寂しい。いなくなったって言ってもそれぞれ用事や仕事で離れただけでまた皆戻ってくるはずだ。はずなのに…、それでも何だかこんなに人数が少なくなると寂しくなってくる。
そんな寂しい思いをしながら数日休んでいるとタケちゃんが一番にやってきたのだった。
タケミカヅチ「タケハヤスサ様。まだ葦原中国におられたのですか?統一が成れば高天原に昇るようにとイザナギ様がおっしゃられたでしょう?」
やってきたタケちゃんは開口一番にそう言った。
タケハヤスサ「それは覚えているけど仲間や幹部がほとんどいなかったからね。俺一人で行ったら行ったでまた怒られたんでしょ?」
そう。俺だって忘れてたわけじゃない。ただ王たる俺が一人で無闇に動くと怒られる。何で護衛をつけないんだ!とか、国の威厳が下がるから人をつけて行動しろ!だとか……。
いつもそう言われるんだから俺だって迂闊に一人で行動するわけにはいかない。
タケミカヅチ「ヤタガラスと烏衆を連れて行かれればよかったのでは?」
ヤタガラス「そうっすよ!俺が何度もそう言ったのに聞いてくれなかったっす!」
タケちゃんの言葉にヤタガラスがのって抗議してくる。確かにヤタガラスはいたし護衛としては烏衆を使えばよかったかもしれない。
でもヤタガラスは俺の相談役には力不足だ。俺とヤタガラスだけだと何か問題があった時に的確な判断が出来るかどうかわからない。ヤタガラスに聞こえないようにタケちゃんにそっとそう言った。
タケミカヅチ「なるほど………。確かにそれはわかる。ならばこれから俺を加えて三人で昇るか。」
タケちゃんも政治的な判断は他の仲間や幹部ほど優れているってわけじゃないけど、少なくとも武人として、将軍としての判断は的確だ。俺とヤタガラスだけなら判断出来なかったことでもタケちゃんが居れば軍事面では判断してくれるだろう。
タケハヤスサ「でもそうするとダキちゃんはどうする?ダキちゃん一人になるけど。」
ダキ「私のことならば心配は無用ですよ。行ってきてください。」
ダキちゃんがそう言って俺を送り出してくれる。いずれはダキちゃんもお姉ちゃんやお兄ちゃんや…、まぁ一応イザナギにも紹介する必要がある。だけど今はいきなり国津神以外の者を連れていかない方がいいだろう。そういう理由で前回だって国津神以外の仲間は連れていかなかった。
本当は不安もあるけど中央大陸の拠点の者達にはダキちゃんに手を出したら生まれてきたことを後悔させてやるって言って脅しておいた。皆苦笑しながら『そんなことしませんよ』って言ってたけど一応な。
こうして俺はヤタガラスとタケちゃんと烏衆を連れて再び高天原へと昇ったのだった。
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高天原に昇るとすぐにイザナギに会いに向かった。もう場所はわかってるし俺達が行っても追い返されることもない。イザナギに会いに行く途中で政治の中枢であるこの建物の中でツクヨミ兄ちゃんに出会った。
ツクヨミ「………スサノオ……か?」
タケハヤスサ「ツクヨミ兄ちゃん!」
ツクヨミ「ははっ!本当にスサノオか!姉上に話は聞いたぞ!」
俺を見てツクヨミ兄ちゃんも笑顔で迎えてくれた。そこで少しだけ話をする。別にイザナギとは約束してたわけでもないし、俺が訪ねてきたのは秘書達から聞くだろう。今から準備をするとなるとどうせ即座には会えないだろうから少しくらいツクヨミ兄ちゃんと話をしても問題ないと判断して話し込んだ。
ツクヨミ兄ちゃんも俺が追い出された顛末をアマテラス姉ちゃんに聞いたらしくて怒られた。『どうして俺達に相談しなかったんだ!』って言われて少し涙が出そうになった。
お姉ちゃんもお兄ちゃんもイザナギと揉めることになっても俺を庇ってくれるつもりだった。俺は二人に迷惑をかけちゃだめだと思って黙っていなくなったけど、『俺達は血を分けた兄弟なんだから何が迷惑だ!』って言われて素直に謝った。これこそが家族なんだ。心配かけて本当にごめん。
それから少し話してるとイザナギの準備が出来たと俺達を探していた者に言われた。
ツクヨミ「父上に何か用があったのか?」
タケハヤスサ「うん。まぁ少しね。俺が用っていうか呼び出されたみたいなもんかな?それじゃ行ってくるよ。」
ツクヨミ「そうか…。今度は何かあれば俺に言うんだぞ?」
タケハヤスサ「ありがとうツクヨミ兄ちゃん。」
こうして俺はツクヨミ兄ちゃんと別れてイザナギに会いに向かった。
イザナギ「……もう統一してきたのか?」
タケハヤスサ「ああ。もうすぐ統一寸前だって言っただろ?」
イザナギに会って報告すると驚いたような呆れたような顔をしてそう言うから俺は前に言った通りに答えた。
イザナギ「それにしても早すぎる。普通はあと数年はかかると思うだろう。」
タケハヤスサ「各地に点在してる小勢力は残ってる。それらを完全に統一するまでは確かにあと数年はかかるかもしれない。だけど世に知られるような勢力は全て従えた。」
天津神は寿命が長いからよく言えばおっとり、悪く言えば動きが鈍い。また近いうちに、とか約束して百年くらい後になるなんてザラだ。だから俺達とは若干感性が違うだろう。
けど俺達はそんなにのんびりするつもりなんてなかった。確かに世界中を探して世界から隔離されたかのような隠れ里全てに通知を出そうと思ったらあと数年はかかるだろう。
でも今世の中に知られてる勢力全てには話をつけることが出来た。主要な地域も全て押さえている。後はどこかの山奥だとか森の中だとか、所謂秘境とでも言うような所に篭っている者達がいればそこだけという段階だ。これはもう世界統一を果たしたと言っても過言ではないだろう。
イザナギ「……そうか。俺も…、もうついていけん世界のようだな。これは潮時か…。」
イザナギはしみじみと何かを言っている。俺がどういう意味かと問う前にさらに言葉を続けた。
イザナギ「俺は引退する。そして後継者はスサノオ、いや、タケハヤスサ殿、其方を指名する。どうか高天原を頼む。」
タケハヤスサ「………え?」
イザナギの言っている意味が理解出来ずに俺は固まった。
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久しぶりに都に帰って来た。そこでスサノオと再会した。スサノオは随分と大きくなっていた。あんな小さな子供だったのに今では立派になったものだ。イライラしていた俺の気も少しは紛れた。
そう。俺はイライラしていた。少し前に政治を握るために送り込んだ者や取り込んだ父上の手の者達が一斉に粛清されたのだ。理由は反旗を翻したから、ということになっている。
だがまだ行動は起こしていなかったはずだ。確かに父上から離れて俺の側についていた者達だがそれが何故いきなり粛清されることになったのかわからない。
もう少しで多数派を形成して政治を握れる寸前だったというのに…。父上だって俺が周囲を自陣に取り込んだり手の者を送り込んだりしていたのは前から把握していたはずだ。それなのに何故いきなりそれを邪魔するようなことをされたのかわからない。
スサノオが帰った後で俺も父上の部屋に呼ばれた。というかスサノオが帰る前に教えてくれればよかったものを……。父上はまだスサノオに蟠りを持っておられるのか。
ここは俺が父上を説得してスサノオが帰ってこれるようにしてやろう。また昔のように俺を頼るが良い。昔のスサノオは素直でいつも俺を頼る可愛い弟だった。俺の言うことを聞くのなら俺の部下として席を用意してやる。実権は何も与えないがツクヨミ派として席を一つ確保しておくのは何かと有利になるだろう。
イザナギの息子の一人ということで席を与えれば父上の派閥の者とて反対は出来まい。何よりスサノオを焚き付けて俺と権力争いをさせようと目論み言い寄る者が絶対に出てくるはずだ。スサノオにそういう者を報告させれば俺の敵を炙り出しやすくなる。
くくくっ!スサノオを利用すればますます俺が高天原を支配するのに盤石の体制となるだろう。もちろんスサノオに危険なことをさせるつもりはない。あいつは弱虫だしな。だから俺が守ってやるとも。ただ大人になったのだから少しばかりこの兄のために役に立ってもらうだけだ。
ツクヨミ「失礼します。」
俺が部屋に入ると父上は椅子に座ったままこちらを見詰めていた。
イザナギ「来たか。……実はな、俺はもう引退しようかと思う。」
何?今何と言った?引退?……それはつまり俺に高天原を譲るということか?ついにこの時が……。
俺は喜びに打ち震えそうになった。でも待てよ。だったら何故俺の派閥の者を粛清した?粛清される前ならば父上の引退とともに盤石の体制で引き継げただろう。しかし俺の派閥の者が粛清されてしまった今いきなり俺が引き継いでうまくいくだろうか?
父上の意図がわからずに混乱した俺は父上を見つめ返した。
イザナギ「俺の後はタケハヤスサ殿に任せる。お前はこれからタケハヤスサ殿の下について盛り立ててやってくれ………。」
ツクヨミ「……は?タケハヤスサって…、誰だよ?」
俺の頭がぐるぐる回る。意味がわからない。こいつは何を言っている?高天原を次に支配するのはこの俺!ツクヨミ様だろうが!!!
イザナギ「お前にわかる名前で言えばスサノオ。今はタケハヤスサと名乗っている。お前の派閥の者はタケハヤスサ殿との会談で不利益になるような振る舞いをした。あの時会談の妨害をした者達だから粛清されたのだ。」
何を言っている?スサノオ?スサノオが高天原の支配者になる?この俺を差し置いて?しかもスサノオとの会談の時に邪魔したから俺の派閥の者達が粛清された?
ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるなよっ!!!
ツクヨミ「高天原の支配者になるのは俺だ!」
イザナギ「俺も最初はそう思っていた。だが俺もお前も器ではなかったのだ。俺は見る目がなかった……。まだ今からでも取り返しはつく。これからの世界のために…、お前はスサノオの補佐に回ってやってくれ。」
ツクヨミ「なっ!!」
この老いぼれが!本気で言っているのか!?どいつもこいつも……。どいつもこいつも死ねばいい!俺の偉大さがわからないゴミ共が!
殺してやる殺してやる殺してやる!俺の地位を奪ったスサノオ!スサノオの味方をする者共!全て!全て殺してやる!
覚えていろよスサノオぉぉぉ~~~~っ!絶対に殺してやるっ!!!




