外伝2「スサノオの冒険31」
森の中を歩いて火の精霊の集落に辿り着いた。もう前回ここに来てから何年経っているだろう。随分昔のことのような気がする。
イフリル「ヤマタ様!このような時間まで一体……。む?スサノオか?」
集落の入り口まで出てきていたイフリルとばったり会った。これも運命かな。
タケハヤスサ「やぁ、久しぶりだなイフリル。」
今はお面を被っていないから俺だってすぐにわかってもらえてよかった。どうやらダキちゃんが言うには俺はお面を被ってる時と素の時で神力の質が違うらしい。だから今まで両方で何度も会ってたのに俺の力を見てもダキちゃんが俺だって気付かなかった。
そして俺の方もダキちゃんの神力を見ても気付かなかった。普段会ってた時はほとんど力を抑えた状態だったっていうのも原因の一つだし、ダキちゃんも相手に気付かれないように神力の波長とでもいうようなものを制御して変えていたらしい。
だから普通に見ても同一人物の神力だと分かり難い。妖狐の能力の一種かと思ったけどイナリは出来ないらしいからむしろダキちゃんだけの能力かな。
とにかくそんなわけで俺達はただ顔が見えないってだけで相手が誰かわかってなかった。今はお面をつけてないからイフリルがすぐにわかってくれて何の問題もなかったけど、何も考えずにお面のまま来てたら大変なことになってたかもしれない。
ダキ「イフリル。スサノオ様からお話があるそうですが今日はもう遅いのでこの方達を泊めてもらってもかまいませんか?」
イフリル「はっ。ヤマタ様がそうおっしゃられるのであれば……。」
イフリルはチラリと俺の後ろの女性陣を見てからそう言葉にする。その視線からして多分ニンフ、水の精霊種がいることへの懸念があったんだろう。
でもイフリルだって水の精霊の集落でお世話になったこともある。ニンフが何かするようなことはないだろうし武力衝突になるようなことはないだろう。
ニンフの性格からして口悪く何かを言って揉め事になる可能性はあるかもしれないけど……。まぁその時はその時だろう。口で言い合う程度ならどうってことはない。
こうして俺達は火の精霊に迎えられて集落で一晩過ごすことになったのだった。
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詳しい話は朝になってからするということで昨晩は火の精霊の集落で泊めてもらった。普通の火の精達は寿命もあまり長くない者が多いそうで、前回俺達が立ち寄った時に居た者もかなりいなくなっていた。それでも俺達を覚えている者もまだまだ居たから普通に馴染めたし歓迎もしてくれた。
それより問題はイナリだ。あの娘は俺が寝てる間に一晩で三回も殺しにきやがった。一度目は気配を殺して忍び寄り尻尾で俺を貫いて殺そうとした。
もちろんダキちゃんの攻撃でも貫通出来るかどうかの俺の防御だ。イナリくらいに貫通されるようなことはない。それに俺の気配察知を掻い潜ることも出来ないから襲われる前に事前に対処して何ともなかった。
二度目は幻術を使って惑わせてから殺す気だったみたいだけど俺には幻術が効かなかったから一度目と同じ結果に終わった。
問題は三度目だ。三度目は問答無用で俺が寝てる小屋に火をつけやがった……。火をつけたっていうかダキちゃんも使ってた火の術だろうな。お陰で俺は夜中に火事で焼け出される羽目になった。もちろん無事ではあったんだけど………。
俺のことを認めてないとは言ってたけどこれはあんまりじゃないだろうか……。流石にダキちゃんもイナリを怒ってくれたからこれからはもう少しマシにはなると思うけど…、思いたいけど…、どうなんだろう…。
そんな命懸けの夜も明けて朝。火の精霊にご馳走してもらった朝食を終えてからイフリルとダキちゃんに集まってもらって話し合う。イナリが来ると何か問題になりそうな気もしたんだけどちゃっかりダキちゃんの隣に座ってる。別に呼んでないんだけど…。それにダキちゃんに抱きついてる。洒落じゃないよ?
タケハヤスサ「……というわけで火の精霊達にも協力してもらいたいんだ。」
俺はこれまでの経緯を説明した。建国したこと。西大陸の統治に火の精霊の協力を仰ぎたいこと。イフリルがいなくなってからこれまでのことを大雑把に話した。
イフリル「ふむ……。しかしそんな話は初耳じゃな。」
ん?どういうことだってばよ?
タケハヤスサ「何度もオオトシを送ったはずだけど?」
オオトシならイフリルとも面識がある。だからわざわざこの辺りを仕切っていて忙しいだろうオオトシに直接出向いてもらうことにしてたはずなんだけど……。
ダキ「えっと…、ごめんなさい!オオトシは私としか会ってなかったんです!そして私が全て情報を止めていたんです!」
そこへダキちゃんが頭を下げて割り込んできた。
タケハヤスサ「どういうこと?」
ダキ「それは………。」
ダキちゃんの説明によるとこうだ。オオトシ達国津神とイフリルに面識があるとは知らなかった。さらにタケハヤスサが俺であるとも知らず根之堅州国が世界侵略していると思っていたダキちゃんはオオトシが近づいてくる気配を感じると一人で迎え撃つつもりで出向いていた。
その場で話を聞いても根之堅州国のことを誤解していたダキちゃんは服従か死か、みたいなことを言われていると思っていたらしい。
戦争中でもあった火の精霊を守ろうと奮闘していたダキちゃんはその問題は一人で解決しようと全て抱え込んでいた。だからイフリルの耳にこのことが入ることもなく話は行き違いのまま今に到ると。
ダキ「本当にごめんなさい!私が余計なことをしなければこんなややこしいことにはなっていなかったはずなのに……。」
ダキちゃんは頭を下げて泣きそうな顔になっていた。
タケハヤスサ「顔を上げて…。ダキちゃんの判断もわかるよ。根之堅州国やオオトシのことを知らなければそう判断しても仕方がない。ダキちゃんは火の精霊達を救おうと良かれと思ってやったんだ。……ただ、イフリルにはもっと早く相談しておけばよかったかもしれないね。」
ダキ「はい……。ごめんなさい……。」
タケハヤスサ「相談された後でもイフリルも気付かなかったのもどうかと思うけど……。」
チラリとイフリルを見る。ダキちゃんに相談された時にイフリルが気付いていればもう少し早く何とかなっていたかもしれない。まぁそれはそれほど重要じゃないけど、ダキちゃんだけが悪いみたいなこの空気を変えるためにイフリルにも責任を被ってもらおう。
イフリル「スサノオに言われることではないわ!スサノオこそもっと違う方法をとっておればこのようなことにはなっておらなんだだろう!」
タケハヤスサ「まぁ…、それを言われるとつらいな。じゃあ全員お互い様ってことで、頭を上げてダキちゃん。」
イフリルがこうなることを見越して反論したのかは知らない。でも良い判断だ。こっちにも責任はあった。それがダキちゃんに伝わればちょっとは気が楽になるだろう。
ダキ「本当に…、ごめんなさい。」
タケハヤスサ「もういいさ。過ぎたことだろう?それにイフリルも言った通り根之堅州国も対応の仕方が悪かった。俺達の方もすぐにわかってもらえるだろうって思って軽く考えてたんだ。だからこれは誰のせいでもない。皆がちょっとずつ足りなかったために起こったことさ。それに何の問題もなかったんだからこれから先のことを考えよう。」
危うくダキちゃんと本気で殺し合う寸前だったし問題なかったってことはないけど、それはもう過ぎたことだ。それに実際に二人とも無事でこうして分かり合えたんだから何の問題もないだろう。
タケハヤスサ「それよりこれからのことを話し合おう。」
イフリル「うむ。それが重要じゃな。」
ダキ「………ありがとう。」
ようやくダキちゃんも頭を上げてくれた。そこからは早かった。首脳部が揃っているこの場でどんどん話が進んでいく。
火の精霊達は根之堅州国に協力してくれるということで話が纏まった。この決定のお陰で西大陸はほぼ統一が完了することとなった。細部や実務面については特使などを送って今後詰めるということで俺達は西之都へと帰ることになった。
ダキちゃんとイナリも一緒だ。もう火の精霊に危険がないとわかったわけだしずっとダキちゃんが火の精霊を守護しておく必要はなくなった。
だから俺のお嫁さんとして幹部達にもお披露目しようと一緒に西之都へと向かうことになったのだった。
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途中で何度もイナリに襲撃されて暗殺されそうになりながら何とか西之都に辿り着いた。女性陣はここまで一緒だったんだから二人の紹介は必要ない。
タケちゃんやヤタガラスやミカボシといった古い仲間達にダキちゃんを俺のお嫁さんとして紹介していく。他にも今この都にいた幹部達にも自慢しまくる。俺が王だからっておべっかだけじゃなくて皆本気で羨ましがっていた。
そりゃそうだ。こんな美人でよく出来たお嫁さんなんてそうそう見つからないからな。だから俺はそれはもう皆に自慢しまくった。そのうち恥ずかしさに耐え切れなくなって怒ったダキちゃんに叩かれるまで俺の嫁自慢は続いたのだった。
もちろんただの惚気だけで終わりじゃない。幹部を集めて今後についても話し合われた。その一番の議題は当然ドラゴニアについてだ。
まだ俺達と協力関係にない小勢力はあちこちにあるけど主だった勢力で協力関係が結べていないのはドラゴニアだけだ。つまりドラゴニアの件が片付けば一先ずは世界統一が成ったと言っても過言ではないだろう。
今までは『遠呂知様の意思に従う』から俺達には従えないと言って交渉にすらならなかった。でもその遠呂知、ヤマタ様であるダキちゃんとこうして和解出来たんだからダキちゃんに仲介してもらえば話は早いだろうということで一致した。
もちろんダキちゃんも賛成してくれた。俺達の理念を理解してくれて積極的に協力してくれると言ってくれている。
タケハヤスサ「じゃあ明日ドラゴニアに向かおうか。俺とダキちゃんは決まりとして他に誰が行く?」
善は急げと明日ドラゴニアに向かうことになった。もちろん王である俺と仲介してくれるダキちゃんが向かうのは決定だ。
他に誰もいなくても問題はないんだけど、やっぱり問題もある。何を言ってるかわからないって?まぁ聞けよ。
旅の問題とか、警備の問題とか、交渉関連の問題とかはない。俺とダキちゃんははっきり言えば葦原中国でも最上位を争うような存在だ。その二人が揃っていて何か出来るような奴はまずいない。だから警備とか護衛とかそういう心配はない。
交渉についても、俺はちょっと馬鹿だからあまり得意ではないけどそれなりにそういう場数も踏んできた。だから簡単な合意をするくらいなら俺一人でも出来る。実際に細かい決定までするのは実務を担当する者達に詰めてもらえばいい。その前段階として大筋での合意をするだけなら俺でも出来る。
じゃあ何が問題かと言えば国家としての体面だな。王が直接出向いたのに側近や護衛の一人もつけていないのかというのは、国家として軽く見られてしまう…、らしい。
俺はあまりそういうことは気にしないけど相手がどう受け取るかが問題だ。その相手国家が王がふらっと一人でやってきてちょっと交渉していく、なんてのをされてどう受け取るか。
それは相手国、つまり俺達を王一人で送り出すような国なのかと思うだろう。それに自分達の扱いも軽いものだと受け取るだろう。
だから王たるものはそれに見合うだけの行動をしなければならない。ちょっとそこへ行くだけでも側近や護衛を連れて王たる振る舞いをしなければならない。
交渉団や護衛をつれていけば相手にとっても負担になる。歓迎しないわけにもいかないからな。だけどそれは逆に大勢の交渉団を連れていくということは相手国を重視しているという表現にもなる。だからこちらがどれだけ相手を重視しているのかを示すためにも相応の規模の使節団というものがあるだろう。
アン「護衛や使節団は南大陸の拠点から連れていきましょう。同行させる幹部は……。」
アンがテキパキと決めていってくれる。幹部や側近は替えはいないけど使節団なら現地に近い所の拠点から連れていけばいいのは確かだ。
ドラゴニアの王城が南大陸にある以上は使節団は南大陸にある根之堅州国の拠点から出せば事足りる。何もこの西大陸からわざわざ連れて行く理由はない。
世界統一も大詰めとあって今回は仲間や幹部の大勢が参加することになった。タケちゃん、ミカボシ、ヤタガラスも連れていくことになり大所帯だ。
陸路で西大陸南端まで向かい、西大陸と南大陸の間にある海峡だけ界渡りで越えることになった。ダキちゃんとイナリも当然同行することから渡れない二人は俺とウカノが責任を持って連れて行くということで決めるべきことはすべて決まり会議は終了した。
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ダキちゃんと結ばれることになってから……、何か女性陣が冷たい。もちろんちゃんと口も聞いてくれるし無視されたり相手にされないわけじゃない。
じゃあ何が冷たいのかというと…、うまく言えないけど接し方かな?前まではもっとこう…、ベタベタというかイチャイチャというか…、何て言えばいいのかわからないけどそういう接し方だった。でも今は何か事務的というか必要なことでしか接してくれない。
もちろん仕事以外の話でも話しかければ応じてくれるし普通に笑い合っている。だけどそこに男女の色というようなものがない。そうだ!それだ!男女の色がないんだ。
言うなれば今までは恋人同士のような接し方だったのが今はただの友達のような接し方になった。それは仕方が無いだろう。俺はアンやゾフィーやニンフやウカノの気持ちをわかっていながら応えなかった。そして俺はダキちゃんとムカツちゃんを選んだ。
だからこれは俺の我侭なんだろう。だけどやっぱり今まで甘く接してくれていた人が少し遠くなると寂しく感じる。
でもそうも言ってられないな……。これからは俺はダキちゃんとムカツちゃんと三人で夫婦生活を送らないといけないんだ。そんな変化を徐々に自覚していったのだった。
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翌朝西之都を出発した俺達はあっという間に西大陸南端まで到達した。俺がダキちゃんを抱いて、ウカノがイナリを抱いて海峡を界渡りで越える。
俺はもちろん一発で対岸まで渡った。そもそも俺なら西之都から南之都までですら一発で渡れるからな。最近俺の力は徐々に高まっている。今なら界渡り二回ほどで世界の端から端まで飛べそうだ。そのうち一発で世界中どこでも飛べるようになるんじゃないだろうか。
そんな俺はダキちゃんを抱いても海峡くらいなら一発で余裕だ。先に着いた俺達は皆が海峡を越えてくる間イチャイチャしまくったのだった。
そして遅れて皆が渡ってくる。界渡り出来ない者は出来る者に連れてきてもらうわけだけど一組だけ笑える組み合わせがあった。それはタケちゃんとミカボシだ。
厳ついタケちゃんとおっさんのミカボシが抱き合って界渡りしてるのは何とも妙な光景だった。そんなことを楽しみながらも俺達は南大陸での拠点、南之都へと辿り着いた。
そこからすぐにアン達が使節団を選抜して組織する。大急ぎで準備するとすぐにドラゴニアに向けて出発した。俺達の目標は当然今日のうちにドラゴニアと交渉を開始することだ。
朝早くに西之都を出発した俺達がドラゴニア王城に辿り着いたのはもう午後のおやつの時間を過ぎたくらいだった。
使節の到着時刻としては遅い方かもしれない。相手の都合も考えればもっと早い時間に着くように出発する方が良いだろう。
でも西之都から半日で、しかも途中で南之都で使節団の準備までしてこの時間に着いたと思えば滅茶苦茶早いとも言える。昔旅をしてた頃だったらこれだけ移動するのに年単位で掛かってただろうしね。
そうして俺は初めて四人の龍神と竜王に会ったけどこの五人はダキちゃんの言うことをハイハイ聞いてたから話し合いはあっさり終わった。これまでの苦労は何だったんだってくらいだ。
で、初日の会談だけで大筋の合意は出来たからもう俺は交渉に参加する必要がなくなった。ダキちゃんがドラゴニアも根之堅州国に協力するようにと言ったら何でも協力するという話になったから、あとは官僚達が実務での話を詰める段階まで進んでる。
その日はドラゴニア王城で晩餐会に呼ばれて泊めてもらった。翌日ダキちゃんが行きたいというか会いたい相手がいるということで俺達はそこへ移動することにした。
後の交渉は使節団に任せて仲間達だけでダキちゃんが会いたいという相手の所へ向かう。その相手は咬竜というドラゴン族で一時ダキちゃん達の旅に同行していた者だということだった。
タケハヤスサ「もしかしてそれって東大陸で何度か会った時とかにダキちゃんの周りにいたドラゴン族の男かな?九頭九尾龍として戦った時にイナリと一緒にあの場から離れてた気配?」
ダキ「あぁ!そうです!その子です。ふふっ、元気にしてるかしら。」
どうやらあの時の気配の者らしい。ダキちゃんがうれしそうに笑っている。そんなにそいつと会うのが楽しみなのかな……。
器の小さい奴だと思うのなら思ってもらってかまわない。俺は今はっきりと嫉妬している。ダキちゃんが会うのを楽しみだというその男に……。
俺だってダキちゃん以外にもアン達に囲まれて旅をしていたし、ムカツちゃんのことも好きだから二人も娶ろうなんて言ってる。だからダキちゃんがそれで嫉妬しても仕方がないような状況だ。
俺は自分がそんなことをしておきながらダキちゃんとそのドラゴン族の男のことで嫉妬してる。なんて器の小さい奴だろうとは自分でも思う。
でも好きな人の自分の知らないことを知ってる相手で、しかもそれが異性だったらどう思う?少なくとも俺はその相手に嫉妬する。
ウカノ「タケハヤスサ様さぁ…。顔に出すぎじゃないかい?」
タケハヤスサ「……何がかな?」
ウカノに突っ込まれた。相当顔に出てたらしい。
ウカノ「あんたその男に嫉妬してるんだろう?それくらいのことで嫉妬するなんて……。」
タケハヤスサ「………そう言われてもそう思うものは仕方がないだろ。」
俺だってそんなことで嫉妬してる俺ってなんて小さい奴だろうとは思う。でもそうは思っても実際に俺の心には嫉妬が湧いてくるんだから仕方がない。
ダキ「まぁ!スサノオ様は咬竜に嫉妬しておられるのですか?あの子とは何でもないのですよ?そもそもイナリが徹底的に私に近づかないようにしていたのでそれこそ間違いの犯しようもなかったですし…。でも嫉妬してくださるということはそれだけ私を想ってくださっているっていうことですよね………。」
ダキちゃんはそう言うと赤くなった。嫉妬されるってことはそれだけ想ってるってことだって受け取ってくれたらしい。人によってはなんて小さい奴なんだって言われるだろうけどダキちゃんは良いように解釈してくれたようだ。
そうして暫く進むと一軒のボロ屋が見えてきた。どうやらそいつはそこに住んでるらしい。
ダキ「咬竜。いますか?」
ダキちゃんがその家の前に立って呼びかける。気配があるからいるのは間違いないけど…。
咬竜「はっ!これは遠呂知様。………後ろの団体は?」
扉を開けて出て来たのは………。
タケハヤスサ「ふっ…。これがダキちゃんのお供……。まだまだ子供だな。青二才だな。青二才の青竜でいいんじゃないか?」
完全に子供だ。ぷぷぷっ!これならダキちゃんに異性として相手になんてされてるはずはない。ただ懸念があるとすればダキちゃんは優しいから子供相手に色々と油断してしまう可能性があったことだろう。
そう。例えば胸に抱きつかれても意識してないから気にしないとか、子供だと思って一緒にお風呂に入っても気にしないだとか、しゃがんだりかがんだりした時に履き物や胸の隙間から覗かれてても気にしないだとか、そういう事態はあり得たかもしれない。
でもそういうことはイナリが全部遮断していたはずだからそっちの心配もないだろう。ということは本当にただ子供として連れていただけで何もなかったということだ。
咬竜「何だと!誰が青二才だ!お前は何だ!何故遠呂知様の隣に立っている!」
青竜が喚く。ふっふっふっ。残念だったな。もうダキちゃんは俺のものだ。
タケハヤスサ「ダキちゃんは俺のお嫁さんだ。ダキちゃんが青竜に挨拶したいっていうから寄ったんだよ。」
咬竜「だから青竜って呼ぶな!俺は咬竜だ!………って、おい!お前今なんて言った?遠呂知様の……?」
青竜は驚愕に染まっている。くっくっくっ。昔一緒に旅をしたとかでダキちゃんと繋がりがあると思っていたのかもしれないがな。お前みたいな子供は男として相手にされてなかったのだよ。
タケハヤスサ「俺とダキは夫婦だ。俺の嫁に手を出すんじゃないぞ。青竜。」
咬竜「なっ!なっ!嘘だ!そんなことあるはずない!大体お前は誰なんだよ!」
はっはっはっ!焦ってる焦ってる。
タケハヤスサ「俺はタケハヤスサ。根之堅州国の王だ。」
咬竜「根之堅州国の王?………てめぇ!立場を利用して無理やり遠呂知様を……。」
ダキ「咬竜!スサノオ様は私の夫となる人です。そのような人ではありません。スサノオ様も…、咬竜はまだ子供なのです。あまりいじめないであげてください。」
俺が青竜をからかっているとダキちゃんが止めに入った。そうだな…。確かにまだ子供だ。そんな者相手にちょっと大人気なかったか。
タケハヤスサ「すまない。ちょっとやりすぎたようだ。悪かったな青竜君。」
咬竜「………本当なんですね遠呂知様。」
俺が青竜って言ってももうそんなこと聞いてなかった。ただ真っ直ぐダキちゃんを見詰めて俺とダキちゃんが本当に夫婦なのか確かめようとしている。
ダキ「はい。私はスサノオ様のことを愛しています。決して無理やりだとか立場を利用してそうさせられたのではありませんよ。」
ダキちゃんは顔を赤くしながらもはっきりと言い切ってくれた。
咬竜「そう……、ですか………。遠呂知様が…、そう望まれたのでしたら……、俺から言うことはありません。」
青竜は俯いてそう言った。全然納得してないって顔に書いてある。でも上辺だけでもそう言った。それはせめて最後の意地だったのかもしれない。
その後積もる話もあるだろうと俺達は青竜の所で一晩泊まることになった。とは言っても家がボロで狭いから俺達全員が中で眠るなんて出来ない。青竜と関係がない俺達の方は結局外で野宿だ。
でもたまにはこういうのも悪くない。建国して以来俺達がてんとなんかで野宿する機会はほとんどなかった。それは俺達が根之堅州国でも上層部でどこへ行っても関係各所で接待を受けていたからだ。
そんな俺達が昔の旅の仲間が揃って野宿するなんて随分久しぶりだった。昔の旅をしてた頃を思い出しながらその日は野宿を満喫したのだった。
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翌日俺達は別れることになった。アンはドラゴニアとの交渉に参加するためにドラゴニア王城に戻ることになっている。別に交渉そのものには参加する必要はないみたいだけど一応責任者だから途中も参加しておくに越したことはないらしい。
っていうかそれなら昨日も抜けない方がよかったんじゃないかと言えばそうなんだけど、そこまでずっと付きっ切りになる必要もないそうだ。その辺りの加減は俺にはわからないからアンがこれでいいというならそうなんだろう。
タケちゃんはちょっと東大陸の国津神達に用があるそうだ。そんな大した用じゃないんだろうけど、折角ここまで来たからついでに挨拶していくんだろう。別に止める理由もないからもちろん了承した。
ミカボシも同じ理由で南之都に寄って行くから別れるということになった。南大陸に残してる手下達と久しぶりに顔を合わせに行くんだろう。あとコトの所にも顔を出すかもしれない。これも止める理由はない。
ニンフとウカノも折角だから東大陸に寄って行くそうだ。途中まではタケちゃんと一緒に行くんだろう。当然ウカノについてイナリも東大陸に行くことになった。暫くはイナリの襲撃から開放されるようで俺としてはちょっと助かる。
そういうわけで俺とダキちゃんとゾフィーにヤタガラスで中央大陸へと戻ることになった。皆そのうち戻ってくるだろうけどここで一旦お別れだ。
タケハヤスサ「それじゃ行こうか。」
ダキ「はい。それでは咬竜。元気でね。」
咬竜「はっ!遠呂知様の不在の間のドラゴニアはお任せください!」
何の権限もなければ政治の中枢との繋がりもないくせに何を任せるというのだろうか。現実的に考えればそう思うけどわざわざ水を差すこともないと思って黙っておく。
こうしてそれぞれの目的のために別れた俺達はそれぞれの目的地へと向けて移動を開始する。俺とダキちゃんが中央大陸へ向かったのにももちろん理由がある。
中央大陸の拠点でもダキちゃんの紹介をするっていうのも確かに理由の一つではあるけど、それは別に急ぎでもないし主要な者の大半はもう知ってるだろう。それよりも俺とダキちゃんが中央大陸へ行く理由がある。
それはダキちゃんの故郷に俺とダキちゃんの結婚を知らせることだ。ダキちゃんはファルクリアの巫女という役目があるみたいだけどだからって絶対結婚してはいけないというわけでもないらしい。
すぐに向こうから許可をもらえるかどうかはわからないけど、少なくとも俺達は結婚するつもりだから許可が欲しいということは知らせておくべきだろう。早く知らせておけば早く許可が下りるかもしれないし、顔見せくらいしておく方がいい。
残念ながらダキちゃんの両親はもういないそうだけど、本当の両親じゃなくても挨拶しておくべき人くらいはいるだろう。そう思ってダキちゃんの故郷へと向かうことになった。
そうしてあっという間に中央大陸へと戻り大きな山の近くまでやってきた。この山は世界で一番高い山らしい。どうやらダキちゃんの故郷ではこういう高い山なんかをファルクリアの象徴として崇めていると聞いた。
その山が見える所にダキちゃんの故郷だという妖狐の里があった。多少警戒されつつもファルクリアの巫女であるダキちゃんがいるお陰かそれほど問題にならずに里に入ることが出来た。
ダキ「ただいま戻りました。ハクゾウス様。」
ハクゾウス「うむ……。よくぞ戻った。」
ハクゾウスと呼ばれた妖狐が鷹揚に頷く。どうやらこのハクゾウスというのが妖狐の里で一番の長らしい。
ハクゾウス「して…、そちらの者は?」
ダキ「はい。私の夫となるスサノオ様とその仲間の方々でございます。」
ダキちゃんの紹介に続いて俺達は自己紹介した。ハクゾウスはあまり良い顔はしていなかったけど、血を絶やすわけにもいかないからダキちゃんに結婚して子供を産むなとも言えない。イナリがウカノについて行った理由の半分はこれか。
どうも妖狐の里は堅苦しいというか閉鎖的な感じがする。ウカノの故郷に行くという目的もあったんだろうけど、俺達と一緒に妖狐の里に戻ってきていたら何か言われるだろうと思ってついてこなかったんだろう。
ハクゾウス「話はわかった。それを認める前に一つ試練を与えたい。」
ダキ「試練?スサノオ様にそのような失礼を……。」
タケハヤスサ「いや、いいさ。聞いてみよう。」
天津神や国津神の中には課題婚といい結婚のために試練を与えるという者がよくいる。これもそれと同じようなことだろう。だったらダキちゃんとの結婚を認めてもらうためにも引き受けて解決すればいい。
ハクゾウス「最近霊峰の近くに妙な者達が住み着き始めた。それをどうにかしてもらいたい。それがなればダキの巫女の役目も縮小させ結婚出来るようになるよう考えよう。」
ふむふむ。何か変なのが住み着いたからどうにかしてほしいと。それが出来たらダキちゃんの巫女の立場も変化させて結婚出来るようにすると。なるほどなるほど。
だったら答えは一つしかない。
タケハヤスサ「わかった。その者達と会ってくるとしよう。」
こうして俺は世界一高い霊峰の麓に住み着いた何者かと妖狐達との対立を解決することになったのだった。




