外伝2「スサノオの冒険30」
ダキお姉さまがふらりといなくなった後を追う。最初は本当に気付かなかった。ただ散歩のついでに周囲を警戒してくるっていつも通り出て行かれただけだったから。
でもそれが嘘だって気付いた。かなり遠く…、前回あのとんでもない化け物の軍勢と対峙した辺りで争う気配を感じる。ダキお姉さまは私達を巻き込まないために一人で出て行かれたんだ。
よくよく考えれば今までもそうだったに違いない。ダキお姉さまは時々一人でふらりといなくなっていたけどあれはきっと私達に内緒で敵を屠っていたんだろう。
前回はあれほどの軍勢が気配を隠すこともなく堂々と近づいていたから私も察知してしまった。だからダキお姉さまは私の同行を許可した、というよりは反対出来なかったんだろう。
だけど今回はまた私は気付かなかった。だからダキお姉さまは一人で行ったんだ………。私はなんて迂闊だったんだろう…。今までダキお姉さまにこうして守られていることにすら気付いていなかった。
でもあの相手はまずい。敵は雑兵一人ですら化け物だった。その上馬に乗っていた将軍らしき者と戦車に乗っていた仮面の者は桁が違う。いくらダキお姉さまでも敵わないような邪神だ。あるいは鬼神?
そんなのはどっちでもいい。とにかくあれと戦ったらダキお姉さまもただじゃすまない。早く…、早く行かないと!
そう思って気持ちは焦るけど私の足はいつもより速くは動いてくれない。それどころか気持ちばかり逸って足がもつれていつもより森を走るのに手間取る。
そしてようやく近づいてきた。もうすぐそこ。この藪を越えた所に二人並んで座っているのが見える。どういう状況かはわからないけど飛び出して隣に座っている男を八つ裂きにしてやる。
それが誰かなんて知らない。ただあんな男がダキお姉さまの隣に座ってるのがもう許せない。だからズタズタに切り裂いて殺してやる!
そう思って殺気を漲らせて藪から飛び出そうと思った私は頭で思い描いていた動きと違う状態になって一瞬思考が停止した。
???「野暮なことすんじゃないよ。今は黙って見てな。」
私は藪を飛び越えようとして飛んだ空中で固定されている。手も足も…、ううん、それどころか尻尾も口も全て全身をグルグル巻きにされてる。
それは一本の長く伸びた尻尾。その尻尾が私を簀巻きみたいにグルグル巻きにして空中で捕えていた。口も巻かれてるからしゃべることも出来ない。だから私は私を簀巻きにしている尻尾の持ち主を睨んだ。
???「おぉ、おぉ、怖いねぇ。そう睨むんじゃないよ。」
空中に固定していた尻尾を動かしてその相手は自分の前に私を持ってくる。
……って、えっ!ダキお姉さま?
ううん。見た目は全然違う。だけど何だろう。何となくダキお姉さまを彷彿とさせる。尻尾が一本の妖狐か獣人族の狐の人のような姿。だけど尻尾が伸びるってことは一尾の妖狐?わからない。
ウカノ「私が何者かわからないって顔してるね。私の名前はウカノ。まぁ…、あんたらの言い方を借りると国津神ってやつかね?」
そう言ってニカッと笑った。そんな笑い方はダキお姉さまとは違う。だけど何故かこの人からはダキお姉さまに似た雰囲気を感じていた。
ウカノ「あの二人の邪魔をしないなら猿轡くらいなら外してやるよ?」
そう言ってきたから私は首を縦に振った。もちろん嘘だ。口が自由になったら術を叩き込んでダキお姉さまの隣に座る男を丸焼きにしてやろうと思ってる。
ウカノ「はぁ…、あんたの考えてることはお見通しだよ……。この場では従った振りをして自由になった途端に何かする気だろう?」
うぐっ…。見透かされている。ダキお姉さまにも私はわかりやすいとか考えがすぐに顔に出すぎなんて言われている。バレたって力ずくで捻じ伏せれば良いって思ってたけどこんな状況になったらそうはいかない。せめてダキお姉さまに注意されたくらいにはそういう点についても練習しておけばよかった。
ウカノ「一つ言っておいてやるけど今あの二人の周りには私の結界が張ってあるんだよ。だから中の二人の気配を感じないだろう?」
そう言われて気付いた。確かにダキお姉さまの気配隠蔽はすごいけどここまで目の前にいてまったく気付かないなんてありえない。それなのに目に見えるほどの距離でありながらまったく気配を感じてなかった。
ウカノ「それはこちらの気配も同じでね。私らの気配も感じてないはずさ。あの二人は化け物並だから集中すればこの結界を越えてこっちを感知してくるかもしれないけどね。今は二人の世界に入ってて周囲への注意も散漫だから効いてるみたいだね。」
そう言われて二人の様子を窺う……。悔しい…。ダキお姉さまは頬を赤らめて仲睦まじそうに男と話している。許せない!許せない!あの男許せない!!!
ウカノ「ちなみにこの結界はあんたの攻撃程度じゃ貫通出来ないから、実はあんたを拘束したり口を封じたりしなくても全然問題なかったんだ。言ってる意味わかるかい?あんたの口を開放してやって攻撃を出されても実はあんまり意味ないんだよ。」
………そんなこと!とは思うけど事実だとわかる。そもそもいくら私が逆上してたとは言えまったく気付かれることなく捕縛されてしまった。このウカノっていう人も私から比べれば大概化け物だ。
ウカノ「結界は破れないけどその衝撃で中の二人がこっちに気付くかもしれないから一応止めさせてもらっただけなんだ。それを踏まえてもう一度言うよ?邪魔をしないなら猿轡くらいならとってやるけどどうする?」
私は力なく頷いた。今度は嘘じゃない。私じゃどうすることも出来ないってわかったからだ。だけど諦めたわけじゃない。むしろ諦めていないからこの人に話しを聞きたい。そう思って首を縦に振る。
ウカノ「そうかい。それじゃ大人しくしてるんだよ。」
そう言って私を拘束していた尻尾を緩めてくれた。口が自由になる。
イナリ「あの男は何なの?ダキお姉さまとあんなにくっついて!」
ウカノ「見ての通りだよ。二人は愛し合ってるのさ。前から何度も逢引きしてたみたいだよ。」
そう言われて頭に血が上る。でもよくよく考えれば思い当たる節がある。ダキお姉さまは時々フラッといなくなったかと思うととても上機嫌で戻ってきていた時があった。それに男の臭いをさせていた時もあった。
一度張っていたことがあったけど結局誰も来なかったけど、あの時帰って来た後のダキお姉さまは随分機嫌が良かった。あの時も私の目を誤魔化してどこかであの男と会っていた?
悔しい!悔しい!あいつ絶対殺してやる!
ウカノ「だからそんな顔すんじゃないよ。見てご覧よ。あの二人。とっても仲睦まじく幸せそうだろう?あんたあのダキって妖狐のことが好きなんだろう?」
イナリ「当たり前でしょ!あんたなんかにはわからない!私とダキお姉さまはね!」
ウカノ「ああ、わからないね。でもあんただって私達とタケハヤスサ様とのこともわからないだろう?」
私の言葉の途中で被せられた言葉に違和感を覚えて私の口が止まる。
『私達?』
その言葉で注意して見てみればウカノの後ろにも他に女達がいた。魔人族、人間族、それに何か精霊の気配をさせている女。でも精霊にしては人間並に大きい。こんな精霊は見たことがない。
イナリ「それが何よ?何が言いたいわけ?あんたらのことなんて知らないわよ!」
そうだ。あの男とその周辺の女のことなんて知ったことじゃない。それよりこの女共がもっとしっかりあの男の手綱を握っていればダキお姉さまに付き纏うこともなかったんじゃないの?そう思うと何だかこの女達まで憎くなってきた。
ウカノ「だったらさ…。あんたはその愛する相手の幸せを願わないのかい?」
イナリ「はっ?何を言って……?」
何を言ってるの?そりゃダキお姉さまの幸せを願ってるに決まってるでしょ?それが何だって言うのよ?
ウカノ「わからないかい?あの幸せそうな二人の顔を見ても?」
そう言ってウカノって人は眩しそうに結界の中の二人を見詰める。私もつられてそちらに視線を移す。
………何よ。何なのよ………。私は知らない。ダキお姉さまのあんな顔見たことがない……。あんな幸せそうな…、恋する乙女のような…、慈しむ母のような…。
幸せを全て詰め込んだようなあんな顔を見たことがない………。
イナリ「うぇ…、何…、なんなのよぉ……。ぐすっ…。何で…、あんな顔ぉ……。うえぇん!」
気がつけば私は声を上げて泣いていた。わかってしまったから……。ダキお姉さまの願いが、気持ちが、幸せが……。
もし私が二人の仲を裂こうとすれば…、もしかしたらだけどダキお姉さまは自分の幸せを諦めてあの男から離れるかもしれない。だけどもしそうなればもう二度とダキお姉さまのあんな幸せそうな顔は見れないとわかった。
ウカノっていう人の言ってることもわかった。もし私が二人の仲を裂こうとすればそれはダキお姉さまの幸せのためじゃない。私が私の欲望のためだけに行なってることだ。それで本当にダキお姉さまのことを想ってるって言える?
わかってる。それはただ私が自分の幸せのために願うことであってダキお姉さまの幸せを奪い壊してしまっているだけだ。
だから私はただ声を上げて泣き続けた。私はダキお姉さまに幸せになってもらいたい。だけどそのためには私が不幸にならなくちゃならない。私が幸せになるためにはダキお姉さまを不幸にしなくちゃならない。
どうすることも出来ない相反する望みに私はただ泣き続けることしか出来なかった。
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泣き続けた私はそっと柔らかく温かいものに包まれた。
ウカノ「つらいよねぇ……。初恋は実らないっていうけど…、まさか自分もそうなるとはねぇ……。」
どうして私の初恋がダキお姉さまだって知ってるんだろう。そう思ったけどそれは違うとわかった。この人もそうなんだ。この人も…、多分だけどあの男に恋をしていた。それも初恋。
だけどこの人も私と同じ。あの幸せそうな二人を見てわかってしまった。あの二人を引き裂くことは出来ないって……。
それに気付いて見上げるとウカノって人も泣いていた。ポロポロと…。まるで少女のようにポロポロと…。でもそれはとても綺麗な涙だった。
尻尾の拘束が解けた私はウカノって人と一緒に抱き合って泣き続けた。後ろにいた三人も同じ気持ちなんだろう。皆あの男に恋してた。だけど割り込めない二人を見て気持ちに決着をつけようと思ってるんだろう。
私も滲む目でダキお姉さまを見つめる。気持ちを整理しなくちゃ…。まだあの男を認めたわけじゃない。だけどダキお姉さまの気持ちと決定は尊重したい。だからダキお姉さまがどんな決定を下しても飲み込めるだけの覚悟をしなくちゃ………。
そう思ってウカノって人に抱かれながらダキお姉さまを見つめ続けた。
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結界の中で二人がどんな話をしているのかはわからない。ただ二人は泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり、ありとあらゆる感情を素直に出していた。そんなダキお姉さまを見たことがない。それだけあの男に気を許しているんだろう。
それに比べて私を含めたこっちの五人はお葬式のようだっていうのに……。
イナリ「それで…、そっちの三人もあの男に恋してたってことでいいの?」
アン「はい……。私はアンネリーゼと申します。アンとお呼びください。」
魔人族の少女がペコリと頭を下げた。この子とは流石に戦えば勝てるわね。
ゾフィー「俺ゾフィー。………タケハヤスサ諦める。」
人間族は一部の者達が使う訛りでしゃべってた。妖狐なら人間族にも負けることはないでしょうね。
ニンフ「あたしはニンフ………。」
精霊の気配を放つ者は元気がない。まぁそれはここにいる皆か……。ははっ…。私達振られちゃったもんね……。
ウカノ「………イナリ。あんた私と結婚しなよ。」
イナリ「………へ?」
完全に私の拘束を解いて抱き合ってたウカノって人が急に変なことを言い出した。
ウカノ「妖狐はメス同士でも繁殖出来るんだろう?だからあんたもダキって女を狙ってたんだろうしね。だから私を孕ませなよ。私はあんたを孕ませてやれないけど……。」
イナリ「ちょっ!何言って?私達さっき会ったばっかりだけど?!」
実は前回軍隊がここにやってきた時にも見かけたのはわかってるけどそういうことじゃない。話したのはさっきのが初めてだ。会ったばかりと言っても問題ない。それなのにいきなり何を?
ウカノ「それで思い知らせてやるのさ。あのウスラトンカチに私達を振ったことを後悔させてやるんだ。」
イナリ「それと私とウカノ…、さん?が結婚するのと何の関係があるの?」
私にはその関係性がまったくわからない。そもそも私達が結婚したからってあの男やダキお姉さまが悔しがるの?
ウカノ「私とイナリの間に出来た子供なんてすごく可愛いと思わないかい?それにすごい力を継いだ子供が出来るかもしれないよ?私とイナリの子孫とタケハヤスサとダキの子孫を結婚させるのさ!どうだい!すごい案だろう?」
イナリ「はぁ?」
ちょっと何を言っているのか意味がわからない。
ウカノ「だから私らの子孫とタケハヤスサ達の子孫を結婚させるんだよ!私らの可愛い子孫が自分の子孫と結婚するのを見て『あぁ、子孫じゃなくて自分があんな可愛い者と結婚出来るはずだったのに逃してしまった!』って後悔させてやるのさ!」
本気で意味がわからない。そんなことで悔しがるだろうか?でも……、それよりも……。
イナリ「じゃあ……、ウカノお姉さまって呼んでもいいですか?」
私は上目遣いにウカノお姉さまを窺う。ちょっとだけダキお姉さまに雰囲気の似ているこの人を…。今はまだダキお姉さまに振られた悲しみで、ダキお姉さまの代わりとしてみているかもしれない。
だけどもしウカノお姉さまが本当に私のことを好きになってくれるのなら、私もいつかダキお姉さまのことは忘れてウカノお姉さまのことを好きになるかもしれない。そういう期待を込めて見詰める。
ウカノ「あぁ、いいよ!まずはお互いにただ寂しさを紛らわせるための代役としてじゃなくて、本当にお互いを知り合い好き合うためにね!」
あぁ、やっぱり…。ウカノお姉さまも同じ不安があったんですね。振られた直後で…、自棄になってるんじゃないかって。振られた人の代わりを探してるんじゃないかって。
でもきっと大丈夫です。それを自覚しながらそうじゃないことを探しているんですから…。きっと今度こそ…。私はウカノお姉さまと………。
アン「なるほど……。わかりました!私も子孫に託します!きっと私に似た可愛い子孫がタケハヤスサ様の子孫を誑かしてくれるに違いありません!今度は惚れた女の弱味じゃなくて、相手を惚れさせて誑かしてやります!」
アンって人も何かやる気に漲ってきたみたい。誑かすのは妖狐の十八番だけどそこは突っ込まないでおこうと思う。
ゾフィー「ゾフィーガルハラの戦士。俺役目果たす。」
ゾフィーって人の決意は何かよくわからない。ただこの人も吹っ切れたんだろうってことはわかった。
ニンフ「子孫……、かぁ。いぉ~し!あたしだって負けないんだからね!そもそも精霊は何度も生まれ変われるわけ。つ・ま・り!あたしはあんたらと違って自分が生まれ変わってタケハヤスサの子孫と直接結ばれる未来も可能なわけ!これって一番勝ち組じゃない?」
ニンフは『にょほほほ!』って変な笑いをしてた。きっとこれも強がりの一種なのかな。ただ精霊の生まれ変わりっていう体質が羨ましいと思ったのは間違いない。
結界の中ではまだ二人は幸せそうに語らってたけど、結界の外では復讐を誓った女達が恐ろしい計画を練り始めている。
それに気付いた時はもう手遅れ。ふふふっ。私も何だかこの復讐が楽しみになってきた。その後ふられた私達五人は未来に思いを馳せて綿密に計画を練っていったのだった。
その時私はふと気がついた。『最後の巫女を産む家系の始祖』…。私の占いで出た運命。今まではわからなかったけどやっとわかった。
これは私が産むっていう意味じゃなかった。私が産ませる方だったんだ。今は新たに私が抱き締めている腕の持ち主を見上げて私の中の予感は確信に変わった。
この女性が私の運命の人だったんだ。この女性が『最後の巫女を産む家系』を産んでくれる人なんだ。
それに気付いた私はウカノお姉さまの腕に精一杯抱きついたのだった。
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ダキちゃんと口付けをする前にムカツちゃんのことを言わないと…。そう思って口付けしそうになった自分を戒める。
タケハヤスサ「聞いて欲しい。俺は高天原に許婚がいたんだ。それで………。」
俺は高天原を追放される前のことから話し始めた。ムカツちゃんと許婚だったこと。家を追い出されたこと。葦原中国に降り立って旅をしたこと。そこで様々な人に出会ったこと。
そしてダキちゃんとの出会い。ダキちゃんのことを好きになった。何度も会ってるうちに本気で結ばれたいと思うほどに愛するようになった。
そんな矢先でのダキちゃんが遠呂知だったと知ったこと。そして俺に向けられた殺気。俺は傷つき何も考えられなくなった。そんな傷心のまま高天原へと昇ることになった。
そこで久しぶりにムカツちゃんと再会したことも、そのムカツちゃんの温かい心に包まれて俺は立ち直ったことも、そしてその結果俺はやっぱりダキちゃんに劣らないほどムカツちゃんのことを愛していたのだと気付いたことも。
全てを話した。だからこそダキちゃんにもう一度会わなければと思って今日ここにやってきたのだと。
ダキちゃんは驚いたり悲しんだり怒ったり様々な表情になりながらも口を挟むことなく最後まで聞いてくれた。
ダキ「そうでしたか……。それで……、私は側室にしていただけるのでしょうか?」
ダキちゃんは不安半分期待半分という顔で俺を見上げながら上目遣いで覗き込んでいた。
タケハヤスサ「それは……、って、え?何でダキちゃんが側室なの?!」
ダキ「え?それはそうでしょう?その幼馴染の許婚の方の方が先なのですからその方が正室ですよね?それにその方は天津神の方なのですから家柄からしてもスサノオ様の正室になるべきお方。対して私はただの妖狐の一匹にすぎません。それもお二人の間に割って入った身ですから側室でも贅沢というものですよね?」
何でダキちゃんといいムカツちゃんといい、この二人は自分が側室になるという発想なんだろう。でもどっちかはそういう立場にならざるを得ないんだよな……。最終的にはそれを決めるのは俺なわけだ……。
タケハヤスサ「確かにその幼馴染とダキちゃんのどっちも嫌じゃないのなら二人を娶ってはどうかという話にはなってたんだ。だけど本当にダキちゃんはそれでいいの?」
俺は真っ直ぐにダキちゃんを見詰める。これは重要なことだ。誰か一人でもそんな関係は嫌だと言えばこれは成り立たない。
確かに権力者として王が複数の室を持つのは普通かもしれない。だけど俺は全員が望まない限りそれはするつもりはない。そもそもムカツちゃんに言われるまでは二人も娶るつもりさえなかった。だからダキちゃんの意思はしっかり確認しなければならない。
ダキ「はい!本当ならば諦めなければならない想いだったのです。それを側室として娶っていただけるというのならば私に何の不満がございましょうか?」
ダキちゃんは俺と結ばれる可能性があるということだけで顔を綻ばせていた。
タケハヤスサ「そっか…。でも駄目。」
ダキ「えっ!?」
俺の言葉でダキちゃんが凍りつく。
タケハヤスサ「幼馴染との許婚は俺が高天原を追放された時点で破棄されてるんだ。だから俺が先に好きになって結ばれたいと思ったのも、約束したのもダキちゃんが先だ。俺の正室はダキちゃんになってもらう。それは譲れない。その上で幼馴染を側室にしたい。それを受け入れてもらえるなら三人で結婚しよう。」
これはムカツちゃんとも話し合った結果だ。確かに元許婚ではあったけど俺が追放された時点で親が決めた婚約は解消されてた。だから…、俺が結婚の約束をしたのはあの時のダキちゃんが最初だ。
ダキ「―ッ!!!」
ダキちゃんは両手を顔にあてて目を潤ませていた。
ダキ「ですが…、それは…。それで…、良いのですか?」
ただ信じられないとフルフルと顔を振っていた。
タケハヤスサ「これでしか三人では結婚しない。幼馴染とも話し合ってダキちゃんがそれで飲んでくれるのならって決まってたんだ。どうかな?それでもよければ……、俺と結婚してくれますか?」
ダキ「――ッ!はいっ!はいっ!」
ダキちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。感極まってボロボロと涙を溢していた。ただ落ち着いたダキちゃんに聞いた限りでは正室とか側室とかはそんなに拘りもないしどちらでもよかったらしい。
俺とムカツちゃんがダキちゃんを加えて三人で結婚したいと思っているという、その想いがうれしいのだと語っていた。
こうして俺は晴れてダキちゃんと結婚出来ることになった。でもこの時の俺は完全に失念していた。この後にイナリっていう最大の関門が待ち受けていることを………。
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ようやく落ち着いて真っ暗な夜の森を出ようと動き出すと気付いた。俺達は結界に囲まれている。この結界はウカノの力だな。しかも外にウカノの他にもうちの女性陣が勢ぞろいだ。さらにイナリって娘の気配もある。
どうやら皆は俺達の周りに結界を張って守ってくれると同時に出歯亀もしていたらしい。それに気付いた俺とダキちゃんは同時に真っ赤になった。
向こうの音や気配を感じなかったってことはこっちの話し声とかも聞こえてなかったとは思う。だけど俺達がイチャイチャしてたことは丸見えだった。それを思い出して俺達は真っ赤になって動けなかった。
俺達が動き出したことで外の皆も気付いたようだ。結界を解いてこちらに歩いてくる。けど………。
あるぇ?何だこれ?ウカノとイナリって娘が抱き合ってる。抱き合ってるっていうかウカノの腕にくっついてるって言った方がいいか。
ウカノ「どうやらいくらか話は纏まったみたいだね。」
イナリ「私はまだあんたのこと認めたわけじゃないからね!」
ウカノがそういうとイナリって娘が俺に噛み付いてきた。でもダキちゃんが心配してたほどの反応じゃないな。
ダキ「イナリ?どうしたの?もっとスサノオ様に何かすると思ってたけど……。これは一体?」
ダキちゃんも困惑気味にイナリとウカノを見比べていた。やっぱりこの反応は予想外だったらしい。
イナリ「ふっふっふ~っ。私もダキお姉さまを諦めて新しい恋を見つけたんです。それがこのウカノお姉さまです!」
ばば~ん!とイナリはウカノの周りに何かの術を出して派手に飾り立てた。小さい火花が散る術のようだ。
ダキ「まぁ…。そうだったの……。相手の方が認めているのならそれはとても良いことだと思うけれど……。貴女はそれで良いのかしら?」
ウカノ「あぁ、いいよ。私もスサノオに振られた身だからね。切っ掛けは振られた者同士っていう傷の舐めあいかもしれないけど、これから愛し合えばいいさ。」
ウカノもカラカラと笑った。っていうか今までのも冗談じゃなかったんだ……。てっきり俺はからかわれてるだけかと思ってたけど、泣き腫らしたその目を見ればいくら俺でもウカノの気持ちがどれほどだったのか多少なりとも窺い知れる。
イナリ「だけど!新しい恋に向けて進むからってダキお姉さまを不幸にするような奴に預けることは出来ないからね!だからまだあんたのこと認めてないから!」
イナリは俺に釘を差した。俺はそれに正面から応える。
タケハヤスサ「わかった。それじゃしっかり見ててくれ。俺がダキちゃんを不幸にするような奴だと思ったらいつでも言ってくれ。」
もちろん俺が知らず知らずのうちにそうなっていればそれを注意してくれる人がいればそれほど幸せなことはない。そして俺はそんなことになるつもりもない。俺はこれからダキちゃんを幸せにする。
予定外に三人で結婚することにはなってしまった。まだダキちゃんとムカツちゃんは直接会ったことがないから本当にうまくいくかどうかはわからない。でも…、それでも俺達三人ならうまくやっていけると信じてる。
アン「おめでとうございますタケハヤスサ様。」
ゾフィー「おめでと…。」
ニンフ「ふんっ!後悔させてやるわよ!」
タケハヤスサ「………ありがとう。」
三人もそれぞれに俺とダキちゃんを祝福してくれた。アンとは長い付き合いだった。だからもちろんわかってる。アンは俺のことが好きだった。これは自惚れとかじゃない。いくら俺が鈍くてもあれだけしてくれてたらわかる。
ゾフィーも、ニンフも、ウカノも、それなり以上の好意を寄せてくれていたことはわかってた。ただウカノは好意はあってもどの程度かはいつもはぐらかされていて、仲間としてとか、信頼する者としてとか、あるいは本気で愛する異性としてか、どの程度かはよくわからなかったけど………。
それでも今ここにいる四人は俺を本気で愛してくれていた。その気持ちに応えることは出来なかった。俺が申し訳ないという気持ちを持っていると四人はそんな必要はないと言った。
ただそれは俺やダキちゃんを想って言ってくれた言葉ではなかったのかもしれない。何かその時の四人から不気味な気配を感じ取った。ブルリと背筋を震わせながらも、例えそうだとしても四人の気持ちを受け取り俺は前を向いてダキちゃんと幸せにならなければならないと決意を新たにした。
タケハヤスサ「それじゃとりあえずイフリルの所に向かおうか。」
ダキ「え?今からですか?」
俺の言葉に全員が疑問を浮かべる。確かに一番はダキちゃんに会うことだったけど、こうしてダキちゃんと打ち解けた今残る課題は葦原中国統一だ。
タケハヤスサ「早いにこしたことはないでしょ?」
ダキ「もうかなり遅い時間ですが…。」
どうやら皆が思ったのはそこらしい。こんな夜遅くに押しかけて行っていいのかということだろう。そもそもこんな時間からじゃゆっくり話し合いも出来ないだろうしね。
タケハヤスサ「まぁ皆の疑問もわかるけど、今日すぐに話し合わなくても今日火の精霊の集落に泊めてもらえば明日朝一番から話し合えるでしょ?もちろん多少迷惑をかけることにはなると思うけど善は急げって言うしね。」
ダキ「……そう…、ですね。はいっ!そうですね!それでは参りましょう。」
ダキちゃんが賛同してくれて先を案内してくれる。確かに急に来て泊めてくれとは火の精霊にとって迷惑ではあるだろう。だけど一度引き返して明日また来るよりもこのまま向かって一晩泊めてもらった方が手間がなくていい。
泊めてもらった分の礼は後でする必要があるだろうけどそれだけだ。それより今は少しでもするべきことを進めたい。そう思って俺達は火の精霊の集落へと向かったのだった。




