外伝2「スサノオの冒険28」
その日はムカツちゃんとアマテラス姉ちゃんに散々質問攻めにされて時間も随分遅くなってしまった。俺達がいてはアマテラス姉ちゃんの迷惑になるだろうと思って野営するために烏衆を連れて移動しようと思ったけどここに泊まればいいと引き止められた。
ムカツちゃんももう夜遅いから泊まることになり、家に俺とウカノとヤタガラスにムカツちゃん。外で烏衆を率いてタケちゃんが野営することになった。
タケちゃんも家で休むように勧めたんだけど烏衆の指揮者も必要だろうと言って行ってしまった。
タケハヤスサ「そう言えばツクヨミ兄ちゃんは?」
俺達が着いた頃はまだ帰ってなかったとしてもこの時間でもまだ帰って来ていないのは不自然だ。そう思ってアマテラス姉ちゃんに聞いてみる。
アマテラス「ツクヨミはお父上の後を継ぐためにと言って都に出て仕事を覚えるために手伝っているはずです。」
タケハヤスサ「あぁ…、そうだったんだ……。」
俺達が都に行った時にはツクヨミ兄ちゃんの気配は感じなかった。成長して力が大きくなったり多少変化したりしてるはずだけど、今目の前にいるアマテラス姉ちゃんだって多少変わってるけど気配を感じればアマテラス姉ちゃんだってわかる。だからツクヨミ兄ちゃんの気配だって多少変わってたって気付いたはずだ。
それなのに都で感じなかったってことはツクヨミ兄ちゃんは都にはいなかったんだろう。イザナギの仕事の手伝いをしているそうだし仕事でどこかへ行ってたとしても不思議じゃない。
今日会えないのは残念だけどそのうち会えるだろうと思って深くは考えないことにした。イザナギに与えられた仕事が終われば都に戻ってくるだろう。俺達の交渉が当分は終わりそうにないんだからそのうち会えるに違いない。
それで今日はもう休むことになった。俺は昔俺の部屋だった場所で…。そこは昔から何一つ変わっていなかった。とても懐かしい。子供の頃の俺の部屋。
ヤタガラスは客間で眠ることになった。アマテラス姉ちゃんとムカツちゃんとウカノは三人で一部屋で集まって眠るらしい。何でも女だけで話があるそうだ。
………どう考えても良い予感はしない。絶対話のネタにされるのは俺だろう。それは何も自意識過剰で言ってるわけじゃない。アマテラス姉ちゃんやムカツちゃんは高天原を追放されてからの俺のことを聞きたがるはずだ。そしてウカノはその話の代わりに二人から子供の頃の俺の話を聞くだろう。
それこそ恥ずかしい過去や最近でもやらかした失敗など色々と俺が笑いものにされるのが目に浮かぶ。でも止める術も持たない俺はただどんな話をされているのかモヤモヤしながら一人で布団で悶えるしか出来ることはなかったのだった。
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実家で寝泊りするようになって早二週間が経っている。その間に何度もタケちゃんを伴って都に行って天津神達と会談を繰り返してるけど未だに何も決まっていない。
護衛にタケちゃんしか連れていっていないのは大勢でゾロゾロと向かえば色々と迷惑になると思ってのことだ。
ムカツちゃんもずっと一緒に住んでる。本人は何度も迷惑だから帰るって言ってたんだけどアマテラス姉ちゃんが『少しでも一緒にいたいでしょう?』って言うといつも真っ赤になって俯いていた。その可愛らしい姿が頭から離れない。
もちろん多少は家に帰って色々としてるみたいだけどそれは俺が都に会談に向かっている間のことで、俺が戻ってくるまでにはムカツちゃんもうちに戻って来ていていつも出迎えてくれる。まるで新婚生活みたいだ……。
……俺はまだダキちゃんへの想いを諦められたわけじゃない。今でも愛してる。だけど…、ダキちゃんが八俣遠呂知だと知って…、あれほどの殺気を向けられて……、俺の心は傷ついた。その傷心の俺をそっと包み込んで癒してくれているのは他でもないムカツちゃんだ。
ムカツちゃんは無理に何かするわけじゃない。ただそっと俺に寄り添って支えてくれている。もちろん俺が望むことは俺が言う前に察して全てやってくれる。だけど俺が望まないことまでしようとしたり、させようとしたりはしない。
ただそっと傍で気遣ってくれる。そんな存在が今の俺にはありがたい。まだ二週間しか経ってないけど…、昔からの馴染みであることもあってか、俺とムカツちゃんはまるで長年連れ添った二人であるかのように自然に息が合っていた。
あるいは…、いっそ全てを投げ出してどこか誰もいない所でムカツちゃんと二人っきりで生きていくのも良いかもしれない。誰も俺達のことを知らないどこか遠くで…、ムカツちゃんと夫婦として二人で……。
何もかも投げ出してそういう生活をするのもいいだろう。そしていつかはムカツちゃんとの間に子供も生まれて家族で仲良く穏やかに暮らしていく。血塗られた生活を送ってきた俺にとってはそんな生活が出来るのならばぜひしたいと思う。
だけど今更そんなことが出来るわけはない。それはムカツちゃんへの想いが足りないからじゃない。俺には葦原中国で俺の帰りを待ってくれている友が、仲間が、部下が、国民達がいる。
それらを全て投げ出して俺だけ逃げ出し、平穏な生活など送れるはずはない。例え暫くは離れていたとしても、絶対に根之堅州国のことが気になっていてもたってもいられなくなるだろう。だからどこか遠くでひっそり暮らすという選択肢はありえない。
じゃあ俺はムカツちゃんとは結ばれないのか?それは違うだろう。そうだ。簡単なことだ。ムカツちゃんが天降っても良いと思ってくれさえすれば、葦原中国へと降ってもらって根之堅州国に迎え入れればいい。
もちろんそれは簡単な話じゃない。ムカツちゃんにとってはとても大変なことでこれからの人生全てを賭けてもらうことになる。
だけど絶対に不可能っていうわけじゃない。そうだ…。ダキちゃんとは違う。ダキちゃんのように…、もう二度と笑顔で隣には立てないのとは………、違うんだ………。
………って、俺は馬鹿か!まるでムカツちゃんをダキちゃんの代わりのように考えるなんて!俺の馬鹿たれが!
ゴチンッ!
と固い音がした。俺が手に持つお面に自分の顔を思いっきり打ち付けたからだ。当てた額がじんじんと熱くなり痛みが広がる。
俺は馬鹿だ。俺はダキちゃんのことを愛している。ムカツちゃんのこともそれに負けないくらい愛するようになった。
だけど…、いや、だからこそ、それがどちらかがどちらかの身代わりのような扱いでは駄目だ。もし俺がムカツちゃんと結婚するのなら、それは俺がムカツちゃんのことを愛し迎え入れたいと願ってでなければならない。
今みたいにまるでダキちゃんが駄目だったからムカツちゃんにしようとでも言わんばかりの態度じゃ駄目だ。ダキちゃんにもムカツちゃんにも失礼だろう。
タケミカヅチ「一体何の音だ?」
俺がお面に顔を打ちつけた音を聞いてタケちゃんが部屋にやってきた。今日もこれから天津神達と会談に行く予定だ。それで俺の準備を待ってる間に急にあんな音が聞こえたら不審に思って見に来てもおかしくはない。
タケハヤスサ「なんでもない。………今日は全員で向かうぞ。用意させておいてくれ。」
タケミカヅチ「………わかった。」
俺はそっとお面を握り締めながらこれまでの幼馴染、スサノオとタケちゃんの関係ではなく、根之堅州国の王タケハヤスサと家臣タケミカヅチとして命令する。
俺は高天原に昇ってからちょっと浮かれていた。早々にムカツちゃんとも再会したことでまるで昔に戻ったような気になっていた。
でも違う。俺は根之堅州国の国津神の王タケハヤスサだ。俺は今まで会談の場で覚悟が足りなかった。ただ中途半端に天津神のタケハヤスサノオと国津神のスサノオに振り回されていた。
だから今日はこのお面を被る。それは俺が根之堅州国の王タケハヤスサであることを忘れぬために。
そっとお面を被ると俺の内から力が溢れ出る。まだまだ俺は自分の力を制御し切れていない。だから心の弱い俺はこうしてお面を被ることで他人になるようにしてでしか力を出せない。
今はそれでもいい。演じている自分であろうとも俺は根之堅州国の王タケハヤスサとして毅然とした態度で臨まなければならない。
アマテラス「一体何事ですか?」
さっきのタケミカヅチと同じように今度はアマテラス姉ちゃんが部屋を見に来ていた。俺が急に力を溢れさせたから何事かと思って見に来たんだろう。
タケハヤスサ「何でもないよ。ただこれから会談だからね。今日こそは話を纏める。その覚悟を決めただけだよ。」
サカルムカイツ「スサノオ様……。どうかご無事で……。」
ムカツちゃんは俺を見ても恐れることなく、それどころか俺の心配をしてくれている。この姿の俺を見た者はほとんどが恐れをなす。だけどこの姿を見ても俺を心配してくれるムカツちゃんの心がうれしい。
場合によっては交渉が決裂するかもしれない。そうなれば最悪の場合は天津神と国津神の戦争だ。それを察したムカツちゃんが心配してくれるのはうれしい。でもそうはさせない。もちろんただ国津神が降るつもりはない。けど戦争にもさせない。戦争になんてなってしまったら俺とムカツちゃんが結ばれるのも難しくなるからな。
タケハヤスサ「大丈夫。きっと話を纏めてくるよ。」
俺は心配させないようにただそれだけを力強く答えた。ムカツちゃんもそれを察したのかそっと頷いてくれた。
タケミカヅチ「準備完了致しました。」
そこへタケミカヅチが戻ってくる。どうやら全員の準備が出来たらしい。
タケハヤスサ「よし…。それじゃ行くぞ。」
タケミカヅチ「はっ!」
こうして初日以来の全員で都へと向かったのだった。
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俺を先頭にタケミカヅチ、ウカノ、ヤタガラス、烏衆と続き大通を進む。最初に来た時と家のある方向が違うために最初に通った大通りとは違う。でもここ二週間の間に俺は通いなれた道だった。そして俺が通るたびに侮蔑や罵倒や投石が繰り返された。
でも今日は違う。今日は誰一人俺に向けてそのようなことをする者はいない。全員が俺と目を合わせることなくそそくさと道を空けて離れていく。
それはそうだ。俺が自分で言うのも何だけどはっきり言って今の俺はそこらの奴らとは桁が違うだけの力を放っている。もし今の俺に喧嘩を売れるような奴がいればその度胸を買って仲間に加えたいほどだ。普通の一般人が俺を相手に前に立つことすら出来はしない。
そしていつもの政治の中枢となる建物の前までくると受付として立っている者が慌てて転んだ。
受付「ちょちょちょ、ちょっとお待ちください。こちらの入り口からは入れません。それにお供の方は外でお待ちください。」
それは最初の時と同じ対応。会談に出られるのは俺と側近だけ。そして他の者は入り口にも近寄れず外で待てと言われる。
だけど今回はそうですかとはいかない。そもそもこの対応を飲んでいたことが間違いだった。交渉相手を、それも王自ら来ているのに裏口から入れなどということを許していてはそれは相手に侮られるというものだ。
俺は高天原に昇って帰って来たことでちょっと揺らいでしまっていた。だからそんな対応でも黙って従ってしまった。だからそこから改める。
タケハヤスサ「俺は根之堅州国の王でありこの国と交渉するためにやってきた。その交渉相手を裏口から入れるなどどういう了見だ?我らを下に見ているとしか思えんな。いずれそちらが気付くかと思って我慢してきたがお前達では気付きそうにない。もうこれ以上そんな扱いに従う気はない。」
もちろんこれは嘘とハッタリだ。俺も雰囲気に飲まれて知らず知らずのうちに黙って従ってしまっていただけだ。だけど正直にそんな自分の間抜けっぷりを暴露する必要はない。あたかも今までは我慢していただけかのように振舞う。
受付「しっ、しかし………。」
受付にそんなことを言っても無意味なことも理解している。受付にそれを変えたり判断したりするような権限などない。だけどまずはこの場で言っておくことが重要だ。
受付「えっと…、それでは確認を………。」
無言で威圧を放つ俺に引き攣った笑みを浮かべた受付は慌てて誰かに確認をとろうと建物に入っていこうとした。でもその必要はなかった。
イザナギ「その必要はない。………国賓を迎える準備をせよ。」
側近「はっ!」
俺の気配を感じて表まで慌てて出て来たのだろう。イザナギが指示したことで周辺の者達が慌しく動き出した。
こうして俺達はようやく国賓として正面から堂々と迎えられることになった。もちろん会談の場には烏衆は出てこない。だけどこちらのお供で護衛である烏衆に何のおもてなしもせず入り口から入ることも認めず表に立たせておくなど本来はありえない待遇だ。
だから俺達幹部は会談の場へと正面から堂々と入り、烏衆もまた表から入り別室にて控えることになった。これこそが本来ならばとるべき対応だろう。ようやく俺達根之堅州国は交渉の始まりの地点へと立てたのだった。
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いつもとは違う室内で会談が始まる。相手の面子はいつもと変わらない。閣僚や官僚、それらの秘書といった側近達。その周りを守るように控える衛兵達。
ただいつもと違うのは向こうの面々が俺の威圧を受けて誰も彼もが引き攣った表情をしているということだろうか。
これは一種の脅迫だ。俺の力をひけらかし、威圧し、脅し、言う事を聞かせる。それでは力による支配と何ら変わらない。
でもまずはそうするしかない。俺が力を抑えて普通に話し合おうとしても向こうはこちらを侮りまともに相手もしなかった。
ならばまずはこちらの力を示し対等であることを相手に思い知らせるしかない。そう思ったからこそ今日はお面をつけてきた。そして実際に今目の前で繰り広げられている光景こそが俺が期待した通りの光景だ。
もちろん俺としてはこのまま武力に物を言わせてこちらの言うことを聞かせようなどというつもりはない。ただあくまで俺達は対等であると示すためにやったことだ。だけどそうは思わない者がいるのもまた確かだった。
閣僚A「(………まだか?)」
秘書A「(はっ、もうすぐかと……。)」
俺は特別耳が良いわけじゃないけど、それでもさすがにこの距離ならあのくらいの声量の内緒話なんて普通に聞こえる。
いつも座っている閣僚とその秘書らしき者が何かを相談していた。その顔からして碌なことじゃないだろうなという予感しかしない。
それはもう見るからに悪代官というような表情だ。ただし悪そうな余裕の笑みというわけじゃない。焦った小物が最後の悪あがきをする時のような顔だ。
タヂカラオ「おう!ここか!?」
その時扉をバーンッ!と押し開いて入ってくる者がいた。そしてその相手は俺もよく知る相手だった。俺達より少し上。アマテラス姉ちゃんと同世代の男。でも俺達もよく知っている。
この程度の年齢差なら普通にタケミカヅチの訓練や編成の中に含まれていた。だから俺もタケミカヅチの訓練に駆り出された時に見たことがある。っていうかむしろ俺を積極的にいじめていたうちの一人であるタヂカラオ。
こいつはことあるごとに俺をいじめていた。タケミカヅチはまだ訓練という理由があってであり、俺以外にも編成されていた子供達全員に同じように接していた。ただその中で出来損ない組だった俺や同じ組に居た者達は上の組の者から馬鹿にされていじめられていたにすぎない。
だけどタヂカラオは違う。こいつは周囲の者に偉そうに振る舞い、自分の機嫌が悪ければそこらの者に八つ当たりしたり暴力を揮ったりするだけだった。
年上であることと力が強いことを笠に着て横柄な態度をとり理不尽な暴力を揮う。そんな下衆だった。ただやっぱりタケミカヅチの方が強かったからタケミカヅチには何度も注意されていた。
タケミカヅチにやられては忌々しげに後ろから睨み付けていたけど表立ってはどうやっても勝てないから媚び諂うかのように振舞う。そんな姿を見て誰もがタヂカラオはそういう者だと思っていた。
そのタヂカラオだけど……、大人になっても変わってないみたいだ。その理不尽な暴力を揮う横柄な態度はまったく改まっていない。むしろ増長してさらに悪化しているようにすら見える。
閣僚A「おおっ!来たか!その者共を始末しろ!」
やっぱりこれを裏で糸を引いていたらしい閣僚が喜色満面に立ち上がりタヂカラオに命令する。そうしてタヂカラオが閣僚が示した俺達の方を向いて………。
タヂカラオ「げぇっ!タケミカヅチっ!何でてめぇがここにいやがる!」
タケミカヅチを見つけて腰を抜かしそうになりながら後ずさる。やっぱりタケミカヅチには敵わないのは変わらないらしい。
タケミカヅチ「我が主君の護衛だが?もし我が主君に仇為す者がいるというのならば……、俺が相手になると思え。」
怪しく目を光らせたタケミカヅチがタヂカラオを睨む。それだけでタヂカラオは息を飲み小さく悲鳴を上げた。
タヂカラオ「おいっ!おいおいおいっ!話が違うじゃねぇか!タケミカヅチがいるなんて聞いてねぇぞ!」
閣僚A「お前は自分で自分が高天原最強だと吹聴しておるではないか!タケミカヅチが何だ!さっさと始末せんか!」
事情を知らない閣僚がタヂカラオを叱責する。でもタヂカラオはタケミカヅチから目が離せずにただワナワナと震えていた。
タケミカヅチ「どうやら証拠は揃っているようだな。会談の場において我が主君に害を為そうなど許せるものではない。俺が………。」
タケハヤスサ「まぁ待てタケミカヅチ。どうやらタヂカラオはタケミカヅチがいなければどうにかなると思っているようだ。だからここは俺一人で相手をしてやろう。良い余興だろう?今後会談の場でこのような真似をすればどうなるのか。その最初の例をここで示してやろうではないか。」
俺はタケミカヅチを止めて立ち上がる。そして少し離れてタヂカラオの前に立った。
タケハヤスサ「俺が一人で相手をしてやろう。」
タヂカラオ「あん?お前何者だ?」
俺を胡乱な目で見下ろすタヂカラオ。その力は確かに昔よりも成長している。高天原で最強かどうかは知らないけど最上位を争う位置にいるのは確かに嘘じゃないだろう。
だけどそれは所詮高天原に限っての話だ。葦原中国には俺もタケミカヅチもミカボシも……、ダキちゃんもいる。それらの者と比べてタヂカラオが特別飛びぬけているということはない。むしろ劣るだろう。
タケハヤスサ「俺は根之堅州国の王タケハヤスサ。お前にはタケハヤスサノオと名乗ればわかるだろう?」
タヂカラオ「あ?………タケハヤスサノオ?あの落ちこぼれのスサノオか?ぎゃはははっ!お前が俺様の相手?何の冗談だ?タケミカヅチがいなきゃ何も出来ねぇ落ちこぼれが!ぎゃはははははっ!!!」
俺の言葉を受けてタヂカラオが爆笑する。やれやれ…。今の俺は明らかに大きな力を放っている。それすら理解出来ないようじゃ俺の前に立つ資格すらなかったか…。とはいえここは俺の武威を示す場だ。精々そのために利用させてもらうとしよう。
タケハヤスサ「だったらやってみればどうだ?お前が俺に勝てばお前の好きにすればいい。」
タヂカラオ「あ゛あ゛!?タケミカヅチの腰ぎんちゃくが図に乗ってんじゃねぇ!」
タヂカラオが開いた掌で俺のお面を穿つ。パーンッ!と高い音が響くけど俺はびくともしない。
タケハヤスサ「それが一杯か?高天原一の怪力とはそよ風にも劣る程度か。」
タヂカラオ「てめぇ!後悔させてやる!テンガンド!!!!」
俺のお面に阻まれた平手そのままにタヂカラオが技を使ってくる。昔から変わらず同じ技しかないらしい。威力は上がってるけどこんな程度で俺に傷一つ付けることは出来ない。
目の前で撃ち出されたタヂカラオの神力で出来た岩はお面に当たって砕けて後ろに弾け飛んだ。破片のいくつかは閣僚達の方に飛んだようで騒ぎになってるけど俺の知ったことじゃない。
タケハヤスサ「それだけか?もうやり残したことはないか?だったら終わらせるぞ?」
タヂカラオ「なっ!なっ!こんなわけねぇ!死ね!死ね!死ねぇぇぇぇっ!!!」
何度も平手を打ち付けてくる。でも当然俺には何の傷も負わせることは出来ない。それどころか一歩ですら俺を後退させることすら出来ない。
タケハヤスサ「種切れのようだな。ではこちらから行くぞ。ふっ!」
タヂカラオ「ぐぇっ!ぐおおおぉぉぉっ!!!」
俺がタヂカラオの腹の下から掌を押し当てて押し上げると天井を突き破り空高くまで舞い上がった。待つこと暫く。ようやくタヂカラオが重力に引かれて落ちてくる。
タヂカラオ「ぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
タケハヤスサ「はぁっ!!!」
落ちてきたタヂカラオが俺の前を通り過ぎる瞬間俺はその体に拳を叩き込む。ただそれだけ。何の工夫も力も術も技もない。ただ拳を繰り出しただけだ。それだけでタヂカラオは吹き飛び今度は横の壁を貫き吹き飛んでいく。
どこまで飛んだのかは知らない。ただ見える範囲では遠くに見える山に突き刺さり土煙を上げているのが見える。貫通したかそこで止まったかは確認するつもりもない。
タケハヤスサ「さて…、今回の件について何か申し開きはあるか?」
俺は振り返り冷徹に閣僚共を見渡す。その視線を受けて幾人かは肩を震わせた。どうやら今回のことの関係者だったようだな。
イザナギ「今回のことは天津神の総意ではない。一部の者が暴走した結果だ。我らにその責任がないとは言わないが全ての責任をこちらで持つつもりもない。ということはわかっていただきたい。」
そこへさっとイザナギが俺の前に立ち止めた。その言葉は自分達の責任を軽くしようというものだ。
タケハヤスサ「交渉相手の王に対してこんなことをしでかして何もなく終われるとでも?」
イザナギ「そうは言わない。もちろん迷惑をかけたことへの謝罪はしよう。今回の件を企てた者達も引き渡すからそちらで好きにすればいい。ただ天津神全員に今回の責任を問うようなことは控えてもらいたい。」
ふむ……。まぁ犯人を引き渡してこちらで好きにして良いというのは破格の条件だろう。普通は例えば俺の国の者がヴァーラント国で犯罪を犯しても俺の国でその罪を問う、というようなことが起こる。
それはまずヴァーラント国がその地へ赴いた根之堅州国の国民を勝手に裁いてしまわないようにということだ。何の罪もない我が国民をヴァーラント国が勝手に捕まえて犯罪者に仕立て上げないようにという配慮がある。
ただこれは行き過ぎれば悪い効果もある。それはすなわちヴァーラント国で罪を犯した我が国民でも根之堅州国へと逃げ帰れば罪に問われないというようなことが起こり得るということを意味する。
だから国を越えた犯罪に対しては両国が協定を結び共同で捜査したり逮捕したりするという条約が結ばれている。
それを、まぁ現行犯だから言い逃れのしようがないとしても、何の捜査もせずに完全にこちらに引き渡すというのは犯罪者の引渡しにおいて最大限の譲歩だろう。
尤も現状でそれ以外に手段の取りようがなく当たり前ではある。会談中の相手国の王を襲撃して現行犯で逮捕されているのに引渡しを拒めばそれは戦争になってもおかしくはない事態だ。その当然の対応をするから自分達には罪を問うようなことはしないで欲しいと言われても話にならない。
タケハヤスサ「そんな当然の対応だけで穏便に済ませられるとでも?」
イザナギ「………その件についても話し合おう。まずは今回の件に関係ある者を捕まえるところから始めようか?」
イザナギもそれだけで終わるとは思っていないようだ。同意した俺はまずタヂカラオとそれをけしかけた一部の閣僚共を調べて捕まえた。
その間誰も逃げも隠れもしない。いや、出来ない。俺がさっき以上に威圧しているからな。一人だけ逃げ出そうとした秘書が居たけど今はその者はピクリとも動かない。動かないんじゃなくて動けないんだけどな。
俺がそいつを逃げられないように手足をへし折り散々拷問にかけて洗いざらい吐かして、身動きできないように自分の手足で自分の手足を縛り転がしたら誰も逃げなくなった。
その秘書がしゃべったことから今回の件に関わった者が芋づる式にずるずると出て来た。そのお陰でこの場に居た閣僚の三分の一は退席することになったけど、お陰で話し合いは順調に進むようになったからよかっただろう。
どうやら今回の件の奴らはいつも会談を妨害して話が進まないようにしていた一派だったらしい。そいつらが根こそぎいなくなったことで話が進むようになったわけだ。
ちょっと腑に落ちないのはイザナギは本当は察知していたんじゃないだろうかということだ。本当はこいつらの動きを察知していながら今回決行させたという気がしてならない。
その上で俺が排除されるならそれはそれまでとして良しとする。逆に今回の結果のように閣僚達が負けて排除されるのならそれはそれで邪魔者が一斉にいなくなり良しとする。そういうつもりだったんじゃないかという気がしてくる。
でもそれだと会談前にいきなり根之堅州国に弱味を握られることになる。それでも尚獅子身中の虫である閣僚共を排除したかったのか。あるいは別の目的もあったのか。真相は俺にはわからない。
ただ一つ確かなことはこの後の話し合いで高天原と根之堅州国は対等な条約を結んだということだ。すでに残った者で俺達を侮るような愚か者はいない。今目の前で見せ付けられたばかりだからな。
イザナギ「俺の聞いていた話と違うな。根之堅州国というのは葦原中国に無数にある小国の一つだと聞いたが?」
タケハヤスサ「誰かが俺達の言った情報を捻じ曲げたのだろうな。今回の連中の中の誰かじゃないか?根之堅州国はもうすぐ葦原中国を統一する寸前まできている。」
話し合いの途中で何か妙に話がかみ合わないと思ったらどうやらそういうことだったらしい。イザナギは俺達が数ある小国のうちの一つと思っていたようだ。だからお互いに交易などについての話が『?』『?』状態だった。
イザナギ「はぁ………。見る目がなかったのは俺の方……、か。タケハヤスサ殿…、葦原中国統一が成ればまた来てもらいたい。その時には重要な話がある。」
イザナギは真っ直ぐに俺を見据えてそう言った。その目には何か諦めに似た光が宿っていた。
タケハヤスサ「………わかった。葦原中国統一が成れば俺自身がまた訪れよう。」
もちろんそれまでにも閣僚や官僚を相互に派遣しての実務面などでの話し合いは行なわれることになっている。それに俺だってまたアマテラス姉ちゃんやムカツちゃんと会いたいからその内また来るだろう。
だけどそれとは違って葦原中国統一が成れば正式に根之堅州国の王タケハヤスサとしてまた訪問する。その約束を交わして俺達はアマテラス姉ちゃんが待つ実家へと帰ったのだった。




