外伝2「スサノオの冒険26」
どこをどう通っていつの間に帰ってきていたのか全然覚えていない。ただ気がつけば西之都の部屋で寝転がっていた。
何だこれは?どういうことだ?
―――本当は気付いているんだろう?
何のことだ?
―――お前は利用されていただけだ。
利用?
―――お前の気持ちを利用して情報を集めていたのさ。
何を言っている?
―――言わないとわからないか?本当は気付いているんだろう?
意味がわからない………。
―――まだ恍けるのか。だったら言ってやるよ。あの女……。
やめろ!
―――ほら。本当はわかってるんだろう?妖狐は他種族を誑かす。あの女、ダキはお前の気持ちを利用しているだけだ。
違う!ダキちゃんはそんな娘じゃない!
―――だったら何故あの女は本当のことを言わなかった?何故俺に近づいた?
それは………。
―――何故あの女は俺にあれこれ聞いた?聞いてきた内容は何だった?何故俺を探っている?
だから………。
―――本当は気付いているんだろう?あの女は………。
根之堅州国の王タケハヤスサの情報を集めていた?
………
……
…
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タケハヤスサ「はっ!」
夢……?気付くと俺は布団の上に寝転がっていた。ひどい汗だ。運動した後のような爽快な汗じゃない。じっとりと体に粘りつくような重い汗。
そんなことに気を取られているといつの間にか夢のことも忘れていた。何か変な…、重要な夢を見ていた気がする。だけどどんな夢だったのかもう思い出せない。
ただこのじっとりとした汗だけが嫌な夢だったことを証明しているような…、そんな暗い気持ちだけが残っている。
オオトシ「(タケハヤスサ様はどうされたのだ?)」
ミカボシ「(さぁなぁ…。そりゃあ俺達にもわからん。むしろ俺達が聞きたいくらいだ。)」
耳の優れている他の種族ほど耳が良いわけじゃないけど外の話し声が聞こえてきていた。あるいは俺がまだ眠っていると思っているからかもしれない。部屋の外で旅の仲間だった者達や幹部やオオトシが話し合っている。
その内容は言うまでもなく俺のことだ。突然軍を引いて戻ってきた俺の行動や、その後の塞ぎこんだ理由について幹部達が一緒に向かった仲間達に問い詰めている。だけど当然ながら仲間達だってよくわかっていなくて答えられない。そんなやり取りがずっと続いていた。
アン「(………恐らく。)」
ミカボシ「(ん?何か知ってるのか?)」
アン「(はぁ……。ガサツな男の方にはわからないでしょうね………。)」
ウカノ「(そうだね……。あの女を見てからのタケハヤスサ様の動揺から考えて………。)」
アンとウカノが言っていることは多分正しい。向こうもはっきりとは言っていないけど、俺がダキちゃんを見て動揺してすぐさま引き返したことから俺とダキちゃんに何かあると気付いたんだろう。
ミカボシ「(あ?何だよ?わかってるんならはっきり教えてもらいてぇんだがな?)」
アン「(これだから鈍感でガサツだって言うんです。)」
その後暫く部屋の外で言い合っていたけどそのうち話し合いの決着はつかずに気配は離れていった。まだ暫くは俺のことはそっとしておくということで纏まったからだ。
気配が離れると俺はまた布団に頭を突っ込んで寝転がった。俺だってまだ全然考えが纏まらない。
何でこんなことになった?いや…、そもそも今の状況は何だ?どういうことだ?何でダキちゃんが俺にあんな殺気を………。
ダキちゃんがヤマタ様だったとすれば……。東大陸で戦った九頭九尾龍もダキちゃんか?生きてたんだ………。俺はあの時九頭九尾龍を殺したと思っていた。でもあれがダキちゃんだったのなら生きていたということになる。
それはもちろんよかった。知らなかったとは言え俺は自分で自分の愛しい者を殺してしまうところだった。だから生きてくれていたことはよかった。
けど……、それはつまり俺はいつの間にか知らない間に愛しい者を殺してしまうかもしれないということだ。今回はあの九頭九尾龍がダキちゃんだと気付いた。そして前回はダキちゃんがうまく逃れてくれたから生き延びていた。
でも次はどうだ?もしまた何かで姿を変えていた時に俺はまた愛しい者を傷つけてしまうかもしれないんじゃないのか?
どれが誰かもわからない状況で力を揮えば、自分の愛する者ですら傷つけてしまうかもしれない。
じゃあどうすればいいって言うんだよ!この世界で!こんな世界で!理不尽が蔓延るこの世界で抵抗もしなければ仲間さえ守れはしない。
俺が一切力を使うことをやめれば目の前の仲間ですら守れず傷つくかもしれない。命を落とすかもしれない。
どこにいるかも、本当にいるかもわからない人を傷つけるのが恐ろしいからって手を止めれば、今目の前にいる大切な仲間ですら失うかもしれない。
だったら…、敵の中にダキちゃんが紛れていないことに賭けて好き勝手に暴れるか?敵を殺すか?もしかしたらその中の一人がダキちゃんかもしれないのに?
どうすればいいんだよ………。俺はどうしたらいいんだよ………?
???『滅ぼせ!』
駄目だよ……。この世界にはダキちゃんがいるんだ……。
???『その女がお前に何をした?』
それは………。
???『その女も自分勝手な者達の一人にすぎない!殺せ!』
駄目だよ……。例えそうだとしても……、それは出来ない。
???『理不尽を許すな!自分勝手な者達に報いを!』
………
……
…
俺の意識はまたいつの間にか深い闇の底に沈んでいっていた………。
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俺が火の精霊の集落へ向かう途中から引き返してきてどれくらい経っただろうか。数日?数ヶ月?それともほんの数時間?全然わからない。まるで時間の感覚がない。
時々部屋の前に誰かしらがやってきて何か声をかけたり食事を勧められたりしてるけど、戻ってきてからどれくらい経ったのか……。
そんな時ドカドカと荒い足音が近づいてきているのをぼんやりと聞いていた。
タケミカヅチ「いつまで塞ぎ込んでいるつもりだ?!」
その足音の主は扉をぶち破って部屋に侵入すると布団に寝転がっている俺の胸倉を掴んで持ち上げた。その顔は予想通りの鬼神だった。高天原でも最強と呼ばれていた鬼神。俺の下に降ってからは家臣として接してきていた俺の数少ない幼馴染の友達。
タケちゃんは俺の胸倉を掴んで持ち上げると顔を近づけて俺の目を覗き込んでいた。
タケミカヅチ「ふんっ!本当に腑抜けているみたいだな!だったら好機だ。今度こそ俺が勝たせてもらおう。」
そう言ったタケちゃんは俺が何か答える暇もなく俺を持ち上げたまま部屋から連れ出した。そしてやってきたのは練兵場。そこに転がされた俺はタケちゃんにボコボコにされた。本当に容赦なくボコボコだ。
あっ…。腕が変な方向に曲がってる。ははっ。ここまでやられたのは初めてだな。鼻も折れてるな。左目が開かない。ただ腫れてるだけならいいけど原因がわからず片目が見えなくなったというのはどういう状況なのかわからずに不安だけが募る。
でもいい。どうでもいい。俺は無抵抗にただ大の字に練兵場に横たわっていた。
タケミカヅチ「これで俺の一勝だな。………ふん。こんなくだらん戦いは初めてだ。どんな弱い者でももっと生きる意志がある。今のお前は生きていながらにして死んでいるのと変わらない。ただのクズだ。」
タケちゃんはそれだけ言うとドカドカと去って行った。一勝ってどういう意味だろう?むしろ俺がタケちゃんに勝つこと自体ほとんどないのに…。………あれ?そう言えば何でタケちゃんがいるんだろうな?タケちゃんはまだ中央大陸のロベリアにいるはずで、ここ西大陸の西之都にいるなんておかしいな。
でもどうでもいいか……。俺が動いても碌なことにはならない。俺が考えても良い結果にはならない。だったら俺はもうこのまま何もしない方が………。
ウカノ「あんたがくだらないこと考えてるのはわかってるけど、一つだけ言わせてもらうよ。」
いつの間にか寝転がっている俺の傍にウカノが立っていた。その顔は今まで見たこともないほど苛立たしげな表情をしていた。
ウカノ「あの女とあんたがどういう関係で何があったのかなんて知らないけど、あんたこのままでいいのかい?あんたが何もしなくても世界は動いているんだよ。このままあんたが指をくわえて世界を眺めているだけだったら、愛しい者も、大事な者も、恋人も友も仲間も部下も…、皆皆いなくなっちまうかもしれないよ?あんたそれでもいいのかい?」
タケハヤスサ「………。」
ウカノ「はぁ……。まっ、それだけさ。あとはあんたが自分で考えなよ。」
それだけ言うとウカノは去って行った。………俺が何もしなくても失う。だけど俺が何かしたせいで失うことの方が多い。だったら何もしない方が………。
俺が部屋にいないことに気付いたアンが俺を探してやってくるまで俺は血を流したまま練兵場に転がっていたのだった。
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タケちゃんにやられた傷はすぐに治療されたからもう治っている。最初に俺の姿を見つけた時のアンはそれはもう大変な取り乱しようだった。つまり俺はそれほどひどい怪我だったってことだな。
だからってタケちゃんを責めようとは思わない。アンはタケちゃんに詰め寄ってたけどタケちゃんはどこ吹く風だった。
………そうだ。俺は何をしてたんだろうな?アンにこんなに心配かけて。ウカノだって俺のことを思ってわざわざ忠告してくれた。
せめて…、俺は目の前にいる大切な者達くらいは守ろう。その結果取り返しのつかないことになったとしても……。何もせずに後悔するくらいなら…、出来ることをしてから後悔しよう。せめてそれくらいは……。
タケハヤスサ「ありがとうアン。でも大丈夫だから。」
アン「え?タケハヤスサ様?!」
俺が久しぶりにまともにしゃべったからかアンは驚いた顔で俺を見ていた。他の仲間達も顔を上げてこっちを見てる。
タケハヤスサ「タケちゃんもありがとう。ウカノも……。ゾフィーもミカボシもニンフも…、すまない。心配かけた。」
ウカノ「ふん。初恋の相手が情けないと私まで情けない気分になってくるからね。」
タケハヤスサ「え?」
ウカノ「あっっ!!!今のはなし!」
俺の聞き間違いかな?ウカノが珍しく赤くなって手を振り回している。
ゾフィー「………タケハヤスサの言う通りにする。それがガルハラの戦士としてゾフィーが決めたこと。」
タケハヤスサ「うん。ありがとう。」
ゾフィーはいつもぶれない。だけど今回のことにはゾフィーもゾフィーなりに思う所があったんだろう。それでもなおこうしていてくれることをうれしく思う。
ニンフ「あんたが塞ぎ込んでる間暇だったんだから今度埋め合わせに一緒に遊びなさいよね!」
タケハヤスサ「ふふっ。そうだな。」
ニンフは俺が塞ぎ込んでる間相当暇だったのだろう。もう今から何して遊ぼうかとウンウン唸りながら考えてる。落ち着いたら埋め合わせに何かに付き合ってあげよう。
ミカボシ「まっ、まだ本調子じゃねぇだろうけどよ。時間は待っちゃくれねぇからな。まずは動こうぜ。」
タケハヤスサ「そうだな……。悩むのは後だな。今は今しか出来ないことをしよう。」
ミカボシの言う通りだ。悩んでる時間はない。ウカノにも言われた通り世界は俺が動くと止まるとに関わらず動いている。だから俺に立ち止まってる時間はない。
まだ立ち直ったわけじゃない。ダキちゃんへの想いが吹っ切れたわけじゃない。だけどこのままウジウジ悩んでる間にも目の前の仲間達を失ってしまうかもしれない。だからたとえ無理をしてでも動かないと…。
それに動いていれば考える時間もなくなる。ダキちゃんのことを考える時間もないほど動くのもいいかもしれない。
タケミカヅチ「………ちょっとはマシな顔になったみたいだな。」
タケハヤスサ「うん。ごめんタケちゃん。タケちゃんにも迷惑かけた。」
タケミカヅチ「………はっ!俺の方こそタケハヤスサ様にあのようなこと…。如何様な処分でも受けます。」
タケちゃんは急に畏まって跪いて頭を垂れた。さっきまでの友達としての接し方じゃなくて今は主従の接し方の時らしい。
タケハヤスサ「処分なんてないよ。俺のことを思ってしてくれたことだしね。それより何でタケちゃんがここに?」
タケちゃんはまだそれじゃ駄目だって自分を罰するようにって言ってたけど、そんなつもりはない俺は話題を逸らす。まぁ逸らしただけじゃなくて本当に気になってた部分でもある。
タケミカヅチ「世界統一にも終わりが見えてきたのでそろそろタケハヤスサ様が高天原に昇る頃合かと……。」
タケハヤスサ「ふむふむ……。んん?何て?」
俺が高天原に昇る?世界統一も全然終わりは見えてないけど?とにかく意味がわからないから話を聞いてみる。どうやら他の仲間や幹部達もタケちゃんと同じ考えだったらしい。俺だけが一人認識が違ったというか教えられていなかったというか。
その話を要約すると次のようになる。
まず世界統一の件。俺だけはまだまだだと思ってたみたいだけど実際には統一一歩手前というくらいらしい。
ロベリアはタケちゃんが出向いたことで家臣になったらしい。いまいちよくわからないけど、ロベリアが根之堅州国の配下になることでその支配地を根之堅州国が保障するって…。ロベリアの名前は残るけど根之堅州国の下につくということらしい。封建社会って言ってた。
北大陸西部地域もほとんど制圧を完了したんだって。西大陸も俺達と別れたオオトシが結構な範囲を傘下に収めたらしい。
だから残ってるとすればドラゴニアと西大陸の残りだけ。そして俺はダキちゃんが遠呂知様だってわかったんだから、ダキちゃんをどうにかすればドラゴニアも降る可能性が高いことを知っている。
さらに言えばダキちゃんが守る火の精霊やその周辺はまだ手を出していないけど、ダキちゃんを押さえることが出来ればその辺りが降るのもすぐだろう。
つまりもうほとんどの地域は制圧済みであり、残りも方法自体は簡単だ。何しろダキちゃんが降れば自然とついてくる可能性が高いからね。それに例えダキちゃんと一緒に降らなくてもそう手強い相手でもない。最悪の場合は力ずくでも落とすのは簡単な勢力ばかりだ。
残りは細々とした言う事を聞かない小勢力があるだけだけどそんなのはすぐにどうとでもなる。つまりもう世界統一の終わりは見えている。俺だけがそれに気付いていなかったらしい。
で、ここからが本題。どうやら皆は俺が世界統一したら高天原へ昇ると考えていたらしい。何で?何のために?と思わなくもない。でも一つだけ理由があった。
俺は旅をしている間に大陸間を渡る砂浜や岩場を歩き難いと思っていた。だから何とかしようとも……。その方法の一つとして公共事業で回廊と呼ばれる通り道を繋げて街道からそのまま乗り入れて渡れるようにしようという計画が持ち上がっている。
そこで問題になるのが工事中も開通後も含めて海から襲ってくる魔獣達だ。それをどうするのかということが問題なわけだけど、そこに出てくるのが高天原。
実は高天原では結界を張る装置の技術が進んでいる。例えば俺の仲間や国津神達でも自分で自分を守る結界くらいなら張れる。でもそれなら特定の場所を守ろうと思ったらずっとその近くで結界を張り続けなければならない。
だけど高天原で実用化されている結界装置なら装置が壊れるか、蓄えている力が尽きない限りはずっと張り続けていられる。その蓄えている力に関しても外部からその力を取り込み続ける機構があるから力が尽きて切れることは普通はない。この技術をわけてもらえれば回廊建設の問題が一気に片付く。
でもそれだけじゃない気がするんだよなぁ…。皆は俺が高天原も支配すると思ってそうなんだよなぁ…。
それってお父さんやアマテラス姉ちゃんやツクヨミ兄ちゃんと争いになるってわけで……。俺としては天津神達との戦争なんてしたくないと思ってる。けどとりあえず不戦協定を結ぶにしても一度高天原へと昇る必要はあるかもしれない。
ならば善は急げという言葉通り高天原へと昇ることになった。その話をしていると一人遅れてやってきた者がいた。
ヤタガラス「アニキ!俺はやったっすよ!」
タケハヤスサ「………何が?」
扉を蹴破る勢いで転がり込んできたヤタガラスにあまり良い予感がしないながらも話を聞いてみる。そう言えばヤタガラスには俺が落ち込んでる所を見られなくてよかった。流石に弟分にあんな情けない所は見せられないからな。
ヤタガラス「はい!ご命令通り精鋭部隊を組織したっす!その名も烏衆!どうっすか!?」
タケハヤスサ「……はい?精鋭部隊?」
はて?そんな命令したか?俺はヤタガラスがロベリアの王都の隣に大穴を開けて脅すような真似をしたから、罰の代わりにまだ世界各地に残ってる国津神達に根之堅州国のことを話して賛同者がいれば集めてこいって言っただけだ。誰が部隊を組織しろなんて言った?
ヤタガラス「そうっす!これが烏衆っす!」
そう言ってズラリと並んだのは……、黒い装束で統一された怪しい集団だった。でも確かに内包してる神力は結構なものだな。
この後ヤタガラスのことは叱ったけど、一応ちゃんと世界中を回ってまだ隠れてて話の伝わっていない国津神達に話を通してきたみたいだから軽いお説教で済ませた。烏衆とやらはもう面倒だからヤタガラスに丸投げで任せる。俺は知らない。
こうしてヤタガラスも合流したことで高天原に昇る話を纏める。まず昇るのは国津神だけということにした。アンやゾフィーやニンフは連れていけない。それからミカボシ達天津神の不順わぬ神々も連れていけば問題となるだろう。
だから高天原に昇るのは俺とヤタガラスとウカノにタケちゃん。それと護衛として烏衆ということになった。護衛もクソも、その烏衆自体俺にとっては得体の知れない謎の集団なんだけどヤタガラスが大丈夫って言うから任せることにしてみた。
タケハヤスサ「それで高天原にはどうやったら昇れるの?」
タケミカヅチ「……え?スサノオは高天原から葦原中国へ天降ったんだよな?」
タケちゃんがさっきまでの臣下の態度を忘れて素で話してる。俺のこともタケハヤスサじゃなくて昔のスサノオに戻ってるな。そんなに変なことを言ったかな?
タケハヤスサ「そうだけど降ったのは降ったけど昇る方法なんて知らないよ。」
俺の言葉に他の者も頷く。同行する国津神達も高天原には昇ったことがないからそれを知ってるのはタケちゃんだけだ。タケちゃんがいなかったら俺達って高天原に昇ることも出来なかったかもな。
というわけで案内はタケちゃんに任せることにした。そうは言っても難しいことは何もないらしい。ただ単に高天原に繋がる道を開けば良いとのことだった。開き方はタケちゃんに任せる。口で聞かなくても一度見ればわかるだろう。
それで話が纏まったから今日はもう休んで準備に充てることにして出発は明日となった。
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翌日、仲間や幹部達が集まる中でタケちゃんが高天原へと繋がる道を開き俺達は昇ることになった。葦原中国に残る皆にはまだ根之堅州国に従っていない小勢力の制圧を任せることにした。
ドラゴニアは後回しでいい。西大陸も下手に突いてダキちゃんと揉めることになっても困る。だから西大陸でもダキちゃんと絶対出会わない、関係ない所を狙うか、西大陸以外の残った小勢力を纏めることにしてもらった。
その際ダキちゃんと戦いにならないようには厳命してある。例え誰であろうと俺の不在中にダキちゃんと戦闘になることは一切禁止している。
それはまだ…、俺はダキちゃんへの想いを振り切れていないということだろう。そりゃそうだ。俺は今でもダキちゃんのことを愛している。
騙されたのかもしれない。利用されたのかもしれない。でもまだ本人から何も聞いていない。だから俺も想いを諦めることは出来ない。
それを察したのかアン達は悲しそうに顔を伏せながらも俺の意を汲んでくれた。あの時の妖狐達とは争わないと約束してくれたから俺は安心して高天原へと昇ったのだった。
そして高天原に昇って一番………。
タケハヤスサ「懐かしいな……。何も変わってない。」
タケミカヅチ「そうだろう?」
俺は懐かしい景色に心が落ち着くのを感じていた。………やっぱりここは俺の故郷なんだ。例えいじめられていたとしても。村八分にされていたとしても。それでもやっぱりここは俺の故郷で心が安らぐ。
そんな俺達のところへ………。
サカルムカイツ「やっぱり!スサノオ様!スサノオ様ではないですか!ご無事だったんですね!」
タケハヤスサ「うおっ!」
俺の胸に飛び込んでくる一人の美しい女性。多分あの娘だと思う。だけど自信がない。だって滅茶苦茶変わってるから。
タケハヤスサ「もしかして…、ムカツちゃん?」
サカルムカイツ「はいっ!そうです!」
あぁ…、やっぱり……。俺のもう一人の幼馴染。俺にこんなに普通に接してくれるのはこの娘しかいない。胸に飛び込んできて抱き合うのが普通に接していると言えるのかどうかは別として……。
この娘はサカルムカイツ。俺とタケちゃんだけはムカツちゃんって呼んでる。ムカツちゃんだけは昔から俺に普通に接してくれていた。普通どころか俺のことを心配したりよくしたりしてくれていたと言える。
俺がアマテラス姉ちゃん以外で唯一普通に話せていた女の子。昔から可愛い女の子だったけど成長した今は違う。そう、違う。可愛い女の子じゃない。綺麗な、美しい女性に成長している。
タケハヤスサ「ムカツちゃん。とっても綺麗になってるから一瞬わからなかったよ。」
サカルムカイツ「まぁ!そういうスサノオ様もとても男らしくなられて……。」
ニッコリと微笑みながら俺の顔を覗き込んでくる。こういう可愛らしい仕草は昔のままみたいだ。女の子に免疫のない俺が、そう、今ですら女の子と接すると緊張する俺がこれほど普通に接することが出来る。
それはただ幼馴染で昔から一緒だったからってだけじゃない。ムカツちゃんは、サカルムカイツは親が決めた俺の許婚でもあった。
サカルムカイツ「今までどうされていたのですか?連絡もなくとても心配しておりました。」
本当に悲しそうに顔を伏せる。
タケハヤスサ「ごめんね。連絡することも出来なかったから。」
サカルムカイツ「いいえ。良いのです。もうこれからは一緒にいられるのですよね?」
ドキリとした。これからは一緒に?そんなの無理だ。俺は高天原を追放された身だ。今回は色々な交渉のために昇っただけで今後はそうそう来れないだろうと思う。
それに仮に俺が自由に行き来出来たとしても俺とムカツちゃんはもう許婚でも何でもない。二人にはお互いに別々の人生がある。一緒になんていられない。
タケハヤスサ「一緒には…、いられない。」
サカルムカイツ「そんな……。いえ、そうですね。スサノオ様はこれから多くを背負い率いていかれるお方です。私にばかり構ってもいられないのでしょうね。ですが私とスサノオ様の絆は…、夫婦の契りは例え偶にしか会えなくとも変わりません。」
タケハヤスサ「………それなんだけど、俺は高天原を追放された身だし俺とムカツちゃんはもう許婚でも何でもないんだよ……。ムカツちゃんも親が決めた婚約に従う必要はないんだ。」
俺とムカツちゃんの結婚を決めたのはお父さんとムカツちゃんの両親だ。勘当されて追放された俺にそのまま嫁がせるはずはない。それに俺はダキちゃんのことを………。
サカルムカイツ「………え?何を……?それはどういう………。」
ムカツちゃんが呆然とした顔をしてヨロヨロとよろめく。まるで足元が崩れ去ったかのような不安定なその姿はとても見ていられない。
ウカノ「これはどういうことか。私らも聞きたいねぇ?」
タケハヤスサ「ひぇっ!!!」
背後からゾクリと背筋が凍るような圧力を感じる。ウカノの言葉はいつもと変わらない軽い感じだ。表情も口の端が上がってて笑ってるように見える。
でも目は笑ってない。そして背負う空気は尋常じゃない。怖い………。
タケハヤスサ「ととととにかく落ち着こうか?」
ウカノ「落ち着いてないのはあんただけだろう?」
やっぱりこえぇっす………。とにかくムカツちゃんも加えて話をしなければ……。
まず一緒に高天原に昇ってきた皆にムカツちゃんのことを紹介する。俺とムカツちゃんとタケちゃんの三人は幼馴染だった。そして高天原でほとんど友達もいなかった俺に唯一普通に接してくれていたのがムカツちゃんだ。タケちゃんのは普通とは言いがたいからね……。
そして親が決めた許婚だということも説明する。ここまではムカツちゃんも知ってる話で一緒に昇ってきたタケちゃん以外の仲間に言っておく事前の説明だ。
そしてここからはムカツちゃんの知らない話になる。俺はお父さんに追放されて葦原中国へと天降った。だから結婚を決めたお父さんがそのまま俺とムカツちゃんを結婚させるはずはない。
タケハヤスサ「それに……、俺は…、葦原中国で…、好きな人が出来た。ムカツちゃんとはもう結ばれることはないだろうって思ってたし…。ムカツちゃんとの頃はまだ子供で初恋をする年でもなかった。だから……、ごめん!」
俺はムカツちゃんに頭を下げる。ムカツちゃんはずっと俺のことを待ってくれていたのに、俺はムカツちゃんのことを恋したこともないし他の娘を好きになってた。こんなこと謝って済むようなことじゃないだろう。
ぶん殴られたって黙って殴られるつもりだ。でもムカツちゃんはただ笑って首を振った。
サカルムカイツ「いいえ。スサノオ様が謝られることなど何もないのですよ?」
ただそう言って俺の手を握る。でもその笑顔の裏には泣いているムカツちゃんが見えた。少し痛々しい笑顔でただそっと俺の手を握り締めて何も悪くないと言っていた。
タケハヤスサ「ごめん!」
俺はいつの間にかムカツちゃんを抱き締めていた。何というか…、今はこの娘を愛しいと思う。悲しませたくないと思った。
サカルムカイツ「―ッ!スサノオ様………。」
そっとムカツちゃんも手を回して俺を抱き締める。二人はただ久しぶりにお互いを抱き締めあったまま、空白の時間を埋めるかのように体を寄せ合ったのだった。




