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転生無双  作者: 平朝臣
215/225

外伝2「スサノオの冒険25」


 幹部達が素顔でウロウロしてたせいで騒ぎになっていたから、結局すぐにオオトシに見つかって砦に強制連行されてしまった。俺一人ならお忍び旅行出来たのに皆が迂闊なせいで台無しだ。


 まぁそんなこと言ったら脱走したことを咎められる可能性が高いから言わないけど………。


 というわけで結局砦でオオトシに接待されながら一晩を明かすことになった。因みにきちんと接待はしてくれたけどオオトシには怒られた。


 その理由も騒ぎを起こしたからとかじゃない。俺がここへ訪ねて来ていたのに自分の所に来なかったことに対してだ。


 『なぜ我にも何も言わずに挨拶もしてくださらなかったのですか!』『我は信用にも値しませんか!』って散々泣かれた。そう…。泣いていた。オオトシは泣き上戸らしい。自棄酒を飲んで泣きながら俺に絡んでいた。でも言い分も尤もだから俺は一晩中オオトシの愚痴を聞いて謝り倒したのだ。


 俺は別にオオトシを信用してなかったわけじゃない。でも俺が脱走してやってきたのに挨拶しに行けば何か問題になるかもしれないと思って逃げ回っていたのは確かだ。


 それは例えば俺が怒られるとか、オオトシが他の幹部達に連絡するという意味ももちろんある。だけどそれだけじゃなくてオオトシに口止めして俺が脱走してここにいるのを知っているのに黙っていたら、オオトシが後で誰かに怒られたり何か不都合があるんじゃないかと思っての部分もある。


 そう言うとオオトシはまた泣きまくっていた。『タケハヤスサ様のお心遣い痛み入りますっ!』とか言って大泣きだ。そういうわけで最初はちゃんと接待されてたけど途中から俺がオオトシを宥めるというわけのわからない状態になっていた。


 そして翌朝。俺は遅くまでオオトシに絡まれていて何だか今日は寝不足の時のようなぐったりした疲れがある。実際には俺はほとんど眠らなくても良いから寝不足で辛いなんてことはないはずなんだけど……。逆にオオトシは何かすっきりした顔で今日も元気だった。ちょっと恨めしい。


 朝食の席に着くと幹部達が今日の予定について語り出す。どうやらかなり大々的に火の精霊の所へ行こうという話になっている。


アン「ですからこの西之都の兵を一部動員して行きましょう!」


タケハヤスサ「何でまたそんなことを?」


 アンが張り切っているので俺は疑問に思ったことを聞いてみる。兵は動かすだけでお金がかかる。うちは何でも自給自足してるし物資にも余裕があるからその程度は何てことないけど、あるからって無駄に使う必要もない。それなのに兵を動かすことを主張するアンの意図がわからない。


ミカボシ「俺ぁ政治のこたぁわからねぇけどよ。お嬢ちゃんのしようとしてるこたぁわかるぜ。」


 えっ!ミカボシでもわかるの!?それなのにそれすらわからない俺って……。


ミカボシ「はっはっはっ!タケハヤスサ様よ。今何考えてるか丸分かりだぜ。俺みてぇな馬鹿でもわかるのに自分が意味がわからないなんて……、って思ってんだろ?」


タケハヤスサ「えっ…、いや…、その……。」


 うっ…。その通りで御座います……。ミカボシを馬鹿にするつもりはないけどミカボシは何か考えるより動く方が早いような性格をしている。だからこういうことは考えないのかと思ってた。それなのにすぐわかるって言ったから驚いたのは間違いない。


ミカボシ「いいっていいって。俺が馬鹿なのは事実だからな。けど今回の件はわかるぜ。簡単に言えば示威行動だろう?」


 そう言ってミカボシはニヤリとアンを見た。それを受けてアンも黙って頷く。


アン「かなり大雑把に言えば確かにその通りです!」


 どうやらミカボシの予想は当たっていたらしい。そこからアンが大まかな説明をしてくれた。


 この辺り、というか西大陸において根之堅州国はその存在もまだまだ知られていないような知名度の低い国だ。


 当初はイフリル達火の精霊にその部分を補ってもらって西大陸統一を進める予定だったけど、イフリルと話がついていない現状では何も進んでいない。


 そこで俺達が大々的に行軍することで周辺へ俺達の存在を知らしめるらしい。この西之都にも大勢の間者達が紛れ込んでいる。間者と言っても情報収集するくらいで工作活動を行うような者はいない。


 何故居ないと言い切れるかと言えばうちの優秀な者達がそういう者達はすぐに証拠を押さえて捕まえてしまうからだ。


 でもただ情報収集を行っているだけの者はいちいち捕まえたりはしない。それはそうだろう?ただ見知らぬ町に入って情報を集めているだけで逮捕されていたらかなわない。だからそういう者は何か法に触れるようなことでもしない限りは放置されている。


 こちらの情報を集められて困るかと言えばそうでもない。むしろ今回の件もそうだけど積極的に情報を持ち帰って欲しいという意味もある。それがつまり今回の示威行動ということに繋がる。


 簡単に言えば我が国の国力や軍事力をそういう間者達に持ち帰ってもらって『根之堅州国とは戦争しても勝ち目はない』とか『戦争するより交易した方が利益がある』と思ってもらいたいってわけだ。


 だから国というのはただ平和主義を掲げていればいいってものじゃない。確かに俺達はこちらから侵略する意図はないけど強力な軍事力は持っているのだと周囲に知らしめる必要がある。それは今後の無駄な戦争を抑止するという意味において重要だ。


 それで今回は俺と大勢の幹部達がいるのだから火の精霊達との会談を開くためについでに行軍を行なって周辺に知らしめようということらしい。


 もちろんここまで全部幹部達の受け売りだ。俺は言われてもまだ雲を掴むようにふわふわしてる。


ウカノ「ついでにその軍で周辺も平定すればどうかねぇ?」


ニンフ「あたしに逆らう者は皆殺しよ!あっはっはっはっ!」


 何かニンフがさらっと危ないことを言ったぞ。まぁ本気じゃないのはわかってるからいいけど…。ニンフの精神はまるっきり子供だからね……。ちょっとそういう役になりきるとそういうことを言うだけにすぎない。子供のおままごとでなりきって台詞を吐くのと一緒だな。


ニンフ「ちょっとあんた!また何か悪いこと考えてるでしょ!」


タケハヤスサ「ひぇ!ななな何でもないよ?」


ニンフ「………。」


タケハヤスサ「………。」


 俺が咄嗟に誤魔化すとニンフはただじっと俺を見詰めていた。無言の時が過ぎる。だけどいつまで経ってもニンフは俺を睨んだままだ。


ニンフ「ちょっと!この後言う言葉があるでしょ!」


タケハヤスサ「えっ?!このあと?」


 何だ?何か言わなくちゃいけないのか?何だっけ?そんなのあったか?


ニンフ「………。」


 まだ睨んでるよぉ…。どどどどうすれば………。


タケハヤスサ「えっとぉ…、あっとぉ…。そのぅ………。あっ!もしかして…?」


 俺は一つ閃いた。それを確かめるようにそっと口を開く。


タケハヤスサ「今日もニンフが可愛いから見とれてただけだよ……。」


 あまり自信のない俺はそっとそう言ってからチラリとニンフを見詰めて合っていたかどうか確かめる。


ニンフ「ちょっ!やっぱあんたあたしのこと狙ってんでしょ!夜這いすんじゃないわよ!」


タケハヤスサ「………いたい。」


 正解だったのかな?顔を真っ赤にしたニンフはそれでもうれしそうに俺の背中をバシバシ叩き続けていた。


ゾフィー「いいから続き…。」


 俺達が戯れているのをムスッとした顔で睨んでいたゾフィーが続きを促す。こうして俺達は町中を大々的に行軍して火の精霊の所へと向かうことになり詳細を決めていったのだった。



  =======



 予定が決まるとオオトシが通達を出して準備が進められる。今日は午後から砦から門に到る大通りを俺達が行軍することになっているからそのための準備も大変だ。


 西之都は他の町に比べればそれほど大きな町でもないけど、西大陸においては現時点で最大の規模を誇っている。西大陸への足がかりとしては十分に機能するだろう。


 他大陸では根之堅州国もかなり名前が売れてきているけど西大陸じゃまだほとんど知られてもいないだろうからね。移住者もまだそれほど集まっていないし規模が小さいのは仕方が無い。それでも結構な賑わいを見せている大通りを封鎖してしまうというのはかなり大変なことだ。


 だから事前に俺達の行軍を知らせて封鎖時間も通達してある。そういった諸々の作業はオオトシを始めとしたこの砦の者達が行なう。そういう負担をかけることになるから俺達みたいな王や幹部が動く場合には事前に調整して話し合っておく必要があるんだ。


 俺はここ数年でそういうことも学んだ。昔のように気軽にホイホイ一人で行動なんて出来ない。俺が町を散策するのはそれだけで大変な影響が出る。周辺の警備、向かう先の準備もあるから事前に行く先への連絡、その時の行動の予定など色々と面倒が起こる。


 だけどそれをしないで今回のように突然やってくる方が相手にとっても大変な負担になる。そう…。今オオトシ達が忙しなく走り回っているのも俺が突然やってきて今回のことを突然決めたからだ。


 これが事前に取り決められていて準備されていればここまで大騒ぎではなかったはずだ。もちろんそういう予定をたてているのに準備をしていなくて大変になる場合もあるだろう。でもそれは相手がそういう準備を怠ったのが原因であってその者が無能であったに過ぎない。


 でも今回の件は違う。突然のことに予定を大きく変更して大急ぎで準備をしているこの西之都の者達には迷惑をかけた。何か埋め合わせでもした方がいいだろう。


タケハヤスサ「今回オオトシを始めとした西之都の者達には迷惑をかけたと思う。どうすれば埋め合わせ出来るかな?」


 俺はオオトシ達の準備が整うまで部屋で寛いでいる幹部達に聞いてみることにした。皆も久しぶりの休暇とあって今はゆっくり羽を伸ばしている。


アン「特に必要ないのでは?!これが彼らの仕事でありタケハヤスサ様はいつも通り過ごされるのが何よりの彼らへの信頼の証だと思います!」


 ふむ…。アンはこのままでいいと言う。確かに彼らの仕事はこういうことをすることだ。でも事前に何の連絡もなく急遽俺のせいで全ての予定を変えることになった。それは彼らに非はないだろう。余計な負担をかけた分何か報いてあげたい。


ニンフ「勲章授与ね!」


ウカノ「それは大袈裟すぎるねぇ。ただ王がわがまま言って行動しただけで勲章が貰えるなら勲章の価値が下がっちまうよ。」


 まださっきの将軍気取りの気分が抜けてないニンフは勲章授与を持ち出す。でもウカノがあっさり却下する。その際俺への嫌味を言うことも忘れない。


ミカボシ「ちょいと労いの言葉でもかけられりゃそれでいいんじゃねぇのか?主君からの直接の労いなんてそれだけで褒美だろ?」


 う~ん…。ミカボシの言うこともわからないくはない。確かに物語とかじゃそれだけで配下が咽び泣くなんてこともある。だけど実際に自分がその立場になると本当にそんなものでいいのか?っていう疑問が沸いてくる。


ゾフィー「剣を配る。」


 ゾフィーが静かにそれだけ言う。なるほど…。確かに兵士とかに剣を授けるっていうのは褒美としてあるかもしれない。


ウカノ「それも大袈裟すぎるね。勲章授与と変わらないよ。それはもっと栄誉ある時にした方がいいねぇ。」


 でもやっぱりウカノに却下される。その後もああでもないこうでもないと言い合っている間にオオトシがやってきて準備が完了したことを告げた。



  =======



 結局何も決まらないままだったけど『褒美ってのは後で出すもんなんだから後で決めればいいんじゃないかい』っていうウカノの言葉でそのままということになった。


 確かに謂わば何かを為したことに対して出すのが褒美なんだからまだ何も為していない現時点で褒美を出すという話になるのもおかいしい。最悪の場合は俺達が帰った後で出しても良いものが褒美というものだ。というわけでそれはまた後で相談することにして一時棚上げする。


 そして俺達の大通り行軍が開始した。


 まずは砦の兵士達が前を行く。西大陸にいる兵は少ないしあちこちの街道整備や開拓地建設に散っているから数そのものはあまり大軍ではないけど、それでもそれなりの数はいる。


 今すぐこの砦で動員出来るだけでもこの数がいるということはそれなりの兵力があると伝わることだろう。アダマンタイトとミスリルの装備も良いから見た目も映える。


 次に幹部達が馬に乗って進む。女の子達は可愛らしいだけにしか見えないけどミカボシなんかは流石は様になっている。はっきり言おう。俺が今観衆としてミカボシを外から見ていたら絶対憧れるだろう。それほど堂々と馬に乗り行軍しているミカボシは決まっていた。


 そして俺だけど……。まず何故か俺はいつものお面を被せられている。そう。怖い方のお面だ……。俺はいくつかお面を持っている。あまり威圧的にならないようになるべく柔らかい表情に見えるお面もある。


 それなのに今被っているお面はいつもの怖いお面だ。何故だ……。これじゃ俺の印象悪いんじゃね?もっとにこやかに国民の前に出た方がいいんじゃね?


 そして俺は馬はあまり得意じゃない。乗れないことはない。ただミカボシみたいにビシッと決まらない。何とか乗せてもらってるっていう感じにしかならない。


 だって馬に乗るより走った方が速いんだもんよ……。まぁその足の速さで一番のミカボシがビシッと馬を乗りこなしているんだからそれは言い訳にはならないけどね……。


 だから俺は馬には乗らずに幌のない馬車というか、外国のちゃりおっつとかいう戦車とかいう乗り物を大型化させたようなものに乗っている。


 そして俺の後ろにもまた兵士が並んでるわけだけど、俺達が通ると大通りの左右から見物している者達が大歓声を上げる。


 誰が一番受けてるのかな?やっぱり可愛い女の子達かな?うちの仲間は皆可愛いからなぁ…。でも予想以上にミカボシも受けている。結構良い年なのに見物してる観衆から黄色い声援が飛んでいた。


 俺は子供達に怖がられてるんじゃないかなぁ……。こういう時は女の子や子供達の声援が一番なのに、その子供達を怖がらせるようなお面じゃ俺の人気はないだろう。


 そう思ってたけど俺が通りがかるとこれまでにないほどの割れんばかりの大歓声が起こる。


 えっ?えっ?これもしかして俺に向けられてるの?


 まさかと思う気持ちとうれしい気持ちが混ざり合って何とも言えないくすぐったい気持ちになる。俺に向けられてるものじゃなかったら恥ずかしいけど…。一応確認の意味も込めて俺も歓声に応えて手を上げてみる。


 そこでさらに一段階上の大歓声が起こった。どうやら俺に向けられたもので合っていたらしい。


 ぐへへっ。俺が一番だな!まぁそりゃそうだよな!若き仮面の英雄王だもんな!


 こうして俺達の行軍は長い時間をかけて砦から門まで続き西之都は大熱狂に包まれたのだった。



  =======



 門を出た後も整備された街道沿いに俺達を一目見ようと詰め掛けた者達で左右に人の壁が出来ていた。そこからかなり長い距離続いた人の壁も次第にまばらになり、舗装された街道が終わり狭く未整備の旧街道に出る頃には観衆はいなくなっていた。


タケハヤスサ「それじゃ予定通りこの辺りでわかれようか。」


オオトシ「はっ!こちらはお任せください!」


タケハヤスサ「うん。頼んだよ。」


 見物人がいなくなった所で俺達は予定していた通り軍を分けることにする。俺達の方はイフリルに会いに行くだけだから別に軍なんて必要ない。だからオオトシがこのまま軍を率いて周辺に『挨拶』に行くことになっている。


 ただいくら俺達は旧友に会いに行くだけで軍は必要ないとは言ってもお供は連れて行けと言われて兵の一部は同行することにもなっていた。


 あまり大勢で行くとイフリルの方にも迷惑じゃないかと思ったんだけど、流石に王がほんの数名のお供しか連れていないのは対外的にはあまりよろしくないだろうという結論に落ち着いたからだ。


 そこで軍の大半をオオトシに預けて少しの兵を引き連れたまま俺達はイフリルがいた火の精霊の集落へ向けて再び移動を開始したのだった。



  =======



 そうして二手に別れた俺達が暫く進むと………、俺達の前に二人の人物が現れた。それは……。


タケハヤスサ「ダ………。」


ダキ「これ以上進むことは許しません!」


タケハヤスサ「―ッ!!!」


 俺がその相手の名前を…、『ダキちゃん』と言い切る前に相手が威圧を込めてこちらの声を遮る。そう…。俺達の前に現れたのはダキちゃん。そしてそのやや後ろに控えるのは一度だけほんの少し見たことがある人物、イナリっていう娘だった。


 でも俺を見たダキちゃんはとても厳しい表情を向けている。そんな敵を見るような気迫の篭った顔を向けられたことがない俺は意味がわからず混乱していた。


 何故ダキちゃんは俺にあんな表情を向けているんだ?つい先日愛を誓い合い結婚の約束をしたんじゃなかったのか?あれは本当にダキちゃんか?


 でも俺がダキちゃんを間違えるはずがない。変装や幻なんかじゃない。あれは紛れもなくダキちゃん本人だ。それが何故俺にあんな厳しい表情を向けて明らかな敵意と威嚇を向けているんだ?


 わからない…。わからないから俺は馬車を降りて歩いて近づいていた。


タケハヤスサ「ダキちゃ……。―――ッ!!!」


 ドガッ!と固い物を抉る音が響く。幹部達が色めき立ちこちらも威圧と殺気を漲らせ始めた。


 それはダキちゃんがその伸ばした尻尾で俺の足元を抉ったから……。その一撃には明らかな攻撃の意思と殺気が込められていた。


 それを受けて幹部達どころか兵士達まで俺に害を為そうとした目の前の人物達に威圧を放つ。この場は一触即発で何かあればすぐに根之堅州国の者達は目の前の二人を殺せる準備をしている。


 駄目だ。ここで争いになればダキちゃんが俺の大事な人だって知らない兵士達は目の前の二人を一瞬で殺してしまうだろう。


 ……いや、ダキちゃんの内包する力が徐々に高まっている。これはそこらの兵士じゃかなり苦戦するな。それに気付いたミカボシがダキちゃんに狙いを定める。確かにミカボシならこのダキちゃん相手でも勝てるだろう。


 あぁ…、何でこんなことになっているんだ?俺はどうしたらいい?考えなければならないことがいっぱいあるのに何を考えればいいのかわからない。何も考えが纏まらない。


 ただ一つわかることは、今目の前で俺に向けて殺気を放っているのは俺の愛しいダキちゃんで…。その表情も気配も今まで見たこともないほど冷たく俺に向けられている。


 何で?俺は何かダキちゃんに嫌われるようなことをしただろうか?このままじゃダキちゃんとイナリって娘の命が危ない。それなのに頭が真っ白でどうすればいいのかわからない。


ダキ「それが最後の線です。その線を越えれば敵として排除します。」


 まるで仇を見るような冷たい視線でダキちゃんが俺を見据えて、突き刺した尻尾を振り一つの線をつけた。これを越えたら戦闘開始の合図と受け取るということだろう。


タケハヤスサ「何……で………?」


ダキ「これより先は進ませません。さっさと立ち去りなさい『荒れすさぶ鬼』!それとも『破滅を齎す者』と呼ぶ方がいいですか?」


 『荒れすさぶ鬼』?『破滅を齎す者』?どういう意味だ?それは俺のことか?駄目だ…。何もわからない。何も考えられない。


アン「タケハヤスサ様………。」


 俺の動揺を感じ取ったらしい旅の仲間達は心配そうに俺を気遣ってくれている。そうだ……。ここで妙な争いをしている場合じゃない。


タケハヤスサ「今日の所は帰るとしよう。………また、近いうちに話がしたい。」


ダキ「………。」


 俺が声をかけてもダキちゃんの厳しい表情に変化はない。いや、それどころか俺がまた近いうちにと言うと明らかに顔を強張らせて殺気が強くなった。それはもう俺には会いたくないってこと?ねぇダキちゃん?


 その後は俺はどうやって指示を出したのかよく覚えていない。いつの間にか俺は軍を率いて引き返していた。兵士達は怪訝な顔をしながらも俺の指示に従い黙って来た道を引き返していた。


 付き合いの長い旅の仲間だった幹部達は俺の様子がおかしいことに気付きながらも兵士の目のあるここで下手なことも言えないと思ったのか、気遣わしげにするだけでこちらも黙って引き返していたのだった。


 帰路で俺はぼんやりと思い浮かぶことがあった……。火の精霊達が崇めていたのはヤマタ様だとイフリルは言っていた。火の精霊の集落を守るように立ち塞がったダキちゃんとイナリ。


 ヤマタ様、遠呂知、八俣遠呂知……。九頭竜、九頭九尾龍………。まさか……、ダキちゃんがヤマタ様?九尾の妖狐……。あり得る。むしろそう疑い出すともう他に考えられない。


 じゃあ……、ダキちゃんが俺に近づいたのは八俣遠呂知、九頭九尾龍として俺を敵と認めて俺を探るために?


 違う!って言いたい……。だけど俺はあまりにダキちゃんのことを知らない。俺の頭はぐちゃぐちゃだった。ダキちゃんを信じたいという気持ち。ダキちゃんを愛しいと思う気持ち。だけど……、状況的には八俣遠呂知、九頭九尾龍が俺を調べるために近づいていたという状況。


 胸が苦しい。頭が痛い。どうすればいい?全然わからない……。


???『殺せ!』


タケハヤスサ(何で………。)


???『この世に信も義もない!』


タケハヤスサ(そんなことは……。)


???『この世に愛などない!』


タケハヤスサ(………。)


 ………

 ……

 …




  ~~~~~




 イフリル達の集落に戻った私は浮かれていた。それはもう浮かれていた。


イナリ「ダキお姉さま?何か良いことでもあったのですか?」


ダキ「え?ううん?別に何でもないわよ?」


 本当は全然何でもなくはない。だって…、だってだってスサノオ様に求婚されたんですもの!それはもう私は有頂天だった。だけどそれをイナリには言えない。もしこの子がそんなことを知れば何をしでかすかわかったもんじゃないから……。


イナリ「絶対に何かありましたよね?こんなダキお姉さまを見たことがありません!一体どこで何をしておられたのですか?!」


 その後もイナリは諦めることなく私を問い詰め続けたけど、私は全てはぐらかして誤魔化した。


 でもいつかは言わなきゃね……。結婚した後でまでイナリに黙っていることは出来ない。いつかは話さなければならない。いつかは別れなければならない。


 だけど……、今はまだ……。



  =======



 翌日も私は有頂天のままだった。機嫌の良い私にイフリルも訝しんでいたけど一度私が答えをはぐらかすとそれ以上は聞いてこなかった。それに火の精達は私の機嫌が良いのを喜んで一緒に騒いで祝福してくれていた。だからイナリやイフリルがそれに水を差すようなことはなかった。


 だけど…、そんな平和で幸せな時間というものは長続きしない。午後になってから森の遥か先にとんでもない一団がこちらに向かってきている気配を感じた。


 当然イナリも気付いてハッとした顔で私を見詰める。私はイナリの視線に静かに頷いて応える。これだけあからさまだとイナリに隠すなんてことは出来ない。


 オオトシのように単独で、それも気配を隠しながらならばイナリに気付かれる前に私だけ出て行くことも出来ただろう。


 でもこれだけの集団が堂々とこちらに近づいてきていればイナリほどの者が気付かないわけはない。イフリル達はまだ気付いていないようだけどこちらも時間の問題でしょう。


 だから私達はイフリル達には内緒でこちらから出向いて迎え撃とうと決めた。イナリと出かけてくると声をかけて不自然にならないように集落を出る。


 とうとう根之堅州国の『荒れすさぶ鬼』タケハヤスサが動き出していた。本当はイナリも置いていきたい。この子は妖狐の未来だから。こんな所で死なせてしまうわけにはいかない。


 だけどもう敵の気配を感じているこの子を引き下がらせることなんて出来ない。無理やり意識を奪う以外にこの子を止める術はない。


 ……でも、この相手の前に立てばイナリはきっと死んでしまう。それはイナリも気付いているはず。


 敵は……、信じられないことにほとんどが神。ドラゴニアで会った龍神なんて目じゃない。本物の神が多数いる。雑兵と思われる者一人一人がイナリを上回るほどの力を秘めている。私でも兵士達の中でそこそこ強いっていうくらいかもしれない。


 もちろん実戦になればまたわからない。相性の問題もある。だけど私がどんなに頑張っても絶対に勝てないだろうと思う気配が二つ。


 一つは前にも感じた『荒れすさぶ鬼』タケハヤスサ。そしてその『荒れすさぶ鬼』の近くにいる化け物。こちらは前に私と『荒れすさぶ鬼』が戦った時に『荒れすさぶ鬼』が放っていた力以上の力を放っている。


 信じられない……。他にもこんな化け物がいたなんて………。


 目の前に根之堅州国の軍勢が現れて私は竦みあがった。目の前で見てもまだ信じられない。兵士一人一人がイナリを上回る怪物揃い。


 その中でも突出している一人は憤怒の面を被ったタケハヤスサ。そしてその近くに控えるやや年季の入った中年の武将。


 こんな軍勢相手に何が出来るというの?こんなもの相手に出来ることなんて何もない。ただ蹂躙されるだけ。それは何も私達だけじゃない。このファルクリアに住む全ての者はこの軍勢に蹂躙されるだけの哀れな獲物でしかない。


 足が震える。心が竦み上がる。今すぐここから逃げ出したい。何より死にたくない。ようやく…、ようやくスサノオ様と結ばれるのに……、こんなところで死にたくない。


 だけど逃げるわけにはいかない。私は精一杯の虚勢を張って根之堅州国の軍勢に向けて威圧と殺気を放つ。その後のことはあまり覚えていない。とにかく恐怖と興奮で勢いのままに何とか相手を押し留めようと必死だった。


 だけど一つだけ覚えている。忘れようもない。これは忘れられない。


タケハヤスサ「今日の所は帰るとしよう。………また、近いうちに話がしたい。」


ダキ「………。」


 全身の毛が全て逆立つ。今日は帰る。また近いうちに…。そう。『荒れすさぶ鬼』タケハヤスサは諦めるわけじゃない。またすぐにやってくる。


 何故今日引き返したのかはわからない。こちらの戦力を警戒して…、ではないでしょうね。あれだけの軍勢と将軍がいれば私とイナリを蹂躙するくらい何の手間でもないはず。


 どうして何もせずに引き返したのかはわからない。だけど…、最後の言葉からもわかる通り向こうが諦めたわけじゃない。今日はたまたま引いたにすぎない。タケハヤスサは全ファルクリアを蹂躙するまで止まらない。


 無理だわ……。どれほど手を尽くそうとも……。どんなに兵力を集めようとも……。根之堅州国を、タケハヤスサを止めることは出来ない。


 もちろんイフリルを、火の精霊を見捨てる選択肢はない。だけど…、私が何か手を尽くしても何の意味もないのだとまざまざと思い知らされた。


 どうすれば……、どうすれば良いですか?スサノオ様……。


 死にたくはない。スサノオ様と一緒にいたい………。だけどもうどうしようもない………。どうすればいいのかわからない私はその後どうやって火の精霊の集落に帰ったのかも覚えていなかった。



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