外伝2「スサノオの冒険24」
最後の一人の埋葬を終えた俺達は生まれ故郷の村を捨てて移動を開始する。もうこの村には住めない……。だったら捨てて移住するしかない。それはわかってる。でも………。
ダミアン「クライス……。行こう。」
クライス「あぁ…、父さん…。今行くよ。」
最後にもう一度故郷を振り返った俺は父さんに呼ばれて前を向く。もう後ろを振り返っている余裕はない。どうしてこんなことに…。そういう思いは確かにあるけどそれを振り切って歩き出した。
俺の村は西大陸と呼ばれる場所にあるらしい。西大陸っていうのがどういう場所でその中のどこなのか、詳しいことまではわからない。
西大陸では数年間も大きな戦争が続いた。今はもう終結したけど勝った側であるはずの俺の村も壊滅して捨てざるを得ない状況になった。
敵は獣人族連合と呼ばれる者達だった。この付近には獣人族の村が多数あった。もちろん俺達人間族の村もいっぱいあったし、他にも精霊族の集落と呼ばれるものもいっぱいある。
俺達は同族、他族を問わず周辺と常に争っていた。でもそれは小さな争いで今回の戦争ほどの大きな戦火ではなかった。
でも獣人族達のほとんどが同族で集まり一大勢力を築き上げた。その獣人族連合が周辺一帯に戦争を吹っ掛けたことが今回のことの始まりだった。
こちらはバラバラに各集落が対応してるのに向こうは多数の集落が集まった連合だ。当然俺達に勝ち目なんてなかった。
でも火の精霊達が獣人族連合を倒してしまった。これには誰もが驚いた。精霊達は数は多いけど獣人族との戦いでは相性が悪い。獣人族達はこの辺りで一番多い精霊族を倒すために特殊な能力を編み出していた。
精霊族は殺しても殺してもまたすぐに生まれ変わってしまう。だから根本的に何とかしない限りこちらの数が減らされるばかりだ。そもそも精霊族は数が多いから数の優位まで向こうにある。
そこで獣人族は対精霊用に特殊能力を獲得した。具体的にどういうものかは俺なんかには理解出来ないけどどうやら精霊族が生きていられる力を抜き取ってしまう能力らしい。これにより精霊族の優位は覆り獣人族は精霊族の天敵となった。
そして獣人族連合はまず敵を減らすために近くにあった火の精霊の集落に集中攻撃を開始した。でも結果はさっき言った通りだ。精霊の天敵とも言えるような獣人族連合を、しかも連合になったことで数の優位ですら圧倒的にひっくり返った状況で打ち破った。
だから俺達も勝った側とは言ったけど大した貢献はしていない。ただ反獣人族連合側だったってだけだ。
じゃあ何故一応とは言え勝った側である俺達が村を捨てなければならないのか。そこにはもちろん今回の戦争が関わっている。
それは俺達の村を飢饉と疫病が襲ったからだ。偶然こんなタイミングで運が悪かった、って話じゃない。これは起こるべくして起こった必然だった。
まず戦争で多くの働き手が戦場に駆り出されたし死んだ。これで村の労働力は激減した。さらに戦争で農地や野山が荒らされることが何度も続いた。
結果農地が荒れるだけじゃなくて狩猟や採集まで滞る結果になった。それはそうだ。収穫前に畑は踏み荒らされて収穫は激減して、猟師も山菜摘みも行う者がいなくなる。それでどうやって飯を食えというのか。
父さんはうちの村で戦士長をしていたからうちは村長の家の次に裕福だった。父さんは戦士長だけど最強の戦士ってわけでもない。確かにそこそこ強いけど父さんの強みは個人の力じゃなくて作戦立案、指揮実行能力だ。
自分が先陣を切るだけの力もありながら、作戦立案、指揮能力に優れているから父さんは戦士を預かる立場になっていた。そしてこれまでの争いでも多くの手柄を挙げている。
当然その父さんが倒れれば村が大変なことになるから、村長の家の次に優遇されて食料も優先的に回されていた。
そのうちですら食事は味の薄い塩だけのほとんど具も入っていないスープと、二日に一度だけ小さく固いパンが一つ。たまに魔獣が狩れた時は数切れの薄い肉。採集は採った家のものとなるから母さんか妹が何かを見つけて来た時だけ山菜や木の実がつくことがあっただけだった。
うちですらそれが日に一食と、朝は前日のスープの残りを食べるだけの一日二食。村長の家の次に裕福なうちでそれだ。当然他の家なんてもっと悲惨な食卓だった。
それらの飢饉のせいでほとんどの者がやせ衰えて体力を失っていた。そしてとうとう餓死者まで出始める。
次はそこから処理しきれていない死体から疫病が蔓延し始めた。戦争で人手もなく戦死者もあちこちに残されたままだった。それは人間族だけじゃなく獣人族もだ。うちの村の周りだけでもあちこちで何度も小競り合いが起こりその度に積み上がった死体の処理すら追いついていなかった。
そこへ餓死した者まで追加されては当然そこらに置かれたままになる。それが始まりであったかのように村に疫病が蔓延するまでそう時間はかからなかった。
普段はその程度の疫病などかからない大人達ですら、飢饉でやせ衰えて体力を失っていたために次々と疫病にかかり死んでいった。
戦争と飢饉と疫病はどれも繋がっている。偶然運悪く続いたわけじゃない。どれも同じ所に原因がある。
そして戦争が終わった時に戦死者と餓死者と疫病にかかって死んだ者を合わせて村の三分の二が死んでいた。
三分の二だ……。戦争は終わった。飢饉も食べる人口自体が減ったのだから前よりは余裕がある。疫病も下火になり新しく発症した者はいない。では何故村を捨てるのか。
それは村を維持するには人手が必要だからだ。水源などの共同管理地区を管理する人手。農地を共同で耕し守る人手。狩猟、採集に出かける人手。村を守る者も必要になるし、村の中で各家の家事以外にも共同で行わなければならないような仕事もある。子供達の面倒だってそうだ。村で共同で見ている。
そういった諸々の人手を考えれば最低でも百人以上の人がいなければ村は維持できない。それなのに今のうちの村では三十人もいないんだ。これじゃ村を維持して生活していくことは出来ない。
これは何もうちの村だけの話じゃない。今回の戦争で周辺の集落はほとんどどこも似たり寄ったりの状況になっていると聞いている。
中には村の合併で村人を合わせて維持していこうという村もあるみたいだけどうまくいくとは思えない。
簡単に言えばうちの村にも村長がいるし戦士長はうちの父さんだ。俺は父さんが戦士に向いてないからって村の役員をやれって言われて主に村のために頭を使う仕事をしている。つまり俺だって村ではそこそこの権力者だ。
そしてそれは当然相手の村にもいる。相手の村の村長と自分の村の村長。どっちが上で村長になるのか。あるいは戦士長は?村役員は?もっと言えば狩猟班長だとか門番長だとか様々な役職がある。
お互いの村の権力者は当然それに就きたいと考えるだろう。では何が起こるか?それは権力争いだ。うちの村だけだった時でもそういった役職のために権力争いが起こることも多々あった。
それが他の村との競争となればもっと激化するのは目に見えている。事実合併を強行した村はすでに権力争いで自滅したという所もあるらしいと伝わっている。
争って傘下に収めたのならともかく話し合いで合併しようと思ってもそういった権力争いが激化してうまくいくはずはない。じゃあどうするのか?
残った答えは一つだ。そう……。つまり俺達みたいに村を捨てて移住するしかない。
でも小さな村に移住すれば新参者の扱いはひどいものになる。それはどこでも同じだ。うちの村だって勝手に流れてきた移住者にはひどい扱いだった。人口不足で移住者を募る時はそうでもないのに勝手にやってくる者にはことさら冷たい。これはどこの村でも同じことだ。
ならば俺達が移住する先は大きな町しか選択肢はない。大きな町なら人の出入りも多いし移住者や旅行者も多いから閉鎖的な村に比べれば幾分マシだということは常識になっている。
そうしてうちの村は村を捨てて生き残った村人全員で大きな町へと移住することに決定した。そして移住先の候補もすでに決まっている。
それはうちの村に商売に来ていた行商人にある話を聞いたからだ。その行商人はうちに疫病が流行りだした頃から疫病を恐れてか寄り付かなくなったけどその前にある話を聞いていた。
それは最近世間を騒がせているという根之堅州国という国が新しく興り、この近くに大きな町を作ったという話だった。
俺達は田舎の村にひっそり住んでたから根之堅州国なんて知らない。でもそれはまるで夢のような話だった。
曰く、根之堅州国には種族による迫害はない。どんな種族であろうともよほどの悪人でない限り国民として受け入れてもらえる。さらに先に国民になろうと後から国民になろうと扱いに差もない。
曰く、根之堅州国では国から様々な補助を受けることが出来て生活困窮者はいない。
曰く、根之堅州国は国力が高く治安が良い。だから普通に暮らしていれば犯罪にも戦争にも巻き込まれることはない。他国との戦争もほとんど起きていない。起きても国軍が対処するので国民が徴集されることはない。
曰く、根之堅州国は非常に豊かな国で他の国など比べ物にならないほど豊かな生活が送れる。食料も、技術も、日常生活のありとあらゆる常識が覆されるほど進んだ国。
等々、数え上げたらキリがないほどの美辞麗句を並べ立てていた。
はっきり言おう。眉唾だ。とてもじゃないけど信じられるわけがない。そんなすごい国があるわけがない。
国が富んでいるとか、精強な軍を持っているとか、その辺りはまだわかる。新興国は勢いがあるから今は興ったばかりのその国に勢いがあったとしても納得出来る。
でも国民全てが飢えていないとか、様々な種族が迫害もなく仲良く暮らしているとか、そんなことあるわけがない。だからその話のほとんど…、いや、全てを信じていない。
じゃあ何故俺達はその町へ行こうとしているのか。それには一つだけ理由がある。それはただ一つ『その国は新興国で町が出来たのもつい最近』というこの一点のみだ。
つまり俺達が移住したとしても出来たてホヤホヤのその町なら新参者の住人ばかりということ。それならば俺達もそれほど出遅れてはいないだろう。
すでにコミュニティの出来上がっている古い町に行くよりは住みやすいかもしれない。ただそれだけだった。何より飢饉で体力の衰えているうちの村人達でも何とか歩いて行ける場所にある大きな町というのはそこしかない。定住するかどうかは別にしても最低でも一度はそこへ寄るしかない。
それならばこのまま村と心中するよりはということで決定したわけだ。それは根之堅州国が新しく建てた町、西之都。九分九厘の不安と…、ほんの僅かな期待を胸に俺達はその西之都へと向かったのだった。
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西之都に着いた俺達は絶句する。何だこれは?俺は、いや、うちの村の者全てが目の前の光景を信じられずにただ黙って固まっていた。
まず見えるその巨大な都。あり得ない。こんな巨大な町なんて見たことがない。これは俺の村の何十個分だ?これは町じゃなくて首都じゃないのか?
俺は一度だけ村の仕事で大きな町に行ったことがある。それは西大陸でも最も大きな人間族の集まりであったとある国家の町だ。
その町はその国の首都と呼ばれており人間でごった返していた。規模は俺の村の数個分くらいは入るほどかと思うほど大きく、どこを見ても人、人、人の群れだった。俺はそれが世界最高クラスの町だろうと思っていた。
でも全然違う。この西之都はあんな国の首都などどこの田舎の村だと言うほどに規模が違う。
そして見渡す限りの巨大な壁。西之都は巨大な壁に囲まれている。その壁は石で出来ているように見える。それが周囲の木々よりも遥かに高いのだ。これは一体どれほどの高さなんだ?
巨大な門を潜った壁の中には整然と並んだ道と家々。巨大な通りの先にはさらに巨大な建物が見えている。あれは何だ?天を衝く巨大な建物が見えている。
この町は、いや、この国は何だ?天に楯突こうというのだろうか?あのような天に聳えるような建物など神への冒涜ではないだろうか?もしかして俺達はとんでもないところへとやってきたのではないか?
今更ながらにこの選択が正しかったのかと悔やまれる。確かにあのまま村に残っていても死ぬしかなかった。でもここへ来てよかったのか?
この壁や建物を建てるためにどれだけの人手が必要になる?村で共同管理地の管理などを担っていた俺にはそういう知識が少しだけある。
でもどれほど俺の知識をかき集めても、この町を覆う壁の一部を作るだけでもうちの村総出で何十年もかかるだろう。
そんな労力がどこにある?………そうだ。その答えは俺達のような者ではないのか?流入してくる大量の人手を使ってこのような巨大建造物を建てているのではないのか?
だったら……、あんな噂に騙されてノコノコとやってきてしまった俺達は受け入れてもらえるという甘言にのせられて強制労働でもさせられるのではないだろうか……。
もしそうならばこんなものを建造など出来るはずはない。俺達は死ぬまで苦しい苦役を与えられる。
こんなことなら…、せめて病弱な妹だけでも何とかしてあげたかった……。俺も村を出ることに賛成したのは元々病弱だった妹があのまま村に居てはいつ疫病にかかるか。いつ飢えて死ぬかわからなかったからだ。
でもここで苦役を与えられて苦しんで死ぬくらいならばあのまま村で静かに死なせてあげた方がよかったのかもしれない………。
門番「やぁ、ようこそ西之都へ。少しいいかな?」
俺達が門に近づくと巨大な門の傍らに立つ者が話しかけてきた。その姿は見るからに兵士といった風体だ。俺達の村じゃ必要最低限しか存在しない金属と思われる鎧を着ており、手には槍を持っている。
この門を潜ろうとしている者が大勢いるのに俺達に真っ直ぐ近寄ってきて話しかけてきた。俺は村人達の前に出て庇うように手を広げて兵士の前に立つ。
クラウス「何か…?」
俺は窺うように兵士を見上げる。この兵士でかい…。滅茶苦茶屈強そうだ。でもその顔には人の良さそうな笑顔が張り付いてる。
門番「あぁ、俺は毎日ここに立っていてね。君達は今日初めて見たからもしかして西之都に来るのは初めてかと思って声をかけさせてもらったんだけど……。」
何だと?全員の顔を見て覚えている?あり得ない……。今この周辺にいるだけでも、門を潜ろうと並んでいる者だけでもうちの村の全盛期の村人の数倍、あるいは十倍以上いる。見渡す限りの人、人、人だ。
それを全て確認した上で覚えている?どんな訓練された兵でもそんなこと出来るわけない。でも俺達に一直線に向かってきて声をかけてきた以上は俺達が初めてだということは見抜いたのだろう。
クラウス「そうですけど…。何か?」
門番「うん。この町にやってくる人は多くてね。そういう人には少し話しを聞いているんだよ。目的とかね。危険な人物が入り込まないようにっていうのが俺達の仕事だから。あっ!でも君達のことをそうだと思ってるわけじゃないんだよ?ただ初めての人には誰にでもしている簡単な確認だから。」
慌ててそう言いながら門番は俺達を連れて行く。逆らうことも出来ない俺達は黙って門番についていったのだった。
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兵士の詰め所だと言う所に連れて行かれた俺達は事情聴取された。でも厳しく責められるわけでもなく終始にこやかな兵士達に何かを聞かれて答えるだけ。兵士はそれを聞く度に手に持つ何かに逆の手を走らせる。
どうやらあれは紙というらしい。文字を書き込んでそれを保管しているとのことだ。俺達が木の皮などを彫ってやっている木簡と同じものだな。
そしてあり得ないことに俺達に飲み物や食べ物まで出された。何だこれは?後で金を請求するつもりか?残念ながらうちの村にはそんなものはない。他国で使えるような金も金属や宝石も何も無い。村では物々交換が基本だ。
おいしそうなその食べ物に皆の喉がごくりと鳴る。そりゃそうだ。俺達は何日も碌に食えずにここまで歩いて来た。当然腹は減っている。だけど誰も手をつけない。
門番「あぁ、毒なんて入ってませんよ?それと君達みたいな難民には無料で出すことになってるから何の心配もないよ。」
そう言って門番は一つひょいと摘んで口に入れた。どうやら俺達が毒を疑って食べないのだと思ったらしい。もちろんそれもあるけど施しを受けたら後でどんな要求をされるかが心配で食べていないわけだけど…。
それもこの門番は無料で出すと言っていた。あり得るか?ただ通りかかっただけの俺達に?無料で食べ物を?あり得ない。これには何か裏があるはずだ。これは食べてはいけない。村人も全員それがわかっているから誰も手をつけない。
シャルロッテ「あま~い!!!」
クラウス「………え?」
久しぶりに聞く妹のシャルロッテの明るい声に振り返る。あろうことか妹は出された食べ物を口にしていた。しかも頬を抑えてニコニコ顔だ。可愛い。俺の自慢の妹様は今日も可愛い。
………って、そうじゃないだろう!
クラウス「おいシャルロッテ!お前食べてしまったのか?!」
シャルロッテ「うんっ!皆も食べてみて!とっても甘いの!こんなおいしいもの食べたことないよ!」
シャルロッテの言葉に全員が自分の分の手に持った小皿を見詰める。
門番「お口に合ったようでよかったです。君達は移民希望ということで後で宿舎で食事も出されますから、今はおやつ程度のものですけど心配はいりませんよ。」
門番がニコリと人の良さそうな顔でそう言う。でも騙されるもんか。これは何かの罠だ。そんなうまい話があるわけない!
皆だって騙されるわけ……。って、後ろを振り返ったら俺以外の全員が既に食べていた。『うまいっ!』とか『こんなもの食ったことがない!』とか……。おぉい…。
シャルロッテ「お兄ちゃんはいらないの?だったら私が貰うよ?」
クラウス「やっ…、食う!食うよ!」
俺の持つ小皿を狙うシャルロッテから手を隠して俺は一気に頬張る。ここまで来たらどうせ食おうが食うまいが変わらない。だったらと一口で食った俺の口内にこれまで感じたこともないような甘味とうまみが広がる。
シャルロッテ「くすくすっ。おいしかったみたいだね?」
クラウス「……うん。」
俺の顔を見て俺がどう思ったのか見抜いた妹様はクスクスと笑い続けていた。
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俺達がこの国への移住希望者だと門番に説明すると門番はそういう者達がどうなるのかについて説明してくれた。
まず暫くは根之堅州国が提供する宿に寝泊りしてもらうことになると言われた。意味がわからない。宿と食事を国が提供してくれる?たかがそこらの移民に?あり得ない。
その証拠に門番は『この町でも等級が最も低い宿になって申し訳ありませんが…。』と言って済まなさそうな顔をしていた。どうせ馬小屋とかそんな所だろう。まぁうちの村から考えれば屋根があるだけでもまだマシか。
その宿で移民の申請が通るまで待機しなければならない。きっと宿代と食事代のために強制労働させられるに違いない。
それで移民が認められたら住宅と希望すれば農地を与えられてそこへ住むことになるらしい。農地が選択制なのは猟師や兵士希望者などもいるからだ。必要ない者にまで与えないってことだな。
ただしこれは貸しであり買い取るために働いて金を返さないといけないらしい。これは罠だ。どうせ荒地を与えられて自力で耕せと言われるに違いない。そして返済しなければならない借金も莫大なものなのだろう。そうして俺達を借金漬けにして一生奴隷としてこき使う気だ。
農地の有無の選択や移住先の候補については後でまた詳しい説明があると言われた。そして案内された宿は……。
クラウス「………何だこれ?」
シャルロッテ「すごーい!」
俺達が宿泊すると言われて案内された最低等級の宿というのはとんでもなく大きく立派な建物だった。村一番の村長の家?この宿に比べたら屋根があるだけのただの箱だ。
中もとても広い。宿に泊まる者の共有地という場所は広く清潔でとても豪華だった。イスもテーブルもピカピカだ。その装飾も見たことがないほどに精巧で高級だということが一目でわかった。
そして案内された部屋。基本的に一人部屋か二人部屋しかないらしい。それは大勢だと揉め事になることが多いからとか…。だからうちはダミアン父さんと俺、カルラ母さんとシャルロッテ、で分かれれ二部屋宛がわれることになった。
俺の想像では村人全員が広間みたいな部屋にすし詰めにされると思っていた。それが俺の家より広いスペースで二人部屋。しかも内装も綺麗。どれか一つでも壊したら一生かかっても返済できそうにないほど高級そうだ。
父さんもあまりの部屋の豪華さに固くなって隅にちょこんと座ってる。戦士長の父さんのこんな姿見たこともない。
暫くそうしてると外が騒がしくなった。俺が顔を覗かせると…。
シャルロッテ「けほっ!けほっ!」
クラウス「シャルロッテ!」
シャルロッテが胸を抑えて咳きをしている。母さんが背中をさすってるけど効果はないようで全然落ち着かない。
客室員「どうされましたか?」
騒ぎを聞きつけてこの宿の客室員だと言っていた女の人がやってくる。シャルロッテの様子を伺いながら母さんに事情を聞いている。
カルラ「この子は前から病弱で……。時々このような発作を起こすんです…。」
客室員「あぁ…、そういうことでしたか。それでは我々にお任せください。うちには医務員も常駐しておりますので…。他の皆様も何かありましたらいつでもお尋ねください。それではこちらへ。」
クラウス「あっ!待て!医務員って何だ?妹をどうする気だ!」
シャルロッテを連れてどこかへ行こうとする客室員に詰め寄る。
客室員「ご家族の方ですね?医務員とは怪我や病気の治療を専門に行う者のことです。心配はいりませんよ。ここの医務員は優秀ですのですぐに治りますよ。」
何を気休めを!妹の病弱は治るようなもんじゃない!大体その医務員ってのはつまり祈祷師とかそういう奴ってことだろう?どうせ治りもしないのに高い祈祷代を要求するんだろう!
って散々俺が言ったのに結局母さんがシャルロッテについて行って医務室って所へと運ばれた。その後戻って来た妹はとても血色が良く咳き込むこともなくなった。そして俺は妹様に滅茶苦茶怒られたのだった。
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あり得ない。あり得ないぞ…。何だここは?出てくる食事はいつも食べたこともない豪勢な食事だ。各部屋には風呂や便所まで完備されている。客室員がほとんど全ての雑用をしてくれるから洗濯すらしなくていい。
それなのに最低等級の宿に足止めして申し訳ないといつも謝られる…。最低等級?これが?違うだろう?これは王族の生活だ。それが毎日タダ?嘘だろう?俺達は騙されているに違いない。きっと後でとんでもない請求をされるのだ。
俺がそう言っても最近は誰も聞いてくれない。笑って『ここの人達がそんなことをするわけないだろう?』って言われる。
最初は他所者とも同じ宿に入れられて揉め事もよく起こってた。それなのに今じゃ他所者どころか他種族でもこの宿で普通に一緒に暮らしてる。そう。獣人族達ともだ!
わかるか?ついこの前くらいまではまだ戦争だったんだぞ?その戦争相手だった獣人族とも同じ宿だ。共有スペースではばったり会うことも多々ある。それなのにお互いににこやかに笑顔で挨拶を交わしている。
何だこれは?あり得ない………。こんな…、こんなこと現実であるはずはない………。
そして俺達の自由度だ。俺達はこの宿に戻れば寝る場所も食事も全て保障されている。でも出て行きたければいつでも出て行っていい。それは外出という意味だけじゃなくて脱走でもだ。やっぱり移住する気がなくなったから出て行くと言えばそのまま送り出される。あり得ない。
お金があるのならもっと等級の高い宿に移ってもらってもいいと言われる。俺達はお金なんてないから無理だけど…。それならここにいればいい。もっと良い場所がよければ自己負担で移動すればいい。何だそれ?
そして俺達は今日家族四人で町を見て回っていた。散策も自由だ。それどころか宿で一部の労働の手伝いをすると賃金までくれる。今日はその貰った賃金を四人で貯めて初めて町に出て来たってわけだな。
その貰った賃金はよっぽどの低賃金で労働させられているのかと思ったけど店を見てみれば持ってる金で大概の物は買える。普通にかなり良い賃金をくれていたようだ。もう意味がわからない。
そしてその日俺は見た。この世には本当に絶対者という者がいるのだと……。
突然聞こえる大歓声。大通りと呼ばれる門から奥の砦と呼ばれる巨大な天を衝く建物へと続く幅の広い道。その道を砦の方から堂々と進んでくる一団がいた。
さっき俺達が見て回っていた時は人でごった返していた大通りは今は左右に人が分れて真ん中をその一団のために空けている。
先頭を歩くのは最初に見た門番と同じ兵士達。でもその顔は引き締まっており精悍だ。俺の村の戦士が何人挑んでも勝てる相手じゃないと一目でわかる。父さんもそう言っていた。
その後に現れたのは立派な馬に乗った人達。父さんが言うにはあれは将軍などの軍の上役だろうと言っていた。その姿はとても立派でこの国の力を象徴しているかのようだった。中には可愛い女の子もいたけど……。
そして…、何かの乗り物に乗って現れた怖いお面の男。威風堂々と歓声に応えて片手を上げる。それだけでこの行軍を見ていた民衆の興奮は最高潮に達していた。
俺でもわかる。一目見てあれはこの世のものではないとわかった。神様。そうだ。神様だ。神様というのがいるとすればああいうお方のことを言うんだろう。
後から聞いて納得がいった。あのお方こそが根之堅州国の国王、若き仮面の英雄王タケハヤスサ様。
あれだけの軍勢。あれだけの将軍達。そしてあの王。この国は神の国だ。そうだったんだ。俺はもしかしたらいつの間にか死んでいたのかもしれない。もしかしてあの村で飢饉や疫病で?
でもそんなことどうでもいい。今この場にいられるだけで素晴らしい。俺は生涯その日を忘れない。どこへの出征だったのかは知らない。でも我が国の王のその雄姿は生涯忘れることは出来ない。
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この町にやってきて三ヵ月後。俺達一家四人が揃って移住出来る場所の準備が整ったと言われて引っ越すことになった。三ヶ月お世話になったこの宿ともお別れだ。
丁寧に頭を下げて見送ってくれる宿の人達に別れを告げて俺達は馬車に乗り込む。その馬車には俺達の村の者がほとんど乗っている。
それはここから近い場所への移住を望んだ者達の移住先だ。乗っていない者達は別の地を希望してここで別れることになった。
時間にして約一時間馬車に揺られて辿り着いた。とは言っても最初の三十分ほどは整備された街道の上を通ったから馬車も速かったけど途中から街道がまだ未整備で足が遅かったので全部街道が舗装されたら四十分もあれば着くと思う。
どうやら農業以外にもそういう街道の整備を国が公共事業と言って労働者を募集しているらしい。仕事がない者はそういう公共事業に出て働けば収入を得られる。しかも体がそこそこ大変な分お給料が高いとしていつも倍率が高い人気の仕事だ。
さらに言えばそのうち大陸間を結ぶ回廊と言われる道も整備する予定だそうだ。俺にはその回廊というのはいまいちよくわからないけど、まだ計画段階だというのにすでに多くの応募者が殺到しているらしい。それらを行うのは全て新しい移住者達だ。
じゃあ元々の国民、海人種様達は何をしているのか?それは優先度の高い街道などの整備を急いでいる場合などにそちらへ行かれるらしい。後は俺達がこれから移住するような開拓地も海人種様達が日夜大急ぎで整備していると言われた。
そして見えてきた町並み。……はぁ。本当にあり得ない。俺はこの国に来てから何度その言葉を言わさせられただろうか。でも見える景色にそう言わざるを得ない。
そこには西之都と同じような城壁に囲まれた巨大な町が見えたからだ。残念ながら西之都のように天を衝くような砦はない。でもそれは戦争でこの町を利用しないという意味でもある。俺達を戦争に巻き込まないためにここでは戦争をしないと宣言されているのだ。
海人種様達はこのような町をあちこちに建設されている。そうして俺達のような移住希望者を住まわせるのだ。俺達はこの町に家と農地を与えられた。うちは四人とも農地を希望している。
家も町も立派。最初は自分達で開墾するのかと思っていたけど農地も全て整備されている。あとは本当に耕して種を植えるだけだ。
これらは全て国に借金して借りていることになっている。でも返済期限は最長五十年。わかるか?年間2%返せば良い。利息もない。あり得ない。
もちろん前倒しで返済してもいい。ただ最長が五十年だ。返済が終わらない限り売却は出来ないのでまた引越しとかしたければ早く返済しなければならないっていうだけのことでしかない。
その金額も本当にあり得ないものだ。これだけの立派な町に立派で最新の設備の整った家。そしてすでに準備が出来ている新しい農地。これらの金額がうちの一家が四人で一年で稼げるほどの金額でしかない。
もちろん生活費用があるから全てを返済に充てることは出来ない。それでも頑張れば数年で返せる金額だ。さらに農作物が育ち収穫出来るまではこの町の住人には配給がある。他にも不作の年は減税措置されることも約束されている。
何だそれ?もう笑うしかない。最初にあれだけ疑っていた自分が馬鹿みたいだ。こうしてうちの一家は…、いや、うちの村は救われ平和に暮らしていった。
未来に根之堅州国がなくなり、西大陸の人間族は全て中央大陸へと移住することになり、うちの子孫は中央大陸南西部に住むことになるけどそれは俺の与り知らぬことだ。




