外伝2「スサノオの冒険23」
あぁ、幸せだ。これこそが幸せだ。俺はこれを手に入れるために頑張ってきたんだ。
そう!今俺は愛しのダキちゃんと逢引き中!小っちゃくて柔らかくて温かいダキちゃんの手の温もりを感じる。
あまり遠くに離れられないダキちゃんのためにただお手手を繋いで森の中を散策しているだけ。でもいい。それだけでいい。ダキちゃんといられればどこでも天国だ。
俺達はあの時別れてからどうしていたのかお互いに話し合っていた。ダキちゃんは南大陸へ戻ると言っていたあの後から、南大陸で連れのドラゴン族と別れて真っ直ぐ西大陸へ向かったらしい。
やっぱりいたんだ…。ドラゴン族の同行者。しかもやっぱりそいつは俺の予想通り男らしい。ぐぬぬっ!俺のダキちゃんと一緒に旅をするなんて許せん!
タケハヤスサ「ぐぐぐっ!」
ダキ「スサノオ様?」
俺がそのドラゴン族の男に嫉妬の炎を燃やしているとダキちゃんが不思議そうに俺を覗き込んでいた。
タケハヤスサ「その男、俺のダキちゃんと一緒に旅をするなんて許せん!きっと事故を装ってあんなことやこんなことを……。」
ダキ「まぁ…、俺のダキだなんて…。照れてしまいます。」
ダキちゃんは赤くなって俯きながら、繋いでいない方の手で顔をパタパタと扇いでいた。可愛いなぁ…。
ダキ「ですが咬竜はまだ子供ですし…、イナリが男の方が私に近づくのを許さないので何もありませんでしたよ?」
そういえばそうだっけ。イナリって娘は俺にも何をするかわからないからってダキちゃんが俺と会わせないようにするくらいだからな。
タケハヤスサ「あれ?でもそれなら旅の同行も邪魔されるんじゃないの?」
ダキ「はい。それこそ最初の頃はイナリは咬竜を追い出そうと色々としていましたよ。でも咬竜はやっぱり子供ですので子供をそこらの森に放り出すわけにもいかず、次第に折れてくれたようです。ですがそれでも入浴や就寝中は絶対に私の近くに近寄らせないほど徹底していましたよ。」
ふむぅ…。イナリって娘も相当だな………。これは俺の最大の障害はイナリって娘になりそうか。あるいはダキちゃんが根之堅州国の敵国のお姫様で二人はお互い敵国同士で結ばれないとか?
はははっ。流石にそんな何かの物語みたいなことあるわけないか。そもそも根之堅州国にはそんな敵国はいないしね。
まだ交渉が纏まっていない国はたくさんあるけど表立って軍事行動に出て来ている国もない。もちろん武力侵攻されれば防衛するけど出来る限りそういうことがないように回避するために交渉に奔走しているんだ。
タケハヤスサ「なるほどね。それじゃ俺もダキちゃんと結ばれるためには相当大変みたいだね。そのイナリって娘をどうにかしないことには堂々と会うことも出来ないみたいだし。」
ダキ「えっ!イナリをどうにかって…、まさか…?」
ダキちゃんが驚いた顔で俺を見上げる。いやいやいや、待ってよ。そんなことするわけないでしょ?俺ってそういう奴だと思われてるの?
タケハヤスサ「別に力ずくでどうにかしようってわけじゃないよ?」
ダキ「えっ…、えぇ…。それはもちろんわかっておりますよ?スサノオ様がそのようなことをなさる方であるはずないではないですか。」
んん?じゃあ何で驚いてたの?何か俺と違うことを考えてた?
タケハヤスサ「え?じゃあ何だったの?『まさか…?』って何を想像したの?」
ダキ「えっと…、それは………。」
ダキちゃんは顔を真っ赤にして歯切れ悪く俯いてしまった。んんん?何だこの態度は?顔を赤くするようなことなのか?一体ダキちゃんは何を想像してたんだ?
ダキ「………。イナリもスサノオ様の女として手篭めにされてしまうのかと………。」
俺が何も言わずにじっとダキちゃんを見詰めていると諦めたようにそっと想像していたことを話してくれた。
ふむふむ、なるほどね。俺がイナリって娘を手篭めにね………。
タケハヤスサ「って、うぉい!俺ってそんな奴に思われてんの!?そもそも会ったこともない娘とどうこうしようとか考えないよ!大体男嫌いなんでしょ?」
ダキ「はい。ですから男性嫌いのイナリにスサノオ様が男性の素晴らしさをお教えするのかな?と……。」
おぉ~い………。ダキちゃんの思考はどこまでぶっ飛んでるんだ?しかも自分で言っておきながら『きゃー!』とか『いや~!』とか言いながら両頬を抑えてクネクネし始めた。
何なんだねこれは?いや、可愛いけどね?でもこれは一体何なんだ?俺ってそんな奴だと思われてたのか。
タケハヤスサ「ダキちゃんの中では俺ってそういう奴なんだ………。」
ダキ「あっ!いえ!それは……、その……。私も二度も水浴びを覗かれていますし……。そういうことに積極的な方なのかなと……。」
それは言い訳のしようもありませんですはい………。実際に二度も覗いたのは間違いない。でもあれは俺からすると事故だったんだ。ダキちゃんにも経緯は説明したはずだ。
でもそう思われてるってことは説明がただの言い訳の嘘だと思われてるのかな?
まぁダキちゃんはそんな娘じゃないと思うから、ただ単に二度も覗かれたという印象が強すぎて俺ってそういう奴だと記憶されてしまってるだけだろう。多分……。そう思いたい………。
ダキ「あっ!あっ!えっとですね!……えっと、あっ!そうだ!スサノオ様はこの数年どうされていたのでしょうか?」
見るからに落ち込んでる俺を見てダキちゃんが話題転換しようと頑張ってる。俺も折角のダキちゃんとの逢引きで落ち込んでるわけにもいかないからその話題に乗ろう。
タケハヤスサ「俺はね~…。友達や仲間と一緒に世界を平和にするために奔走してたかな。」
ダキ「まぁっ!それは素晴らしいですね。」
俺が曖昧に答えたのにダキちゃんは両手を胸の前で合わせてキラキラとした目で俺を見つめて『すごい。』『すごい。』と言ってくれた。
その後暫くは俺が世界中を奔走した話をある程度ぼやかしながら話したのだった。
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どうして楽しい時間とはこうも早く過ぎるのだろうか。俺達はお互いのことを話したり、特に何もせずに山や湖を眺めたりしながら楽しい時間を過ごした。でもすでに日は傾き辺りは赤く染まっている。
本当は何日でも、何年でも、ずっと、ずっとこうしていたい。ダキちゃんと一緒に居たい。だけど俺にはまだやらなければならないことがある。
もちろん世界統一するまでダキちゃんと会えないとか結ばれないっていうつもりはない。でも今はまだ俺の結婚とかそういうことをしている時間はない。根之堅州国は建国間もなく色々と大変なことだらけだ。
王である俺が妻を、王妃を迎えるにはそれなりの催しをしなければならない。今の根之堅州国にはそれだけの余裕も暇もない。二人の愛を深めておくのは良いことだけどダキちゃんを迎え入れるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
だから無理は言えないし出来ない。それこそ下手に今からずっと一緒に居れば今度は別れが辛くなる。俺が落ち着いてダキちゃんを迎え入れることが出来るようになるまでは告白は出来ない。
別れの時間が近づいている。ダキちゃんはただ黙って俺を見上げていた。それはもしかしたら俺からの言葉を待っているのかもしれない。
『一緒になりたい。一緒に来て欲しい。一緒に行きたい。』どれでもいいだろう。とにかくこのままただ別れるのではなくこのまま一緒に居たいのだという言葉を待っている。そんな気がする。
だけどそんなこと出来るはずもない。それならいっそ変な期待をしないように………。
タケハヤスサ「ダキちゃん…。」
ダキ「はい…。」
ダキちゃんはビクリと肩を跳ね上げてそっと俺を見上げる。その瞳は心なしか潤んでいるように見える。
タケハヤスサ「それじゃ…、またね。」
ダキ「………え?………。はい……。そう……ですね………。」
明らかに期待していた言葉とは違う言葉を言われてダキちゃんは肩を落として俯いた。僅かにその肩が震えているように見えるのは目の錯覚ではないだろう……。
でもこれでいいんだ……。今ダキちゃんを迎えることは出来ない。それなら期待を持たせるようなことを言うより………。またこのまま別れた方が……、いいに……、決まってる………。
………
……
…
って、そんなわけあるかぁ!
見てみろ!俺の愛しいダキちゃんは今どんな顔をしている?どんな心境だ?そうさせたのは誰だ?
なぁ~にが『変な期待はさせないほうがいい(キリッ』だ!馬鹿か俺は!愛しい人を悲しませて何が愛だ!俺は俺が傷つくのが怖くて逃げているだけだ!言い訳しているだけだ!それで愛しい人を傷つけていてよく好きだとか大切だとか言えるもんだ!
言葉で伝えなければ伝わらないことがある。どんなに想っていても言葉で言うべき時がある。それが今だ!今ここで言うべきことも言えないようじゃ俺は今後ダキちゃんを愛しているなんて言えない!
タケハヤスサ「ごめんダキちゃん!今のはなし。俺がただのヘタレだからダキちゃんを悲しませてしまった!本当にすまない!」
ダキ「え?え?あの……?はい……?」
ダキちゃんは急展開についていけずに混乱した顔をしている。だけどそんなことは些細なことだ。これからしっかりと言うべきことを、伝えるべきことを伝えればいい。ただそれだけだ。
タケハヤスサ「今俺は色々と忙しくて結婚出来るような状況じゃないんだ。だけどそれだっていつまでも続くようなことじゃない。このまま順調にいけばそう遠くないうちに俺の結婚くらいは出来るようになる…、と思う。いや、そうする。そうなるように頑張る。」
ダキ「はぁ……?………え?」
ダキちゃんはまだキョトンとした顔で俺の言うことを『ふんふん』と聞いているだけだ。でもだんだん俺の言わんとしていることに気付いて徐々に期待したような表情になりながら俺を見上げている。可愛い!今すぐ掻っ攫いたい!
でも我慢我慢。とりあえず今はこの言葉を伝えることが大事だ。行動はあとでいつでも出来る。
タケハヤスサ「俺はダキちゃんのことを愛している。お嫁さんにしたい。…今はまだ結婚出来る状態じゃないけど、俺が今関わっている件が片付いたら俺と結婚してください!」
言った。言ってしまった。勝算は……、あると思う。ダキちゃんだって俺のこと嫌いではないはずだ。でもそれは恋人としての想い止まりかもしれない。恋人としてはいいけど結婚は別、っていう女性もいるらしい。
だからもしかしたら振られるかもしれない。それも俺の都合がつくまで待って欲しいなんて図々しい話だ。具体的に何ヶ月後や何年後とも言えない。どれだけ待たされるかわからない。
それでも…、ダキちゃんに頷いてもらいたい。ダキちゃんも俺と結ばれたいと想ってくれていると信じる。そう思って俺は頭を下げる。あとはただダキちゃんの返事を待つのみだ。
ダキ「………。」
タケハヤスサ「………。」
待つのみだ。
ダキ「………。」
タケハヤスサ「………。」
待つのみだ………。
ダキ「………。」
あるぇ?いつまで経っても返事どころか何の気配もない。俺は何かしでかしてしまっただろうか?やっぱり時期尚早だったか?ダキちゃんがそう言われるのを待っていると思ったのは俺の思い込みや勘違いだったか?
そう思ってこっそり顔を上げる。
タケハヤスサ「…って、うわっ!どどどどどうしたの?何で泣いてるの!?そんなに嫌だった?」
ダキちゃんは泣いていた。ただポロポロと涙を流して固まっているかのようにじっと立っていた。
ダキ「ひぐっ…、うっ…、うぇぇ…。ちがっ…、違うんです……。ひっく…。わた…、私うれしくて…。ぐすっ……。私も…、私もお慕い申し上げております!」
ダキちゃんは俺の胸に飛び込んできた。それからかなりの間ワーワーと子供のように泣いていた。でもこれは悲しい涙じゃない。うれしい涙だってダキちゃんは言っていた。
ダキ「何年でも…、何年でもお待ちしております……。」
タケハヤスサ「ありがとう。でもそんなに長く待たせたりしないよ。俺だって一刻も早くダキちゃんと一緒になりたいからね。」
ダキ「はい…。はいっ……。」
こうして二人はお互いの想いを確かめ合って日が完全に暮れるまで抱き合っていたのだった。
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うへ…。うへへっ。うへへへへぇ~~~!ダキちゃんと結婚!ダキちゃんと結婚!
まさかあんなに喜んでくれるなんて!やっぱりあそこで告白しておかないといけなかったんだ。あのまま何も言わずに別れて帰っていれば恐らくとんでもない未来が待っていただろう。
俺はそれに見事に打ち克った。正解の道を選んだ!そう言える!だってダキちゃんはあんなに喜んでくれていたんだ!あれが間違いだったなんてあるはずはない!
ふっふっふっ。はっはっはっ。は~っはっはっはっ!!!俺様絶好調!最高だ。完璧だ。今なら何でも出来る気がする。
とりあえずもう今日は夜も遅いし西大陸に建設してある拠点で休むことにするか。明日はイフリルの所へ交渉に向かおう。
拠点には俺を知ってる奴もいるかもしれないな……。ちょっと気配を探って………。うん。俺を知る奴はほとんどいないな。
後から合流してきた国民のほとんどはお面を被った状態の俺しか知らない。だからお面もない今の状況で俺が国王タケハヤスサだとわかる者はよっぽど近しい者か直接会ったことがある者だけだろう。
オオトシの気配はあるけどそれ以外に直接会ったことがありそうな者の気配はない。オオトシは砦にいるみたいだから気配を隠しながら町の方で寝泊りするくらいなら気付かれることはないだろう。
そう考えた俺は早速西大陸にある根之堅州国の拠点に向かって移動したのだった。
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拠点にあっさりと入る。今の根之堅州国はほとんど出入り自由だ。それで間者や破壊活動を行うような工作員が侵入したらどうするんだって言う話にもなるけど、今は国津神達を受け入れまくってる状況だからいちいち拠点に入るための審査とかはない。
基本的に国津神は自由に出入り出来る。そして根之堅州国を気に入れば国民になるための申請をすればいい。その段階では多少の身元確認というか簡単な審査はあるけどこれもほとんど全員が通る。
他種族は拠点に入るには荷物検査が必要になる。砦には他国の要人くらいしか入ることは出来ないだろう。他種族も町に入って気に入れば国民になるための申請が出来る。こちらは国津神よりは若干厳しい審査があるけど、それでもほとんどは通るだろう。
そんなにホイホイ受け入れていいのかという話になるけどそこは問題ない。もし何か間者や工作員が入り込んでも何かする前にうちの優秀な者達が全て摘発してしまう。だからわざと全て受け入れているんだ。
入らせないように強固な守りや厳格な審査をすることもいいだろう。でもうちは今発展途上であり国民もこれからどんどん増える。それなのにそんな厳格な審査などしていては受け入れ審査に時間がかかりすぎる。
それに間者や工作員を送り込もうとしている他国は『入り込めさえすれば!』なんていつまでも送り込もうとあの手この手を使ってくるだろう。
だからわざとそういう者も受け入れた振りをして証拠を掴んで捕まえる。そうすれば他国の優秀な間者や工作員が減る。何人送り込んでも全て失敗する。ますます優秀な工作員が減る。それを回復させるには長い時間をかけて新しい者達を教育しなければならない。そこまで労力をかけて根之堅州国に間者や工作員を送り込んでもまた失敗して捕まるだけ。
そうなればどこも貴重な工作員を失敗するとわかっているところに送り込もうとはしなくなる。つまり入り込ませないことも確かに重要だけど、入り込んでも何も出来ないということを他国に思い知らせることも重要だ。
って、幹部達が言っていた。こんなの俺の発案なわけないだろ?当然幹部達が言ってたことの受け売りだ。
だから俺が普通の国津神の振りをすれば基本的に世界中のどこの根之堅州国の拠点や町でも入れるだろう。
そんなに自由だったら根之堅州国の国民にならなくても世界中の拠点や町を自由に行き来すればいいじゃないかって思う所かもしれないけどそれは違う。
国民になると多少の義務も発生するけど権利も発生する。だからただ自由に根之堅州国を行き来するだけなら国民になる必要はないけど根之堅州国に守られ権利を保障してもらうには国民になった方が断然良い。
それでも国民にならないって言う者もいるし、何としても国民になりたいって者もいる。その辺りは本人達次第だから放任だ。後で文句を言われても知らない。それを選択する自由と決定権は自分達にあるんだからね。
とにかくそんなわけであっさりと西大陸の拠点に入り込めた俺は宿をとろうと町を歩く。あちこちにお面を被った国王の看板とか似顔絵とか色々な関連商品とかあるけど誰も俺がその国王だって気付かない。
国民達は本当の俺のことなんて知らないから作り上げられた国王タケハヤスサに憧れて支持している。本当の俺はそんなに立派でもないし、威厳もないし、頭も良くない。ただちょっと力が強いだけのそこらにいる国津神と変わらない。
でも国民達は皆仮面の国王タケハヤスサに熱狂している。これまで天津神達には辛酸を舐めさせられはっきりした指導者もおらず肩身の狭い思いをしてきた国津神達。その国津神達を纏め上げ世界統一に邁進する強く賢い(と思われている)若き英雄王。
そりゃ俺だって外から見ている立場だったら熱狂するだろうな。昔の英雄譚を今目の前で見せられているような気分だろう。
その英雄王がこんな冴えない若造で一人でブラブラと町中を歩いているなんて誰も思うまいよ。身分を隠すには普段の俺と英雄王の印象が違いすぎて気付かれる心配はないから好都合だ。
まぁ本当の俺を知られて国民達にがっかりされないようにしないとな。これだけは一度崩れてしまえば取り返しがつかないから気をつけなければならない。
そんなことを考えながら兵士や町に住む者達に聞きながら宿へと辿り着いた。この町では特別上等でもないけど悪くも無い極普通の宿屋だ。
もちろん金は持ってるから最上級の宿だって泊まれる。けどこんな冴えない若造が一人でそんな高級な宿に泊まってるっておかしいって思われるだろう?それこそ上流階級の者にでも見えるとかなら別だけど俺はいたって普通の小市民にしか見えない。
逆に貧民向けの、こう言っては悪いけど程度の低い宿に泊まると色々と問題が起こるのは想像に難くない。泊まってる客の質も低いので喧嘩なんて日常茶飯事。荷物を盗まれることもある。
建国間もないのにもうそんな状態なのかと言われれば黙って自分のいたらなさを反省するしかないんだけど、一応言い訳させてもらうとこればっかりは仕方が無い。
受け入れている国民の大半は家も農地も財産もないような流民みたいな者達が多い。そりゃそうだろう。今自分達の生活に問題ない者達ならばわざわざ家や農地を捨ててまで根之堅州国に移住してくる必要などない。
国津神達はそんなこともないし、自力で色々と出来るからそこまでひどい者は滅多にいない。けど国津神達以外の他種族の移住希望者達はほとんどがそういう者達だ。
国をあげてそういう者達の生活をなんとかするために寝る間も惜しんで政策を進めてるけど流入者が多すぎてとても間に合わない。だから一時的に程度の低い宿で滞在している者が大勢いるってわけだ。
家や農地を国が補助して普通の生活が出来るようになり始めた元流民達は他の国民達と大差ないほどきちんとしてくれるようになる。
だけどまだそれが追いつかずに貧民宿で待機させられている者達は色々と荒くれ者が多かったり問題を起こしたりすることが多い。
明日の生活もわからない状況じゃそれも仕方ないかもしれない。だから国の方がきちんと最初の生活基盤くらいは何とか補助してあげないとますます治安が悪くなるだけだ。受け入れも限界がきてしまうだろう。
因みにこの生活の補助もただの貸付だから生活基盤が安定して収入が入るようになったら国に借金の返済をしてもらうことになる。もちろん悪質な取立てをしたり無理な返済は迫らないけどね。
まっ、そんなわけで貧民宿へ行けば絶対何かに巻き込まれること請け合いだ。高級宿にも行けない。貧民宿にも行けない。ならもう残りは普通の宿しかない。
大体高級宿に泊まるのは一部の商人達とかだ。他国からの商人も多い。うちが今建国間もなく色々と物資の不足や利権が転がってたりと儲け話があるだろうとやってくる商人が多い。
そういう者達は根之堅州国の程度を計るためにあえて高級宿に泊まったりする。宿の質はそのまま国の豊かさを示すからだ。……っていうのももちろん幹部達の受け売りだ。
貧しい国では宿の質も下がる。贅沢をする余裕がないってことだからね。だから商人達はその国の程度を計るためにあえて高い宿に泊まってその国の経済力を計ったりするらしい。いつもそんな贅沢をしていては出費も馬鹿にならないからほとんどの商人は一度泊まるかどうからしいけど。
それでも高い宿を気に入って今後も利用する商人もいるし、出費が厳しくて次からは普通の宿に泊まる商人もいる。こちらからしてもそれを見ることで相手の商人を多少なりとも計るってわけだ。
身の丈に合わない高級宿ばかり泊まって破産する商人もいるかもしれないし、普通の宿しか泊まらないのに凄い豪商もいるだろうけど、泊まる宿っていうのは相手の財力の証明でもあるから皆身なりや定宿はきちんと選ぶし相手のも見るってわけ。
まぁそれはともかく俺は普通の旅人程度に見えるから普通の宿に泊まるのが無難なわけだ。それで何軒か並んでる普通の宿屋街へとやってきた。この辺りは特に可もなく不可もなくって感じだな。
前に旅をしていた時はほとんど野宿か誰かの家に泊めてもらうようなことが多かった。それは当然俺達は他国のお金なんて持ち歩いてなかったからだ。
換金すればお金に出来るような物は持ってたけど数日で通り過ぎるような国のお金と換金しても仕方が無い。だから俺達はほとんど物々交換か、泊めてくれる人のお世話になるか、そんな旅が基本だった。
それに旅を始めてからそれほど経たずにすぐにアンと仲間になったから俺の一人旅っていう期間もあまりない。
そう!つまり俺は一人旅でこういう普通の宿に泊まることに憧れていたんだ!
だって王になった今じゃどこへ行っても最上級のおもてなしをされる。そりゃそうだよな。王がどこかへ視察に出かけたのにそこらの貧民宿に泊まらせるなんてあるわけない。そんなことをしたらその地の担当者はクビだろう。
皆と旅をしてたのはそれはそれでもちろん楽しかった。でも一人で普通の旅をするのとはまた違う。だからこういうのに憧れてたんだ。砦を脱走したのもこういうのを味わいたかったっていうのもある!
というわけでいざ行かん!俺の憧れの普通旅へと!
そうして扉を開けると目に飛び込んできたのは食堂や酒場のような一階。奥には受付があり階段がある。俺が聞いていた通りの宿。一階は食事をしたり夜には酒場になったりする。上は宿で受付で部屋を借りることが出来る。
そして…、酒場で飲み食いしている者達…。これは………。
アン「あっ、スサノオ様!遅かったですね~!こっち!こっちですよ~!」
幹部達が皆いた……。いや、ちょっと語弊がある。全員ではない。タケちゃんはロベリアに向かったままだしヤタガラスはロベリアの王都の隣に穴を開けて脅しみたいなことをしたお仕置き代わりにある用事をさせている。他にもちょいちょい仕事がある者達もいるから後から加わった幹部達なんかもほとんどいない。
ここにいるのは建国する前に旅をしていた面子の大半ってところかな。アンに、ゾフィーにミカボシ、ニンフとウカノ。あと別の机で飲んでる新しく加わった幹部が数名。
俺は旅の仲間だった者達が座ってる机に空いてる席に呼ばれているらしい。アンが俺をタケハヤスサじゃなくてスサノオって呼んだのはこんな場所で仮面の英雄王の名前を呼んだら大変なことになるからだろう。
そもそも俺の素顔を見られて本当の俺が知れ渡ったら権威失墜どころじゃないからな。その辺りはさすがに幹部や仲間達は弁えている。
タケハヤスサ「………えっと、皆何でこんなとこにいるわけ?何してんの………?」
俺は空いてる席の前にくるとそう言うだけで精一杯だった。
ウカノ「あんたがそのうち脱走するのなんてバレバレに決まってるだろ?」
え?えぇ…、まぁそうかもしれませんねぇ…。でもだからって何でここにいるわけ?
アン「わからないって顔ですね!ご説明しましょう!実は私達にはスサノオ様の居場所がわかるある方法があるのです!ですからスサノオ様が西大陸へ向かったのも、今日一日森をうろついていたのも、この町へ向かっていたのも、さらに言えば普通の宿屋を探していたのも、全て把握していたのです!」
えぇ……。何それ?しかも何でそのわかった方法は教えてくれないわけ?
ニンフ「あんた馬鹿?もしどうやってあたし達があんたの行動を把握してるかわかったら対策されちゃうじゃないのさ!だから方法は黙ってるわけ!わかった?」
うぅ…、一番アホの子のニンフにまで馬鹿にされてしまった……。
ニンフ「あんた今何か悪いこと考えてるでしょ!」
タケハヤスサ「ひぇっ!そそそそんなことないよ!ニンフは今日も可愛いなって思っただけ!」
こわっ!ニンフは勘が鋭い。っていうか多分相手の感情をある程度感じ取れるんだろう。悪意とか害意とか好意とか。どの程度までかはわからないけど大雑把にはわかるから悪口とか考えてるとその悪意がわかるんだろう。
ニンフ「ちょっ!あんた!あたしのこと狙ってんでしょ!そうでしょ!」
タケハヤスサ「いたい………。」
俺が誤魔化すために可愛いって言ったら顔を真っ赤にしたニンフはバシバシと俺の背中を叩いた。まぁ確かに可愛いのは本当だけどそれは愛玩的な意味で…、かな。女の子としては……、いや、やっぱ女の子としても可愛いか。でも恋人には……、いや、それはそれでありか。
あれ?俺って結構ニンフのこと好きなのかな……?まぁもちろん旅の仲間達は皆好きだけど……。
タケハヤスサ「それで……、俺って怒られるのかな?」
席に着いた俺はチラリと上目遣いで同じ席に着いている皆を見る。皆思い思いに食事をしたり飲んだりしてるみたいだ。
アン「いえ!別に怒ったりしませんよ?!どうせスサノオ様がそのうち我慢出来なくて息抜きに脱走することは想定内ですし!それにここへやって来たってことはイフリルに会いに来られたんですよね?!一応お仕事もするつもりだったんですよね?!」
タケハヤスサ「あぁ…、うん。もうアン達はわかってるみたいだから正直に言うけど、脱走しただけじゃ怒られると思って言い訳代わりにイフリルに会って話を進めておこうかと思ってね。」
もう皆気付いてるからここで誤魔化しても立場が悪くなるだけだろう。だから正直に考えていた通りに話す。
ウカノ「だろうねぇ。ここで誤魔化したら叱るってことで一致してたんだけど正直に話したから脱走のことは許してやるよ。」
ほっ…。正直に話してよかった。
アン「それでですね!折角なのでスサノオ様の案に乗って旅の仲間達でイフリルに会いに行こうかと思いましてこうして皆でやってきたわけです!」
タケハヤスサ「あぁ…、そういうことか。うん………。いいんじゃないかな。イフリルとは数年振りになるし…。あの時の仲間で会うのはいいと思う。」
ミカボシ「だな。というわけで今日は俺達全員お忍びってわけだ。」
ゾフィー「お忍び。」
ふぅん。そっか。皆でお忍びか。それは楽しそうだね。うまくいくならな………。
仮面の英雄王が俺だってことはバレてないけど幹部達はかなり顔が売れてる。そんな幹部達の多数が集まってるこの場で目立たないわけがない。この宿は一種異様な雰囲気になっている。
根之堅州国の大幹部達を一目見ようと窓の外から覗いてる者も大勢いるし、同じ食堂で食べていた者達もこっちに興味津々だ。こんな面子でお忍びなんて出来るわけない。
結局騒ぎを聞きつけたオオトシがやってきて騒ぎにならないように俺達は強制的に砦へと連行されていったのだった。
あぁ…、普通の一人旅をもっと満喫したかった………。




