外伝2「スサノオの冒険21」
タケハヤスサ「ふざけているのか?」
フランク「ひっ!けっ、決してそのようなことは………。」
我らロベリアの外交使節団は交渉のために最近興った根之堅州国という国へと出向いてきた。
最初は私も舐めていた。この世界において小国が興ることなど日常茶飯事だ。昨日新たな国が興り今日には滅亡している。そんなことは世界中で毎日のように繰り返されている。
だから根之堅州国などという国もどうせ泡沫の如くすぐに消え失せるかもしれない。そう考えていた。それでも一応それなりの規模と勢いがありそうだから少しは外交窓口を用意しておくか、と、ロベリア上層部も外交部も軽く考えていただけだった。
しかし最初に送り出した使節団が戻ってきた時に思い知らされた現実によってロベリア全土が揺るがされた。
我らロベリアは中央大陸の東部を勢力圏としている巨大な国家だ。中央大陸の東側から三分の二は我らの支配領域と言える。
表立って我らに従わない中央大陸の勢力と言えば西側三分の一ほどを勢力圏にしている部族連合だけであり、その部族連合とて我らと無闇に対立しないように遠慮している。
実質的には中央大陸を支配しているのは我らロベリアであり全世界でも類を見ないほどの巨大国家だと自負している。そもそも他大陸においてはまともな国家すら存在しないような大陸もあるのだからな。
だから根之堅州国などという聞いたこともない最近出来たような国など我らに膝をついて頭を垂れるのが当たり前だと思っていた。そういう先遣使節団を送り出してしまった………。
しかしその高圧的で失礼な態度をとった先遣使節団を根之堅州国が送り返してきた時にロベリアは国家崩壊の危機に陥ったのだ。
外交的欠礼を行った先遣使節団が殺されるようなことはなかった。本来使節はどれほど礼を弁えてなくとも処刑されるようなことになれば処刑した相手国が野蛮で未開ということになる。
もちろんそれは犯罪などを犯していなければという前提はあるが……。ただの外交での欠礼であるならば使節の国許に泥を塗ることにはなるが処刑されるようなことは普通はまずない。
その慣例通り根之堅州国は先遣使節団を処刑したりはしなかった。聞いた話では相当なことをしてきたらしいのに丁重にもてなされて何か咎められるようなこともなかったらしい。それだけ聞けばただ相手がロベリアの国力に恐れをなして謙っただけだと考えられる。
だが現実はそうではなかった。使節団への返礼として使節団について我が国までヤタガラスというまだ少年とさえ言えるほど幼い青年がやってきた。
それを見てロベリア上層部も外交部も侮った。むしろこんな若造を送ってくるなど礼を失するとして出兵論まで持ち上げた者までいた。しかし間もなくそんな者は一人もいなくなった。
それは当然だ。やってきたヤタガラスという青年は先遣使節団が根之堅州国で行ったことへの礼として見世物を見せると言った。
王都の外で見世物をすると言いそこでまた反発する者も大勢いた。何しろ国王陛下に外まで出ろと言っているようなものだからな。
ヤタガラスは全員が出なくとも一部の見届ける者がいればいいと言った。それで興味のある者だけが外へと出て見届けることとなった。
そしてロベリア側の見届け人が城壁から外を見ている時にそれは起こった。ヤタガラスが飛び上がり地面に向けて何かの力の塊を放つ。ただそれだけ。それだけで地面は大きく抉れ巨大な穴が完成していた。
その穴の大きさはちょうど王都が丸々入るほどの大きさ………。それはつまりこの一撃を王都に放てば王都が全て消え失せることを意味する。
そう…。それは脅迫だ。外交的儀礼を欠いた使節団は不問にした。しかしそれは根之堅州国が弱いわけでも謙ったわけでもない。外交慣例に従っただけでありロベリアなどいつでも滅ぼせるのだという現実をまざまざと見せ付けられた。
当然それを見てロベリア中が大混乱に陥った。それは当たり前だ。何しろ今でも王都のすぐ隣には王都が丸々入るだけの巨大な穴が開いたままなのだから……。
それほどの大穴を開けたヤタガラスは力を使い果たしたとか疲れたという様子もなくケロッとしていた。つまりあれでも本気ではなくまだまだ余力がある。
そんな馬鹿げた話があるか?たった一人の…、本気でもないほんの軽い一撃で我が王都が全て灰燼に帰すなど誰が信じられようか。その大穴がなければ誰も信じはしなかっただろう。
それから王の御前へと戻り優雅に口上を述べたヤタガラスは悠々と帰って行った。そこからは貴族や大臣を集めての会議が連日に渡って続けられた。
ヤタガラスは自分は根之堅州国の中でもまだ若い方でそれほど力も持たない者だと言った。それを信じれば根之堅州国にはあの大穴を開けることが出来るものなどゴロゴロいることになる。
そんなものはハッタリでヤタガラスが最強であり他にあんなことが出来る者などゴロゴロいるはずはないという者達。
いやいや、ヤタガラスは確かに若造であった。つまりもっときちんと成年した将軍などが他にいるはずだ。それはつまりヤタガラス以上の実力者が、少なくとも数名はいるに違いないという者達。
他にいようがヤタガラスだけであろうが関係ない。ヤタガラス一人差し向けられただけで我が国は壊滅する。だから今からでも先遣使節団の欠礼について謝りにいくべきだという者達。
様々な議論が起こるがどれも無意味で無駄な議論だ。そんなことを話し合っても何の意味もない。現実的に王都のすぐ隣には王都が丸々入るだけの巨大な穴があり、根之堅州国はそれを行うことが出来るだけの力を持っている。
それを考えて取るべき行動はただ一つ。先遣使節団とは違うきちんとした使節団を送り交渉を行うこと。それ以外に我がロベリアが生き残る術などない。
もちろん使節団を出した所でどうにもならないかもしれない。すでに先遣使節団がやらかしたことはなかったことにはならない。何よりそれは先遣使節団が独断専行で行ったわけではなくロベリアの決定としてそのように行えと指示されてのことだったのだ。
当然それは根之堅州国の者達も勘付いているだろう。ロベリアは根之堅州国を侮りふざけた使節を送り挑発して頭を垂れよと迫ったのだ。
その失点をなかったことには出来ない。しかし即座にロベリアを滅ぼしに来ないのはそれが出来ない事情があるのか、それともまだ我らにも失点を取り返せる機会があるからなのか。
何にしろ連日続いた会議の結果決定されたことは、今度はきちんとした使節を送り根之堅州国の怒りを鎮めて穏便に済ませるというものだった。
そこで送られることになったのが外交部の長である外務卿であるこのわし、ロベリア国外務卿フランク=ド=ギレムだった。
もちろんそれは妥当な判断だろう。外交部の長たる外務卿を派遣するということは最大の敬意を払った最高の対応ということになる。
わしとて自分の命は惜しい。しかし自分の命を惜しんでいては外務卿など出来ない。使節は普通は殺されることはないとは言ってもそれはあくまで相手が外交儀礼を守り慣例通りにすればの話にすぎない。
最初から敵対して戦争を起こすつもりならば使節など殺したとしても何も困りはしない。精々が今後交渉する余地がなくなるくらいだ。最初から相手を殲滅するか自分達が滅びるかしかない状況ならばそんなことには何の意味もない。
わしは何としてもロベリアを救おうと心に決めて根之堅州国へと乗り込んだ。そしてあっさりわしの心は折れた………。
根之堅州国は中央大陸西部の部族連合をすでに従えている。根之堅州国の中央大陸での拠点も部族連合の勢力圏にある。
最初に西部部族連合の勢力圏に根之堅州国という国が興ったと伝わっていた。しかしそうではなかったのだ。西部部族連合の一国として根之堅州国が興ったのではなくどこからかやってきた根之堅州国が中央大陸での拠点として西部部族連合を傘下に収めてそこに拠点を築いたにすぎない。
だから根之堅州国の本拠地はここではない…。ないはずなのだ……。それなのに中央大陸にある根之堅州国の拠点を見ただけでわしは足が震えた。
これまで外務卿として様々な国へと赴き交渉してきた。そのわしが一目見ただけで飲み込まれるほどにこの拠点は素晴らしかった。
規模こそロベリアの王都にある王城よりは劣る。だから先遣使節団は根之堅州国を侮ったのだろう。所詮は小国の小さな城、(本当は根之堅州国にとってはチンケな砦の一つにすぎないのだが……。)と思ったに違いない。
だが違う。この砦の建築様式は素晴らしい。わしが今まで見たこともない技術、建築方法を使って建てられている。また装飾や様式も美しくロベリアの王城などそこらのボロ屋にしか見えないほどに出来が違う。
その小さいながらも美しい外観を眺めながら、実戦向きでありながらも美しいアーチを潜り砦へと入る。通路の左右には一つ一つが一体いくらの値が付くのか想像もつかないような美術品、芸術品の数々が並べられている。
ここに並べられている絵画や彫刻、陶器などや、壁そのものの装飾などを見ればロベリア王家所蔵の品々などそこらのガラクタと変わらない。
どれか一つに傷でもつけようものならロベリアの何百年分の国家予算を賠償しなければならないかわからないような芸術品の間を抜けて大きな扉の前に辿り着く。
扉の前に立つのは屈強な兵士。わしは武人ではないが見ただけでわかる。左右に立つ兵士はヤタガラスに勝るとも劣らぬ力を持つ者だということが………。
背筋が凍る。ヤタガラスが言ったことは嘘ではなかったのだ。実際にヤタガラスとどちらの方が強いかなどわしにはわからない。ただ一つ言えることはこの兵士のどちらか一人が居ればヤタガラスが開けた大穴と同じ穴を開けることが出来る。それだけで眩暈を起こして倒れそうだ。
ただの扉の番ですらこの強さ。それでは根之堅州国の兵力は一体どれほどだというのだ。こんなものロベリアどころか全世界の戦力を集めたとしても根之堅州国には敵わないということになる。
その兵士が音もなく扉を開ける。巨大な扉だというのにまるで音も気配もなくす~っと開く様はまるで地獄の深淵が開いていくようで足が竦む。
扉が開くと促されて中央を歩く。扉から室内へと続く道には毛足が長くふかふかな敷物が敷かれている。その踏み心地はまるで天上の雲の上を歩いているかの如し。
しかしそんな天上の心地もすぐに霧散する。道の左右に居並ぶ根之堅州国の者達。彼らがどのような地位の者であるのかは紹介されていない以上わしにはわからない。
ただわかることはこういう場においてここに並ばさせられているということは根之堅州国の権威を示すためにここにいるのだ。
それはつまりこの者達もヤタガラスに負けず劣らずの猛者達に違いない。鎧のようなものは着ていないために一目見て兵士には見えない。何よりその身に纏う衣服や装飾はロベリア貴族など足元にも及ばない、それどころかロベリア王室ですら物乞いに見えるほどに豪華で美しい。
その布一反で一体いくらの値がつくのか…。そんな貴族よりも貴族らしい者達にも関わらず纏う気配は人外のものだ。ここに居並ぶ者一人がいればロベリアを滅ぼせる。そう思わせるだけの気配を放っている。
そして玉座の間の奥まで辿り着くと数段高い所に玉座がある。わしは段の下で立ち止まり跪き頭を垂れる。
本来であれば大国であるロベリアの全権大使たる外務卿は外交交渉においてロベリア王に準ずる権力と決定権を持つ。だから小国の王など玉座に座ってわしを見下ろすなどあり得ない。小国の王が玉座の下に跪きわしが空いた玉座に座って会談を行う。
しかし今目の前にいる王、海を渡る民『海人種』を統べる根之堅州国の王『タケハヤスサ』。この者に向かって玉座を降りろなどと口が裂けても言えない。
まずその玉座。七色に光輝く不思議な金属。見ているだけで心奪われるその玉座は装飾の美しさも相俟ってこの世の物とすら思えない。そしてそこかしこにはめ込まれた宝石の数々は小さな物のどれか一つとってもロベリアの国家予算に匹敵すると思われるような品々ばかり。大きな物ともなれば最早金で買える物ではない。
そのこの世の物ではない玉座に御座す主もまたこの世の者ではない……。そうとしか思えない。わしはその姿を一目見ただけでもう心が折れてしまった。
わしを情けないと批難したければすればいい。もしこの姿を見ても尚反抗出来る者がいればわしは無条件にその者を讃える。ただの無知や無謀でもこの王に歯向かうことはない。何故ならばそういう者ですらこの王に気圧され動けなくなるからだ。
この王の威圧の前で自由に動ける者がいるとすればそれはもうその者もこの世の者ではないということになる。だからわしはその者も無条件で讃えるのだ。わしら矮小なる者にはそうやって許しを請う以外に出来ることなどない。
その王…、タケハヤスサは…、いや、タケハヤスサ様はただ静かに玉座に腰掛けておられる。その顔には憤怒を表したかのような恐ろしい表情を模った面。面から覗く瞳は冷たくわしらを見下ろしている。
その身に纏う衣服はこの世では作ることすら出来ない天上の衣。しかしその美しい衣の上には一部に武骨なまでの鎧がつけられている。鎧自体は戦のための実戦向けのものではないだろう。何より全身を覆うようなものでもない。
それは威圧。前回のロベリアの使節達がしでかしたことへの怒りの現れだ。そして武骨な鎧でありながらその装飾もまた美しい。素材となっている金属は貴重という言葉では語れないミスリルやアダマンタイト、オリハルコンといった伝説とも言えるような金属ばかり。
ロベリアでは国中から集めても腕輪一つ作るだけの量も集まらないだろう。それを全身のいたるところにつけている。
そして玉座の傍らには武人でもない素人のわしでも一目でわかる神剣……。本来外交交渉の場で置くはずのない剣が専用と思われる台に立てかけられている。
王自身が放つ気配は死そのもの。一度口を開いただけでわしらなど死が訪れるのではないかと思うほどの極寒の死の気配が漂っている。
これは違う。これは駄目だ。このお方は争って良いようなお方ではない。財力が違う?技術力が違う?兵力が、国力が、戦術が、戦略が、何もかもが違う?
そんなことどうでもいい。そんな次元ではない。これは人が触れてはならない神の領域に住まうお方だ。
そして止めが…、玉座にほど近い場所に居並ぶ面々。恐らく側近や大臣や将軍といった役職の者達。そこの末席に…、ヤタガラスがいる。
本当だったのだ。ヤタガラスが上位の役職を持ってるとは言っても最上位ではないということが…。つまりそこに居並ぶ幹部達のほとんどはヤタガラスより上位の役職を持ち…、そして力を持っている………。
これで何を交渉しろと言うのだろうか。これではただ頭を垂れて許しを請う以外に出来ることなどない。
そこでわしはまず用意してきた最高の手札を切る。それは献上品。もちろんこれほどの美術品、芸術品、金銀財宝を持つ根之堅州国にロベリアが献上出来る物などない。
しかしここは誠意だ。まずは最上級の献上品をして誠意を見せるしかない。例え彼の王にとってわしの用意した献上品が取るに足りない物だったとしても、ロベリアにとって国宝級である物ならばこちらの誠意は伝わるはずだ。
フランク「まっ、まずは前回の使節団の不備をお詫びいたします。これはそのお詫びの証。是非お受け取りください。」
挨拶の済んだわしは一番にそう告げた。王都の隣にあれほどの大穴を開けられて以来王家もこの度の交渉がいかに重要であるかは理解させられた。だから交渉の場で切れる手札として様々な権利や手土産を託されている。
その中で最高の品。実在すら疑わしい妖精の王が作ったとされる至宝『妖精の涙』。ロベリア王室が持つ最高の一品。はめ込まれた宝石の希少性と大きさ、さらに台座の装飾、そして宝石に込められた妖精の王の力と言われている不思議な力。
これらはこの世界において替えのない唯一無二の一品。例えその宝石が彼の王には希少ではなくとも…、台座の装飾など子供の細工であろうとも、宝石に篭った力だけは替えが利かない。これならば彼の王の心も動かせる。そう思っていた………。
タケハヤスサ「ふざけているのか?」
フランク「ひっ!けっ、決してそのようなことは………。」
わしからの献上品を受け取り眺めた彼の王はそう声を上げた。それだけでわしの寿命が五年は縮んだ。恐ろしい。一体何か不備があっただろうか?あるいはやはりこの程度の品で歓心を買おうなどふざけた態度だと思われたのだろうか?
フランク「そっ、その品は『妖精の涙』と呼ばれる一品で妖精王の力が込められているといわれるその力に替えはなくロベリアの至宝の一つとして………。」
わしはとにかく早口で言い訳を述べ立てる。ここで言い訳も言えずに処刑されては…、いや、言い訳もさせてもらえず国が滅ぼされてしまっては陛下に会わせる顔がない。
タケハヤスサ「そんなことは聞いていない。」
フランク「はっ…、ははっ!」
わしの言葉を遮った彼の王の言葉で場が凍りつく。むしろ言い訳などせねばよかったのか?しかし…、いや…、………わからん。何が正解なのか。どうすれば彼の王の怒りを鎮めることが出来るのか。
タケハヤスサ「この前のヤタガラスの行動は聞いている。今回はその件に関しての苦情で参られたのだろう?外務卿御自らやってきたのだ。相当な問題となっているのだろう。」
フランク「………え?は?あの……?」
この王は何を言っている?ヤタガラスの行動?あの示威行動のことか?それが問題となる?そりゃそうだろうとも。何しろヤタガラスかそれと同程度の者が攻撃すればロベリア王都が灰燼に帰すのだ。こちらは大問題だったとも。
しかし彼の王の言っていることの意味がよくわからない。それではまるでわしらがヤタガラスの件で文句を言いに来たみたいではないか。
そんなこととんでもない。もし根之堅州国に苦情でも言おうものなら国が滅ぶのだ。死ねとでも言われない限りはほとんどの理不尽な要求でも丸呑みするしかない。それなのにこの王はまるでわしらがそう言いに来たのだと言わんばかりではないか……。
いや…、待てよ……。いかん!まずいぞ!こちらはまだ用件を述べていない。彼の王がこちらの用件をあたかもヤタガラスの件での苦情を言いに来たかのように持って行くということは、『お前ら俺に文句あるみたいだけど舐めてんの?もっとやっちゃうよ?』という意味に違いない。
わしがやってきた目的を言う前にこちらの目的を挿げ替えてそれを理由にさらなる理不尽を要求するつもりだ!このままではまずい!何とかしなくては………。
フランク「いえ!違います!お聞きください!」
タケハヤスサ「いや、いいんだ。ヤタガラスの行動は根之堅州国の総意ではない。ヤタガラスの独断専行であった。しかしその独断専行を許した俺…、じゃなくて余にも問題があった。そこで詫びをしようと思う。」
んんん?何だ?どうなっている?話が見えない!どういうことだ?
タケハヤスサ「今度は俺…、余の名代としてきちんとした使節をこちらからも送ろうと思う。タケミカヅチ。」
タケミカヅチ「はっ!」
彼の王がタケミカヅチと呼びかけると玉座にほど近い場所に侍っていたいかにも武人然とした者が跪いて応えた。どうやら相当上位の将軍のようだ。わしは武人ではないためにその力などは計れないが人を見る目はある。だからその所作を見るだけで相手がどのような者であるのかある程度はわかる。
タケハヤスサ「我が名をもってタケミカヅチをロベリアへの外交特使として任命する。必要な人員を選抜して好きなだけ連れていけ。最重要な役目はヤタガラスが開けた穴を埋めること。そのためには根之堅州国のどのようなものでも好きに使うが良い。その件に関する限りタケミカヅチの指示は余の命令と同等とする。」
一同「「「「「ははっ!!!」」」」」
タケミカヅチ「この身にかえましても必ずやご期待に添えてご覧にいれます!」
しまった……。しまったしまったしまった!!!やられた!!!彼の王の狙いはこれだったのだ!
特使とやらに任命されたタケミカヅチは彼の王の名代となった。そして必要な人員はどれほどでも使えと言われた。それはつまりタケミカヅチが好きなだけ兵を率いて我が国へと入ってくるということ。そして我が国はそれを拒否することは出来ない。
何故ならばまずタケミカヅチは彼の王の名代なのだ。それはつまり彼の王が我が国を訪れるのと同じ意味であり警備の兵などを引き連れることを拒否することは出来ない。
さらにヤタガラスが開けた穴を埋めるために兵を出すと言っている。それは根之堅州国がしでかした失態の穴埋めでありその責任を取って埋めるといっているのにそれを拒否することは出来ない。
つまりこれで根之堅州国は大手を振って我が国に兵員を送り込めるようになったのだ。
何という策略、何という智謀……。まさかヤタガラスを派遣してくる前からここまで考えていたのか?恐ろしい……。力だけではない。あくまで我らの慣例や習慣に則ったままでここまでの知略も有する。これで一体どうしろというのだ?
力でも敵わぬ。知略でも敵わぬ。国力も、技術力も、何もかも………。それでいて強者の驕りもない。駄目だ…。わしに出来ることはただ一つ。ロベリアが彼の王に逆らって滅ぶようなことのないようにロベリアを説得することのみ。
フランク「それは……、お心遣い痛み入ります………。」
わしは自分の敗北を悟りただ力なく項垂れた。外務卿が聞いて呆れる。わしは舞台に立つことすら許されなかった。その前にふるい落とされた。
わしがもっとしっかり事前に準備しておればまた別の対応であっただろうか?あるいはわしなど、いや、人間などどう足掻こうとも彼の王の智謀の前では無意味であろうか?
その後のわしはただ彼の王の言うことに従い首を縦に振るだけの人形と化した。後ろに控えるわしの部下達、優秀な外交部の精鋭達も何一つ口を挟むことすら出来はしなかった。
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ロベリアでは食べることも出来ない豪華な晩餐に呼ばれ、ロベリアではあり得ないほど豪華な客室に通される。
わしは一体何をしておるのだ?何のためにこんな場所までやってきた?この圧倒的なまでの差を見せ付けられるためか?それともただ何の役にも立たないわしがこの豪華な食事や待遇を堪能するためだけか?
これほどの無力感に苛まれたのは生まれて初めてだ。命を賭けてでも国のためにと意気込んで来た結果がこれだ……。
本音を言えばわしはもう国へ帰っても外務卿としてやっていける自信はない。しかしロベリアが根之堅州国と敵対しないようにするには実際に根之堅州国を見てきたわしらしかおらんだろう。
他の者は今はヤタガラスが開けた大穴を見て身を縮めているだろうがそのうちその恐怖も薄れる。そして恐怖を忘れれば次は彼の王は容赦するまい。彼の王に二度目の慈悲はない。
わしらは目の前で見て体験したこの出来事を生涯忘れることなど出来ん。これから一生何があろうとこの出来事と比べることになるだろう。そして常に敗北感を味わうことになる。
ここで味わった非現実的な…、まるで幻想のような…、天上での出来事のような数々の出来事に勝てるようなことなど今後一生ないと言い切れる。
規模こそ小さいが煌びやかな城。しかもこれですら根之堅州国からすればそこらにある地方の砦の一つに過ぎない。
頬が落ちるほどのおいしい食事。ロベリアで散々贅沢をしてきた貴族でもここの料理を食べれば今までの料理など生ゴミだったと思い知るだろう。
嫌味にならない程度にほどよく抑えられた重厚な客室。ここで一度眠ればもう二度と普通の寝室では満足出来まい。ここで眠ればロベリアの王の寝室などスラムの廃屋と変わらない。
精強なる兵。まったく一分の隙もない。完全に統率された一騎当千、いや、万夫不当の猛者達。彼らが守る砦を落とせる者はいない。
そして外交部の精鋭達ですら骨抜きにされている。それはそうだ。こんな扱いを受ければまるで自分がロベリアの王より上になった気さえしてくる。何しろロベリア王ですら味わったことがないような贅の限りがここにはあるのだから………。
だが誰も理解していない。この恐ろしいまでの強国である根之堅州国がいつ突然ロベリアに牙を剥くかもしれないということを………。
そしてロベリアの使節団だからこそこのような扱いを受けられているのだ。もし祖国が滅びようものならわしらなど路傍の石ほどの価値もなくなる。そうなればこのような接待も受けられるはずもない。
それなのにそれすら理解出来ずに祖国を裏切ろうとすらしている使節団員ですらいるのだから笑えない。
わしはありのままに王に報告する。そして決して根之堅州国と対立してはならないと上奏する。ロベリア王よ。陛下よ。竹馬の友であるわしの言うことを聞き届けてくれることを願う………。




