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転生無双  作者: 平朝臣
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外伝2「スサノオの冒険20」


 スサノオ様に最後にお会いしてからすでに数年。南大陸で咬竜と別れた私とイナリは中央大陸、北大陸を越えて西大陸へと渡っていた。理由は西大陸で親しくなった火の精霊達を助けるため。


 西大陸ではまだ大きな勢力は育っておらず各種族が覇権を争うかのように戦乱が続いている。そんな中で前に西大陸を旅していた時に私達をもてなしてくれた火の精霊と親しくなった。その火の精霊が西大陸に住む獣人族の連合に集中攻撃を受けているらしい。


 今までは獣人族も種によってバラバラで、一つに纏まった勢力は存在しなかったはず。でもいつまでも続く戦乱に種は違えど同じ獣人族同士結束しようという動きがおこったらしい。


 あとはあれよあれよと言う間に獣人族の各種はお互いに協力し合う体制が出来上がった。そして同族で纏まった獣人族は周囲の他種族を攻撃し始めた。その対象となったのが火の精霊達だったというわけね。


 もともと獣人族にとっても火の精霊にとっても周囲全てが敵であった状態だからこそ状況的に不利だった火の精霊達も持ち堪えていたけど、火の精霊の周囲は相変わらず敵ばかりなのに獣人族が一つに纏まり勢力が大きくなったためにとても戦える状況ではなくなったらしい。


 火の精霊を纏めていた火のジンであるイフリルは私に助けを求めるようなことはしないようにと火の精霊達に指示していた。でもやっぱりそんな状況だから私に報告してくれた火の精がいた。そのお陰で私は火の精霊達の窮状を知りこうして西大陸までやってきた。


獣人族「関係ない妖怪族が何故精霊族の味方をする!ずるいぞ!」


イナリ「はぁ?意味がわかんないけど?何で私達が私達の知り合いの味方をしたらずるいの?」


 獣人族の言葉にイナリが呆れた様子で応じる。


獣人族「じゃあお前達は精霊族さえ助かれば獣人族は死んでもいいというのか?何故精霊族ばかり優遇する?ずるいぞ!」


 再び同じことを言う獣人族にイナリは肩を竦めて両手を軽く上げた。どうやらお手上げみたい。


ダキ「別に私達は神でも何でもありませんよ?貴方達全てを平等や公平に扱う理由などありません。私が私の親しい方を助けるのに何か問題でもおありですか?」


獣人族「大有りだ!そんな強い力を持ってるくせに精霊族だけ助けて獣人族は殺すのか!汚い!横暴だ!」


 はぁ…、ずっとこの調子で話になりません。


ダキ「何度同じことを言わせるおつもりですか?私達が私達のお友達と、まったく見ず知らずの赤の他人と、どちらを助けるかなど明白でしょう?貴方はご自分のご家族と見ず知らずの赤の他人とどちらかしか助けられないのならばどちらを助けますか?」


獣人族「そんなもの家族に決まっている!」


 そこまでわかっているのに何故こうも私達に……。あぁ…、そういうことですか。ようやくわかりました。つまり彼らだって私達が友達の火の精霊と赤の他人の獣人とどちらを助けるかなどわかっているのですね。


 ただ私達が火の精霊に味方した結果戦争は火の精霊の勝利となってしまう。それが納得出来ないから私達の干渉を排除したいのだと、ただそれだけのことだったのですね。


 それならそうと言えばいいのです。私達が火の精霊に味方したために自分達が負けそうだから私達に干渉して欲しくないのだと。それを自分達が被害者であると正当性を主張したがるからこうして意味不明の議論で平行線を辿るのです。


ダキ「はぁ…。もういい加減疲れてきましたね。一つ言っておきますが私達は別に貴方方に対して平等や公平や不干渉を貫かなければならないような理由などありません。こちらの火の精霊とは昔から交流があり彼らに何かあれば私達は彼らの味方をします。貴方方が今更何を言おうとそれは覆りませんのであしからず。」


獣人族「ずるい!横暴だ!この自分勝手な殺戮者どもめ!お前達のせいで大勢の獣人族が死んだ!この人殺し!」


 はぁ…。本当に疲れてしまいますね………。私達が火の精霊に味方したために戦争はほぼ火の精霊の勝利で終わりそうです。そこでこうして話し合いの席が設けられたわけですが……。これでは話になりません。


ダキ「貴方方は他種族を殺していないとでも?」


獣人族「我々は我々を脅かす脅威を排除しただけだ!敵が悪い!黙って我々に従っていれば殺さなかった!我々に逆らうから殺したのだ!我々に非はない!」


 つくづく…、救いようのない者達ですね……。ならばいいでしょう。私も貴方方をそのように扱いましょう。


ダキ「わかりました。」


獣人族「おお!わかったか!ならば謝罪と賠償しろ!ついでにお前達の体も差し出せ!いや、お前達だけじゃなくて他の妖怪族からも奴隷を出せ!」


ダキ「ふぅ……。貴方方は黙って私達に従いなさい。それが出来ないのならば殺します。」


獣人族「………は?」


 散々捲くし立てていた獣人族は暫く私に何を言われたのか理解出来ずに固まった後でそんな間の抜けた声を出した。


ダキ「聞こえませんでしたか?最早貴方方にかける慈悲はありません。私達に従えば殺しません。逆らえば殺します。殺されるのは逆らうから悪いのです。」


獣人族「……おっ、横暴だ!ほらみろ!これがこいつらの本性だ!」


ダキ「私の言葉は全て貴方が言った言葉ですよ?」


 私は先ほどこの獣人族が言った言葉をそのまま彼に返しただけです。


獣人族「全然違う!我々はいいのだ!お前達はただ黙って獣人族に従うべきなんだ!」


 本当にこういう者がいるのですね……。確かに世界を旅する間に様々な者がいましたが……、ここまでひどい者も珍しい…、こともないですね。割りと普通です。世界はこのような者達で溢れている。


ダキ「そう思うのは勝手ですよ。実際に行動を起こすと言われるのでしたらどうぞ。ただし次は攻撃の手は止めません。今回は貴方方が降伏したいから話し合いたいと言うから応じたまでです。この席を蹴るのであれば次はありません。」


獣人族「ほらみろ!一皮剥けばこれが本性だ!化けの皮を剥いでやったぞ!お前達は残虐な人殺しだ!」


ダキ「はぁ…。だから何ですか?私は別に世界の全ての生物に対して平等に接しなければならないだとか、慈悲をかけなければならないなんて決まりはありませんよ?敵ならば容赦なく殺すことも躊躇いません。」


 無理に皆殺しにしようとまでは思いませんけど…、きちんと助かる道を用意しているのにそれを蹴るどころかこれほど斜め上を行くというのでしたらこれ以上彼らに構う理由などありません。


 彼らが知っているかどうかはわかりませんが、私は確かにファルクリアの巫女という役には就いていますが、ファルクリアの巫女とて別にこの世界の全てを慈しまなければならないというわけでもありません。


 ただ気に入らないというだけで気に入らない相手を殺したとしても何の問題もありません。私はそこまでするつもりもありませんがしたとしても何の問題もないのです。それを履き違えられても困ります。


ダキ「これが最後通牒です。降伏するのなら無闇に殺したりはしません。ですがこの最後の会談を蹴るのであれば貴方方を殲滅します。どちらでも好きな方を選びなさい。それでは御機嫌よう。」


 私はそれだけ言うと席を立った。イナリとイフリルが一緒に交渉の席を立つ。彼らがあれほど自分勝手な生き物なのですからもしここで降伏がなされないようならば殲滅するしかありません。もしここで中途半端な対応をすれば将来の禍根となりもっと大きな問題が起こるでしょう。


 それならば例え私が虐殺者だと罵られようともこの場で彼らを殲滅します。どちらにしろ彼らが聞く耳も持たず相容れないのならばどちらかが滅ぶしかないのだから……。それならば私は私のお友達である火の精霊を助けます。


イフリル「よろしかったのですかヤマタ様?」


ダキ「何がですか?」


 交渉用に張られた天幕から出て火の精霊の方へと戻っているとイフリルが話しかけてきた。


イフリル「何もヤマタ様があのように汚名を被る必要はなかったのではないでしょうか?」


ダキ「そのようなことですか。そんなもの気にする必要などありません。彼らが私を虐殺者だと罵るのなら好きに言わせておけば良いのです。私が殺した獣人族兵士の家族からすれば確かに私はその者の仇なのですから。それがどんな理由にしろ、それこそ仮に彼らにこそ殺されなければならないような原因があったとしても…、私がその者の仇だという事実は変わりません。」


 そう。例え犯罪者を法に則って処断したとしても、その犯罪者の家族からすれば処断した者は仇という事実は変わらない。


 だから彼らや彼らの遺族が私をそういう目で見るというのならそれは甘んじて受けよう。ただだからと言って私のやることは変わらない。


 少なくとも今回は彼らから周囲へと戦争を吹っ掛けた。その上で彼らは敗れた。それでも自分勝手に振舞おうとするのならば彼らには相応の報いを受けてもらうしかない。先の会談でその覚悟を決めた私は空を見上げながら火の精霊の陣地へと戻った。


 その後暫くして獣人族から全面降伏を報せる使者がやってきたのだった。



  =======



 獣人族連合が火の精霊へと仕掛けた戦争は幕を閉じた。もちろん戦争を仕掛けられたのは火の精霊だけではなく、自分達が一つに纏まって大きな勢力になったことで図に乗った獣人族連合は周辺全てに戦争を仕掛けてはいたけど……。


 とにかくこれで一つの争いが終わり少しは静かになるかと思っていた。けれど私の希望に反して事態は一向に好転しない。


 まず獣人族連合が瓦解したことでここぞとばかりに反撃して逆に攻め込む周辺勢力が後を絶たない。別に私は旧獣人連合の所属集落に武装解除を命じたわけじゃないから、今まで虐げていた周辺に反撃されたからと言って私が助けに行く理由はない。武装解除していないのだから自分達で自力で身を守ればいい。


 獣人族連合が逆襲されるのは身から出た錆だから知ったことじゃない。だけど問題はそうして周辺が戦争を続けているということ。いつまで経っても戦火が収まる様子はない。


 そして今回勝った火の精霊のもとには二種類の者達がひっきりなしに訪れる。まず一つは今回勝った火の精霊と懇意にして庇護を受けたい者達。この周辺で火の精霊を神輿として担ぎ上げて勢力を作り上げそこに入り込みたいという思惑を持つ者も多い。


 その次が勝った火の精霊を危険視する者達。こちらは表面的には戦勝祝いなどということが多いけど、実際は次に獣人族連合を破った火の精霊達が勢力を拡大してこの辺りを支配するのではないかと警戒して観察に来ている。


 こういう手合いは火の精霊達はこの辺りを支配するつもりなんてないと説明しても聞き入れてくれない。支配者であった獣人族連合を打ち破ったのだから次は火の精霊が後釜に座るんですね、なんて自分達で煽りながら精霊達の様子を窺っている。


 むしろ彼らはこうして火の精霊を次の支配者として名乗りを上げさせたいんじゃないかとすら思えてくる。そしてそれもあながち間違いじゃないかもしれない。何しろ彼らは次は火の精霊を追い落としたいんだろうから……。


 つまりすでに次の支配体制の構築が始まっており権力闘争が激化しているということに他ならない。まだ前の戦火も燻っているというのにもう次の争いまで始まっている。本当に終わりがない……。


 その上……、もっと大変な問題がある。イフリル達には言っていないけれどここ最近何故か国津神がこの火の精霊の集落にやってくる。


 いつも私が先に気付いて出向くと手荒なことをされることもなく帰っていくけど、国津神が一体何の用だというのか……。それに国津神のほとんどはすでに『荒れすさぶ鬼』に従属しているはずだ。


 つまりここへやってくる国津神達も『荒れすさぶ鬼』の手下だと思う。そもそもここへ来ること自体が『荒れすさぶ鬼』の命令なのだろう。


 国津神達が心の底から『荒れすさぶ鬼』に従っていないからなのか、命令に納得していないからなのか、私が対応に出て断るといつもすぐに帰る。だけど今まで大丈夫だったからと言ってこれからも大丈夫とは限らない。


 何よりあの『荒れすさぶ鬼』に目をつけられて争うことになったら私では止められない。私ではすでに勝てないことは証明されているのだから………。


 そして今日も国津神がやってきた。まだかなりの距離があるから火の精霊達では国津神の気配すら察知出来ていないでしょうね。この距離ならイナリでも難しいかもしれない。


 私は何度も会ったことがある相手だからまたここへ来るつもりだろうとわかって、先に対応に出られるけれど他の者ならばこの距離なら仮に気配に気付いてもここへ来るつもりだと判断するのは難しいほど遠い。


 私は他の者達に散歩に出てくると言って抜け出した。気付かれないように急いでこちらへ向かってきている国津神の所へと向かう。向こうも私に気付いて私が誘導した方へと方向転換してくれた。


 すでにこれまでの数年で何度も会っている相手だからこの相手はいくらか気心が知れている。少なくとも『荒れすさぶ鬼』ほど問答無用ではない。


オオトシ「我が主君の要望、しかと火の精霊達に伝えていただけたのか?」


 これまで何度も話し合いを行っているオオトシという国津神がいつもの問答を繰り返す。


 彼は武人気質というか少し固い所が見受けられるけど、中身は最初にとっつき難いと感じるほど気難しい人でもない。話し方こそ堅苦しく感じるけど話していると気配りが出来て優しい人だとわかる。


 そんな彼の言う主君の要望とは実質的には強要とか脅迫とかそういう類のものだろう。


 オオトシ自身は確かに優しくこちらに配慮もしてくれる。事情も察してくれる。でも彼の主君である『荒れすさぶ鬼』はそうじゃない。


 『荒れすさぶ鬼』の要求は、今後彼が建国するにあたって火の精霊達は服従してその支配を受け入れろ、というような話だ。


 ようやく獣人族連合との戦争も一段落したところだというのにこんな話を火の精霊達に出来るはずなどない。ここでまた新たな敵、それも誰もが手に負えないような凶悪な鬼が支配するから従えなどと脅迫してきていると言えるはずなどない。


 でもだったらどうすればいいの?私がこの話を勝手にここで止めてしまって…、それで火の精霊達はどうなるの?


 『荒れすさぶ鬼』に逆らえば火の精霊の集落はいとも簡単に滅ぼされてしまうかもしれない。でも従ったからと言って明るい未来があるとも思えない。何しろ支配者はあの『荒れすさぶ鬼』なのだから……。結果私に出来ることは返事の引き延ばし。


 私が最初にオオトシを見つけたのは偶然だった。数年前、私が火の精霊が獣人族連合と争っていると聞いて応援に駆けつけて間もなしの頃……。偶然私はここへ近づいてきている国津神の気配を感知した。


 私がその気配を見つけられたのはスサノオ様と気配の隠し方が似ていたからだろう。スサノオ様よりも気配を隠すのが下手なオオトシの気配を偶然感知した。それはスサノオ様を間近で見て慣れていたから見つけられた幸運だった。


 その当時はまだ獣人族連合との争いも劣勢で火の精霊達は危険な状態だった。だから万が一にもこちらへ気配を隠しながら近づいてくる国津神が敵になってはいけないと思って私は一人でその国津神の所へと向かった。そこで出会ったのがオオトシだった。


 私が誰何して目的を問い質すと彼は名乗り正直に目的を告げた。そもそも圧倒的優位でありこちらに隠し立てする必要もない彼らは誰に問い質しても正直に答えたでしょうけどね。


オオトシ『我が主君が建国することを決断された。ついては火の精霊の諸氏にはご協力と今後の協調をお願いしたい。』


 オオトシの語ったこの目的。それはつまり我が主君『荒れすさぶ鬼』がこれから国を建てるから火の精霊は主君に従え、と、そう言っている。それを理解した私はその話を預かると言ってオオトシに帰ってもらった。


 場合によっては争いになるかもしれないと覚悟していた私だったけどオオトシは私の予想に反してあっさりと帰っていった。


 あるいはそれは余裕だったのかもしれない。その場で無理に火の精霊の集落へと押し掛けなくともいつでも何とでもなるという余裕……。そして私が言伝をしなければ火の精霊が滅ぶだけだということだったのだろう。


 獣人族連合との戦争が激化している上に火の精霊達が劣勢であったことを理由に答えを引き延ばし続けてきた。でもその戦争も火の精霊の勝利で終わってしまった以上は今までの言い訳は通用しない。


 その戦争でも何度もオオトシが主君が助勢すると言ってきていたけど全て断った。それはそうでしょう?もし万が一今回の戦争で『荒れすさぶ鬼』に助勢してもらっていたらその後どんな要求を突きつけられていたかわからない。


 助勢してもらっていなくても今の状況なのにもし力添えなんてしてもらっていれば今頃どうなっていたことか……。それを想像するだけで恐ろしい。


ダキ「何度も申し上げている通りこれまでは獣人族連合との戦争のために貴方方のことについては火の精霊には伏せておりました。ですのでまだ結論を出すことは出来ておりません。」


オオトシ「ふむ……。だから再三にわたって我が主君が助勢いたすと申し上げたはずだが……。それを貴君一人の判断で握りつぶしておられたということでよろしいか?」


 オオトシの問いかけにゴクリと喉がなる。オオトシ自身もそれなりの強者ではあるけど私なら戦えなくはない。絶対勝てる相手とは言い切れないけどどちらが勝つにしても良い勝負にはなると思う。


 でも……、もしここで返答を一つ間違えて『荒れすさぶ鬼』の機嫌を損ねることになれば、私も、火の精霊の集落も…、場合によっては私の故郷を特定して妖狐の里やあるいは憂さ晴らしに西大陸全土に渡って死の嵐が吹き荒れてもおかしくはない。


 そんな綱渡りの危険な交渉だからこそ慎重に言葉を選んで答えなければ……。


ダキ「確かに私一人の判断です。ですからこれまで返答を引き延ばしていたことについては火の精霊に責任はありません。ですが今は私が火の精霊の指揮をとっており私の裁量で決めても問題はなかったと自負しております。」


 我ながら滅茶苦茶な言い分だ。私が勝手に判断していたから精霊族に責任はない。それなのに私の決定には一定の正当性があったと言っている。こんなおかしな話はない。


 火の精霊の与り知らぬことであったのなら私の決定には正当性はないことになる。あるいは私に決定権があったのならそれは火の精霊全体の責任となる。


 それなのに私の決定には正当性があるのに火の精霊には責任はないなど言ってることが滅茶苦茶なのは自覚している。


 でもここは譲れない。もし火の精霊の総意であったと受け取られれば制裁される際に私だけでなく火の精霊にまで累が及ぶ。かといって私が何の決定権もないのに勝手に決めていましたという話になれば私が討伐対象として追われる可能性がある。


 もちろん私が処罰されること自体は構わない。だけど何とか話し合いで終われるかもしれない所でわざわざ揉め事を起こすこともない。


 私にはそれなりに交渉権と決定権がある。だけどその交渉や決定に火の精霊の責任はない。この地点に話を落としたい。無理を承知でオオトシにそのことを暗に伝える。


オオトシ「ふむ……。貴君が何を一人でそこまで背負っておられるのかは知らぬが……。」


 そこでオオトシは言葉を切った。何ってそれはもちろん『荒れすさぶ鬼』から私の仲間や友達を守ることに決まっているでしょう?


 オオトシは『荒れすさぶ鬼』を主君としているからいいのかもしれないけど……。私達にとっては『荒れすさぶ鬼』と交渉するというだけでも命懸けなのだから………。


オオトシ「もうじき主君が国を建て直接行動に出られる。事前に協力を申し出られる相手で話がついていないのはすでにここのみ……。行動を開始しては最早悠長に話し合いはしておれぬ。今回で決めてしまいたかったのだが………。」


 ゾワリとした。まるで全身の毛が逆立ったような……。今なんと?『荒れすさぶ鬼』がこれから建国して行動を開始する?


 そういうことだったの…。今まで私達への対応が随分甘くゆっくりだと思っていた。でもそれは『荒れすさぶ鬼』が行動を開始する前だったから…、事前の準備段階だったからに過ぎない。


 でもこれからは違う。これから『荒れすさぶ鬼』が行動を開始すれば私達との交渉も対応も変わるだろう。最初にそんな話を聞いていたというのに獣人族連合との戦争にかまけて重視していなかった……。これは私の落ち度だわ。


ダキ「それで……、今回の交渉で纏まらなければ…、火の精霊達は皆殺し…、かしら?」


 声が震えている。止めようと思っても止められない。交渉はもっと毅然とした態度で臨まないと駄目だということはわかっているけど自分で止められないのだからどうしようもない。


オオトシ「……?意味がわからぬが……?ともかく出来るだけ早急に結論を出していただきたい。でなければこちらも手の打ちようがない。今度は貴君のみに留めずイフリル殿とじっくり話し合っていただきたい。」


ダキ「―ッ!!!」


 イフリルのことも知っている!?ある意味それはそうかもしれないけれどまさか国津神と『荒れすさぶ鬼』ほどの圧倒的強者達がこちらの情報まで調べているなんて…。


 強者の驕りもない。油断なく万全を期する圧倒的強者……。そんな者達を相手に私達は一体どうすればいいというの?


 それにこちらの結論がなければ手の打ちようがないってどういう意味?まさかこちらが協力を断った場合は即座に排除するとかそういうこと?


 どうしよう…。どうしたら……。駄目だわ…。いくら気丈に振舞っても私にだって限界はある。もう駄目……。これ以上どうすればいいのかもうわからない。


オオトシ「……そうそう。我が主君からイフリル殿への言伝があった。『戦争大変だろうけど頑張ってくれ。協力しようと思ったけど自力で解決したいという君達の気持ちも理解出来る。もうすぐ俺も建国するからその時はお互いに協力し合いたい。それではまた会える時を楽しみにしている。』だそうだ。しかと伝えていただきたい。それでは…、ご免。」


 オオトシはそれだけ言うと帰っていった。一人になった私はイフリルへの言伝というものについて考える。


 ………戦争どうこうというのはこの言伝を頼んだ段階ではまだ戦争が終わっていなかったから、あるいは『荒れすさぶ鬼』がまだ終わったことを知らなかったからということはわかる。


 その次の協力云々については自分の協力の申し出を断ったな、という脅しだろうか。これは嫌味もしくは警告と考えた方がいいかもしれない。


 もうすぐ建国のところはつまり様子見は終わりでありこれからは実際に行動に出てくるということだろう。お互いに協力とは言っているけど一方的な従属だろう。


 会える時を楽しみにしているというのは、火の精霊とイフリルが従属して『荒れすさぶ鬼』に挨拶に伺うことを指しているのだろうか。それにもう一つの意味は逆らうのなら罪人として会うことになるということを暗に示しているのかもしれない。


 どちらにしろとんでもない脅しだ。そしてこれからは本格的に動き出すという情報までわざわざ与えている。それはつまりもう後はないということ。引き延ばしも限界だろうと思う。何よりこれ以上引き延ばしても何も良いことはない。


 すでに事態は私一人で処理することは不可能になっている。相手が国津神の一人や二人ならば私が影で戦って勝てればそれで終わったかもしれない。でも相手は『荒れすさぶ鬼』だ。命を賭ければ多少の時間稼ぎくらいは出来るかもしれないけど勝つどころか勝負にすらなりはしない。


 この日私は集落に戻るとすぐにイナリとイフリルを連れて他の火の精霊達のいない場所へと移動した。そこで私はこれまでのことを二人に相談した。


 今更こんなことを相談するくらいならもっと前に相談しておくべきだったのだろう。だけどもう私にはどうすればいいのかわからない。これまで引き延ばしたせいで却って事態を悪くしてしまっていただけかもしれない。


 私が打ち明けたことに対してイナリは最悪私を連れて二人で逃げればいいなんてとんでもないことを言った。今まで事態を悪化させていた私が言うことじゃないけどそれはないと思う。


 でもそうじゃないと思って考えを改めた。イナリはつまり私達が全ての罪を被って火の精霊達を助けるということなのだろう。そして罪を被った私達が罪人として逃げれば良いのだと、そういうことか。


 ある意味ではそれは間違いではない。火の精霊の立場を悪くしてしまったのは私がここまで引き延ばしたからかもしれない。ならば罪は私にある。その罪を認めて罪人として私が処断されれば火の精霊達は不問になるかもしれない。


 そして私だけならば適当に隠れて逃げ回れば良いと。何かそれは良い案に思えてきた。


 イフリルはまったく逆のことを言った。今まで私が影で交渉していたことを咎めるどころかそんな苦労をかけていたのに露知らず、獣人族連合との戦争に私を駆り出したことと併せて申し訳ないと涙を流していた。


 イフリルはすでに私と火の精霊達は一蓮托生であり『荒れすさぶ鬼』と戦うことになれば自分達も戦うと言ってくれた。それだけで胸が熱くなる。


 でも本当に私と一緒に火の精霊達の命運まで終わらせてしまうわけにはいかない。だからといって良い解決策もない。二人に相談はしたけど結局答えは出ないまま………。


 そしてそうやって私達が悩んでいるのを嘲笑うかのように、『荒れすさぶ鬼』タケハヤスサ率いる海を渡る種、海人種と根之堅州国ねのかたすくにはあっという間に世界を侵略していった。




 ………

 ……

 …




イフリル「しかし……、はて?各地の国津神を従える?ふむ…?それはまるであの若者のような……?そんな者がこの世界に何人もいるというのか。う~む…。何か見落としておるような気がするが……、答えはわからぬ………。」




 ………

 ……

 …



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