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転生無双  作者: 平朝臣
208/225

外伝2「スサノオの冒険18」


 いきなりタケちゃんと出会ってしまった。一体どうし……。


スサノオ「ぶっ!!!」


 俺が急に出会ったタケちゃんを見て固まっていると一瞬で殴られていた。それも殴られてよたったとか倒れたって程度ならまだいい。でも今の俺はタケちゃんの一発で吹っ飛ばされて結構離れた場所にあった山の斜面に突き刺さっていた。


 俺が事態を飲み込めずに斜面に突き刺さったまま混乱していると即座にタケちゃんが追撃にきていた。俺が吹っ飛ばされているのを追走するように追ってきていたタケちゃんはそのまま膝を繰り出し俺の腹を打ち付けた。


 斜面に減り込んでいた俺はさらに減り込みガラガラと斜面が崩れる。そんなものに巻き込まれるほどタケちゃんは間抜けじゃない。当然のように離れて態勢を整えていたタケちゃんの掌に力が集まっているのがわかる。


 やっべ…。あれを食らったらただじゃ済まないだろう。何とかして回避か防御を………。って、あっ!俺今お面を持ってない!変身する余裕もない!やべぇ…。素の状態でタケちゃんと戦えってか?


 ……でもこれは自業自得か。今まで相手が油断したり待ったりしてくれていたから変身したりお面をつける余裕があっただけだ。本来の戦いというのはこういうものだろう。


 だからタケちゃんが急に不意打ちをしてきて汚いとか変身やお面で力を出せていないから負けたんだとかそういう言い訳は通用しない。


 そんなことをしなければ本当の力も出せないような俺が悪い。普通の状態からでも力を出せるようにしなかった俺が悪い。今まで散々時間があったのに結局放ったまま何もしなかった俺が………。


 今まで何度も危険はあったのに…。その時は何とかなったからって俺はずっと後回しにしていた。お母さんだってこんな方法に頼らずに力を出せるように訓練しておけって言ってたのに………。


 それにそうしないと力を出せないのなら普段からお面もつけておくとか方法なんていくらでもあった。それなのに備えていなかった俺がただの間抜けなだけだ。そうしないと力も出せないくせに…、何とかなるさと備えもせずにのうのうとしていた俺が………。


 でもこれはあんまりじゃないか?なぁタケちゃん?久しぶりに会った幼馴染に一言もなくいきなりここまでするか?俺がタケちゃんに何かしたか?むしろ子供の頃は俺がタケちゃんにやられてた記憶ばっかりだ。


 それなのに何でいきなり俺はこんな目に遭わされているんだ?理不尽だ……。タケちゃんは昔から存在そのものが理不尽だったけど今回のこの出来事はあまりに理不尽すぎる。


タケミカヅチ「怒槌いかづち!!!」


 タケちゃんがその手に集めていた力を解き放つ。こんな技は見たことがない。まぁ俺はタケちゃんと会わなくなってからかなりの年月が経ってるからお互いに知らない技なんていっぱいあるだろうけど…。


 タケちゃんの掌から放たれた力はジグザグに俺に迫ってきた。その速さは光と同じだ。つまりこれはタケちゃんの得意な雷の攻撃だと思う。それがまだ崩れた斜面に埋もれていた俺に襲い掛かった。


スサノオ「ぐっ…、あぁ!!!」


 ミシミシと体が嫌な音をたてる。まるで引きちぎられるような痛みと体の中を何かが駆け回っているかのような痛みを感じる。


 あぁ…、駄目だこれ……。タケちゃんは本気で俺を殺す気だ。こんなの友達に放つ威力じゃない。


 体中の表皮は裂け血が噴出す。体中の血管が沸騰しているかのように熱い。普段は見えないような血管が表面に浮き上がっている。ううん。浮き上がってるだけじゃない。完全に盛り上がって体中に変な模様でもあるかのようになっている。


 目や耳や鼻からも血が噴出してくる。体中の水分が沸騰するようにボコボコと音をたてているような錯覚すら覚える。


 それでもまだタケちゃんは威力を抑えない。それどころかますます神力を練り込み俺を消し炭にしようと荒れ狂う。そこで一度俺の意識は途切れた。


 ………

 ……

 …




  ~~~~~タケミカヅチ~~~~~




 俺は生まれた時から武の道を歩み続けていた。武門に生まれ武人となるべく育てられた。我が家は代々棟梁を守る武人を輩出する家だ。だから俺も生まれた時から将来は棟梁を守るために武を仕込まれて育った。


 仕える主が誰であるかなど俺が考える必要はない。そもそも選ぶ権利もない。俺はただ自分が高天原最強の武人として高天原を支配する者に仕えれば良い。


 子供の頃から同世代の者達を集めて俺は将来のための軍の編成を行っていた。高天原最高の武門である我が家が軍を総括する。だから我が家系の者は代々子供の時から同世代を編成して将来軍を担う者達と共に育つ。


 一通り全員に訓練を施しそこで人員を分ける。当然ではあるが全員が兵士になれば生産などが滞り困ることになる。だから最初にふるいにかけて戦いの才能がない者は別の道へ進むようにさせる。


 そんな中で一人……、途轍もない鬼才を放つ者。その名はスサノオ。俺と同じ年齢でありながら遥か上を行く者。


 俺とて生まれながらに鍛え続けていた。同世代どころか多少年齢が上な程度の者など俺の足元にも及ばない。同世代なら尚のことだ。ただの子供でしかない同世代の者など俺と肩を並べることも出来はしない。


 それなのに……、そんな俺の遥か上を行く者。俺は彼の者を見た瞬間体が硬直して動けなくなった。桁が違う。器が違う。次元が違う。ただ一目見ただけで俺はその場に跪き頭を垂れそうになった。


 それほどの圧倒的な存在。にも関わらず俺とは違い武一辺倒ではなく博識で様々なことに詳しい。


 俺は生まれた時から武しか教えられなかった。それでいいと思っていた。俺は武を極めるために存在している。それならば俺の全てのことは武を極めるためだけに使われなければならない。


 だから誰かと遊ぶようなことなどなかった。野山を駆け回ることなどなかった。遊ぶことも学ぶこともない。ただひたすらに己の武を高め続ける日々。そうして俺は同世代達の遥か高みに身を置いていたのだ。


 それなのに…、そんな全てを武に捧げた俺を嘲笑うかのように彼の者は普通に遊んでいた。自然に学び、友と語らい、のびのびと遊んで育つ。それなのに全てを捧げて武を極めんとしている俺の遥か高みにいる至高の存在。


 俺の心は荒れ狂った。今となってはそれが嫉妬、羨望、憧れ、恐怖、スサノオを羨ましく思ったり、それでいながら熱く焦がれるような憧れ、そういった様々な感情の渦だったのだと理解出来る。


 だが当時の子供だった俺にはその激しく様々な感情が渦巻いたものが何であるのか理解出来なかった。


 だからただ俺は俺であるがままに行う。例えスサノオが棟梁の息子であろうとも棟梁そのものではない。ならば俺がするべきことは一つ。他の子供達と同じように扱うのみ。


 そうして階級分けするために組み手をした俺はスサノオに負けた。父以外で生まれて初めて敗北した。何のことはない。スサノオは俺の計れる相手ではなかったのだ。


 最初は何てことはなかった。ただそこらにいる子供と同じ。俺の動きについて来れずに一方的に殴られてお終い。それは別におかしくなどない。俺の動きに反応出来る同世代などほとんどいない。見えるだけでも大したもの。俺の動きに合わせられたら将軍に任命してもいい。


 スサノオも最初は当然の如くそうだった。まるで俺の動きについて来れずにただ殴られるだけ。『なんだ。力を持っていると言っても実戦になればこんなものか。』そう思った俺を殴り飛ばしてやりたい。


 一撃殴ってやったらスサノオは泣いて座り込んだ。それでお終い。次の相手と組み手をして階級分けを進めよう。そう思った俺は次の瞬間には遥か遠くの湖まで吹き飛ばされていた。


 俺が気付いたのは湖に沈みかけていた時だ。何が起きたのかまったく理解出来なかった。泣いて座り込んだスサノオを見て次の相手に意識を移そうとした瞬間……。駄目だ。その瞬間の出来事はまるで覚えていない。


 いや…、そもそも覚える覚えない以前に見えてすらいなかったのだろう。俺達の訓練を見ていた父に後で聞いた話では俺が意識を逸らした瞬間スサノオに殴り飛ばされたらしい。


 その威力たるや俺の顎が砕けて歯がほとんどなくなってしまうほどだ。錐揉み状で吹き飛んでいった俺は遠くの湖まで飛ばされて落下。水に沈んでいく途中で何とか意識を取り戻して水面まで浮かび上がった。


 当然岸まで戻るほどの力など残っていない。ただ何とか沈まないように水面に浮かぶのが精一杯だ。顎が痛い。声もまともに出せない。俺を追ってきた父が引き上げてくれなければ誰にも気付かれずに力尽きて死んでいただろう。


 幸い傷は綺麗に治った。もし歯が全部ないなどということになっていたら大変だった。食事が困るというのもあるが軍の総括となるべき俺が歯もなく軍に号令も出せないのでは任務に支障が出る。


 意識を逸らした俺を殴り飛ばしたスサノオを卑怯だとは言うまい。むしろまだ終わってもいないのに勝手に終わったと思って意識を逸らした俺が悪い。父にもそこを怒られた。ついでに言えば意識を逸らしていなくとも避けることも防御することも出来なかったことに違いはないがな、と言われたが……。


 それ以来俺は事ある毎にスサノオに戦いを挑んだ。スサノオは泣くまでは普通の子供達と変わらない。だが本気で泣くとガラリと変わる。本気を出させるためには本気で泣かせるしかない。


 俺は普段の温厚なスサノオに勝ちたいわけじゃない。あの本気を出した状態のスサノオに勝ちたいのだ。


 毎日のようにひたすらスサノオを泣かせて、本気のスサノオに挑み毎回殺されかける。どうやっても勝ち目どころか勝負にすらなりはしない。


 そうやって毎日のように挑み続ける俺に父は言った。スサノオはあれでもまだ本気ではないのだと、俺がまだ生きているのはスサノオが殺さないように手加減しているからだと………。


 そんなことわかっている……。俺では見ることすら出来ないような攻撃を放ってくるスサノオとこれほど戦って、未だに俺が生きているなどあり得ない。それはつまりスサノオが俺を殺さないように手加減しているからだ。


 それでも俺は少しでもその高みに近づこうと挑み続ける。やがてスサノオは俺の弱さに呆れたのか、俺に見切りをつけて訓練に来なくなったのだった。



  =======



 スサノオが来なくなっても俺は常に自分を高め続けた。いつか俺もあの高みへと至る。その思いだけを胸に……。


 そして時々森などで何かをしているスサノオを見つけると前のように戦いを挑んだ。当然のようにまた負ける。俺だって日々強くなっているはずなのに一向に追いついた気がしない。それどころか強くなればなるほど遠いことを実感させられるだけだ。


 この頃の俺はすでにスサノオへの羨望などはなくなっていた。ただひたすらに強烈な憧れ、それだけだった。俺がどれほど努力しようとも絶対に届かない遥かな高みへと軽々と昇っていくその姿を眩しく見上げていた。


 俺の中ではすでに、いつかスサノオが棟梁となり俺はそれを補佐する将軍として仕える未来を思い描いていた。それこそが俺の未来なのだと……。対等ではなくともスサノオに信頼されて肩を並べることくらいは出来るのだと……。そう無邪気に信じていた………。


 それなのに………。それなのにっ!!!


 スサノオはいなくなった。俺にですら何の一言もなく……。高天原を出て行くというのならそれはそれでもいい。スサノオの才からすれば高天原など狭すぎる。その鬼才を発揮するには世界全てを駆け回っても足りないだろう。だから高天原を出て行くというのはいい。


 でも何で俺にですら何一つ相談もせずに一人で出て行った?どうして俺について来いと言ってくれなかった?俺はお前が言うのなら例え地獄の底であろうともついていく!それだけの覚悟と忠誠があった!!!


 それなのに……、どうしてだスサノオ………?


 ………

 ……

 …


 考えるまでもない。答えはわかっている……。スサノオにとって俺など頼るに値しないのだ。信頼するに値しないのだ。


 俺にとってスサノオは憧れの対象であったとしても、スサノオからすれば俺などそこらの子供と変わらない。ちょっと子供の中でマシな力を持ってる程度の俺などスサノオから見ればただの足手まといでしかない。


 そんな者をわざわざ連れて行こうとは思わなかったのだろう。それはそうだ。俺だって逆の立場で、階級分けの一番下の者を重要な任務に連れて行こうなどと考えることすらない。それと同じことだ。何もおかしくなどない………。


 わかってる。わかっている!でもだからって納得など出来ない。はいそうですかと引き下がることなど出来るはずもない!


 それ以来俺は今まで以上に己を高め続けた。ちんたらと子供の中に混じって勝って良い気になっている場合じゃない。


 俺は大人達の中でも強いと言われるような者達に挑み続けた。確かにまだ子供の俺よりは強いがスサノオと比べればこの大人達も特別じゃない。


 そうして俺は次こそはスサノオと肩を並べられるように血反吐を吐きながら特訓に明け暮れたのだった。



  =======



 そんなことを繰り返しているといつの間にか俺達も大人に差しかかっていた。スサノオが高天原を出てから何の情報もない。でもようやく一つの情報が入ってきた。


 『スサノオは葦原中国で国津神達の悉くを平定しているらしい。』


 この情報を聞いた俺はただちに行動に移った。我が家系は今でこそ高天原に昇って武門としてやっているが元来は国津神であり葦原中国にいた。だから国津神達との交流もある。


 スサノオが何故国津神達を平定しているかなどとは言うまい。スサノオが己と戦える者を探しているのかもしれないし、強い配下を集めているのかもしれない。あるいは葦原中国を支配するつもりかもしれない。


 理由などどうでもいい。わかっていることはスサノオが葦原中国の国津神達を平定しているということ。


 ならばスサノオに会いたければ葦原中国で支配者として天降ればいい。俺は元々国津神なのだから高天原から降ることなど何とも思わない。


 スサノオが俺の元までやって来やすいように俺の名声も高めておいた方がいいだろう。俺もスサノオの真似ではないが周辺の国津神達を平定して纏め上げよう。そうすればスサノオの目的が何であれ全ての国津神達を平定するためには俺の下までやって来るはずだ。


 そう考えた俺は天降った東大陸の国津神達を平定して大きな勢力を作り上げたのだった。



  =======



 東大陸である程度の勢力を築いた頃……。世界を大きな力が覆った。それは空高く…、薄暗くなるほどの上空で誰かが戦っているのだと思う。


 それにしても片方の力は何だ?これは天津神や国津神の力ではない。戦っている片方は天津神だ。だがそれを圧倒的な力で捻じ伏せているもう片方は天津神の力でも国津神の力でもない。まったく別の未知の力を使っている。


 確かに俺とて全てを知っているわけではない。葦原中国に降り立ってから現地民達は俺のまったく知らない力や技を使っている者も多々いた。


 だがこの力は何だ?そんな知らないだけのそこらの力とは次元が違う。これはもっと別の…、根源的な恐怖を齎すような力だ……。


 そしてこんな力を揮う者で葦原中国に居る者など一人しか思い浮かばない。………スサノオ。俺の知るスサノオはこんな力は持っていなかった。だが可能性があるとしたらスサノオではないか。そんな思いが俺の中で渦巻いていた。



  =======



 それからさらに少し経って……、今度は東大陸で強大な力同士の激突が起こった。これはわかる。片方はスサノオだ。間違いない。


 今感じているスサノオの力は子供の時に俺が泣かせた後に放っていた力よりも劣る。でもそれはスサノオが弱くなったからではないだろう。スサノオにとってはこの相手は本気を出す必要のない程度の相手でしかないということだ。


 事実相手もそこそこ強くはあるが俺でも勝てる程度でしかない。そんな相手に無駄に本気を出す必要はないということだ。そして暫く戦った後であっさりとスサノオが勝った。


 その相手は俺よりも弱い。とは言え俺とて油断して良い相手ではない。それなのにそんな相手に本気を出すまでもなくあっさりと勝った。


 スサノオ……。お前は一体どれほど強くなっている?早くお前に会いたい。お前に今の俺の力を見せたい。お前に認めて欲しい。


 武でしか存在価値のない俺が…、存在価値を示すためには役に立つという力を示すしかない。今度は何も相談されずに放っていかれないように……。今度こそ一緒に連れていってもらえるように……。


 俺にとって唯一の友……。お前にとっては俺などそこらにいる子供の一人だったのかもしれない。だが俺にとってお前は唯一の友だったんだ。その友に相談もされず、一緒に来いとも言われない。今度こそはそんなことがないように……。俺は俺の価値を証明する!!!



  =======



 突然だった。この前この近くでスサノオが戦う余波を感知していたのだからあり得ると言えばあり得る事態ではあったのだろう。でもあまりに突然だ。


 偶々森を歩いてるとスサノオと出くわした………。


タケミカヅチ「………お前、スサノオ……、か?」


スサノオ「………うん。久しぶりだね…、タケちゃん。」


 大人になりかけているとは言ってもその姿を俺が見間違うはずもない。紛れも無くスサノオだ。


 スサノオは少しはにかんだような笑みを浮かべた。まるで闘気も纏わずただ本当に知り合いに出会っただけという感じに……。


スサノオ「ぶっ!!!」


 次の瞬間俺はスサノオに殴りかかっていた。確かに色々話したいことがあった。聞きたいこともあった。だが俺達に言葉など不要!あるのは俺の存在価値を証明するための戦いのみ!


 この程度の不意打ちなどスサノオからすれば何てことはなかっただろう。だがスサノオは俺にされるがままに攻撃を食らい続ける。


 あるいはこれはスサノオなりの謝罪と罪滅ぼしだったのかもしれない。黙っていなくなったことに対する贖罪。それを受け入れ続けるスサノオに俺は最大の技を叩き込む。


タケミカヅチ「怒槌いかづち!!!」


スサノオ「ぐっ…、あぁ!!!」


 今俺が放てる最大の攻撃を受けてもスサノオは表面を焼かれるだけで軽く耐えている。信じられん……。この技の直撃を受ければイザナギ様ですら再起不能になる。それを何の防御もなしに肉体のみで耐え切る。それもそれほどの重傷を負わずに……。


 ゾクリと背筋が凍る。………俺だってこの歳になるまでに随分強くなったはずだ。それなのに……。スサノオと俺の差は縮まるどころかさらに圧倒的に開いていた。


 ガクリと両膝をつき正座で座ったようになったスサノオの手がダラリと垂れて地面につく。座り込み両手を垂れたスサノオはまるで無防備に見える。


 しかしそんな姿とは裏腹に俺には今までにないほどの圧力がかかっていた。まるで物理的に思い切り押されていると錯覚するほどの圧倒的存在感。これは……、いつもスサノオが泣いた後に本気を出していた時と同じだ。


 ただ一つ違うとすればその存在感や内包する力は子供の頃など比較にならないほど強いということ……。俺は開いてはいけない扉を開いてしまったのかもしれない。


 しかし最早後悔しても意味はない。俺は自分の力を証明するしかない。それ以外でスサノオに認めてもらう方法などない。ならば………。


タケミカヅチ「―――ッ!!!」


 一歩踏み出そうとした俺は十歩も後退することになった。座り込んで俯いていたスサノオが顔を上げたから。ただそれだけで……。俺は十歩分も飛び退っていた。


 その額にはさっきまでなかった角が左右から伸びている。その瞳は深淵の闇を覗くかのようでまるで感情が読めない。その瞳に見詰められるだけで全ての生命が生きることを放棄するかのような凍える圧力があった。


 感情が抜け落ちたかのようなその表情は見る角度によって様々な表情に見える。まるで何の感情もないようにも見えれば、これからの血の狂宴を歓喜している狂気の表情にも見える。


 その狂気がふと揺らいだ。動いたと認識することすら出来なかった。ただほんの少し揺らいだように見えた。それだけで俺は攻撃をまともに受けて吹き飛ばされていた。


 山を一つ貫通してその先の山に減り込んだ所で止まった。腹部に痛みがあることでようやく俺は腹に何か攻撃を受けて吹き飛ばされたのだということを理解した。


 腹部は……、見ない方がいいだろうな。この痛みからすれば大穴でも開けられているか、下手すれば吹き飛ばされて大部分が千切れているかもしれない。


 自分の傷を見てしまっては傷を庇って動きが悪くなるかもしれない。今のスサノオ相手にそれはあまりに致命的だ。だから俺は傷を確認せずに埋もれた穴から這い出す。


 スサノオは待っていた。俺に追撃などしない。それはそうだ。そんなことをして畳み掛ける必要などまったくない。ただ悠然と全ての攻撃を防ぎ俺を軽く撫でれば良い。それだけでスサノオは勝てる。


 この圧倒的なまでの力の差はどうだ。俺のこれまでの修行など何の意味もないと言わんばかりのこの力の差は……。


 だが俺はここで諦めるわけにはいかない。俺はスサノオに存在価値を認めてもらわなければならない。こんなことで恐れをなして引き下がるような弱い心だからスサノオは俺を連れて行ってはくれなかったのだ。


 だから今度は引き下がらない。何があっても俺は前へ………。


 ………

 ……

 …


 それからどれほど時間が経っただろうか。俺が攻撃を繰り出す。スサノオは俺の当初の予想とは違い避けも防御もしなかった。全てをその身で受ける。そして何ら傷を負うことはない。これが俺とスサノオの差だと見せ付けるかのように…、ただ全ての攻撃を真正面から受ける。


 そしてスサノオは軽く俺に触れる。そうだ。これは攻撃ですらない。ただ俺に軽く触れてるかのように手を差し出す。


 それだけで俺は吹き飛ばされてあちこちに減り込む。何度も何度も…、ただ触れるだけで俺だけがボロボロになっていく。


 これは最早戦いですらない。スサノオはただ呼吸をして手を動かしてるだけのようなものだ。そこへ俺がどれほどの力と技を注いだ一撃を撃ち込んでもびくともしない。そして戯れに手を向けるだけで俺の体の一部が消し飛ぶ。


 それを何度も繰り返しているうちにいつの間にか俺の手はなくなり足はなくなり目を失い動けなくなっていた。


 残った右目で辛うじてスサノオが俺の前に歩いてくるのが見える。口を開こうにもゴボゴボと血が溢れるだけで言葉にならない。


 なぁスサノオ。俺はお前に俺の存在価値を示すことは出来たか?少しは心に残れたか?友に……なれたか?


 そこで俺の意識は途絶えた。


 ………

 ……

 …



  =======



 気がついた俺はどこかで寝転がされていた。ここはどこだ?………いや、待て。おかしい。俺は左目を失っていたはずだ。それなのに今目を開けた俺には両目の景色が見えている。


 そう思って体を確認すると失ったはずの手も足もある。胴体にもあちこち風穴を開けられて臓器も吹き飛んでいたはずだが今ではきちんと胴体もあることがわかる。


 どういうことか確認しようと思った俺の目に女の顔が映った。こいつは知っている……。


ウカノ「おや?目が覚めたかい?あんたスサノオに喧嘩を売るなんて馬鹿だね。もうちょっとで死ぬところだったよ。」


 そう言って目の前の女はカラカラと笑った。こいつは東大陸で俺に従っていなかった国津神の一人、ウカノだ。


 俺とて東大陸全てを従えていたわけじゃない。中には何人も従っていない国津神達がいた。そもそもで言えば俺は別に東大陸全てを支配するつもりだったわけでもないからそれは別にどうでもいい。


 あれほどの傷が治っている。そんなことが出来るのは相当な力を持った者だけだろう。少なくとも葦原中国の現地民では出来るはずもない。


タケミカヅチ「お前…、いや、ウカノが治してくれたのか?」


ウカノ「ちょっと、あんたに呼び捨てにされる覚えはないよ。それに傷を治したのはほとんどスサノオだよ。あんたの傷は私らじゃ手に負えない状況だったからスサノオに感謝するんだね。」


 そう言ってウカノはふんっと鼻をならした。呼び捨てにしたのが相当気に入らなかったらしい。だが立場で言えば俺の方が上だし他に言いようがなかった。


 まさか高天原の棟梁の近衛で今は東大陸の総括もしている俺がウカノ様やウカノさんなんて呼ぶわけにはいかない。


 ご立腹のウカノの相手をするつもりはない俺は視線を動かした。その先には別の布団に包まって眠っているスサノオの姿があった。


 スサノオの方も相当疲れていたのだろう。最初に俺が与えた体の傷は消えているが力を消耗しているだろうことは想像がついた。


 何よりあれほどの傷を負っていた俺を治したというだけで一体どれほどの神力を使ったのか想像も出来ない。そしてどんな秘技があればあの状態から俺を治せるというのか。


 スサノオ。俺はお前に何か示すことは出来たか?俺を治して生き長らえさせてくれたってことは俺にはお前にとって何か価値のあるものだと受け取っていいのか?


 スヤスヤと眠る、泣く前と同じく額の角がなくなったスサノオの顔を見ながら俺もまたまどろみの中に飲み込まれていったのだった。



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