外伝2「スサノオの冒険16」
九頭九尾龍を倒してハイドルと一緒にグイベルの砦に戻ってきた。
あっ…、やべっ…。イフリルに何て言おう。ここまで戻ってくる間に言い訳考えるの忘れてた。『君達が崇めてるヤマタ様は俺が殺しちゃったよテヘペロ』。………。駄目だな。余計怒らせるだけだろう。
それともいっそまだ暫く黙っておくか?あれが本当にイフリル達の崇めるヤマタ様だったとは限らないわけだし……。
いや…、限るだろうなぁ…。あんなのがそうそう何体もいるとは思えない。普通に考えればイフリル達が崇めるヤマタ様と同一人物だっただろう。
じゃあこんなのはどうだ?あれで本当にヤマタ様が死んだとは限らない。だから生死が判明するまでは暫く黙っておく?
はぁ…、駄目だな。さっきから俺が考えてるのは言い訳ばっかりだ。そんなことで胸を張ってお母さんと会えるのか?ダキちゃんに好きだって言えるのか?
そうじゃないだろう?俺はもっとしっかりしなきゃいけない。お母さんに胸を張って会えるように。ダキちゃんに好きだって言えるように。
よし!覚悟を決めよう。ちゃんと誠実に生きよう。そう思って砦に入っていくと………。
アン「あっ!スサノオ様おかえり~!」
俺達に宛がわれた部屋で皆が寛いでいた。っていうか寛ぎすぎだろ……。
アンはそふぁっていうやつに寝っ転がりながら何かをポリポリと食べていた。ゾフィーは床に丸くなって眠ってる。
ニンフとウカノは二人で机、てーぶるって言うのか。てーぶるの上で何かの絵が描かれた四角い紙を並べている。あれはかーどげーむって言うらしい。
ヤタガラスとミカボシは剣の訓練中みたいだな。ヤタガラスが斬り掛かってそれをミカボシが受けていた。この二人は天津神と国津神なのに案外仲が良い。特にミカボシがヤタガラスに色々と訓練をしてやってるみたいだ。
皆がいる狭い部屋、って言ってもかなり広い部屋だけど、で剣を振り回すなよとは思うけど、ミカボシが言うにはこれはこれで特訓になるんだって。狭い室内で襲われた時の対処とか何とか。
訓練場に行くのが面倒だから取って付けた理由っていう風にも思えるけど…。確かに言ってることはその通りだし周囲も皆気にしてないから俺も何も言わないことにした。
そして肝心のイフリルがいない。ヤマタ様の話をしようと思ってたのにイフリルの姿がなかった。
スサノオ「イフリルは?」
ニンフ「あ~…。何か用が出来たから火の精霊の所に一旦帰るって言ってたわよ。またそのうち現れるんじゃない?あたしとしては火の奴らなんていない方が良いんですけど!」
ニンフがウカノとかーどげーむをしながらヒラヒラと手を振って教えてくれた。そうか…。イフリルはいないのか………。
折角覚悟を決めてヤマタ様のことを話そうと思ってたのに、時間が空いたらまた覚悟が鈍ってしまいそうだ。それに火の精霊の所に戻る用って何だろう?それこそヤマタ様のことじゃないだろうな?
火の精霊は何かの方法でヤマタ様のことを知ることが出来て、俺がさっき殺してしまったからそれにすぐに気付いたとか?
ないとは言い切れないけど何か違う気がする。………とにかくイフリルが戻ってこないことにはわからないな。
ウカノ「後から追っかけるから先に行っててくれって言ってたよ。」
スサノオ「ああ。そっか。わかった。ありがとう二人共。」
ウカノもイフリルの言伝を教えてくれたから二人にお礼を言っておく。二人は今かーどげーむに熱中してるのか顔を上げることもなく軽く応じてすぐにげーむに集中し始めた。
アン「スサノオ様。あれほど力を使われてさぞお疲れでしょう?まずはお風呂などどうでしょうか?」
さっきまでそふぁに寝っ転がってポリポリと何かを食べていたアンがいつの間にか俺の後ろに立っていた。
スサノオ「………え?あれほどの力って?気付いてたの?」
あそこにはハイドルしかいなかったはずだ。アンは来てなかったのにどうして知ってるんだろう?
アン「あのですねスサノオ様………。あれほどのお力を放っておられればファルクリア中の者が気付いたはずですよ?物凄い力同士の衝突でしたから………。」
スサノオ「あぁ…、そうなの?」
アンは『そうなのです。』って言いながら俺のお面と剣をとって片付ける。それから服も脱がそうと……。っておい!
スサノオ「ちょっとアン!?」
アン「お風呂に入るのに服を着たまま入られるおつもりですか?」
スサノオ「いやちょっと…。そもそも俺はまだお風呂に入るとも言ってないんだけど?!」
アンがテキパキと準備を進めていくから流されてたけど俺は別にそんなことは言ってない。そりゃちょっとは体も汚れてるしお風呂に入ること自体はいいんだけど…。
今すぐ入ろうと思ってたわけでもないしアンにここまで色々してもらう必要もない。何かこのままアンに任せてたら大変なことになる気がする。
アン「ですがスサノオ様は少し汚れておられます!身を清めましょう!」
いやだから…、それはいいけど何でアンまで脱ごうとしてるんだ?だいたいここから脱いで風呂場まで裸で行くつもりか?
何か妙に俺を脱がそうとしてくるアンをかわして暫く室内は賑やかになっていたのだった。
=======
その日はグイベルの砦で休んで翌日俺達は旅を再開することにした。ハイドルはグイベルに色々と言ったようだけど実際に何を話したのかはわからない。ただ二人の関係がギクシャクしてることからあまり話はうまくいかなかったんだろうと推測が立つ。
最初は遠呂知、九頭竜を追い落とすために俺達を焚き付けるということで両者の思惑は一致していたはずだ。それが昨日の出来事でハイドルが意見を変えた。
もし本当に本人が言っている通りならハイドルは俺や遠呂知とドラゴニアの者がこれ以上揉めないようにするつもりのはずだ。
まぁ俺達はともかく遠呂知とドラゴニアは元々主従関係みたいになっていて遠呂知に従ってるはずではあるんだけど……。
逆にだからこそヒュードル・ハイドル親子やグイベルみたいに遠呂知を邪魔に思って消したいと考える地方領主もいるんだろうと思う。
誰だって急に中央政府がこの人に従うことにしたからあなたもこの人に従ってくださいって言われても反発するだろう。
そういう地方領主達の反発を抑えるのが本来中央政府の役割だろうけどどうやらそれはうまくいってないらしい。だからそれをハイドルが手助けするということだ。
でもグイベルの様子からすると急に掌を返したハイドルに従うのを躊躇っているようだな。そもそもハイドルはあくまでヒュードルの息子というだけで実際に何か地位や権力を持ってるわけじゃないらしい。
そこで何の権力もない息子の方が意見を変えたからってそれに従って良いものかどうか判断出来ないのだろう。だから恐らくだけどグイベルはすぐにヒュードルに確認を取るための使者でも出しているに違いない。
そこでヒュードルもハイドルと同じ意見なら従うのだろうけどヒュードルは遠呂知を排除して自分が権力を握ることを諦めたわけじゃない。そうなれば現権力者のヒュードルとただの息子でしかないハイドルのどっちの意見に従うかは明白だろう。
こう言っては何だけどハイドルがいくら俺や遠呂知とドラゴニアが争わないようにと奔走しても言うことを聞いてくれる地方領主はいないだろうな。
ハイドルもそれはわかっているのか今日は疲れた顔をしている。昨日グイベルの説得で疲れたのか、それとも説得出来なかったことで心労が溜まっているのか。どちらにしても今まで見たこともないほど疲れているように見える。
でも皆はハイドルのことになんて興味ないとばかりに無視して旅を再開していた。まぁ今までの態度から自業自得ではあるんだけど……。それでも明らかに疲れてそうなのに誰も気にも留めてくれないのは悲しいだろうな。
そうして暫く移動していると昨日の俺と九頭九尾龍との戦いの跡地を越えた先でハイドルが別れると言い出した。
スサノオ「どういうこと?」
ハイドル「だから…、この先が国境でドラゴニアから出ることになる。ドラゴニアの外なら俺がついていく理由はないし俺にはドラゴニアに残ってやるべきことがある。だから国境で俺はスサノオさ…、お前達と別行動する。」
ハイドルはスサノオ様といいかけて思いとどまる。別に俺をスサノオ様と呼びたくないんじゃなくて他の人の前ではなるべくそう呼ばないことにしたいけどいいかと昨日のうちに聞かれている。
何でもハイドルが俺に従属したということをドラゴニア内で知られない方が説得しやすいかららしい。つまり俺の手下がドラゴニア内で俺に従うようにと説得して回ると余計反発が生まれるからってことだ。
もちろん俺はすぐに了承した。そもそもハイドルにスサノオ様って呼ばせようとは思ってなかったし、今でも従属したとか手下にしたとかそんなつもりもない。
だから俺のことを今まで通り普通に呼んでも気にしないし、手下として働かせようだとか手下らしく振舞えだとか言うつもりもない。
アン「いいんじゃないですか?!そもそもで言えば最初から必要なかったのに勝手についてきていただけですし!足手まといがいなくなればむしろ助かります!」
アンは容赦がないな……。そしてそのアンの言葉に女性陣がウンウンと頷いている。ハイドルの日頃の行いによる自業自得とは言っても流石にここまで扱いが軽いというか、むしろ邪魔扱いされてると哀れではある。助ける気はないけど………。
こうしてあっさりと全員が同意して国境でハイドルとは別れることになった。特に別れの挨拶とかもなく実にあっさりした別れだった。
もちろんこれが最後の別れってわけでもない。そんなに湿っぽい別れをする必要もないし誰もハイドルにそんな感情は持ってないから当たり前ではある。
でも何か急に一人二人と人が減っていくことに多少の寂しさのようなものは感じる。そんなことを思いながらドラゴニアの北の国境を越えたのだった。
=======
東大陸の北部へと差し掛かる。この辺りは精霊族と妖怪族以外の四族が入り乱れている。そう。ドラゴン族ももちろんいる。でもそのドラゴン族達はドラゴニアには所属というか従属というかしていない独自の勢力だ。
この辺りは纏まった大きな勢力が支配しているというわけじゃないから非常にややこしい。ほんの一歩隣へ入っただけで他勢力の勢力圏に入ってしまったりして何かと揉め事になりやすいってわけだ。
それもお互いにずっと争ってきたような地域だから旅人に対しても警戒心が強い。むしろ警戒心どころか敵愾心みたいなものまで感じることが多々ある。
通行の許可すら貰えなかったり、それどころか下手すると敵として攻撃されることすらあった。これじゃおちおち旅もしてられない。
そんな中でも今日は比較的友好的に接してくれる人間族の集落の勢力圏に入った。そこの人間族は周辺との争いでも立場が悪いらしい。戦力的に弱いというのもあるけど、そのために外交に頼ってあちこちと交流があるらしい。
それは良く言えば中立だとか周囲と争わないと言えるけど、悪く言えば八方美人で都合の良い時に都合の良い相手におもねっているようにも見える。
だから周囲の勢力もここの人間族の集落はあてにならない、同盟相手にならないと思っている。周辺に信用されず同盟にも加えてもらえない。周囲の勢力もここは多数派を形勢したい時に引き込む程度にしか見ていない。
そんな状況のために自分達が何か強硬策に出ることも出来ずにただ周辺のご機嫌を伺うだけらしい。だから旅人や越境者にも比較的甘い。
何しろそういう相手に強硬に出て自分達の悪い噂を広められては今の立場ですら危うくなるかもしれない。これ以上評判を落としたくないこの集落とすれば旅人達にも甘い対応をせざるを得ないってわけだ。
そんなわけで今日の野宿は楽だ。人間族の集落には入らないけどその周辺の勢力圏での野宿は許可してもらえた。野山でとれる物も自由にしていいらしい。
まぁさすがに限度を超えた収奪は駄目だろうけど…。多少魔獣を狩ったり山菜を採ったり薪を集めたりはいいとのことだ。
ハイドルと別れて別行動になったけどヒュードルの砦を出発する時に貸してくれたてんとは俺達が持ったままだ。このてんとっていう奴をヒュードルに借りるまでは野営は面倒な作業だったけどこれがあれば簡単に準備出来る。
皆がてんとの準備をしている間に俺は水を汲みに水辺へと向かったのだった。
=======
人間族の集落があった森の中から出てわざわざ少し離れた所にある山の麓へと向かった。何故わざわざそんなことをしたのかという明確な理由はない。強いて言えばなんとなく…。まぁ本音を言えば前と同じようにこうして遠回りすればダキちゃんに会えないかと思って………。
でもまさか本当に会えるとは思ってもみなかった………。
ダキ「まぁ…、スサノオ様ではないですか。」
スサノオ「あぁ…、ダキちゃん…。よかった。無事だったんだ……。」
俺がわざわざ遠く離れた山の麓の湖で水を汲もうと近づくと湖の畔でダキちゃんと鉢合わせた。残念ながら今回は水浴びをしてるわけじゃないからあの美しい肢体は見えないぞ。
ダキちゃんの手には桶とその中にあるやや濡れた布。恐らく湖で洗濯でもしてたんだろう。ということはダキちゃんはこの辺りで野営しているのか。
それに洗濯物の量からして二~三人分はあると思う。もちろん全ての洗濯物を今持ってるわけじゃないだろうからそれ以上の人数がいる可能性はある。
それに今持ってる奴だって数日分の洗濯物を一度に洗っているんだとすれば一人分でも説明がつくので、必ずしも今手に持つ洗濯物の量で人数を計ることは出来ない。
ダキ「無事…、ですか?」
ダキちゃんが何のことかわからないという顔で首をかしげる。あぁもう可愛いなぁ…。
スサノオ「あぁ、えっと…、少し前にもう少し南の地域で大きな争いがあったでしょ?それでダキちゃんが巻き込まれてないかと思ってたんだ。」
ダキ「あ~…、あれですか……。えぇ、私達は平気でしたよ。お気遣い痛み入ります。」
ダキちゃんが視線を下に向けてちょっと歯切れ悪く言葉を告げると頭を下げた。何だろう?やっぱりあの時近くにいたのかな?それで怖かったとか?よくわからない。
それにこの言葉は何か余所余所しくて俺の胸はズキリと痛んだ。俺はもっとこう…、そんな固く余所余所しい感じじゃなくて…、何ていうか……。もっと親しく接して欲しい。
そりゃ俺とダキちゃんはまだ会うのは二回目だし、一回目だってほとんど会話もしてないし、それどころかただ俺が覗きみたいな真似しただけで………。そんなに親しい間柄じゃないのはわかるけど………。
スサノオ「あの…、さ……。俺…、もっとダキちゃんのことが知りたいんだ。もっと話がしたいんだ。今日だけじゃなくて…、またお話出来ないかな?」
俺は思い切ってダキちゃんにまた会えないかと打ち明けたのだった。
=======
スサノオ「ふんふふ~ん。ふんふ~ん。」
ウカノ「さっきからどうしたんだい?随分機嫌良さそうだね。」
俺が野営地で夕食の準備をしているとウカノが声をかけてきた。
スサノオ「え?そうかな?」
ウカノ「そうだよ。何か良いことでもあったのかい?」
そうかなぁ?そんなに俺って浮かれてたかなぁ?うへへっ。まぁね。ダキちゃんとまた会う約束しちゃったからね。でへへっ。今から楽しみで仕方がない。
そもそもまた会う約束をしてくれたってことはダキちゃんも少なくとも俺に興味あるってことだよね?だよね?
まだ好きになってもらえてるかどうかはわからないけど、少なくとも興味があるのは間違いないでしょう!そうでしょう!
ぐへへっ。これはもしかしたら最初に会った時の話、責任をとってってやつもそう遠くないうちに実現するかもしれないぞ。うへへっ。
アン「女ですね。」
ニンフ「でしょうねぇ。」
ドキッ!
アンとニンフが鋭く何かに勘付いたらしい。
ウカノ「なるほど。この女の匂いの主と何かあったってわけかい。」
え!?俺もしかしてダキちゃんの匂い移ったのかな?ちょっと自分の腕とかを鼻に持っていって匂いを嗅いでみる。
ニンフ「愚か者が引っかかったわよ。」
ニンフがじっとりした目で腕の匂いを嗅いでる俺を見つめていた。
………あっ!そういうことか。本当に匂いがしてるかどうかじゃなくて俺がこういう行動に出たことが何よりの証拠ってわけか……。嵌められた…。
ウカノ「嵌められたって顔に書いてるけど私の鼻には本当に女の匂いが届いてるよ?」
え?そうですか…。本当に移り香があったんだ…。ウカノは狐みたいな耳と尻尾があるから鼻も良いのかもしれない………。
アン「やっぱり……。その女とどういうご関係でしょうか?!」
スサノオ「えっと…、どういうっていうか……。」
アンの勢いに押されてまともに答えられない。
ニンフ「これだけ美女美少女に囲まれてるのに外にまで女を作るような浮気者には罰が必要よね!」
スサノオ「ひぃ…。」
やばい。天国の絶頂から一気に地獄の底だ。
ゾフィー「ゾフィーはスサノオがどこで女を作ってきても怒らない。」
ゾフィー!ええ娘や。あんたほんまにええ娘やで……。
ゾフィー「だからゾフィーにも子種ちょうだい。」
………前言撤回。ゾフィー…、君は俺から子種さえ貰えばあとはどうでもいいのかい?
そんなこんなで今夜も夜は更けていく。因みに男連中、ミカボシとヤタガラスは我関せずで剣の修行に励んでいた。薄情な奴らめ…。家臣なら助けてくれよ。
~~~~~
はぁ…。この前は散々な日でした。まさか『荒れすさぶ鬼』があれほどの化け物だったなんて……。そこらの国津神くらいなら何とか戦えると思っていましたけど……、あれはそんな次元ではないですね。
何とかうまく目を眩ませて逃げ出せましたけど……。あれで私が死んだと思って諦めてくれていればいいのですけど…、そう甘くもないでしょうね。
何よりあれの目的は私ではなくイナリのようですし、前回何故あの後イナリを追撃しなかったのかはわかりませんけど、あれで私を倒したと思っているとすれば今度は悠々とイナリを追い詰めるつもりでしょう。
そんなことを考えながら近くの湖で洗濯を済ませて歩き始めると………。
ダキ「まぁ…、スサノオ様ではないですか。」
スサノオ「あぁ…、ダキちゃん…。よかった。無事だったんだ……。」
前から歩いてきていたのはスサノオ様。前回は私は裸でしたし、すぐにイナリがやってきてゆっくりお話も出来ませんでしたけど、今回はゆっくりお話できるでしょうか?
スサノオ様を見ただけで私の胸がドキドキと早鐘を打っているのがわかります。他の妖狐達が子種を貰ってくるのに相手がどうだとか、好きになっただの、なってはいけないだのと言っているのをよくわからず聞き流していましたが今ではその気持ちもわかります。
私の中の本能がこの方の子種を欲している。妖狐は子種を貰うために変化の術で姿を隠し相手を誑かす。他種族とバレればどんな目に遭わされるかわからない。だから相手を本気で好きになってはいけない。そういう隙が自分はおろか生まれた子供も危険に晒してしまうかもしれないから。
でもやっぱり妖狐達も女の子だから…。相手を好きになってしまうこともある。むしろ最初の相手ほど特別な感情を抱きやすいと言われている。
そうして好きになると本当の自分を知って欲しいと思うようになる。相手に本当のことを教えたくなってしまう。それでも愛しているのだと………。
そんなことが何度も繰り返されて…、その度に相手に追われて妖狐達は悲しい思いをしてきた。それはわかっている。でもわかっていても私もそれと同じ感情を抱いてしまう。
そう……。好きな、いいえ、大好きなこの人に全てを話した上で私を受け入れて欲しい。そういう欲求が溢れてくる。
ダキ「無事…、ですか?」
そんな感情を隠すように…、胸の内に仕舞うように心がけながらスサノオ様の言葉に応える。
スサノオ「あぁ、えっと…、少し前にもう少し南の地域で大きな争いがあったでしょ?それでダキちゃんが巻き込まれてないかと思ってたんだ。」
そう言ってスサノオ様は少しはにかんだような笑顔を向けられた。
ダキ「あ~…、あれですか……。えぇ、私達は平気でしたよ。お気遣い痛み入ります。」
もうっ!もうっ!何でそんなお顔をされるのですか!可愛くてぎゅってしたくなってしまうではないですか!
スサノオ様を抱き締めてしまいたい。スサノオ様に抱き締めていただきたい。そんな気持ちが出てしまわないように顔を逸らしながら何とか言葉を紡ぎます。
それに……、その暴れて争っていた片方は私なのです…。それなのにそんなことを知らずに私を心配してくださっているスサノオ様に合わせる顔もありません………。
スサノオ「あの…、さ……。俺…、もっとダキちゃんのことが知りたいんだ。もっと話がしたいんだ。今日だけじゃなくて…、またお話出来ないかな?」
えっ?えっ?ええぇっ???それって…、もしかしなくともスサノオ様も私に興味を持ってくださっているということでしょうか?
私が目を白黒させているとスサノオ様は『あっ!その…、べっ、別に変なことしたりしないよ?!』とか『嫌だったり迷惑だったら断ってくれてもいいんだけど?!』なんて言いながら慌てています。
ダキ「くすっ。」
スサノオ「え?何か変だった?」
私が笑うとスサノオ様がさらに慌てた様子で自分の体を見たりしています。
ダキ「いえ、何もおかしなことはありませんよ。」
ええ、おかしくなどありません。ただちょっと自信なさそうに慌てていたスサノオ様がおかしかっただけです。
ダキ「それでは……、明日申の刻にまたこの場所で…。」
こうして私達はまた明日ここで会う約束をしたのでした。
=======
ダキ「ふんふふ~ん。ふんふ~ん。」
イナリ「ダキお姉さま。何か良いことでもあったんですか?」
私が夕飯の準備をしているとイナリが不思議そうな顔をして覗き込んでいた。
ダキ「え?別に?何でもないけれど?どうしたの?」
イナリ「だってさっきまで疲れた顔をしてたのに急に機嫌良さそうにしてるんですもん。変ですよ?」
ダキ「そうかしら?」
いけないいけない。明日またスサノオ様とお会い出来ると思ったら浮かれてたみたい。
イナリ「その雄の臭いの主が原因ですか?」
ダキ「………え?」
え?この子今なんて?
イナリ「………やっぱりそうなんですね?」
ダキ「なっ…、何を……?」
イナリ「だってダキお姉さま。雄の臭いがしてるって言ったら自分の体の匂いを確かめましたよね?それって私の言ったことを認めてるってことですよね?」
………私は今自分の腕を鼻に持っていって匂いを嗅いでいる。それはつまりイナリが言ったように体に雄…、じゃないわね。男の匂いがしてるかもしれないと思い当たることがあるからに他ならない。
何より確かに私達の鼻なら分かるくらいはっきりとスサノオ様の匂いがしてる。浮かれすぎて忘れてて気付かなかったのは私の落ち度だ。
イナリに隠すつもりで万全を期するならスサノオ様と別れた後に湖で水浴びして着ている物も洗うべきだった。
ダキ「えっと…、これはね……?」
駄目だわ。言い訳が思い浮かばない。そもそもこの子はちょっと…、じゃないわね。完全に同性愛の気がある。同性愛っていうか女の子が好きなのよね。妖狐は一応どっちもいけちゃうから………。それでこの子は大の男嫌い。
そして今までその対象は私だった。好意の対象である私が大嫌いな男と密会している。それも私がこれほど浮かれるほど…。それはもうどういうことか嫌でもわかってしまう。
そんなことを知ったらこの子は一体何をするだろう?普通に考えると私とスサノオ様の仲が進展しないように邪魔することかしら。
ただ邪魔するくらいならまだいいけど、最悪の場合は私とイナリの間に入ってくる邪魔者としてスサノオ様を亡き者にしようと動くかもしれない。
それは駄目よ。断じてそれはさせないわ。イナリに人を殺して欲しくないのも確かにあるけどそれだけじゃない。私はスサノオ様のことが好き。ううん。愛してる。その愛しい人が殺されるのを黙ってみているわけなんてない。
でも力ずくでイナリをどうにかすることも私には出来ない。それじゃ一体どうしたら………。
そもそもイナリはまだ子供の咬竜ですら最初の頃は殺さんばかりの勢いで迫っていた。今でこそ咬竜が同行することくらいは許しているけど、私が水浴びしたり寝ている時は絶対に近づけさせないほど徹底している。
そんなイナリにスサノオ様とのことがバレたら絶対大変なことになる………。
どうしましょう………。私は明日無事にスサノオ様との約束を果たせるでしょうか………。




