閑話③「その頃の勇者(笑)達②」
聖教での座学とトレーニングは続いている。だけど最近雰囲気がおかしくなり始めた。切っ掛けは私と英雄君の乱取り稽古と呼ばれる訓練の時からだと思う。乱取り稽古とは型の稽古等とは違い実戦形式で自由に模擬戦のようなものをする訓練で聖教騎士団では乱取り稽古と呼ばれていた。
コロシアムは入れる人数に限りがあるので私達三人と聖教騎士団の中でも精鋭と呼ばれる第一師団のさらに上位の部隊しか使えない。午前中に二時間基礎トレーニングをして残り二時間で型の稽古か乱取り稽古を各自が自由に行い、午後に部隊が交代してまた同じメニューをすることになっている。
私達はすぐに聖教騎士団の人達よりずっと体力も腕力もついてしまい同じメニューをしていても私は物足りなくなってしまった。英雄君と宏美ちゃんも誘ったのだけれど二人は聖教騎士団の人達と同じメニューをしていたので私一人だけ別のメニューを考えてすることになった。
私達の乱取り稽古に聖教騎士団の人達は付いてこれなくなってしまっていたのでいつも私達三人で乱取り稽古をしていた。そしてある時私は英雄君に勝ってしまいそうになった。きっと本当はもっと前から勝てていたのだと思う。だけど心のどこかで勝ってはいけない気がしてわざと負けていたのだと思う。でもその日は勝ちそうになってしまった。その時の英雄君の顔は私の知っている英雄君と同じ人だとは思えないほど怖い顔をして私を睨んでいた。だから私は出来るだけ不自然にならないようにそこから負けた。でもその日から英雄君は私と乱取り稽古をしなくなった。宏美ちゃんもいつの間にか私とはしてくれなくなった。
二人は聖教騎士団の人達を相手にして悦に入ったような顔をするようになっていた。私達の力なら勝てて当たり前なのに…。私は一人で型の稽古や魔法の練習をするようになった。
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ある日バルチア王国というところへ行くことになった。私達のいた聖教皇国は周囲をバルチア王国に囲まれている。バルチア王国の王様とも会うことになっていたけれど私達はこの世界での礼儀作法がわからないので聖教皇国で礼儀作法の訓練も受けた。
シャルル「余がバルチア王国国王、シャルル=ド=バルチアである。」
フィリップ「私がバルチア王国王太子フィリップ=ド=バルチアです。」
ヒデオ「本日は拝謁賜り………。」
私達は習った作法通り動き英雄君が謝辞を述べている。
シャルル「(ふひひっ。異世界の女はどんな味か楽しみじゃわい。)」
フィリップ「(父上。髪の長い方は私が先にいただきますよ。)」
シャルル「(余も髪の長い方を狙っておったというに。じゃがどうせあとで交換するのじゃろう?あまり壊すでないぞ?)」
フィリップ「(父上こそいつも壊してしまうではないですか。髪の短い方も味見したいのですから壊してしまわないでくださいよ?)」
あまりの嫌悪感に鳥肌が立ってしまう。この世界に来て私達の身体能力が高いことに気づいてから私は視力や聴力も高くなった。目の前にいる王と王太子と名乗った人達は英雄君の言葉など聞かずにヒソヒソと話している。その内容が聞こえてしまって私はとても信じられない気持ちになった。こんなところには居てはいけないと頭の中で警鐘が鳴る。けれども私だけがここから逃げ出すわけにはいかない。
その後私達は舞踏会に出席させられることになった。舞踏会にはガルハラ帝国皇太子という人も出席していた。聖教会やバルチア王国ではガルハラ帝国というのは『力こそ正義』を掲げる非道な国だと散々聞かされていた。でも私にはその皇太子は悪い人には見えなかった。たくさんの女性を侍らせて悦に入っているフィリップ王太子の方が私には酷い人に見えた。そのフィリップ王太子からダンスの誘いを受けたけれど気分が優れないと言って断った。
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聖教皇国に戻ると三人の騎士を紹介された。三人は聖教騎士団とは違う。逆十字騎士団という組織の所属だと聞かされた。
ファーナ「私はファーナと申します。以後お見知りおきを。」
ティック「俺はティックだ。」
ルリ「…。」
ファナ「ルリ隊長。自己紹介してください。」
ルリ「ルリ=ナナクサ。」
ファーナさんは赤い髪の女性、ティックさんは緑の髪の男性でルリさんはうっすらと水色のように見える黒髪をアップのツインテールにしている。肩より少し長いくらいだ。15~16歳くらいの少女のように見える。名前も顔つきもまるで日本人のようで大きな目に小さな鼻と口がかわいらしい。けれども彼女の目はどこを見ているのか虚ろというほどではないけれどこちらも見ていない。
カルド「ルリ隊長には触れないようにしてください。勇者様方といえども死ぬことになります。」
ヒデオ「どういうことですか?」
カルド「彼女は強い力を持っているのですが完全に制御できていません。彼女に触れようとする者は彼女の力によって引き裂かれてしまいます。この者達を連れて皆様には次にバンブルクへと向かっていただきます。」
ルリさんは日本人のような気がするからお話をしてみたい。けれども近づかないように言われては話しかけることもできない。私達は大人しく六人でバンブルクへと向かうことになった。
私には聖教会もバルチア王国も信じられない。はやく日本へ、彼の元へ帰りたい。彼はきっと生きている。せめてこの目で確かめるまでは諦めないと心に誓った。私はバンブルクへ向かう馬車の中で昔のことを思い出していた。
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私の家は学園まで徒歩で通えるほど近くにある地元では有名な神社だ。近所の子供達もよく遊びに来ており英雄君と宏美ちゃんもよく遊びに来ていた。
小学生低学年のある日両親はどちらもいなくて私は留守番をしていた。すると御神木の方から猫の鳴き声が聞こえた。覗いてみると子猫が御神木に登って降りられなくなってしまったようだった。私は助けようとして御神木に登って何とか子猫の所まで辿り着いた。けれども降りるために下を見て私も怖くなって泣き出してしまった。
私の泣き声を聞きつけたのか一人の男の子がこちらへやって来た。私は近所の子達は全て知っているのに見たこともない男の子。黒い髪に黒い瞳でやんちゃで活発そうな男の子だった。
???「降りられなくなったのか?」
巫女「うえ~ん。」
???「おい。答えないならもう俺は行くぞ。」
巫女「まっ、待って!降りられないの!え~ん。」
???「やれやれ…。」
そう言って男の子はするすると御神木を登ってきた。
???「ほら掴まれ。」
巫女「うん。」
子猫「にゃ~」
巫女「あっ!」
私が抱いていた子猫が突然暴れだして私はバランスを崩して落ちてしまった。衝撃に備えてギュッと体を硬くする私。
ドスンッ
けれども思ったほどの衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると男の子が私の下敷きになっていた。
???「重い。早くどけ。」
巫女「うっ、うえ~ん。」
???「泣くな。早くどけ。」
巫女「うぅ…、猫ちゃんは?」
???「こいつか?」
子猫「にゃ~」
男の子は子猫もきちんとキャッチして衝撃で怪我をさせないようにもしていた。男の子の手からするりと抜け出した子猫はどこかへと駆けていった。
???「わかったら早くどけ。」
思い出したら恥ずかしい格好だった。二人で寝そべって抱き合っているのだから…。
巫女「うぅ、ぐすっ、ひっく。」
私はのろのろと体を起こす。男の子も上半身を起こす。これも恥ずかしい格好だ…。座っている男の子の上に座ってすぐ目の前に顔があるほど密着しているのだから…。ようやく男の子の上から降りた私に男の子がハンカチを差し出す。
???「かわいい顔が台無しになってるぞ。」
そういって顔をごしごし拭かれる。
???「それはやるよ。これからは自分の手に負えないことには手を出すな。正義感からやったとしても責任の取れないことをするのは結局無責任と一緒だ。じゃあな。」
私はあまりのことに呆然となっていた。男の子はもう向こうへと歩き出していた。
巫女「あっ!あの、あり…がとう。」
男の子は振り返らず片手を上げて応えてそのままいなくなってしまった。私の手には白いハンカチが残っていた。ハンカチには糸で『アキラ』と縫い付けてあった。このハンカチがこの出来事が夢じゃなかったと証明している。私はこのハンカチを返してきちんとお礼を言おうと次の日から男の子を待ち続けた。けれども次の日もその次の日も男の子は二度と現れることはなかった。
その日以来私はそのハンカチをずっと持ち歩いている。中学に上がってから私は時々男の子に告白されることがあった。断った男の子に『好きな奴でもいるのか?』と聞かれた時に私はハンカチの男の子を思い浮かべていた。その時ようやく私は彼に初恋をしていたのだと気がついた。
合格は厳しいと言われていた宏美ちゃんも合格して英雄君と宏美ちゃんの三人で学園に通えることになった。英雄君はサッカー部に入り宏美ちゃんは陸上部に入った。私は神社のお手伝いがあるので週に一日でもいいと言われて図書部に入った。図書部とは図書委員のようなもので図書室の本を整理したり貸し出しの受付をしてそれ以外の時間はただ本を読んでいる部活だった。
私は最初毎週水曜日に図書部で受付をしていた。図書室の利用者は多かったけれど真面目に本を読んでいる人は少ない気がしていた。
本田「それは大和さん目当てで来ているだけね。他の曜日はほとんど人はいないわよ。」
と同じ図書部の本田さんに言われた。他の曜日の帰りに図書室を覗いてみたら確かに人は少ない。けれどいつも真面目に本を読んでいる人がいた。少し暗そうな雰囲気の男の子。彼だけはいつもたくさん本を読んでいた。
巫女「いつもたくさん本を読んでいますよね。どんな本を読んでいるんですか?」
本当は彼が取りに行く本棚である程度どんな本を読んでいるか把握していたけれど私は彼に話しかけてみたくてそんなことを聞いていた。
???「………。」
巫女「あの?」
彼はようやく顔を上げる。黒い瞳が私を見据える。そしてすぐに後ろを振り返る。私は彼の机の前に立って彼と向かい合っている。私が彼の後ろの人に話しかけたとでも思ったのだろうか?けれども後ろには誰もいない。
???「俺に言ってるのか?」
巫女「はい。」
???「お前には関係ない。」
巫女「え?あの…ごめんなさい。」
私はそれだけしか言えず受付に戻ることしか出来なかった。翌週から彼は来なかった。
本田「ああ…それは九狐里君ね。」
巫女「知っているの?」
本田「同じクラスだけど九狐里君の名前すら知ってる人少ないんじゃないかな。全然目立たない人だし…。先週から私の当番の木曜日に図書室に来ているわよ。」
巫女「私が話しかけたから気分を悪くして曜日を変えたのかな…。」
本田「それはないと思うけど…。そんなこと気にするような奴じゃないよ。」
私が彼の邪魔をしてしまったような気がして私は彼が気になっていた。彼は何週間か何ヶ月かに一度図書室へやってくる曜日が変わるようだった。本田さんの言う通り私の受付の日に彼が来る日が戻ったこともあったので気にしていないのだろうと思うことにした。
学園では体育の授業は何クラスかが合同で行っていた。二年に上がった時に彼のクラスと体育が一緒になった。英雄君も体育が一緒で英雄君は体育でよく注目されていたけれど私の目には違うように映った。確かにシュートを決めたりして目立つのは英雄君だったけれどその英雄君がシュートを打てるスペースを作ったりパスのアシストをしているのは九狐里君だった。だから彼と英雄君が別のチームになった時は英雄君はあまり活躍していない。それなのに英雄君ばかり注目されて九狐里君はまるでいないかのように話題にもならなかった。
図書室では彼の読んでいる本を読んでみた。大半は難しい専門書で私には難しすぎてわからない物が多かった。その次によく読んでいるのが趣味の本だった。料理や裁縫から車やバイクの本までジャンルを問わず何でも読んでいた。一番少ないのが参考書だった。普通に考えれば学生の本分である勉強をするために参考書を一番読むべきと思うのかもしれないけれど、彼は不勉強で参考書をあまり読まないのではないことは私にはわかった。彼にはこの程度は簡単すぎてあまり意味がないのだ。私はずっと成績は学年トップだけれど彼の方がずっと頭が良い。それなのに彼はテストの成績で良くもなく悪くもない上位の下の方を維持していた。
彼をずっと見ていた私にはわかった。彼はスポーツも勉強も本当はもっと出来る。けれども彼は目立たないようにわざと影のようにひっそりと過ごしている。スポーツでは英雄君が、勉強では私がよく話題に上るけれどそのたびになぜか私はもどかしい気持ちになった。彼は本当はもっとすごいのに誰も気づかない。本当は九狐里君はすごい人なんだよって皆に言いたかった。
巫女「お母さん。部活の日なんだけど今度は…。」
お母さん「今度は火曜日かしら?」
巫女「え?」
私は彼が図書室に来る曜日が変わるたびにお母さんに家の手伝いの休みの日を変えてもらっていた。そして今回火曜日に変えてもらおうと思ったらお母さんに先に言われてしまった。
お母さん「あら?当たりだった?」
巫女「どうして?」
お母さん「巫女が休みにして欲しいって言う日がいつもあの子の休みの日だからもしかしてと思ったのよ。」
巫女「え?あの子って?」
お母さん「巫女の同級生よ。近くに大きなトラック倉庫があるでしょう?あそこでアルバイトをしているのよ。それから新聞配達もしていて毎朝うちにも朝刊を配ってくれているのよ。」
知らなかった。彼は図書室に来ない日はアルバイトだったんだ。定期的に来る日が変わるから何か用事があるのだろうとは思っていたのだけれど…。
お母さん「新聞屋さんに聞いたんだけどあの子一人暮らしなんですって。それで実家から仕送りももらわずに二つのアルバイトを掛け持ちで生活してるらしいのよ。今時珍しい真面目な苦学生だって新聞屋さんも言ってたわ。」
巫女「そう…だったんだ…。」
お母さん「巫女の彼氏だったのね。あの子ならお母さんも応援するわよ。」
巫女「ちょっ!ちがっ、違うよお母さん。」
お母さん「あら。照れなくてもいいのに。買い物の帰りに通るけどあの子頑張って働いてるわよ。」
それから私はチャンスがある毎に代わりに買い物に行って彼の様子を伺いながらトラック倉庫の前を通るようになった。
お母さんに言われてから私は気がついていた。彼の読んでいる本と同じ本を読みたかったのも、誰にも彼のすごさが伝わらないのがもどかしかったのも、彼が図書室に来る日に休みを変えてもらっていたのも、彼のアルバイトをしている姿を見るためにわざわざ買い物を代わりに行って前を通って帰るのも…。
私は二度目の恋をしていたのだと…。彼は少し暗そうに見えるけれど本当は違う。自分を殺して何かのためにじっと耐えているだけ。それを知っているのは私だけという事実が少しだけうれしくて悲しかった。
ある日の帰りに学園の近くの児童公園の前を通りかかった。そこには彼がいた。公園の木の上に子猫がいる。降りられなくなったのかにゃ~にゃ~鳴いている子猫に彼が木を登り近づいていく。ついに彼が子猫の元に辿り着きそうになった時に子猫は滑り落ちてしまった。咄嗟に手を差し出した彼はぎりぎりで子猫をキャッチした。かわりに彼もバランスを大きく崩してしまった。
あぶない!と叫びそうになった時私は目を見開いた。子猫を抱えてバランスを崩した彼はくるりと宙返りをして何事もなかったかのようにふわりと着地した。
九狐里「おい。自分の手に負えないことには手を出すな。」
子猫「にゃ~」
彼は子猫にそういうとそっと地面に降ろした。子猫は返事をするかのように一声鳴いてから母親らしき猫がいる植木のほうへと駆けていった。
巫女(今の言葉はっ!)
私は思い出す。彼の名前は九狐里晶。あのハンカチの刺繍も『アキラ』。どうして今まで気がつかなかったのだろう。あまりに彼の雰囲気が変わっていたからだろうか?
私の初恋はまだ終わっていなかった。
それから私は彼のことしか考えられなくなっていた。いつも彼を見ていた。夜も眠れず『こんな出会いなんてまるで運命みたい』等と一人で言って身悶えていた。
三年に上がって彼と同じクラスになれた。私はうれしくてうれしくていつも彼を見ていた。
巫女(この気持ちを伝えたい。たとえ振られても…。このハンカチを返さなくちゃ。)
私はついに気持ちを抑えきれなくなって彼にラブレターを渡す決意をする。この学園はドラマに出てくるような下駄箱やロッカーのような物はない。各自にロッカーはあるけれどロック付きでラブレターを入れることはできない。この学園でラブレターの定番は机の棚にそっと入れておくことになっている。
そしてあの日悪夢のような出来事が起こった………。
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ファーナ「バンブルクに着きました。」
バンブルクに着いた私達はまず宿を取った。それから街の見学に出たのだけれど私はみんなとはぐれてしまった。
ドンッ
バルチア兵士A「邪魔だ。」
獣人の子供「うっ。うわ~ん。」
バルチア兵士A「げっ。グリーブが汚れちまった…。」
バルチア王国の鎧を着た兵士が獣人族の子供を蹴り飛ばした。
バルチア兵士A「この小汚い獣人のガキが!どう落とし前つける気だ?俺のグリーブを汚しやがって。」
獣人の子供「うぇ~ん。」
ミコ「この子が悪いわけじゃないでしょう?貴方達がこの子を蹴り飛ばしたのはちゃんと見ていましたよ!」
私は子供の前に立ち兵士達を睨みつける。
バルチア兵士B「おい姉ちゃん。あんた獣人を庇うってのか?俺達が誰だかわかってるんだろうな?」
ミコ「自分達でいきなり蹴り飛ばしておいて!貴方達が誰であろうと落とし前をつけるのは貴方達の方でしょう?」
聖教皇国でもバルチア王国でも他種族は邪悪で排除すべきだと言っていた。バルチア王国では奴隷のような扱いを受けている獣人族を何人も見た。けれども私は何も出来なかった。もしあそこで私が何か言っていれば英雄君や宏美ちゃんまで酷い目に合うかもしれなかったから…。でも目の前でこんな扱いを受けている子供を見て私の体は勝手に動いてしまった。
バルチア兵士B「おうおう。勇ましいこって。姉ちゃんが相手してくれるってんならそんなガキ見逃してやってもいいぜ。ヒヒヒ。」
兵士の一人が私の手を掴む。
ミコ「離してください。」
こんな人に負けるとは思えないけれど、ここで騒ぎを起こしてしまったら二人にも迷惑をかけるかもしれない。私が逡巡しているとマントにフードを被った人が兵士達の後ろに現れた。
コキッ
バルチア兵士B「あれ?…いてぇぇぇ。」
???「邪魔だ。」
バルチア兵士A「てめぇ!何しやがった!」
とても綺麗な澄んだ声。けれどとても冷たい声だと思った。
???「肩の関節を外しただけだ。これからここをガルハラ帝国皇太子殿下がお通りになる。貴様らこそ身の程をわきまえてさっさと道をあけろ。」
バルチア兵士A「なんだと…。ちっ。向こうから来る奴らか。こんな時に。さっさと行くぞ。」
バルチア兵士B「いてぇ。覚えてやがれよ!」
私より背の低いこのフードの人はあっさりと兵士達を追い払ってしまった。
ミコ「あっ!あの、ありがとう…ございます。」
???「………自分の手に負えないことには手を出すな。」
この言葉は…。
ミコ「っ!…九…狐…里君?」
???「!?」
九狐里君は私より背が高かった。この子は私よりも小さい。声もどう考えても女の子の声だった。でも私にはわかる。今目の前にいるこの子は九狐里君だ。さっきの言葉だけで決め付けているわけじゃない。この纏った雰囲気も何もかも九狐里君だ。初恋の男の子の時も、学園で九狐里君に告白しようとした時も、私はいつも遅すぎて後悔している。だから今度は絶対に後悔したくない。今ここで九狐里君と離れたら今度こそきっともう会えなくなってしまう。だから私は九狐里君を抱き締めた。
ミコ「九狐里君…。よかった。あの時あの光に貫かれて死んでしまったのかと思ってた。」
???「人違いだ。」
そう言って九狐里君は私の手を振り解いた。
ガルハラ皇太子「おいアキラ。急にどうした?」
この人は舞踏会で見たガルハラ帝国の皇太子の人だ。それに今『アキラ』って呼んだ!
ミコ「九狐里君。どうしてとぼけるの?私にはわかるよ?どんなに姿が変わったとしても貴方が九狐里晶君だってすぐにわかる!」
アキラ「フリードすまない。バルチアの兵士を追い払うのにお前の名前を使った。後で揉め事になるかもしれない。」
フリード「なぁに、気にするな。後でまとめてアキラに借りを返してもらうさ。で、なぜ勇者候補がここにいる?」
アキラ「放っておけ。そいつに害はない。他が来る前にさっさと行くぞ。」
ミコ「待って!私も連れて行って。」
後ろを向いて行こうとする九狐里君の肩を掴んでそうお願いする。
アキラ「お前は俺達がどこへ行こうとしているかわかって言っているのか?ものも考えずに発言するな。それから何度も言ってるが人違いだ。」
???「アキラ早く行こう。ん?この子は?」
大きな女の人が九狐里君に声をかける。この人もマントとフードで姿を隠しているけれど隠し切れない体型と声が女性だと教えてくれる。
アキラ「なんでもありません。誰かと間違えているようです。行きましょう。」
ミコ「待って。九狐里君が連れて行ってくれなくとも私は無理にでも付いて行きます。もう九狐里君と離れ離れになるのは嫌なの!」
???「ふぅ~ん…。あんた名前は?」
ミコ「私は大和…いえ、ミコ=ヤマトです。」
狐神「そうかい。私のことは狐神って呼んどくれ。それじゃ行こうか。」
アキラ「ちょっと師匠!こいつは…。」
狐神「ミコ。あんたアキラ=クコサトを探してるんだよね?この子がアキラ=クコサトだよ。付いといで。」
アキラ「師匠!」
狐神「ミコは放って行こうとしても付いてくるよ。それなら連れて行った方がマシだろう?」
アキラ「………。ここから先俺達に付いてくれば死ぬかもしれないぞ。死ねばお前の探している人と二度と会えない。それでも付いてくるつもりか?」
ミコ「私の探している人は目の前にいるもの。どんなことがあっても絶対付いて行きます。」
アキラ「はぁ…、あの二人はどうする?何も言ってないんだろう?いきなりお前が消えたらあいつらはどうなる?」
やっぱり九狐里君だ!英雄君…宏美ちゃん…。ごめんなさい。私はやっぱり九狐里君と一緒に居たい。ここで離れたらきっともう二度と届かない所へ行ってしまうから…。
ミコ「二人には心配と迷惑をかけることになると思う。それでも私は九狐里君と一緒に居たい。だから付いて行きます。」
アキラ「挨拶くらいはする時間をやるからせめて挨拶してこい。」
ミコ「嘘っ!その間に行ってしまうんでしょう?もう私の前からいなくならないで!」
九狐里君達が急いでいるのはわかっている。私を置いて行くための嘘だとすぐにわかる。
アキラ「ちっ…。もう知らん。勝手にしろ。」
ミコ「うん。今度はもう後悔したくないの。だめだって言われても付いていきます。」
フリード「すぐに大門を開けろ。」
ガルハラ兵士「殿下っ!ですが我々だけで勝手に開けるわけには…。」
バルチア兵士長「その通りですな。いくら皇太子殿下とはいえ許可もなく開けるわけにはまいりません。」
フリード「正式な許可はもうすでに下りている。」
バルチア兵士長「では許可証をご提示ください。」
フリード「許可は下りているが許可証はまだ届いていない。だがどうしても今すぐ開けてもらいたい。」
バルチア兵士長「それでは話になりませんな。許可証をお持ち下さい。そうすればすぐにでもお開け致します。」
フリード「許可は下りているのだ。これで頼む。あとで書類の日にちの書き換えをすれば済む話だろう?」
そう言って皇太子は袋を渡す。かちゃりと金属音がしたことで私でもわかる。所謂賄賂だろう。
バルチア兵士長「ふぅ~む…。ですが何かあれば私が責任を取らねばならないのです。」
袋の中身を確認しながらそう答える。
フリード「これも受け取ってくれ。それからもし誰か説得に応じてくれないようなら俺に言ってくれ。相談に乗ろう。」
もう一袋渡しながらそんなやり取りをしている。
バルチア兵士長「今日私はここにはおりません。何もこの目で見ていないので何かあっても後で部下から聞き取りするしかありませんなぁ。」
フリード「余計な仕事を増やしてすまないな。それじゃ門を開けてくれ。」
ガルハラ兵士「はっ!」
大門が徐々に開かれていく。九狐里君達はすぐに外へと飛び出した。私も付いて行く。
アキラ「フリードすまない。」
フリード「さっき言った通りだ。あとでまとめて返してくれればいい。気をつけて行ってこいよ。」
アキラ「ああ。すぐに戻る。それまで…死ぬな。」
少しだけ開けた大門は私達が通るとすぐに閉められた。
ミコ「あの…九狐里君…。」
アキラ「話は歩きながらでも出来る。ここに居ても意味はない。さっさと進むぞ。」
狐神「はいよ。」
???「がうがう!」
ミコ「えっと…よろしくお願いします。」
さっきの狐神と言っていた人と小さな子と九狐里君と四人で歩き出す。英雄君と宏美ちゃんは私を探すかもしれない。自分勝手だと罵られるかもしれない。けれどもうこの思いは止められない。私は一度だけ大門を振り返って頭を下げた。そんなことで謝罪になんてならない。ただの偽善かもしれない。でも私がどうしても生きて地球へ帰りたかったのも九狐里君に会いたい、ただその思いだけだった。だから目の前に九狐里君がいる以上もう私に迷いはない。今度こそ私は彼の横を歩きたい。だから私はもう振り返らずに前を向いて歩いた。




