閑話25「戦争の推移」
~~~~~北大陸~~~~~
黒の魔神「くっそぉ~…。アキラめぇ…。俺を置いていくなんて…。ぐすんっ。」
アスモデウスに抱かれている黒の魔神様が泣いておられる。
アスモデウス「お~よしよし。」
黒の魔神「おい!子供扱いするなよ!」
アスモデウスが泣いておられる黒の魔神様をあやそうとするとその手を振り払った。
アスモデウス「ほらほら。男の子でしょう?もう泣かないの。」
黒の魔神「だっ、誰が泣いてるんだよ!俺は泣いてなんかいないからな!」
誰がどう見ても泣いていると思うが………。黒の魔神様が泣いていないと言われるのならばそういうことにしておいた方が良いのだろう。
バアルペオル「はぁ…。アスモデウスは子供の世話をするのも上手いな。案外家庭的なのかもしれない。」
バアルペオルはバアルペオルで黒の魔神様をあやすアスモデウスをうっとりした顔で見つめている。どうやら自分とアスモデウスの子供が出来たことを想像して酔っているようだ。
リカ「六将軍ってのはいつもこの調子なんですか?」
アキラ親衛隊の者がこっそりと俺に問いかけてくる。確かに本来ならば一般兵士にとっては雲の上の存在であるはずの六将軍のこのような姿など見られる機会はないだろう。
マンモン「………概ねこの通りだ。」
リカ「はぁ…。大ヴァーラント魔帝国にいた頃は六将軍への憧れもあったんですけどねぇ…。こんな姿を見せられるとちょっと…。」
マンモン「………幻滅したか?」
リカ「いえ。ちょっと好きになりました。」
ん?何だと?俺の聞き間違いか?今リカは何と言った?
リカ「アスモデウス様も良いですねぇ…。フランツィスカ様一筋でいくつもりでしたが、あまり羽目を外しすぎるとアキラ様に怒られてしまいますし、新しい恋も見つけないと。」
マンモン「………その相手がアスモデウスか?」
俺はこのリカという女の言うことが理解出来ない。フランツィスカとアスモデウスではまるで好みが違う相手だ。それにそもそも何故この女は自分が女でありながら女の恋人を探しているのだ?
リカ「あたしはガサツで女の子らしくなくてよくおとこ女とか暴力女とか言われてたんですよ。だからか小っちゃくて可愛らしい、女の子らしい女の子のことをいつの間にか好きになってたんです。」
………俺はこれを聞かなければならないのか?何故俺がリカから相談のような真似をされているんだ?こいつとは親しくもないはずだが………。
リカ「だからフランツィスカ様とか今の大きくなられる前のアキラ様とかああいう女の子が好きだったんです。あっ!あたしだって自分が普通じゃないのはわかってるんですよ?だけど好きなものは好きなんです。」
………どうやら聞かなくてはならないらしい。
リカ「だけどああやって子供をあやしてるアスモデウス様を見て思ったんです。ああいうのも良いと!普段色欲一色のようなアスモデウス様がああして子供を慈しみあやしているそのギャップもまた良いものだと!」
リカは拳を握り締めて力説した。声がでかすぎて皆何事かと注目しているのに気付いた風もなくリカは続ける。
リカ「アスモデウス様ならば多少強引に襲ってもアキラ様に怒られることもありませんし、今夜辺り寝所に忍び込んで襲ってみようかと思うのですがどうでしょうかマンモン様!?」
ズズイッとリカが迫ってくる。顔が近い。
マンモン「………本人に聞け。」
もう全部本人に筒抜けだからな………。俺が何か言う必要はないだろう。
アスモデウス「う~ん?女同士も良いのですけどぉ…。今はアキラ殿以外とはそういう関係になる気にはなれませんわぁ。」
だそうだ。残念ながら玉砕だったようだな。
リカ「なるほど。でもあたしの方が力が強いですから最初は無理やりでもあたしの良さを体に染み込ませてからあとでじっくり口説くっていう手もありますよねぇ?」
バアルペオル「おい待て!百歩譲って女同士というのも本人達がそれで良いのなら認めるとしよう。だけど力ずくなんて絶対駄目だ。そんなやり方は駄目だからな!」
バアルペオルも必死だな。女に寝取られたとあっては泣くに泣けないか?
それはともかく何だこれは?本当に今は戦争中なのか?完全に緩みきっている。とても戦争中の将軍達の集まりとは思えない。こんなことで本当に良いのか?
黒の魔神「おい!さっさとサタンの所へ行くぞ!」
アスモデウス「ああん。お待ちください黒の魔神様。」
アスモデウスの腕から飛び降りた黒の魔神様がズンズンとどこかへ向かって歩きだされた。
マンモン「………黒の魔神様は皇帝陛下がどちらにおられるかわかるのですか?」
黒の魔神「あ?わかるわけねぇだろ。そこら歩いてりゃそのうち見つかるだろ。」
一同「「「「………。」」」」
そんな簡単に見つかれば苦労はしないのだが………。しかし当然ながら黒の魔神様に口を挟める者はおらず黙って後について歩く。暫くそんな無意味と思える移動を続けていると………。
黒の魔神「おい。あれじゃねぇか?」
一同「「「「んなアホな………。」」」」
黒の魔神様はあっさりと野営している大ヴァーラント魔帝国軍を見つけたのだった。
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俺達が野営地に近づくと兵士達が寄ってきた。
兵士A「おお!将軍様だ!」
兵士B「三人も将軍様がお戻りになられるとは!」
兵士C「まだ天は俺達を見捨ててはいなかったのだ!」
ワイワイと集まってくる兵士達を押し退けて野営地の中心へと向かう。もう陛下の気配がそこにあることはわかっている。
サタン「よくぞ戻った。」
俺達が天幕を開けるとすぐにそんな声がかかったのだった。
マンモン「………はっ!遅くなって申し訳ありません。」
俺達は陛下の前に跪く………。むっ!あれはっ!
アスモデウス「―――ッ!陛下っ!その足は………。」
アスモデウスが口元を抑えて声にならない悲鳴を上げる。
サタン「ああ。途中レヴィアタンと出会った時に急に襲いかかられてな…。その時にバアルゼブルが余を庇って逃がしてくれたのだ。」
陛下の左足は太ももから先がない。即座に命に関わることはないのだろうが、最早陛下は全盛期の頃の力を揮うことは出来ないだろう。
マンモン「………我らが離れたばかりに陛下にこのような……。」
サタン「良いのだ。そなたらに責任はない。それよりも誰かバアルゼブルを探してきてはくれぬか。」
その言葉で我ら三人は固まる………。お互いに顔を見合わせて俺が代表で答えようと思った時に先に隣から声が出た。
黒の魔神「じじいならレヴィアタンに殺されたぞ。」
黒の魔神様が遠慮の欠片もなくはっきりと言ってしまったためにこの場の空気が凍りつく。
サタン「そうか……。バアルゼブルは長く余に仕えてくれた真の忠臣であった。せめて安らかな眠りであることを願おう。」
陛下が祈りを捧げられたので我らもそれに倣い祈りを捧げる。
黒の魔神「それよりとっとと北大陸にいる太陽人種を駆逐しようぜ。俺はさっさと南大陸へ行きたいんだ。」
サタン「太陽人種達を駆逐?一体どのようにしてそのようなことが出来るのですかな?」
陛下はタヂカラオとの戦いの顛末を見ておられないから御存知ない。黒の魔神様の言われることは決して妄想でも願望でもない。実現可能なことだ。
黒の魔神「ここに来るまでも敵をぶっ殺してきたぞ。俺かリカが居れば北大陸に敵はいねぇ!」
いくら黒の魔神様の言われることとはいえ半信半疑の陛下が俺に視線を送ってくる。全て本当のことなので俺は黙って頷いた。
サタン「なるほど………。それでは何故南大陸へ渡りたいのでしょうか?」
黒の魔神「大獣神の野郎がようやく神界から出てきてるらしいからな!他の敵は譲ってやったんだから大獣神は俺が殺る!」
なるほど…。黒の魔神様の言われることも尤もだ。他の敵はあれやこれやで他の者に譲ってしまった。せめて因縁の大獣神とはご自身で決着をつけたいと言われる気持ちはわかる。しかし黒の魔神様が南大陸へ渡られては北大陸の戦力が減ってしまう。
リカ「こっちはあたしがやっときますから、黒の魔神様は南大陸へ行かれてもいいですよ?」
一同「「「「「――!?」」」」」
陛下も含めて全員が目を見張る。リカは今なんと言った?それは自分一人で北大陸の太陽人種全てを相手にすると言っているのと同じことだ。
黒の魔神「おう。そうか。悪いな。それじゃこっちは任せるぞ。」
サタン「え?あっ!」
我らの考えが追いつく前に黒の魔神様はすぐに天幕を出ていかれてしまった。
リカ「それじゃあたしは敵を倒してくるから陛下と将軍達は敵に見つからないようにしててください。」
サタン「待て待て待て。まだ余の理解が追いついておらん。もう少し詳しく……。」
この後俺達やリカが陛下に事の経緯を細かく説明した。そしてリカの作戦は却下され残った戦力で固まって動くことになった。
しかし結局は最初にリカが言った通りリカ一人の力で北大陸の太陽人種を駆逐して行き大ヴァーラント魔帝国は勢力を回復していったのだった。
~~~~~西大陸~~~~~
普通の火の精に戻ったポイニクス様とイフリルさんに先導されてザラマンデルンの城内を進みます。外の月人種達はダザーさんとゴンザさんが全て倒してしまいました。
まだここで倒すことが出来なかった敵が大勢いるはずですが一先ずザラマンデルンへの脅威は去ったと考えて一度皆様で城内へと入ることになったのです。
あぁ…。それにしてももっとポイニクス様のあの美しい姿を見ていたかったです………。伝説の不死鳥…。何て美しいのでしょう…。あっ。別にポイニクス様の美しさに心を奪われたのではないのですよ?
確かにそれも影響がなかったとは言いませんが私の手をとって二人で逃げた愛の逃避行。あの積極的に私に迫ってこられるポイニクス様に心を奪われてしまったのです。
ポイニクス様が不死鳥になられたのはその後なのですから私の気持ちは決して伝説の不死鳥に向けられた想いではありません。
今もポイニクス様は私の手を引いて城内を移動しています。あぁ、ポイニクス様の温かく小さな手が…。うへへ………。
ポイニクス「エアリエル?涎出てるよ?」
エアリエル「はっ!これは涎ではありません。風の精霊魔法です。」
イフリル「ふむ………。精霊力の発動は感知されませんでしたが…。それに風の精霊魔法なのに水が発生するのですかな?」
私としたことがどこかで見たことがある光景を繰り返してしまいました。それにしてもイフリルさん………。何か私に棘がありませんか?
ダザー「ポイニクス様とエアリエル様も良いですねぇ…。うへへぇ……。」
???何か背筋がぞわぞわします。ダザーさんの視線が少し怖い気がするのは気のせいでしょうか。
ゴンザ「ダザー…。涎が出てるぞ。」
ダザー「はっ!…これは涎じゃありません。水の魔法です。」
ゴンザ「魔力の発動は感じられなかったが?」
ダザー「………。」
あぁ…。またしても同じ悲劇が繰り返されてしまったようです………。どうして男の人はこう…、デリカシーが足りないのでしょうか。
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暫く歩いてザラマンデルンの地下へと入りました。どうやらここが目的地だったようです。
イフリル「ウゥルカヌス。入るぞ。」
イフリルさんが扉を開けると………。
???「きゃ~!スケベ~!覗き魔~!」
イフリル「ぶっ!」
扉を開けた瞬間に飛んできた何かの塊に吹き飛ばされてイフリルさんが後ろの壁にめり込みました。一体何事でしょうか?
ポイニクス「ウゥルカヌス。あばれちゃだめだよ。ママに言いつけちゃうよ?」
ウゥルカヌス「だってポイニクス様!イフリルが着替えの最中に覗くから悪いんですよ!」
扉から体に布を巻いただけの女性が出てきました。どうやらこの方がポイニクス様やイフリルさんがウゥルカヌスと呼んでいる方のようです。
胸は大きく、腰は細く、そしてお尻はまぁるい綺麗な女性が出て来ました。その肌はきめ細かく輝いているように美しいです。
その顔もとても美しくて…、まるで火の精霊王様のようで……。ポイニクス様とはとても仲が良さげで……。うぅ…。ぐすっ…。
ポイニクス「え?!エアリエル?どうしたの?」
ポイニクス様が驚いた顔で私を覗き込んできます。ですがポイニクス様と目が合わせられません。
エアリエル「うぅ…。だって…、こんな綺麗な…、ひっく…、女性と…、ポイニクス様はとても良い仲で……。無性の風の精である私の入る余地は…、ないではないですかぁ~!うわぁ~ん!」
ウゥルカヌス「ええ。綺麗でしょう?美しいでしょう?私を生み出してくださったお母様と似ていると評判なんですよ!ね?綺麗でしょう?」
私が泣き叫んでいるというのにウゥルカヌスと呼ばれた女性は『ねっ?ねっ?』と言いながら迫ってきます。悔しいですが確かに綺麗なのです。美しいのです。私では太刀打ち出来ません~!
ポイニクス「エアリエルをいじめちゃだめだよ!エアリエル泣かないで。ね?どうしたの?僕にもわかるように話して?」
あぁ…、ポイニクス様。ポイニクス様が私を守るように両手を広げて私とウゥルカヌスの間に入ってくれました。なんとお優しいのでしょうか。これではポイニクス様のことを忘れるなんて出来ません。
イフリル「おお、いたた。こりゃウゥルカヌス!年寄りは労わらんかい!」
イフリルさんがめり込んだ壁から出てきて私の隣に並びました。
ウゥルカヌス「え~?覗き魔の方が悪いと思わない?」
イフリル「ああ言えばこう言う。まったく……。心配はいりませんぞエアリエル様。ウゥルカヌスはポイニクス様と男女の仲ではありません。」
エアリエル「え?でもこんなに仲睦まじいのに?」
まるで恋人同士のように親しくしているようにしか見えません。
イフリル「ウゥルカヌスは火の精霊王アキラ様がお造りになられたゴーレムの一体です。ですから性別もなくポイニクス様ともそのような仲ではありません。」
エアリエル「まぁ!まぁまぁ!そうだったのですね!私ったらとんだ勘違いを…。ごめんなさいねウゥルカヌスさん。うふふっ。ポイニクス様はやっぱり私のもののようです。」
ウゥルカヌス「あら?あなたポイニクス様が欲しいの?どうぞどうぞ。私はお母様からいただいたこの美しい体にしか興味ないの。るるる~。あぁ~。今日も綺麗な私。うふっ。」
ウゥルカヌスさんは部屋へと駆け込んで姿見の前で色々なポーズをとってはうっとりしています。私の心配は杞憂だったとわかってほっとしました。
ゴンザ「ちょっと待て。アキラ様に聞いていた話と違うぞ。アキラ様はウゥルカヌスとその配下の三百体のゴーレムは自我を持たないゴーレムだとおっしゃっていた。ここにいるのはどう見ても自我を持っている。それにゴーレムの姿も聞いていたものと違う。もっと無機質なものだと聞いていた。」
そう言われて部屋の奥を覗き込んでみました。すると………。
『あら?おっぱい大きくなったんじゃない?』『あ、わかるぅ?そうなのよぉ。』
『髪切った?』『うん。本当は切りたくなかったんだけど枝毛になっちゃってぇ。』
『この前の精霊の男の子見た?可愛かったねぇ。』『あっ!見た見た!本当食べちゃいたいよね!』
なんていう会話があちこちでされています。
部屋の中は完全に混沌としており女の子がたくさん集まるとこうなるのかという見本のようです。
ウゥルカヌス「お母様が変化された影響で私達も変化したのよぉ。どう?美しいでしょう?素晴らしいでしょう?この私を造ったお母様はとっても素晴らしいのよ!ね!」
ゴンザさんの言葉を聞いたウゥルカヌスはまたしても扉の前までやってきて捲くし立てました。………確かに美しいのですがこの行動にはついていけません。
ダザー「………アキラ様からの命令を伝える。精霊族に害を為す西大陸の敵を殲滅せよと仰せだ。」
あら?いつの間にかフードを被っているダザーさんが厳しい口調でそう言うと途端に部屋の中に居た女の子のゴーレム達が動きを止めました。
ウゥルカヌス「………ようやくお母様からのご命令よ。行くわよタロース部隊!」
タロース部隊「「「「「お~!」」」」」
どうやらこの女の子達のゴーレム部隊をタロース部隊と呼ぶようです。女の子達が一斉に手を上げて『お~』と鬨をあげました。
ダザー「はぁ~…。うまくいきました………。」
ダザーさんが疲れた様子で肩の力を抜きました。何とかウゥルカヌス達をうまく使うことが出来てほっとしたようです。
その後ポイニクス様、ダザーさん、ゴンザさん、ウゥルカヌスとタロース部隊などの活躍であっという間に西大陸の月人種達は敗れていったのでした。
~~~~~東大陸~~~~~
ご息女様がおられる間は調子の良いことを言っていたドラゴニアもご息女様が出ていかれてからは何もしない元通りのドラゴニアに戻っていた。
竜王「六カ国同盟との連絡はまだつかんのか?」
大臣「はっ…。どうやらまだ連絡がつかないようです。」
竜王「ふぅむ。そうか。ならば仕方あるまい。」
そう言うと竜王はどっかりと深く腰掛け目を瞑った。先ほどからこの繰り返しだ。連絡が取れないから仕方ないと言い訳して結局何も動いていない。
我らが降ったことで東大陸に侵攻していた太陽人種はほとんどいなくなったがそれでもまだ敵はいるというのに暢気なものだ。
コンヂ「アキラ様の前じゃ協力するとか言っておきながらこれじゃ結局何もしてないのと一緒じゃないっすかね?」
ご息女様が置いていかれた者が正論を言う。まったくもってその通りだな。
シュラ「アキラ様もドラゴニアはあてにするなって言ってただろう。放っておけよ。変なやる気を出されて余計な邪魔をされるよりはマシだと思っておけ。」
なるほど。そういう考え方もあるか。それならばいっそこのままこいつらは何もしない方がご息女様のためになるだろう。
竜王「おい、聞こえておるぞ。いくら遠呂知様の部下と言えども度が過ぎよう。」
コンヂ「あちゃ~。面倒臭いのに聞かれちゃったっすねぇ。」
口ではそう言っているがそれは煽っているのではないのか?聞こえよがしにそう言えば相手はますます逆上するだろう。
竜王「貴様らこそ遠呂知様の威を借りた奸臣ではないのか!」
やはりというか当然というか火に油を注いだようだ。逆上した竜王が立ち上がる。しかしご息女様の配下の者達に慌てた様子はない。
それはそうだろう。この二人には俺でも敵わないのだ。ドラゴニアの者が束になってかかってもこの二人に傷一つつけることは出来ない。
シュラ「どうやらそれどころじゃなくなったようだぞ。」
もう一人の配下の者がここに接近してきている気配に気付いて両者を止めた。どうやら東大陸ではもう一悶着あるようだな。
???「はぁ…。ようやく辿り着いたか。さすがにあたしでも疲れたよ。」
筋肉質の大柄な女が飛んできた勢いそのままに窓から部屋へと飛び込んできた。
コンヂ「赤の魔神様。窓くらい開けて入った方が良いんじゃないっすかね………。」
ほう。どうやらこの女が赤の魔神らしい。確かにそこそこの力は持っているようだ。
赤の魔神「あ?そう思うんだったらお前が開けて待ってろよ!まったく。」
シュラ「そうは言っても誰もまさか窓をぶち破って突っ込んでくるとは思わんでしょう…。」
その通りだな。普通は下に下りて歩いてくるか、仮に窓から入ろうとするとしても手前で止まって開けてから入ると思うだろう。
戦っている最中でも敵に奇襲するのでもないのに、どこに窓をぶち破って突っ込んで来る奴がいると思うのか。
赤の魔神「そんなこたぁどうでもいいんだよ。それより大変だ。ファングはアマテラスについた。恐らくドラゴニアに攻撃を仕掛けてくるから気をつけておきな。」
それだけ言うと赤の魔神は床にへたり込んだ。どうやら相当力を消耗しているようだ。それに傷を負っている。ここまで逃げてくるのにかなりの戦闘があったのだろう。
コンヂ「どういうことっすか?ファングはアキラ様についたんじゃなかったんすか?」
赤の魔神「あたしはそのつもりだったんだけどね…。どうやらファングの現王はもうずっと昔から太陽人種達と繋がってたらしいんだ。王があっちにつくと言えば家臣は逆らえない。四方鎮守将軍達もしぶしぶ向こうについた。ファングから出てきたのはあたしだけだよ。」
コヤネ「なるほど…。道理で俺にファングを攻撃しろという命令はなかったわけだ。俺にも知らされていなかったが裏で繋がっていたというわけだな。」
俺には東大陸を制圧しろという命令ではなくドラゴニアを落とせという命令がされた。普通に考えれば東大陸には魔人族国家のファングもあるのだからこちらも落とせと言われるはずだろう。不審には思っていたがその謎がようやく解けたというわけだ。
赤の魔神「あぁ?……何だこいつは?」
シュラ「クシナ様が降した太陽人種の将です。」
赤の魔神に俺が紹介される。俺はただ黙って赤の魔神を観察した。
赤の魔神「クシナが……。……はぁ?クシナが?これほどの者を?あたしでも勝てないぞこいつには。それをクシナが降したって?」
確かに最初の状態でならば俺が負けることなどなかった。しかし途中で真の力を解放してからは俺どころかアマテラス様やツクヨミ様でも敵わないほどの力だった。
何よりあのクシナという娘どころかここにいるご息女様の配下の二人にですら勝てない。ご息女様とその周辺の者達は器が違う。俺ではどうしようもない相手だ。
コンヂ「そうっすよ。クシナ様が勝ったっす。それよりファングのこともっと詳しく教えてもらいたいっす。」
赤の魔神「それよりってなぁ…。まぁいいか。とにかくな……。」
それから赤の魔神がファングについて語り出した。どうやらファングではかなり昔から赤の魔神派と国王派で分裂状態にあったらしい。
本当なら実力行使すれば赤の魔神の方が上だったはずだが、神になっている以上無闇に世界に干渉出来ない赤の魔神は力で優れていても政治的には劣っていた。
しかしそうは言ってもいざ武力衝突になったならば、神は無闇に干渉してはならないという決まりがあったとしてもいつ直接手出ししてくるかわからない。そしてそうなれば国王派には勝ち目はなかった。
そこを天津神の誰かにつけこまれて国王派は天津神達と手を組むことにしたらしい。そして始まった今回の戦争を期に、かねてから準備していた赤の魔神の暗殺を実行に移してきたそうだ。
天津神まで敵についている以上はいくら赤の魔神と言えども勝ち目はない。何とか命からがら逃げ出すのが精一杯でこうしてこのドラゴニア王城までやってきたということだと言って話を締めくくった。
コンヂ「なるほどっすね。アキラ様の言われた通りっす。」
赤の魔神「何?」
俺も驚いて聞き耳を立てる。ファングと繋がっていることは俺ですら知らなかったのにご息女様は知っていたというのか?
シュラ「アキラ様は東大陸で残るはファングを警戒しておけと言われました。いずれ裏切るだろうと。」
赤の魔神「そんなっ!アキラが?あたしでも国王派がここまで馬鹿なことをしてるなんて気付かなかったのにどうしてアキラが?」
コンヂ「それはアキラ様だからとしか言えないっすねぇ。アキラ様は全てを見通しておられるんじゃないっすかね?」
赤の魔神「そんな馬鹿な……。いや…。そうとも言えないか。そうだな。アキラは全てに先手を打っている。本当に全てを見通しているとしか思えない。」
そうだな。それは俺も同感だ。ご息女様は全てを見通し先手を打たれている。そうとしか思えないようなことばかり起こる。
ご息女様が本当に全てを見通し備えておられるのかどうかはわからないが、一つだけわかることがある。それは東大陸での戦争はまだ終わっていないということだ。
俺達が降ったとしてもまだこの戦争は終わりじゃない。果たしてご息女様はどこまで見通しておられるのか。この後の戦争を見ればそれが少しはわかるかもしれない。
俺は最後までご息女様の策を見届けてみたいと思い始めていた。
終わる終わる言いながら一ヶ月以上経ってしまった気がする……。
六月中には終われませんでした!
多分あと一週間以内には終わる……かも?




