第十四話「執念の一撃」
翌朝からロベールはうるさかった。
ロベール「頼むっ!俺を弟子にしてくれ!」
狐神「私らは旅の途中だよ。あんたには構ってられないのさ。」
ロベール「じゃあ一緒に連れて行ってくれ!」
狐神「あんたの足じゃ私らには付いてこれないよ。」
ロベール「なんとしてでも付いていくから頼むっ!」
狐神「はぁ…。アキラにお聞きよ…。」
俺に話しを振られる。ガウは我関せずで朝食を一心不乱に食べている。
ロベール「頼むお嬢ちゃん。この通りだ。」
アキラ「剣聖様がほいほい土下座するな。」
ロベール「おおっ!DOGEZAを知ってるのか!なら話は早いっ!頼むっ!」
なぜ土下座を知ってたら話が早いのかはわからないが必死なのはわかった。昨日ほぼ習得したつもりではあるが俺の修行も完全ではないし古代の遺跡についてまだ少し調査したい気持ちはある。あの時に調べたのは本当に魔方陣のすぐ周りだけだった。決してこいつに情が沸いたわけではない。
アキラ「三日だ。三日間だけ修行をつけてやる。三日以内に俺達の誰かに一撃でも当てられたら同行したければすればいい。当てても別に付いて来たくなければ来なくていいぞ。お前の相手をする時は俺達はお前とまったく同じ身体能力に制限して相手をしてやる。当てることができなければそれまでだ。」
ロベール「当てたらおっぱいお触り権じゃなかったのかっ!」
アキラ「さぁ師匠、ガウ、出発しましょう。」
ロベール「待って待って。冗談。冗談だから。おじさんのお茶目な冗談なんだから。」
だがロベールは口で言うほど性欲むき出しではない。ただの下ネタ好きのおやじみたいなもんだ。フリードなんとかやタマに比べれば……かわいいとも言えないな。日本ならセクハラで訴えられるかもしれない。
狐神「アキラも甘いね。こいつに情が…。」
アキラ「こいつのことは何とも思ってません。俺の修行の成果の確認と遺跡の調査をもう少ししたいだけです。」
狐神「ふふふっ。それくらいなら一日か二日で済むだろう?三日の猶予ってのはこいつへの情けだろう?」
師匠はニマニマした笑いを浮かべている。
アキラ「こいつには一応修行を手伝ってもらった恩もあります。それに剣も教わった。一日はその礼です。」
狐神「ふぅ~ん?」
相変わらずニヤニヤ顔のままの師匠が俺の顔を覗き込む。
ロベール「俺のこと剣聖様とか言っときながらこいつこいつって扱いひどくね?」
アキラ「お前にはこれで十分だ。」
ガウ「がうぅ。お腹一杯なの。」
ロベール「あるぇ?俺の朝食は?」
ガウ「消えたの。」
ロベール「いやいやいや。おチビちゃん食べたよね?俺の朝食まで。」
ガウ「がうのお腹の中に消えたの。」
ロベール「なるほど~。そういうことか~。ってひどくない?あっさり自白したし。」
ガウ「じゃくにくきょうしょくなの。おじさんが一番弱いからなの。」
ロベール「そっかそっか~。そうだよね。実力で取り返そうとしても返り討ちだもんね。ここ俺の家で俺の食料なんですけどっ!」
アキラ「いちいちうるさい奴だな。初日は俺が相手だ。二日目は俺は調査に行くから誰かに相手してもらえ。最後はお前に選ばせてやる。」
ロベール「三日目もお嬢ちゃんに頼むよ。」
狐神「おやおや。ロベールもアキラが気に入ったのかい。」
師匠は未だにニタニタ顔だ。
ロベール「いや。俺の一番の好みはお姉ちゃんだ。だがお嬢ちゃんには借りがあるからな。」
アキラ「借りならガウの方が大きいんじゃないか?」
ロベール「それは~…、その~…。」
ロベールの視線が泳ぐ。ガウに殺されかけたのは相当堪えたようだ。俺なら手加減するからな。
ロベール「そうだっ!油断はしないつもりでもどうしてもこの姿じゃ剣が鈍っちまうからなっ!」
狐神「つまり私やアキラなら剣で叩き斬るのに躊躇はしないってことだね。」
ロベール「ああ…それは~…その~…。」
こいつに付き合ってたら夜になる。
アキラ「もういいからさっさと始めるぞ。」
こうして三日間の足止めが決定した。とはいえ何日までにどこまで行くという目標があるわけじゃない。本当ならもっとゆっくり移動しても何ら問題はない。だがロベールを連れて行くかというとそんな気にはなれない。どうせ三日で一発当てるなんて出来るはずもない。三日間だけの修行だ。
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師匠とガウはまた二人で出掛けて行った。俺とロベールは昨日同様表で剣で斬り合っている。身体能力はまったくの互角。しかし脳が無意識にリミッターをかけて二割ほどしか力を使えないロベールと十割使える俺とでは勝負にすらならない。だがロベールの剣技は素晴らしい。非常に勉強になる。
ロベール「うおっ!これは俺の…。おい!お嬢ちゃん汚ねぇぞ!」
アキラ「何が汚いんだ?」
ロベール「俺の技を盗むとは!」
アキラ「相手から技術を盗むのは汚いのか?」
ロベール「いや。汚くない。」
もう何を言ってるのかわからない。
ロベール「そんな呆れた顔するな。俺が言いたいのはお嬢ちゃんが昨日より強くなってるってことだ。俺がいくら強くなってもお嬢ちゃんもそれ以上に強くなったら追いつかんだろう。」
アキラ「そりゃそうだな。それで何が汚いんだ?」
ロベール「昨日の強さで戦ってくれ。それに俺が追いつけるかどうかにしようじゃないか。」
そこで俺は昨日までの獣人族クラスに能力制限を緩める。
アキラ「これでいいか?」
ロベール「違う違う!その後剣でやり合った時の強さでだよ。おじさん泣いちゃうよ。」
ロベールは必死に逃げ回る。それはそうだ。何しろ昨日までは獣人族の身体能力でも100%は出せていなかったんだ。それがさらに100%出せるようになった分だけ余計に強くなっている。ロベールが言いたかったことはこういうことじゃないのはわかっててもこいつにはついこういう扱いをしてしまう。
アキラ「言いたいことはわかるが体が自然とロベールの剣技を見て覚えてしまう。それを出すなと言われても見たものを忘れろと言ってるのと同じことだ。勝手に動いてしまうものは止められない。」
俺はまた能力制限を戻しながら答える。
ロベール「ちっ。簡単に言ってくれる。俺がこれだけ剣の腕を磨くのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。見ただけで覚えてすぐ使えるなんて反則もいいとこだろ。」
確かにそうだろう。ロベールは半生を賭けて剣技を磨いてきた。それを一度見ただけで俺に真似をされてオリジナルよりさらに優れていれば俺が逆の立場なら相手をチートだと言って諦めるだろう。まだ諦めないだけロベールの精神力はとんでもなくタフだ。あるいはただのアホなのかもしれないが…。
結局この日ロベールは夜までに神水を三本飲み俺に全ての剣技を吸収されて一発も当てることはできなかった。
ロベール「お~い…。もう一杯あの白く輝く水をくれ。」
ロベールは仰向きに倒れて神水を要求する。
アキラ「今日はもう時間切れだ。これ以上剣を振らないんだから寝て回復させろ。」
ロベール「ひでぇな…。」
倒れているロベールを放置して師匠達と家に入り夕食にした。
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翌日、俺は遺跡の調査に向かった。とはいえ俺は遺跡のことなんて何もわからない。ただ周辺にも他の遺跡がないか探すのが大半だ。あと結界の周囲を周ってみようと思っている。できたら魔獣を一匹捕まえて出入りできないというのが具体的にどういう風になるのか試してみたいとも考えていた。
ロベールの方は師匠とガウが二人共付いているようだ。途中で体力が切れるだろうと思って神水を五本師匠に渡してきている。
まずは最初にあった魔方陣の周辺をもう一度、今度は念入りに調べる。だがやはり何もない。今日は獣人クラスに制限を緩めているので周囲を調べながら徐々に遠くまで調べていく。かなり広い範囲を調べたか何も見つからない。諦めて結界の周囲を調べる。半径3kmほどの円形だということがわかった。この盆地はあちこち標高差があるので地面の部分で考えると歪な円形なのだが魔方陣の標高と同じ高さで考えると真円になることに気づいた。そこで今度は地面を掘り返してみる。地面の下にも結界があった。もはや確信に近い推測だが念のためにジャンプして上も確かめてみる。これではっきりと確信を持って言える。この魔方陣の結界は球形に発動している。土中に生息している魔獣や空を飛ぶ魔獣がいるので当たり前と言えば当たり前ではある。でなければこの結界は不完全ということになる。それがわかったから何だという話ではあるが…。
次は魔獣を捕まえて結界に向けて放り投げてみた。もちろん投げた理由は電流が流れるようなイメージの図を想像してもらえばわかるだろう。つまり俺が持ったまま近づいて俺まで巻き込まれたら嫌だったからだ。まぁ巻き込まれてもダメージなんぞないとは思うが…。結果は外から内に向かって投げても内から外に向かって投げても不可視の壁にぶつかったようになる。俺が抱えたままだとどうなるか試したところ俺の体の部分だけ通過できて魔獣はやはり壁に阻まれて入れない。無理に引っ張りいれようとすると壁と俺との圧力により魔獣が死ぬ。死んだ魔獣は通過できた。通れるものだけ判別しているのか通れないものを判別しているのかはわからないがどうやって対象を選んでいるのかはさっぱりわからなかった。
結界の出入りはガウは敏感に感じ取ったのかもしれないが俺には出入りしても言われて気がつく程度に空気が少し変わったかも?という程度だ。
今日の調査の結論は何にもわからないということがわかった。ということだろう。魔方陣のほうを弄ってもいいのならどこの部分がどういう意味かとか判明するかもしれないがもし呪文のようなものが必要だとすれば書き換えるのに一度停止してしまったら二度と動かせなくなってしまうので試すわけにはいかない。そこでこの結界の外で同じ魔方陣を描き俺のボックスで寝かせて神力石にした石を置いてみたがやはり発動しなかった。なんらかの起動と停止の方法があるのだろう。
何の収穫もなく調査は終了し時間も随分と余ってしまったので狩りとロベールの剣の真似を少しして夕方に帰ることにした。
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小屋の前に帰ってくると大惨事になっていた。いや、見た目の上では全員無事だ。だがあちこちの地面に大量の血痕がある。恐らくロベールが大怪我をする度に師匠に治療されたのだろう。いくらすぐ治療してもらえるとしてもこれだけ血痕が残るほどボコボコにされてよく心が折れないものだと感心してしまう。
ロベール「ふっ、ふへへっ。俺はやり遂げたぞ。」
ロベールは虚ろな目をしてぶつぶつと呟いている。このおっさんのことは気にしたら負けなのでスルーして獲って来た獲物を調理するため小屋へと入っていく。
狐神「明日が楽しみだね。」
ガウ「がうがう。ご主人が負けるの。」
二人は一体ロベールに何をしたのだろうか…。三人の不気味な雰囲気に俺はさっさとこの場を離れて獲ってきた獲物の解体準備に取り掛かることにした。
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夕食も食べ終わり寝室で寝転がりながら考え事をする。考えるのは100%の力を使うということについて。なぜ師匠がこんな修行をさせたのか。思い当たることが一つある。それは俺と師匠が組み手の修行を始めたばかりの頃だ。圧倒的に能力が高いはずの俺は師匠にまるで敵わなかった。俺はそれを技量の差だと思っていた。だがそれは間違いではないが全てでもない。確かに技量では遥かに俺の方が劣りそこに付け込まれたのは事実だろう。だがこれまでの旅で能力制限を掛けた俺が基本能力は同格か上のはずの相手を圧倒してきたことと同じだ。師匠はあの時リミッター以上の力を出していたとすればいくらか説明は付く。もちろん俺が20%で戦って師匠が100%で戦ってもまだ俺の方が能力は高い。だがそこに技量差を加えて勝負したからあの結果に繋がっていたのではないか?というのが俺の推論だ。
そこで出てくる問題はリミッターを外しても大丈夫なのか?ということだ。だが逆に考えればリミッターは必要か?という問題にもなる。完全に肉体の力を100%発揮すれば体の方が壊れてしまうために普段は20%ほどしか使われていない。これは地球では常識だがそれは人間にとっての話だ。俺は無意識に地球で人間であった頃と同じだけリミッターをかけていたと思われる。だがファルクリアでその常識が通用するかどうかはわからない。少なくともロベールと同じ身体能力で修行してた時にはロベールは最大で50%くらいの力は使っていたと感じた。もちろんロベールの場合は神水を飲まなければ動けないほど消耗はしていたが…。
さらに俺や師匠は人間ですらないのだ。妖怪族なら?妖狐種なら?神格を得た者なら?神なら?ますますこの常識に当てはまらない可能性が高くなる。そしてもう一つ大きな要素として妖力だ。あるいは神力と言ってもいいのかもしれないが地球には存在しない要素であり、妖力を纏えば防御力がその妖力量に比例して高くなる。殴った手の方は妖力でカバーすれば骨折したり千切れたりすることは防げる。内部的な破壊、筋断裂のようなものも神力もしくは妖力をどうにか使えば防げるのかもしれない。
俺が能力制限を解除した場合どれくらいの距離まで俺の存在が感知されるのかわからない。実際に試してみるのが一番だがそれがわからない以上実際に制限を解除して試すのは控えた方がいいだろう。
そこで俺は今の制限のまま神力や妖力を体内に巡らせて内部破壊を防げるような方法があるのか試行錯誤していた。
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ロベールの修行最後の日の朝。この日は朝から師匠とガウとロベールはお互いに目配せし合い頷き合っている。俺がいなかった二日目の修行で何か三人で悪巧みを考えたようだ。
ロベール「それじゃ最初に言った通り今日はお嬢ちゃんに相手を頼むぜ。」
アキラ「ああ。今日中に一撃も入れられなかったら諦めろよ。」
ロベール「ふっふっふっ、はっはっはっ、はーっはっはっはっ。」
突然ロベールが笑い出す。そんなに自信があるのか?俺が言うのも何だがたかが一日や二日修行したくらいで強くなれるのなら誰も苦労しない。一体どんな秘策があるのやら…。
狐神「ロベールに一撃入れられたら本当に同行を許可するんだね?」
師匠が念を押してくる。
アキラ「ええ。一撃でも入れられたらいいですよ。」
狐神「そんなことは不可能だって顔してるね。」
師匠はフッと笑った。それほど自信があるのだろうか。普通に考えたら不可能だ。基本能力がまったく互角でも100%の力を出せる者と出せない者ではすでに差がある。神水で回復させてやるとは言えロベールは徐々に体力を消耗するのに対して俺は神水で回復しなくとも常に上限いっぱいの体力がある。そしてすでに剣技においても俺の方がロベールを上回っている。まだ奥義のようなものは出していないのかもしれないが今までに見た技は全て俺も身に付けロベールよりも効率的に高威力で使える。ロベールに勝ち目はない。
だがこれだけ師匠やロベールの自信ありげな態度を見れば警戒する。俺を慢心させて油断を誘うのならまだわかるが態々俺を警戒させるようなこの言動は何だ?相手の狙いがわからないのは不気味だ。相手に態々警戒させる場合の狙いとしては別の何かから目を逸らせるためという線だろうか。警戒心を持たせることが作戦なら一つのことに警戒しすぎるのはよくない。あるいはこうやって悩ませることが作戦なら悩まない方がいい。結局相手の狙いがわからない以上俺がこの思考のループに嵌っても無意味なことだ。俺がすべきことは慢心せず警戒を怠らず来るものは全てねじ伏せれば良い。単純明快だ。
ガウ「がうぅ。」
ロベール「おチビちゃん俺の朝食は?」
ガウ「まだ残ってるの。」
ロベール「そうだね~。まだ残ってるね~。パンと水だけじゃねぇか!」
ガウ「今日はだいじな日だから残してやれってししょーに言われたの。」
ロベール「そりゃありがたいね~。ありがたすぎておじさん泣きそうだよ…。」
いい年のおっさんが半べそをかいている。おっさんとは言ってもどう見ても二十代前半か中盤。三十歳と言われても十人中九人以上はもっと若く見えると答えるだろう。
アキラ「ロベール、お前いくつだ?」
ロベール「あ?年か?今年で38くらいだ。」
アキラ「は?」
絶対に40前には見えない。十代と言われても少し老けた十代だなで通りそうなのだ。俺はまじまじとロベールを見てしまう。
ロベール「なんだ?俺に惚れたか?」
アキラ「寝言は寝て言え。」
この世界の者は地球より若く見えるのだろうか。それともまさか神格を持っているかもしくは神になっているのか?神格者や神は見れば神力でわかるはずではあるが師匠も俺も力を抑えているので普通の者には気づかれない。ならばこいつも隠しているのか?まさか敵ってことはないだろうな…。
狐神「それじゃそろそろ最後の試験といこうじゃないか。」
そうして俺達は表に出る。今日は師匠とガウも付き合うようだ。
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俺とロベールは剣を持って向かい合う。ロベールは正眼に構えて緊張の面持ちだ。俺は気負うことなく無形の位で立っている。
狐神「それじゃ…、はじめ。」
師匠の合図でロベールが斬り掛かってくる。昨日師匠に何を仕込まれたのか一昨日とはまるで動きが違う。元々剣聖としてかなりの実力があったはずなのに今までよりもさらに速く鋭い。だがその程度では俺には通じない。ロベールの攻撃を全て往なして怪我をさせないように軽く反撃もする。軽く触れるか触れないか程度にしか剣を当てないが心臓、眼突き、頚動脈、腕や脇の動脈等当てていれば致命傷になるはずの攻撃を何度も繰り出す。いくら俺が当てていないとはいえこの男には恐怖心はないのだろうか。もし当てていればすでに何度も死んでいるはずの攻撃を前にしても怯むことなく挑んでくる。
狐神「そろそろお昼にしようかね?」
師匠がそう声をかける。午前中三時間もぶっ続けで剣を振るい続けたにも関わらず今日は今までと違いロベールは倒れていなかった。今までよりも重い攻撃、素早い動きであったにも関わらずだ。これが昨日たった一日での師匠の修行の成果なのだろうか。確かに大した進歩だ。とても40前のおっさんには見えないがすでに体も技も完成していたはずの40前のおっさんがたかが一日や二日でこれほど強くなるなど目の前で見ても信じられない気持ちになる。確かにすごいことではある。だがこの程度では俺には通じない。それは師匠もわかっているはずだが…。秘策はまだ残しているということか。
その後昼食を済ませてロベールは神水を飲んで体力も回復させる。
狐神「それじゃ再開するよ。…はじめ。」
師匠の合図で再開される。ロベールの動きは午前よりさらに鋭さを増していた。よく見ていなければわからない程度ではあるが一撃毎に剣速と威力が上がっているようだ。それでも所詮その程度では焼け石に水であり俺には通じない。午前と同じ結果になるだけであった。
ガウ「そろそろ休憩なの。」
午後の休憩を入れる。俺達に出会う前のロベールに比べて休憩前のロベールはもはや別人レベルに強くなっている。だがやはりどう考えても俺に一撃入れるなど不可能だ。師匠としてはこの修行をつけてやることがロベールへの礼だったのだろうか…。
ロベールの方を見てみる。師匠は相変わらず何を考えているかわからないがロベールの目はまだ諦めていない。恐らくこれが最後の休憩になるはずなので何か仕掛けてくるとすればこれからということか。
ガウ「はじめなの。」
ガウの合図で再開されるが今度は仕掛けてこない。今までと違い今回はじりじりと間合いを取りながら一撃打ち合っては離れる。ヒットアンドアウェイだ。俺は今までの反撃でもロベールには当てていないがこの動きに変わってから致命傷を与えられていない。最初のうちはロベールが離れる前に腕や足を切り落とせるくらいの反撃が可能であったはずだが今では寸止めでなく当てに行っても掠り傷くらいでかわされている攻撃が多いはずだ。
だがその分ロベールから俺への攻撃も当たらない。もちろん最初から当たってはいなかったが軽い攻撃で少ない手数しかこなくなっている。今のままでは永遠に俺に当てることはできないだろう。
アキラ(もしかして誘っているのか?)
よくよく考えてみれば今までずっと俺が一方的に受ける立場でロベールが仕掛けてきていた。師匠とロベールの秘策は俺に攻撃させてからのカウンター狙いか?だがそれは成立しない。俺の勝ちは時間まで攻撃を食らわないことであり、ロベールの勝ちとは俺に一撃入れることだ。ロベールが仕掛けてこないのなら俺はただ時間が過ぎるのを待っていればいい。
アキラ(では別の狙いが?)
そう考えていた時に局面は動いた。
ロベール「があぁぁぁっ!」
ロベールが渾身の一撃を放ってきた。両手持ちで右に振りかぶって振り下ろす。俺の左肩口が狙いだ。俺は左手で持った剣でロベールの剣の軌道を逸らし逆にロベールの右肩口へと寸止めの反撃をする。
ブシュッ
ロベールがさらに踏み込んできたためにロベールの肩口に俺の剣が食い込む。寸止めにするつもりだったとは言え軽く振ったのでは意味がないのできちんと力を込めていた俺の剣はロベールの体にどんどんとめり込んで行く。このままではよくて右腕切断。最悪右肩から股間にかけて袈裟斬りに真っ二つになる。
アキラ「この馬鹿っ!何やって…。」
俺は慌てて剣を止め治癒の術をかけようと近づく。人間並に制限されている俺の反応では思わぬ踏み込みに剣を止めることができなかったのだ。
ロベール「俺の…勝ちだぜ。」
アキラ「………あ?」
よたよたと倒れ掛かってきたロベールを抱きとめ治癒の術をかけている俺の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
ロベールのファルシオンはいつの間にか左手に握られていた。俺の外套の右端の下の部分に少し擦ったような跡がある。妖力を纏っていれば服にも傷一つ付けられはしないが今の俺は能力制限をしている上に妖力は隠しているのでただの布製の外套だからだ。
アキラ「これが作戦か?!大馬鹿野郎かお前は!死ぬ気で一撃入れるのと死んで一撃入れるのじゃ意味が違うだろうがっ!これで一撃入れても死んでたら元も子もないだろうがっ!」
ロベール「確かに時間があれば命を賭けての一撃じゃなくて死ぬ気で頑張って一撃を入れるために努力もしただろうさ。だが俺にはこれしかなかった。バルチア王国を逃げ出してここで暮らしてからの俺は既に死んだも同然だった。ここで…、お嬢ちゃん達に付いていけなきゃ…ここに残されても俺は死んでるのと一緒だったんだ。だから例え死んでも一撃入れて付いていく。どうせ死んでる命なら万が一でも億が一でも生き残って付いていける方法に賭ける。」
狐神「ロベールの勝ちだね。」
アキラ「師匠…。」
これでわかった。昨日の大量の血痕は師匠に何度も叩き斬られながらこのタイミングの練習をしていたんだ。最後のヒットアンドアウェイ戦法は俺の反撃の寸止めが寸止めしなくとも致命傷にならないと何度も刷り込むためだったんだろう。寸止めせずともどうせ大したダメージにならないと思っていた俺は予想外の踏み込みで近づいてきたロベールに剣を止めることができなかった。そして予想外にダメージを与えてしまった俺が剣を止めることと傷に意識が向いている間に左手に持ち替えたファルシオンで俺の死角から攻撃する。まともな勝負ならとても俺には敵わないが俺が大ダメージを与えるつもりのない今回の勝負だったからこそできた作戦だ。
アキラ「…。自分で立て。」
俺はいつまでも抱きついているロベールを突き飛ばす。傷はもう治っている。おっさんに抱きつかれる趣味はない。
ロベール「ひでぇな。お嬢ちゃんが抱きついてきたんだろ?」
それには答えず俺は振り返り小屋へと向かって歩き出す。
アキラ「……勝手にしろ。」
ロベール「ああ。付いて行かせてもらうぜ。」
こうして剣聖ロベール=ファルシオン=ドラゴンスレイヤーが俺達の旅に同行することになった。




