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転生無双  作者: 平朝臣
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第百三十一話「虚無との戦い」


 九尾の女神の体の至る所から黒い影のようなものが突き出してる。それはまるで何かの冗談のような現実味の薄い姿だった。


スサノオ「ダキっ!!!」


 スサノオが何とか体を動かし九尾の女神に手を伸ばす。


九尾の女神「ごふっ………。」


 貫いた影に支えられていた九尾の女神は影が消えたことでぐらりと倒れた。


スサノオ「ダキっ!ダキぃぃ!!」


 倒れこんだ九尾の女神はスサノオの手が届かず地面に倒れ伏す。スサノオは倒れた九尾の女神のもとへと這いずるように進んで抱き起こした。


 スサノオに抱き起こされた九尾の女神はまるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかった。神力や気配からまだ生きてはいるのがわかる。俺でもわかるのだから抱いているスサノオだってそれをわかっているはずだろう。だがスサノオは一気に豹変した。


スサノオ「うおおおぉぉぉぉっ!!!」


 その体から溢れ出していた虚無の力が桁違いに跳ね上がる。もうすでに最高神を超えているだろう。もしこんな者が暴れたら世界なんて一瞬で消滅する。


ツクヨミ「ふん。どれほど力を持っていようとも使えなければ意味はない。使ってみろ海神!出来るものならなぁ!ふははははっ!!!」


 ツクヨミがさらに挑発するがすでにスサノオの耳には届いていないだろう。


アマテラス「………。」


 アマテラスはただじっとスサノオと九尾の女神を見つめていた。その瞳が少しだけ動揺に揺れていたのを俺は見逃さなかった。


九尾の女神「駄目よあなた………。」


 蚊のなくような小さな声だったのにやけにはっきり聞こえる声で九尾の女神がスサノオに語りかけた。


スサノオ「―ッ!ダキ!」


 完全に我を忘れかけていたスサノオの自我が戻ってくる。


九尾の女神「駄目よあなた…。この世界を滅ぼしては駄目。この世界には……、この世界には私達のアキラがいるのよ……。だから滅ぼさないで……。」


スサノオ「ダキ………。」


 九尾の女神はすでに目が見えていないのだろう。その瞳に光はなくふらふらと手探るように腕を伸ばしてスサノオを探している。


 スサノオはその手をしっかり握り締めてから九尾の女神に応えた。


スサノオ「ああ。わかってる。可愛い娘がいる世界だもんな。わかってる。滅ぼしたりしないさ。」


 スサノオは自分自身も虚無に蝕まれて激痛が走っているだろうに、九尾の女神を安心させるように静かな声で落ち着いて応えていた。


九尾の女神「ええ。………お願いね?」


スサノオ「任せろ。俺が嘘をついたことがあるか?」


九尾の女神「………。」


 しかし九尾の女神が答えることはない。そう……。もう二度と………。


スサノオ「ダキ?……嘘だろ?ダキっ!ダキぃぃぃ~~~!!!」


 九尾の女神は最後に何か言い残すこともなくあっさりと息を引き取った。人の最後なんてこんなものなのかもしれない。


 しかしあまりにあっさりと九尾の女神はこの世を去った。そのあっけなさが余計に俺の心を痛める。そしてそれはスサノオも同じだろう。いや…、スサノオの痛みは俺以上だろう。


スサノオ「うおおおぉおぉぉぉぉおおっ!!!」


 スサノオの咆哮が世界を振るわせる。どんどん溢れてくる虚無が解き放たれたら本当にこの宇宙が滅ぶだろう。今スサノオが溜めている力は俺でも最高神でも止められない。


ツクヨミ「いいぞ!いいぞ!もう少しだ!もう少しで………。」


 ツクヨミは一人ほくそ笑んでいた。俺にはツクヨミの狙いがわからない。もしこの力が溢れたら自分もこの世界も全てがなくなる。


 それなのにツクヨミはそれを望んでいるかのような………。いや…、あるいは本当に世界の破滅を望んでいるのかもしれないな………。


 アマテラスが何を考えているかはわからない。確かに瞳が揺れたと思ったが今ではそんな様子はない。まるで俺の見間違いだったのかと思うほどだ。


イフリル「九尾の女神様!ご息女様をお連れいたしましたぞ!………あ?」


 イフ…リル…?イフリルだ。若い姿だし今の転生をする何度も前のイフリルだと思うが間違いなくイフリルが空間移動でスサノオと九尾の女神の前に現れた。


 しかも赤子の俺を持っている。赤子でもイフリルより俺の方がでかいが精霊力で包んで持っているのだろう。それはいい。それよりもいくつか考えることがある。


 まずイフリルは過去に誰かに仕えていたから精霊王の資格がないと言っていた。それがどうやら俺の母親だったらしい。今のイフリルの様子からしてスサノオではなく九尾の女神に仕えていたのだろう。


 そして精霊族の空間移動では大きなものは運べないはずだ。身に付けている物くらいなら一緒に移動出来るが他人を一緒に移動させたりするのは難しい。


 小さい者なら一緒に移動するのも可能かもしれないが、赤子の俺は精霊族と違って物質との繋がりが強い上に力も強い。イフリルの力で赤子の俺を空間の裂け目を通すのは無理だろう。


イフリル「九尾の女神様!!!」


スサノオ「イフリルか………。すまん。ダキを守れなかった。」


 スサノオが辛うじて虚無を抑えながらイフリルに頭を下げる。もういつ暴走してもおかしくない。


イフリル「スサノオ様…。わしの方こそ申し訳ありません。もう少しわしが早くご息女様をお連れしておればこのようなことには……。」


 イフリルも頭を下げる。そしてわかった。イフリルが俺を移動させるために自分の命のほとんどを使い切っているということを………。


スサノオ「いや…。自分の命を賭けてまでアキラを連れてきてくれたのだ。ダキもイフリルに感謝しているだろう。」


イフリル「わしは…、また生まれ変われば良いだけの……ことです。せめて…、せめて九尾の女神様の忘れ形見だけは…お救いください…。スサノオ様……。」


 浮いていたイフリルが地に落ちる。そしてサラサラと最初からそこにいなかったかのように砂が舞うように光が舞い散り消え去ろうとしている。


 やばいぞ。これは普通の精霊族の死に方じゃない。恐らくこのまま放っておけばもう二度とイフリルは生まれ変われないだろう。


 いや…、未来を知ってるからまたイフリルが生まれてくることはわかってるよ?けど俺まで手に汗握ってしまう。このままじゃイフリルが消滅してしまう。


スサノオ「くっ…。イフリル。お前はダキと約束したのだろう?この先ずっとアキラを守ると………。消滅することは許さんぞ。」


 スサノオからイフリルに光が注がれる。これは虚無じゃない。空力か?それを受けて崩れかけていたイフリルは光の玉になって天へと登って行ったのだった。これでまたイフリルとして生まれてこれるだろう。


ツクヨミ「ちぃ。小賢しい真似を。その娘も始末してやる!」


 ツクヨミが赤子の俺を殺そうと影を操る。………しかし赤子の俺に危害が加えられることはない。スサノオの力が俺を包み守っている。


スサノオ「ぐぅっ!娘には手出しさせねぇよ。腐れ兄貴。」


ツクヨミ「なっ!腐れだと!そもそもお前に兄貴呼ばわりされる謂れはない!」


 スサノオは虚無に飲み込まれそうになりながらも必死に耐えている。それは赤子の俺を守る。ただそのためだけに。


 しかし気合でどうにかなるものではない。確実に暴走へと進んでいる。それは最早止めようもなくて…。


スサノオ「海神スサノオの最後の矜持を見せてやる!ぐううぅぅおおおぉぉぉっ!!!」


 もう暴走を止める手立てがないスサノオは………、自らの右手で左胸を貫いたのだった………。


アマテラス「スサノオっ!!!」


 今まで玉座のようなものに座ったままだったアマテラスは立ち上がり悲痛な叫びを上げた。


スサノオ「時渡り三の秘技、時転門!」


 スサノオの前に空間の歪みが発生する。界渡りの空間の歪みとは違う。言葉が適切かどうかはともかくイメージで言えばまさに時空の歪みという感じだ。


スサノオ「おお…、最後の最後で…、初めて成功し…たな。時渡りは…難しいからなぁ……。ははっ。お別れだアキラ…。大きくなれよ。」


アキラ「うぅ~…。おぎゃぁぁぁ~~!!」


 スサノオが赤子の俺を時転門に送ろうとした時に赤子の俺が泣き出した。


スサノオ「お?アキラが泣くなん…て初めてだな…。もしか…してこれが別れだってわかって…るのか?」


アキラ「おぎゃぁぁ!!」


スサノオ「ははっ。達者で…暮らせ…よ。俺と…ダキが…、いつも……見守ってる…からな……。」


 スサノオは俺が入った籠ごと時転門へと放り込んだ。初めて成功したらしいからスサノオは狙って俺をどこかに送ったのではないのだろう。


 偶然成功して繋がったこの時から約八千五百年先の中央大陸へと赤子の俺は時を渡ったのだった。


ツクヨミ「ふはははっ!無駄なことを!どこへ飛ばしたのか知らないが今ここで世界が全て消え失せるのにどこへ逃げても無駄だ!ははははっ!」


 どうやらツクヨミの目的はこの世界の破滅で当たっているようだな。支配することが目的ではなく破滅させることが目的の相手は厄介だ。敵の企みを阻止して破滅させられずに敵を殺すしか止める方法はない。


スサノオ「へっ。おめでたい…奴だな…。そうは……、いくかよ!!!」


 スサノオはさらに左手を右胸に突き刺した。そして自らの心臓を取り出す………。


スサノオ「うおおおぉぉぉっ!!!」


 心臓を握り潰す。するとあれほど溢れていた虚無が霧散した。けど別に心臓を潰したから虚無が霧散したわけじゃない。


 スサノオが命懸けで虚無を抑えたからだ。俺が暴走しかけたからと言って心臓を潰しても止まらない。普通ならむしろ逆に抑えている本人が死ぬことで溜められていた力が暴走するだろう。


 今回はたまたまスサノオが虚無を抑えたのと心臓を潰したのがタイミング的に重なっただけで真似してはいけない。


スサノオ「くくっ!じゃあな姉上、兄貴、黄泉の国で待ってるぜ。」


 そう言うとスサノオは九尾の女神の隣に倒れ伏した。偶然にも二人の手はまるで繋いでいるかのように重なり合っていたのだった。


アマテラス「スサノオ………。」


 ほんの一瞬だけ見えたアマテラスの頬には一筋の水が流れ落ちていたように見えた。



  =======



 またしても急に視点が切り替わる。どこかの海岸に人工の浮島のようなものがあった。その縁に立つのはサカルムカイツだ。島から陸を見つめている。


 この人工の島を俺は見たことがある。そうだ。海底に沈んでいたカムスサだ。それが次第に沖へと移動し始めていた。


 スサノオの最後の力でこの後この島は海底へと沈み一万年の沈黙を守ることになる。


 そしてまた視点が切り替わる。どこかの森の中に赤子の俺の籠が置かれている。そこへ一人の妖狐が近寄ってくる。


 そうだ。この話はもう前に聞いた。クズノハ本人を見たのはこれが初めてだが、どうやらここはスサノオと九尾の女神が死んでから八千五百年後、俺がクズノハに拾われた場面らしい。


 そして俺はクズノハを見たことでクズノハとの思い出を思い出した。そうだった。スサノオと九尾の女神に愛情を注がれていた頃と変わらないほどの満たされた日々。クズノハの愛情が幼い俺を守ってくれていたのだ。


 知らず知らずのうちに俺の両目からは水が流れていた。………今までこんなことなかったのに。俺は泣いたことなんてない。だからこれはきっと涙なんかじゃない………。


 そこで俺の意識が遠のく。これはいつもの視点移動じゃない。完全に俺の意識は閉ざされたのだった。



  =======



 意識が戻った俺は闇の中にいた。完全なる闇。上も下も右も左も前も後ろも何もわからない。今自分がどっちを向いているのかさえわからない本当の闇。


アキラ「それで?あんなものを見せて何がしたかったんだ?」


 俺は闇に向かって話しかける。そこには何の気配もないとも言えるし、周囲全てに気配が満たされているとも言える。


虚無『お前の両親が死んだのは誰のせいだ?自分勝手な者達のせいだ!お前の愛しい者達が死んだのは誰のせいだ?欲に塗れた者達のせいだ!そんな者達に報いを受けさせろ!』


アキラ「なるほどね。お前の言いたいこともわかるよ。確かに真面目に生きる者が馬鹿を見て、犯罪者がのうのうと生きているのが世界だ。でもだからって世界全てを滅ぼすなんてことはさせない。他人なんて知ったことじゃない。けど俺の愛しい者達に危害を加えるってんなら誰だろうがぶっ殺す。」


虚無『ははははっ!!!お前の愛しい者達はもういない!』


 周囲から笑いが起こる。確かに俺と嫁達の魂の繋がりはなくなっている。そう。『魂の繋がり』はな。けどだからって俺と嫁達の絆がなくなったわけじゃないし、ましてや嫁達が死んだわけでもない。


虚無『何を強がりを………。』


アキラ「あ?俺まだ何も言ってないぞ?お前俺の心が読めるのか?」


虚無『………お前は我で、我はお前だ。表層意識くらいならお互いに読める。』


 あぁ…。そういうことか。なるほどな。だから虚無の表層意識が流れてきてあれほど破壊衝動に突き動かされてきたわけか。


アキラ「まっ、お前は俺が何か言ったところで納得したりしないよな。だからわかりやすく決着つけようぜ。戦って負けた方は勝った方の言うことを聞く。わかりやすいだろ?」


虚無『ははははっ!この宇宙全てを足しても我には敵わぬ!それをお前たった一人で我と戦って勝てると思っているのか?』


 そうだな。虚無の言ってることは正しい。この宇宙どころか、全ての宇宙を足したって虚無には届かない。そして虚無とは時間も空間もありとあらゆるものを全てを含んでいるのだ。だから界渡りはおろか時渡りですら通用しないだろう。


 そんな相手に俺一人でどうやっても勝ち目はない。だけど虚無を従えるにはこれしかない。最初は力ずくでもとにかく大人しくさせなければ説得のしようもないのだ。


アキラ「だったらいいだろ?お前が勝てば俺の体を乗っ取ってこの宇宙を滅ぼしたければ滅ぼせばいい。この宇宙だけじゃない。そのまま他の宇宙まで行って全部滅ぼして回れよ。ただし!お前が俺に勝てたらな。」


虚無『………いいだろう。その約束忘れるなよ?』


アキラ「ああ。お前もな。」


 虚無が俺に応じると周囲の闇が引いた。真っ白なような透明なような何もない空間に変わる。そこに地面が出来、空が出来、一つの仮想空間のような世界が生まれた。


 そして俺の前に黒い人型が一人現れる。虚無は本来何もない。だから俺と戦うための仮初の肉体を出してきたのだろう。


アキラ「ルールは俺が決めていいか?」


虚無『ルールだと?』


アキラ「ああ。お前は俺を殺せないだろ?何しろ俺を殺したらお前の目的が達成されるのが延びるからな。」


 俺が死んでも次の虚無の依り代が生まれてくるが、それがいつになるかはわからない。百年後か、千年後か、あるいは一万年後か。


 虚無からすれば大した時間ではないのだろうが、自分の目的達成が遅れるのは間違いない。だから虚無が直接俺を殺すことはまずない。


虚無『言ってみろ。』


アキラ「お前が俺を殺せない以上は俺が参ったって言わないと俺の負けがないことになる。だから地面に十秒間倒れていたら負けとしよう。もちろんそれは俺もお前もだ。どうだ?」


 俺は地面を足でトントンと叩きながらそう提案する。格闘技のダウンとかそういうものだと思えばいい。


虚無『方法は何でもいいのか?』


アキラ「ああ、いいぜ。地面に十秒間相手を倒しておけば勝ちだ。」


虚無『………よかろう。』


 暫く考えてから虚無は俺の提案に応じた。その瞬間ニヤリと笑った気がした。虚無の仮初の体は真っ黒で顔も表情もない。だけど確かにニヤリと笑った。


アキラ「じゃあ始めよう。この石が落ちた瞬間がスタートだ。」


 そう言って俺は地面から石を拾って放り投げる。弧を描いて飛んだ石が地面に着いた瞬間………。


虚無『我の勝ちだ!!!』


 虚無が一瞬もかからずに俺の目の前にやってくる。そのまま右手で俺の頭を掴んで地面に押し倒す。これで十秒ホールドされて俺の負けだ。


 と虚無は思っただろう。だがもちろんそうはいかない。当然だが俺だって勝算もないのにこんな賭けはしない。虚無の手は空を切った。


虚無『……どういうことだ?』


 虚無の後ろに周りこんでいる俺を振り返らずに問うてくる。虚無からすれば当然の疑問だ。そもそも虚無の強さは次元が違う。宇宙を司る本当の神である最高神ですら赤子の手を捻るように簡単に殺されるだろう。


 本来の俺ならばフツシミタマと時渡りの秘技の加速を使っても相手にならない。ちなみに俺が第一階位の力で九種の神力を全て全力でフツシミタマに使えば最高神と同格くらいになる。


 その上で時渡りの秘技で加速すれば最高神には勝てるだろう。だがその程度の力では虚無にはまったく届かない。それなのに今現実に俺は虚無を上回った。


アキラ「表層意識は読めるんだろう?だったらわかってるんじゃないのか?」


虚無『先ほどから読めん…。一体何をした?』


 ほう…。どうやら意識も読めなくなってるらしいな。同格並みの相手には通じないようだ。


アキラ「今の俺はお前と同格くらいになってる。ただそれだけだ。」


虚無『巫山戯るな!!!我と同格の者などいない!』


 まぁそうだよな。唯一無二の虚無だ。それと同格なんて普通はあり得ない。何しろ全ては虚無から始まり虚無に還る。その一部でしかないはずの者が虚無と同格なんてあり得ない。


アキラ「けど実際今目の前で見た通りだが?」


虚無『………。』


 これは幻術でも何でもない。ただ俺は虚無の手を避けて後ろに周り込んだだけだ。そこに何のトリックもない。それは虚無自身が一番わかっている。何しろ虚無には幻術の類は効かないからな。


虚無『お前がそれだけの力をふるっているのは認めよう。それでは何故お前がそれほどの力を揮える?どうやって手に入れた?』


アキラ「お前に教える謂れはないが…。まっ、隠したまま勝ってもお前は納得しないかもしれないからな。教えてやるよ。そもそもお前は…、『虚無』とは何なのかをな。」


 そうして語りだす。俺が揮っている力の秘密を。


 まず今の俺は何故か九種の神力がどれも使えない。その原因はわからないが、今の俺は九尾の尻尾が一本もない。もしかしたらそれが原因かもしれない。


 俺が九種の神力でフツシミタマを使っていた時に一本一本がそれぞれの神力を纏っていた。そこから考えるに俺の尻尾はそれぞれ一本につき一つの神力を象徴していたのではないだろうか?と思える。


 一本の尻尾が一つの神力を操り、それが九本あることで俺は九種全ての神力を制御していた。しかし今はその尻尾がない。そして神力が使えない。


 だから今の俺はフツシミタマを使うことも出来ない。それならむしろ俺は弱っていて虚無どころか他の者とも戦えないということになる。実際に神力で戦おうとすれば俺は普通の人間族並くらいの力しかないだろう。


 しかしそのお陰と言うべきか、俺は一つの極致へと至った。それが今の俺の強さだ。


 俺が至った極地を説明する前に一つ寄り道をしよう。それはそもそも虚無とは何なのか?ということ。


 最初に説明した通り虚無とは言葉で一番近い表現をすると『何もない』ということになる。しかしそれでは『何もないということがある』となるので『何もない』というものすらないのが本当の虚無ということだ。もちろん概念的なものでこれ以上言葉で説明することは出来ない。


 だが虚無とは本当に何もないのか?いや、言葉の意味としての虚無は本当に何もないことを表すのだろうが、それでは一体今目の前にいる虚無とは何なのか?ということになる。何もないのではないのか?という疑問が沸くだろう?


 この虚無の意思は、始祖の世代の神達が切り取り、創造の世代の神達が造った世界に現れたものだ。そう。現れたのだ。つまり『何もない』ではなくなったのだ。


 混沌が造られ、それをもとにさらに様々な宇宙せかいが造られた。そこは『何もない』世界ではなくなったのだ。そしてそこに虚無が現れるということは『何もない』ではない。


 ではこの虚無の意思は本当の虚無ではないのか?というとそんなことはない。紛れもなく虚無の意思を表してる。


 つまり『ある』状態でも虚無の力を使っているのだ。それは即ち俺達この世界に存在する者でも『何もない』はずの虚無の力を使える。


 この虚無の意思は存在として現れてしまった時点で己の限界を定めてしまったのだ。こいつはあくまで虚無の力を宇宙せかいに現す代行者でしかない。


 宇宙に存在する者が虚無の力を引っ張ってこれるということは、俺もそれを出来る可能性があるということであり、実際に今虚無の力を使っているのが俺の状態だ。


 だからこの虚無の意思と今の俺は同格。どちらも同じ虚無の力をこの世界に発現させる者だ。


 そして俺がこの力を使えるようになったのは九種の神力全てを失ったから。全てを極めた状態でそれを失った俺は言わば『力の使い方は熟知しているがその力は持たない』状態だった。


 それが功を奏したのかは知らないが、力を失ったせいで何とか戦える力を出そうと力の使い方を色々試しているうちに俺は虚無と繋がってしまったのだ。厳密には繋がったのとは少し違うがそこはいいだろう。


アキラ「ざっと説明するとこんな感じだ。わかったか?」


虚無『巫山戯るな!巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るなぁぁぁぁぁ!!!』


 虚無が全力で俺に殴りかかってくる。


アキラ「俺を殺せないはずのお前が全力で俺にかかってきているってことは、感情では認めたくなくても理屈では理解してるんだろう?」


虚無『黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!!』


 右ストレートを首を曲げてかわす。するとすかさず左膝が俺の腹に迫ってくる。二歩後ろに下がると虚無は近づきながら左フックを打ってくる。それを右手の掌で受け止めると二人の動きは止まった。


 俺達が止まった瞬間周囲の空気が爆発したかのように大きな衝撃を放射状に撒き散らす。どうやら意識してなかったがここには空気もあったようだ。空気の成分が地球の空気と似ているかどうかは知らないがな。


 それはおいておこう。俺達の動きがあまりに速すぎて空気の衝撃も音も、そもそも俺と虚無がぶつかった時の火花の光ですら俺達に追いつけない。


 今の戦いを見て理解出来る者はいないだろう。最高神ですら目で追うことすら出来はしない。しょぼい戦いのように見えていたが最早俺達の能力は次元を超えている。


アキラ「さて。それじゃ勝たせてもらおうか。」


虚無『何を………。え?』


 虚無が気付いた時にはすでに地面に転がされていた。そして十秒ゆっくりと数える。


アキラ「八……、九……、十。俺の勝ちだな?」


虚無『………???』


 虚無は未だに何が起こったのかわからないという顔をしている。今の俺はこの虚無の意志よりさらに虚無の力をよく理解し使えるからな。


 始祖の世代がどうやって虚無から混沌を作ったのかわかったのだ。俺も同じことを理解し行ったにすぎない。


 虚無とは『何もない』ことだがそこに意思を込めれば何にでも成り得る。そう。この虚無の意思もそう。混沌だってそう。混沌から造られた全ての宇宙もそうだ。


 全ての素たる虚無に『こうであれ』という意思を込めればそうなる。例えば虚無にごちゃごちゃに混ざった意思を込めれば混沌になる。俺がイメージする地面になれと込めれば地面になるのだ。虚無とは全てであり全てでないのだから。


 だから俺は虚無の意思の背中にぴったりと虚無から地面を作り出したのだ。虚無がどれほど動こうと思ってもその背中に地面が作られるのだから逃げる方法などない。


 俺が最初にテンカウントで勝敗を決めるようにしたのはこれを使えばいつでも勝てると思ったからだ。そして虚無は何も理解出来ずに俺に負けた。


アキラ「俺の勝ちでいいな?」


 もう一度問いかける。


虚無『………約束は守る。……今回はな。』


 そう言うと虚無の仮初の体が俺の中に飲み込まれる。俺の中に還って暫くは大人しくしているということだろう。


 そして俺の意識が徐々に覚醒する感じがする。どうやら俺の本体が目覚めるようだ。何か随分久しぶりな気がする。


 俺は愛しい者達のいる世界に戻ることにウキウキしながら徐々に目覚めていったのだった。



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