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転生無双  作者: 平朝臣
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第百三十話「無慈悲な過去」


 サカルムカイツは何か玉のような物を手に取った。


サカルムカイツ「お願い…。出て…。スサノオ様!」


 ………どうやら現代で言うところの電話みたいなものか?


スサノオ『おう。どうした?』


 玉から光が照射されて壁にスサノオの姿が映った。どうやらテレビ電話みたいなもののようだ。


サカルムカイツ「スサノオ様!大変です!天津神にアキラ様が誘拐されてダキもセオリツに従ってどこかへ行ってしまいました!もう二人を救えるのはスサノオ様しかおられません。どうか二人をお救いください!」


スサノオ『どういうことだ?もっと詳しく。』


 それからサカルムカイツは自分が見たことを正確に伝えた。俺が見ていたこととほとんど一緒なので嘘は一切ついていない。


スサノオ『………そうか。わかった。それじゃダキとアキラは俺が何とかするからムカツはヤタガラス達と一緒にあるところへ向かってくれ。』


サカルムカイツ「………あるところ?」


 こうしてサカルムカイツは海底都市カムスサへと避難することになったのだった。



  =======



 視点が急に切り替わる。どうやらスサノオの執務室のようだな。


スサノオ「ふむ………。おいヤタガラス。」


ヤタガラス「はっ!」


スサノオ「だからそう畏まるなって。まぁいい。お前はサカルムカイツを迎えに行ってから皆であの避難所へ逃げてくれ。」


ヤタガラス「は?……ちょ、ちょっとお待ちください。スサノオ様はどうされるのですか?」


 一瞬間の抜けた顔をしたヤタガラスはスサノオが何を言っているのかわからないという顔で問い返した。


スサノオ「お前さっきの聞いてただろ?俺はダキとアキラを助けに行ってくる。」


ヤタガラス「お待ちください!それならば国津神の精鋭を…。」


スサノオ「ば~か。そんな大勢で動いたら敵にすぐに察知されるだろうが。それに俺についてこれる者がいるか?足手まといを連れて行ったら二人の救出も失敗するかもしれん。」


ヤタガラス「しかし…。」


 ヤタガラスは尚も食い下がろうとする。それはそうだろうな。誰が自分の仕える主君を一人で敵地に行かせるというのか。


 ………あれ?俺もよくムルキベルや親衛隊の言うことを聞かずに一人で乗り込んだり戦ったりしてるな。そうか。これもスサノオの遺伝だったか。違うかもしれないけどそういうことにしておこう。全部スサノオが悪い。


スサノオ「おいヤタガラス。俺が負けるともで思ってんのか?」


 スサノオは初めて『威圧』した。ただちょっと凄んだのとはわけが違う。これはまさに威圧だ。ゲームとかで普通にスキルとして使えそうなほどの圧力だ。


ヤタガラス「はっ…。いえ…。決してそのようなことは……。ですが我らの務めはスサノオ様の傍に控え身を挺してお守りすることです。」


 おお?ヤタガラスもすぐには引き下がらないようだな。完全に萎縮しながらもスサノオに食らいつく。


 決してヤタガラスがビビりなのでも根性なしなのでもない。スサノオの威圧は桁が違う。第三階位のヤタガラスですら蛇に睨まれた蛙になるほどの威力だ。


 それを耐えてさらに言い募ることが出来るだけヤタガラスは大したものだろう。


スサノオ「わかってるって!お前の言ってることは正しいよ。けど今回はぱっと行って二人を救出してすぐに逃げるだけだから。な?俺の足手まといになる者はいらないんだよ。それに余計な死人を出すこともないだろ?」


 弱腰のスサノオらしい。どうやら九尾の女神と赤子の俺を抱えてすぐに逃げるだけのつもりのようだ。だが恐らくそこで夫婦揃って死ぬことになるだろう。


ヤタガラス「………わかり…ました。それではあの避難所でスサノオ様と奥方様のお帰りをお待ちしております。」


スサノオ「おう待ってろ!あっ!ムカツのこと迎えに行ってくれよ。頼んだぞ!」


ヤタガラス「ははっ!お任せください。」


 そう言うとスサノオは界渡りの秘技で消えた。どこへ向かえば良いかわかっているのだろうか?少なくとも俺にはわからない。


 九尾の女神の気配も赤子の俺の気配も、それどころかアマテラスやツクヨミの気配も感じない。


 しかしスサノオが移動したことで視点が自動的に切り替わる。それは恐らく俺の両親との最後の別れの場所へと………。



  =======



 ん?視点が切り替わったと思ったがどうやら時間も少し巻き戻っているようだな。奇妙な場所を九尾の女神とセオリツが歩いてる。


 そこはヨモツオオカミと出会った黄泉の国や精霊の園と少しだけ雰囲気が似ている。もしかしたら誰かが作った異界かもしれない。


セオリツ「連れてまいりました。」


 どうやらセオリツの目的地に到着したようだ。闇に向かってセオリツが声をかけるとまるで門が開くように闇が開けて眩いばかりの光が差し込んでくる。


???「ご苦労。下がりなさい。」


セオリツ「はっ!」


 闇を引き裂いて現れた女がそう言うとセオリツは畏まって引き下がった。その女の姿や神力はシホミと似ている。恐らくこいつがスサノオの姉、シホミの母、そして俺の伯母、アマテラスだろうとわかった。


九尾の女神「アマテラス義姉様。これは一体どういうことでしょうか?」


 九尾の女神はアマテラスと呼びかける。やはりこいつがアマテラスで合っていたようだ。


アマテラス「黙りなさい。誰が話して良いと言いましたか?」


九尾の女神「………申し訳ありません。」


 九尾の女神はアマテラスの言うことを聞きながら赤子の俺を奪い返す隙を狙っているのか?しかしこの場には赤子の俺はいない。ここで何かしようとしたら別の場所にいる仲間がお前の子供を殺すぞ、ということなのだろう。


アマテラス「九尾の女神と話があります。全員下がりなさい。」


 ん?どういうことだ?アマテラスの言葉で周囲にいた天津神達がざわつく。俺も驚いた。ここで九尾の女神を甚振りながら殺すんじゃないのか?


セオリツ「アマテラス様!このような卑しい者と二人きりになるなど………。」


アマテラス「黙りなさい。わらわの言葉が聞こえませんでしたか?」


 セオリツがアマテラスを止めようとしているのに、その言葉を遮ってアマテラスは言い切った。どうやら本気らしいな。一体これから何が起こるんだ?


 これ以上何か言ってもアマテラスの不興を買うだけだとわかった天津神達は光の向こうへと下がったのだった。


アマテラス「九尾の女神………。わらわはそなたが憎い。」


九尾の女神「………私は何かアマテラス義姉様に憎まれるようなことをしたでしょうか?」


アマテラス「ふんっ。白々しい。わらわのスサノオを誑かし奪っておきながらなんとふてぶてしい態度であろうか。」


 ………なるほどな。『わらわのスサノオ』というのが兄弟としての愛なのか、異性としての愛なのかは知らないがどうやらそういうことらしい。


 そしてそれは珍しいことではない。神話では兄弟姉妹の神が夫婦になり人間を創造して始祖となるという話は世界中にある。


 そもそもアマテラス、ツクヨミ、スサノオの三貴神の父であるイザナギとその妻のイザナミは兄と妹ということになっている。


 現代では兄妹では近親相姦ということになる。もちろん昔でも同母兄弟姉妹との結婚は禁止されている。しかし世界中の神話では実の兄弟姉妹の夫婦の神が始祖となることが多い。


 それは近親相姦という禁忌に眼を瞑っても出自の尊さを重視したのかもしれない。また始まりは皆同じということかもしれない。


 色々な意見や考え方があるだろうからそれは専門の研究者にでも任せる。興味があれば自分で調べてみるのもいいだろう。


 ともかく神話においては兄弟姉妹での結婚も珍しくもおかしくもない。アマテラスがスサノオに懸想していてもおかしくはない。


 日本の神話でもスサノオがアマテラスに身の潔白を証明するために行った誓約うけひというものがある。それによって五男、三女の神が生まれることになる。


 これをアマテラスとスサノオの婚姻であったと解釈する研究もある。まぁ日本神話は神の霊力のようなものが宿ると次々に神が生まれてくるので、子供が出来たからイコール結婚したのだと解釈するのもこじつけのような気がしないでもない。まぁだからあまり支持されている解釈ではないのだろうが………。


九尾の女神「それが今回の騒動を起こした理由ですか?」


 九尾の女神は淡々と話している。その声や表情からは今の九尾の女神の心境は窺えない。


アマテラス「まさか。わらわはこれからの海人族の未来を思ってことを起こしたまで。」


九尾の女神「未来を思って?戦争を起こし大勢の命を奪うことが未来のためなのですか?」


 ふむ…。九尾の女神もこの太古の大戦の裏に月人種と太陽人種が関わっていたことに気付いてたみたいだな。


アマテラス「そなたにはわからぬ。これは必要なこと。ただ安寧な生活を送るだけでは生物は衰え死に絶える。生物が発展し先に進むためには試練が必要なのだ。」


 うん。それは確かに真理の一端だろう。例えば地球には宇宙から放射線が常に降り注いでいる。放射線は現在地球上に生息する生物にとっては危険なものだ。だが宇宙から降り注ぐ放射線によって遺伝子に変異が起こり生物が進化してきたのだという研究もある。


 ハリネズミやアルマジロは敵から身を守るために鎧を手に入れるように進化した。馬は速く走って敵から逃げられるように進化した。


 生物の進化とは外敵から身を守ったり周囲の環境に適応するために起こる。何の変化もない安全で満たされた場所にいる生物は進化が止まりいずれ死に絶える。


 この世界では地球ほど学問や研究は進んでいないと思うが、アマテラスが言ったことは確かに地球でも提唱されていることだ。


 どうやってその真理まで辿り着いたのかは知らないが決して間違いだとは言えない。


 しかし間違いではないからと言って勝手にアマテラスに試練を与えられて殺されなければならない理由にはならない。


 何の権利があってアマテラスが他の生物達に試練を与えて殺しても良いということになるのだろうか。


九尾の女神「それを何故アマテラス義姉様がしなければならないのでしょうか?」


 そうだな。九尾の女神も俺と同じことを考えたようだ。


アマテラス「ならば問おう。この世界に生きる自分勝手な者達のせいでどれほどの不幸が生まれた?そしてこれからどれほどそれが繰り返される?何故清き者だけが馬鹿を見て、人を騙し奪い殺す者がのうのうと生きている?わらわはそのような者達に裁きを与えているにすぎぬ。」


九尾の女神「ならばそのような者達だけを裁かれれば良いではありませんか。その裁きのせいで関係ない善良な方達まで犠牲になっています。」


アマテラス「だから言ったであろう?善良な者達であろうともただ救うだけではいずれ死に絶える。だからより進化するために試練は必要なのだ。」


 ふ~ん。言わんとしてることはわかるよ。俺も似たようなこと考えてるからな。


 けどな。けどお前にそれを決められて俺や俺の大切な者達までそれに巻き込まれる謂れはねぇんだよ。お前が何族を滅ぼそうが俺には知ったことじゃない。


 ただお前は失敗した。お前は俺を敵に回した。俺と俺の周りまで巻き込んだ償いはさせてやる。


九尾の女神「それでは何故スサノオ様やアキラまで巻き込むのですか?」


アマテラス「………。」


 アマテラスは黙り込んだ。今まではスラスラとしゃべっていたのに急に口を噤んだ理由はなんだろうか?


???「黙れ。卑しい妖狐の分際で。」


 そこへ闇から這い出るかのように一人の男が現れた。アマテラスより少し弱くて暗黒力を纏う男となればもうツクヨミしかいないだろう。


アマテラス「ツクヨミ。わらわと九尾の女神だけにせよと言ったはずだが?」


ツクヨミ「妖狐は化かし誑かすのが種の特性。姉上も騙されております。このような者の言うことなど聞いてはなりません。」


 やはりツクヨミだったようだな。ツクヨミの言葉はただの言いがかりで九尾の女神は何か化かすような妖術を使ってはいない。


 アマテラスもツクヨミの言葉を信じたわけではないだろうがそう言われて黙り込んでしまった。あるいは二人きりで話したかったのにツクヨミが出てきて話せなくなったのかもしれない。


 それからツクヨミが闇から出て来たことで少しだけわかったことがある。界渡りの秘技は海人種だけの能力だが月人種にも似たようなことが出来る能力があるようだ。


 暗黒力も使える俺は見てわかった。月人種は闇を操る能力がある。その闇とはデスサイズに浴びせられたあれも含まれる。だがあれだけじゃない。


 普通にある影や闇のようなものも含めて全てを操れるのだ。そしてその闇から闇へと移動出来る。界渡りの出入りの門を闇にしているだけと言えばそうとも言えなくはないが一つだけ大きな違いがある。


 それは界渡りは門を自分で設定するためにどこでも入り口も出口も出せる。しかし月人種の能力ではそこにある闇や影を使って闇や影のある場所にしか出られない。だから入り口、出口に設定出来る場所に限りがある。使い勝手としては界渡りの秘技の方が断然有利だろう。


 さて、それではセオリツはそういう能力でここへと移動してきたのかと言うと違う。ツクヨミの移動をみて確信した。セオリツが使ったのは間違いなく界渡りの秘技だ。ということはセオリツは国津神か、少なくともその血が入っているということだろう。


九尾の女神「ツクヨミ義兄様…。」


ツクヨミ「汚らわしい!お前などに義兄と呼ばれる筋合いはない!」


 九尾の女神が何か話しかけようとしたら義兄と呼ばれたことに逆上したツクヨミが九尾の女神に向かって闇を撃ち出した。


 それは『死』そのものではないので浴びたからと言って命を奪われるようなことはないが、逆に物理的にダメージを与えるものだった。


九尾の女神「くっ!」


 ツクヨミが操っている闇で殴られた九尾の女神は吹き飛ばされて地面を転がった。どうやら直接殴られた左腕は折れているようだ。


ツクヨミ「くくくくっ!どうやら情報通り本当に弱っているようだな!この程度で傷を負うなどとはなぁ!ははははっ!」


 その情報とはセオリツからのものだろうな。セオリツはスサノオや九尾の女神に関して色々と情報収集していた。


 九尾の女神の本来の力がどの程度か俺にはわからない。ただスサノオが第二階位だと言っていたのだから現時点のアマテラスやツクヨミと同格程度だったと思われる。


 スサノオが第一階位でアマテラス、ツクヨミ、九尾の女神が第二階位くらいだろう。そして恐らく九尾の女神を正室に迎えることが出来たのはその力がアマテラスやツクヨミに次ぐほどの実力者だったからだろう。


 しかし今は九尾の女神は弱っている。第四階位程度でしかない今の九尾の女神ではこの二人に太刀打ち出来ないどころか逃げ出すことすら出来ないだろう。


ツクヨミ「ところで九尾の女神よ。出産からかなり経つのに未だに力が戻らないことに何か感じたことはないか?」


 ツクヨミがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。


九尾の女神「それが何か?」


ツクヨミ「くくくっ!それはな!セオリツに妖狐によく聞く毒を料理に混ぜさせていたからさ!ははははっ!本来の力が戻っていればお前には効かなかっただろう毒だが、今の力が弱っているお前にはよく効いたようだな!そのためにお前の力は中々戻らず、それどころか体調が悪くなっていたのさ!気付いていただろう?自分が徐々に弱っていることに!」


九尾の女神「………。」


 どうやらそういうことらしい。俺はまったく気付かなかった。九尾の女神は徐々に弱り体調が悪かったらしい。それなのにそれを周囲に悟らせないほど我慢して無理をしていたのだろう。


アマテラス「………そのような話は聞いておりませんよ?」


 そこへアマテラスが不快感も顕わにツクヨミを睨みつける。


ツクヨミ「姉上をこのようなことで煩わせることもないと思って私が独断で決めました。事後報告となったことは申し訳ありませんがこれも全て姉上と海人族のため。そこはご理解ください。」


 ………どうやらアマテラスとツクヨミも完全に考えが一致しているわけじゃないようだな。明らかにアマテラスはツクヨミに不快感を示している。


 しかしだからと言って決別するほどでもないようだ。お互い相手を利用し合っているのか、ある程度の不快感や不信はあっても完全に離れることはない。


ツクヨミ「さぁ…。それでは九尾の女神の処刑を始めましょう。」


アマテラス「待ちなさい。誰が九尾の女神を殺して良いと言いましたか?」


 ん?アマテラスは九尾の女神を殺す気がない?いや…、まだわからないな。スサノオを抑えるための人質としてまだ殺すなという意味かもしれない。


ツクヨミ「ご心配には及びませんよ姉上。まだ『殺し』はしませんからね!」


 そう言ってツクヨミがまた闇を操る。


九尾の女神「うぐっ!!!」


 ツクヨミの闇に腹を殴られた九尾の女神はまた吹っ飛んでいった。転がった先で起き上がれずに口からは血を吐き出していた。


ツクヨミ「もっともっと甚振って図に乗ったことを後悔させてやろう!」


 ツクヨミはそう宣言して九尾の女神を死なない程度に甚振り続けている。アマテラスは不快に感じていることを隠そうともしていないが、だからと言ってツクヨミを止めることもしない。ただ黙って二人の様子を見ていた。


 俺は額の血管がぶち切れそうだった。今は肉体がないので血が流れることもないが、もし俺に実体があったら拳を握りすぎて血が出ているだろう。奥歯を噛み締めすぎて歯が欠けているかもしれない。口からも血が出ていただろう。


 それほど頭に来ているのに俺はこの世界に一切干渉することが出来ない。それがさらに俺を苛立たせる。俺はこの映像を見せられるようになって初めて両親を見た。


 だけど今ではこの両親を地球に居た頃の両親よりも信頼している。九尾の女神やスサノオが俺に注いでくれていた愛情は本物だった。その両親がこんな風に嬲られて殺されるのをただ黙ってみていることしか出来ないもどかしさは言葉では言い表せない。


スサノオ「ダキっ!」


 そこへスサノオが現れた。もしこれが映画やドラマやアニメなら良い所で現れたヒーローがヒロインを救い出す場面だっただろう。


 だが現実はそこまで甘くない。この後両親ともに殺されることになるであろうことを俺は知っている。


ツクヨミ「ようやく来たかスサノオ!おっと、動くなよ?妙な真似をしたらお前の妻と子供が死ぬことになるぞ。」


スサノオ「くっ!」


 どうやらスサノオは赤子の俺の居場所もわからず、安全を確保せずにここへ乗り込んできたらしい。それは馬鹿のすることだ。


 最初から最悪の場合は赤子の俺を見捨てる覚悟だったのならそれでもいいだろう。敵の親玉がいて救いたい妻の居るところに乗り込んで敵を倒し妻を救えばいい。


 だがスサノオは赤子も救いたいと思っている。それなのに妻と赤子の両方を確実に保護出来る方法も考えずに無策のまま乗り込んできた。これは救いようがないほどの愚かな行為だ。そんなことだから二人揃って殺されることになるのだろう。


スサノオ「これは一体どういうことですか姉上!」


ツクヨミ「お前が姉上などと呼ぶな!太陽神様と呼べ!」


スサノオ「兄上……。」


ツクヨミ「兄上などと呼ぶな!月神様と呼べ海神よ!」


 どうやらツクヨミはスサノオと九尾の女神の両方を殺したいようだな。しかしアマテラスは二人のやり取りを見ても表情を一切変えていない。何を考えているのかまるで読めなかった。


アマテラス「静まれ。海神よ。一体何をしに来た?」


スサノオ「それは俺の台詞です。俺の妻と娘をどうするつもりですか?何故ダキにこのような仕打ちをするのですか?」


 スサノオは九尾の女神を救う隙を窺いながら会話で時間を稼いでいる。確かにアマテラスとツクヨミの二人掛かりでもスサノオには敵わない。


 しかし人質に取られている九尾の女神の安全を確保して二人を倒せるかどうかは未知数だ。二人を倒せても九尾の女神が死ねばそれはスサノオにとっては失敗ということになる。


 さらにここで九尾の女神を救って二人を倒せたとしても娘である赤子の俺がどこかで殺されるかもしれない。それが心理的ブレーキとなってスサノオに行動を起こさせるのを鈍らせている。


アマテラス「そなたをその重い宿命から解き放つため……。」


ツクヨミ「わかりきったことを!第三子でありながら長子や第二子である姉上や俺を差し置いて族長などと増長している海神を征伐するためだ!」


 アマテラスが何か言いかけたがツクヨミの怒声でかき消されてアマテラスは黙ってしまった。何か段々諸悪の根源はツクヨミのような気がしてきたぞ。


スサノオ「俺が許せないのなら俺だけを殺せば良いでしょう?!妻や娘は関係ない!」


ツクヨミ「ははははっ!そういう者だからこそ意味があるのだ!お前がそうして嘆き悲しみ絶望に打ちひしがれる姿を見なければこの怒りは収まらん!」


 そう言いながらツクヨミは九尾の女神を甚振り続けている。九尾の女神は気丈にも声を上げることもなく痛みに耐えているようだが、それを見つめているスサノオの目が尋常じゃないほど怒りに燃えている。このままスサノオを挑発し続けたらやばいんじゃないのか?


 スサノオの中には世界を滅ぼそうとしている虚無が………。ん?待てよ…。『そなたをその重い宿命から解き放つため』………?もしかしてアマテラスが言っていた宿命というのは………。


スサノオ「………ろ。」


ツクヨミ「んん~?何だと?」


スサノオ「やめろと言っているんだ!いい加減にしろツクヨミ!!!」


 ゴゥッ!と突風が吹いたような風を巻き起こしながらスサノオの神力が開放される。けどこれは空力じゃないぞ。


 これは………、虚無の力だ。血の赤よりも尚紅く、闇の黒よりも尚暗い。虚無がスサノオの体を蝕んでいるのが見て取れる。


 額の左右から伸びていた角はさらに禍々しく伸び、目は真っ赤に染まり、体からは常に黒い虚無が吹き出ている。


 力の弱い者ならばその姿を見ただけで命を奪われるだろう。俺ですらゾクゾクと寒気を覚える。まさに鬼神だ。これが力を解き放った虚無か。


 いや…。これでも虚無の力の一端に過ぎない。全ての宇宙ですら虚無のほんの一部なのだ。それを超えるだけの力なのだから全宇宙の力を集めても虚無に敵うはずなどない。


 何故ならば俺達自身ですら虚無から産まれた一部でしかないのだから………。その力をどれほど集めようとも俺達全ての『もと』であった虚無に敵う道理などないのだ。


 そしてスサノオが何故今まで弱腰とも取れるようなことばかりしてきたのかようやくわかった。スサノオは気が弱いわけでも弱腰だったわけでもない。


 スサノオが敵に甘かったのは、もし本気で戦うことになれば敵どころか味方も、いや、この宇宙全てを滅ぼしてしまうからだったのだ。


 スサノオは自分の中にいる虚無の力をよくわかっていた。だから虚無を起こしてしまわないように心を穏やかに保っていたのだ。一度虚無が目を覚ませばこの世界全てを滅ぼしてしまうとわかっていたから………。


 しかし今スサノオの中の虚無は目覚めてしまった。そして怒りの感情に支配されつつあるスサノオにはもう虚無を止める術はない。この時滅びの運命が決められてこの世界は滅ぶことになっていたのかもしれない。


 だがこの後も一万年以上もこの世界は存在している。それはここでスサノオが世界を滅ぼす前に死ぬからだろう。


九尾の女神「あなた!それ以上は駄目です!」


 ツクヨミの拘束を振り解いて九尾の女神がスサノオのもとへと駆け寄る。


ツクヨミ「ちぃ!」


 ツクヨミが取り逃がした九尾の女神に追撃を仕掛ける。伸びた闇に切り刻まれている九尾の女神はそれでもスサノオのもとへと走り続けた。腕を切られても、足を切られても…。腱が切られたなら今度は尻尾を足のように使って走り続けた。


スサノオ「ダキ………。ダキぃぃぃ~~~!!!!」


 虚無に蝕まれて動けないスサノオが九尾の女神に向かって手を伸ばす。そして二人の手が触れ合おうかという瞬間に………。


 ザシュッと無慈悲な音が響いた。


九尾の女神「がっ…、はっ……。」


 前後左右から伸びた闇が九尾の女神の体中を貫いていた。


スサノオ「ダキぃぃいい~~~!!!」



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