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転生無双  作者: 平朝臣
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第百二十九話「最後の時」


 もう戦争の趨勢は決している。行政や軍の各所に配属されていた天津神系の者達が突然抜けたことで海人種達はまったく身動きが取れなくなった。行政も軍も機能せず各自が判断して行動するしかなくなったからだ。


 その上綿密に作戦を立て準備していた五族同盟側の動きは早かった。犠牲を厭わず無理やり力攻めしてくる五族同盟と人神の思考誘導と裏から五族同盟を支援している天津神達の働きもあって、各地で連戦連敗している海人種は潰走し逃げ惑っている。


 虚無が俺に見せている映像では五龍神と闇の魔神を生贄にして海人種の力を封じる場面は見せられていないが、どうやらすでに封印も発動しているようだ。


 これだけの条件が揃えば圧倒的な力の差があっても敗れるだろう。ジョーカーであるスサノオが敵を皆殺しにしてくればまだ勝ち目はあるが、肝心のスサノオが動かないのだから最早海人種は逃げるしかない。


 そして場面は突然切り替わる。………どこだこれは?よくわからない場所を見せられている。


侍女「姫。本当にこちらへ向かってよろしいのですか?タロー=スズキ様の指定されたルートから外れておりますが………。」


 豪華な馬車の中で侍女のような者が煌びやかなドレスを身に纏った少女に語りかける。タロー=スズキって誰だ?と言いたい所だが大体の想像は付く。


 そんな日本的な名前の者など召喚者だろう。そしてこの時代に召喚されたことがある者は人神だけだ。つまりタロー=スズキは人神の本名だと思われる。


 ということはこの姫と呼ばれた少女がロベリアの姫とやらか?人神が随分執着していたようだが………。何というか確かにお姫様然としているそこそこ可愛らしい少女だが、人神があれほど狂うほどか?


 正直俺の嫁達の方が可愛い。はっきり言ってこの姫はちょっとケバい。人の好みはそれぞれだからそこにとやかく言うつもりはないが、少なくとも俺は人神の気持ちは理解出来ない。


 何か性格もキツそうだ。あれかな?人に優しくされたことがない人が、ちょっと優しく接してくる相手に簡単に騙されて、詐欺にあったりするのと同じ類か?


姫?「良いのです。ワタクシの言う通りになさい。」


侍女「はい………。」


 侍女に対しても言葉の端々がキツい。もっと柔らかく言えば良いことじゃないのかと思う。


 その後視点は馬車の外に移りただ馬車の後ろからついて行くだけになった。外の生態系からするとどうやらここは中央大陸のようだった。



  =======



 整備された街道を進むと小さな城が見えてきた。規模から言えばどこかの砦と言われても納得しそうな小規模な城と町だが、これでも一国の王都らしい。


 シホミや人神が語っていた話からするとここでこの姫は死ぬようだな。確か予定のルートを外れて小国を通ってそこで死んだと言っていたはずだ。ここがまさにその場面だろう。


???「やぁ!よく来たねフレーデグンテ!」


 小国の城壁を潜るとすぐに兵士と男が待っていて馬車にそう呼びかける。声をかけた男は派手な服を身に纏っていることから、少なくともこの国ではかなり高い地位にいる者だろうと思う。


フレーデグンテ「あぁキルペリク!逢いたかったわ!」


 さきほど馬車で偉そうにしていた姫が飛び出してきて男に抱きつく。この姫がフレーデグンテらしい。ということはこの男がこの国の王子か?名はキルペリクらしいな。


 人目も憚らず抱き締めあう二人の様子からしてこの二人は男女の仲なのだろう。中途半端なハンサムとケバい少女がブチュブチュと熱いキスを繰り返している。


 周囲も公認の仲なのだろうが、周りを囲う兵士も侍女達も『やれやれ。またか。』という顔で黙ってみている。中には欠伸をしてさっさと移動したいと顔に書いてある者もいるくらいだ。


 しかし周囲の空気を読まない王女と王子はいつまでもキスを繰り返していた。


 ………

 ……

 …


 どれほど繰り返していたか、この王都に到着してから結構な時間が経ってようやく城へと移動することになったようだ。


 あまりに退屈すぎて俺までちょっとうたた寝していた。気付いた時に場面が変わっているかと心配したがどうやらまだ抱き合ってキスしていたようだ。


 日の傾き具合からして数時間はそうしてたんじゃないだろうか……。この基地外カップルには付き合いきれない。


 もちろん二人はただキスをして数時間過ごしたわけじゃない。抱き合って愛を語らったり、お互いの体を撫で合ったりキス以外のこともしている。


 けど王都の門を潜ってすぐの場所で何時間もするようなことじゃない。門の出入りをしたいらしい一般市民達が待たされて長蛇の列になっている。


 ようやく二人が移動し始めたことで市民達も門の出入りが出来るようになった。別に恋人同士抱き合ったりキスしたりするなとは言わない。ただ時と場合を考えろ。他人の迷惑を考えないような奴はクズだ。自分達が権力者で他人を押し退けて迷惑をかけてもこうしてのうのうとしていられるような奴は死んだ方がいい。


 まぁ俺が心配しなくてもこの二人はそう遠くないうちに死ぬ予定だからいいんだが…。


 そんなことをぼんやり考えていると城の中へと入って行っていた。そこで王らしい奴に色々と挨拶されている。


 フレーデグンテはいくら姫と言ってもこの国の王から見ればまだまだただの小娘だ。それなのに王はかなり謙っている。それだけこの国とロベリアとの間に大きな差があるということだろう。


 そしてやはりキルペリクと言う奴はこの国の王子でフレーデグンテの許婚らしい。何か人神が言っていたことと若干の相違があるな。


 人神は自分とフレーデグンテという姫が愛し合っていると言っていた。しかしどう見てもフレーデグンテはキルペリクと愛し合っているだろう。どうやら人神はこのフレーデグンテという女に騙されて利用されていたようだな。


 もちろんだからって人神に同情する気なんてサラサラない。騙されていようが何だろうが人神が行ったことを俺は許さない。


 別に罪を犯したとか、法の裁きだとか、そんなことを言うつもりはない。ただ俺が人神の行いを許せない。だから俺が人神に報いを受けさせる。ただそれだけだ。日本の法律的にとか、倫理が、などは知ったことじゃない。


 王との挨拶が終わるとフレーデグンテはキルペリクと一緒に退室し二人っきりでどこかの部屋へと入っていった。


キルペリク「しかし人神も哀れだな。フレーデグンテは俺のモノだと言うのにフレーデグンテと結婚出来ると信じて戦場を駆けずり回っているんだからな。」


フレーデグンテ「まぁ!そんな言い方ではワタクシがタロー=スズキを騙しているみたいではないですか。ワタクシはそんなことは一度も言ったことがありませんよ?タロー=スズキが勝手に勘違いしているだけです。」


 予想通りだったようだな。この二人が自白したことで完全に裏が取れたがその前から予想が立つ状況だった。


キルペリク「ふふふ。そして人神が海人族を駆逐して世界を手に入れたら、褒美として殺すんだろう?悪い女だな。」


フレーデグンテ「それはそうでしょう?あの者は薄汚い異世界人なのです。利用価値がなくなればこの世界に居てはいけない存在なのですよ?それをあるべき姿に戻そうというだけのことですわ。ほほほっ。」


キルペリク「そしてもうすぐだ。もうすぐ世界が俺達のものになる。」


フレーデグンテ「そうですわね。愚かな異世界人も汚らわしい他種族も全てを滅ぼし、最も尊い存在である人間族の中でもさらに尊い血筋のワタクシ達がこの世界を永遠に支配するのですわ!」


キルペリク「くくくくっ!」


フレーデグンテ「ほほほほっ!」


 その後二人は散々笑いあってから夜の営みを始めた。はっきり言って気持ち悪い。こんなクズ共の絡みなど見たくない俺は早々に意識を遮断したのだった。



  =======



 翌日フレーデグンテは本来の目的地へと出発した。とは言えどうやら人神の目を盗んでキルペリクと密会するために前線視察という名目でわざわざ出て来たようだ。


 なのでフレーデグンテからすれば本来の目的地とはここであり、すでに目的は達したことになる。


 だからキルペリクと逢うために表向きの予定のルートを外れてここに寄り道をした。それが命取りだったのかどうかはわからないがこの後二人は死ぬことになるはずだ。


キルペリク「それでは国境まで私と我が騎士団が護衛いたしましょう!」


 そういってキルペリクは颯爽と馬には乗らずにフレーデグンテと同じ馬車に乗り込んだ。護衛だと言うのならせめて馬に乗って周りを走れよ………。


 そもそも体の動きなどからしてキルペリクは剣術も乗馬も出来そうにない。体自体は細めだが引き締まっているわけではなくただ貧相な体なだけだ。


 来る時に一緒に乗っていた侍女を別の馬に乗せさせて国境ギリギリまで二人は馬車でイチャイチャする気らしい。あまり見たくない汚い光景だがもうすぐこいつらが死ぬかと思うといつものように意識を遮断したりはしない。


 もうすぐ国境らしいという会話を騎士達がしていると先行していた者達に異変があったらしいという伝令が来た。


 護衛の者達がどうしようかと話し合おうとした時にはもう遅かった。『それ』はあっという間に護衛に付いていた騎士達をバラバラに切り刻みフレーデグンテとキルペリクを乗せた馬車の屋根を吹き飛ばした。


 馬車の中では裸で抱き合い『いたして』いた二人が驚きに目を見張る。


フレーデグンテ「一体何事ですか!?」


人神「それはこちらの台詞だ。一体何をしている?フレーデグンテ。」


 この場にやってきて騎士達をあっという間に皆殺しにしたのは人神だ。その顔は鬼の形相をしている。


キルペリク「ひっ、ひっ、ひっ、人神!」


フレーデグンテ「どういうおつもりでしょうか?ロベリアの姫たるワタクシに手を上げるおつもりですか?」


 キルペリクは人神の出現に腰を抜かしたようだがフレーデグンテは堂々と人神と対峙している。悪びれる様子もない。


 フレーデグンテの言い分としては、最初から人神となんて召喚した者とされた者の関係しかなく、利用して戦わせていただけだと思っているのかもしれない。


 しかしお互いに愛し合っていたと思っていたはずの人神は怒りが頂点に達してる。人神が自分の手で二人を始末したなどとは聞いていなかったが、この先どうなるのだろうか。


人神「黙れ。」


 人神が剣を振る。完全に剣の間合いの外だったはずなのにフレーデグンテの指が一本だけ綺麗に切り落とされていた。


フレーデグンテ「は?一体なんですか?ただの素振りですか?おほほっ………?あ?あぁ!あああぁぁぁ!痛いいいいぃぃぃっ!」


 手を上げて口元を隠して笑おうとしたフレーデグンテは自分の指が一本足りないことに気付いてからようやく痛みを感じたようだ。手を抑えてのた打ち回っている。


人神「私をコケにしたんです。楽に死ねると思わないで下さいね?」


 人神の目はもう完全に狂っているとわかる目をしている。フレーデグンテとキルペリクを見つめるその目はコロコロと感情を変えている。


 愛や憎しみ、苦痛や愉悦、様々な感情が浮かんでは次の感情に押し流されて一つに留まることがない。おそらく人神はこの時完全に壊れたのだろう。


キルペリク「ままま、待ってくれ!俺はこの女に騙されただけなんだ!助けてくれ!」


フレーデグンテ「はぁ?何を言っているのですか!あなたがワタクシを妻にしたいと言い出して口説いたのでしょう!」


キルペリク「それは国のためにそう言ったんだ!お前と結婚すれば国は安泰で俺も英雄になれるからな!だから政略結婚目当てだったんだよ!」


フレーデグンテ「何っという!この恥知らずの下衆!昨日ワタクシに囁いた愛は何だったというのですか!」


キルペリク「うるさい!この阿婆擦れ女が!お前がうちの騎士達にも色目を使ってるのは知ってるんだぞ!ロベリアの姫でさえなかったらお前みたいな阿婆擦れなんて相手にしてないんだよ!」


 醜い争いが始まった。人間なんて一皮剥けばこんなもんだ。


人神「黙りなさい。」


キルペリク「ぎゃああぁぁぁ!」


 またしても人神は器用に指先一本だけ切り落とした。指を切り落とされたキルペリクはのた打ち回っていた。オーバーな奴だな。フレーデグンテはもう切り落とされた指を抑えて普通に座っているのにキルペリクは大袈裟にのた打ち回り泣き喚いている。


 女性はお産に耐えられるように痛みに強いと言われることもあるらしい。実際のところは知らないが男ではお産の痛みは耐えられないとか何とか…。


 少し話が逸れたな。とにかくこの後人神はフレーデグンテとキルペリクを死なない程度に甚振り続けていた。


キルペリク「たのむぅ!もう許してくれぇぇぇぇ!!!」


人神「いいでしょう。それでは………、これで最後です。」


 そう言って人神が剣を振るとキルペリクの首が体から切り離された。その顔は自分が死んだことにすら気付いていないような表情だった。


 今まで散々体を切り刻まれて苦痛を味わってきたんだからこれは救いでもあるだろう。人神の本心からすればまだまだ許せるようなものではなかっただろうからな。


 それでも何で人神がキルペリクをさっさと始末したのかには理由がある。今まで散々お互いを罵り合っていたフレーデグンテに向き直る。


 キルペリクはかなり体中を切り刻まれていたが、フレーデグンテはそれほど傷がない。一番大きな傷は最初に切り落とされた指くらいだろう。


 その指を切り落としたことにも理由があったとわかる。切り落とされた指は左手の薬指だ。その指にはキルペリクとお揃いのリングがされていた。だから最初にフレーデグンテの左手の薬指を切り落としたのだろう。


人神「ああフレーデグンテ。貴女を誑かしていた男がどういう者であったかわかったでしょう?」


 人神はフレーデグンテに言い聞かせるようにそっと呟いた。甚振られている間中二人は散々お互いを罵り合っていた。フレーデグンテももうキルペリクへの愛など消え失せているだろう。


フレーデグンテ「ええ。キルペリクがどういう男かはよ~くわかりましたわ。けれどもワタクシはあなたの思い通りにはなりません。」


 フレーデグンテは真っ直ぐ人神を見据えて言い切った。人神の顔がピクピクと引き攣る。


人神「フレーデグンテ。私が優しく言っている間に聞いておいた方が良いですよ?」


フレーデグンテ「黙りなさい!汚らわしく醜い異世界人が!ワタクシは尊い血筋なのです!あなたのような下賤は本来話しかけることすら出来ないのですよ!それをちょっとおだててやれば何を勘違いしたのか、ワタクシに付き纏うようになって!この戦争が終わったらあなたを殺してやるつもりだったのですよ!」


 あ~あ…。フレーデグンテは癇癪を起こして本当のことをぶちまけてしまった。言われた当の人神はというと顔から表情が消えていた。まるで能面のように何の表情もない。


人神「………さい。」


フレーデグンテ「は?」


人神「消えなさい!!!」


フレーデグンテ「あっ………。」


 完全に我を失った人神が剣を振るうとフレーデグンテはバラバラに切り刻まれていた。そして一瞬で怒りに染まっていたはずの顔がまたすぐに変化する。


人神「………え?フレーデグンテ?……あれ?どうしたというのですか?あぁ…、ああぁぁ!ああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 人神は突然叫び出したかと思うと自分で切り刻んだフレーデグンテの頭を拾い上げ抱えながら泣き続けていた。


人神「何故!何故このようなことになったのです!誰がフレーデグンテを殺したのですか!」


 どうやら自分の記憶を勝手に改竄しているようだな。人間はすごいショックなことがあった時にその記憶を自分で勝手に書き換えて別の記憶へと改竄することがある。


 そのような記憶の改竄や思い込みによる証言で犯罪者に仕立て上げられることもあるのだ。そしてそれが偽証であったと証明されても罪に問われることはない。


 何故ならば『証言が間違いだったら罪に問われる』という法律を作ったら誰も証言したがらなくなるからだ。だから『証言が間違いであっても罪に問われない』という法律がある。


 これは裏を返せば『意図的に誰かを貶めるために偽証してもそれを証明する方法がなければ罪に問われない』という意味でもあるのだ。


 これをよく考えなければならない。例えば痴漢冤罪事件というものを御存知だろうか。相手から示談金を巻き上げる目的で痴漢をでっち上げて仲間が『自分が見ていました』と証言してまったく罪を犯していない人間を犯罪者に貶める。


 まずこれが間違いで痴漢ではなかったと証明されることはほとんどない。何故ならば痴漢は自称被害者の証言だけが重視されるからだ。


 そして仮にそれが間違いで痴漢ではなかったと証明されても、それをでっち上げて示談金をふんだくろうとしていたと証明する術はない。


 だから痴漢冤罪をどれだけでっち上げてもまともに罪に問われることはないのだ。極稀に同じ場所で何度もそういうことを起こしておかしいなと思われてそこからでっち上げが発覚する場合ももちろんある。


 しかしそれはレアケースであってほとんどの場合は仮に痴漢が間違いであったとしても『この人が痴漢かと思いましたが勘違いでした』と言えば何のお咎めもないのだ。


 人間の記憶などというあやふやで不確かなものを証拠として扱うことは考え直した方が良いのではないだろうか。


 あるいは悪意を持って偽証した者には相応の償いをさせるべきだろう。何しろ無罪の人間が無実の罪を着せられて一生が狂うこともあるのだ。


 だがそれを意図的にした者は『勘違いでした』と一言言えば罪に問われないのだから、貶めたい者を嵌めるなど簡単なことになってしまう。


 ちょっと話が逸れたので戻ろう………。


 とにかく人神はどうやら自分でフレーデグンテを殺しておきながらその記憶を書き換えたか欠落させたかで忘れ去ったようだ。


人神「あああぁぁぁ!海人種!許しませんよ海人種!あなた達がいなければフレーデグンテがこのように死ぬことなどなかった!あなた達が絶滅するまで追い続けます!!!」


 ………もう意味がわかんね。どういうロジックか知らないが人神の脳内ではフレーデグンテの死は海人種のせいということになったらしい。


 それから人神はフレーデグンテの死体を抱きながら海人種への呪いの言葉を吐き続けたのだった。



  =======



 そしてまた突然視界が切り替わる。ここはスサノオと九尾の女神の家だ。つまりは俺の実家でもあるわけだが………。そこでは今修羅場になっている。


九尾の女神「どういうことですか?」


 九尾の女神がセオリツと対峙して何かを問うている。今この場面に切り替わったばかりの俺には何のことかよくわからない。


セオリツ「あなたは言葉もわからなくなりましたか?スサノオとあなたの間に出来た子供アキラを預かっていると言ったのです。」


 どうやらそういうことらしい。確かにこの家から赤子の俺の気配を感じない。どこかに連れ去られたのだろう。


九尾の女神「セオリツが何故そのようなことを?」


 九尾の女神は信じられないといった顔でセオリツに問い返す。けど本当にそうか?俺が見ている限りでもセオリツは色々と悪さをしていた。当然一緒に暮らしていた九尾の女神だって気付いていたはずだ。こいつがアマテラスのスパイだってな。


セオリツ「あははっ!本当におめでたい頭ですね。私は最初からアマテラス様に仕える者だったのですよ?」


 そうだろうな。この世界と同じとは限らないが、少なくとも俺の知る神話ではセオリツ姫とはアマテラスと縁の深い神で同一神と見られることもあるほどだ。


 だから最初にこいつを見て名前を聞いた時からあまり良い予感がしなかった。俺でも一目でそれがわかったのだから、同族として前から知り合いだったであろうスサノオや、長く一緒に暮らした九尾の女神も気付いていたはずなのだ。それなのに何故こうなるまで放置していたのか。


九尾の女神「アマテラス義姉様にお仕えしているのは知っています。それで何故アマテラス義姉様がアキラを連れ去らなければならないというのですか?それはアマテラス義姉様の指示ですか?セオリツの独断ですか?」


セオリツ「私がここに来たのも子供を連れ去ったのも全てはアマテラス様のご指示です。」


九尾の女神「何故?何故アマテラス義姉様がそのような………。」


セオリツ「アマテラス様を義姉などと呼ぶな!この卑しい妖怪族が!」


 九尾の女神の言葉に突然セオリツが逆上する。弟の嫁なんだから義姉であることは間違いないわけだが………。


九尾の女神「セオリツ………。」


セオリツ「良いか?我ら天津神と国津神を支配するべきなのはアマテラス様なのだ!国津神のスサノオや、ましてや異種族でしかないお前なんかが天津神に偉そうに指示するなどあってはならない!」


 ふむ…。何かいつも出てくる、よくある、ありきたりな理由だな。アマテラスがそう考えているのかどうかは知らないが、少なくとも天津神系の者はそういう理由でスサノオと九尾の女神に反発している可能性は高いだろう。


セオリツ「子供を返して欲しければ黙ってついて来なさい。」


サカルムカイツ「………一体何をしているの?」


 そこへサカルムカイツが帰ってくる。サカルムカイツはお腹が大きくなり始めてから現代で言うところの産婦人科のようなところへとよく通っていた。今日も産婦人科に行ってちょうど帰って来たところなのだろう。


セオリツ「ムカイツ姫は黙っていてください。九尾の女神、今の弱っているお前なら私でも殺すことが出来る。だけど殺さずに連れて来いといわれているからこの場では殺さない。子供を返して欲しければ黙ってついて来なさい。ムカイツ姫も妙な真似はなさいませんよう。」


 どうやらサカルムカイツはこの騒動とは関係ないようだな。演技の可能性もないとは言えないが本当に驚いているように見える。


 俺の予想でしかないが、もしかしたらスサノオと九尾の女神と赤子の俺を始末して、サカルムカイツとスサノオの間に出来た子供をスサノオの跡継ぎとして天津神に取り込むために、サカルムカイツをスサノオのもとへと送り込んだのではないだろうか。


 しかしサカルムカイツもグルでそれを知っていれば端々に態度で現れたり、うっかり余計なことを言ってしまうかもしれない。だからサカルムカイツには何も知らされずただスサノオとの間に子供を作るようにだけ仕向けられたのかもしれない。


九尾の女神「わかりました。どこへでも行きます。案内してください。」


サカルムカイツ「ダキ!」


九尾の女神「ムカツも大人しくしていて。アキラは私が取り戻してきますから。」


セオリツ「とっとと行くわよ。早くしなさい。」


九尾の女神「はい。」


 慌てて止めようとするサカルムカイツに笑顔で応えて九尾の女神はセオリツと一緒に転移していった。………天津神系の者は転移が出来ないはずだが?セオリツも実は国津神系の血でも入っているのか?


 同じ海人族でも渡りの能力を持つのは国津神、つまり海人種だけだった。天津神系の月人種と太陽人種は別の能力を持っている。


 もし天津神系なのに転移できるとしたらそれはさっき言った通り国津神系の血を引いているからのはずだ。そして国津神の血を引きながらアマテラスに仕え国津神を恨むセオリツにも何か事情がありそうではある。


 けどセオリツの事情など知ったことじゃない。直接何かしたわけでもないスサノオや九尾の女神や俺に害を為そうと言うのならそれは俺にとっての敵というだけのことだ。


 しかし俺にはこの世界に干渉する方法がない。恐らくではあるがこの後、赤子の俺をたてにされて九尾の女神とスサノオは殺されるのだろう。


 それなのに俺はただ眺めていることしか出来ない。俺に構わず戦えと叫んでもその声がスサノオと九尾の女神に届くことはない………。


サカルムカイツ「ダキ…。セオリツ………。私はどうすれば……。そうだわ!スサノオ様にお伝えしなくては!」


 どうやら…、これが最後の時のようだな。太古の大戦はクライマックスを迎えようとしている。それは即ち俺の両親の最後の時だ。


 俺にとっては変えてしまいたい過去でありながら、すでに過ぎ去った事であり干渉することすら出来ない。


 虚無がどういうつもりでこれを俺に見せようと思ったのかは知らない。だが俺は拳を握り締め腸が煮えくり返る思いでただ見つめていることしか出来なかった。



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