第百二十八話「太古の大戦勃発」
クロが俺達の家で一緒に暮らすようになって数日が経過している。そしてクロが来たせいで俺の機嫌は最悪だ。それは何故か?
九尾の女神「ごめんなさいね。こんな雑用をさせてしまって。」
クロ「いや…。ここに泊めてもらってるんだ。これくらいするさ。」
今の言葉だけで大体想像がつく通り居候してるクロは雑用を手伝ってる。今も九尾の女神の代わりに荷物を持って片付けている。
それ自体は良い。むしろ居候してるんだからこれくらい働いて当たり前とすら言える。問題なのはそこじゃない。問題はこいつが俺の母親に下心ありありだってことだ!
言葉だけはキリッとしてるがこいつの今の顔はデレデレだ。頬を赤く染めて鼻の下を伸ばしてる。夫も子供もいる女に言い寄る間男なんて最悪だ。
九尾の女神の方はクロに気はなく男として見ていないのが救いだ。もしこれで九尾の女神まで若い男相手にその気になってたら俺は何とかしてこの世界に干渉して二人ともぶっ殺してるだろう。
そもそも今の状況が不健全極まりない。真昼間に若い男と人妻が二人っきりなのだ。スサノオは仕事だから当然昼はいない。
そしてセオリツも最近はいつもいるわけじゃない。俺が産まれた直後から暫くはほとんど家に居たが、最近は日中になるといないことが多くなった。夜になると帰ってくるが逆じゃないだろうかと思う。セオリツの本来の役目はスサノオがいない間の九尾の女神の世話だろう。それなのに完全にその意味がなくなっている。
まぁそれは今はいいか。とにかく赤子の俺はいるがベビーベッドに寝かされているのがほとんどだ。そもそも赤子じゃ親が不倫してたって理解出来ない。だから邪魔することもないし居ても意味はない。
実質昼はほとんど九尾の女神とクロは二人っきりなのだ。それが俺を苛立たせる。
夜になってようやくスサノオが帰って来た。こいつは相変わらず愛妻家で子煩悩だがクロが家に居て昼間は自分の嫁と二人っきりだってのに気にならないんだろうか?
俺がそんなことを悶々と考えているとクロがスサノオと二人で風呂に入っている時に問いかけていた。
クロ「なぁスサノオ。」
スサノオ「ん~?どした?」
頭を洗ってるスサノオは湯船に浸かってるクロを見ることもなく軽い返事をした。
クロ「俺が九尾の女神に気があるのはわかってるんだろ?それなのに俺と二人っきりでこの家に残しておいていいのかよ?」
スサノオ「わはははっ!ダキは良い女だからな!お前みたいなガキが惚れるのも仕方ないさ!がはははっ!」
クロ「笑ってる場合かよ!何かあったらと思わないのか?!スサノオの九尾の女神への愛はその程度かよ!」
いや…、違うな。俺はスサノオの考えがわかった。クロが言うように嫁が不倫しても興味ないから放ってるわけじゃない。
スサノオ「ダキは俺の女なんだよ。だからお前みたいなガキに誑かされるようなことなんてねぇよ。それにいくら弱ってるって言ってもお前がダキを無理やり襲おうとしてもダキの方が強いから返り討ちだ。はははっ。」
そう。スサノオは嫁との愛をまったく疑っていない。だから他の男が嫁に近づいてきても何かあることなんてないと信じている。
俺だってもちろんそうだ。魂が繋がってる嫁達との愛を疑うようなことはない。だから嫁達が他の男に靡くなんてことはないと思ってる。
けど俺は独占欲と嫉妬心が強いからな。嫁達が他の男に靡くことを心配してるわけじゃなくて、嫁達の体とかを他の男に見られることが許せない。
………俺ってあまり良い夫じゃないかもな。
まぁ俺のことはいい。後で悪い所は直す方がいいだろうが今はそんな場合じゃない。
クロ「ちっ…。わかってるよ。スサノオと九尾の女神の間に割って入るなんて無理だってな。それに無理やり襲ったりなんてしねぇよ!」
スサノオ「わははっ!だったらいいじゃねぇか!何が問題なんだ?」
クロ「………そうだな。せめてスサノオより先に九尾の女神に出会ってりゃぁまだ俺にもちょっとくらい可能性あったかもしれねぇのになぁ………。」
スサノオ「はははっ!ねぇよ。ダキは俺の女だからな!わはははっ!」
クロ「てめぇ…。ちょっとはその自信過剰を何とかしたらどうだ?」
この後はスサノオとクロの漫才が続いただけだった。………本当に仲良いなこの二人。クロは九尾の女神に横恋慕しておきながらもその夫であるスサノオと非常に仲が良い。
スサノオと九尾の女神はクロのことをまるで息子のように可愛がり、クロはスサノオと親友のように接してる。
クロが九尾の女神に気があるのは間違いないが、それもドロドロした肉欲とは違う。まるで子供の頃に近所のお姉さんにする初恋のように清い憧れのようなものだ。
この三人の奇妙な共同生活は、最初はイライラしていたはずの俺も見ているこちらの心が温まるようなものだった。
それからかなり打ち解けたクロから反乱側の情報がチラホラ出始めた。まだ完全に全てを話してはいないようだが、話しても問題ないと思ったことは話すことにしたらしい。
その話を聞く限りではやはり人間族がこの反乱を始めるきっかけになったようだ。
ロベリアという人間族の統治を委任されている国が他の種族を集めて会議を開いたらしい。それから各種族はおかしくなり始めたと言う。
それまで海人族の治世に不満などなかったはずなのに、その会議以降何故か突然海人族を恨むようになった。そしてとうとう反旗を翻すことにしたのだと。
スサノオ「なるほどな。俺の統治に不満があったわけじゃないはずなのに…か。裏で糸を引いてる奴がいそうだな。」
クロ「恐らく人神だ。」
スサノオ「人神?初めて聞く名だが………。」
クロの言葉を聞いてスサノオは考え込む。
クロ「あいつはたぶんこの世界の人間族じゃないぞ。」
スサノオ「………何だと?」
スサノオの表情が変わる。俺が今までに聞いていた情報が正しければ界渡りで異世界から人や物を持ってこれるのは海人種だけのはずだ。それを人間族が行ったとなればスサノオにとっては無視し得ない情報だろう。
クロ「どこからどうやって来たのかは知らないが、あの人神と言う奴はこの世界の生まれじゃない。あいつは何か……、そう!異質だ。あいつは異質なんだ。」
スサノオ「………少し調べる必要があるな。」
まだスサノオとクロが何か話し合っていたが徐々に意識が遠くなっていったのだった。
=======
次に気付いたのは何か妙な場面だった。どう妙なのか。スサノオが何か正装っぽい格好をしてる。もちろん紋付羽織袴とか礼服とか俺達の良く知る正装とは違う。
俺はこの世界の正装なんて知らないからただ何となくそう思っただけだ。けど明らかに運動するには不向きで整った服装をしてる。
そして今いる場所の雰囲気も合わせて考えると日本の神前式に少し似ている気がする。
クロ「おいスサノオ!てめぇ九尾の女神がいながらこれはどういうことだ!」
セオリツ「魔人族は黙っていなさい。これは天津神と国津神の融和のために必要なことです。」
………どうやら神前式というのは当たりだったようだな。今の会話でもうわかる。どうやらスサノオに新しい嫁が来るようだ。そしてその嫁は天津神系らしい、
スサノオは国津神の棟梁で海人族の族長でもある。そして天津神系の者達はスサノオや海人種をあまり快く思っていない。その両者を結びつけるための政略結婚のようだな。
スサノオ「すまんダキ。」
九尾の女神「いいのですよ。むしろ本来ならば私の方が後から側室として入る立場だったのです。それを私を先に娶り正室にしてくださったあなたの気持ちはよくわかっています。」
それはそうだな。この時代でも当然ながら異種間の婚姻や子作りは禁忌とされている。妖狐はその性質上異種族の種を貰うしかないがそれが夫側にバレたらクズノハの時のようなことが起こる。
本来なら海人種の種長で海人族の族長であるスサノオは同族の有力者と政略結婚する予定だったはずだ。それを曲げてまで九尾の女神と結婚し正室にしたのだとすれば相当の反対があったとわかる。
それを押し通したスサノオの気持ちは本物だろう。だが果たしてそれは種長として、そして族長として正しい判断だったのか?
九尾の女神を娶り天津神の有力者を娶らなかったために両者の溝が開いたのではないのか?それだけが全ての原因とは言わないが、こういうことの積み重なりが両者が袂を分かつ原因になったのではないだろうか。
とは言えそれは俺が未来を知っているから言えることであって、この当時生きていた者達は自分の信じる通りに生きるしかない。
スサノオは九尾の女神との愛を選んだ。ただそれだけのことだ。結果的にそれが原因の一つとなって二人とも死ぬことになったとしても二人はそれで満足だったのだろうか?
俺がそんなことを考えている間に式らしきものが始まって進んでいった。細かいことはよくわからないがただの観客である俺からすると式を眺めるのは退屈だった。
そして式が終わると新しい妻を連れて家へと帰ったのだった。
=======
サカルムカイツ「改めまして、サカルムカイツと申します。これからよろしくお願いいたします。」
家に着くとスサノオの新しい妻が挨拶を述べる。その女を見てビビッときた。式の時は気付かなかったがこのサカルムカイツと名乗った女は三女神の母親だ。もちろん確証なんてないけど俺はそう確信した。
スサノオ「まぁそんなに畏まるなよ。これからは家族なんだ。知ってると思うけど紹介しておく。こっちが俺の正室の九尾の女神のダキ。セオリツは同じ天津神だから前から知ってると思うけど今はダキの世話をしてくれてる。それから番犬の黒の魔神だ。」
やはりセオリツは天津神か。サカルムカイツも天津神だがこちらはあまり悪い感じはしない。
クロ「誰が番犬だ!スサノオ!お前はこれからそっちの嫁とよろしくするんなら俺が九尾の女神を貰うからな!」
九尾の女神「種長で族長たる者五人や十人の妻を持つのは当たり前のこと。血を絶やさぬよう多くの子を生すのは当然です。今日は初夜ですので他の方もお二人の邪魔はしないようくれぐれもよろしくお願い致しますね。」
それだけ言うと九尾の女神は退室していった。俺が寝かされている部屋へ行ったようだ。その表情や気配からは嫉妬だとか怒りだとか悲しみだとか負の感情は感じられない。
さっき言った言葉は本心なのだろう。種長として、族長として、何人もの嫁を持ち子を生すのは義務ですらあると…。
まぁ俺の嫁達だって他の嫁が来ても怒らないし当たり前のように受け入れている。現代日本では少数派ではあるだろうが世の中にはそういう人もいるのだということだろう。
クロはまだ納得していないという感じに足音も荒く部屋を出て行った。セオリツは終始無表情を貫いていたが退室する時に頭を下げた際に、僅かにニヤリと笑っていたのを俺は見逃さなかった。
その後はスサノオとサカルムカイツのイチャイチャタイムだ。何か政略結婚させられたっぽい割りにスサノオは結構ノリノリだった。
もしかしてサカルムカイツとは前から顔見知りだったのかもな。二人の夜の夫婦生活が展開されたが他人の夜の営みを盗み見る趣味がない俺は早々に自分から意識を遮断したのだった。
=======
それからというものスサノオは嫁二人をとっかえひっかえキャッキャウフフでお楽しみだった。でも九尾の女神もサカルムカイツもスサノオのことを愛していてお互いの仲も良い。俺の嫁達のようだ。
だからこの三人は幸せだったのだろう。それを他人が批判する権利はない。この三人がそれでよかったのならそれが全てだ。
クロも最初は怒っていたようだが九尾の女神とサカルムカイツが仲良くしているのを見て少し態度が軟化していた。ただ一人セオリツだけが何やら怪しい…。俺の勘違いなら良いが………。
そしてサカルムカイツが俺の眠っている部屋へと入ってくる………。その手には白い布を持っている。くそっ!やめろ!
今はこの世界に何の干渉も出来ない身でありながらも何とかサカルムカイツの凶行を止めようと色々と試してみる。しかし予想通りというか何の効果も出せない。
このままでは赤子の俺の身がやばい!何とかしたいのに何とも出来ない!
サカルムカイツ「さぁ…。良い子ね。そのまま大人しくしてるのよ。」
サカルムカイツの魔の手が赤子の俺に迫る!とうとうその手が俺の足を掴みお尻まで持ち上げる。
サカルムカイツ「ふふふっ。今度は逃がさないわよ。観念しなさい。」
やめろぉぉぉっ!!!
サカルムカイツ「まぁ!こんなに出して。たくさんおっぱい飲んでるからなのねぇ。」
ああぁぁ………。赤子の俺はサカルムカイツにやられてしまった…。そうだ…。おしめを脱がされて替えられているんだ………。
もうお嫁に行けない!!!
下半身丸出しでマジマジと見られてる上に排泄物まで見られてる!恥ずかしすぎる!これ何て羞恥プレイ?
九尾の女神「あら?ムカイツ姫?アキラのおしめを替えてくださったのですか?」
そこにお母ちゃんがおしめを持って登場!遅いよ!もうこの人に全部見られちゃったよ!恥ずかしすぎてテンションがおかしくなってるよ!
サカルムカイツ「これは九尾の女神様。勝手なことをして申し訳ありません。」
九尾の女神「それは良いのよ。ムカイツ姫もそう遠くないうちになさることになるのですからアキラで慣れておくと良いですわ。アキラはあまり泣かない子だし手間もかからない子なので慣れるには良いと思います。……それよりも、私のことはもっと気安く呼んでください。」
サカルムカイツ「そうは参りません。九尾の女神様は正室で私は側室。分を弁えております。」
ふむふむ…。どうやらサカルムカイツのお腹の中にはもう三女神がいるようだな。まだお腹はそれほど膨らんでいないが、自分のお腹を愛おしそうに撫でているサカルムカイツの幸せそうな顔を見ればいくら俺でもわかる。
九尾の女神「私も貴女もスサノオの妻です。そこに何の違いがありましょうか?これからは私のことはダキと呼んでくださいな。」
サカルムカイツ「そんなっ!……わかりました。それでは私のこともムカツとお呼びください。」
九尾の女神が絶対に引き下がらないとわかったサカルムカイツは自分の方が折れた。そしてこれ以来二人はお互いに名前で呼び合うほどに親しく気安くなったのだった。
=======
スサノオの方は相変わらず世界中を駆けずり回っている。それでも戦火は広がっていた。もう誰の目にも明らかなほどに戦争状態だ。
そして全世界を俯瞰で観れる俺にはわかる。天津神系、つまり月人種と太陽人種達は次第にスサノオの命令に従わなくなっている。
命令に従わないどころか勝手に部隊を離れたり独自の行動を取ったりしている。すでに五族同盟に月人種と太陽人種による海人種の包囲網が完成しつつある。
それでもスサノオははっきりした行動を取れないでいた。事ここに至ってもまだ話し合いで解決しようとしている。スサノオの能力ならもうとっくに天津神系の奴らの離反に気付いているはずだ。
確かにスサノオは飛びぬけた力を持っている。フツシミタマや加速を使っていない状態の俺の全力とまともに戦えるのはスサノオくらいだろう。
お互いにそういう能力上昇の技を使った場合はどちらが強いかはわからない。もしかしたらスサノオの方が俺より力の上昇率なんかが上かもしれないからな。
ただ表面的に計れる範囲ではスサノオと俺の力はかなり近い。少し俺が上なくらいだ。戦闘技術や経験の差でもしかしたら俺の方が負けるかもしれない。それくらいの差だ。
そのスサノオがその気になれば敵を全て一人で始末することも簡単だろう。それなのにスサノオは腑抜けで話し合いしかしようとしない。
いや、これだけの力を持っているからこそ力ずくで敵を滅ぼし解決するのはいつでも出来ると思っているのかもしれない。そしてそう思うからこそ力ずくで滅ぼすのは最後の手段として使っていないのだろう。
だがそれが命取りだ。何度も言うように俺は結果を知った上で結果論を言っているに過ぎない。しかしこのスサノオの甘さが命取りになり海人種は負け、スサノオと九尾の女神は死に、この後一万年に及ぶ業を背負うことになる。
スサノオ「なぁヤタガラス。」
ヤタガラス「はっ!」
いつもの執務室でスサノオがヤタガラスに話しかける。
スサノオ「そう畏まるなよ。………あのな、俺達引き下がったらどうかな?」
ヤタガラス「は?どういう意味でしょうか?」
スサノオの言葉に意味がわからないという顔をするヤタガラス。俺はもう察した。けどそれは俺が海底都市カムスサの存在を知ってるからわかっただけかもしれないな。
スサノオ「俺達がこれ以上世界を統一してても争いの種にしかならないんだったら、俺達が世界を手放して他の種族達に任せてみたらどうだろう?」
やはりな。スサノオは反乱を鎮圧することではなく、反乱軍が世界の支配権を欲しいというのなら渡せばどうかと言っている。
ヤタガラス「スサノオ様!そのようなこと…。」
スサノオ「なぁ…。俺達は何で世界を支配したんだ?どうして今まで統治してきた?」
ヤタガラスが反論しようとしたところへスサノオが言葉を被せて遮る。
ヤタガラス「それは貧困も戦争もないより良き世界にするために我らは今まで身を粉にして働いてきたのではないですか。」
スサノオ「そうだな。それで結果はどうだ?俺達の存在が火種となり戦火は広がるばかりだ。戦争のない良き世界を目指して、結果俺達のせいで戦争が起こってるんじゃないのか?」
ヤタガラス「それは違います!今反乱を起こしている者達は我らに取って代わって世界を支配したいという欲だけで動いている者達です!そのような者達に世界を渡せばもっとひどい世界になります!」
そうだな。俺ならヤタガラスに賛成だ。スサノオは甘すぎる。
スサノオ「それはそうかもしれない。けどそうはならないかもしれない。だろ?俺達は全知全能でも未来を知る者でもない。今暴れてる者達が将来俺達より良い統治をするかもしれない。もししなかったらまた俺達が奪い返せばいいさ。どうだ?」
ヤタガラス「スサノオ様の思し召しのままに………。」
ヤタガラスは納得していない。それでも主君が決めたことには従う。もうこれ以上説得しても翻意しないとわかりヤタガラスの方が折れたのだろう。
こうしてスサノオとヤタガラスは天津神にすら秘密にして国津神達の撤退先を作ることにしたのだった。これが後の海底都市カムスサとなることを俺以外の誰もまだ知らない。
そして自分達の根城を用意しているのは海人種だけではなかった。月人種も太陽人種もそれぞれ自分達の根城を建設中だった。それが後の地中都市ゲッカと空中都市テンショウだ。
世界は次第にある点へと収束しつつあった。そう。後に太古の大戦と呼ばれることになる世界戦争に向けて着々と進んでいたのだ。
=======
もう全世界が戦火に巻き込まれつつある。それはいくらスサノオが家で隠そうとしても九尾の女神やサカルムカイツには隠し切れない。あの楽しかった幸せな家の中ですら不穏な空気が漂っているかのようだった。
九尾の女神「あなた。お味方の身の安全を一番に考えてあげてくださいね。」
どうやら九尾の女神はスサノオが敵の安全を優先していることを知っているようだ。九尾の女神の主張はまったくもってその通りであり、敵を庇いすぎる余り味方が傷ついていては意味がない。
サカルムカイツ「私も天津神の方達にもっとスサノオ様に協力するよう言っておきます。」
セオリツ「奥様が向かわれることはありません。私が言伝しておきます。」
………セオリツ。こいつは………。
サカルムカイツ「そう?それならお願いね?」
セオリツ「はい。お任せください。」
………何故セオリツをここまで信用するのか。こいつは……。
クロ「おい!それより魔人族は人神と闇の魔神に操られているだけなんだ。こいつらに操られているのを何とかしてやってくれ。」
クロがまた余計なことを言う。スサノオの性格ならこんなことを言われて縋られたら本当に何とかしてでも助けようとするだろう。そのせいで皆死ぬことになるってのにな。
スサノオ「心配するな。無闇に殺したりはしないさ。それよりほら、飯を食え。な?辛気臭い話はなしだ。」
この馬鹿親父が…。折角九尾の女神が忠告してくれてたのにうやむやにしたまま流してしまった。世界の状況からしてこれがゆっくり食える最後の晩餐かもしれない。
それなのに最後の一家団欒の食卓は微妙な空気のまま流れていったのだった。
=======
それから暫くして本格的な戦争が始まった。五族同盟は正式に海人種に宣戦布告し太古の大戦が勃発したことになる。
しかし実際にはもっと前から戦闘は始まっており海人種は完全に後手に回っていた。スサノオがヌルいことを言っていたせいと言うのもあるがそれだけじゃない。
海人種全体が平和ボケしてまさか本当に戦争になるなど思ってもいなかったという部分もある。反乱と言ってもデモ行進のようなものと思っていた者が大半なのだ。
現場に立ったことがある兵士達はもう紛争レベルだと気付いていただろうが、普通の海人種の大半はデモレベルだと思っていた。この初動の遅さが悲劇に繋がった。
全戦力を集結させた五族同盟の奇襲により兵力が少なく警備の薄かった町が一つ滅ぼされた。普通ならばいくら一般市民と言っても海人種ならば五族同盟などに負けるはずはなかった。
それはそうだ。ただの一市民の女子供ですら、海人族を除いた中で最強のドラゴン族の戦士が束になっても敵わない強さがある。それなのに何故町一つが成す術なく滅ぼされたのか。
一つ目の理由が海人種が争いを好まない穏やかな種だったこと。そしてスサノオの命令も無闇に他種族を殺さないという命令だった。このため海人種達はほとんど抵抗することがなかったのだ。
そして二つ目の理由が人神。こいつが事前に町に入り込み思考誘導を仕掛けていた。本来格上にはかかり難いはずの思考誘導だが、人神の思考誘導はどういう仕掛けか格上にもかかる。
そして人神がかけた思考誘導が『この町に住む海人種達は抵抗することなく黙って五族同盟に殺される』というものだった。
開戦するまで海人種達は無警戒だったので人神は自由に思考誘導をかけ放題だった。そして初戦で圧倒的な勝利をすることで五族同盟の戦意を高揚し、自分の戦術を認めさせる必要があった。そこで町の住人全てを皆殺しにしたのだ。
スサノオの命令と相俟って人神の思考誘導は絶大な効力を発揮した。この町の壊滅を受けて海人種と五族同盟内で大きな騒動へと発展したのだった。
海人種は町が一つ滅ぼされて皆殺しにされたことでスサノオへの批難が高まった。さらにこれを理由に天津神系の月人種と太陽人種が海人族から離脱する発表を行った。これにより海人族は海人種だけとなり戦力の空白が出来た。
これも天津神系と五族同盟の、いや、人神との連携のうちだったのだろう。部隊などに配属されていた天津神系がいきなりいなくなれば部隊や役所がまともに機能しなくなる。
その隙を突いて各地で五族同盟が攻勢に出たのだ。人神の思考誘導と天津神達が裏で五族同盟を支援することで各地の海人種達は孤立無援のまま戦うことを余儀なくされた。
初戦以来破竹の勢いで勝利を続ける五族同盟は戦意旺盛だった。実際には五族同盟も大きな被害を出しておりそれほど圧勝というわけではない。
むしろ一戦一戦の被害で見れば五族同盟の方が多い場合がほとんどだ。それでも人神の思考誘導により退くことがない五族同盟はまさに命を捨てて快進撃を続けていた。
そして被害を出さずに裏から海人種を始末し、海人種と五族同盟の両方の戦力を消耗させているのが人神と天津神達だ。
全世界で同時多発的に起こった戦闘は瞬く間に広がり最早地上で戦闘のない地域はないとさえ思えるほどに至ったのだった。




