第百二十七話「全ての始まり」
気がついた俺が目を開けるとそこには鬼がいた。………そうだ。これは鬼だ。他に形容しようがない。
額の左右から二本の角が出ている。顔はハンサム系の顔だがちょっと怖い。角を生やした強面となればそれはもうイメージの中の鬼そのものだ。
???「おお!この子が俺を見て笑ってるぞ!」
???「あなた…。それは笑ってるわけじゃないと思うわ。むしろあなたにびっくりしてるんじゃないかしら?」
女の声が聞こえてそちらへ視線を動かす。俺を抱えあげている鬼の隣にはベッドがあり、そこに綺麗な女の人が寝ていた。
額には汗が流れているし下半身を露出して色々な物が垂れ流しになってる。どうやらお産をした直後のようだ。つまりベッドに寝てるのが俺を今産んだばかりの母親で俺を抱え上げてるのが父親ってことか?
俺を抱いてる鬼がスサノオでベッドに寝ている美人が九尾の女神ということか。どっちも美形だからそれを継いでる俺も美形なのが頷ける。ついでに俺がちょっと怖いって言われるのはスサノオの血を引いているからかもな。
???「スサノオ様!お子様はまだ産湯にも浸かってないのですよ!」
何かスサノオが怒られてる。どうやら産まれてすぐに俺を取り上げて見ていたようだ。まだ俺の体には色々とついている。
スサノオ「おっ…。おぉ…。すまん。」
助産婦なのか何なのか声を上げた女の人がスサノオから俺をひったくるように奪いお湯に浸けて体を洗ってくれた。
???「ふふっ。海人族の族長ともあろう者が情けないですね。」
ベッドに寝てる綺麗な女が怒られたスサノオを笑う。
スサノオ「うぅ…。俺ぁ子供なんてもったのは初めてだしどうしていいかわからねぇんだよ。」
???「あら?当然私だって初めてですよ?この身を預けるのはあなたが最初で最後なのですから。」
スサノオ「うっ…。そんな笑顔で見つめるなよ。すぐにもう一人作っちゃいそうになるだろ!」
綺麗な女が笑いかけるとスサノオは赤い顔をしてそっぽを向いた。どうやら照れ屋らしい。っていうか自分の嫁に笑いかけられただけで照れるなよ。
………まぁ俺も人のことは偉そうに言えないか。未だに嫁達の可愛い姿とか見たらこっちが照れて直視出来なかったり、ぶっきらぼうに答えたりするもんな………。これはスサノオの遺伝だったか。
???「スサノオ様!九尾の女神様は今ご出産をされたばかりでお疲れなのですよ!少しは気を利かせて休ませて差し上げようとは思わないのですか?」
スサノオ「うぅ…。わかった。」
???「お分かりならば早く出て行ってください。まだこれからも色々とあるのです!お子様を見られたのですからもう出てください!」
スサノオ「すまん………。」
やっぱりベッドに寝てる綺麗な女が九尾の女神みたいだな。助産婦みたいな人に追い立てられてスサノオがスゴスゴと部屋から出て行く。何か情けない親父だな。
九尾の女神「ふふっ。あまりいじめないであげてセオリツ。」
セオリツ「いじめたつもりはなかったのですが……、申し訳ありません。」
セオリツと呼ばれた女が頭を下げた。………この女はあまり良い予感がしないな。
九尾の女神「良いのよ。気にしないで。それよりも私にも赤ちゃんを抱かせて?」
セオリツ「はい。」
セオリツに体を洗われた俺は九尾の女神に手渡され抱かれる。………何だろう。とても安心する。眠気などまったく感じてなかったはずなのに徐々に俺の意識は眠りへと落ちていったのだった。
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次に気付いた時はどれくらい時間が経っているのかわからなかった。俺はベビーベッドのようなものに寝かされている。
隣に九尾の女神が椅子を置いて座っているのが見える。俺の方がどれくらい成長しているのかはわからないが九尾の女神の容態からしてそこそこ時間が経っているのだろうと思う。
出産直後らしかったさっき見た時にはやつれた感じがあったが、今椅子に座ってる九尾の女神はさっきより少しふっくらして見えるし血色も良い。
九尾の女神「あら?起こしてしまったかしら?ほら、良い子ね。」
九尾の女神が俺を抱き上げる。………これが母か。母に抱かれていると何か安心する。
スサノオ「おーい。帰ったぞぉ~。」
その時バタバタと音がして誰かがこの部屋へと駆け込んで来た。
九尾の女神「あなた…。アキラが驚いてしまうでしょう?もう少し落ち着いてください。」
スサノオ「俺の娘がこれくらいで驚くはずない!それより早くアキラを見せてくれ!」
スサノオは九尾の女神から俺をひったくるように奪って抱き上げた。嫁の言う通りお前はもうちょっと落ち着け。
スサノオ「お~!可愛いなぁ!さすが俺の娘だ!いや、さすがダキの娘だ!ダキにそっくりだ。きっと美人に育つぞ~!」
俺を高い高いしたり頬擦りしたりしながらはしゃぎまわっている。どうやら九尾の女神はダキと言う名前だったらしいな。
九尾の女神「それよりあなた。こんなに早く帰ってきてよかったのですか?今統治が大変なのでしょう?」
スサノオ「あぁ…。なぁ~に。ダキが気にすることはないさ。妖狐は出産直後から力が弱るんだろう?ダキは早く回復するように努めていればいいんだ。統治の方は俺がうまくやるから。な?」
九尾の女神「力が弱ると言っても第四階位くらいの力はありますから私の心配はいりませんよ。それよりもきちんと統治してください。それがアキラのためにもなります。」
スサノオ「第四階位くらいしかないなんて弱りすぎだろ!本来第二階位なんだから………、え~っと…、どれくらい弱ってるんだ?」
一階位差を約百倍として二階位分違ったら一万分の一だろ…。この親父大丈夫か?こんな奴に統治されてたらそりゃあ反乱を起こすかもしれないな………。
九尾の女神「私一人ではなく守ってくれているあなたの配下もいますから平気ですよ。それより最近反乱が相次いでいるのでしょう?」
どうやらすでに太古の大戦は起こり始めているようだな。国同士が宣戦布告し合って始まる国家間戦争ならともかく、反乱や内乱は明確に始まりという宣言がない場合が多い。
もちろん後でここからこの戦争が始まったと歴史家が決めたりする場合はあるだろう。あるいは戦意高揚のために反乱側が何らかの宣言を出す場合もある。
でも実際にそれが起こっている時代には明確にこれが始まりだったなどという線引きはない。大体はいつの間にか起こった各地の反乱が大きくなり知らず知らずのうちに始まるものだろう。
この後の出来事を多少なりとも知っている俺からすればもう太古の大戦は始まっているのだという実感がある。
しかし当事者であるスサノオや九尾の女神にはまだ実感がないのだろう。ただの小さな反乱と思っているのかもしれない。
そして俺はこの世界に干渉しようと思っても何も出来ない。確かにこの赤子の体は俺自身だ。スサノオに触られたら俺に触られている感覚が伝わってくる。
だけど何かしようと思っても動けない。視線を動かすくらいなら出来るが移動したり神力を使ったりは一切出来ない。
もちろん会話もだ。いくら体が赤子でも俺くらい中身が成長していれば何らかの方法で意思や言葉を伝える方法はある。
はっきりとは話せなくても片言でもしゃべるとか、文字を書くとか、視線の動きで訴えかけるとか、考えればいくらでもある。だがそれらの行動すら出来ない。
俺の予想ではあるが恐らくすでに過ぎ去った出来事を追体験のように見ているだけなのだろう。だから過去を改竄するようなことは出来ない。
この後何かが起こってこの二人は死ぬことになる。それを知っていながら俺にはそれを止める術はない。
虚無がどういうつもりで俺にこんなものを見せているのか知らないが、何も出来ずにただ両親が死ぬのを眺めているしかないなど生殺しもいいところだ。もどかしくて焦りだけが募る。
セオリツ「失礼します。九尾の女神様、お加減はいかがでしょうか?」
その時セオリツとか言った九尾の女神付きの女中らしい者が入ってきた。けどこいつはもっと前から扉の前に立って聞き耳をたてていた。それは両親も気付いていたはずだ。
九尾の女神「ええ。最近は大分良くなったわ。セオリツもそんなに遠慮しなくても良いのよ?もっと家族のように接してくれたら良いの。」
どうやら両親も気付いた上で、セオリツが家族の場に遠慮して様子を窺っていたと受け取ったようだな。
セオリツ「お言葉は大変光栄ではありますが、身を弁えるのもこの仕事には大切なことです。」
セオリツは頭を下げる。一緒に暮らしているのだから家族のように気安く接して欲しい両親と、あくまで女中という仕事だからそれを弁えておかなければならないと言うセオリツ。
これだけを見ればよく出来た女中と気さくな主君夫妻という風に見える。だが俺には違うように見える。俺が疑いすぎか?これから大戦が起こり両親が死ぬから全てを疑って見ているのかもしれない。
スサノオ「それじゃ飯にしよう。」
スサノオが話題を変えてこの場はこれでお開きとなる。俺は九尾の女神に抱かれて一緒に部屋を出た。そこでまた徐々に意識が遠のいていったのだった。
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それからの毎日は楽しい思い出ばかりだった。スサノオは子煩悩で毎日飛んで帰ってきては九尾の女神と俺に愛情を注いでいた。
九尾の女神も体が悪いようには見えなかった。普通に家事もこなして健康そうに見えた。二人に愛情一杯に可愛がられ育てられている赤子の俺は幸せそのものだっただろう。
しかし暫く続いた幸せな日々も終わりを迎える。
今までの俺はずっとこの世界にいる赤子の俺の視点でものが見えていた。しかし今日は突然視点が切り替わるように変化した。
赤子だった俺との感覚のリンクは完全になくなっている。今の俺はこの世界を眺めているだけの無関係な存在だ。
他人がプレイしているTPSを後ろから眺めているように、俺の意思に関わらず勝手に動く。そして事態は動き始めていた。
ヤタガラス「スサノオ様。これを。」
ヤタガラスだ。海底都市カムスサで見た時のヤタガラスと一切変わらないヤタガラスがそこにいた。まぁこの当時から神格を得るか神になっていれば当たり前の話ではあるか。
ヤタガラスが差し出した書類のようなものを見てスサノオは渋い顔をした。
スサノオ「………どうにかならないのか?」
ヤタガラス「はい………。すでにこれまでのように首謀者を捕らえれば止まるという段階ではなくなっています。」
俺も後ろから書類を覗き込んでみる。まぁ俺の意思で動いてるんじゃなくて自動的に動いているんだけどな。
その書類に書かれている内容を見て俺もわかった。共通文字で書かれた書類の内容をざっくり纏めるとこうだ。
地名や人名らしいものがたくさん並んでいるがそういう細かいことは俺にはわからないので飛ばしておく。どこの地域で誰がどれくらいの人数を率いて反乱を起こしたとかそんなことがびっしり書いてある。
それを見る限りではかなりの地域で相当数の数が反乱を起こしているようだ。それにさっきのヤタガラスの言葉を加えて考えてみると、どうやらこれまで何度も反乱が起こっており、今までは主犯格の者だけ捕えて抑えていたのだろう。
だがもうその程度では収まらないほどに反乱が大きくなっているようだ。こうなってはもう武力鎮圧しかない。
スサノオ「何とか出来るだけ犠牲を出さずに収める方法はないか?」
スサノオの顔にも苦悩が浮かんでいた。どうやらスサノオはなるべく犠牲を出したくないようだな。俺なら反逆者は皆殺しにして終わりだがスサノオは随分甘いようだ。
ヤタガラス「現在全力で食い止めておりますが…。これ以上敵の身の安全ばかり考えていては味方に死傷者が出てしまいます………。」
ヤタガラスは何とかスサノオを翻意させようとしているようだ。それは当然だな。敵の身を案じて味方が力を出せずに傷ついては本末転倒だ。
スサノオ「うぅ~む…。こちらの被害が出ないようには気をつけろ。身を守るためならば戦ってもいい。だが必要以上に反乱に加わった者達を傷つけるのは出来るだけ避けろ。」
やっぱりスサノオは敵まで庇うようだな。まったく甘ちゃんすぎて反吐が出る。そんなことだから愛する妻を失い、守るべき国を失い、民を死なせたんじゃないのか?
俺や九尾の女神に愛情を注ぐ良き夫であり良き父であったことは認める。だが良き君主ではないのではないかと俺は思う。
ヤタガラス「なぜそこまで反逆者を救おうとなさるのでしょうか?」
スサノオ「ああ。まぁ…。あれだ。こいつらだって反乱を起こすだけの理由があったんだろう?それは俺の失政のせいかもしれない。だからそれを話し合って聞いてみたい。例えば不作だった地域に重い税を課してしまっていてそれが反乱の原因なら俺のせいだ。だろ?」
ヤタガラス「それは…。ですが過去に捕えた首謀者達の話は聞くに堪えないような自分勝手な理由ばかりだったではないですか。」
それからスサノオとヤタガラスはああでもないこうでもないと話し合っていた。どうやらスサノオにとっては反乱を起こした者達だって自分の国の民という考えらしい。
その自国民達が反乱を起こすということは、それだけ自分の責任があったのではないか?それを確かめなければ安易に処分をするわけにはいかない。
それがスサノオの意見だった。ヤタガラスがいくら説得しようとしてもそこだけは譲らない。
でもヤタガラスの話を聞く限りではどうやら反乱は圧政だとか失政だとかそんな正当な理由があってのことではないようだ。
海人族が世界を支配しているのはずるいから自分が取って代わって支配したいとか何かそんな理由がほとんどらしい。それを堂々と主張する方もする方だし、賛同して反乱に加わる奴らも大概だ。
けど今までの反乱でそういう理由が多かったからと言って今起こっている反乱もそうだとは言えない。だから反逆者達に話を聞くといいスサノオは結局意見を変えなかった。
この場で決まったことは反乱を起こしている地域に増員を派遣するとか、反逆者達に呼びかけて話し合いの場を設けようだとかそんなことしか決まらなかったのだった。
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その後スサノオは世界中を駆け回った。まぁ駆け回ったっていうか界渡りの秘技で転移してるだけだが、反乱が起こっている各地へと直接赴き何とか反乱をやめさせようと苦慮していた。
そして今日もどこかへ転移する。着いた先の環境からして北大陸っぽい。そこに野戦陣地のようなものがあり海人族達が臨戦態勢で警備にあたっていた。
スサノオ「今どうなっている?」
ヤタガラス「はっ!どうやら先遣隊と反乱軍の間で戦闘になっている模様です。」
スサノオ「何だと!すぐにそこへ向かう!」
ヤタガラスの報告を聞いたスサノオはただちに駆け出した。今度は転移じゃなくて本当に走ってる。途中でヤタガラスがスサノオを追い抜き先導していく。
森の中を暫く走って少し開けた場所に出た時に見た光景は凄惨なものだった。まるでミンチのようにすり潰されている肉の塊があちこちに転がっていた。
辛うじて原型を留めている部分から察するに恐らく反乱に加わった魔人族達の成れの果てだろう。そして未だに誰かが大男に甚振られていた。
………まぁ誰かっていうかクロだ。今の大人の姿と変わらないクロが海人族の大男にボコボコにされている。
???「ぐははははっ!こんなもんか小僧!もっと俺様を楽しませてみろぉ!!!」
クロ「ぐぇっ!」
あ~あ…。張り手のようなものを胸に食らわされたクロはカエルが潰れたような声を出しながら吹き飛ばされていった。肋骨がバキバキに折れる音が俺にまで聞こえてきていた。
スサノオ「やめろ!何をしている!」
堪らずスサノオが大男に駆け寄り止める。
???「あ゛あ゛?誰だ!俺様に指図する奴は!………あ゛?これはこれはスサノオ様じゃねぇか。一体何の御用で?」
大男はスサノオに直接止められたにも関わらず、スサノオだと気付いてからもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。
とてもではないがスサノオに忠誠を誓っているようには見えない。ヤタガラスも明らかに警戒の色を示している。
スサノオ「やめろタヂカラオ。俺は無闇に反乱軍を殺すなって言ったはずだ。これはどういうことだ?」
スサノオは怒りを込めた視線でタヂカラオと呼ばれた大男を睨みつける。
タヂカラオ「おぉ怖い怖い。そんなに睨まんでください。無闇に殺すなってごめーれーはよーくわかってますぜ?けど敵が呼びかけに応じず攻撃を仕掛けてくるから俺様は味方を守るために戦うしかなかったんだよ。わかんだろ?」
相変わらずニヤニヤとスサノオを小馬鹿にした笑い顔を浮かべたままタヂカラオはそれらしい言い訳をする。それが嘘か本当か俺には判断するだけの証拠はないが、少なくともこのタヂカラオと言う奴は戦闘狂のような奴で敵を甚振って殺す趣味の奴だということはわかる。
言葉通り本当に敵が襲ってきたから身を守ったのか、タヂカラオの方から敵を無闇に殺しに来たのかはわからないが、スサノオの命令を守る気がないということだけはわかる。
スサノオ「………お前の言葉が本当かどうかは後で証言を取って調べさせてもらうぞ?とにかくその者の身は俺が預かる。」
タヂカラオ「えぇ、えぇ。どうぞご自由に~。げははははっ!!!」
他の兵士達から証言を集めると言ったことに対してか、クロをスサノオが預かると言ったことに対してか、どちらとも取れるような言葉を残してタヂカラオは去って行った。
恐らくどちらに対してもなのだろう。それはつまりここにいる兵士達にタヂカラオの悪行を聞いても本当のことを答えないという自信の表れだ。
ということは少なくともここの部隊の者達はスサノオよりタヂカラオを選ぶということ。こいつらの神力も天力だ。つまりこいつらは太陽人種でスサノオにあまり良い感情を持っていないということだろう。
スサノオ「おい大丈夫か?派手にやられたなぁ。」
暫くタヂカラオの背中を見つめていたスサノオはクロへと近づいて声をかけた。
クロ「うる…せぇ…。これで…俺…を助けた…つもりか?こんなことで恩になんて感じねぇ!俺は仲間は売らねぇ!」
スサノオ「うんうん。別にお前を助けるかどうかはまだわからんぞ。だから恩に感じる必要もないし、お前から仲間の情報を聞こうと思ったわけでもない。」
スサノオはウンウン頷きながらクロの胸に手を当てる。………何だ?クロのダメージが治っている。もちろん回復する術や魔法は色々ある。けど今スサノオがやったのは普通の回復じゃない。
………そうか。わかったぞ。クロの胸のダメージを受けた部分だけ時間を巻き戻したんだ。何か回復の仕方が変だと思ったらダメージを受けたのを逆再生したように戻っていっていたから違和感があったんだ。
クロ「………何をした?」
スサノオ「ひ・み・つ!もう回復しただろう?」
唇の前で右手の人差し指だけ立てて『ひ・み・つ』と言う言葉に合わせて左右に振っていた。強面の奴がやったら気持ち悪いわ!
クロ「………ああ。それで…、だったら何故俺を助けた?」
スサノオ「まぁ難しい話は後にしようや。そろそろ嫁さんが晩飯の用意して待ってんだ。ヤタガラス。俺はこいつを連れて帰るぞ。」
ヤタガラス「はっ!」
どうやら後始末はヤタガラスに丸投げらしいな。まぁスサノオはあまり直接指揮をとらない方が良いだろう。スサノオはクロの腕を掴むと転移したのだった。
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クロを連れたスサノオは自宅の前に転移していた。
クロ「………何だ今のは?ここはどこだ?」
スサノオ「ここは俺の家だ。さぁ入れ。」
クロは転移したことに驚いていた。けど自宅だと言われて余計に驚いていた。そりゃそうだ。両方を知っていて第三者視点で見ている俺はわかっているが、まだお互いに名乗ってないからお互いの素性すら知らないはずだ。
それでもスサノオがかなり高い地位にいる者だと言うのはタヂカラオやヤタガラスとのやり取りでわかる。クロだってそれに気付いている。そんな高位の者が素性もわからない自分をいきなり自宅に連れて来たなど信じられないのだろう。
スサノオ「おーい。帰ったぞぉ~!!!」
そんなクロを置き去りにしてスサノオはいつものだらしない笑顔で九尾の女神と俺がいる部屋へと駆け込んでいったのだった。
クロ「………。」
クロは玄関に置き去りだ。どうしていいかわからず立ちすくんでいた。そりゃそうだよな。さっきまで反乱に参加して戦ってたのに、いきなり敵方の偉いさんらしい奴に自宅に連れてこられて放置だ。
普通牢屋にぶち込むとか尋問するとか色々するべきことがあるだろう。それなのにそんなのまったくお構いなしで放置だ。そりゃ放置されてる方が呆然とするわな。
九尾の女神「あなた、表にお客さんを置いたままではないですか?」
スサノオ「おお。そうだった。おい!早く来い!お前がモタモタしてたら俺が嫁や娘と一緒にいられる時間が減るんだ!」
一瞬で戻ってきたスサノオがクロの腕を掴んで有無を言わせず家の中へと引き摺り込んでいったのだった。
九尾の女神「いらっしゃい…。えっと…、見たことがない方ね?あなたの配下の方かしら?」
九尾の女神は立ってスサノオがクロを連れて入ってくるのを待っていた。そして挨拶をしてる九尾の女神を初めて見たクロの顔が真っ赤になって固まった。
実にわかりやすい。どうやらクロは俺の母親を一目見て惚れたらしい。………ん?もしかしてクロが俺に惚れてるのは九尾の女神に似てるからか?俺は九尾の女神の代わりってわけか。何か腹が立ってきた。
クロ「おっ、俺…、じゃなくて、僕は黒の魔神と言います!」
真っ赤になったままのクロはビシッと直立不動になって大声で答えた。
スサノオ「おお!お前が黒の魔神かぁ。なるほどなぁ。」
九尾の女神「あなた知らなかったのですか?」
スサノオ「おう!さっき反乱軍に居たところを捕まえて連れて来たばっかりだからな!」
がははと笑うスサノオに九尾の女神は呆れた表情を浮かべていた。
九尾の女神「あなた…。見ず知らずの人を連れてきてアキラに何かあったらどうするつもりですか?」
スサノオ「いやいや。こいつはそんなことするような奴じゃないよ。」
何でさっき初めて会ったクロをそんなに信用してるのか根拠がわからない。
クロ「何でそこまで言える?俺はさっきまで反乱軍に居たって自分で言ったばかりだろ?」
スサノオ「目を見りゃわかる。お前は悪い奴じゃない。だから話を聞こうと思って連れてきたんだ。なぁ?何で反乱なんて起こしてる?海人族の支配は悪政か?」
クロ「当たり前だろ!海人族は支配している各種族を迫害し苦しめている!」
その後クロがぶちまけた言葉は滅茶苦茶だった。俺は第三者視点でこの世界の隅々まで見渡した。けど海人族の支配は決して悪いものではなかった。
それなのにクロの言う言葉はその現実とはかけ離れた圧政を強いられているということばかりだった。これが精霊族と魔人族の終戦の時に言っていた人神の思考誘導の影響か。
ただ黙ってクロの言葉を聞いていたスサノオはクロが話し終わるとゆっくりと言葉を吐き出した。
スサノオ「俺が見た限り北大陸にそんなことをしている奴は一人もいなかった。皆俺の命令に従ってたから現地の代官が圧政をして横領してるってこともなかった。黒の魔神の言ってるのはどこの話だ?」
怒るでもなく、動揺するでもなく、ただ淡々と問い返す。
クロ「何を言ってる!俺の故郷ではこうだった。そして皆飢えていたんだ!」
スサノオ「お前の故郷ってさっき聞いた場所だよな?五年前に凶作になったからその年は減税したら、翌年減税された分を納めるって言ってわざわざ持ってきてくれた村だよな。減額した分はもう納める必要はないって言っても中々納得してくれなくて、払うだ払わなくていいだで役所で言い合いになってたのはおかしかったよなぁ。それなのにお前はその村が搾取されて皆飢えてたって言うのか?」
クロ「それは………。けど…、海人族は悪いはずなんだ!」
スサノオ「何で?俺達はお前が言うような苦役も重税も課してないぞ?」
クロ「うぅ…。うぅ~………。」
クロが頭を抑えて蹲った。そしてキイィィーーンとガラスが割れるような音がしたかと思うと、クロの頭からキラキラと光る何かの破片のようなものが飛び散ったのだった。
クロ「………そう…だよ。何で海人族が悪いと思ってたんだ?そもそも俺は海人族に救われたことだってあったのに…。まるで頭に靄がかかったみたいになって何でか海人族が悪いって思いこんでたんだ…。すまん………。俺のやったことは重罪だ………。」
スサノオ「お?何か知らんけど誤解は解けたみたいだな。まぁお前を無罪に出来るかどうかはまだわからんが何かに操られていた可能性も高い。だからお前もそう気にするな。多少罪の償いくらいはさせるかもしれんがな!わははは!」
クロ「………。」
どうやらこの時クロの呪縛は解けたようだな。それから暫くクロは俺の家で暮らすことになったのだった。




