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転生無双  作者: 平朝臣
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第十三話「剣聖ロベール」


 夜のうちにブレーフェンから旅立った俺達は北から徐々に東へと曲がっている海岸沿いに進んでいた。街道もなく海岸は切り立った崖になっており港も作れない。かなりの距離を進んできたが俺や師匠の探知距離内に一人の人間すら引っかからなかった。


 港が作れるのなら利用価値があり街道も敷かれるだろうが港を作れそうな場所もなく人里からも遠すぎるために誰も立ち入らないのだろう。猟師や樵でももっと人里の近くで仕事をするからだ。


 だがこれは俺達にとっては都合がいい。人間に見つかる心配がないので悠々自適な旅ができるからだ。今でも能力制限はしているがそれでもなお俺達の能力は目立つ。鬱蒼と生い茂る草木の中の道なき道をスイスイ進んだり山を越えたりするのは獣人族でも苦労する。それを苦にせずありえない速度で進んでしまうのだから誰かに見つかれば目立つことこの上ない。さらに人目のあるところではボックスの能力も見られたらまずいので持ち物もおいそれと出せない。普通の者にとっては快適なはずの街では俺達はかえって不便なのだ。


 俺にとって一番好都合なことは人間の手の入っていないところは記憶の景色を探しやすいということだ。草木は生え変わったりするはずなので厳密には記憶の景色とは異なっているはずだがその程度の違いは問題なくすぐに思い出される。だがブレーフェンの港の件のように人工的に作りかえられていると記憶が曖昧になり見つけるのが難しくなる。下手をすれば1350年近くも前の景色になってしまうので今後も人工的に手を加えられている場所で記憶が辿れなくなる可能性がある。


狐神「人が居るね。」


 俺が感知した気配に師匠も気づいたようだ。二つ山を越えた先に一人の人間の気配がある。気配のある場所は周囲を山に囲まれた盆地の森の中のようだ。前のアキラは一直線にどこかに向かっているわけではなく右へ行ったり左へ行ったりふらふら進んでいるので必ずそこにぶつかるとは限らないが基本的な進路上になるので遭遇する可能性はある。


狐神「どうするんだい?」


 避けられるなら避けて通りたいがそれは前のアキラ次第だ。これまでも何度か試してみたが目に見える範囲でないと記憶は思い出されない。一直線の街道ならその場まで行かなくとも見えている範囲までは思い出されるし、まったく同じ道を通らずちょっと森に入って街道を見ながら進んでも肉眼で見えている限りは思い出せる。だが一度まったく見えないところまで迂回して道の先まで行くと思い出せないのだ。飛び飛びでその場に行っても思い出せない。繋がったルートで進まなければそこで途切れてしまうのだ。記憶で思い出した場所まで戻ってからまたその景色の見える道で進まなければならなかった。


アキラ「避けれるなら避けたいところですが記憶次第ですね。」


 その後しばらく様子を見ながら進んでいくと気配のあった盆地に入った途端にガウが声を上げた。


ガウ「がうがう!この森へんなの。」


アキラ「変?師匠は何か感じますか?」


狐神「さて…。魔獣が弱くなった?」


アキラ「魔獣が弱くなったって?」


狐神「言い方が悪かったかね。生息している魔獣がこの盆地と外じゃ強さが一段違うって言うのかね?」


 そう言われて俺も納得した。確かにこの盆地にいる魔獣だけその外の魔獣より弱い奴らばかりだ。いくら縄張りがあるとはいえ人間が柵を設置してるわけでもないのに野生の動物がここから先は進入禁止とか言われて守るはずがない。縄張りとして徐々に分布が変わっているのならわかるがある所を境に急に分布が変わるのはおかしい。腹を空かせたライオンが目の前にシマウマがいるのに『この先は他人の敷地なので入ってはいけません』と言われても気にせずシマウマを狩るだろう。


アキラ「何か人為的なものですかね?」


狐神「そうだね…。なんらかの力は働いていると思うよ。」


ガウ「気づかれたの!」


アキラ「スピードを落とそう。」


 ガウが言っているのはさっきから感じていた人間の気配のことだ。まだ1km以上は離れているはずだが向こうもこちらに気づいた気配が伝わってくる。生い茂った森の中で目視など当然できるはずもない。これだけの距離がありながらこちらの気配に気づくなど並の人間じゃないのは確実だ。そして記憶通りに進めば確実にぶつかることになりそうだった。



  =======



 もう気配は目の前だ。一直線に向かっている。森が切れて開けた場所に一軒の家が建っている。家の隣には畑があり農作業をしている中年の男が見える。


???「こんな所まで探しにきたのか…。だが生憎俺はすでに引退した身だ。帰るがいい。」


アキラ「いえ、通りがかっただけです。貴方には用はありません。通らせてもらいますね。」


???「え?…いや、あの…その…。うん…。」


狐神「ぷっ。」


ガウ「格好悪いの。」


 ここは盆地の端でここから進むと山を登ることになる。俺達がその山へ入ろうとすると後ろから斬撃が飛んできた。さっきの男が農作業で使っていた鎌で真空の刃を飛ばしたのだ。だが俺達はそれに反応しない。なぜならその刃は俺達が狙いではないからだ。


 ブシュッ


 何かが切断される音が響き普通の木のように見える場所から血が吹き出る。木に擬態していた蛇のような魔獣だ。たいした敵ではないし人目のある所であまり力を見せたくなかったので通りざまに攻撃しようと思っていたが中年男が先に始末したようだ。


???「そちらへ行くのはやめておけ。そこから先は危険な領域だ。」


 俺達からすればこれまでもここからも難易度は変わらない。ちょっと敵の強さが変わった所でスーパーイージーモードだ。だがこの男は何か知っていそうだ。少し聞いてみたくなった。


アキラ「貴方は何か知ってるんですか?ここだけ魔獣が弱いこと…とか?」


???「ほう。理由も知らないのにそのことには気づいたのか。ただの旅人じゃないようだな。それなら中で話そうか。」


 クイッと手を上げて親指で自分の家らしき小屋を指しながらそう言う。


アキラ「どうします?」


狐神「私はどっちでもいいよ。アキラの思う通りにしなよ。」


ガウ「がうもご主人にまかせるの。」


 そういうわけで少しこの中年男に話を聞いてみることにした。


ロベール「自己紹介がまだだったな。俺の名前はロベール=ファルシオン=ドラゴンスレイヤーだ。」


 家の中に入ると席を勧められ男はフードを取りながら自己紹介した。ぼさぼさで肩より長いくらいの赤毛で青い瞳に彫りの深い顔をしている中年だ。顔には髪と同じ赤毛の無精髭が生えている。紅毛碧眼とはこういう者を指すのかと思ってしまう。大きな身長に良い体格をしているが太っているとかボディービルダーのような無駄な筋肉モリモリというわけでもない。無駄な肉は削ぎ落とされ必要な部分はきっちりと鍛えられているのが見て取れる。


狐神「私はキツネ。」


アキラ「アキラです。」


ガウ「がうなの。」


 俺達もフードを取り自己紹介する。


ロベール「…あれ?ロベールだぞ?」


 ロベールは何か俺達に求めているようだがそれが何かはわからない。


アキラ「はぁ?それでロベールさんにここらの魔獣について聞きたいんですが?」


ロベール「いやいやいや…。普通ロベール=ファルシオン=ドラゴンスレイヤーって聞いたら何かない?」


アキラ「何か知ってますか?」


 俺はわからないので二人に振る。


ガウ「がうは知らないの。」


狐神「さてねぇ…。」


ロベール「え~~~…。知らない?本当に?ドラゴンスレイヤーだよ?」


 何かこのおっさん必死だな。段々うざくなってきた。


アキラ「ロベールさんのことは存じません。何か言いたいことがあるのなら言っていただければスムーズに進むと思うんですが?」


 ちょっとイライラしてきているので慇懃無礼にそう言い放つ。


ロベール「自分で言うと自慢みたいだからな…。」


 プチ有名人が有名人気取りで周りが気づかないから気づいて欲しい、みたいなことだろうか。ぶっちゃけこのおっさんのことなど知ったことではない。


ロベール「ごほんっ。俺は剣聖ロベール=ファルシオン=ドラゴンスレイヤーだ。」


 結局言うんかい…。その剣聖とやらに気づいて欲しかったわけだ。


アキラ「はぁ…。それでロベールさんこの辺りの…」


ロベール「え~~!剣聖だよ?スルーなの?サインとか握手とか求めるんじゃないの?」


アキラ「さぁ先を急ぎましょうか。」


 俺は立ち上がり出て行こうとする。


ロベール「待って待って!おじさんこんな辺鄙な所で一人で寂しかったんです。綺麗な女の子三人も急に現れて舞い上がってたんです。ちょっとだけ調子に乗っただけなんです。」


 引き止められた。正直かなりウザい。思い返せば出会いからしてこんな感じだったはずだ。無視して行けばよかった。


ロベール「ちょっとだけおじさんの話を聞いて?ね?お願い。」


 そういってロベールは身の上話を延々とした。


 ロベールはバルチア王国で有名な剣聖だったそうだ。剣聖とはバルチア王国で一番の剣士に与えられる称号らしい。若い頃から才能に溢れたちまち国一番の剣士となり剣聖の名を受け継いだ。そして国の要請でドラゴンを何匹も討伐してドラゴンスレイヤーの名を賜ったそうだ。


 だがこのドラゴンとは本当のドラゴン族ではない。人間がまともにドラゴン族など討伐できないのだ。この剣聖ロベールが狩ったというドラゴンとは「レッサーワイバーン(劣化翼竜)」と「レッサーアースドラゴン(劣化土龍)」と呼ばれているものだ。


 レッサーワイバーンは巨大コウモリの魔獣のようなものでありドラゴン族ではない。巨体でありながら鳥類と違って急激な旋回飛行が可能であり人間にとってはかなり脅威になる魔獣だ。そしてレッサーアースドラゴンも龍ではなく巨大モグラの魔獣であり人間を一飲みにできるほどの巨体で土の中に潜み待ち伏せたり土中を自由自在に移動して襲ってくるため人間には脅威となる魔獣である。


 どちらも人間にとってはとても危険な魔獣だがドラゴン扱いされているのには理由がある。本当のドラゴン族の上位の者ならばたった一体で一国を滅ぼしてしまうほどの力を持っている。上位の者でなくとも一師団や一軍と渡り合えてしまうのだ。そして人間族には対抗する手段はない。だが国が総力を挙げても敵わないドラゴンがごろごろいる世界でそれを認めてしまえばどういうことになるか。国の権威は失墜し国民は恐怖と不安の日々を送ることになるだろう。場合によっては暴動も起こりかねない。だから本来はドラゴン族ではない魔獣をドラゴンと銘打ち国はそれを討伐し得ると国民にアピールしているのである。だから人間族以外でレッサーワイバーンとレッサーアースドラゴンは存在しない。他種族では別の名で呼ばれ魔獣として分類されている。


 ドラゴン族がレッサーワイバーンとレッサーアースドラゴンについて知っているのか知らないのか、知っていて人間族の事情を察して黙認しているのか、ただ単に気にしていないだけかはわからない。ただ人間族の中ではそれらはドラゴン族の一種として分類され討伐することによって国威発揚を行っているのだ。


 それでも剣聖ロベールが討伐した数と質は人間族にしては破格だった。大型レッサーワイバーン五体、小型レッサーワイバーン三体、レッサーアースドラゴン六体。一体でも国の軍隊を動かすレベルの敵をこれだけの数を一人で討伐したというのだ。


 その功績を持ってバルチア王国よりドラゴンスレイヤー(龍を狩る者)という名を賜ったというわけだ。普通ならここで人間族の英雄として讃えられてハッピーエンドなわけだがそうはいかなかった。今までの会話でもわかる通りこのおっさんは非常に鬱陶しい性格をしている。国王と王子の勘気に触れて縛り首寸前の所を逃げ出しこの山で隠遁生活を送っているということだった。


アキラ「で?そんなことはどうでもいいからこの辺りの魔獣についての話は?」


 かれこれ二時間近くもこのおっさんの昔話を聞かされてうんざりしていた。


ロベール「あ~…それはな…。…。教えてほしかったらそっちのお姉ちゃんかお嬢ちゃんのおっぱい揉ませてくれ。揉ませてくれたら教えてやる。」


 よしろう。


狐神「ちょっと待ちなアキラ。」


 俺がこのおっさんをろうと決めて立ち上がろうとしたら師匠に止められる。


狐神「ロベールって言ったかい?あんたがガウに勝てたら私のでもアキラのでも好きなだけ揉んでいいよ。ただしガウに負けたら全部素直に話しな。」


ロベール「おいおい。勘弁してくれよ。俺は子供を甚振る趣味はないぞ。」


狐神「…あんたは相手の力量も見破れないようだね。それじゃ話を聞くまでもないよ。」


ロベール「何?………。」


 ロベールはガウをじっと見ている。


ロベール「こいつは…マジか!…お嬢ちゃんも…お姉ちゃんも…。信じられん。こんな奴がいるのか…。」


 ガウをじっと見たあと俺と師匠も順に眺めて何事か呟いている。


ロベール「はっ、はははっ。極めた気になっていたがこんな奴らがうようよいたとはな!話の件はもういい。ぜひ手合わせ願いたい。頼む!」


 そういってロベールは頭を下げた。


狐神「それじゃ表に行こうか?」


 四人で表に出た。


狐神「ガウわかってると思うけど…。」


ガウ「やっつけるの!」


狐神「違うよ…。思いっきり手加減してやりな。殺さないようにね。大怪我もさせちゃだめだよ?」


ガウ「がうぅ…。ぜんしょするの!」


 善処かよ…。本来の言葉の意味はこの場合正しいのだが現代日本にいた俺としてはこの言葉は信用できない言葉トップ10に入るような言い回しだ。碌でもない結果になる予感しかしない。


ロベール「こっちはいつでもいいぜ。」


 ロベールは剣を構えてガウと向かい合っている。名前の通りなのか持っている武器はおそらくファルシオンと呼ばれる剣だろう。


狐神「それじゃ、この枝が落ちたら開始だよ。」


 そういって師匠は木の枝を上へと放り投げる。ロベールとガウは互いに身構える。師匠が放り投げた枝が落ちた瞬間…。


 ドサッ


 ロベールが両膝を着いて蹲る。


ロベール「ぐはっ……。まい…っ…た。」


 ぼとぼとと口から血を吐きながら降参する。おそらく放っておけばロベールは死に至るので駆け寄りながらさっきの戦いを思い返す。


 枝が落ちた瞬間ガウが物凄い速さで踏み込みロベールの腹に拳を叩きつけた。ロベールの目にはまったく見えてなかっただろう。本来なら反応することすらできない攻撃だった。だが本人が言う通りこの剣聖は中々大したものだった。危険を察知したのか野性の本能かロベールの能力では見てから反応したのではとても対応できない攻撃を咄嗟に回避したのだ。完全に直撃していればロベールの上半身と下半身は泣き別れになっていたところをギリギリで攻撃をずらし衝撃を逃がした。その反応のおかげでロベールはまだ生きている。


アキラ「やっぱり。内臓がいくつか破裂してますね。このままじゃじきに死にます。」


 俺が駆け寄りロベールの腹に手を当てながら診察する。


狐神「アキラはそっちを頼むよ。ガ~ウ~?」


ガウ「がうぅ…。ちゃんと手加減したの。」


 師匠とガウがあれこれ言い合っているがこのまま聞いていたらロベールが本当に死んでしまうので治療してやる。


アキラ「治癒の術。」


ロベール「ああ…、お嬢ちゃんは天使様だったのか…。」


 ロベールがうわ言を言っている。本当に生死の境を彷徨っているのかもしれない。治療の途中で気を失って倒れたが誰も髭面のおっさんなど運びたくないということでそのまま寝かせたままだ。


ロベール「ロリ巨乳天使っ!」


 治療を終えてしばらく放置していたらロベールが目を覚ましたようだ。何か口走ったようだが聞かなかったことにする。


アキラ「おい。目を覚ましたならさっさとさっきの話の続きを…。」


ロベール「さっきみたいにまた抱きしめてくれたら思い出すかもしれんな。待って待って冗談です。おじさん調子に乗っちゃいました。」


 拳を振り上げたらすぐに謝ってきた。こんなのが剣聖か…。


ロベール「だってさっき死に掛けた時に傷を治しながら抱きしめてくれた時に腕にバインバインのボインボインが当たってて気持ちよかったから…。このロリ巨乳がおじさんを惑わすんだよ。って待って本当にごめんなさい許して下さい。」


 こいつはきっと居てはいけない奴だ。ここで止めを刺した方がいい。だが俺がゆらりと立ち上がるのを見てすぐに土下座をする。ファルクリアに土下座という文化があるのかは知らないがどうみても地球の土下座そのものだ。


ロベール「しかし…こんな小さな子供があれだけの動きをして獣人族が治癒の特殊能力を使える。お前さんらは何者だ?」


アキラ「お前が知る必要はない。」


 死にかけていたとはいえさすがに俺が治療したことには気がついているようだ。まぁ当たり前か。


ロベール「俺も剣聖なんて讃えられて剣を極めたつもりになっていたが上には上がいるもんだと改めて思い知らされたよ。」


 そう言いながらロベールは立ち上がった。


ロベール「移動しながら話をしよう。そんなに遠くじゃないから見た方が早い。」


 ロベールに案内されながら四人で移動する。


ロベール「この盆地の部分だけ古の力で守られている。力の及んでいる範囲には魔獣は出ることも入ることもできない。」


狐神「古の力ってのは古代の遺跡かい?」


ロベール「そうかもな。俺も詳しいことはわからん。ただ俺が来るよりずっと前からここにあった。誰が何のためにそうしたのかは知らない。あれがそうだ。」


 しばらく歩いた先には奇妙な場所があった。周りは草原で草が生えているのに一箇所だけ草が生えていない場所がある。そこは地面が光っており魔方陣が描かれている。魔方陣の真ん中には石が置いてある。


狐神「これは…おそらく遮断の結界だね。」


 師匠の話では遮断の結界とはガウの集落にあった人除けの結界とは少し違うらしい。人除けの結界は言わば認識阻害の結界だ。外からは中にあるものがわからず中からも外のものがわからない。人除けの結界内に村を作っても結界の外からはそこに村があることすら気づかれない。ただしこれの欠点は中からも外の様子がわからないということだ。ヴァーターが結界の内側に入ってくるまで俺と師匠が気づかなかったのもそのせいだ。そしてこの遮断の結界とは特定の物の出入りを遮断する結界だという。どうやって対象の判別をしているのかはわからないが魔獣の出入りを遮断する、という命令でこの結界は発動しているらしい。恐らくだがこの対象は結界によって様々に変えることができるのだろう。ここに張っている結界は魔獣を遮断するための物、というだけのことである。ではなぜ弱いとはいえこの結界内に魔獣がいるかというと遮断する前からいたのだろうというのが師匠の推理だ。入ることもできないが出ることもできない。ではその内側に最初から居た者はそこに留まるしかできない。


アキラ「ですが遮断したのなら内側の魔獣は狩ってしまうんじゃないですか?」


 そうしないと折角外からの魔獣を遮断しても内側に魔獣がいることになっては意味がない。


ロベール「そうか?これが結界だっていうなら内側にいるのはペットや家畜の子孫じゃねぇのか?」


 なるほど。一理ある。例えば放牧等をしていてその家畜が他の魔獣にやられないように遮断したのだとすれば筋は通る。内側の魔獣が弱いというのも頷ける。結界の周囲も調べてみたが特に何も見つからなかった。


 ちなみに中央の石は神力石という物で神力を蓄えた石だそうだ。役割はイメージで言えばガソリン車のバッテリーだ。エンジンを切っている時やエンジンの始動にはこの神力石の力を使うが起動すれば魔方陣が周囲から神力を集めて動いているため神力石の力は使うどころか余剰分を補充されて蓄える。そうでなければこんな石一つで何千年だか何万年だか動き続けることはできない。


 何の役に立つかはわからないが念のためにこの魔方陣は記憶しておく。前のアキラの旅の記憶が残っている通りこの体は一度見たり聞いたりしたものは全て覚えている。理屈はわからずただの丸暗記なので改良したり不具合があったとすれば修理するということもできないが簡単に覚えられて忘れることはないのだから覚えておいて損はないだろう。


ロベール「もういいのか?それじゃ戻るか。今夜は泊まっていけよ。」


アキラ「おい。もう聞きたいこともないから生かしておく理由はないからな。この面子相手に下心出したら今度こそ死ぬことになるぞ。」


ロベール「待て待て。俺ってそういう扱いか?もうすぐ夜になる。この遮断の結界とやらの外は危険な魔獣がうようよしてる。女ばっかり三人を放り出すわけにはいかんだろ?」


狐神「まぁまぁ。今夜はロベールの家に泊めてもらおうじゃないかい。」


 師匠の一言で俺達はロベールの家に泊めてもらうことになった。



  =======



 俺の予想に反してロベールは紳士だった。きちんとした食事でもてなしてくれたし近くの泉で水浴びしている間も覗きにこなかった。夜這いでもしてくるかと思ったがそれもなく平穏に朝を迎えた。


ロベール「おいおい。俺のことどんな奴だと思ってるんだ。あの時俺はおチビちゃんの姿に惑わされず本気で相対した。だがあの一撃は俺が本気であろうと手を抜いていようと確実に俺を戦闘不能にしていただろう。俺は剣聖の名にかけて潔く負けを認めたんだ。その尊敬する相手にそんなことするわけないだろう?そっちから誘ってくればすぐ行くけどな!」


アキラ「最後の一言で台無しだバカ。ついでに手を抜いてたら戦闘不能じゃなく上半身と下半身が泣き別れだっただろうな。」


 ロベールは髪を切り髭を剃っていた。おっさんだと思っていたが身なりを整えたら思いのほか若い。フリードなんとかより少し年上に見える程度だ。しかも中々イケメンだ。


ロベール「お?俺の真の姿を見て惚れたか?天使ちゃん。」


 じろじろと見ていると寝言を言うロベール。


アキラ「まだ寝ているようだな。目を覚まさせてやろう。それに俺は天使なんかじゃない。」


ロベール「待って待って。その拳を降ろして。」


狐神「朝から元気だね。」


ガウ「がうぅぅ。」


 ガウは手の甲で目をゴシゴシしながら歩いているが恐らくこれは歩きながら寝ている。師匠の耳も元気がなく倒れている。



  =======



 ロベールの準備してくれた朝食を食べていると師匠から提案があった。


狐神「アキラはロベールと剣の修行をしな。私はガウとすることがあるから二人で出掛けてくるよ。」


 ブレーフェンでも二人で出掛けていたことと繋がりがあるのだろうか。だが俺がロベールと何を修行するというのだろうか。俺はガウより手加減はうまいが結果はガウよりひどいことになるだろう。ガウの一撃を僅かにずらして一命を取り留めたが俺ならそんなことすらさせずにロベールを沈めることができる。


狐神「わからないって顔してるね。それがわかるまではアキラはロベールと修行だよ。」


アキラ「………わかりました。」


 朝食後師匠とガウは出掛けて行った。俺とロベールは表に出て相対する。ロベールの手には昨日と同じファルシオンが握られている。俺は片手にそこで拾った小枝を持ち、もう片方でロベールの家にあった本を開いて読んでいる。


アキラ「いつでもいいぞ。」


ロベール「…わかってる。」


 だが一向にかかって来ない。それは俺の態度に腹を立てているからとかではない。その証拠にロベールは緊張し冷や汗を流している。かかって来ないのではなくかかって行けない、そういうことだ。 


ロベール「はっ!ほんとに天使か悪魔かって強さだな。あのお姉ちゃんも、俺『と』修行じゃなくて俺『の』修行の言い間違いじゃないのか?」


 師匠の真意はわからない。これで俺に何かを得ろということだろう。まだ始まってもいないのでさっぱりわからないが…。


ロベール「いくぜっ!うおおぉぉっ!」


 それから三時間ほどロベールは剣を振り続けた。ロベールがファルシオンで斬りかかり俺が小枝で受け流す。流された剣を強引にロベールが持ち直し再度斬りかかる、受け流す、これを延々三時間だ。


 ロベールはさすがに剣聖と言うだけあって剣の腕は一流だ。多彩な攻撃に崩されても三時間延々動き続ける体力と精神力も大したものだ。


ロベール「はぁはぁ…。お嬢ちゃんはほんとに化け物だな。こんな絶望的な力の差を感じたことは初めてだ。」


アキラ「そうか?そうでもないぞ。」


ロベール「お世辞はいらんぞ。汗一つかかずに俺のファルシオンをそんな小枝一つで全て捌いたんだからな。」


アキラ「いや…、別にお世辞じゃないんだが…。」


 そこで俺は違和感に気づく。ガウの時も俺も能力制限を解いていない。俺は並の獣人族クラスになっているはずだ。実際にブレーフェンで見た警備隊の獣人族と身体能力は大差がない。子供の姿で兵士と同じレベルの身体能力と言えば強すぎるとは言えるが…。だが追い剥ぎを瞬殺した通り警備隊と戦っても瞬殺できるだろう。獣人族は身体能力強化の特殊能力を持つ者が多いので特殊能力次第では変わるかもしれないが身体能力のみで戦えば何度戦おうと絶対に負けないと言い切れる。ガウに至っては人間並でしかないのだ。


 そこで俺はさらに思い出す。ブレーフェンを出てから俺は何と考えていた?『獣人族ですら移動困難な速度で移動しているから人に見られてはまずい』と思っていなかったか?人間レベルにまで制限しているガウが獣人族でも付いて来れない速度で移動していた。俺と師匠だって獣人並のはずなのにだ。


 能力制限の箍が外れたのはタマとミィの誘拐事件の時だけだ。


 実際にロベールの攻撃はロベールが思うほど軽くはなかった。獣人に劣る生身の人間でありながらロベールは剣の技量により並の獣人族ならば勝てる。これは実は驚くべきことだ。何しろ獣人族はドラゴン族の次に身体能力が高いと言われている。それを生身の人間が剣一本で一人で勝てるなど普通ではありえない事態だ。制限をかけている今の俺では捌くのもギリギリだったのだ。能力制限は単純に体の動きが鈍くなるだけのものではない。感知能力も反射神経も動体視力も全て制限がかかっている。


 ではなぜガウは致命傷となり得る一撃を与えることができ、俺は全ての攻撃を捌けたのか。


アキラ「…おい。ちょっとそこで待ってろ。」


 俺は家の中に入り袋から取り出す振りをしてボックスから神水を出す。それからカモフラージュで腰にさげていた剣を持って表に出る。


アキラ「これを飲め。」


 ロベールに神水を渡す。


ロベール「これは?」


アキラ「いいからさっさと飲め。」


 ロベールは疑いもせず一気に飲み干した。それが毒だったらどうするんだ…。俺は毒なんて渡さないが。


ロベール「お?お?おおっ!なんだか疲れが吹っ飛んで元気になってきたぞっ!」


 神水の効果で体力が回復したようだ。人間には初めて飲ませたが効果があってよかった。そして俺は人間並にまで能力を制限して剣を構える。


アキラ「もう一度かかってこい。」


ロベール「………。そのために飲ませたのか…。もうやるまでもないだろう?」


アキラ「お前の修行じゃない。俺の修行だ。かかってこい。」


ロベール「へいへい。あっ!じゃあ俺が一撃でも当てられたらおっぱい揉ませてくれ。」


アキラ「お前の頭はそればっかりか?」


ロベール「こんなところで女っ気もなく暮らしてたんだ。女に男の気持ちをわかれとは言わんが男とはそういうもんだ。」


 俺は男だがそんな気持ちはわかりたくもない。そもそもここに隠れ住むはめになった原因はお前自身だろう…。


アキラ「…とにかくかかってこい。」


ロベール「よっしゃー!絶対揉んでやるぜっ!」


 それからまたしばらくロベールの剣が振るわれた。



  =======



 師匠とガウが戻ってくる気配を感知した。


狐神「わかったようだね?」


アキラ「はい。」


ガウ「がうがうっ!お腹すいたの!」


アキラ「夕飯にしましょう。」


 体力を使い果たしぜぇぜぇと息をしながら仰向けに倒れているロベールを放置して俺達はご飯を食べに家に入る。


ロベール「くそっ…。ほんとに掠りもしねぇ…。だが…今日だけでも強くなった気がする。俺もまだまだ強くなれる。」


 そんなロベールの呟きが聞こえた。



  =======



 夕食も終わり寝室で師匠と話しをする。


狐神「それで掴めたかい?」


アキラ「はい。100%の力を出せるようになりました。」


狐神「そうかい。たった一日で出来ちまうとはね。」


 師匠が俺に課した課題。それは100%の力を出すということ。能力を制限した俺と身体能力で同格かそれ以上の者を瞬殺したことや身体能力の不足分を剣の技量で補い俺を上回っているはずのロベールを圧倒できた理由。


 RPGじゃあるまいし人の強さを数値で表すことはできない。だが仮定としてロベールの強さを10としよう。だがそれは総合的な能力でトータルが10ということだ。その内の5が体力、2が腕力、3が剣技だとすれば一撃の威力は当然10にはならない。もちろん単純な威力だけで言えば10を超える方法はあるだろう。例えば遠心力や武器の自重を利用した攻撃だ。だが上の例では素早さを入れていないがそんな方法を使えば素早さが落ちたり攻撃の軌道を読まれたりするので結局トータル10にはならない。そもそも体力を全て一撃に使い果たすなどできはしない。並の体力がある人間ならば一回50mを死ぬ気で全力疾走しても全ての体力を使い果たして疲れて死ぬ人間などいない。休みなく走り続けてようやく体力がなくなって死ぬのだ。


 体力の分配や体の動き、バランス、次の攻撃への予備動作など様々な要素が絡み合っている分一撃に全ての能力をかけるということは普通はできない。仮に可能な限り全ての力を注いで一撃を放っても撃ち終わった後にずっこけるだろうし体力や筋力が残っている分やはり完全なる全力100%ではない。


 だが俺達はどうか。制限している状態では俺は仮に8だったとしてもそれはあくまで仮初の8だ。ロベールが体力を使うたびに10、9、8と徐々に減っていくのに対し俺はいくら体力を使っても8のままだ。もちろん本来の体力はきちんと消耗している。だが上限を突破している分をいくら消耗しても上限から下がらず8のままというわけだ。


 これは他の全ての要素にも言える。人間は普段は筋力の二割ほどしか使えていないという。なぜなら十割使うと筋断裂などで筋肉自体を破壊してしまう恐れがあり同じく骨も骨折してしまう恐れがあるからだ。だが俺達は制限している状態の上限まで力を使ったとしてもそれは本来の力の限界よりまだまだ低い。ロベールの筋力が10で二割の2を使って動いているとしたら俺は筋力8で8のまま動ける。これが今まで俺と同格や格上に楽勝できた理由だ。


 だが俺はそれでも無意識にリミッターを下げていた。つまり筋力8で8のまま動けるにも関わらず6や5で動いていたのだ。それは無意識の防衛本能。仮初の限界を無意識に本当の限界のように錯覚する。だから自身の力で体を壊してしまわないようにリミッターをかけていたのだ。


 今日の師匠の課題はそれを無くして動けるようにするということだったわけだ。


狐神「そこまでわかれば上出来だね。それじゃ今日はもう寝ようか?」


アキラ「はい。おやすみなさい。」


 こうして今日も夜は更けていった。



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