閑話24「玉藻」
私はいつから記憶があるだろう…。一番最初に覚えているのはまるで化け物を見るような目で私を見つめていた母親の姿だった。
私が産まれたせいで妖狐の里は大騒ぎさ。誰も彼もが私を化け物を見るように見てる。中には殺せとまで言ってくる者までいた。
だけど誰も私を殺せやしない。何故なら九尾は生まれながらにして他の妖狐達とは一線を画する力を持ってるから。
だから誰も私を傷つけることすら出来やしない。口で偉そうに言っても実際に私に危害を加えようとする者はほとんどいなかった。
たった一人だけ私に危害を加えようとした者がいたけど両手両足をへし折って地面に転がしてやると誰も私に近寄って来る者すらいなくなった。
それから三十年。私は腫れ物を扱うかのように大人達に避けられて生きてきた。母親も私をどうにかしたいと思いながらも、圧倒的な力を持つ私に何かしようとして反撃されるのを恐れてただ眺めているだけだった。
ガキA「玉藻が来たぞ~!」
ガキB「くらえ!」
ガキC「わ~!」
でもガキ共に大人の事情なんて関係ない。大人達は私の力に恐れをなして腫れ物にはなるべく触らないようにしているけど、ガキ共は大人が私をいじめてるのを見て自分達も一緒になって私をいじめようとしてくる。
今日も森で獲物を獲って帰る途中でガキ共に出くわして石や泥を投げつけられる。もちろんそんなものが私に当たるはずもなく、全てを避けて里を通り抜ける。
後ろから尚も私を追って色々と投げてくるけどさすがに里の中を進むと大人達に見つかる。大人達はガキ共を止めて私に構わないように叱る。
もちろんガキ共はその時は言うことを聞いた振りをするけどまた明日か明後日になれば私に石や泥を投げてくるだろう。これまでだってずっとそうして繰り返してきたんだからね。
家に帰っても母親は私と目を合わせようともしない。当然ご飯の用意なんてしてもらったことはない。いつも自分で獲ってきた獲物を焼いて食べるだけ。
私は心に誓う。こんな里さっさと出て行ってやるってね。こいつらはクウコだテンコだ、一尾だ八尾だ、とつまらないことばかりに拘る。
そんなことに何の意味がある?母はテンコだったけど九尾の私を産んだ罪でヤコに落とされた。そんなに容易く上げたり下げたり出来るならヤコやクウコやに何の違いがあるって言うんだい?
妖狐は確かに尻尾の数で強さが大きく変わる。だから尻尾が多い者ほど戦いの役に就かせるのはわかる。だけど八尾が偉くて一尾が偉くないなんてどういう理由だい?
戦えても里の役に立ちもしない奴もいれば、戦えなくても里で大いに役に立つ者もいる。それなのに尻尾の数と力の強さだけで序列が決まる。そんな序列に何の意味があるっていうんだい?
こんなくだらない里からさっさと出て行く。私はいつもそのことだけを考えていた。私が出て行かなくても力ずくでこいつらを従えることも、里を滅ぼすことだって出来るだろう。
こんな奴ら従えたくもないし、最後の恩情で滅ぼすまではやめておいてやろうと思ってるだけさ。これでも一応は里から追い出さず私を育ててくれてるからね。
そして今日もまた里のガキ共に物を投げつけられて、大人達には無視されて、母親ですら私と話すことすらなく、ただ森で獲物を狩って食べる毎日を送っていた。
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そろそろ私が五十歳になろうかと言う頃のある日………。
ガキA「おい玉藻!お前さっさと死ねよ!お前がいるせいでこの里まで災いが降りかかるんだよ!」
ガキB「死ね~!」
またいつものガキ共が私に嫌がらせをしてくる。どうせいつものことだから私はいつも通り無視して通り過ぎようとした。
ガキC「おい知ってるかよ?お前の母親はお前を産んでからヤコに落とされて以来任される任務は全部娼婦の仕事だぞ。」
ガキA「ああ知ってるぞ!お前の母親は男を誑かすのが仕事だ!」
ガキB「娼婦の子供も娼婦になるんだろう?あはははっ!」
その瞬間私の頭が沸騰した。理性なんてどこかに吹っ飛んで何も考えられなくなっていた。
玉藻「………ね。」
ガキA「あ?何だって?」
玉藻「……死ね。」
ガキB「…え?」
………
……
…
そこから私の記憶はない。気付いたら里は半壊していた。いつも私に絡んでいたガキの三人組はどうなっただろう?里中かなりの被害が出たはずだ。
大人も、子供も、直接私に絡んでいた者も、私と目を合わせることもなく避けていた者も、老いも若きも、何の区別もなく、ただ私の近くに居たというだけで、あるいは私を止めようとした者は全てボロボロになっていた。
何人死んだのかも知らない。ただ私が気付いた時には里で生きている者の気配は三分の一ほどになっていた。もちろん三分の二が死んだとは限らない。私が暴れてると聞いて里から離れた者もいるだろう。
私は生まれてからこれまでこんなに怒ったことはなかった。大人達の態度も子供達のいじめも苦ではなかった。ただ面倒だと思ってただけさ。
それなのに今日はいきなりブチ切れた。自分でも何でいきなりあんなに切れたのかわからない。
あんな母親でも慕っていたから、それを馬鹿にされたから?確かにそれもなくはない。自分でも驚いたことだけど私は今まで自分を馬鹿にされても怒ったことはないけど、今日母親を馬鹿にされて頭にきた。それは間違いない。
母親は私への愛情は欠片もなかったけど一生懸命働いていたのは知っている。与えられている任務が本隊より先行して潜入する任務が主でそのために潜入先の男を誑かすこともあるのは事実だ。
だけどこの手の任務はただ色を使えば良いというわけじゃないし最も危険な任務だ。もし潜入してることがばれたら普通になんて死ねない。本隊の情報を吐くまでひどい拷問を受ける大変な任務だ。
母はそんな危険な任務に従事しながらも今まで失敗なんてしたことはない。そりゃ元はテンコの者なんだからヤコの中でも下位の者がするはずだった仕事くらい出来ても当たり前さ。
むしろ本来なら使い捨てにされるような、死んでも惜しくないような者がやらされるような任務を与えられていた。それでもいじけることなく一生懸命任務をこなしていた。
そんな母の姿は嫌いじゃなかった。私のことを苦々しく思い、この首を狙いながらも力の差がありすぎて直接手出ししてきていないだけだったのは知ってる。それでもこの母の働きは大したものだと思ってた。それを馬鹿にされて頭にきたのは間違いない。
母も私も娼婦だって言われて頭にきたんだろう…。もちろんこれまでのいじめに対する怒りが積もっていたのもあると思う。だけど『娼婦』と言われたことに切れたんだと思う。
私はこう見えても恋愛小説とか読んで純愛とかに憧れてるんだよ!娼婦とかまさに私の好きなものと対極なんだよ!
私は生涯一人の伴侶に尽くす!大恋愛の末にその人一人に身も心も捧げるのさ!
………話が逸れたね。とにかく私は里を半壊させた罪で追放されることになった。
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たかが五十歳かそこらで放り出されたらいくら妖狐と言えどもまず生きていけない。妖狐が多少力が強いと言っても五十歳程度では知識も経験も足りないからだ。
何より仲間もなく一人で生活していくのは難しい。寝ている間に敵に襲われるかもしれない。交代の見張りなんていないから寝るのも命懸けだ。
一度体調を崩すだけでも命取りになる。体調を崩して弱って食料を満足に確保出来なくなれば、食料を得られずますます弱る。弱ればまた食料を得難くなる。この負の連鎖が死ぬまで続くこともあり得るからだ。
だけどそれは普通の妖狐の話。私は違う。ただ九尾だから力が強いってだけじゃない。里の同世代のガキ共があんなに幼稚だったのに私だけこれほど知能が発達してることからもわかると思う。
私は遥か昔から里を出て生きていけるように準備してきた。一人で狩りをして料理をして生きていく術を身に付けた。母親が私の世話を一切しなかったお陰で逆に私は全てを自分でする機会を得たってわけさ。
力も知識も経験も、同世代の妖狐達とは比べ物にならない。だから私は里を追放されてからも里に居た頃と変わらない生活を送れた。
折角あの腐れた里を出られたんだから世界中を見てまわることにする。私は全ての大陸を旅した。途中で色々な種族達と戦ったり騙したりたくさんの悪さもしたもんさ。
魔人族はおろかドラゴン族だって私には敵いやしない。中央大陸じゃ人間族国家を滅ぼしたこともある。世界中でやりたい放題暴れてやった。
もちろん中には私が負けた時もある。人間族なんて大した力も持ってないと思って侮っていたら、罠に嵌められ集団で追い立てられて命からがら逃げ出したこともある。
でもだからって何も思わない。いや、むしろそんなことがあるからこそ面白いとさえ思う。私がその気になれば人間族を滅ぼすことさえ簡単なはずさ。
それなのにそんな相手に負けることがある。有無を言わせず私が皆殺しにしないという前提ではあるけど圧倒的な力の差をひっくり返されるのは敵が見事だと言う他ない。
そんなことを繰り返して過ごして早数百年が経っている。けど私のそんな楽しみも突然失うことになった。それは私が神になっちまったから。
もっと前から神格を得てたのは知ってた。けど別に神になんて興味なかった私はそのまま放置してた。偶々ちょっと獣人族の奴を騙す時に自分が狐の神様だって名乗ったらその瞬間神になっちまった。
何か知らないけど私は狐神として神になっちまったみたいだ。それで他の神達に呼ばれて話を聞かされた。どうやら神々の盟約とか言うやつのせいで神になった者は好き勝手に暴れることは出来ないらしい。
お陰で私は唯一の楽しみを失った。私より弱い奴らが工夫して私に勝とうと試行錯誤するのを見るのが楽しみだったのに…。そしてそうした様々な努力を嘲笑うように圧倒的な力でねじ伏せてやるのが楽しかったのに………。
流石に私でも他の神全てを敵に回して制裁されたら勝ち目がない。目的もなく楽しみまで失った私は何か面白いことでもないかと思ってそれでも世界を周って行った。
そんな時ふと目に付いたのがこの世界で最も高い山だった。私は特に理由もなく何となくその山に登ってみた。
山頂付近に建物がある。何となくここが気に入った私はその建物に住み着くことにした。誰か住人がいたとしても奪ってやるつもりだったけど、中がひどく荒れてたから誰も住んでないだろうことはわかった。それから私はこの山に住み着いた。
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この神山に住むようになって一体どれほど時間が経っただろう。千数百年は経ってる。普通の妖狐ならもうとっくに死んでる時間が経ってるから、妖狐の里で直接私のことを知る者はもう誰もいないだろうね。
まぁ私は妖狐が大嫌いだからどうでもいいけどね。わざわざ私が手を下してやろうとは思わないけどあんな奴ら滅んじまったほうがマシさ。
別に私への扱いの話だけじゃない。あんな狭い里の中で誰が一番だの誰が下だのと実にくだらない。精々あの小さな世界で自分が一番だとふんぞり返っているがいいさ。
そんなどうでも良いことを考えてる場合じゃないね。今日も麓の村に行って貢物でも出させよう。魔獣を焼いて食べるだけじゃなくて世界には色々な食べ物があった。
神になって以来別に食べる必要はなくなってるけどおいしい物を食べるのは私の趣味さ。だから麓の村に貢物をさせる。
ただ麓の村は貧しいから私が材料を取ってきてやることも多々ある。一方的に貢物をさせてるわけじゃなくてお互い様だからね。私が偉そうに貢物をさせてるわけじゃないからね。
そうして麓の村で人間族の料理を食べてから庵へと戻るとガキが庵の前に立っていた。しかも妖狐だ。布を羽織ってて尻尾は見えないけど耳があって妖力を放ってるから妖狐だと思う。
私は妖狐が嫌いだ。折角人間族の村でおいしい食べ物を食べて上機嫌だったのに一気に不機嫌になってくる自分を自覚する。
狐神「おいガキ。ここはガキの来るところじゃないんだよ。とっとと失せな。」
私が少しだけ妖力を出して威圧しながら声をかけるとガキの妖狐がこちらを振り返った。
???「………狐神という人に会いにきました。貴女が狐神ですか?」
狐神「あ゛?何呼び捨てにしてんだい?狐神様って呼べクソガキ。あと自分の名も名乗らず先に訊ねてくるんじゃないよ。礼儀も知らないのかい?」
ガキの態度にますます不機嫌になる。いっそ放り投げて神山から追い出してやろうか。
アキラ「………俺はアキラと言います。狐神…様の弟子にしてもらおうと思ってきました。」
ガキは私の威圧に怯むこともなく真っ直ぐにこちらを見据えてくる。別に私の力をわかってないってわけじゃないみたいだね。それなのにこれだけ堂々としてる。
そもそも口では一応それっぽく話してるけどまるで誠意が…、いや、そもそも感情みたいなものもほとんど感じない。ただ淡々と話してる。それに視線も若干虚ろであまり意思が感じられない。それがますます私を不機嫌にさせる。
狐神「私は弟子なんて取らない。今すぐ失せろ。」
それだけ言うと私は庵へと入って行った。何でこんなところにあんな幼い妖狐がいるのかは知らない。けどどうせ私が神になったからその神の弟子になりたいとかそんなくだらない理由だろう。
もう妖狐の里じゃ私が里に居た頃を知ってる者はいないだろうから、ただ妖怪族の神である私に弟子入りしたいって安易に考える馬鹿が出てきだしたんだろうと思う。
もしかしたらこれからあんな馬鹿がますます増えて私に弟子にしてくれって押しかけてくるかもしれない。それを考えてうんざりしながら不機嫌なまま布団に入った。
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私が庵に入ってもう三日も経ってる。それなのに入り口の前に立つ気配は一向に動かない。ただじっとそこに立ち続けている。
狐神「一体何なんだい!とっとと失せろって言っただろ!」
あまりに鬱陶しいから引き戸を開けてガキに怒鳴る。
アキラ「………狐神…様の弟子にしてもらうためにやってきました。」
それだけ言うとガキは頭を下げた。それで私の弟子にしてもらえると思ってるのかい?
狐神「弟子なんて取らないって言ってるだろ!いい加減目障りなんだよ!とっとと失せろ!」
ガキの頭を掴んだ私は思いっきり遠くへ投げる。たぶん山裾か、もしかしたら平地に出るまでくらい遠くまで放り投げたから、この山頂から平地まで一気に落ちることになるだろう。
いくら妖狐と言えどもあんなガキじゃ死ぬかもしれない。けどそんなことは私の知ったことじゃないよ。さっさと失せろって言ったのに失せないから私がどかしただけさ。その結果死んだって本人の責任だよ。
ガキがいなくなって清々した私はまた庵へと入って行った。
………
……
…
はずなのにほんの半刻ほどでまた庵の前に立つ者の気配を感じた。もちろんこれが誰の気配かはわかってる。さっき放り投げたガキの気配だ。
狐神「あぁ鬱陶しい!失せろって言ってるだろ!」
アキラ「………狐神…様の弟子にしてもらうためにやってきました。」
狐神「同じ台詞ばかり吐くんじゃないよ!あんたそれしか言えないのかい?!あぁイライラするね!」
アキラ「………弟子にしてください。お願いします。」
狐神「確かに台詞はちょっと変わったけど言ってることは一緒だろ!失せろ!」
またガキの頭を掴んで放り投げる。今度はさっきよりも力を込めて方向も変えてさらに遠くまで投げた。このガキがこの程度で死なないことはわかった。だから今度は迷子にでもなればと思って別の方向へ投げたんだ。
けど無意味だった。また半刻もしないうちに扉の前に気配がやってくる。本当にイライラさせてくれるね!いっそ殺しちまうかい?
………いや。ただ楽に殺すより良い方法を思いついたよ。気配でわかってるけどあのガキは扉の前に直立不動でずっと立ってる。
つまりここに来てから飲食は一切していない。もしかしたら放り投げてから戻る間に飲み食いしてきた可能性はあるけど、うちの前に立ってる間は今まで一度もしてない。
妖狐はあまり食事は必要ないと言っても、まったく必要ないわけじゃない。何より育ち盛りのガキには食えないのは一番辛いはずさ。じゃあこれから放り投げずに飢えて死ぬまで放っておこう。もし我慢出来ずにうちの前で飲食しだしたら何か理由をつけて追い返そう。
我慢してたら飢えて死ぬだけ。飲食したら私の弟子にはなれずに追い返される。いいね。どちらを選んでも地獄さ。ただ私が殺すよりも良い見世物になるだろう。
この庵での生活も退屈してたところさ。このガキのお陰で少しだけ楽しみが出来たよ。私はこのガキがいつ我慢出来なくなって諦めるか楽しみに観察するようになった。
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もう二十日だ。二十日も経ってる。最後に私がガキを放り投げて戻ってきてから二十日も家の前に立ってる。あり得ない。いくら妖狐でもあんなガキが二十日も飲み食いせずに立ったままだったらとっくに衰弱してるはずさ。
そもそもあのガキは寝てもない。飲まず食わず寝ずで二十日もただじっと立ってるなんて大人の妖狐でも辛い。それなのにあんなガキがそれをしている。異常事態だと言えることさ。
狐神「一体いつまでここに突っ立ってる気だい!とっとと失せろって言ってるだろ!」
アキラ「………狐神…様の…弟子にして…もらおうと…思ってやってきました。」
………このガキ本当に何も飲食してないんだね。声がかすれてる。鈴を転がすような澄んだ声だったのが今はしわがれた声になってる。
それにあんなに可愛らしかった顔はやつれて目の下にくまが出来てる。明らかに体調が悪いと一目でわかるほど弱っていた。
狐神「ほんっとに馬鹿だねこのガキは!こんなところで死なれたら私が迷惑なんだよ!何で飯くらい食わないんだい!」
アキラ「………飲食…したら…、狐神…様が…弟子に…し…てくれないって…言…ったから。」
このガキ聞いてたのかい…。っていうかもしかして口から言葉が漏れてたのかね。言ったつもりはなかったんだけど………。
狐神「とにかく!こんな場所で死ぬんじゃないよ!おら!とっとと来な!」
私はこの小さいガキを摘み上げる。
狐神「くさぁ~い!あんた何日風呂に入ってないんだい!」
ガキを摘み上げるとぷぅ~んと臭った。
アキラ「………二十四日。」
あぁ…。そうか。ここでずっと立ってたもんね………。
狐神「私ゃ臭うやつと一緒に暮らす気はないからね!弟子だったら綺麗にしてな!」
そう言うと私は庵を囲う岩の裏に回った。脱衣所も素通りしてガキの服ごと温泉のお湯をぶっかける。
アキラ「ぶっ。」
狐神「あんた服も臭いんだよ。一緒に流してやる!」
とにかく服を着せたまま上からお湯をばしゃばしゃ掛けて流す。何か流れてるお湯が真っ黒なんだけど………。このガキどんだけ汚かったんだい…。
狐神「ほらっ!次は体を洗うから脱ぎな!」
のそのそと服を脱ぎ始めるけど遅いから途中で私がガキの服を無理やり引っぺがす。
狐神「ちゃっちゃとしな!洗うからじっとしてるんだよ!」
アキラ「………。」
コクコクと首だけ振って答える。あんまりしゃべらないし変なガキだね。
狐神「………あんた。九尾だったのかい………。」
体を洗おうと思ってガキの体を見たら…、そこには短いながらも確かに九本の尻尾が生えていた。そういやこのガキの年の頃は私が里を追放された頃と同じ五十歳前後に見える。
まさか九尾だから五十歳で里を追放されてここへやってきたのか?こんな小さな子供が…、どうやってか知らないけど私のことを聞きつけて、こんな山の上まで?
狐神「あんた……。本当に馬鹿だね。」
アキラ「………だから狐神…様の弟子にして教えてほしい。」
………このガキはまったく。でも…、嫌いじゃないよ………。
狐神「弟子になるには色々条件がある。まず私の言うことはちゃんと聞くこと。一緒に生活する上で守るべき約束はきちんと守ること。…今まで弟子なんて取ったことないから今は他に思いつかないけどこれから一緒に暮らしている間に思いついたことを増やすかもしれないからね。きちんと全部守るんだよ?」
アキラ「……はい。」
そんな話をしながらガキの体を洗っていく。ガキはじっと大人しくしてたけど洗い終わった頃には私もびしょびしょだった。
狐神「あ~ぁ。あんたのせいで私までびしょびしょさ。もう私も風呂に入っちまうかね。」
軽く揉み洗いしただけだけどガキが着てた服は最初よりは綺麗になってる。ここからは普通に洗えばいいだろう。というわけで脱いだ私の服と一緒に洗濯物籠に放り込む。
体を流したガキを後ろから抱えて湯船に浸かる。
狐神「はぁ~。やっぱりお風呂はいいねぇ。生き返る気分だよ。」
アキラ「………。」
私に抱えられてるガキはただじっとしてる。本当に変なガキだよ。
狐神「ガキにはお風呂の良さなんてまだわからないだろう?」
アキラ「………俺は風呂が好き。」
狐神「…あっ、そう。」
この場に合わせて適当に言っただけか本当のことかはわからない。ただ確かにこのガキは風呂に慣れてる。子供の頃は風呂を嫌がったりする者が多いのにこのガキはそんなことはない。
湯船に浸かりながらこれからのことを考える。私は今まで弟子なんて取ったことはない。取るつもりもなかった。だから弟子っていうのがどういうものなのか、どうすればいいのかさっぱりわからない。
そもそも私は妖狐は嫌いで…。このガキだって嫌いさ。ただ庵の前で野垂れ死にされたら鬱陶しいから拾っただけさ。
そうさ。こんなガキのことなんて何とも…。何とも………。
何だい!何だい!何なんだい!この可愛い生き物は一体何だっていうんだい!
ちょっとだけ振り返って私を見つめるその瞳を見てると私の方がドキドキしてくるよ!何て可愛いんだい!悪戯しちゃいたい!
アキラ「………んん。狐神…様。くすぐったい。」
狐神「我慢おし!」
悪戯しちゃいたいんじゃなくて無意識のうちにもう撫で回してたよ!当たり前ながら胸はまだ全然膨らんでないけどその滑らかな肌に触れてるだけでこっちが気持ち良い。
それに臭かったはずなのにもう良い匂いがしてる。いや…、もしかして臭かったのは服だけで体はそんなに臭くなかった?むしろ何かこのガキの匂いを嗅いでると何やら興奮してくるね………。
アキラ「………狐神…様。はぁはぁ言ってる。のぼせてる?」
狐神「何でもないよ!」
この日からアキラが出て行くまでの百数十年間に渡る私の葛藤は始まった。毎日毎晩アキラに襲い掛かりそうになる自分とそれを必死に止める自分の戦いさ。
私は甘い恋がしたいんだよ!獣欲まみれの荒い性交がしたいわけじゃないだ!だからアキラが成長して私の愛に気付いてくれるまで襲っちゃだめだよ!
いつか成長したアキラが私を迎えに来てくれる。そしてこの何もない世界に鮮やかな色をつけてくれるのさ。そんな甘い夢を見ながらアキラを育てた。
そしてついにアキラは旅立つ。本当は行かせたくない。離れたくない。この百数十年で私はすっかりアキラに恋してた。
こんな子供相手に恋だなんてと笑いたければ笑えばいい。だけど私の気持ちは変わらない。誰に笑われたって、禁忌を犯したって関係ない。私はこれから生涯アキラ一人を愛する。
そのアキラが出て行ってしまう。止めたい。けどこれはアキラにとっても私にとっても必要なことだと言い聞かせて我慢する。
そうさ。旅立ったアキラは成長して私を迎えに来てくれる。だからこれは二人が結ばれるために必要な別れ。アキラの成長に必要なこと………。
そうは思いながらも旅立つアキラの背中から目が離せない。それなのにアキラは一度も振り返ることなく私のもとから旅立ったのだった。
何度も言ってるけど話のストックがやべぇ!もうすぐ終わりそうなのに追いつかれそう!
そして結構前から終わりそうって言いながら終わらない。終わる終わる詐欺!
いや終わるよ?でも最後になると思わず話が膨らんで文量が……。もうちょっとで逃げ切れそうなのに際どい!
何とか最後まで毎日更新でいきたい……。




