第百十六話「パンデモニウム陥落」
アキラが北大陸を離れて暫く経ち俺は城へと帰って来ていた。戦争も終わり平和が訪れたのだと…。誰もがそう信じていた……。あの時までは…。
アマテラス『ファルクリアに住む全ての生き物達よ。聞くが良い。わらわの名はアマテラス。この世界の真の統治者。』
会議室で六将軍と皇帝陛下が集まっている時に、突然世界が強大な神力に満たされそんな声が聞こえてきた。
レヴィアタン「何だこの声は?ふざけたことを!」
レヴィアタンが顔を真っ赤にして怒っている。………この濃厚で膨大な神力を感じていないのだろうか?
アマテラス『そなたらには二つの選択肢がある。一つはわらわに服従する道。もう一つはわらわに逆らい滅ぼされる道。どちらでも好きな方を選ぶが良い。』
何をふざけたことをと言って一笑に付したい。しかしこの神力がそれが冗談ではないと思い知らせてくる。
アマテラス『そうそう。わらわに逆らう者達に一つ教えておいてやろう。そなたらの希望であったアキラ=クコサトはもうこの世にはいない。それでもわらわに逆らって戦うという者は逆らうが良い。』
………アキラが?そんなことあるはずはない。
バアルペオル「はははっ。美しいお嬢さんが死ぬはずないだろ。」
アスモデウス「アキラ殿が負けるとは思えませんわねぇ…。」
サタン「そうだな………。」
やはり誰も信じていないようだ。それはそうだ。確かにこの声の主はすごい力の持ち主だとわかる。だがそれだけだ。アキラのような特別な存在だという気配は感じない。
レヴィアタン「ふんっ!返り討ちにしてくれるわ!」
バアルゼブル「落ち着かんか。皇帝陛下…。」
サタン「うむ………。」
皇帝陛下の眉間に深い皺が寄っている。この相手がどれほどの相手か肌で感じられたからであろう。
サタン「我らが信じる神は黒の魔神様のみ。黒の魔神様が降らぬ限り我らも降らん!」
レヴィアタン「おおっ!」
それでこそ陛下だ。我らは誰にも従わぬ。我らが従うのは唯一黒の魔神様のみ。アキラがどうであろうと我らの決意は変わらない。
サタン「マンモンよ。余に万が一のことがあれば其方を次期皇帝とする。」
マンモン「………陛下。何を縁起でもないことを言われるのですか。」
俺が次期皇帝などありえない。俺は生涯大ヴァーラント魔帝国に忠誠を尽くす者だ。尽くされる者ではない。
バアルペオル「まぁ戦うって決まったなら今日の会議は戦争の作戦会議に変更ですかね?」
アスモデウス「貴方のそういう軽い所が頼りない所ですわぁ…。」
バアルペオル「どういう意味だよ!?」
アスモデウス「言葉通りですわ。」
レヴィアタン「がはははっ!」
うむ…。最初にあの神力を感じた時にはどうなることかと思ったが、六将軍も落ち着いているようだ。これならば我ら魔人族が負けることなどあるまい。
???「あ゛~?!それがてめぇらゴミ共の答えってことでいいのかぁ?」
マンモン「―ッ!!!」
何者だ?いつの間にかこの会議室の中に一人大男が立っていた。一体いつ?我らに気付かれることなく侵入したというのか?信じられん………。
サタン「……何者かね?」
全員が驚いて固まってしまったが陛下は辛うじて相手に問いかけた。
タヂカラオ「俺様は天津神、タヂカラオ様だぁ~!アマテラス様の使者みたいなもんだと思っとけ!それでてめぇらの回答はアマテラス様に従わず滅ぼされるってことでいいんだなぁ?」
何がおかしいのかニヤニヤと笑いながらタヂカラオと名乗った男が問うてくる。そんなもの答えは決まっている。
レヴィアタン「図に乗るなよ!コソコソ隠れるだけしか能のない雑魚が!」
レヴィアタンが立ち上がりタヂカラオの胸倉を掴もうと手を伸ばす。
マンモン「………やめろレヴィアタ……。」
レヴィアタン「ぐえっ!」
俺の制止が間に合わず逆にレヴィアタンが腹を殴られ大小両方を失禁した。
タヂカラオ「あ゛あ゛?俺様にどうするつもりだったんだ?あ゛?おい?雑魚はてめぇだろうが!」
レヴィアタン「お゛え゛ぇ゛ぇ゛………。」
嘔吐、涙、鼻水、涎、顔中から出せるものを全て出しながらレヴィアタンは蹲っていた。
サタン「やめよ。」
陛下の声で場が鎮まる。バアルペオルがタヂカラオの隙を窺っていたから陛下が止めたのはバアルペオルであろう。
もしあのままバアルペオルが襲い掛かっていたらレヴィアタンと同じ惨状がもう一つ繰り返されただけだった。
サタン「タヂカラオと言ったか。使者だと言うのなら答えよう。我らはアマテラスと言う者には従わぬ。我らが従うのは唯一黒の魔神様のみ。しかと伝えられよ。」
タヂカラオ「あ゛?本気なんだな?………ぐはははっ!いいだろう!おい、一刻後に正面から正々堂々ここに攻め込む。精々出来るだけ準備しておくんだな!ぐははははははっ!!!」
それだけ言うとタヂカラオは扉から出て行った。入って来た時も扉からだったのか?何か移動する能力を持っているのかと思ったが…。それとも俺達の前では見せなかったのか?
バアルゼブル「はぁ………。まずはこの後始末から…か…。」
バアルゼブルの言葉で全員の視線が一箇所に集まる。
レヴィアタン「お゛え゛ぇ゛ぇ゛………。」
そこにはまだ上下から色々と出しっぱなしになっているレヴィアタンが蹲っていた。
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配下に後始末を任せて俺達は部屋をかえて会議を開く。もちろんそこには体を綺麗にして服を着替えダメージから回復したレヴィアタンの姿もある。
サタン「さて………。もう少しすればあの者達が攻めてくるらしい。誰か作戦のある者はおるか?」
会議室が静まり返る。当然だ。あのタヂカラオ一人相手にも我らには抗う術はない。引き連れてくる軍勢がどの程度かはわからんがこのままでは勝ち目はないと誰もが理解している。
レヴィアタン「こんな時のための同盟でしょう!黒き獣に任せましょう!」
レヴィアタンはブルブルと震えながら全てをアキラに丸投げしようとしている。
サタン「我らにだけ敵がいるのならそれもよかろう。しかしこの敵は全世界に宣戦布告したのだ。他の国とて我らに援軍を寄越すだけの余裕はないであろう………。」
陛下が沈痛な面持ちでそっと周りに気付かれないように溜息を吐く。その気持ちは痛いほどよくわかる。………打つ手がない。
援軍を頼ろうにも火の国も自分の国を守るのに精一杯で余裕はないだろう。全世界を覆ったであろうアマテラスの神力は桁違いだった。それこそ全世界が協力して戦っても勝ち目がないと思えるほどに……。
そして我ら大ヴァーラント魔帝国だけではタヂカラオ一人にすら勝てない…。しかし負け戦だからと言って選択を間違えたとは思わない。
あそこでタヂカラオに服従を示せば確かに命は助かったのかもしれない。だが誇りを捨て去ってまで生き延びても意味はない。我らは誇り高き大ヴァーラント魔帝国の臣民なのだ。
マンモン「………俺が前に出ます。陛下は落ち延びてください。」
バアルゼブル「それならばこのバアルゼブルが敵を食い止めよう。もう長く生き過ぎた老骨じゃ。次期皇帝を逃がすために死ねるなど最高の舞台であろう?」
マンモン「………ゼブル翁の気持ちは受け取った。しかし俺以外では敵の足止めにもならない。」
バアルゼブル「むぅ…。」
バアルゼブルは難しい顔で唸って俯いた。気持ちはありがたい。だが少しでも敵の足止めが出来る可能性があるのは俺だけだ。他の者ではこの敵には太刀打ち出来ない。
マンモン「………陛下と民がいれば国はまた再建出来ます。皇帝を継ぐ者も現れましょう。陛下は落ち延びてください。」
サタン「………。」
陛下はただじっと俺を見つめている。
マンモン「………。」
サタン「………ふむ。よし、それでは作戦を通達する。全員逃げ延びよ。交戦は諦める。固まって逃げることもやめよ。バラバラに散らばって逃げ、誰か一人でも落ち延び国を再建せよ。良いな?」
六将軍「「「「「………。」」」」」
皆複雑な表情をしている。あの敵と戦わなくて済んでよかったと安堵している顔。大ヴァーラント魔帝国が一度も交戦することなく最初から逃げの一手を打つことに憤る顔。何を考えているのかわからない顔。ただただ寂しそうな顔。それぞれ様々な表情をしている。
俺は一体どんな顔をしているのだろうか。怒り?悲しみ?力がないことが悔しいか?皆を守れないことが辛いか?自分が情けないか?
サタン「それではすぐに行動に移れ。もう敵が攻めてくるまで時間がないぞ。」
六将軍「「「「「はっ!」」」」」
………申し訳ありません陛下。俺は初めて陛下の命令に逆らいます。
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最初にタヂカラオが現れてから住民達には避難勧告を出している。すでに多くの住民達はこのパンデモニウムを捨てて逃げ出していた。
逃げ出す者、残る者、アマテラスに恭順の意を示す者。それぞれが思った通りの行動をしている。六将軍でもレヴィアタンはすぐに準備を済ませてパンデモニウムから脱出した。
別に責める気はない。何よりそれは皇帝陛下の下命だ。それを破っている俺の方が責められて然るべきだろう。
バアルペオル「ようマンモン。どうした?こんなところで…。陛下のご命令はここから脱出せよと仰せだったはずだが?」
マンモン「………バアルペオルか。お前こそどうした?」
バアルペオルが俺に近寄ってくる。………本当はその顔を見れば何を考えているのかはわかっている。
バアルペオル「お前と一緒さ。」
マンモン「………そうか。」
お互いそれだけでわかる。バアルペオルもパンデモニウムを枕に死ぬつもりなのだ。
バアルペオル「お前とは妙な縁だったな。最初は俺の方が強かったってのに…。美しいお嬢さんのお陰であっという間に俺より遥かに強くなりやがって。」
マンモン「………ふん。アキラに力を付けてもらう前から俺はお前より強かった。」
バアルペオル「なんだと?俺が第五位でお前が第六位だっただろ!?それが全てだ!」
マンモン「………あの時、序列戦で偶々お前が勝っただけだ。模擬戦ではいつも俺が勝っていた。」
バアルペオル「ばっか!お前…、この…、馬っ鹿!本番で勝ちゃいいんだよ!練習でいくら勝っても無意味なんだよ!」
マンモン「………なんだと?」
バアルペオル「なんだよ?」
マンモン・バアルペオル「「………。」」
二人で無言で睨み合う。
バアルペオル「ぷっ!あははははっ!」
マンモン「………くくくっ。」
バアルペオル「あ~あ…。お前とはいつもこんな感じだな…。最後までこのままだなんてなぁ………。ははっ………。」
マンモン「………そうだな。結局最後までこのままか………。」
急に笑い出したかと思うと急にお互い静かになる…。こいつとのこんな掛け合いもこれが最後か…。
アスモデウス「あら?こんなところでどうされたのかしら?」
俺とバアルペオルが静かになったタイミングを見計らってアスモデウスが出てくる。少し前からそこで立ち聞きしていたのには気付いていた。
マンモン「………アスモデウスこそどうした?」
アスモデウス「私は忘れ物がありまして…。」
バアルペオル「へぇ…。忘れ物ねぇ?」
アスモデウス「ええ。実は私は執念深くて諦めが悪いのですわ。」
俺とバアルペオルはまたしてもお互いに顔を見合わせる。
バアルペオル「ああ…。知ってたけど?」
バアルペオルの顔は若干引き攣っている。この女は本当にしつこいからな………。
アスモデウス「ですからあの舐めた態度の方々に少しばかり思い知らせて差し上げようかと思いまして…。」
アスモデウスの瞳が妖しく光る。こういう顔をしている時のアスモデウスは本当にしつこい。
バアルゼブル「やれやれ。結局みなで戦うことになるのか。」
サタン「良いではないか。どちらにしろこれが最後かもしれぬのだ。こうして最後に皆で轡を並べて戦うのも悪くなかろう。」
マンモン「………陛下。」
結局レヴィアタン以外の六将軍が残ることになった。
バアルゼブル「それにしてもレヴィアタンめ。図体ばかりはでかいくせに小心者よな。」
サタン「そう言ってやるな。余の命令に忠実なのだ。何より我らがここで死に絶えても新たに国を建てることが出来るだけの力を持つ者が残るのだ。レヴィアタンが逃げ延びてくれれば我らは後を心配することなく戦えよう?」
バアルゼブル「それはそうですなぁ…。」
バアルペオル「はははっ!違いない。」
皆努めて明るく振舞っている。本心ではこの絶望的な戦いに身を投じることに負の感情が揺さぶられているはずだ。
だがそれをおくびにも出さず笑いあう。最後くらいは笑いあって逝きたい………。
しかし俺にはそれ以上に大きな願いがある。せめて…、せめて最後にアキラに会いたい………。
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そろそろタヂカラオが宣言した一刻が経とうとしている。
アマテラス『わらわに従わぬと答えた国を一つ潰すことにした。これより大ヴァーラント魔帝国を滅ぼす。まだ決めかねておる国々は愚か者の末路をよく見ておくが良い。』
その時またしても世界にアマテラスの神力が満たされ姿と声が頭の中に直接映し出された。どうやらこれから始まるようだ………。
俺は正面の門の前で待機している。もしタヂカラオが宣言通りに正々堂々と正面から攻めてくるのならここに現れるはずだ。
そして俺の右後方にバアルペオルが、左後方にアスモデウスが待機している。俺の真っ直ぐ後ろにはバアルゼブルが陣取り最後に本隊である皇帝陛下がおられる。
俺が正面を食い止め左右のバアルペオルとアスモデウスが後方から俺の支援をする手筈になっている。さらに万が一の場合に備えてバアルゼブルが俺のバックアップに回ることになっている。
これだけの布陣ならば例えドラゴン族が相手であろうと一歩も退くことなく戦えるだろう。それだけの陣容だった………。
タヂカラオ「おう。来てやったぞ。さぁ…、狩りを始めようかぁ~。ぎゃっはっはっはっ!」
本当に正面から堂々とやってきた。………俺達を舐めすぎだ。四族全てと戦争を繰り広げていた魔人族の力を見せてやる!
タヂカラオ「ああ。そうそう。おいてめぇら!出て来い!」
マンモン「………あ?………なっ!!!」
軍勢「「「「「おおおおぉぉぉ!!!」」」」」
どんな魔法かタヂカラオ一人しかいなかったはずの門の外に大勢の軍勢が現れた。それにこの軍勢は………。
マンモン「………全員が神…だと…。」
馬鹿な…。数万は居ようかという軍勢の全員が神だ。それも低位の神ではない。自分が成っていないので神の階位というものはよくわからないが明らかに黒の魔神様よりも上の者までいる。
こんなもの戦いにすらならない………。蹂躙だ…。我らはただ蹂躙されるだけの獲物にすぎないのだとようやく悟ったのだった………。
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俺は気がつくとどこかに寝かされていた。
マンモン「………うっ。ここは…?」
アスモデウス「気がつきましたか。…バアルペオル。マンモンが気がつきましたわ。」
硬い地面に寝かされているようだ。体中が痛い上にうまく動かせない。一体何が…?
マンモン「一体…、うっ!」
アスモデウス「無理をしてはいけませんわ。それからお静かに。まだ敵が私達を探しています。」
アスモデウスは俺を労わるような笑顔でそっと優しく撫でてくれた。この女もこんな風に出来るのだな。もっと色欲一色の女かと思っていた。
バアルペオル「よう。気がついたか。…おっと、起きなくていいぞ。それから静かにな。」
バアルペオルが気配を消しながらこちらに近寄ってきた。
マンモン「………一体何があった?」
バアルペオル「覚えてないのか…?」
マンモン「………覚えて?」
………。俺はこうして寝かせられる前までの記憶を思い出そうとする。
………
……
…
マンモン『………全員が神…だと…。』
タヂカラオ『それじゃ挨拶代わりに一発くれてやるぜぇ!これで終わってくれるなよ?それじゃつまらねぇからなぁ!ぐははははっ!テンガンド!!!』
タヂカラオが掌をこちらに向けたまま突き出す。掌底に似ている。その掌からあり得ないほど強力な神力が撃ち出されて……。
マンモン『………全員避け…。』
いや、駄目だ。間に合わない。俺の後ろには陛下が……。
マンモン『………ぬぅぅっ!!マジックカノン!!!』
俺はありったけの魔力を注ぎ最大の魔法を放つ。巨大な魔力の弾がタヂカラオの放った神力に激突する。
俺の力でこれを相殺出来るなどと甘いことは考えていない。ただこの攻撃を逸らし少しでも威力を殺すために!俺の後ろに控える陛下を、民を、この国を守るために!
タヂカラオ『はぁ…。最初っから期待してなかったがよぉ…。こんなもんかよ?つまらねぇんだよ!』
マンモン『………何っ!?』
タヂカラオの放った技の威力が一段上がる。まだ全力ではなかったのか………。駄目だ…。威力を殺すことも逸らすことも出来はしない。俺の力はこんなものか………。テンガンドというらしい技が迫ってくる。
陛下も、民も、国も、俺は何一つ守れはしない………。俺はこの程度だったのか………。
………アキラ。………アキラっ!!!
マンモン『………うおおぉぉぉっ!!!』
俺の体の底から力が湧いてくる。いけるっ!完全に相殺することは出来なくとも威力を殺しながら逸らせるくらいならば出来るっ!
タヂカラオ『おっ?ちょっとはやるじゃねぇか!そうでなきゃ面白くねぇよなぁ!ぎゃははははっ!!!』
マンモン『………なっ!!!』
さらにタヂカラオのテンガンドの威力が上がった………。もうこれ以上支えきれ………。
そこで俺の意識は途絶えた。
………
……
…
マンモン「………そうか。俺は結局あの攻撃を防げず………。」
そのままあの攻撃を受けてこの様というわけか………。
バアルペオル「違うぞ!お前が少しでも威力を殺して攻撃を逸らしてくれたから左右に展開していた俺とアスモデウスは軽傷で済んだんだ。俺達はお前に救われたんだ!」
アスモデウス「ですわねぇ…。」
二人の言葉が俺に染み込む。例えほんの少しでもそう言ってくれる者がいるのなら俺は………。
マンモン「………ちょっと待て。左右は軽傷で済んだ?それでは…。後ろに居た陛下はっ!?」
バアルペオル「陛下とゼブルの爺さんがどうなったかはわからない…。」
マンモン「………貴様っ!陛下を探しもせずにこんなところで何をしている!俺が…、うぐっ!!!」
立ち上がろうとしたがまるで動けない。くそっ!
バアルペオル「静かにしろ。外は敵だらけなんだ。吹き飛ばされてるお前を捕まえて連れて逃げるのが精一杯で他のことをする余裕なんてなかったんだよ!」
バアルペオルの顔が歪む。悔しさ、後悔、様々な感情が綯い交ぜになっている。バアルペオルとて陛下を探しもせずにここに身を潜めていることに苦しんでいるのだ。
今すぐ飛び出して探しに行きたい。その気持ちを抑えてじっとここで耐えていたバアルペオルの心情がどれほどのものであったのか…。俺はようやくそのことに思い至った。
マンモン「………お前がどれほどの気持ちでここに身を潜めていたのか俺の考えが足りなかった。すまん。」
バアルペオル「ふんっ。ばっかじゃねぇのか?お前にそんなこと言われても気持ち悪いんだよ!」
バアルペオルは口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまった。くくくっ。わかりやすい男だ。無理に怒った振りをしても照れているのがバレバレだ。
アスモデウス「はぁ…。男同士というのもなかなかオツですわねぇ。」
バアルペオル「あ?」
アスモデウス「いいのですわ。私は男色も否定しませんわ。」
バアルペオル「ばっ!ばっかじゃねぇのか!俺は女が好きなんだよ!」
そうやってムキになるほどますますからかわれると分からないらしいな。そもそもバアルペオルがアスモデウスに気があるのは前からわかりきっていることだ。わかっていないのはアスモデウスだけだろう。
バアルペオルは実はシャイな男だ。女垂らしのように振舞っているがそれは意中の女ではないからだ。本当に自分の好きな女の前ではこうして素直になれずに思っていることと逆のように接してしまう。
アスモデウスはバアルペオルが自分に他の女のように接してこないから、何とも思われていないのだと思っているのだろうがそれは間違いだ。
アスモデウスのことが好きだからこそ他の女のようにキザに接することが出来ない。バアルペオルも好きな女に対してそのようにしか出来ないなど子供のようだが、自分は色恋沙汰に長けていると言いながらバアルペオルの気持ちに気付かないアスモデウスもまだまだだ。
この二人の掛け合いは見ていて面白い。………暗い気持ちになりかけたが少しだけ気が楽になった。
マンモン「………それで。ここはどこだ?国の様子はどうなのだ?」
バアルペオル「ああ…。ここはパンデモニウムのすぐ隣の森の隠れ家だ。お前が倒れてからまだそれほど経っていなくてな…。パンデモニウムはタヂカラオの最初の一撃で半壊した。後は後ろに控えていた軍勢が入り込んできて滅茶苦茶だ。抵抗した者は全て殺されている。抵抗していない者がどうなったかはわからない。」
アスモデウス「………。」
アスモデウスは沈痛な面持ちで押し黙った。
マンモン「………俺達は何も出来なかったのか。」
バアルペオル「そうだな………。」
この場を暗い空気が包み込む。これから先どうすればいいのかすらわからない………。
アスモデウス「一体…、これから先どうすれば良いのでしょう……。」
バアルペオル「しっ、心配すんなって。俺が何とかするから!」
アスモデウス「………はぁ。」
アスモデウスは哀れみを込めた眼でバアルペオルを見つめた後に溜息を吐いた。
バアルペオル「何だよその溜息は!?どういう意味だよ!?」
アスモデウス「聞きたいですか?聞かないとわからないですか?」
バアルペオル「こんのぉ~!馬鹿にしてぇ~!」
アスモデウス「うふふっ。バアルペオルに比べればまだマンモンの方が頼りになりますわぁ。」
………。それは言わない方がよかったんじゃないのか…。アスモデウスはただバアルペオルをからかうだけのつもりで言ったのだろうが、アスモデウスを好きなバアルペオルがそれを聞けば違う意味に捉えるだろう。
バアルペオル「マンモンてめぇ…!美しいお嬢さんのことが好きだったんじゃないのかよ!」
マンモン「………そうだが?」
バアルペオル「むきぃ~!何だよその余裕の態度は!?両方お前のものになるとでも思ってんのか!」
マンモン「………思ってない。」
そもそも俺はアスモデウスに対して異性としての感情など持っていない。六将軍の同僚としての信頼はあるがそれだけだ。
バアルペオル「くっそぉ!絶対俺が良い所を見せて惚れてもらうんだからな!」
アスモデウス「あら?もしかして恋のお話かしら?それなら私も混ぜてくださいな。」
自分のことを言われているのに気づきもしないアスモデウスが混ざってくる。この先このメンバーで大丈夫か?なんとも困ったメンバーが集まったものだ。
しかし…。暗い空気になりがちだったがこの二人の掛け合いのお陰で少しは空気が軽くなった。少し気持ちの落ち着いた俺はこれからのことを考え始めたのだった。