閑話②「運命の女性(ひと)」
俺はフリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ。ガルハラ帝国第三皇子にして皇太子だ。俺はその日運命の女性と出会った。
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パックス「殿下。そろそろブレーフェンの視察へ出かける時間です。」
フリード「ぷっ!お前にそんなしゃべり方は似合わんなパックス。」
パックス「そう言うな。俺だって性に会わんが公務では仕方あるまい?」
出かける準備をしながら二人で笑い合う。皇太子である俺にこんな口を利いているがこの国では割と普通だ。パックスは俺の片腕で幼馴染も同然なので特に気安くしゃべっているが他の者も大差はない。傭兵上がりの新入り等は最初にこの国の軍隊を『下手な傭兵団よりもガラが悪い』と言うくらいなのだ。一応最低限の礼儀作法や形式はあるがこの国では作法も格式もクソの役にも立たん。実力こそが全てでありだからこそ第三皇子である俺が皇太子になっているのだ。
軍隊という組織である以上上官の命令は絶対であり逆らえば死罪だが意見を言うのは自由だ。上官の意見に反対しても誰も咎めはしない。役に立つ意見ならば一兵卒の意見であろうと聞き入れられる。もっとも作戦会議のたびに全員の意見など聞いて回れない以上は完全に全員の意見を聞いているわけではないが。
フリード「じゃあ後は頼んだぞ。」
パックス「ああ、任せとけ。」
フリード「おい。公務じゃ口調は変えるんじゃなかったか?」
パックス「もういい。面倒だ。」
フリード「ははっ。まぁそうだろうな。では行ってくる。」
そう言って俺は馬車に乗り込む。パックスは一応敬礼しているが馬車が動き出すとさっさと仕事に戻って行った。
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少し長旅になるので馬車の中は退屈だ。会話をしようにも今は腹心の部下達も忙しく今回は俺一人だからだ。この前のバルチア王国での舞踏会のことなど思い出してみる。
バルチア王国は歴史が古く聖教の教えにもどっぷり浸かっている。俺からすれば聖教などくだらんものだが権威だの格式だのというものを重んじるバルチア王国では聖教も神聖視されている。もっともバルチア王国の連中も聖教の連中も聖人君子には程遠いゲスの集まりだが。
特にひどいのがバルチア王国国王のシャルル=ド=バルチアと王太子フィリップ=ド=バルチアだ。この二人は王国と聖教の権威を利用してやりたい放題やっている。二人とも女好きで人の女であろうと力ずくで奪ってしまうくせに飽きたら捨てるのだ。国王のシャルルは豚のように太っているから金と権力に群がる女以外にはモテないがフィリップは美男子なこともあって女にモテる。性根は腐っているがキザな言動と甘いマスクで女共を食い物にしているのだ。
かく言う俺も女遊びは大好きだ。俺はフィリップのような美形ではない自覚はあるがそれでも俺もそれなりにモテる。もちろん皇太子という地位や権力に群がる女も多いが単純に俺に惚れる女もそれなりにいるのだ。俺はシャルルやフィリップのように弄んで捨てたりはしない。最初から遊びの女には遊びだと言ってある。それでもいいからと言う相手としか遊ばないのだ。最も今まで遊びでない女などいたことはなく親父にはさっさと結婚して跡継ぎを作れと言われている。
先日行ったバルチア王国での舞踏会でもフィリップは女達に囲まれていた。俺は見た目や表面的な態度に簡単に騙されるような馬鹿女には興味はない。もちろん俺に群がってくる女達もいるが数が多いことが自慢なのかフィリップが得意顔で俺を見ていた。その舞踏会で最近召喚されたという勇者候補三人を見かけた。髪の長い勇者候補の女は上玉だが俺から言わせればまだまだガキだ。だがフィリップはダンスに誘って断られ顔面を真っ赤にしていた。ざまぁみろと心の中で大爆笑したものだ。あの女はなかなか人を見る目がある。勇者候補の中では一番マシかもしれんな。
そんなことを考えながら馬車に揺られているとブレーフェンの街が見えてきた。ようやく退屈な馬車の旅ともおさらばできそうだ。今回の港の拡張は絶対に成功させねばならん。俺の功績などどうでもいいが今の兵糧輸送能力では今後の戦争に対応するのは厳しくなってくるだろう。大型船による大量輸送。これができるようになれば今後の戦争が大きく変わることになる。
その時道の端を三人で歩いている旅人が見えた。大きい奴は女だろう。外套を着ていてもわかるくらい女の体型をしている。大きい女と真ん中の中くらいの背の奴は獣人だな。フードを被っているが耳がフードを押し上げている。その三人を追い抜く瞬間俺にとんでもない衝撃が走った。もちろん実際に何か衝撃があったわけじゃない。予感とか運命とかそういうものかもしれん。俺はそういう類は信じない性質だがすぐに声を張り上げていた
フリード「止めろっ!」
従者がすぐに馬を止める。俺は慌てる気持ちを落ち着けながら急いで馬車から降りる。その三人を見るとやはり胸の高鳴りがする。
フリード「おいお前。俺の正室にしてやる。」
気がつけば俺はそんなことを口走っていた。今までこんなことを言ったことなど当然ない。そもそも顔も性格も何もわからん相手だ。こんなことを言うなど正気の沙汰じゃない。相手だっていきなりこんなことを言われてはいそうですかと答えるわけもない。真ん中の奴は大きい女を見上げる。
フリード「そっちじゃない。真ん中のお前だ。」
???「いきなり何を言ってるんだあの馬鹿は?」
とても綺麗でかわいい声だ。この声を聞いているだけで幸福感に包まれる。ってそうじゃない。当然そうなるであろう答えが返ってくる。これが俺と運命の女性との出会いだった。はっきり言って第一印象最悪だ。俺はどうしてあんなことを口走ったのか。その後もとんでもないことしか言えず俺は逃げるようにブレーフェンへと入った。
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アードルフ「殿下、ようこそおいで下さいました。」
ブレーフェンの官吏であるアードルフに迎えられるが俺は心ここにあらずだった。体に染み付いた習慣か公務や歓迎の食事会は全て問題なく済ませたが俺はさっきの女のことばかり考えていた。
フリード(ああ。あの声をもう一度聞きたい。会いたい。今度は名前を教えて欲しい。顔を見せて欲しい。)
寝ようにもそんなことばかりが頭の中に浮かんでとても寝付けなかった。散々女遊びをしてきた俺が実際の年齢や顔はわからないが身長や声から考えて年端もいかなそうな少女にこんなに恋しているとは笑い話もいいところだ。これでは思春期のガキと変わらん。だいたい顔がとんでもない化け物だったらどうするんだ。忘れろ。………無理だった。どんなに忘れようと思っても違うことを考えようとしてもあの女のことしか考えられない。俺はどうしてしまったんだ。
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翌朝から俺は公務を片付けて港の工事の視察に赴く。
アードルフ「殿下!お一人で出かけるなど万が一のことがあればっ!」
フリード「アードルフ。舌噛みそうだからいい加減そのしゃべり方やめたらどうだ?」
アードルフ「ふぅ…。お前に万が一のことがあったら俺の首が飛ぶんだ。護衛くらい付けて行け。」
フリード「アードルフは街の治安も維持できないほど無能者か?」
アードルフ「そういうことじゃないだろう…。が、これ以上言っても聞かないんだろうな?」
フリード「ああ。特に今日は一人で居たい気分なんだ。」
アードルフ「なんだ?女か?」
パックスは平民出だがアードルフは貴族出だ。だから最初のうちはそれらしいしゃべり方をしていたが俺の方が耐え切れなくなった。アードルフは俺より少し年上で若い頃はよく悪さを教えてもらったもんだ。女絡みとわかったのはさすが兄貴分だがアードルフの考えていることとは違うだろう。
フリード「女絡みは当たってるが別にこれから会いに行くわけじゃないぞ。」
アードルフ「まさかお前がふられたのか?」
フリード「…。」
アードルフ「ほう。図星か。まさかそんな豪気な女がいるとはな。」
確かにその通りだ。皇太子と知った上で俺の誘いを断るなどこの国を敵に回すも同然だ。もちろん俺はそんなことをする気はないが普通の者なら例え本心では嫌でも断れないだろう。
ともかく俺は一人で視察に向かった。護衛も付けず出歩いているので俺が皇太子などとわかる者はいない。ちょっと身なりの良い傭兵か旅人くらいにしか思われないだろう。
露店商「そこの兄ちゃん。うちの串焼き買ってかないか?」
などとあちこちで声をかけられる。さすがはアードルフ。良い街だ。しばらく街を散策してから港へと向かった。
フリード「っ!」
港に着くと外套を着てフードで完全に顔を隠してうろうろしている者がいる。あの女だ。俺の鼓動が早くなる。俺は近づいて声をかける。
フリード「よう。こんな所でどうした?」
女は俺の方を見もしない。
フリード「質問に答えないなら不審者として捕縛することになるぞ?ここは国の重要施設だからな。」
何を言ってるんだ俺は。そんな言い方をすれば嫌われるに決まってるだろう。
???「昔見た景色を探している。」
ああ。この声だ。ずっと聞いていたくなる。ってそうじゃない!今の声を聞いてわかるだろう。面倒臭そうに嫌々答えたのだ。こんな会話ばかりしてたら俺に惚れてもらうどころかますます嫌われるのは目に見えている。
フリード「俺が案内してやろうか?」
???「必要ない。」
何とか気を引きたくてそう提案するが即答で断られる。そりゃそうだ。俺が逆の立場なら最悪の相手だと思ってるはずだ。いや…、逆に考えろ。もう最悪なんだ。これ以上悪くなりようがないのならあとは上がるだけだ。
フリード「すまなかった。」
俺は謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた。
???「…。」
女は俺の言動に驚いているようだ。ようやく俺の方を向いてくれた。
フリード「信じてもらえないかもしれないが馬車で見かけたあの時から俺はお前に惚れたんだ。これまでそれなりに女遊びもしてきたがお前を見てからどうしていいかわからなくなったんだ。それで気を引きたくて滅茶苦茶な事を言ってきたと自分でもわかる。どうか許して欲しい。」
???「思春期のガキか?」
確かにその通りだ。まるで好きな子をいじめるガキみたいだ。
???「はぁ…。だいたい姿形も性格も性別すらわからない状態で惚れたとか何の冗談だ?」
フリード「そう思われるのはわかる。俺だって未だに自分で自分が信じられん。だが運命を感じたとしか言いようがない。俺はそんなもの信じてなかったがそうとしか言えないんだ。」
???「残念ながら俺は男だ。お前のその運命とやらははずれだ。」
フリード「いいやっ!お前は絶対に女だ。これだけは断言する。」
???「………。」
二人の間に奇妙な沈黙が訪れる。なぜこの女は自分が男だと言い張るのか。俺に言い寄られるのが嫌だから断るためにか?馬車で追い抜いた瞬間にわかるほどではないがこうして近くで見ていれば外套の上からでもある程度体型がわかる。明らかに胸が出ている。声もどう聞いても女の声だ。その程度は俺でもわかる。
フリード「前回のは無しだ。もう一度名乗らせてもらう。俺の名はフリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ。今までの無茶な言葉は謝罪する。よければ君の名前も知りたい。そして詫びとしてこの街を俺に案内させてくれないか?」
???「………。それは詫びじゃなくてフリードへのご褒美じゃないのか?」
確かにその通りだ。俺が一緒に居たいからだな。いくら詫びたところで嫌いな相手にこんなことを言われても断るだろう。この女は帝国の威などものともしないのだから。
???「ここは俺の探してる景色じゃなかった。俺の探してる景色まで案内できたら名前を教えてやる。」
フリード「え?それってつまり…。」
???「さっさと行くぞ。」
俺はうれしさのあまり踊りだしそうだった。
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それから俺は彼女と一緒に街を見て回った。俺に群がってくるような女は大なり小なり金や権力が目当ての者がほとんどだ。俺に惚れてる女ですら俺自身と俺に付いている金や権力に対する執着の比重が違うというだけで玉の輿も狙っている。だから俺が今まで女とデートに行けば高級な服やアクセサリーをねだられ買い与える。高級なレストランで食事する。というようなものだった。だが彼女は違った。俺がそういう店に行こう言っても『必要ない』の一言で斬って捨てられる。逆に露店等の安物は興味深そうに見ていた。
単純に育ちのせいで高級すぎる物がわからないというわけでもなさそうだった。この国では実力さえあれば立身出世できるためスラムのようなところで育った者でも大金や地位を手に入れることができる。だがそういう者は突然大金を手に入れても貴族の好む高級品の価値はあまりわからないらしい。普段から庶民が着ている服や食事すら手が届かなかった者達は金が手に入ったらそういう物にまず憧れるらしい。一足飛びに貴族の好む高級品の価値がわからないのだ。
だが彼女はそういうタイプでもない。価値がわからないわけではなくきちんと高級品は高級品と認識し庶民的な物は庶民的な物と認識できている。ただ高級品に興味がなく庶民の生活などには興味がある、という風に見える。それに彼女は非常に頭が良い。獣人族は種族柄あまり賢くない。身体強化に特化しているせいか細かいことは気にしない性格もあって単純な者が多い。前線で戦うには非常に向いているが後方で支援や指揮をしたり内政にはまるで向かない。
しかし彼女が俺に聞いてくることは非常に高度なことなのだ。統治体制や政策といった政治の話から商業工業物流といった経済の話、周辺国家の情勢や軍事的な話まで聞いてくる。それも理解していないのに聞いているわけでもなく話していない部分まできちんと把握できている。国の大臣共ですらこのブレーフェンの拡張工事の意味を話しても理解できていない者がいるというのに彼女は説明しなくてもこの工事の意味を理解していた。
普通に考えたらこれだけ頭が良く皇太子である俺に近づいてあれこれ聞くなどどこぞの国のスパイかと考えてしまうところだがその線もない。一つ目の理由はもちろん彼女が俺を避けていたからだ。スパイ目的で近づくのなら向こうから来るだろう。だがむしろ逆に彼女は嫌がってすらあったのだ。あえてそうすることによって俺の興味を引くためというのも少々無理がある。それで俺が見向きもしなければ無駄になるのだから。二つ目は話す内容だ。少し調べればわかる程度の情報や誰でも知ってて当たり前のことを聞いて満足するのだ。それこそ他国のスパイなら知ってて当たり前のはずであり今更そんなことを聞きたがりはしないだろう。そうやって俺を油断させて徐々に親しくなり機密をしゃべらせるという可能性もないとは言えないがとてもそうは思えない。単純に情報に疎く簡単な情報だけを知りたいという風にしか見えない。
これは俺が彼女に惚れているからそう思いたいということではない。俺とて才覚だけで皇太子にまで上り詰めたのだ。重要機密をそこらの女にホイホイ教えるほど馬鹿ではないつもりだ。彼女もそれを察してか深いところまで突っ込んではこない。お上りさんが村の外のことを知らずに育ち都会に驚いて興味があるという程度に見える。もっともそれにしては頭が良く察しも良すぎるのはかえって不自然ではあるのだが。
???「ところでフリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラと全て=なのはなぜだ?複数名や複数姓は=で姓と名の間は・とかじゃないのか?(元の世界でも明確な基準があるわけではないのでこれがこの世界のルールだと言えばそれまでだが。)」
最後の方はよく聞き取れなかったが面白いことを聞いてくる。彼女は本当に面白い。
フリード「=や・について知っているのになぜかは知らないのか?面白い奴だな。確かに俺にも本来はフリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ・○○○となにか付いているはずなんだ。・の前に付けるのは人間が付けた姓名。・の後ろに付くのは神が付けた真名となるのが正式名なのさ。だが真名は誰も知らないから・○○○の部分は誰にもわからない。」
???「もちろん神ってのは人神じゃないよな?」
フリード「ああ。創造神とかこの世界そのものとか言われている。」
???「なるほどな。実際本当に神が名付けているかもわからないから・の後ろはあるのかどうかすらわからないというわけか。(だが真名というのは何か引っかかるな…。)」
そう言って彼女が顎に右手を当てた時にちらりと細い顎と薄い唇が見えた。ごくりと俺の喉がなる。あの唇に今すぐ吸い付きたい。変態のような言い方になってしまったがその唇を奪ってしまいたい衝動に駆られる。
フリード(落ち着け俺ぇぇぇぇぇっ!折角話をしてくれるくらいにはなれたんだ。今そんなことをしたら一気に嫌われるどころか二度と会えなくなるかもしれないぞ!)
欲望と打算がせめぎ合う。ここで欲望のままに彼女を襲えば一時の幸福は訪れても二度と彼女は手に入らなくなるだろう。俺の最終的な目標はあくまで彼女にも俺を愛してもらうことだ。今ここで襲おうと襲わなくとも彼女は手に入らないかもしれん。だがその可能性を今ここで潰してしまってはだめだ。
スーハー。スーハー。スーハー。
深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着ける。よしっ!大丈夫。
フリード「そろそろ飯時だな。何か食うか?」
話題を変える。
???「俺は金を持ってないぞ。」
フリード「おいおい。あまり俺を見縊るなよ。女に食事代など出させんよ。」
???「そうか。奢ってくれるなら奢ってもらうか。…あれを食ってみたい。」
彼女が指差したのは串焼き屋の露店だった。
フリード「あんな物でいいのか?もっと違う店でもいいんだぞ?」
???「いや。あれがいい。あのタレの焼ける匂いが気になる。」
フリード「そうか。まぁそう言うならあれにするか。」
その串焼き屋はこの辺りで獲れるグレートボアーという魔獣の肉をブレーフェンではよくあるソースで焼いて出す店だった。俺は皇室一家であり現在は皇太子だから幼少の頃から貴族向けの料理を食べて育ち多少のテーブルマナーは習っていたがこういう露店での買い食いも結構している。この国はそういう所は良くも悪くもルーズなのだ。
フリード「俺とこの子の分を頼む。」
露店商「へいまいどあり。」
彼女は店主にソースの作り方を熱心に聞いていた。やはり変わった女だ。俺と彼女の分を見繕って買い広場のベンチで二人並んで座りながら食べた。串焼きを食べるたびにフードからチラチラ覗く彼女の唇に俺が悶絶していたのは言うまでもない。
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昼食を食べた後も彼女と一緒に街を回る。青臭いガキのデートのようなものだが俺は幸福の絶頂にいた。ただ街を見て回り会話をするだけなのにこんなにも心が躍るデートは初めてだった。
???「おいフリード。俺は昔見た港の景色を探していると言ったよな?なぜ街中ばかり回る?探す気がないのか?」
ちなみに俺は親しい相手からはフリッツと呼ばれている。そう言ったのだが彼女はそんなことは知らんと俺をフリードと呼ぶのだ。フリードなんとかさんの方がいいか?などと言われては認めるしかない。そんな呼ばれ方は嫌だ。今は彼女が俺を呼んでくれるだけでも大満足だ。いや、他の者とも違うフリードと呼んでいいのは彼女だけにしよう。彼女だけが特別なんだ。そう思うとこの呼ばれ方も悪くない。
フリード「そうは言っても港は見ただろう?あれが違うのならこの街じゃないんじゃないか?」
???「いや、絶対にこの街のどこかだ。(千三百年以上前かもしれないが…。)古い港とかないのか?」
そう言われて俺は思い返す。確かにこの街は発展と共にわずかに北に位置が移動している。南には旧市街が廃墟として残っておりスラムにすら入れない者達がたむろしているはずだ。
フリード「南には旧市街が廃墟として残っているが危険な場所になっているぞ?」
???「わかった。案内しろ。」
フリード「俺の言ったこと聞いてたか?スラムにも入れない者達や犯罪者が巣食っているぞ?」
俺もガルハラ帝国の皇族として武術は嗜んでいる。俺一人ならそこらのチンピラの五人や十人に遅れを取ることはないが彼女を危険に晒したくなかった。
???「お前の腰の物は飾りか?」
彼女は俺の腰の剣を指差しながらそう言った。俺に彼女が守れないのか?と問われたのだろう。つまり俺がナイトとしてお姫様をお守りすればいいのだ。絡まれて良い所を見せたら彼女の好感度もアップするかもしれない。
フリード「わかった。じゃあ行くか。」
こうして廃墟となっている旧市街へと向かった。
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それほど遠くはなかったが旧市街の港についた頃には日は傾き辺りは夕焼けに染まりつつあった。
???「…ここだ。」
彼女がぼそりと呟いた。そのまま俺の横からふらふらと進み港の縁まで歩いていく。両手をやや広げて海の方を向いてじっと立っている。元々フードで顔を隠しているからわからないが後姿ではさらに何を考えどんな顔をしているのかわからない。だが俺の目にはまるで少女が涙を流しているかのように映った。
???「ありがとう。フリードのおかげで見つかった。」
そう言って振り返った彼女は微笑んでいた。そう。微笑んでいた。振り返る時に強く吹きつけた海風によってフードがめくれてしまったのだ。その姿に俺の心が奪われる。元々奪われていたがそんな物の比ではない。赤く染まりつつある夕日に照らされるその姿は女神。天女。どんな言葉で表しても表し切れないほど美しい。
艶のあるストレートの黒髪が日の光を受けてキラキラと輝く。頭の上にはやはり獣人族なのか金色に輝く毛並の猫耳がある。前髪は眉の上辺りで切りそろえられている。切れ長でやや釣り目であるが微笑んでいるせいもあってかきつそうな印象は受けない。やや瞳孔の細くなった金色の瞳が俺を見ている。細い顎に小さく整った鼻と口がある。その瞳に吸い込まれそうなのに俺は動けない。雷に打たれたような衝撃なのに金縛りのように指先一つ動かせない。
フリード(美しい。美しいという言葉ですら陳腐にしか聞こえないが俺には他に表現できる言葉もないのがもどかしい。)
アキラ「俺の名前はアキラ=クコサトだ。」
フリード「何?」
アキラ「俺の探している景色を見つけてくれたら名乗る約束だっただろ?」
そう言って少女は小首を傾げながら微笑む。
フリード(ああっ。やめてくれ。これ以上俺の心を奪わないでくれ。君の…アキラのことしか考えられなくなる。)
既に手遅れだ。俺はもうアキラのことしか考えられない。地位も名誉も金も、何もかもいらない。俺とアキラさえいれば他のものなど全て捨ててしまってもいい。
フリード「君は…、いや、アキラは異世界人なのか?」
俺の口からついそんな言葉が漏れてしまう。
アキラ「何だと?」
アキラの顔が険しくなる。冷たい表情に鋭い目つきで殺気すら感じる。だがアキラになら殺されてもいい。その冷たい表情ですら美しい。
フリード「えっと…その…、黒髪は珍しいと言われているがそうじゃない。俺が調べた結果から推測すると色とりどりの髪色は生まれるがファルクリアには黒髪は生まれない。俺は立場上異世界から召喚された者達と会うこともあるが彼らは黒髪が多い。俺は黒髪の者は異世界人かその子孫だけだと推測している。」
アキラはまだ険しい顔をしているが何か思案しているようだ。
アキラ「そう考えているのはお前だけか?」
フリード「いや…、聖教の一部の幹部や各国の上の立場の者達は薄々気づいているかもしれん。一般民衆的には黒髪は非常に珍しいって思われるくらいだと思う。」
アキラ「なるほどな。どうりで今まで言われたことがないわけだ。」
フリード「アキラは…やっぱり異世界人なのか?」
アキラ「ちっ…。」
アキラは視線を逸らす。
アキラ「フリードはただの筋肉馬鹿じゃなく意外と賢いからな。誰にもしゃべるなよ。もししゃべったら世界のどこに居ても殺しに行ってやる。」
そう言われて俺の背筋がゾクゾクする。恐ろしいまでの殺気を放っているがそのせいじゃない。いつもアキラが俺のことを考えているかと思うとうれしさでゾクゾクするのだ。
フリード「誤魔化さないのか?」
アキラ「さっき言った通りだ。フリードは意外と賢い。ここで無駄に誤魔化しても意味はない。どうせお前は確信してるんだろう?ならば話して口止めしておく方がまだマシだ。」
今日のデートで色々話したのがよかったんだろう。アキラの中で俺の評価は結構上がっているようだ。
アキラ「最近召喚された者達とは会ったことがあるか?」
フリード「ある。つい先日バルチア王国の舞踏会でお披露目されてたぜ。」
アキラ「名前は?」
フリード「ヒデオ=セカイ、ミコ=ヤマト、ヒロミ=ハカナの三人だ。」
アキラ「ちっ…。」
アキラは俺に背を向けて海へと向き直った。知り合い…か?
アキラ「俺について余計な詮索はするな。言いふらすことも禁止だ。破ったらわかるな?」
冷たい声に凍りつくような殺気だ。普通の者なら失禁して腰を抜かすか気を失うだろう。だが今俺はそれより大変なことになっている。後ろを向いているアキラの猫耳がピコピコと動いている。その仕草のかわいさに恐怖など感じている余裕はない。今すぐ抱きしめてしまいたい。その衝動を抑えるのに精一杯だった。
フリード「俺はアキラに惚れている。いずれはアキラにも俺のことを好きになってもらいたい。妻にしたい。その相手の不利になるようなことを俺がすると思うか?」
アキラ「わからんな。その言葉が今の本心だったとしてもいつ心変わりするかわからないのが人間だ。それにその言葉が本当でも言いふらして謀略により俺が手に入るかもという策があれば実行するんじゃないのか?ちなみに何度も言うが俺は男だからな。フリードのことを異性として好きになることも妻になることもないからな。」
アキラは俺に向き直りじっと目を見つめてくる。さっきほど険しい顔ではないが真剣に俺を見つめてくる。
フリード(あああ~~~~!そんなに見つめないでくれ!抱きしめてキスしてしまいそうになる!)
俺の精神は悶絶死寸前だった。
アキラ「まぁいい。戻るぞ。」
アキラはこの話はお終いとばかりに俺の横を通り抜けさっさと帰路に着く。
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フリード「やっぱりこうなったか。」
帰りに旧市街の廃墟で男達に囲まれた。身包み置いていけとか女を置いていけとか喚いている。非常にまずい。相手は前後に二十人ほどもいる。狭い路地の上に崩れた建物や散乱したゴミのせいで非常に狭い。俺の長剣ではこの狭い路地では不利だ。その上獣人族まで混じっている。広い場所でなら獣人族とも戦える自信はあるがこの狭い路地では奴らの独壇場だろう。アキラもいるし魔法をぶっ放すわけにもいかない。
アキラ「どけ。10数える間に立ち去った者には何もしない。」
アキラが前に出てそんなことを言う。あまり挑発するなよ。俺一人なら逃げるだけなら何とかなると思うがアキラまで守りながらではそれも危うい。
追い剥ぎA「ぎゃはははっ!気の強いガキだぜ!ヒィヒィ啼かせるのが楽しみだな!」
アキラ「8…9…10。時間切れだ。」
アキラの姿が揺らめいた。次々に男達の手や足があらぬ方向へと曲がって倒れ伏す。その動きはかろうじて見える。獣人族の中でも相当上位のすばやさと体術だろう。我が軍の精鋭獣人族部隊になんら引けを取らない。俺の目には何とか見えるがそれでも対処は不可能だろう。見えるのと対処できるのでは大きな壁がある。実際にアキラより体格の良い獣人族も成す術なく手足をへし折られている。わずか数秒で前にいた追い剥ぎの手足を全てへし折ったアキラはクルリと向き直り後ろの奴らにまで向かって行った。
フリード「後ろの奴らまでやる必要あったのか?もう戦意はなくなってただろう?」
前に十二人、後ろに九人いたようだ。ほんの十秒ほどの間にアキラが全員片付けてしまった。
アキラ「立ち去る者には危害を加えないと警告したはずだ。立ち去らなかった者は例え途中で戦意を失ったとしても見逃す対象にはならない。逃げる機会を与えても自分が有利と思っている時は引かず不利を悟ってから見逃して欲しいなど都合の良い理屈が通るはずもない。」
フリード「確かに言ってることはわからんでもないが、その理屈でいけば戦争相手と停戦や終戦は訪れんな。相手を皆殺しにするまで止まらんぞ。」
アキラ「どうせ生きていても犯罪しか犯さんクズ共だ。更生などあり得ない。人間は生まれながらに悪だ。自分が得をするためには他人を貶める。楽をするためには他人に押し付ける。その場凌ぎで反省した振りをしてもまたすぐ犯罪を繰り返す。殺して何か不都合があるか?生かしておくほうが不都合がある。」
アキラの顔は冷徹だ。何の感情も伺えない。ゴミや虫けらを見る目で追い剥ぎ達を見ている。俺に向けていた冷たい表情などとは比べ物にならない。手足をへし折られ一箇所にまとめて並べられながら呻いている追い剥ぎに何の感情も持っていないのだろう。俺はこの時初めてアキラに恐怖心を抱いた。それと同時に胸がざわつく。このままアキラを放っておいたらどこかへ行ってしまいそうな…そんな予感がする。
フリード「それでも!全員殺して回る必要はないだろう!確かに人間は愚かだ。よってたかって弱い者を虐げる。自分より持つ者を妬む。持たない者は蔑む。自分が楽をするために他人の物を奪う。でも、だからってそれを全てアキラが殺して回る必要はないだろう?裁かれるべき者は裁かれるんだ。」
アキラの両肩に手を置いて俺の方を向かせる。アキラは少し驚いた顔をしている。
アキラ「本当に裁かれるべき者が裁かれるならいいだろう。だが果たしてそうか?捕まりもせずのうのうと暮らしている奴の方が多い。捕まって裁かれても加害者の人権を侵害していると言われ保護されて人権を侵害された被害者のことは無視される。犯罪を犯した者得の裁きに意味などあるのか?本来被害者の損害や人権侵害に対して補償されるべき裁きで一番に考えられるのが加害者の人権などとふざけた話があるか?殺された被害者はすでに死んでいるからその者の人権などもはやどうでもよく、まだ生きている加害者の人権を一番に保護するのが正義か?そんなものはクソ食らえだ。そんなことなら俺が……っ。」
後半は何を言っているのか俺には意味はわからなかった。だがそれはアキラの居た異世界の事情を言っているのだろうと察しはついた。だから俺はアキラを抱きしめた。今だけは今までとは違う。やらしい気持ちなど微塵も湧いてこない。ただ…辛そうに声を荒げるアキラが見ていられなくて…どうしていいかわからず、とにかく優しく抱きしめていた。
フリード「俺が造るから。誰も理不尽な目に合わない世界を…。犯罪のない世界なんてできはしない。だけど相応の報いは受ける世界を造るから…。だから…そんな辛そうな顔をしないでくれ。」
強張っていたアキラの体から徐々に力が抜けて俺に体を預けてくる。落ち着いてきたようだ。そうなると俺の中の悪い部分がムクムクと顔を出す。アキラの背は俺に比べて低い。だが胸は身長に比べて大きいようだ。下の方にやわらかい感触がある。俺の今日の装備は鉄製プレートの胸当てをしているが胸から下は下に着ている服がむき出しだ。当然むにゅむにゅと柔らかい感触が当たっている。抱きしめた背中も柔らかく抱いているだけで気持ちいい。アキラの体から昇ってくる香りも良い匂いだ。首を下に向けてアキラの頭の上に顔を付ける。クラクラするほど良い匂いだ。柔らかくて気持ちいい。女の良い匂いがする。当然俺の息子もムクムク顔を出すわけで…。
アキラ「っ!この変質者がっ!」
密着した状態からなのに器用に俺の鳩尾に拳が叩き込まれる。
フリード「おふぅ…。」
俺はその場で崩れ落ちた。顔を真っ赤にして恥ずかしがっているアキラは非常にかわいかったのだが、地獄の苦しみとアキラの姿に和む天国の両方を同時に味わうことになるのだった。
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アキラは追い剥ぎ共に止めを刺したかったようだが縛り上げて放置し警備隊に通報することで落ち着いた。さっき抱きしめて以来またフードを被ってしまって俺との立つ距離も離れたようだ…。やっぱりまだ早いうちから欲望に負けちゃいかんね。折角良い感じになってたのに…。だが俺は前向きに考えることにする。最初がすでに最悪の状態だったんだ。今はあんなことをしてもまだ隣を歩いてくれているだけ心が近づいたと思っておけばむしろ喜ぶべき前進だ。
アキラ「………。俺は男だからな。男に抱きつかれて喜ぶ趣味はない。さっきは取り乱してただけだ。」
ぼそりと呟いた言葉は俺にははっきり聞こえていた。
フリード「あんなに柔らかくてむにゅむにゅした物がついてて女の良い匂いがするのに男なわけ…待て待て謝るからその拳を下ろしてくれ。」
ゆらりとゆらめき拳を握りながら近づいてくる。恐ろしい。あの地獄の鳩尾突きはもう二度とごめんだ。
アキラ「まぁいい。色々あったが今日は一応助かった。礼は言っておく。」
フリード「気にするな。役得もあったからな。」
一瞬ぴくりと拳が動いたが自重してくれたようだ。
アキラ「じゃあな。もう会うこともないだろうが。」
フリード「またな。暫くは会えないかもしれないが。」
アキラ「………。」
またフードを被っているので表情は見えないが俺をじっと見ているのがわかる。
アキラ「…ふぅ。変な奴だな。じゃあな。」
フリード「ああ。次に会った時こそ俺に惚れてもらうよ。」
アキラはもうそれ以上何も言わず街の雑踏へと消えて行った。
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アードルフ「何か良いことでもあったのか?」
ブレーフェン滞在中泊まることになっているアードルフの屋敷へと帰るとニヤニヤしながらアードルフが話しかけてくる。
フリード「なんだよ?藪から棒に。」
アードルフ「いや~?貴族は生まれる前から婚約者が決まっていることもあるからな。年齢なんて問題じゃないよな?」
アードルフの言いたいことはわかった。つまり俺がアキラと歩いているのを把握していたんだろう。アキラは背が低いので小さな子供を連れ歩く。そういう趣味だと思われたというわけだ。
アードルフ「いくら失恋したとはいえ相手は選べよ。」
俺が失恋して自棄になって小さな子供に手を出したとでも思っているんだろうか。
フリード「その失恋した相手が今日のデートの相手だ。」
アードルフ「……あ?」
アードルフはぽかんとしていたが気にせず俺の滞在する部屋へと入っていった。その後俺は一週間ブレーフェンに滞在していたがアキラに出会うことはなかった。だが俺は焦っていない。アキラとはまた会えると確信している。俺はアキラにより良い世界を造ると約束した。だから今はそのためにやるべきことをする。いつかまた出会った時に胸を張って会えるように。




