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転生無双  作者: 平朝臣
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第十一話「ブレーフェンでの出会い」


 格好良く旅立つはずだった俺だが実はまだ師匠の庵にいた。師匠とガウも結局は同行することになり、その準備のために戻ったからだ。二人は特に何も必要ないと言っていたが戻って準備するように俺が言ったのだ。円滑な人間関係のためには長期不在になる場合、連絡をしたほうがいいのだが師匠はベル村には連絡する必要はないと言うのでそちらは師匠の判断に任せている。村のほうから師匠を訪ねて来ることはなく、師匠も気が向いた時に行くだけなので何ヶ月も音信不通は当たり前だったのだとか。


 ともかく三人全員がこの庵から出て行くことになるので食料等は置いていっても全て駄目になってしまう。あるだけ全部俺のボックスに詰め込むことにする。師匠とガウの着替えもあるだけ全部持っていく。出先でも師匠の趣味の機織りが出来るように機織り機まで一式全部詰め込んだ。結局家中の物ほとんど全部になってしまったのでこの庵はほぼもぬけの殻だ。庵にあった物ほとんどを詰め終わり今度こそ三人で旅立つ。


 ちなみに今俺が着ているのは最初に着ていたゴスロリドレスだ。師匠は相変わらず肩が出るように着崩した巫女服でガウはかぼちゃパンツが見えているワンピースだ。師匠が言うにはこのドレスはパワーアップしているとのことだ。


アキラ「どこがどうパワーアップしたんですか?」


狐神「よくぞ聞いてくれたね!まずはどれす各所のふりるが大幅に変更されて増えているんだよ!さらに胸の空き部分をぎりぎりまで狭めることによってアキラの胸がさらに強調されるように変更。編み上げぶーつにはりぼんを追加、下着はがーたーすとっきんぐに変更しているよ!」


 なんだそのパワーアップは…。それは必要なのだろうか?


アキラ「…それだけですか?」


狐神「それだけとはなんだい!アキラの魅力がさらに引き立つように苦労した会心の出来だよ!」


アキラ「はぁ…そうっすか…。」


 編み上げブーツはドレスのスカートでほとんど見えないのでリボンが付いていてもいなくてもほとんど見える機会はないだろう。戦闘で激しく動けばたまには見えるかもしれない…。下着に至っては見えてはいけないので見えないのは当たり前だ。確かにガーターストッキングを履かされているが何を履いているかわかる者などお風呂で見たことがある師匠とガウだけだろう。


狐神「まったく…。このすばらしさがわからないようだね…。一応防御力も上がっているよ。」


 神である師匠の織った衣類は師匠の妖力を込めながら織られているのでそれだけでも普通の衣類とは比べ物にならないほどの防御力があるらしい。ドラゴン族でもなければ物理的に切り裂いたり貫いたりはまずできないとのことだった。特殊能力耐性も高く上位の魔人族や精霊族の魔法でも燃やしたりするのは大変難しいらしい。さらに着用者である俺やガウ自身も妖力で身を守るのでこの世界最強のドラゴン族の防御力をもゆうに上回ると師匠は豪語していた。実際にドラゴン族と出会ったことのない俺にはそれが本当かどうか比べる基準すら存在しないのだが…。


狐神「だいたいファルクリアにはアキラの妖力を貫通して攻撃を加えることができる者なんて二~三人もいるかどうかなのに服の防御力なんてなくてもいいだろう?」


 と言われてしまった。俺としてはファッションに興味もなく重い装備で動きが鈍るのも嫌なので身軽で動きやすく破れにくいならオッケーくらいにしか考えていない。


アキラ「俺にダメージを与えられる者は二~三人ってことですか?その者とは?」


狐神「一人は確実にいるね。先の話題でも出た最高神だよ。あとはもしかしたら隠れた強者が一人や二人はいるかもしれないってだけさ。現在私の知る限りで確実にできるのは最高神だけだよ。」


 師匠が言うには俺の意識を封印していたらしい最高神について詳しく聞いてみる。最高神とはファルクリアの創造神と言われているらしい。本当に創造神なのかどうかは確認のしようもないが現在ファルクリアの全てを管理しているのは確実とのことだった。師匠を含めて神格を得て神になった者達はその実力により神の階位で分けられている。階位は第一階位から第十階位までの十段階だが最高神はその階位に含まれない。ファルクリアのことわりの外にいる存在なのだ。例えば俺がチラシの裏に双六を作ったとしよう。その双六の創造神は俺だ。ルールも全て俺が自由に決められるし変更できる。もし気に入らないことがあったらやり直すなりルールを変えるなり何でもできる。そもそも気に入らないことという物自体を発生させないようにできる。その中のルールに縛られている者がルールに縛られない者に勝つことなど不可能なのだ。


アキラ「では最高神が敵になればどうやっても勝てないと…。」


狐神「その心配はないよ。最高神は誰にも手は貸さないし邪魔もしない。ただこの世界を見守っているだけさ。」


アキラ「でも師匠の予想では俺の意識を封印したんでしょう?」


狐神「ああ。巻き込まれて死んでしまったアキラをこの世界に転生させて意識を封印し、召喚された者たちが現れた時代に封印が解けるようにしたんだろうね。そんなことができるのはそもそも最高神しかいないんだよ。」


アキラ「手も貸さないし敵対もしないのと矛盾していませんか?何らかの意図があって俺にそんなことをしたんでしょう?」


狐神「まったく何もせず不干渉というわけでもないのさ。手助けや邪魔でなければ何らかの働きかけをすることはあるんだよ。例えば…巻き込まれた者への償い…とかかね。」


 なるほど。手助けではなく償いだと…。俺にはいい迷惑なんだがこれまでの俺が辿ってきた道は最高神なりの償いなのか。今の俺の状態は確かにこの世界に多数いる神の中でも相当高位の実力があり師匠といういわば保護者のような者とのつながりまで事前に準備されていたも同然だ。ここまで最高神の意図通りなのか、これからも意図通りなのか、すでに意図した所は終わっているのか。もしこれまでもこれからも最高神の意図通りなのだとすれば俺は最高神に操られているも同然だ。釈然としない物はあるがこれ以上考えても最高神の意図はわからない。俺は俺の思った通りにこれからも生きていくしかないだろう。


 『ぐぅぅぅ~~~』


 かわいくお腹の音が鳴る。音の主を振り返る。


ガウ「がうぅ~。」


 ガウのかわいらしい紅葉のような手が自分のお腹を押さえている。


アキラ「お昼ご飯にしましょうか。」


ガウ「がうは平気なの。」


 ガウは自分が足を引っ張るのが嫌だと思っているのか意地を張ってそう答える。朝一番に俺が出発しようとして一度引き返したとはいえ朝のうちに師匠の庵の片付けを済ませて出発していた。俺が一人でその気になれば全世界を隅々まで周るのもそう時間は掛からないが今はゆっくりと歩いている。それは別に師匠やガウの移動速度を考えてのことではない。前のアキラの記憶を辿りながら旅をしているからだ。アキラが高速移動した場所では同じく高速移動し、アキラが歩いた場所では同じように歩いている。同じ景色の場所に立つと前のアキラがどうしていたのかが思い出されるのだ。


狐神「ちょうどお昼頃だね。私はアキラのご飯をいただくけどガウは一人で先に進んでるかい?」


 師匠がガウに意地悪な質問をする。


ガウ「がうも一緒に食べるの!」


狐神「それじゃあみんなでお昼ご飯にしようかね?アキラ頼むよ。」


 だが本当は意地悪で言ったわけではない。ガウが意地を張っていたから師匠が食べたいから食べることにしたという風にもっていったのだ。


アキラ「それじゃあ準備しましょうか。」


 まず三人の手を洗う。師匠が俺の元々持っていた神水はもったいないと言うので新たに別の水をボックスに入れている。


狐神「この短期間ですでにこの水も神水になってるね…。ずっと持ってた方ほどじゃないけどこれでもそこらにある神水よりよっぽど良い品になってるよ。」


 保存して持ち歩くにはボックスに入れるのが一番便利なのだ。そしてボックスに入れておくと俺の神力を浴びて入れた物が変質してしまう。もったいないと言っていては入れた物を何も使えなくなってしまうので気にせずどんどん使う。続いてテーブルと椅子を取り出す。それぞれ腰掛けた前におにぎりと味噌汁と焼き魚を出す。お昼はこんな物でいいだろう。


狐神・アキラ・ガウ「「「いただきます(なの)。」」」


 こうして俺達は順調に前のアキラの旅路を辿っていく。



  =======



 旅立って二日目には北西の隣国、ガルハラ帝国領内へと入っていた。ファルクリアの馬車の移動速度がどれくらいかわからないが人間が馬車で移動していれば一週間以上はかかりそうな道のりだった。もちろん俺達ならガウが付いてこれる速度で移動してももっと早く着けるのだが前のアキラの行動通りにしているとどうしても遅くなったのだ。普通に歩いているかと思えば突然走り出したり、そうかと思えば急に立ち止まり明後日の方を向きながら何時間もじっとしていたり、行動が理解不能だった。何かあるのかと思って記憶と同じ所を見ても何も見当たらない。ただじっと空を見つめていたり森を眺めていたりなのだ。タイミング的にその時にはそこに何かあり今はそこになにもない、もしくはいないということでもない。何を考えていたのか思考まではわからないが何を見ていたのかは思い出されるのだ。結論から言えば特定の何かを察知したり見たりしているわけではなかった。何も見ていないとも言えるし全てを見ているとも言える。つまりただぼーっとしているのか景色を眺めているのかそんな感じなのだ。別に完全に同じ通りにしなくともその場所まで行けば思い出されるので途中から時間の無駄だと思って完全に真似することはやめた。


狐神「そろそろふーどを被ったほうがいいよ。あと神力も抑えるんだよ。」


 人間族は聖教の影響で他種族に対して排他的で差別的だ。ウル連合王国は自給自足の生活が基本であり自然信仰を持っているので他種族にも寛容だが他の人間族の国ではそうはいかない。自給自足では商業も経済もあまり発達しないので行商人等もあまりいないがこのガルハラ帝国では商業も盛んであり街道を進んでいると行商人と護衛の商隊等が頻繁に行き来しているそうだ。


 ここでガルハラ帝国についての情報を整理しておく。中央大陸北西に位置する国でウル連合王国の次に新しい新興国だ。人間族はほとんどの者が少なからず聖教の影響を受けているが当然国によってその扱いも違う。南部二カ国は同盟相手である獣人族の住む南大陸と南大陸へ渡るための南回廊があるため獣人族と友好的であり他種族に対してもある程度寛容だ。対して北二カ国と聖教皇国は何度も戦争をしている魔人族の住む北大陸と北回廊に接しており魔人族への恨み辛みが長年に渡って蓄積されている。だが北二カ国は体制の違いもあり他種族への考え方が違う。


 北東のバルチア王国は最も古い歴史を持ち現存する人間国家で最古の国だ。自国内に聖教皇国もあることからわかる通り聖教の教義にも忠実であり他種族に対して最も厳しい国でもある。魔人族との戦争があるため労働力や兵力の確保のために他種族を完全に排除はしないが基本的にバルチア王国にいる他種族は奴隷扱いが当たり前だ。


 それに比べて北西のガルハラ帝国はドライで現実的な政策を採っている。帝国では実力主義が敷かれ他種族であろうと実力があれば重用され出世できることになっている。もちろん実際には差別意識があり同じ実力同士であれば人間族のほうが優遇される。それでも他国に比べればまだ可能性があるだけ他種族が集まりやすく努力するというわけだ。魔人族に対抗するため優秀な者を集め、失っても痛くない者を戦場へと送り出す。ひどいやり方ではあるがそれでも他国よりはマシだとさらに人が集まる。俺からすれば反吐が出そうな話だが本人達が納得してやっているのなら俺から何か言うことはない。バルチア王国のように強制的に奴隷にしているのなら話は別だが…。


 そういうわけでガルハラ帝国では他種族でも多少は生きやすい。俺達は外套で体をすっぽりと覆いフードを深く被って顔を隠す。耳がフードを押し上げるので他種族というのは見ればばれるだろうが比較的友好な獣人族とでも思ってもらえたらラッキーというわけだ。


 それから俺達は当然ながら道中でも修行を欠かしていない。能力は人間族から獣人族くらいに制限しつつ様々な修行を行っている。その修行の成果で神力を抑える技術も学んでいた。俺がこの世界に来た最初の頃は俺の意識がこの体に馴染んでいなかったせいか神力がかなり抑えられていたらしい。周囲に注意していなかったとは言え師匠が神山の庵に接近するのが俺だとわからなかったくらいなのだから。だが師匠との修行で俺の神力は普通にしていてもはっきりとわかるほど溢れ出てしまっていた。神である師匠などはここに神がいますよと大々的に宣伝しながら歩いているようなものだ。ガウですらすでに一人で人間族くらいなら簡単に滅ぼせてしまうほどの力があるだろう。こんな三人が神力だだ漏れで歩いていたら目立ち過ぎてしまう。魔獣達は恐れて近寄ってすらこないのは便利ではあるが人間族に見つかればどう考えても面倒なことになるだろう。耳付きなのはフードの上から見てもすぐにばれるので獣人族並に神力を抑えて獣人族の振りをすることにしたのだ。


 ガウは狼に変身しない限り姿形は普通の人間の子供にしか見えない。口の中までよく見れば犬歯が長く鋭いのだがそれでも人間で通る程度の物だ。なのでガウには人間の子供の振りをしてもらう。


 師匠は変化の術で姿を変え神力を抑えれば人間族に紛れることなど簡単だが俺が変化の術を使えない以上師匠だけ誤魔化しても意味がない。


アキラ「こんなものですか?」


狐神「ああ。アキラは問題ないよ。ガウはまだまだ神力が強すぎるね。もっと普通の人間並みに抑えてご覧よ。」


ガウ「がうぅ~。」


 これはこれでちゃんと修行になっている。神力を抑えること自体がコントロールの練習になっているからだ。それに抑えた状態でも技術は磨ける。小さな力をより精密に扱えるようになるのはそれだけで術の威力も精度も引き上げるのだ。



  =======



 その後街道を進み続け何組もの商隊や旅人風の者とすれ違ったが特に不審に思われることもなく順調に進んでいた。


アキラ「ちょっと待ってください。」


狐神「どうしたんだい?」


アキラ「ここで西に進んでいます。」


 俺達はウル連合王国からほぼ真っ直ぐに北上していた。ずっと北方面に進んでいたことと合わせて俺の予想では魔法を覚えるために北大陸の魔人族のところへ行ったのかと思っていたが、北回廊へ向かうのならここからさらに北東へと進まなければならない。だが記憶では街道の分岐点で西へと向かっている。


狐神「ここから西だと港町ブレーフェンがあるね。」


ガウ「がうがうっ!お魚なの!」


アキラ「港町…。海でも見に行ったのかな…。」


狐神「行ってみればわかるんじゃないかい。」


 師匠はカラカラと笑いながら進んでいく。北大陸へ行って魔法を覚えたいと思っていたのはアキラではなく俺の願望なのだろう。遠回りのようでがっかりした気持ちはあるがそのうち行くことはあるだろう。…まさか千三百年もかけて世界を周るってことはないよな…。


 そのまま港町ブレーフェンがあるという西に向かって街道を進む。日が傾きそろそろ辺りが夕焼けに染まりだした頃に丘の森の出口に差し掛かった。下り坂の向こうに平地が広がりその先に大きな街が見える。そしてそのさらに先には一面の海が見える。


狐神「あれがブレーフェンみたいだね。今夜はあそこで泊まるかい?」


 昨晩は当然野宿だった。ボックスには様々な資材や道具があり俺達は普通の人間とは違うので何の問題もなかったが宿に泊まれるのならその方がいいだろう。


アキラ「泊まれるなら泊まるほうがいいでしょうけど、師匠はこの国のお金とか持ってるんですか?」


狐神「私が持ってるわけないさね。」


 と言いながらカラカラと笑っている。野宿するならいっそこの丘の森の方が人に見られにくいから好都合かと考えていたらさらに師匠が続ける。


狐神「私は持ってないけどアキラは持ってるだろう?」


アキラ「え?ボックスにはお金なんて入ってませんよ?」


狐神「今お金じゃなくても街に行けばお金になる物はあるだろう?」


アキラ「なるほど。そういうことですか。」


 店等で買い取ってもらえそうな物を売るなり宿屋自体に何か物を渡して代わりに泊めてもらったり方法はいくらでもあるということだ。現代日本で生活していればお金で全て支払ってしまうためにすっかり盲点だったが現物払いなり物々交換なりいくらでも方法がある。街中でボックスから取り出すところは見せるわけにはいかないがどんな物が売れるかは一度店を見てみないとわからない。最悪何も売れそうになくて野宿することになっても俺達ならここまで一瞬で来れる。


アキラ「それでは一度街に行ってみましょうか。」


ガウ「がうがうっ!」


 俺達は街へと向かうことにした。坂を下りきると街道の両側には畑が広がっている。畑を眺めながら歩いていると背後から馬車が近づいてきた。俺達を追い抜いていくが地球での道路交通法で考えれば非常に危険な通り方であった。速度も落とさず横すれすれを通り抜けたのだ。追い抜いた馬車をよく見ると行商達とは違う高級そうな馬車だった。護衛についている騎馬の数も多く全員の装備が統一されている。馬車の扉には家紋らしき模様が描いてある。


???「止めろっ!」


 能力制限をしているとはいえ俺達の耳には馬車に乗っている者の声ですらはっきり聞き分けることができる。護衛についているのは傭兵ではなく騎士のようだし家紋付きの高級馬車に乗っていることから貴族か何かだろう。これは貴族様の通行を他種族ごときが妨げたとか何とか言われる黄金パターンであろうか?


狐神「あの紋章はガルハラ帝国皇室の紋章だね。」


 師匠が小声で教えてくれた。いきなり絡まれたのが皇帝一家の者らしい。正直ついてない。人間族の国家の一つや二つくらい潰そうと思えば潰すのは簡単だができればのんびりと旅がしたいのだ。


 少し先で止まった馬車から一人の男が降りてくる。声で想像した通り若そうな男だ。十代後半から二十代前半くらいに見える。顔は美形ではない。ワイルドな感じでハンサムではなく男前という感じだ。青い髪に青い瞳で短髪のボサボサ頭だ。体格はがっしりとしており高身長で190cm以上はありそうだ。とても皇室関係者には見えないが実力主義のガルハラ帝国では皇帝一家も前線で指揮するそうなのでもしかしたら皇帝もこういうタイプなのかもしれない。


???「おいお前。俺の正室にしてやる。」


 その言葉を聞いて師匠の方を見上げる。


???「そっちじゃない。真ん中のお前だ。」


 俺の左手はガウと手を繋いでいる。右手は師匠と手を繋いでいる。つまり真ん中は俺だ。俺達は相変わらず外套にフードを被っている。師匠はこれまで見かけたこの世界の女より少し身長が高いが外套の上からでも女性とわかる体型が浮かび上がっている。だが俺とガウは外套を着たままでは体型はほとんどわからない。顔もフードで隠れているので性別の判断すらできないはずだ。


アキラ「いきなり何を言ってるんだあの馬鹿は?」


 俺は師匠とガウと顔を見合わせてからつい本音を漏らしてしまった。


護衛A「貴様!殿下に向かってなんという口を利くのだ!」


 周囲の護衛や従者が騒ぎ出す。


フリード「待て。この者どもは俺が誰なのかわからんのだ。そう目くじらを立てるな。俺はガルハラ帝国皇太子フリードリヒ=ヴィクトル=フォン=ガルハラ第三皇子だ。」


 何か欧州某国の王侯貴族みたいな名前だな。第三皇子が皇太子なのは皇位継承権も生まれた順ではなく実力で決まるからだ。


アキラ「で?そのフリードなんとかさんが何の御用で?」


護衛B「無礼にもほどがあるっ!」


 腰の剣に手をかけた護衛Bを視線だけで制するフリードなんとか。


フリード「用件はさっき言った通りだ。お前を俺の正室にしてやる。」


アキラ「お断りします。」


フリード「断るだと?俺は次期皇帝だ。獣人族が次期皇后になれるなど普通ではありえない幸運であろう。普通ならば正室どころか側室にすらなれないのだからな。」


アキラ「俺は男だから男と結婚する趣味は持ち合わせていない。だいたい姿も性別も確認せずいきなり正室にしてやろうとか頭おかしいのか?」


フリード「くっくっくっ。俺の目は誤魔化せんよ。なぜ男のふりなどするのかは知らんがお前は将来必ず俺の妻になる。」


 確かに今の俺は女になっているので通りかかっただけで外套とフードに隠されている俺の性別がわかったのだとすれば驚くべきことではあるが、誰にでも声を掛けておけば約二分の一の確率で女に当たるのは俺でもできることだ。


フリード「男だから俺の妻になれんというのならそのフードを取ってみろ。お前の言う通り男だったら諦めよう。女だったら俺の妻になれ。」


アキラ「お断りします。」


フリード「男ではなく女だからだろう?」


アキラ「いや…、その条件じゃどっちにしろ俺に得がないじゃん。」


フリード「男だった場合諦めてもらえる。女だった場合俺の妻になれる。どっちもお前の得ではないか。」


 だめだこいつ。まるで話が通じない。だいたいまだ顔も見てないのに妻になれとか正室にしてやるとかとてもまともな奴とは思えない。これで俺がブサイクとかだったらなかったことにして逃げるんだろうか?


アキラ「どうしましょうか?」


狐神「とりあえずぶん殴るかい?」


ガウ「がうがうっ!やっつけるの!」


護衛A「貴様ら殿下に手を上げるつもりか!反逆罪で斬り伏せるぞ!」


フリード「今回はこれだけでいい。俺は用があるからもう行かねばならん。じっくり考えておけばいい。どうせ俺達は将来夫婦になるんだから考えても答えは一緒だがな。」


 そういうとフリードは馬車に乗り込みブレーフェンに向かって行った。あの勘違いや自信はどこから沸いてくるんだろうか…。


アキラ「あいつもブレーフェンにいるのか…。大きな人間の街に行くのは少し楽しみだったのに行くのが億劫になってきました…。」


狐神「私は寄らなくてもいいけど記憶はどうするんだい?」


アキラ「行きましょう…。そこそこ大きな街のようですし皇太子なんてそうそううろうろしてないでしょう。用があると言ってましたしきっと街中で出会うなんてありえないはずっ!」


 王侯貴族に馬車の通行で絡まれる黄金パターンと言えば確かにそうだが予想の斜め上の事態に遭遇してしまった。だが気にしても無意味なので気にすることなく日暮れまでにはブレーフェンの街に辿り着いた。ブレーフェンは港町として非常に栄えていた。ガルハラ帝国は北の前線に国中の穀倉地帯から集めた物資を送っている。南北に二本の街道が走っておりその二本をつなげるように東西に街道がつながっている。いわば梯子のような形につながっている街道での陸路が輸送の主な手段であった。しかし現在ブレーフェンの港は大拡張工事中でありこれが完成した暁には海路での輸送をすることになっている。海を渡ったり遠洋漁業には出られないが陸が見えるほどの近海では普通に船も使えるのだ。大陸沿いに北上していけば海路での輸送も可能であるということらしい。その港の拡張工事で非常に人が多く店も立ち並び街が栄えているのだ。ちなみにその計画の発案と指揮を執っているのがあの皇太子なのだった。


 ガルハラ帝国全体がこうなのかブレーフェンが特別なのかはわからないが街中には大勢の他種族が普通に生活していた。とはいえ人間族か獣人族ばかりのようだ。魔人族は戦争相手なので滅多にいないかいても奴隷や死刑囚だろう。ドラゴン族と精霊族は自分達の勢力圏に引きこもり出てこないらしいのでいない。妖怪族も隠れ住んでいるそうなので人里になど出てくることは稀らしい。紛れていても姿を誤魔化し人間として生活しているだろうと師匠は言っていた。


 日も暮れようかという時間にも関わらず街中には拡張工事関係者が大勢おり、その労働者達を目当てに露店等がたくさん出ていた。工事現場から宿屋街にかけては道中に露店が並び混雑が激しいので路地裏へと入る。普通の街の住人達が行くような店等を軽く見て周る。確かに雑貨屋や日用品を売っている店もあるし肉屋や八百屋のように食品を売っている店もある。だがゲームやラノベに出てくるような魔獣の素材を買い取ってくれるような所やギルドのような物は一切なかった。仕入れ等についても軽く世間話のように聞きだしてみたが問屋や大手商会から仕入れており持ち込みの買取などはしていなかった。不良品や食中毒があれば責任問題になるのである意味当然だが、きちんと契約書を交わして取引しているなどファンタジーっぽくない。俺達はアテが外れてしまったわけだ。


狐神「ベル村では物々交換でよかったからねぇ。」


 師匠といえど人間族との関わりはほとんどベル村だけだったようで考えが少々甘かったようだ。宿屋自体に交渉してみようかと周ってみたがどの宿屋も工事関係者で満室で交渉以前に空いている部屋がなかった。


アキラ「森で野宿でもしましょうか?」


ガウ「がうはそれでいいの。」


 もう夜になるので今夜は森で夜を明かして朝一番に記憶の景色を探そうかと思って三人で話し合っていると声をかけられた。


???「おねーちゃん達困ってるのかい?」


 声をかけてきたのは俺より少し小さいくらいの獣人の男の子だ。やや猫っぽい顔に猫耳が付いている。


タマ「おいらタマって言うんだ。今この街じゃ旅人が泊まれるような宿はないから困ってるんでしょ?おいらが泊まれる場所に案内してやってもいいよ。」


 タマか…。俺は前世の記憶があるから噴き出しそうになってしまうがこの世界では普通なのだろうか。街の住人なら見ず知らずの者がいればよそ者だとすぐにわかるのだろう。そして街の状態からして宿が取れないのもすぐにわかるというわけだ。


アキラ「それはありがたいが俺達は金は持ってないぞ。」


タマ「そうだろうね。大きいおねーちゃん二人は獣人みたいだし最初からあまり期待してないよ。困った時はお互い様ってじーちゃんがよく言ってるからさ。」


 やはりこの国でも獣人は扱いが低い。肉体労働で日銭を稼ぐか戦場などの危険な場所に出て立身出世するしかないようだ。


アキラ「それは建前で俺達が獲物を持っていたらそれで払ってもらいたいってことだろう?」


タマ「へへっ。まぁそういうこと。じゃあ付いて来なよ。」


 タマに案内されて歩いていく。街の中心からどんどん離れてスラム街のようになっていく。姿は隠しているが俺達には気配で周囲に人がいるのがわかる。その気配は獣人族のものだ。ここは獣人族の住む地域ということだろう。


タマ「じーちゃんただいまー。どうぞおねーちゃん達。ここが今夜泊まる宿だよ。」


アキラ「タマの家か。」


タマ「そーゆーこと。」


ミケ「タマ帰ったのか。お客さんか?わしはタマの祖父でミケという者じゃ。」


狐神「私は………キツネでこっちはアキラ。ちっこいのはガウだよ。」


アキラ「こんな簡単に受け入れていいのか?俺達が良からぬことを企んでいたらどうする?」


ミケ「困った時はお互い様じゃ。何か企んでおってもこの家には盗る物などな~んもありゃせんよ。」


 俺や師匠は獣人族の振りをしているのでこんなに信用して困っている仲間として受け入れてくれているんだろう。騙しているのは心苦しいが正体を明かすわけにもいかないので素直に好意を受けることにする。


タマ「え?おねーちゃん達ちょー美人じゃん!」


 外套を脱ぐと尻尾でばれてしまうのでフードだけ取るとタマが騒ぎ出した。よそ者が来たから警戒していたのか外で様子を伺っていたほかの獣人たちも俺達の容姿に興味津々になったようだ。他人の家を覗いていたのはどうかと思うが…。ちなみに今更だがミケは三毛ではない。こちらの世界では知らないが地球では三毛猫はほぼ雌しかいない。だがミケは名前はミケだが三毛猫ではなかった。じいさんに興味はないからどうでもいいことではあるが…。


 とりあえずミケとタマの家に泊めてもらえることになった。部屋は俺と師匠とガウの三人で一部屋だがいつもそうだったから問題ない。この家には他には誰も住んでいないそうだ。タマの両親が使っていたという部屋が俺達に割り当てられた部屋だそうだがわりと小奇麗だった。事前に打ち合わせしておいた通り俺は猫人種、師匠は人狐種、ガウは人間族の子供ということにしておいた。ミケとタマも猫人種だ。同じ猫人種で一見年齢も近そうなせいかタマには随分と気に入られたようだ。


タマ「アキラちゃん遊ぼうよ。」


 まだ子供の癖に下心ありありで俺にじゃれついてくる。いくら子供とはいえ男にじゃれつかれて喜ぶ趣味はない。


アキラ「俺は夕食の準備がある。ガウとでも遊んでろ。」


タマ「え~?そんなのじーちゃんとキツネおねーちゃんに任せればいいじゃん。」


アキラ「師匠の料理の腕は壊滅的だぞ?それに世話になるから料理くらいは俺がやる。」


 そう言ってさっさとタマから逃げ出す。エロガキが遊んでる振りをして胸を触ったり抱きついて顔を埋めたりするのだ。


 さて料理だが俺達はカモフラージュのために旅用の袋も持ち歩いている。膨らませるためにどうでもいい物を詰めているだけで碌な物は入っていないが手ぶらで女三人が旅をしているなど異常だからだ。俺と師匠は一応腰に剣をさげて旅用の袋を持ち歩いていた。ガウはリュックのような物を背負っているだけだ。俺と師匠は尻尾が多いので外套を膨らませて尻尾を誤魔化す意味もある。ボックスには調理済みの料理が入っているがそれを出すとおかしなことになるので袋から取り出す振りをしてボックスから未調理の食材を出す。旅で持ち歩いている設定なので干し肉や干し魚等日持ちのする物とお米でいいだろう。小瓶に入れた塩胡椒醤油等で味付けをして焼くだけ簡単料理だ。お米は俺が食べたいので普通に炊く。精霊魔法で着火するとまずいので面倒だが火打石で火を点ける。ミケが野菜を出してくれたので干し魚も入れてスープにすることにした。金も持ってない旅人の設定だからこれで十分だろう。


タマ「うお~。すげー。今日はご馳走だー。」


ミケ「こんなに食材をいただいていいのかね?」


アキラ「部屋をお借りするのです。これくらいでは足りませんでしたか?」


ミケ「いやいや。催促したわけじゃないんじゃよ。これでも十分すぎるくらいでのぅ。」


狐神「それじゃいただこうかね?」


全員「「「「「いただきます(なの)。」」」」」


 食後もじゃれつこうとしてくるタマを何とかかわし今日は休むことになった。この家にお風呂はないしあのエロガキがいるのであってもうかうか入れない。早くも庵の露天温泉が恋しくなってきていた。



  =======



 翌朝俺は記憶探しに街へ探索に、師匠はガウに用があると言って二人で森に行くことになった。何日この街にいることになるかわからないのでミケにお世話になれるか聞いたところタマも喜ぶし食事が豪華になるので何日いても構わないと言われている。


アキラ「それじゃ今日は夕方まで別行動でこの家で落ち合いましょう。くれぐれも目立たないように。」


狐神「はいよ。それじゃまた後でね。」


ガウ「がうぅ。ご主人と一緒がよかったの。」


 今日は別行動でそれぞれの目的を達成するため別々の方へと歩いて行った。



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