第九十九話「二面機神ムルキベル」
部屋に帰って来た俺は一人考え事をする。コーテンも太古の大戦より遥か後に生まれた若い世代であり、他の同種達とも交流がないからそれほど詳しいわけではないと前置きされてから話を聞いた。
古代族には三つの種があった。恐らくヨモツオオカミなどの親の世代の時には一つに纏まっていたのかもしれないが、簡単に言えば長女派、長男派、次男派の三種だ。
そして次男が最も強い力を持ち、母であるヨモツオオカミと別れて旅に出てからは内面も成長し古代族の族長になった。
しかし長女派や長男派は大人しく従わなかった。表面的には従っている振りをしながら裏で何かと画策していたらしい。
そして太古の大戦が勃発する。ここからは俺やコーテンの推測でしかないが恐らく長女派や長男派が他族を誑かしそれに乗った者達が次男派へ反旗を翻したのだろう。
そうだ。つまり太古の大戦とは古代族と、妖怪族を除いた五族との戦いではなく、古代族の次男派とそれ以外の古代族及び五族同盟との戦いだったのではないかと思われる。これによりさすがの次男派も敗北してしまった。
しかしこの説が正しいとすれば一つわからないことがある。五族同盟はそのまま後の世界の分割支配を行っているが長女派と長男派はわかっている限りではどこにもいない。
だから今日まで『古代族は滅びたのだ』と信じられてきた。確かに古代族と五族同盟の戦いで古代族が滅んだのだということにした方が一見辻褄が合う。
だが次男派だけが滅ぼされたのだと考える方がしっくり来る部分もある。そもそも俺が考える古代族に五族同盟如きが勝てるはずはない。
クロも似たようなことを言っていた。ただクロは制約と相克で力を増した魔人族とドラゴン族のお陰で辛うじて勝利出来たと考えているのかもしれない。
しかしそうだろうか?遺跡に見られるような文明や技術力。そして知る限りの古代族の強さからしてそんなもので滅ぼせたとは思えない。
その古代族を滅ぼすためには五族同盟側にも古代族並の強さと技術力を持った者達がいなければ勝負にすらならなかったはずだ。
それが即ち長女派と長男派であった。と考えればしっくりくる。だが先に言ったようにそれはそれでわからないことが出てくる。
それは長女派と長男派は何が目的であったのか?ということだ。それはもちろん次男派を倒すためだと思うだろう。
だがその次男派を倒した後に長女派と長男派は後釜に座っていないのだ。世界のどこも支配していない。次男派に変わって世界を支配することが目的ではなかったのならばなぜ次男派を滅ぼさなければならなかったのかがわからない。
そしてその後どこへ行ったのか?今どこにいるのか?これらがわからないために推理などで重要な何故そんなことをしたのかという動機の部分がわからない。
何故そんなことをしたのか。それをしたことによって何を得たのか。そしてその後どうなったのか。これが説明出来なければただの妄想と変わらない。
結局はコーテンから聞けたのも僅かな情報でしかなかったということだ。それにコーテンは紺色の異様な神力を持っていたがその使い方や特殊能力は知らなかった。
俺もコーテンの神力を見たお陰で紺色の神力は出せるようになったが、どんな能力なのかもまるでわからない。これでは結局使えないのと変わらない。
中途半端な情報を得たせいでますます謎が深まっただけのような気がしないでもない………。
アキラ「………はぁ。」
シルヴェストル「どうしたのじゃアキラ?」
俺が溜息をつくとシルヴェストルが俺の膝の上に乗りながら俺を気遣ってくれた。
アキラ「いや…。何でもない。」
シルヴェストル「………そうか?恋の病かの?」
アキラ「………は?」
シルヴェストル「恋焦がれる男が現れたのじゃろ?」
………。どうやらシルヴェストルは俺がコーテンに恋して悩んでいると思ってるらしい。
アキラ「俺が男に恋なんてするわけないだろ?あまり冗談が過ぎると悪戯するぞ?」
シルヴェストル「もっ、もうしておるのじゃ!」
俺は膝の上に乗るシルヴェストルの体をつつつっと撫で回した。くすぐったそうにビクビク体を震わせているシルヴェストルが艶かしい。
ルリ「………あっくん。ルリも………。」
俺とシルヴェストルが戯れているのを見てルリも俺の隣に座り抱き付いてくる。
オルカ「ご主人様ご飯の用意が………。ピィ!私も孕ませてくださいぃぃ!」
俺達を呼びに来たらしいオルカまでこの痴態を見て興奮したらしい。久しぶりに性的興奮状態になったオルカまで参戦してきた。
この後フランがあまりに遅い俺達を呼びに来るまで暫くこの痴態は続いたのだった。
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予定より一泊多くなったがケンテンの故郷で二泊して出発することになった。一泊余計に留まった理由はもちろんコーテンのためだ。
コーテンから色々話を聞いたり紺色の神力の使い方を習おうと思ってのことだった。ただ結果は前述通り得る物はほとんどなかった。
聞いた情報も中途半端で判然とせず、紺色の神力の使い方もわからないままだ。
それから俺が一泊多く留まると言ったことやコーテンと一緒に居たことでパーティー全員から俺がコーテンに好意を持っているという勘違いをされてしまった。
いくら否定してもますますそう思われるだけだからもう反論もしないことにした。そう思いたければ勝手にそう思っていればいい。
実際にはそれは単なる勘違いだ。自分が誤った認識を持っているというのにそれを指摘しても聞き入れないのなら勝手に誤った認識のままでいればいい。
俺とコーテンがどうにかなるルートは存在しない。俺も紺色の神力を見ただけで使えたことから俺とコーテンが同種であるというのはそうなのだろう。
そしてコーテンが言うように記憶にある限りで初めて父方の同種と接したために色々と俺に影響があったのは事実だとしても、だからと言ってあいつと俺がどうにかなるなんてことは決してない。
コーテン「それじゃ気をつけてね。」
見送りに来たコーテンがそう言い歯をキラリと光らせた。うぜぇ。キザな野郎は嫌いだ。この際はっきり言ってやろう。
アキラ「うっ…、うん…。また…ね。」
………。何言ってんだ俺はぁぁぁぁ!モジモジするな俺の体よ!くあああぁ!こんなの俺じゃない!もうさっさと立ち去る!そして二度と来るもんか!
俺はそのまま皆を置き去りにして走り去ったのだった。
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ケンテンの故郷を出発してから記憶のルートまで戻った。ヴァルカン火山の近くだ。この後も素直に記憶のルート通りに北回廊へ向かわずにウィッチの森へ行こうと思っている。
ミコ「アキラ君そんなにお別れするのが辛かったんだね。」
狐神「それなら一緒に連れてくればよかったのにねぇ。」
フラン「アキラさんにもついに男性の恋人が………。」
いつもの三人は好き勝手に言ってくれている。その内容は俺とコーテンの仲についてだ。でも違うからな。あんな奴のことなんて何とも思ってない。
ティア「皇太子さんが可哀想ですね。」
シルヴェストル「ポッと出の男に奪われたとあっては悔しいじゃろうな。」
ティアとシルヴェストルまで………。
ルリ「………あっくんに男が出来てもルリの気持ちは変わらない。」
ルリはそっと俺の腕に自分の腕を絡めながらそう言う。慰めているつもりなんだろうが余計に嫌な気持ちになるからやめて欲しい。
キュウ「ネトラレでぇ、興奮する方もぉ、おられるから大丈夫ですよぉ。」
………何が大丈夫なんだろうか?
アキラ「っていうか何でそんな言葉を知っている?!」
クシナ「………。」
クシナは何も言わずに後ろから俺の外套の端を掴んでる………。何かその表情が悲しそうで碌なことは考えていないんだろうなということだけはわかった。
ガウ「がぅ~…。がぅ~…。」
俺に抱かれて寝息を立てているガウだけが心のオアシスだ。今日はクロじゃなくてガウを抱いている。ここ最近はクロにこの席を奪われていたから今日はガウが俺に甘えたがってこんなことになった。
でもそのお陰で俺は辛うじて心の均衡を保っていられる。もしガウを抱いて癒されていなければきっと俺の心はボロボロになっていただろう。
そんな俺にとっては地獄の行軍の中ようやくウィッチの森に辿り着いた。
ドロテー「おかえりフラン。」
フラン「ただいま戻りました大お婆様。」
いつものようにテテテとフランがドロテーに駆け寄る。その姿は何か可愛らしい。
ドロテー「それでそちらはアキラ様の新しいお嫁さんかい?」
俺はドロテーの視線を追って振り返る。そこにいるのは………。
ムルキベル「……私はその…、えっと…。」
ケンテンの故郷以来ずっと女型のままのムルキベルだった。
アキラ「こいつのことも何とかしないといけないな………。」
これまでムルキベルのことも放置でなるようにさせてきたけどそろそろ何か考えなくてはいけないだろう。古代族のことも気になるが、わからないことを考えるよりまずは目の前の問題から解決していこう。
差し当たって解決すべき問題はムルキベルとクシナの件か。あとオルカもいい加減そろそろどうするのか考える必要があるだろう。
まぁオルカの件は決まってそうな気はするが………。ここで俺がオルカを愛妾にしなくともオルカは残りの一生を俺のために捧げるのだ。
それならば俺がオルカを愛妾として受け入れてあげるべきだろうと思う。その選択肢しかないことはもう前からわかってたはずだ。覚悟もしたはずだ。
だけどいざそれを決めようと思うとつい二の足を踏んでしまう。全世界と戦争することになっても躊躇などしない俺が女のことになると途端にこれだ。
別にオルカのことが嫌いなわけじゃない。むしろ可愛いし好きだ。でも嫁にする気もないのにこんなに何人も愛妾を囲っていていいのだろうか。
………でもそれぞれ外せない理由もあるから仕方がないのか?ハゼリやブリレは俺の力を受けて今の姿になった。だから俺に逆らったり裏切ったりなんて出来ない。そして離れたくない理由にもなり得る。
オルカだって種族柄一度愛した相手を生涯愛し続けて他の者と交わることはない。もうオルカが俺を愛し俺だけに尽くすのなら今更俺がオルカを捨てても不幸にしてしまうだけだ。それなら俺の愛妾としてでも囲った方がまだ幸せなのかもしれない。
とにかくゆっくり出来るのはここが最後だろう。次にゆっくり出来るのは神山の龍神の封印を解いた後になりそうだ。ならばこのウィッチの森でゆっくり出来る間に残った問題を片付けてしまおう。
俺はどうやって解決するか考えながらこの村でいつも泊まっている村役場へと向かったのだった。
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まずムルキベルをどうすればいいか考えよう。なぜムルキベルからなのか。それはいくら考えても答えが見つかりそうにないからだ。長い時間の思考と試行が必要になるのなら先に取り掛かった方が早く終われる可能性が高まる。
それにクシナは俺がクシナを口説けばいいだけだしオルカももう決まってるようなものだ。後は俺がそれを実行出来るかどうかの問題であって難しいことを考える必要はない。
精々考えることと言えばクシナをどうやったら口説けるかとか、どういうデートをしようかとか、オルカを愛妾に加えるのに何て言えばいいのかとか、考えるのはその程度のことだ。
することが決まれば即実行だ。まずはムルキベルを呼び出す。
ムルキベル「お呼びでございますか?」
ムルキベルがカクンと小首を傾げて何の用か尋ねてくる。女型になってるムルキベルは本当に可愛い。それはつまり俺が自分で自分のことを可愛いって言ってるのと大差がないのだが事実なので仕方ない。
とにかくムルキベルが自分をどうしたいのか。それを聞いてみなければどういう解決をすればいいのかもわからない。
アキラ「お前はその男型と女型に変化することをどう思っている?どうしたい?何とかしたいのか?それともこのままがいいのか?」
ムルキベル「それは………。」
ムルキベルは言い淀み顔を伏せた。それは何か思うところはあるが言い難いということだろう。
アキラ「何を遠慮しているのか知らないが思った通りに言ってみろ。でなければ俺も判断も解決も出来ないからな。」
ムルキベル「はい……。あの…、何度も変わっているうちにわかりました。どちらの私も本当の私なのです。ですからどちらかになりたい、どちらかをなくしたい、という考えはありません。ですが………。」
そこでムルキベルはチラリと俺を見てまた言い難そうにする。俺に対して何か思うところがあるから言い難いのだろう。だが一体何だろう?俺がムルキベルに何かしただろうか?
ムルキベル「私の意図しない時と場合に勝手に変わってしまうのは困ります………。」
………そういうことか。ムルキベルの男型と女型が切り替わるのは俺の影響だ。それはもうここまでの旅で証明されている。
そしてムルキベルの立場で俺にそれを言うということはつまり主君に向かって『お前のせいで意図しないタイミングで体を切り替えられていい迷惑なんだよ!』って言っているのと等しい。
もちろん俺は仮にはっきりそう言われても怒りも否定もしない。そんなことを気にしたりはしない。だがだからと言ってムルキベルの方は『だったら好き放題言わせてもらいます。』とはならない。
それでも今回ムルキベルにとってはそれを言うのと等しいほどのことを俺に言ったと思っているのだろう。だからムルキベルは恐縮して苦しそうな顔をしているのだ。
アキラ「ムルキベルがそんな顔をするな。お前にそんな苦労をかけているのは全て俺の責任だ。」
ムルキベル「いっ、いえ!違います!アキラ様のせいではありません!」
俺の言葉にハッとした顔になったムルキベルは慌てて否定してくれた。でもそれは違う。本当にムルキベルがこんなことで苦労しているのは俺のせいだ。
アキラ「ともかくムルキベルが俺に左右されずに自分の意思だけで男女の入れ替えが出来るようになればいいということだな?」
ムルキベル「それは…、はい…。そういうことになります。」
アキラ「ふむ………。」
俺とムルキベルは繋がっている上に俺に作られ俺の力で満たされているムルキベルは俺の影響をモロに受ける。
つまり一番簡単な解決方法は俺とムルキベルの繋がりを………。
ムルキベル「ちょちょちょっ、ちょっと待ってください。今アキラ様はとんでもないことを考えていませんか?考えていますよね?駄目ですよ!絶対駄目ですからね!それだけはやめてくださいぃ~~!!」
ムルキベルは俺の足に縋り付いて泣き始めた。うん…。可愛いし可哀想になってくるからこういう泣き落としをされたらホイホイ言う事を聞いてしまうのはよくわかる。
でも何で女型のムルキベルはこうなんだろうな。これではまるで性別が入れ替わっているというより全てが反転しているようだ。
アキラ「泣くな。どんな影響があるかもわからないのにいきなり繋がりを切ったりはしない。」
ムルキベル「ほっ、本当ですかぁ~?」
アキラ「本当だからもう泣くな。………それから俺のドレスに鼻水をつけるな。」
ムルキベル「あ゛あ゛!ずびばぜん゛~~~!!」
ムルキベルは慌てて俺のドレスについた鼻水を拭おうとする。だが上から鼻水や涙が次々落ちてくるために拭いても拭いても次々染みが出来ている。
そもそもゴーレムであるムルキベルに鼻水や涙を流す機能が必要か?俺はそんな機能を付けた覚えはないぞ。
ムルキベル「………あ゛っ!いきなり試さないということはいずれ試すということですか!?私を捨てないでくださいぃぃぃ~~~!!!」
一度落ち着いたように見えたムルキベルはまた泣き出した。やれやれ…。どうしたもんかね………。
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ムルキベルはゴーレムだ。人間のように筋トレをしたから筋肉がつくということはない。それはもちろん筋肉の話だけじゃない。全てにおいてムルキベルは鍛えたからといって強くなったりはしない。
ゴーレムは地球で言えば機械だ。機械は作られた時の能力で全てが決まるのであって、後で改造することは出来てもそれ自身が何らかの成長をすることはない。
この世界のゴーレムとはまさにそれと同じだ。だがこの世界は地球と違い色々と不可思議なことが起こる。ムルキベルを苦しめている性別の変化というのもその不可思議な現象の一つではあるが、ならば、いや、だからこそそれを何とかする方法もまたその不可思議な現象に頼るしかないのではないだろうか。
ただ俺の影響を受けないようにするだけなら魂の繋がりを切ればいいかもしれない。尤もムルキベルは俺の力の一部で動いているので例え魂の繋がりを切ったとしてもその力から影響を受けて改善されない可能性はある。
ただこれには色々と危険もあるし、何よりムルキベルがまた泣くからこの方法は使えない。どうしても他に手がない時の最終手段くらいだ。
じゃあそれ以外で何か有効な手段があるのか?そんなものあるわけない。あったらとっくに試してる。現時点ですでに手詰まりでお手上げだ。
俺はそのことで一人部屋で物思いに耽っていた………。
ドロテー「アキラ様、あまり根を詰めると体に毒ですよ。」
アキラ「………ドロテー。ありがとう。」
部屋の片付けに来てくれたドロテーが悩んでいる俺に声をかけてくれた。
アキラ「無理してドロテーがそんな雑用をしなくてもいいんだぞ?」
ドロテー「いいえ。これは私が望んでやらせていただいているのです。こうしてアキラ様の身の回りのお世話をさせていただくとまるであの頃のようでしょう?」
アキラ「本当にあの頃のままのようだ。ドロテーはあの時の可憐な少女の笑顔そのままだよ。」
ドロテー「まぁ!可憐だなんて………。ですがそれではなぜあの時私も連れて行ってくださらなかったのでしょうか?」
ドロテーはオーバーに驚いた振りをして悪戯っぽい笑みで俺を問い詰める。
アキラ「う~ん…。あの頃の俺と今の俺は俺であって俺でないから…。かな?」
ドロテー「ふふふっ。アキラ様はアキラ様ですよ。例え表面的に変わられたと思われていても本質は変わりません。アキラ様はアキラ様のままです。」
アキラ「ふふっ。そうか………。………ん?」
ドロテーの言葉を笑って受け止めた俺の脳裏にあることが閃いた。
アキラ「そうか………。なるほど………。ドロテーのお陰で助かった。」
ドロテー「ふふふっ。何か手助けになったのならば幸いです。………ところで、あのムルキベル殿と言われるゴーレムを分解してみてよろしいでしょうか?」
アキラ「………それはだめだ。フランもドロテーもウィッチ種は本当に魔法マニアだな………。」
ドロテー「あらっ?うふふっ。」
ドロテーは笑ってるけどあの目は絶対狙ってる目だよな………。
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ムルキベルを何とかする方法を思いついた俺はムルキベルを連れて森の中へと入って行った。
アキラ「よし。ここで試してみるか。」
ムルキベル「はっ!」
ムルキベルは男型に戻っていた。どうやらタイミング的に俺がドロテーと話していた頃くらいらしい。俺がドロテーに欲情したから?とんでもないことを言うな。
ドロテーはフランの曾祖母だ。自分の妻の曾祖母にそんな感情なんて抱かない。ドロテーが年を取っているというだけのことではなくて、フランの母のヘラにもキュウの母のサキムにもそんな感情は持ってない。
ムルキベルが変化していたのは別に俺の欲情が原因ではない。もっと内面的な、気持ち的なもののせいだ。だから恐らくドロテーと話しているうちに昔の気持ちになったからだと思う。
まぁそれはいい。今はムルキベルを何とかする方を優先しよう。
アキラ「恐らく大丈夫だとは思うが何のリスクもないとは言い切れない。それでも俺を信じて任せられるか?」
ムルキベル「はっ!我が忠誠には一片の揺らぎもございません!」
アキラ「うむ。」
ムルキベルの言葉には嘘も誇張もない。俺とムルキベルの魂の繋がりが揺らいでいないことこそが何よりの証だ。
アキラ「よし…。始めるぞ。」
俺がドロテーの言葉を聞いて考え付いたこと。それはムルキベル自身も言っていたことだ。すなわちどちらのムルキベルも本物のムルキベルであるということ。
性別が変化してしまうのをコントロールしようだとか、どちらかを抑えようだとか、そんな小細工など必要なかったのだ。
どちらも本当のムルキベルならばただそれを受け入れればいい。別々のものとして考えるのはナンセンスだ。二つはコインの表と裏のように切り離すことの出来ない別の一側面でしかない。
ならば二つを完全に同じものにしてしまえばいい。今は微妙に別々の二つの側面が俺の影響を受けてころころと変わっている状態だ。
だからそれを一つのムルキベルとして一体化してしまう。そうすることで俺からの影響ではなくムルキベルの意思のみによって両側面への変化を可能にする。
ただこれがそう簡単にはいかない。ゴーレムであるムルキベルの表面的な肉体を変化させるだけならば生みの親である俺には容易い。だがその内面を操作するとなると難しい。
本当に出来るのかすらわからない。だがムルキベルのこの問題を解決するためにはこれしかない。俺は慎重にムルキベルの中へと精神を繋げて入っていく。
そしてムルキベルの精神世界とでも言うような場所で見つけた。男型のムルキベルと女型のムルキベルが立つ間には透明なガラスのように目には見えないが確かに両者を隔てる何かがあった。
俺はそっとそれに触れた。すると一瞬で砕けて光る。その光に押し出されるように俺は現実世界へと戻ってきていた。
アキラ「どうだムルキベル?」
ムルキベル「はっ!まるで生まれ変わったような気分です。」
それはそうだろう。実際に生まれ変わったと言っても過言ではない。見た目は相変わらず成長した俺のようなままで変化はあまり見られないが内包する神力は桁違いに跳ね上がっている。
アキラ「体の方はどうだ?自分でコントロール出来るか?」
ムルキベル「はい。このように自由自在です。」
ムルキベルは女型へと変化しながら答えた。どうやらもう自分自身として完全にコントロール出来ているようだな。これならば俺に引っ張られて変化させられるようなことはないだろう。
アキラ「お前は進化した。これからは二面機神ムルキベルと名乗れ。」
ムルキベル「ははっ!」
再び男型に戻ったムルキベルは跪き頭を垂れた。しかし………。そんな予感もないわけではなかったが………。ムルキベルも一気に成長しすぎだ。五龍神に成った者達ほどではないが五龍王ならば上回っているほどだ。
クロが言っていたことではないがたったこれだけの間に第五階位相当の力を持つ者が増えすぎだ。これまでの何千年かは一体何だったのかと思うほどに第五階位の実力者が増えている。
別にする気はないが本当に俺の仲間達だけで世界征服でも世界の破滅でも好きなように出来てしまう。
それはともかくこれで一番の懸案は片付いた。後の問題は俺が腹を括りさえすれば片付きそうな問題ばかりだ。
これでようやく中央大陸へと戻れる。さらに数日ウィッチの村で休んだ俺達は旅を再開し、記憶のルートを辿って北回廊へと入ったのだった。
二面機神のルビであるアグニロイドはACRYLさんに付けていただきました。
遅くなりましたがACRYLさんありがとうございました。




