第九十七話「火龍神」
なるほど。オサキは俺の妹だと言っていたがどうやら義理の妹だったらしい。それも俺もオサキも両方とも養子だから血の繋がりどころか生まれすらまるで違う。
アコが俺の姪じゃなくてよかった。俺はこいつが嫌いだ。日本で言えば戸籍上の姪になるのだろうが俺に言わせればただの赤の他人だから俺とこいつは関係ない。
俺はここで育ったらしいがこの里へ来ても特に何も思い出さなかった。つまりはこの里自体が俺にとってどうでもいい場所だったということだろう。
アキラ「それでそっちの奥にいる死にかけが今のハクゾウスか?」
アコ「あんたハクゾウス様に向かってなんて口の聞き方をしてんのよ!」
アコが突っかかってくる。別にこいつに何か説明してやる必要はないが言いたいことは言わせてもらおう。
アキラ「そもそも今までの話を聞いてみれば、このハクゾウスとやらを継いでる奴も碌でもない奴ばかりだ。問題が起きてるのはこのハクゾウスやクウコ、テンコ、ヤコとか階級分けしたり地位をつけたりするせいじゃないのか?」
アコ「余所者のあんたにはハクゾウス様やクウコの尊さがわからないだけよ!」
アキラ「ああ、わからんな。実にくだらない制度だ。」
ハクゾウス「例え小さな犠牲を出そうとも大勢を守ることが重要じゃ。小さな犠牲に目を奪われすぎて大局を見失うことこそ愚か。」
奥に座る老妖狐が話し出した。俺がハクゾウスと呼んだのに否定しないことからこいつが今のハクゾウスでいいのだろう。
アキラ「俺は別に犠牲が出てることとかそんなことは言ってない。俺が言ってるのはお前らみたいな無能がただ出自や尻尾の数だけで上に立ち馬鹿なことを繰り返してることに対して言ってるんだ。」
アコ「―ッ!表に出ろ!殺してやる!あんたのせいで私はヤコに席を置いてるんだ!あんたさえいなければ私はクウコだったはずなのに!」
アコが殺気を漲らせながら立ち上がる。クウコになれたかどうかはどうだろうな。コリが地位を落とされてなくてもテンコの孫だったらテンコだったんじゃないだろうか。
アキラ「さすがコリの孫だな?血統だとか地位だとかくだらないものにだけ執着している無能なところがそっくりだ。お前の相手をしてやってもいいが先に吹っ掛けてきたのはこいつの方だから殺しても文句はないよな?」
俺はハクゾウスとオサキに確認を取る。
オサキ「やめぬかえ。」
アコ「お母様っ!」
ハクゾウス「争いたければ後で勝手にするがよい。…それよりもアキラ=クコサト。なぜ今更になって現れた?一体この里に何の用がある?」
オサキが止めてハクゾウスが用件を尋ねてくる。この二人は年を取ってるだけアコよりは判断力があるようだな。ただし年を取ってる分自らの保身に走ったり他人を利用したりすることにも長けているかもしれないがな。
アキラ「お前らになんぞ用はない。俺が用があるのは火龍神の封印だ。お前らが封印を解いて試練を与えることが出来るのならさっさとやれ。それが済めばこんな所に用はない。俺はさっさとここを出て行くからお前らはこの狭い里の中という世界で誰が上だの誰が下だのと好きなだけやっておけばいい。」
ハクゾウス「………其方が火龍神を継ぐ資格を持つと言うのか?」
アキラ「いや、俺じゃない。俺の仲間だ。もう三つ龍神を回収して継いでいる。ここの龍神も回収させてもらう。」
俺がそう言うとハクゾウスとオサキは何やら相談を始めた。もちろん口でじゃない。何かテレパシーみたいなものだと思う。
慣れれば傍受出来るかもしれないが今ここで初めてみたから今の俺がいきなり二人の会話の内容を傍受して盗み聞きするのは難しいかもしれない。
まぁやろうと思えば出来るかもしれないがそこまでして知る必要性も感じないので二人の相談が終わるまで待つことにする。
………それよりも、確かさっき聞いた話ではハクゾウスに付いているのはクウコのナンバーツーのはずだが俺達とオサキとアコしかいない。相談するのも普通ならそのナンバーツーとするはずだろう。
別にこの里のことなどどうでもいいが少し不審に思った。何か里の制度に変化があった?あるいは他のクウコがもういない?オサキが次のハクゾウスとして今のハクゾウスに付いている?色々考えられる。
そんなことを考えて暇を潰しているとどうやら相談が終わったようだった。
ハクゾウス「オサキとアコをつける。二人を連れて封印の地で試してみるが良い。」
ハクゾウスはそれだけ言うとしゃべらなくなった。ここにもこいつにも用はないので俺達は社から出ることにした。
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崖の下に戻ると皆が待っていた。少し皆と話をする。嫁達は俺の義母の話を興味深そうに聞いていた。
アキラ「ところでこの話に出てくる俺より前の九尾って師匠のことですか?」
もうほぼそうだろうという確信はあった。それに師匠はあまりその話はしたくないかもしれない。だけど俺はそのことを確認しておく。
狐神「ああ…。そうだよ。私もこの里の生まれだし九尾が生まれたって話は私だろうね。私が出た後で他にも生まれたんなら知らないけどね。」
あまり機嫌が良くない師匠はそれでもきちんと答えてくれた。まぁ師匠は八つ当たりしたりすることはないからな。師匠の機嫌が悪いのは俺達のせいじゃなくてこの里のせいだ。だから俺達にまで八つ当たりしてくることはない。
暫くそんな話をしていると森の入り口で師匠に脅されて腰を抜かしていた五尾と六尾がやってきた。
アコ「ようやく来たか。情けない。恥を知れナコ、マコ。」
アコの視線の動きからして先に呼びかけた右の六尾がナコ、左の五尾がマコのようだな。もしかしたら違うかもしれないが仮に間違っていたとしてもどっちでもいい。
ナコ・マコ「「申し訳ありません。」」
二人は声を揃えてアコに謝る。
アコ「まぁいいわ。………それじゃアキラ=クコサト。あんたが本当に試練を受ける資格があるかどうか私が確かめてあげる。行くわよナコ、マコ。」
ナコ・マコ「「はい。」」
試練を受けるのは俺じゃないと言ったはずだが俺をテストして意味あるのか?まぁただ俺に攻撃したいために言ってる屁理屈だから追求したところで意味はないがな。
アコ、ナコ、マコの三人が妖力を開放する。オサキは何も言わずにただそれを見つめていた。さっきハクゾウスが言った通りやりたければ後で勝手にやれっていうことで黙認してるのかもしれない。
だが自分の娘が死のうとしてるのにただ黙ってみていていいのだろうか?
アキラ「おい。このままじゃ自分の娘が死ぬのに黙ってみていていいのか?」
俺はオサキに確認してみた。
オサキ「ここで死ぬようなら所詮それまでの者ということ。」
ふぅん…。殺されないと思ってるわけじゃなくて殺されたらそれまでというだけらしい。確かさっき聞いてた話では里に八尾が生まれるのは悲願だったはずだ。それがようやく生まれたのにこんなところでこんなことで死んでもいいのだろうか?
実際八尾は左右の五尾六尾よりも圧倒的に強い。七尾のオサキの力も考えてやはり尻尾が一本多いか少ないかで大きな隔たりがあるようだ。
八尾のアコ一人で七尾のオサキを加えたこの三人を相手にしても余裕で勝てそうなくらいの地力の差がある。ただし俺の予想ではオサキはアコに勝つ方法があるだろう。一人では難しいかもしれないがオサキがナコとマコをうまく使えば勝てる可能性がある。
いくら地力に差があってもそれを覆すだけの技能、技量、戦術などがある。俺とこいつらの差ならばそんなものをいくら積み上げても覆ることのない差だが、こいつら同士ならそういう経験や知能でなんとかなる程度の差でしかない。
さて…、それでこいつらはどうしたものか。師匠がやったようにほんの少し妖力を開放すればこいつらはまた腰を抜かして動けなくなるだろう。
まぁ実際には腰を抜かすというか相手の妖力にあてられて身動きが取れなくなっているのだ。だから俺の妖力を浴びせればこいつらを無力化するなんて動く必要すらなく簡単に出来る。
それとも一瞬でその命を刈り取ってしまうか?別にこいつらは俺の仲間じゃない。こいつらを殺すことに何の躊躇もない。あるいは己を愚かさをその身に味わわせて痛めつけて思い知らせながらじっくり殺してやろうか?
能力制限を解除せずに隠した力も解放せず遊ぶのも悪くない。今の制限で神力も隠したままでもこいつらと戦うなどわけないことだ。今の能力制限では俺の方がこいつらより弱いように制限されているがこいつら程度なら基本能力が下でも技量や特殊能力で圧勝出来る。
アキラ「ふむ………。よし。決めた。お前らに俺の力の一端を見せてやろう。」
俺は少しだけ制限を緩めることにした。妖力が溢れ出し外套がはためく。青白い妖力によって俺の尻尾が伸びる。妖力に巻き上げられた髪が浮かび上がる。
………やはり、妖力を使うと俺の中の何かが疼く。全てを開放して暴れたくなってくる。………九尾だからか?これが九尾のせいだとすれば里の者が九尾を恐れ迫害するのもわかる気がする。
もし俺がこの衝動に飲み込まれて好き放題に暴れたら世界が滅ぶ。そしてこの衝動はあの闇の意識のものとはまた違う。
闇の意識の方の衝動は闇の意識が外から俺に押し付けている感情だ。だが今感じている衝動は俺の内から這い出ている感情だ。
俺がこういう内面を持っているから闇の意識が俺に付き纏うのか。それとも闇の意識に影響されているからこんな内面を持つようになったのか。どちらにしろ俺もあの闇の意識も同じ穴の狢だ。結局俺は世界なんて滅ぼうがどうでもいい。
ナコ・マコ「「………。」」
ナコとマコが白目を向いて倒れる。どうやら俺の妖力を浴びて意識を失ったようだ。さっき師匠が見せた妖力を上回ってる量を浴びせたんだからそりゃそうなるだろう。さっきのだけでも腰を抜かして動けなくなっていたんだからな。
アコ「………嘘っ。嘘よ!こんな…、こんなことあるはずない!私は八尾なのよ!この里で初めて生まれた最強の八尾なのよ!なんで下賤の九尾のあんたの方が強いのよ!認めない…。こんなこと絶対に認めない!」
アコは動けなくなりながらも俺を睨み吠える。実力はお粗末だがその執着と妄執は大したものだ。その情念を違うことに使えばもっとマシな人物になれただろうにな。
アキラ「で?」
アコ「私はクウコの中でも最も尊い血を受け継いでるの………ぎゃぁ!」
俺はまだ話している最中のアコに近づきその足を踏み砕く。
アキラ「だから?」
アコ「下賤の血の者は黙って私に従ってればい…ぐぅっ!」
今度は逆の足を踏み砕く。開放骨折し砕けた骨が飛び出している。
アコ「わたっ、私は最も多くのハクゾウスを輩出してきた最も尊い血筋なのよ!その上里始まって以来初めて生まれた最高にして最強の八尾なのよ!あんたみたいなゴミが話しかけていい存在じゃないのよ!」
アキラ「あっそ。もういいよ。ちょっと黙ってろ。」
アコ「ぐきゅ…。」
俺がアコの顎を蹴りぬくと顎が砕けてグルンと目が回って倒れた。死んではいないが脳震盪でも起こして気を失ったのだろう。
アキラ「お前らは殺す価値もない。そこで這い蹲ってろ。」
アコ「………。」
聞こえてはいないだろうがそれだけ言うと俺はもうこの三匹に興味はなくなりオサキの方へと向き直った。
アキラ「それじゃさっさと済ませよう。」
オサキ「よかろう。」
オサキは何も言わない。両足を砕かれて顎を砕かれ無様に舌を出しながら気を失っている我が子を見ても感情が揺らぎもしない。
瀕死のアコを放置して俺達はオサキの案内で封印の地へと向かったのだった。
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封印の地へ向かう途中でオサキが話しかけてきた。
オサキ「あの愚かな娘を許してやってくれぬかえ?」
アキラ「許すも何も向こうから手を出してこない限り相手をすることもないどうでも良い存在でしかないが?」
オサキ「あの娘は我が実母と同じ…。愚かな思想に染まっておる。」
アキラ「………それがわかっていながら正すこともせず、ただ可哀想だからと甘やかすお前はあの話に出てきたコリの親のハクゾウスと一緒だ。お前もまたただの愚か者にすぎない。」
オサキ「返す言葉もない。」
コリもアコも己を特別だと信じそれ以外の者を自分に仕える召使くらいにしか思っていない。そしてそれに従わない者は力ずくで排除する。
自分は良い血筋を持っている。七尾や八尾という特別な力を持っている。だから自分は周囲に敬われて当たり前。自分の扱いが悪いのは周囲が悪いからだ。そんなことしか考えない。
そんな本人達も愚かだがそれを甘やかし正さない親も悪い。コリの親はコリに言われるがままクズノハの子供を隔離して殺させてしまった。恐らくコリがそのうち子供に手をかけることはわかっていたはずだ。それでも我が子可愛さに甘やかし過ちを犯させてしまった。
このオサキもまた同じことを繰り返している。アコの思い上がりを正さず甘やかすばかり。だからアコはあんな風になってしまった。
特にアコは本来であれば自分はクウコの血統であったはずだという強い思いがある。今ヤコの者に身をやつしてしまっているのは他の者のせいだと他人のせいにしている。その考えを改めない限りあの歪んだ性根は直らないだろう。
オサキ「着いたえ。」
その場所は山頂の火口とは違うが山腹にあるそこそこ大きな火口だった。オサキが手を翳すと火口の中から光の球が浮かび上がってきた。いつも通り龍神と戦う試練が始まるようだ。
ハゼリ「ようやくハゼリの番のようです。」
その言葉の直後にハゼリが光に包まれて光の球の方へと引き寄せられていく。
アキラ「無茶はするなよ。生きて帰ってこい。」
ハゼリ「わかっております。何せあれに勝てば主様と逢引きできるのです。必ず勝って帰ってまいります。」
ハゼリはそう言ってニッコリ笑うと光の球に吸い込まれた。
火龍神『貴様が我が火龍神の力を継ぐ者か!そんな成りで我が力を継げるのかどうか確かめてやろう!』
光の球の中でハゼリの向かいにいつものように巨大なドラゴンが飛んでいた。前回と違い今度は今まで通り前口上があったようだ。ただ何の説明とかもない。ただ言いたい放題言うだけだ。
こうしてみると龍神にも色々性格があるのだなと思う。火龍神は直情径行で深くは考えないタイプなんだろう。言葉が足りなさすぎてこちらはまるで意味がわからないのに自分だけ納得してわかってもらってるような気になってる。
ハゼリ「そんなことはどうでも良いのです。これに勝てば主様と逢引きできるのですからさっさと死になさい。」
火龍神『覚悟は良いようだな!それではこれを受けてみるがいい!』
………ハゼリも大概だな。見た目はあんなに綺麗になったけど当然ながら中身は変わってない。そんな両者が向かい合ってるためにまともな会話になっていないがそのまま戦闘が始まってしまった。
火龍神『がはははっ!バーニングブレス!』
ハゼリ「ふっ!」
火龍神が火のブレスを吐くとハゼリは腰に差した刀で居合い斬りをした。ハゼリの剣風によって火龍神のブレスが切り裂かれる。
ダザー「おおぉ!すごい!」
同じ刀を使い居合いを得意とするダザーが珍しく声を上げている。いつもは他人の戦いなど興味なさそうなのにスタイルが似ているハゼリの戦いには興味がありそうだった。
火龍神『がはははっ!やるな!これならどうだ。バーニングフレア!』
火龍神が翼を羽ばたかせるとそこから炎が出てきた。ハゼリは炎の波に飲み込まれた。
アキラ「何か技の名前がダサいな。それに普通のドラゴン族とは色々と命名パターンなどが違う。」
クシナ「………そうですね。火龍神様は独特なようです。」
クシナも俺の言葉を聞いて微妙な顔で同意してくれた。
ダザー「そんなことを言ってる場合ですか?!ハゼリお姉さまが!」
アキラ「………いつからハゼリまでダザーのお姉さまになったんだ?」
ダザー「あっ!それは………。」
俺の突っ込みを受けたダザーは赤い顔をして俯いてしまった。
ダザー「そうでした。それどころじゃないです!ハゼリお姉さまが炎に飲み込まれてしまったのに落ち着いてる場合ですか?!」
でもすぐに顔を上げたダザーはハゼリのことを思い出して再び声を上げた。
アキラ「問題あったら俺がこんなに落ち着いてるわけないだろ?誰が止めようがハゼリの身が危険だったら俺はとっくに介入してる。」
ダザー「………そうなのですか?」
ダザーが小首を傾げて不思議そうな顔で俺を見上げてくる。何か可愛いな…。いや、落ち着け俺。ダザーとのルートはないと言ったはずだ。
アキラ「それより今日は随分と可愛らしい話し方だな?」
ダザー「あっ!………。」
再度俺の突っ込みを受けたダザーは今度こそ黙ってしまったのだった。やはり普段の寡黙なところや硬いしゃべり方は演技だったようだ。本当のダザーはこっちなのだろう。
ハゼリ「一つ、教えておいてあげましょう。私達は常に主様より力をいただいているのです。………つまり時間が経つほどに強くなってゆく。最初にブリレが龍神と戦った頃よりもハゼリは遥かに強くなっているのです。」
炎の波に飲み込まれたはずのハゼリの声が聞こえてくる。その声は平常そのもので炎の波に巻き込まれたことでダメージを負っていないことを表しているかのようだった。
火龍神『………よかろう。手加減はなしだ!』
そのハゼリの言葉を受けて火龍神が動き出そうとした時にはもう遅かった。
ハゼリ「主様やキツネ様がいつも言っておられます。『そういうことは余裕のあるうちにやっておけ』と…。もうあなたに勝ち目はありません。そうそう。これはお返ししますよ。」
そう言うとハゼリを飲み込んでいた炎が球状に集められていく。炎は完全に球になり火傷一つ負っていないハゼリの掌の上に浮かんでいた。その手を火龍神に翳すと炎の球は火龍神へと撃ち返されたのだった。
火龍神『我が炎で我を焼くことなどできようはずもなし!』
火龍神はハゼリが撃ち返した炎の球を気にすることもなく次の技を使おうと力を練っていた。しかしそれは判断が甘すぎる。ハゼリはただそのまま炎を返したわけじゃない。
ハゼリ「油断が過ぎますね。最早あなたはハゼリの敵ではありません。」
火龍神『何を………。何っ!?ぐあぁぁ!』
ハゼリの撃ち返した炎の球を受けた火龍神は焼かれのた打ち回っていた。
ハゼリ「ただあなたの炎を集めて撃ち返しただけだと思いましたか?ハゼリの力でこの炎を取り込みまとめあげて球にしていたに決まっているではありませんか。…つまりあなたの炎とハゼリの力が加わっているのです。あなた如きが耐えられるはずはないでしょう。」
ハゼリはただ淡々と事実を述べていく。その間も火龍神は炎に焼かれのたうつ。
火龍神『ぐっ、うううぅぅ…。………これで最後だ。バーニングストーム!』
火龍神は最後の力を振り絞って必殺技を使う。これは風龍神が使った技とよく似ている。口と左右の翼から炎の渦を起こしその三つがさらに交じり合い一つの大きな渦となってハゼリに襲い掛かる。
ハゼリ「笑止。断炎斬。」
ハゼリの居合い斬りによって火龍神の最後の必殺技も切り裂かれてしまった。これはただの刀を振った衝撃波や真空の刃で斬っているわけじゃない。
ハゼリの炎を操る能力を上乗せし敵の炎を操作して斬っている。ハゼリが炎の属性を手に入れたのはあの中に入ってからのはずなのにすでに完全に使いこなしている。
火龍神の炎を斬った斬撃は火龍神の胸まで切り裂いた。勝負ありだな。
火龍神『がはははっ!よくやった!それでは我が力を持っていけ!』
本当に死にかけている火龍神はそれでも最後まで火龍神だった。笑いながらハゼリに火の力を授けて光の粒子となって消えていく。
ハゼリ「ハゼリの勝ちです。どうですか主様?ハゼリは他の者と違い主様にご心配をおかけすることなく勝ちましたよ。」
余裕で勝ち光の球から出てきたハゼリは俺にそう告げる。
ブリレ「へっへ~んだ。むしろ苦戦した方が主様にご心配していただけるし抱っこもしてもらえるもんね。」
ハゼリ「………なんと!それでは苦戦した方が主様とあんなことやこんなことが………。」
ハゼリは打ちひしがれて失意体前屈をしている。
アキラ「馬鹿か。俺に心配を掛けずに勝つ方がいいに決まってる。もし苦戦して傷ついた方が俺に色々してもらえると思ってるなら大間違いだからな。俺はちゃんと勝ったハゼリを可愛がるぞ。」
そうだ。ここで下手に苦戦してダメージを受けた方が俺が心配したり回復をかけたりすると思われてはたまらない。わざとそんなことをしかねない。だからちゃんと勝った奴を褒める。皆がその方が褒めてもらえるのだと思えばわざと苦戦するようなことはなくなるだろう。
ハゼリ「主様ぁ…。ハゼリは…、ハゼリはもう…。」
俺の言葉を受けて急に元気になったハゼリは俺にしがみついてくる。まぁ可愛いんだけどハゼリだとちょっと怖い。
それはともかくハゼリは圧勝だった。ハゼリが言った通り時間が経つほどに俺と繋がりの強い者ほど力を増す。だからブリレが戦った時より五龍王が全員強くなってるのは間違いない。
じゃあなぜアジルはあれほど苦戦したのか。それは別にアジルが弱いからではない。風龍神が狂っていたのかそれともこの力の継承に反対だったからか知らないが、風龍神は己の存在するためのエネルギーですら惜しまず使い本気で殺しにきていた。
他の龍神達はもちろんある程度の手加減もあったし己が存在するためのエネルギーまで使い切ろうとはしていなかった。
あくまで継承が目的で試練を与えていた他の龍神とでは戦いの大変さが違ったのだ。だから決してアジルが弱いわけでも手を抜いていたわけでもない。五龍王も他の仲間もそれがわかっているからアジルに妙なことを言ったりはしないのだ。
ともかくこれでここでの用事は済んだ。妖狐の里は師匠だけでなく俺にとっても何かと胸糞の悪い場所だからとっとと出発したい。
アキラ「確かに火龍神の継承をしたぞ。じゃあな。」
俺はオサキに向けてそれだけ言うとさっさとこの山を下りようと思った。
オサキ「姉上。またいつでも帰ってきておくれ。姉上がどう思おうと、里の者がどう思おうと、ここは確かに姉上の故郷でオサキは姉上の妹え。」
アキラ「………いってくる。」
オサキ「あい。」
オサキは俺の言葉を受けて笑いながら頭を下げた。胸糞悪い里だと思っていたが最後に少しだけ救われた気がする。
………そういえばアコはボコボコにしたままだった。後で傷を治してやろうかと思っていたが、颯爽と旅に出たのに今からまた戻るのも格好悪いのでもう放っておくことにする。
妖狐ならあれくらい何とかするだろう。恐らくオサキが術を使えば簡単に治せるはずだ。だから俺はもうそのことは考えずにヴァルカン火山を下りていったのだった。
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山を下りると記憶のルートはほぼ南へと向かってる。恐らく北回廊へと向かって中央大陸へと戻るのだろうと思う。
それならばウィッチの村にでも寄ってから帰ろうかと思っていたら思わぬ者から思わぬ提案があった。
ケンテン「アキラ様。ここから俺の実家までそれほど遠くないんで挨拶に行ってきてもいいですか?」
ケンテンがそんなことを言い出した。そういえば親衛隊の者達は千人隊に選ばれたはずなのに知らぬ間に抜けて俺の親衛隊になっている。
もし家族とかが居れば突然連絡もなくなり所属していた部隊からもいなくなったとあっては心配しているだろう。
ジェイド「今頃そんなことを言ってるのか…。すまないアキラ。俺の監督不行き届きだったようだ。…それで何日くらいで戻るつもりだ?俺達の居所をどうやって見つける?」
ジェイドが俺に謝りながら予定を考えている。
アキラ「ケンテンの実家ってのはどの辺りだ?」
ケンテン「はぁ?ここからちょっと東へ向かったところですが?」
アキラ「ふむ………。いいだろう。全員でケンテンの実家へ向かおう。」
ケンテン「えぇ!そりゃアキラ様に申し訳ないですよ。」
アキラ「勘違いするな。お前のためだけじゃない。他にも親衛隊で実家に誰かいる者は今のうちに実家へ行くことにしよう。何の連絡もなくお前達がいなくなったのだから心配しているだろう。それに北大陸の東部へは行ったことがない。良い機会だから行ってみたい。」
俺の言葉を受けて親衛隊で色々と話し合いが行われた。だが結局実家へ向かうのはケンテンの家だけということになった。皆は手紙を出すくらいでいいと言って実家には帰りたくないようだった。
記憶のルートとは違うがそれは逆に言えば前の俺でも旅したことがない新たな場所へ向かうということだ。俺はちょっとだけワクワクしながら北大陸東部へと進んで行ったのだった。




