閑話⑳「アキラにまつわるetc.2」
その日のうちに里中に九尾であると知れ渡ったアキラは里の者達の様々な視線と感情に晒されていた。恐怖、憎悪、嫌悪、侮蔑、軽蔑、ありとあらゆる負の感情がアキラに向けられていた。
そして同時に私がテンコの者からヤコの者に落とされたことも知れ渡っていった。今まで私を慕い信頼や尊敬の念を持って接してくれていた者達も今では私を蔑んだ目で見ている。
辛くない、悲しくないと言えば嘘になる。だけど同時にどこかすっきりした気分にもなっていた。表面的には私を敬いながら裏では妬んでいる者達も大勢いたのは知っている。
妖狐は生まれでほとんどが決まってしまう。出自や尻尾なんて本人の努力でどうすることも出来ない。生まれながらに決まっている階級で苦しんでいる者がほとんどだった。
だからテンコの者で現在最高位の七尾である私を妬んだり羨んだりする者も多いし気持ちはわかる。だけどわかるからって賛同も同調もしない。
私は自分の力で切り開いて生きてきた。テンコの者に生まれたから生きてこられたわけじゃない。七尾に生まれたから生きてこられたわけじゃない。
でもそれは私が出自にも力にも恵まれて生まれ生きてきたから言えること。だから私を妬む者達の気持ちもわかる………。
でも私がヤコの者に落ちた途端に掌を返してくるなんておかしくて笑ってしまいそうになる。こんな者達を仲間と思っていたなんて私もわかっていたつもりでも表面的な敬いに騙されていたのね。
私がそんな扱いを受けるのはいい。別に気にならない。結局彼女達はそんなものだったんだって割り切れば我慢出来る。
だけどアキラは違う。この子に罪はない。ただ九尾に生まれてしまったというだけでどうしてこんな目で見られなければいけないの?
まだ分別もつかない子供のうちからこんな風に扱われていたらきっと良い大人にはなれない。だからこの里の者達は皆碌でもない大人になってるんだと思う。
だからせめてアキラは真っ当に育ててあげたい。だけどどうすればいいのかわからない。いくら私が説得した所で皆の九尾への差別と偏見はなくならないと思う。そんなことが出来るのならもうとっくの昔にそうなってるはずだから………。
周囲をどうにかすることは私には無理だ。テンコの七尾であった時でも九尾のことを差別しないようにと言っても誰も聞かなかっただろう。それがヤコの中でも一尾よりさらに下に置かれてしまった今の私が何か言っても誰も聞きもしないってやる前からわかってしまう。
だったら…、だったらせめて私だけは普通に接してあげよう。どんなことがあっても私だけはアキラを普通の子供として扱う。
差別も虐げもしないけど同情も特別扱いもしない。本当に…、本当にただ普通の子供として扱う。私に出来ることはそれだけ。
そんなことでアキラが普通に育ってくれるかわからない。私はまだ若くて子育てをしたこともない。どうすればいいのか何にもわからない。
だけど私は私の思う通りにすればいい。それがアキラにきちんと伝わるかはわからない。私に出来ることはアキラに普通の子として愛情を注ぐだけ。それを受けてどう育つのかはアキラ自身の問題………。
揺り篭の中で眠るアキラを見つめながら私は決意を固めたのだった。
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アキラを拾ってから十年が経った。もう十年も経ってしまった。アキラがこの里にいられるのはあと四十年しかない。
眠っているアキラを覗き込む。この十年でアキラはすぐに這い這いするようになったし言葉も少ししゃべるようになった。他の子供達よりずっと優れてる。
私の方はこれまでのように重要な任務は与えられず雑用や大変な任務ばかりやらされるようになった。別にそのこと自体はいい。十年前にこの妖狐の里の本当の姿を知ってから愛着も忠誠も仲間意識もなくなってしまったから。この里のために重要な任務を果たしたいなんてもう思ってない。
ただ大変な任務だと長時間里から離れていなければならないような任務も多々あった。周囲の魔獣の殲滅とかだと隠れている魔獣まで全部探すのに時間がかかる。
あるいは他大陸まで行かさせられて何日もそこで滞在しなければならないような任務もあった。アキラをそんな場所には連れて行けないけど里に置いておくのも不安があった。
普通の子供だったら親がそうやって不在になる時に皆纏めて預かってくれる所がある。そこで年の近い子供同士で友達になったりするのがこの里では一般的だった。
だけどアキラを預かってくれるかどうかわからない。仮に預かってくれたとして普通に世話をしてくれるとも限らない。それどころか前の子のように殺され………。
とにかく私がいない間にこの里の者達だけの場にアキラだけ置いていったらどんなことになるかわからない。でも誰か信用出来る人に預けようにも誰も信用出来る人なんていない………。
トコ「ちょっとクズノハ!あんたまだ洗い物終わってないじゃないの!こんなことも出来ないの?この愚図!」
アキラを寝かしつけていたらトコが部屋に入ってきて私を足蹴にした。トコはヤコの者の一尾でその中でも一番下に置かれていた。
だから前の子の世話係に選ばれて私と子供と三人で暮らしていた時はずっとオドオドしていた。だけど私がトコよりも下に置かれてからは態度が豹変した。
今のように罵声を浴びせ殴る蹴るは当たり前。時には物を投げてくることもある。本来は別に私の仕事でもない雑用までこうして私に押し付けてくるようになった。
クズノハ「今から行くわ。」
トコ「本当に愚図ね!あんたがちゃんとやらないと私が怒られるのよ!」
貴女が怒られるのは私が愚図だからじゃなくてそれは本来貴女がするべき仕事だからでしょう?心の中ではそう思うけどいちいち言わない。
言ったところで余計にトコの態度や行動がひどくなるだけだから。抵抗するのは簡単だ。私が本気で暴れればこの里で対抗出来るのは同じ七尾のコリだけだと思う。
でもそれは出来ない。そんなことをすればアキラまで大変な目に遭わせてしまう。どうせトコに殴られたり蹴られたりしても基本能力が違いすぎて怪我もしない。傷がつくとしたら私の心だけ。だから私が我慢しておけば何の問題もない。
………前に三人で暮らしていた時に私はヤコの一尾で最下位に置かれているトコにも普通に接していた。それなのにトコは私にこんな仕打ちをする。
別に前に普通に接してやったんだから恩に着ろとか恩を仇で返してるとか言うつもりはない。ただ自分より下の者が出来たと思った途端にこれほど豹変するトコの心は歪んでしまっているのかと思う。
アキラもこんな環境で育ったらこんな風になってしまうかもしれない。ただそれだけが気がかりだった。
トコ「ふんっ!どうせ前の時はあんなに目を掛けてやったのにとか思ってるんでしょ?あんたのあの『ヤコの一尾にも優しく接してあげてる私って良い人でしょ』って態度が大嫌いだったのよ!テンコの七尾だったからっていい気になって!でもそれが私より下になっていい気味ね!あははははっ!!!」
あぁ…。この娘の心は歪んでるどころではなかったのね…。もうこの娘の心は壊れてしまっていたんだわ。別に私は綺麗事を言うつもりはない。妖狐には生まれながらに大きな差がある。
この娘がどれほど頑張ったって私に傷一つ付けることは出来ない。それは生まれながらにある絶対的な差のせい。だからこの娘が相応の仕事しか与えられず相応の立場しかないのは仕方のないこと。皆平等に暮らしましょうなんて言う気はない。
『可哀想なヤコの一尾にも優しくしてあげている』なんて思ったことなんてない。ただ私は身の回りの人とくらい普通に接して生活したかっただけ。でもそれは受け取る側次第で色々と意味が変わってしまうんだってことを改めて思い知らされた。
アキラは私の想いをどう受け止めてどう育つんだろう…。少し怖い。これが子育てというものなのかもしれないわね………。
トコ「ほら、さっさと行くわよ!」
トコに急かされて雑用を片付けに行く。トコには出来ない高速の動きで雑用を片付けながらアキラの育て方を必死に考えていたのだった。
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アキラが三十歳になった。この里を追い出されてしまうまであと二十年しかない。
アキラは他の子供と比べて色々とすごかった。何がと言われたらそれはもう色々と。まずアキラはたった三十歳で大人より速く強い。
歩けるようになったのが早いとかしゃべれるようになったのが早いとか言うどころの話じゃない。十数年で自力で歩き回るようになったアキラは里で色々と嫌がらせをされるようになっていた。
だけど例えば里の者がアキラに水や泥を浴びせようとしてもアキラは物凄い速さで避けて浴びることがない。他の子供に石を投げつけられても全部空中で受け止めてしまう。罵声を浴びせられても平然とした顔で普通に里の中を歩いてる。
私がいない間に自分の食事を用意してたのを見た時には私でも驚いた。たった三十歳の子供が親のいない間に食事の準備をしているなんて今でもちょっと信じられない。
アキラはほとんど無表情で滅多にしゃべらない。言葉がわからないわけじゃない。こっちの言ってることもわかってるしきちんとしゃべれる。それなのに必要最小限しかしゃべることがない。
やっぱり周囲の環境のせいで心に何か問題でもあるのかと心配したこともあるけどどうやらそうじゃなかったみたい。アキラはきちんとわかってる。別に性格が暗いとか心が歪んでるわけじゃなかった。ただ余計なことは言わない。寡黙な性格とでも言うのかしら。
アキラが自分で自分のことを何でもするようになってしまったから、私が長期の任務に出てもあまり心配いらなくなってしまった。もちろんいくら自分で自分のことをしてると言っても三十歳の子供一人を残していくのは色々と不安はある。
だけどアキラにはそんな心配は無用なのだということもよくわかってる。自分の世話は自分でするし里の者に危害を加えられそうになってもアキラの方が速くて強い。罵声を浴びせられても気にもとめてない。本当に手がかからなすぎてこっちが不安になるくらい。
クズノハ「それじゃ行ってくるわね。」
アキラ「………いってらっしゃい。」
アキラに手を振って私は家を出る。今日は任務だってアキラには言ってある。だけど本当は何の任務もない。私は出かけた振りをしてアキラの普段の様子を盗み見ようと思っていた。
まず午前中。アキラは家の窓や扉を全て開けて妖力で風を起こす。妖術っていうほどのものじゃないわね。ただ妖力を巻き起こしてその風で家の中の掃除をしてるみたい。
………それにしてもすごいわね。たった三十歳の子供があれほどの妖力を持ってるなんて…。まだまだ私には敵わないけど並の大人より圧倒的だと思うわ。ううん…。もしかしてまだもっと力を持ってる?私より強いくらい?………九尾ということはそれだけ大きな力を持ってるはず。だからそうだったとしても何もおかしくはない。
掃除を終えたアキラは次に洗濯を始めた。私の分まできちんと洗って干してくれてる。そろそろお昼の時間になった。アキラは家から出て森へと入っていく。そこに居た魔獣を目にも留まらぬ速さで仕留めてその場でそのまま齧りついた………。
………まぁ妖狐ならそういう者もいるわよね。生でそのまま食べる者も確かに居る。でも前に見た時は確かきちんと捌いて焼いてたような気がするのに…。どうして今日はそのままなのかしら?
あっ!もしかして前は私も帰って食べる予定だったから?今日は私は夜まで帰らないって言って出てきたから自分の分だけならそのままでいいやってこと?………アキラの性格ならあり得るかもしれないわね。
お昼ご飯を食べたアキラは家に帰って行った。午後からはお昼寝をするみたい。すぐに眠ったみたいで可愛い。だけどお腹が出てる!毛布をかけなおしてあげたいけどアキラは近寄ったらすぐに気付くから出掛けてることになってる私が出て行くわけにはいかない。
お昼寝から起きたアキラは洗濯物を取り込んでからまた家を出た。里を歩いてる間中近くにいる人全てに罵声を浴びせられたり物を投げられたりしていた。
アキラは平然としてその中を歩いてたけど私のほうがちょっと泣いてしまいそうになった。私が傍にいる時はさすがにここまでじゃない。だけど私が知らない所ではアキラはこんな扱いを受けていたのね………。
里を出たアキラはまた森へとやってきた。こっちの森はお昼に来た森とは違う。何をしに来たのかわからない。アキラは特に何もしていなかった。ただ魔獣を見ていたり木や花を見ていたり…。ただの散策?結局何をするでもなく森の中をウロウロして満足したのか夕方前に帰って行った。
その後も家で家事をしたり時々は妙なことをしたりして過ごしていた。そろそろ夜になってきたから私は帰って来た振りをして家の中へと入る。
アキラ「………おかえりなさい。」
クズノハ「ただいま。」
私が家に入るとアキラが待っていた。いつも私が帰るとすでに玄関にいるからもしかしてずっと玄関でいるのかと思ったこともあるけど今日のことを考えると違うようね。
クズノハ「ねぇアキラ。…今の生活の中で辛い時とかない?」
アキラ「………。」
アキラはただ黙って首を左右に振った。
クズノハ「そう…。こんな生活をさせてお母さんひどいよね…。ごめんねアキラ。」
アキラ「………お母さんには感謝してる。」
アキラがそう言ってくれて私は涙が溢れそうになった。こんな小さな子供が里中からあんな扱いを受けて辛くないはずはない。こんな目に遭わせてる母を罵倒してもおかしくない。それなのにこの子は………。
アキラはその話はお終いとばかりに後ろを向いて部屋へと向かって行った。
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ついに約束の五十年目が来てしまった。もう何年も前からアキラには説明してきた。アキラはただ『………わかった。』としか言わない。本当にわかってるのか心配になってしまう。
もちろん頭の良いアキラは本当にわかってるというのをわかってる。でも親としてはそれでも心配になるのは当たり前のこと。ついに明日里を追放される日だというのにいつもと変わらない。
アキラがあまりにいつもと変わらないから不安になってしまう。だから今日は一緒に寝て布団で色々と語って聞かせたのだった。
でも途中からアキラに語って聞かせるというよりアキラとの思い出を話してたみたいになってしまった。アキラはほとんどただ黙って聞いてただけ。たまに私の記憶違いを訂正するくらい。………むしろ私よりよく覚えてたわね。本当に小さい頃のこともいっぱいあったのに覚えていたのには驚いた。
そしてとうとうその瞬間がやってきた…。やってきてしまった。
クズノハ「アキラ…。お母さんを許して…。」
アキラ「………何度も言ってきた。お母さんには感謝してる。」
クズノハ「うっ!アキラっ!」
私はついに堪えきれずに涙を流してしまった。アキラを抱き締めると抱き締め返してくれた。これじゃどっちが大人かわからない。
クズノハ「ごめんなさい。本当はずっと一緒にいてあげたい。ごめんなさい。」
アキラ「………いってきます。」
アキラは可愛い笑顔でそう言った。滅多に表情を見せないアキラが笑ってくれた。いってきます。それだけ言うと私とクウコの者の監視役だけの見送りを受けてたった五十歳の子供が一人で旅に出てしまった………。
私は涙で歪む視界で必死にアキラを見つめ続けた。見えなくなるまでずっとずっと………。
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アキラがいなくなって…、ううん、アキラはいってきますって言ったもんね。アキラが出かけてからかなりの時間が経った。そして私はようやく今更ながらに気付いた。
私もアキラと一緒に里を出ればよかったのではないのか?ということに………。
そうだ。前に九尾を産んだ者は親ですら九尾の子供を忌み嫌いさっさと追い出したがっていたと伝わってる。だけど私は違う。別にアキラが九尾だからって気にしない。
それに里に残りたい理由もない。前述の親は九尾を追い出して自分が残りたかったみたいだけど私はこの里にもう何の未練もない。
だったら最初から私はアキラを連れてこの里を出ればよかったんじゃないかと今更ながらに気付いてしまったのだ。何で五十年もの時間がありながらこんなことに気付かなかったのか。
それは私が間抜けだからっていうだけじゃない。証拠はないけど想像はついてる。先代のハクゾウス様に会ったからだ。
アキラを連れて戻ってきた時にまだ生きていたハクゾウス様はすでにお亡くなりになっている。当然ハクゾウス様を継いだのは当時二位だったノコだ。
あの時ハクゾウス様の口数が少なかったのはきっと私に妖術をかけて惑わすために集中していたからだろう。七尾の私に六尾のハクゾウス様が妖術を掛けようと思ったら普通には中々うまくいかない。
私の気を逸らしたり動揺させたり油断させたり色々としなければかけられない。あの時私はアキラのことで色々と頭が一杯だった。だからその隙を突いて私に妖術をかけて惑わせることに成功した。
何をかけたのか。恐らく固定観念みたいなものだと思う。『私はこの里を出られない』とかそんな程度のものだ。そのせいで私はアキラと一緒に出て行くということを考えることすら出来なかった。
ハクゾウス様が私を里から出さないようにした理由は七尾だからだろう。序列的に最下位に落とされはしたけど実力は里で一、二を争うほどなのは誰もが承知だ。それに二尾を産んで九尾を連れて来たとは言えまだ私が八尾を産むことを期待している。
だから私が里からいなくなったら困るのだ。そしてそれはうまくいった。私はアキラと一緒に里を出るという選択をしなかった。今更気付いてももう遅い。
アキラを探しに私も里を出ようかと思ったこともある。だけどもうアキラがどこにいるかもわからない。そもそもまだ生きているかすら……。それならば入れ違いになるかもしれない私も旅に出るよりここでアキラの帰りを待った方がいいかもしれない。
結局里を出てアキラを探しに行くという選択も出来ないまま私は里で生活を続けたのだった。
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アキラが里を出てから四百五十年ほど経った。私もかなりの年になったものだ。アキラは生きていれば五百歳くらいになっている。今一体どこで何をしているんだろう………。
私はあれ以来子供を作っていない。もちろん里中から色々言われる。私の存在価値は最早八尾を産む可能性だけだから。でも二人も子供をあんな風に失ってまた子供を産もうなんて思えない。
そしてコリは四人目にしてようやく七尾を産んだ。まだ若いからもっと子供を産めるけど一先ず七尾が産まれてくれたお陰で里中がほっとしている。
コリは私より年上だからまだ産めるとは言ってもどれほど産むかもわからない。待望の八尾は産まれなくとも七尾が産まれてくれたお陰でまた次代へと希望が繋がった。
その子の名前はオサキ。コリはオサキを特に可愛がっていた。今日もコリはオサキを連れて私の家へとやってきていた。この子が産まれてからコリは任務がない日は毎日私の所へオサキと共にやってきている。
コリ「それでこの子ったらねぇ………。」
コリはひたすらオサキの話を私に聞かせる。それはまるで自慢しているかのようだった。
コリ「それじゃ帰るわね。」
コリは散々自分の話を聞かせるとさっさと帰っていく。オサキが産まれるまでコリは私に近寄ってくることすらなくなってた。それなのにオサキが産まれてからはずっとこう。これはもう自慢しているかのようじゃなくて自慢しているのだと誰でもわかる。
そんな日々が繰り返されていたある日………。
コリ「私の赤ちゃんが!オサキがいなくなったのよ!」
コリのそんな叫びが里中に響いていた。そしてコリは私の家に駆け込んでくる。
コリ「クズノハぁ~~~!!!私のオサキをどこへやったのよ!!!」
鬼の形相でコリは私に詰め寄ってくる。だけど私はヤコでテンコのコリとは住んでいる場所が違う。私がテンコの住むところへ行けば人目につくし無断では入ってはいけないことになっている。
クズノハ「私はヤコの者の居住区から出てないわ。テンコの者の居住区に入ったのなら見張りが知っているはずでしょう?」
コリ「あんたの能力なら見張りなんて簡単に欺けるでしょ!あんた以外に誰が里待望の七尾の赤ちゃんを奪うのよ!」
クズノハ「それは確かに欺ける可能性もあるけど見つかる可能性もあるでしょ。そんな危険を冒してまでどうして私がコリの赤ん坊を奪わなければならないのよ?」
コリ「あんたの子供を殺した私への復讐でしょ!!!」
………えっ?今…なんて?
コリ「あんたの最初の子供の二尾を殺した復讐でこんなことしてんでしょって言ってんのよ!でもあんたの子供の出来損ないと違ってオサキはこの里の将来を担う大事な子供なのよ!さっさと返しなさい!」
クズノハ「コリが…、コリが殺したの?私の赤ん坊を………?どうして?」
駄目だ。頭が真っ白になって考えが纏まらない。色々考えなくちゃいけない。色々言いたいことがある。色々聞きたいことがある。でも何て言っていいのか頭が考えてくれない。
コリ「私はあんた如きが七尾ってだけで私と対等ぶってるのが許せなかったのよ!テンコの中でも良い血筋の私とテンコとは言ってもど底辺の血筋のあんたが同格と思われるのがね!何が親友よ!あんたみたいな木っ端が私に偉そうにするんじゃないわよ!それも七尾が産んだ子供が二尾ですって?そんなことが里に知れ渡ったら私まで軽く見られるのよ!だから里にも住ませなかったし殺してやったのよ!」
意味がわからない。聞きたくない。でも聞かなくちゃ。
クズノハ「………どういうこと?どうしてコリがそんなことを決められるの?」
コリ「私は本当はクウコの…、いいえ、先代ハクゾウスの子供なのよ!だけど公に出来なかった。私は禁忌の子供だったから!親を言えない子供だったから!テンコの良家に養子に出されたのよ!」
親を言えない禁忌の子供…。それは妖狐同士の子供ということ。確かに妖狐は雄がいない時に子孫を残せるようにそういう方法がある。だけどそれはあくまで周囲に雄がいなくて子孫を残せない場合の時だけに使うことになってる。
それを破って産まれてきた子供は禁忌の子供として忌み嫌われる。九尾ほどではないけどヤコの一尾以下の扱いを受けることになると思う。普通の種は混血こそ禁忌の子供だけど妖狐はまったく逆のようね。
コリ「あんたの妊娠を知った時からずっと監視してた。二尾が産まれたと知って母に言ってあんたの子供を里の者達に知られないようにしてって頼んだのよ。でもそれでも安心出来なかった。いつまでもあんたが子供を連れて来ないから里では話題になってた。だから殺してやったのよ!」
クズノハ「そんな…ことの………ために?」
コリ「そんなこと?何がそんなことよ!私は本来クウコで最も良い血筋の生まれなのよ!それがただ私と同じ七尾だからって対等ぶってるあんたのせいで私までその程度だと思われたらいい迷惑なのよ!それも二尾なんて出来損ないを産んで!その復讐にオサキを連れて行くなんて許せない!返せ!オサキは私がこの里で最も偉大だっていう証拠なのよ!オサキを返せ~~~!!!」
コリが妖力を全開にして襲い掛かってくる………。この後私とコリは七時間に及ぶ死闘を演じた………。
………
……
…
私は地面に膝をつく…。さすがはコリね。
コリ「………ふふふっ。これでお終いね。」
コリを見つめる。その顔は嘲笑に歪んでいた。
コリ「まさか私が下賤のあんたに負けるなんてね………。止めを刺しなさい。」
コリは半身を失いながら地面に横たわっていた。まだ生きているだけでも大したものね………。
クズノハ「今……楽にしてあげるわ。………さようならコリ。」
私はコリに止めを刺した。素手で首を落としたことでコリを殺した感触が手に残る。親友だと思ってた。まさかあんなことを思っていて私の赤ん坊まで殺していたなんて…。
でも最初からそうだったのかな?昔はそんなことなかった気がする。昔のコリは本当に私と友達だったと思う。いつから…、いつからこうなってたのかな?ごめんね。全然気付かなかった。もしコリがおかしくなった時に気付いてたら今私達は違う結末の中にいたかもしれないね………。
でも私の赤ん坊を殺したことは許せないよ。私を苦しめていたのもアキラを苦しめていたのも少なからずコリの影響がある。だから殺したことを許してとは言わないけど私もコリを許さない。これでお相子だね………。
私の眼から一筋の涙が流れた。何の涙なのかわからない。感情がごちゃ混ぜになってて考えが纏まらない。
その後オサキは無事に見つかった。トコが殺そうと思って連れ去ったそうだ。でもいざ殺す時に手を下せなかった。そうして迷っているうちに見つかって捕まった。
コリが先代ハクゾウス様と繋がっていたということはトコにも色々指示を出したり脅したりしていたっていうこと。だからトコはコリにも色々と恨みがあったみたい。七尾を産んで浮かれてるコリを見て衝動的にオサキを殺そうとして今回の騒動を起こしたらしい。
コリは今回の騒動のせいで私より下の序列に落とされた。本人はもう死んでいないけどそういうことに拘っていたコリには死んだ後にまで重い罰を与えられたことになったと思う。
トコも里待望の七尾を殺そうとしたことから死刑に決まった。いつどこでどのように死刑にされたのかはヤコの下っ端の私にはわからない。たぶんテンコとクウコの者達が見てる前で無残な最期を迎えたことだろう。
私は結局何のお咎めもなかった。理由も実にわかりやすい。七尾が私だけになってしまったから。オサキは七尾だけど成長するまでまだまだ時間がかかる。
それまで里に七尾がいないと何かと困るから私はそのまま現状維持だ。コリに勝った私は七尾の中でも強い方だと思われてるようだしオサキが育っても私が弱るまではこのままかもしれない。
そしてオサキ。親がいなくなってしまったオサキを私が養子にすることにした。もちろんコリの自白によって私への仕打ちが明らかになったのにオサキを養子にするなんて何を企んでいるのかと色々言われた。
だけど私は何も企んでいない。ただ私はもう子供を産もうと思えない。私の子供のこともコリがあんなことをしてしまったのも子供の尻尾が何本かとそんなことに拘るせいだ。
だからもう子供にそんな思いをさせたくない。でもそれじゃ里も大変になる。だからオサキを私が育てる。どんな子に育つかはわからない。私はただオサキを七尾として恥じないように育てるだけ。
アキラとは違う。親というよりは教育者?あるいは師匠?ただそれに都合が良いから養子にするだけ。この子がどんな子に育つかはこの子次第。それは別にコリへの復讐でもないし死んだ私の赤ん坊への弔いでもない。
それはただアキラが帰って来た時に胸を張って会える母であるために………。




