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転生無双  作者: 平朝臣
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第九十五話「アキラの出自」


 扉を開いた先には一体の人形が置いてあった。その人形は頭まですっぽり覆うローブを身に纏い、顔には髑髏を模った仮面を被り、大きな鎌を持って錆びた骨組みだけの椅子に腰掛けていた。


 そう…。人形だと思った…。俺の気配察知には一切何も感知されない。神力も、呼吸音も、心臓の鼓動の音も、一切何も感じなかったのだ。


 それはつまり生命を持つ者ではないということ。だから俺は人形だと思った。それは俺だけでなくクシナもそれを見て驚きはしていたが人形だと思っていた………。


 俺達二人がいながらこいつにまったく反応出来なかったのだ………。


クシナ「きゃあぁっ!」


アキラ「―ッ!!」


 俺達がその部屋へと不用意に入ると人形が鎌を振るった。それもとても眼に見える速さじゃない。ギリギリでクシナを突き飛ばしたが俺のドレスのフリルを少し斬られてしまった。


 師匠が妖力を込めて織ったドレスだ。並の者では斬ることなど出来るはずもない。ましてや何の変哲もないただの鉄で出来た鎌でなど斬れるはずはないのだ。


 だが今目の前で斬られた。この人形のように何の気配もない者が動いたことにも驚いたがその動きといい鎌の一撃といい信じられないようなことが連続で起こる。


アキラ「何故俺達に攻撃してくる?」


 返事は期待していなかったが俺は一応問いかけてみた。


???「その程度か?アキラ=クコサト。その程度ならばお前に先はない。ここで朽ち果てるがいい。」


 鎌をこちらに向けて構えをとる。やはりまともな返事はもらえなかったようだ。


アキラ「せめて名前くらい名乗ったらどうだ?」


デスサイズ「いいだろう。俺は冥府の王、死神デスサイズ。これからお前を殺す者の名だ。」


 言うが早いかデスサイズは鎌を振るってくる。とてもじゃないが間合いの外だ。それなのに鎌を振るうということはこれが攻撃になるということ。


 良い予感がしない俺はクシナを抱えて斜め後ろへと飛びずさった。その直後に鎌が伸び俺の足の裏をギリギリ掠めた。もう少し反応が遅ければ斬り裂かれていただろう。


 この死神デスサイズという者からは何も感じられない。神力や筋肉の動きなどもそうだが感情の類も何も感じないのだ。普通闘気や闘争心、怒りや殺気など戦っていれば様々な感情が表に出てくるはずだ。


 それはどんな達人でも完全に消し去ることは出来ない。にも関わらず死神デスサイズからは何も感じないのだ。………こんな敵とは出会ったことがない。薄気味悪さを感じる。


 その上強い………。ざっと見た感じでは五龍王くらいの強さに見える。しかし実際には違う。


 いや…、能力的には五龍王くらいの力しか出していないのだろう。本気がどの程度なのかは知らないがその程度に手加減されている。それなのに俺が苦戦している理由。それはこいつが持つ何らかの特殊な力のせいだろう。


 今まで世界を周って、見て、手に入れてきた力とは根本的に違う別種の力だ。もちろん闇の意識の力とも違う。最高神とも違う。今まで見たことがないまったく別の力………。


 俺はほとんどの力を一度見れば使えた。だがこいつの力は使えない。俺は持っていない力だ。しかもここでは俺は………。


デスサイズ「無駄だ。力を使おうとしてもここではお前の力は使えない。」


アキラ「チッ………。」


 そうだ。デスサイズが言った通りここでは俺の力が何も使えない。妖力も、魔力も、精霊力も、獣力も、龍力も、今まで俺が手に入れて来た全ての力が使えない。能力制限まで解除出来なくなっている。俺は今の手持ちの能力だけでこいつと戦わなければならないのだ。


デスサイズ「………この程度か。ならばこの先に進む資格はない。ここで死ね。」


 デスサイズがまた鎌を振るう。………いや、これは何かある!


 クシナを抱き締めて見えない何かからの回避を試みるが俺の背中に何かが当たった。


アキラ「がはっ!」


 何かが当たった俺はクシナを抱えたまま下りて来た階段の手前まで吹き飛ばされた。背中に溶かした鉄を浴びせられたような熱さを感じる。それと同時に寒気がするような冷たさも感じる。今まで感じたことのない未知の感覚に俺の脳が混乱する。


デスサイズ「どうやら見込み違いだったようだな。」


 デスサイズが静かに鎌を肩に担いだまま歩いてくる。…強い。俺の能力が使えないこととは関係なくこれまで出会った敵の中で最強だ。クロを上回っている。


 全体の能力的に師匠を上回っているかどうかはわからないが、この特殊能力は厄介だ。師匠でも初見では梃子摺るだろう。俺も現段階では対抗手段を思いつかない。お手上げだ。


 そもそも相手の力すら感知出来ないのではそれを見破ることなど出来るはずもない。攻撃しようにも制限を解除出来ない俺では敵の方が身体能力でも上で、特殊能力も使えない。


 どうする?階段は目の前だ。敵は後ろから迫ってきている。階段を上って脱出を図ることは出来るかもしれない。


 俺一人ならともかくクシナまで庇っていてはとても戦える相手でも状況でもない。一度脱出して態勢を立て直し策を練ってからまた来るか?


 俺はそんなことを考えていた。しかし………おかしい。クシナが静かすぎる。吹き飛ばされた時にクシナにもショックがあったはずなのに何の声すら漏らしていない。


 ようやくクシナがおかしいことに気付いた俺は抱えたクシナを覗き込んでみる。


アキラ「おいクシナ?」


クシナ「ぅ…。うぅっ……。」


 俺が揺するとクシナは小さな呻き声を出した。明らかにおかしな顔色をしている。血の気がなく生気が感じられない。


アキラ「おいっ!クシナっ!クシナっ!!」


 呼んでも揺すっても反応は薄い。ほとんど意識がないか朦朧としているのだろう。クシナの足を見てみる。そこには何か黒く粘つくものが絡みついていた。俺は自分の背中に手を当ててそこについたものを掬い取ってみる。


 それもやはり黒く粘つくものだった。かわしきれずにクシナにもかかってしまったのだろう。まさかこれが原因か?俺もさっきから熱いのに体の芯から冷えるような寒気を感じる。


デスサイズ「その娘はもう助かるまい。そしてお前もこれで終わりだ。」


 声の距離からしてデスサイズは俺の後ろに立って鎌を振り上げているのだろう。下手に動けない。動けば即座に鎌が振り下ろされるだろう。だがここでじっとしていてもいずれ鎌の餌食になる。


 しかし今の俺はそんな冷静な判断などしていられない。クシナが苦しそうに呼吸を荒くし始めた。デスサイズの言葉を聞くまでもない。このまま放っておけばクシナはそう長く持たないだろう。


アキラ「クシナに…。俺の女に何しやがったっ!!!」


デスサイズ「―――ッ!!!」


 俺の神力が爆発する。出せなかったはずの神力が眩い光を出し闇を払いながら溢れ出す。


アキラ「うおおぉぉぉっ!」


デスサイズ「ちぃぃっ!!!」


 振り向き様に立ち上がり振るった俺の拳とデスサイズの鎌が衝突するまさにその瞬間………。


???『そこまでじゃ。もうよかろう?デスサイズよ。』


 体が動かない。まったく動かせない。頭に直接響いてくるようなこの声の主の力で俺もデスサイズも動きを止められている。


 俺が完全に全力を出せばこの呪縛を解いて動けるだろう。だがそれをすれば周囲にまで俺の神力による影響を与えてしまう。つまり一言で言えばクシナまで巻き添えにしてしまうから今は出来ない。


 それにデスサイズはともかくこの声の主は俺達に危害を加えようとは思っていないのだろうと何となくわかった。


デスサイズ「何故止めるのですかヨモツオオカミ様。」


ヨモツオオカミ『あのままではそなたの方が敗れておったであろう?』


デスサイズ「それはやってみなければわかりません!俺はまだ負けてない!俺にはまだ奥の手がありました!」


ヨモツオオカミ『そなたのその一途なところは好ましく思うが今はそんな時ではあるまい?目的を忘れて熱くなっておるのではないか?』


デスサイズ「それはっ!………申し訳ありません。」


ヨモツオオカミ『よいよい。そなたのそういう所は買っておる。』


 どうやら向こうは向こうで話は纏まったようだな。俺はいつの間にか呪縛が解けていることに気付きクシナの隣に腰を下ろす。


 これが何なのかわかった俺には、こいつらのようにこの黒いものを操ることは出来なくともクシナを救うことくらいは出来る。


 この黒く粘つくもの。これは『死』そのものだ。そう言われて意味がわからないだろうがそうとしか言えない。


 この『死』に触れていると生命力を奪われて死に至る。大量に浴びた俺がまだ平気でクシナがこれだけ弱っているのは生命力の差だ。だからクシナを救うには俺の生命力を注ぎ込めばいい。


 俺はクシナの胸の辺りに手を翳す。俺の手から眩い光が溢れてクシナに俺の生命力が注ぎ込まれる。


クシナ「うっ………。はぁ……。すぅ…、すぅ…。」


 最初は少し浅く荒かったクシナの呼吸が次第に落ち着いてきた。足にかかっていた黒いものも俺の生命力の方が強く消え去っている。


 生命エネルギーをプラス方向のエネルギーだと仮定したら、この『死』そのものはマイナスのエネルギーだと言える。


 この黒く粘つく『死』そのものと同じ量だけの生命エネルギーを奪われてしまう。プラスとマイナスで同等の量だけ相殺しあうために浴びた『死』よりも生命エネルギーの方が少なければそのまま死んでしまうというわけだ。


 理屈はわかったがこれは俺では使えない。これを使える者というのは………。


ヨモツオオカミ『よく参った。あの子の娘、アキラ=クコサト。わらわはヨモツオオカミ。この黄泉の国の神じゃ。』


 ………そうだ。この『死』そのものを扱える者は即ち死を司る者。それは生者では決してありえない。デスサイズもこう名乗ったはずだ。『冥府の王、死神デスサイズ』と…。


 黄泉の国の神。そして冥府の王であり死神。………ちょっと肝試しみたいだと思っていたが本当に死者の国へと迷い込んでしまったようだ。


 いや…、迷い込んだわけではないか。奴らが俺を誘い俺はそれに乗った。パンデモニウムの怪奇現象を解決するだけだったのにとんだ大事になってしまった。


アキラ「お前達の目的は何だ?何故俺のことを知っている?」


ヨモツオオカミ『それは直接話そう。デスサイズ、アキラを連れてきておくれ。』


デスサイズ「………ははっ!こっちだ………。」


 デスサイズは一瞬俺の方をチラッと見て嫌そうな気配を発しながら先を歩き始めた。俺はクシナを抱え上げてその後ろに付いて行く。


 さっきまではデスサイズから何も感じられなかった。それなのに今でははっきりと不機嫌だというような気配を感じる。ただ感情を殺していただけ?そんなことが可能なのか?例えどれほどの達人であろうと何の心の揺らぎも発しないなどあり得ない。


 だがこいつらは生者とは違うから可能なのだと言われればそれで納得するしかない。ただ今俺の前を歩くデスサイズはまるで普通の人のように感じられた。


デスサイズ「じろじろ観察するな。」


アキラ「悪いな。ずっと同じ殺風景な景色で暇だったんでな。」


 辺りはただ真っ暗なだけで少し先ですら見えない。そして光っているわけでもないのにデスサイズだけがこの真っ暗な暗闇の中で妙にはっきりと見えていた。


 もしここでデスサイズがいなくなれば俺は前後左右上下すらわからなくなって元の場所に戻ることすら出来ないだろう。


 こいつが俺達をここに放っていけばそれだけで俺達は身動きが取れなくなる。だが罠や危険を気にしていては何も進まない。俺はただ黙ってデスサイズの後ろを歩いていったのだった。



  =======



 どれくらい歩いたのか距離も時間もわからない。感覚が全て狂ってしまう不思議な空間を過ぎると巨大な門が見えてきた。その門の周りだけ明るいのかよく見える。


 いや…、これは灯りじゃないのか。まるでその存在自体が光を発しているかのようにやけにはっきりと見える。


ヨモツオオカミ「よく参ったアキラ。」


 その門の前に座っている者がいた。その声からこの座っている者がヨモツオオカミであるとわかる。


アキラ「俺に何の用があってこんな手の込んだことをした?」


ヨモツオオカミ「………そなたはわらわを見ても恐れぬのじゃな。」


アキラ「………別に恐れる理由はないと思うが?」


ヨモツオオカミ「この醜い姿を見てそう言えるのかの?」


 ヨモツオオカミは伏せていた顔を上げる。別に顔を上げなくてもわかっていた。ヨモツオオカミは途轍もない異臭を放っていたし見えている手足がそうだったから…。


 ヨモツオオカミの全身は爛れ腐りひどい臭いを発している。だが…。


アキラ「それが何だというんだ?お前が俺をここへ呼び俺はそれに応じた。そして用件は何だと聞いているんだ。お前のその姿と何か関係があるのか?」


ヨモツオオカミ「………。」


 ヨモツオオカミは落ち窪んだ目で俺を見つめる。片方の目玉はなくなっているし残っている片方も形が崩れて眼窩から垂れ下がっているがたぶん見つめていると思う。


ヨモツオオカミ「ほほほっ!あの人はわらわのこの姿を見て逃げ出したというのにさすがはあの子の娘じゃ。あの子もわらわに会いたいと岩の前で泣いておったわ。この姿を知っても母と慕ってくれるあの子にそっくりじゃ。」


 ヨモツオオカミは心底愉快そうに笑っていた。


アキラ「お前の子の娘だと?だったらお前が俺の祖母だと言いたいのか?」


ヨモツオオカミ「そうじゃ。そなたはわらわの子の娘。すなわちわらわの孫じゃ。」


 貴女が私のお婆ちゃんなのね!なんて感動の場面にはならない。まったく見ず知らずの人に親族ですとか言われても『はぁ?』としか思わないのと一緒だ。というかその場面そのものだ。


アキラ「そうか…。それじゃそれはもういい。で、何故俺をこんなところに呼んだ?まさか祖母ですと名乗り出るためじゃないだろう?」


ヨモツオオカミ「そんなにあっさり信じて良いのかの?」


アキラ「くどいな。別に完全に信じたわけじゃないが、今の俺ではそれが正しいとも間違っているとも証明する術はない。お前がそう言うのならその可能性もないとは言えないと受け取っただけだ。」


ヨモツオオカミ「ほほほっ!本当に面白い子じゃ。それでは話そう………。」


 ヨモツオオカミが語った話を纏めておく。肝心なことははっきりとは話してくれていない部分もあるので俺も完全に把握しているわけではない。多少俺の補足も交えて纏めておく。


 まずヨモツオオカミはある種族の神だったらしい。夫と二人でその種族を産み育てていた。しかしある子供を産んだ時にこのヨモツオオカミは体を壊し死んでしまった。


 夫は妻であるヨモツオオカミを取り戻そうと旅に出て妻を取り戻す方法を探し続けた。そしてとうとう再会することが出来た。


 しかし夫はこの爛れ腐り醜く変わり果てた妻を見て逃げ出した。その夫が生者と死者の世界を分けてしまったために両者は触れ合うことが出来なくなった。


 そうして出来たのがこの黄泉の国だ。そこにいるのはもちろん死者のみ。ヨモツオオカミは黄泉の国の神となった。


 そして逃げ帰った夫は三人の子供に種族を預けた。長女、長男、次男、この三人がそれぞれ種族を率いてより一層盛り立ててくれるはずだった………。


 しかし能力の強すぎる次男は長女と長男の二人から目の敵にされ辛い日々を送っていた。そしてついに我慢出来ずに種族を抜け出し母のいるこの黄泉の国と生者の国を分ける岩の前で母に会いたいと泣き続けていたそうだ。


 暫くは岩の前で泣き続けていた次男だったが母の説得もあって旅立つことなった。立派になって帰ってくると言って次男が旅に出てから月日は流れ、ヨモツオオカミももう戻ってくることはないかと思っていた頃に戻ってきた。


 その次男は立派に成長し龍を従え美しい妻を娶ったと報告した。岩のために直接見ることは出来ないがそれを聞いたヨモツオオカミは安心した。


 生者と死者では触れ合うことは出来ない。妻も部下も出来た次男にここから立ち去るように告げた。次男は毎年一日だけここへ詣でることを母に誓い自分の妻と部下を連れて立ち去った。


 そして次男は種族の長となり俺が産まれる。しかしある争いで俺の両親は死に種族も滅びた。


 目障りな次男がいなくなったことで長男は母の国である黄泉の国へと侵攻した。六人いた冥府の王もデスサイズを除いて残りの五人は長男の軍門に降る。


 黄泉の国のほとんどと配下の冥府の王達を奪われたヨモツオオカミは次男の娘である俺を待っていた。この話は俺の記憶にあるとある話を彷彿とさせる。


アキラ「それで俺と手を結んで長男を倒して黄泉の国を取り戻したいとでも言うのか?」


 結局こいつらも俺を利用したいだけか?


ヨモツオオカミ「ほほほっ。わらわや黄泉の国のことなどどうでも良い。愚息が欲しいというのならくれてやろう。わらわがそなたを呼び寄せたのはそなたの命も我が愚息に狙われるであろうからじゃ。」


アキラ「………そのためにデスサイズと戦わせたのか?」


ヨモツオオカミ「聡い子じゃのぅ…。そういうことじゃ。何も知らずに長男に襲われておれば対抗する術を持たぬそなたはすぐに殺されてしまうじゃろう。故にその力を見せたのじゃ。」


 確かにヨモツオオカミの言う通り、もしいきなりその相手に襲われていたら俺の仲間の何人かは命を落としただろう。


 デスサイズでもあの強さだ。そしてヨモツオオカミは師匠より強い。俺の全力には及ばないが第二階位くらいの強さだろうか。


 そしてそのヨモツオオカミですら凌ぎ、その国を力ずくで奪ってしまうような敵なのだ。さらにその能力も知らず俺は感知出来ないままであればそれがどれほど危険であったか想像するのは容易いだろう。


 ただ単純にヨモツオオカミの言葉通りに受け取るのもどうかとは思うが、少なくとも大きな嘘はついていないだろうと思う。何よりこのヨモツオオカミは本当に俺を慈しむような目で見ているのだ。俺と敵対したり利用して俺を自分の敵にぶつけようとしているとは思えない。


 結果的に俺とヨモツオオカミで共通の敵を持ち協力することで利益を得る可能性はあるが、それだけを考えて俺を連れて来たわけではないのだとわかる。


 本当に俺の父であるらしい次男はこの母を慕い、母もまたそんな次男を可愛がっていたのだろう。その娘である俺をも大事にしたいと思えるほどには………。


アキラ「用件はそれだけだったのか?」


ヨモツオオカミ「うむ………。少し…近う寄ってはくれぬか?」


アキラ「………。」


 俺はクシナを地面に寝かせてヨモツオオカミに近寄る。


クシナ「うぅん………?きゃあっ!」


 クシナは目を覚ましヨモツオオカミとデスサイズを見て悲鳴を上げた。


アキラ「落ち着け。こいつらは敵じゃない。」


 クシナが暴れてはヨモツオオカミとの話どころではないのでクシナに事情を説明して落ち着かせる。


クシナ「………そう…ですか。」


 まだ納得も信用もしていないようだが一先ず事情を察したクシナはそれだけ言うと大人しくなった。クシナが大人しくなったことで俺はまたヨモツオオカミへと近づいていった。


ヨモツオオカミ「うむ…。わらわの若い頃に良く似て美しい娘じゃ。ほほほっ。」


 ヨモツオオカミは近寄った俺の頭を撫でた。爛れ腐った手で撫でられ頭にねちゃねちゃと腐肉がついたが不思議と不快な気持ちはしなかった。


 それはヨモツオオカミが本心から俺を慈しんでいることを俺自身がよくわかっていたからかもしれない。


ヨモツオオカミ「こんな手で触られても嫌がらぬとは…。そなたの心をうれしく思う。」


 最後に少しだけヨモツオオカミは涙を流した。


デスサイズ「ふん…。ヨモツオオカミ様を誑かすなよ。」


 その様子を見ていたデスサイズが苦言を呈してくる。さすが五人の冥府の王は裏切っても残っている忠臣だ。


 いつの間にかデスサイズの顔にあった髑髏を模った仮面は外されていた。その顔を見た俺は一瞬少女かと思った。非常に整った美しい顔をしている。中性的で少女だと言われたら信じそうなくらいの美少女顔だ。


 しかしよく見れば男だとわかる。その瞳は仮面をしていた時とは違い冷たく俺を見据えている。感情が一切感じられなかった頃と違い今でははっきりと俺に敵愾心のようなものを向けている。


アキラ「俺の祖母らしいからな。もっと甘えるかもしれんぞ?」


デスサイズ「………。」


 俺の言葉を受けてデスサイズの視線が明らかに冷たさを増した。わかりやすいやつだ。


ヨモツオオカミ「これっ!喧嘩するのではありませんよ?」


デスサイズ「申し訳ありません…。」


アキラ「そうだ。肝心なことを聞いてなかった。パンデモニウムの霊障はお前達の仕業ってことでいいのか?もう用が済んだからこれからはもうしないんだな?」


デスサイズ「ああ…。もうしない。」


 これで一応パンデモニウムの件は片付いただろう。ちょっとした肝試しと幽霊の真相解明のつもりだったのに本当に死者と出会ってしまったし、強敵とは戦うことになったし、祖母らしき人物と知り合ってしまうしで大変だった。


アキラ「そうか。それじゃ俺達は帰るぞ。」


ヨモツオオカミ「デスサイズ。黄泉比良坂まで送ってあげなさい。」


デスサイズ「………はい。」


 何か不服そうだけどデスサイズが送ってくれることになったらしい。帰るとは言ったが俺達だけじゃあの暗闇を歩いて帰るのは不可能なので送ってもらわなければ困る。尤も俺は緊急用に一応脱出出来る手段は置いてきたがな。


 こうしてまた暗闇の中を歩いて帰る。今度はクシナも目を覚ましているので三人で歩いて帰る。階段の見える場所まで戻ってきたところでデスサイズが声をかけてきた。


デスサイズ「ここまででいいな?あとはあの黄泉比良坂を上ればいいだけだ。じゃあな。」


 そっけなくそれだけ言うとデスサイズは帰って行こうとした。


アキラ「ああ。ありがとう。」


デスサイズ「―ッ!なっ…、馬鹿か?俺は言われたことをしただけだ。」


アキラ「ふっ。それでもお前が俺達を案内してくれたんだ。ありがとう。」


デスサイズ「知るか!じゃあな!」


 赤くなったデスサイズはそれだけ言うとさっさと走り去ってしまった。ふふっ。ちょっと可愛かったな。それからクシナと二人で階段を上って最初の扉を出た。


 そこには俺が緊急脱出用においていった小さいバフォーメが直立不動で待っていたのだった。



 おや?どこかで見たことある登場人物が?いやいや、それはきっとキノセイ


 たまたま偶然同姓同名だっただけに違いない…。

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