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転生無双  作者: 平朝臣
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第九十四話「肝試し」


サタン「実は目に見えぬ敵に襲撃されておる…。」


 サタンは疲れた顔でそう言った。もし言葉通りならば厄介な敵だろう。俺達もマンモンや逆十字騎士団の消える能力を持つものにしてやられた経験がある。見えない相手に奇襲されるというのはそれだけ圧倒的なアドバンテージがあるということだ。


 そして消えている敵と言えば最初に思い浮かぶのが受肉していない悪魔達だろう。だがこの襲撃とやらはおそらく悪魔の仕業ではないと俺は思う。


 なぜならばもし悪魔が襲撃してきているのだとすれば魔人族はこんなに落ち着いていられないはずだからだ。もっと大勢の死傷者が出て大変なことになっているだろう。


 現状では警戒はしているがそれほど混乱は起こっていない。つまり被害はほとんどないかあっても極軽微なものだろうと推測が立つ。


アキラ「もう少し詳しく聞いてもいいか?被害状況は?いつから襲撃が始まった?どんな襲撃だ?」


サタン「………それでは場所を変えて話をしようか。」


 サタンに連れられて謁見の間のような堅苦しい場所ではなくもっと落ち着いた応接室のような場所へと移った。


 少しお茶をしてからサタンは話し始めた。その内容を纏めておく。


 襲撃が起こり始めたのはマンモンが俺達と別れて一人パンデモニウムに向かった頃くらいかららしい。襲撃の内容は誰もいないはずのところに人の気配があったり、誰も触っていないのに勝手に物が動いたり、変な音が鳴ったりするらしい。人的被害はない。強いて言えば安眠妨害とかそんなものだ。


 ………それは果たして襲撃なのか?その話を聞いた俺とミコは同じことを考えたはずだ。そう…。それは幽霊の仕業とか霊障とか言うやつじゃないのか?


 だが俺は幽霊なんて信じていない。地球でもファルクリアでも出会ったことも感じたこともない。そもそもこの世界には死肉で作ったゴーレムはいてもゴーストやアンデットの敵は存在しない。


 過去に師匠に聞いたこともあるがこの世界ではそもそも魂とか蘇るとかアンデットとかそういう概念自体がない。


 この世界の者達が死というものをどういう風に捉えているのかは知らない。ただどんな傷も死んでさえいなければ魔法や道具でたちまち治ってしまうご都合主義の世界と違い、この世界では四肢欠損しただけでも治すことは絶望的なシビアな世界だ。


 そのような世界だからこそ死んだらそれまでという意識が強いのかもしれない。


アキラ「それはまるで幽霊の仕業みたいな話だな。」


ミコ「そうだね…。」


フラン「幽霊とは何ですか?」


 好奇心の塊みたいなフランは俺とミコの呟きに食いついてきた。他の者達も気になっているようで聞き耳を立てている。


アキラ「それじゃ少し話してやろうか。」


 そこから俺はまず幽霊や魂のようなものから説明して、その後は日本の怪談などを語って聞かせてみた。


フラン「なるほど………。魂…、死後の世界…、非常に興味深いお話でした。精霊族がまた同じ存在として生まれてくるというのはもしかしてその魂というものが巡っているからかもしれませんね。」


 さすが魔法マニアで知識欲の塊のフランだ。理論や研究対象としてしか捉えていない。そして言っていることはおそらく当たらずとも遠からずだろう。


 俺も精霊族は輪廻転生とでも言うようなことを繰り返して同じ存在として生まれているのではないかと考えていた。この世界には魂という概念はなかったが実際にはその概念にあてはめてみれば納得の行く現象もいくつか存在しているということだ。


 ただ魂があったとしてだからと言って幽霊もいるかと言えば俺にはわからない。少なくとも俺は今までそんな存在に出会ったことも感じたこともないので懐疑的に見ている。


 ガタンッ


クシナ「ひぃっ!」


 背後で物音がしたらクシナが短い悲鳴を上げて飛び上がり俺に抱き付いて来た。ちょっと震えてる。


狐神「クシナは怖がりみたいだね。」


クシナ「どっ、どっ、どっ、どういう意味ですか!私は何も恐れてなどいません!」


ティア「う~ら~め~し~や~」


クシナ「きゃあぁぁっ!」


 ティアがさっき俺がした怪談話の真似をしてクシナを脅かすと完全に俺の胸に顔を埋めて震えだした。どう見ても怖がってるな。他の者は嫁も大ヴァーラント魔帝国の者も誰一人怖がっていないのにクシナだけは幽霊が怖いみたいだ。


アキラ「あまり脅かしてやるなよ。」


ティア「何を言っているのですかアキラ様?これで誰憚ることなくアキラ様のお胸に抱きつけたのですからむしろ感謝してもらいたいくらいです。」


 ティアはそう言ってふんぞり返る。やっぱりティアも精神的にはまだまだ子供だな。


アキラ「ともかく人的物的損害がないのならその程度のこと無視しておけばいいんじゃないのか?」


サタン「最初のうちはそう思っておったのだが………。」


 サタンは渋い顔をして言葉を濁した。その顔には疲労の色が見える。


アキラ「もしかしてその疲れているのも襲撃のせいか?」


サタン「………うむ。無視しておるとどんどん音が大きくなりとても寝ておれなくなる。このままでは皆弱ってしまうだろう。」


 何でもこの霊障のようなものはサタンやこの城の者達だけでなくパンデモニウムの町に住む一般市民にまで及んでいるらしい。


 夜中に眠っているところに耳元で一晩中ガチャガチャ大きな音を立てられたらそれはさぞ大変だろう。それも一晩のうちに町中のいたるところでそれが起こるのだ。


 そりゃ皆寝不足になってイライラするのもわかる。門番達だって犯人を捕まえてやろうと躍起になるだろう。


サタン「そこでアキラ殿に力を貸してもらいたい。この状況を何とか出来ぬか?」


アキラ「う~ん………。一先ずその現象を見てみないことには何とも言えない。とりあえず今晩はパンデモニウムに泊めてもらおう。その時にその現象が起きたら調べてみる。」


 俺達には関係ないことだと言って突っぱねることも出来た。だが大ヴァーラント魔帝国が揺らげば俺達にも影響がある。折角今は穏健派のサタンやバアルゼブル、そしてある程度気心の知れたマンモンなどが大ヴァーラント魔帝国の上層部として君臨してくれているのだ。


 もしここで助けずに今の上層部が失脚でもして強硬派の者が後釜に座りまた戦争でも始められたら面倒でたまらない。


 そして何より俺自身がこの霊障のようなものに興味がある。確かめてみたい。俺は前世でも、そして様々な感覚が発達している今生でも幽霊というものを見たことも感じたこともないのだ。


 純粋な好奇心として、もしここで見れる可能性があるのなら確かめてみたい。


サタン「おおっ!黒の魔神様とアキラ殿達がおればこの襲撃も何とかなろう。」


 サタンはホッと安心した顔になった。そこまで頼られても困る。見てみないことには何か出来るかどうかすらわからない。


 とにかく今日はパンデモニウムに泊まることにして部屋へと案内してもらったのだった。



  =======



 先ほどのサタンとの会談の時にバアルゼブルはいたがマンモンはいなかった。他の六将軍は知らないがマンモンがいればやってくるだろうと思っていたのに来なかったことが不思議だった。


アキラ「マンモンはどうした?会談の場にやってくるかと思ったが部屋から動かないな。」


 マンモンがまだこのパンデモニウムに滞在していることはわかっている。マンモンの部屋からマンモンの気配を感じる。


バアルゼブル「マンモンは………。」


 バアルゼブルの歯切れが悪い。


アキラ「まさか…。何かあったのか?」


バアルゼブル「それは………。」


 バアルゼブルに話を聞いた俺は急いでマンモンの部屋へと向かった。


アキラ「マンモン!」


 俺はノックもせず扉を乱暴に開く。そこにはアイマスクをして、耳栓をして、頭から毛布を被ってぶつぶつと何かを呟いているマンモンの姿があった。


マンモン「羊が三十四万千五十一匹。羊が三十四万千五十二匹。羊が………。」


 駄目だこりゃ…。完全にノイローゼ状態だ。マンモンは思いのほかメンタルが弱いかもしれない。


アキラ「男ならしゃきっとしろ!」


 俺はマンモンにビンタを食らわせた。当然無防備なマンモンは俺のビンタを食らって回転しながら飛んでいき壁に頭が突き刺さった。


マンモン「………。」


アキラ「まだぐだぐだしてるつもりか!」


 俺はビンタを食らっても動き出さないマンモンを叱咤する。


ミコ「アキラ君………。たぶん気を失ってるんだと思うよ………。」


 ミコの突っ込みが響いた………。



  =======



 壁から引っこ抜いて治療するとマンモンは気がついたようだ。


マンモン「………アキラ。」


アキラ「この軟弱者が!霊障やラップ音くらいでノイローゼになるとは何事か!」


ミコ「まぁまぁアキラ君…。ちょっと落ち着こう?誰だって眠れないのは辛いよ?」


 ………。確かにミコの言い分もわかる。そりゃあ俺だって前世では寝不足は辛かった。だがマンモンほどのレベルならば数ヶ月レベルでほぼ不眠不休でも問題ないはずだ。


 さすがに神ほどまったく必要ないということはないが食事も睡眠もほとんどなくても肉体的には問題ない。こいつがまいっているのは精神的な問題だ。それを軟弱と言わずに何と言うのか。


マンモン「………意味のよくわからない言葉も多くあったが大体意味はわかった。確かに俺が軟弱だった。これから善処する。」


 善処か…。何か善処って言葉は信用出来ない気がする。


アキラ「そもそもなぜお前ほどの者が少し眠れないくらいであんな状態になってたんだ?」


 そこが疑問だ。他の者に比べて睡眠もそれほど必要じゃないマンモンが一番にあれだけまいってるなんて何かおかしい気がする。


マンモン「………それは、起きていても寝ていても悪魔の囁きがずっと聞こえていたからだ。」


アキラ「悪魔の囁き?」


マンモン「………そうだ。『お前はアキラに相手にされていない。』『お前はアキラに相応しくない。』『アキラはお前のことなど何とも思っていない。』ずっとこんな言葉を囁かれ続けているのだ。」


アキラ「何だそんなことか。全部本当のことじゃないか。」


マンモン「………。」


 マンモンが白目を剥いている。


シルヴェストル「チーンなのじゃ。」


 合掌。


ミコ「まっ、まぁ…、お話の続きをしよう?」


 ミコが何とかフォローしようと思ったようだが結局何も思いつかずに先に進めるだけしか言えなかったようだ。



  =======



 マンモンもそれなりに元に戻ってから俺達は部屋へと帰った。そして皆で一晩明かしてみたが何も起こらなかった。


 町の住人達は人数が多すぎるためか毎日全員が霊障に襲われるわけではないようだが、城の者は全員毎晩悩まされていると言っていた。


 それなのに昨晩は俺達のところでは何も起こらなかった。それに目の前で起こらなくとも城中で起これば何か感じるかと思ったが、俺も師匠もガウも何も感じなかった。感覚の鋭い妖怪族三人でも何も感じない。そして他の嫁や仲間達も当然のように何も感じなかった。


 それなのに城の者達は昨晩も霊障にあって眠れなかったと言っている。わけがわからない。そもそも何か音がしたり気配があれば俺達が気づく。だがそんな音や気配すら感じなかったのだ。これは一体どういうことだろうか………。


狐神「人数が多すぎたかね?」


アキラ「………え?」


狐神「私らは多人数で固まりすぎてたから何も起こらなかったのかと思ってね。」


 ………なるほど。確かに幽霊などは人の多いところには現れずに暗いところで一人の時かいても精々数人の時に出てくるイメージが強い。


 もしかして俺達はこんなに大人数だからここには出なかったのか?そう言えば城に寝泊りしている兵士の休憩室も二人もしくは三人部屋でそれより多い人数の部屋はない。


 だが俺達のところに出なかったのはそれで筋が通ったとしても、昨晩も城中で幽霊が出たはずなのに俺達が何も感知出来なかった理由にはならない。


 とにかくわからないことだらけだ。………次は師匠が言うようにもっと少人数で別れてみるか?


アキラ「師匠が言われたことが関係している可能性もあります。今晩は少人数で別れてみますか?」


狐神「私は試してみる価値はあると思うよ。」


 他の者達も賛同したので今晩は二人ペアになって別れて過ごしてみることにしたのだった。



  =======



 二人一組になって別れることになったのはいい。問題なのは俺のペアだ。今俺の横にいるのは………。


クシナ「はっ、離さないでくださいね!」


 クシナはガクガクブルブル震えながら俺の腕にしっかり掴まっている。腕を絡めて手を握りその腕を胸に抱き締めている。俺の腕にクシナの胸が当たって気持ちいい。今は胸当てをしていないから服一枚下はクシナの胸だ。


 今俺達は二人で廊下を歩いている。これも師匠が言い出したことでただ部屋で待っているだけじゃなくて巡回に出てみてはどうかと言われたのだ。その案を採用して交代で巡回に出ることにして今は俺達が巡回している最中というわけだ。


 何か肝試しみたいだな………。それによく考えてみればペアにしようと言い出したのもくじ引きを作ったのも師匠だ。もしかして俺とクシナが一緒になったのは師匠の陰謀じゃなかろうかという気がしてきた。


 だがだからと言ってこの幽霊騒動も師匠の差し金かというとそれは違うと思う。師匠はあくまでこの状況を利用して俺とクシナをくっつけようとしているだけだろう。


 師匠なら何日も前からこんな面倒な仕掛けをするとは思えない。もっと行き当たりばったりで行動するだろう。俺達が帰りにパンデモニウムに寄るかどうかもわからなかったのに通り過ぎる時にこんな仕込みをしていったとは思えない。


 ゴトリッ


クシナ「ひぃっ!」


 廊下の先で物音がするとクシナは短い悲鳴を上げて俺の手を握る力を強めた。結構しゃれにならない握力だ。普通の者なら骨が砕けるどころか腕を引きちぎられていてもおかしくない。


アキラ「………何もいないよ。」


 俺はクシナの頭を撫でながらそっと告げる。俺の警戒網には何も引っかかっていない。


 マンモンと最初に出会ってインビジブルアサシンを見た時に対策をいくつか考えた。そのうちの一つに俺の神力を周囲に満たすという方法がある。


 器に水を入れても中に物が入っていればその部分には水はいかない。中にある物の部分だけ水が避けられている。それと同じように周囲に俺の神力を満たして何か物があればその部分だけ俺の神力がその物にぶつかって避けられることになる。


 この方法を使えば例え姿は見えなくともそこに存在するものを感知することが出来る。俺は今この方法で周囲を警戒しているが俺の神力に触れている異物は存在しない。


 城の壁や装飾品しかない…、はずだった。


 ガタガタガタガタッ


クシナ「ヒッ!何かいるではないですか!」


アキラ「………。」


 クシナが抱きついてきた。俺より背の高いクシナが腕を放して体に抱き付いて来ているのだ。師匠との身長差なら俺の頭の上の方に師匠の巨乳…、いや、爆乳か?ともかくあれが当たるというか乗る。


 クシナとの身長差だと頭の上に乗るほどではなく完全に俺の顔が挟み込まれるくらいの高さだ。………何故急にそんなことを言い出したのか?それはもちろん今俺の顔がクシナの胸に挟まれているからだ。


 まぁそれはいい。俺はうれしい状態ではあるが問題はない。むしろ問題なのはポルターガイストの方だろう。


 本当に俺の警戒網には一切感知されていない。だが確実に何かが起こっている。壁に掛けてある絵画が独りでにガタガタと揺れているのだ。


 消えている者が手で動かしているわけじゃない。もちろん何らかの神力でサイコキネシスのような真似をして遠隔で動かしているわけでもない。


 このポルターガイストのような現象が起こっている理由はまだわからないが、少なくとも俺がこれまでこの世界で見てきた能力や神力の類は一切感知出来ない。


 ギギギギィィィーーー


 そんなことを考えていると廊下の先にあった扉が独りでに開いた。まるでその先へ進めと催促されているかのようだ。


クシナ「イヤアァァ!」


 クシナは独りでに扉が開いたことに驚き大きな声を上げてますます力強く俺を抱き締める。普通の者なら首が折れて頭蓋骨がぐちゃぐちゃになっているだろう。


 ………いや、待て待て。おかしいぞ。クシナのことを考えている場合じゃない。こんな所に扉なんてなかったはずだ。


 俺はこの城のことを全て知ってるわけじゃないがここに扉なんてなかったのは間違いない。そもそもここは三階でこの壁の先は外なのだ。階段があるわけでもないのに扉があるはずがない。


 それに俺の猫目でもこの先が見えない。真っ暗というよりは黒い闇そのもののように感じる。ただ俺の中にいたあの黒い闇の意識の闇とはまた違う。


アキラ「………行ってみるしかないか。」


クシナ「ええぇっ!ちょっ、ちょっと待ってください!何を言っているんですか?!」


アキラ「俺達がここに泊まっている理由はこの怪奇現象を解明して、可能ならば鎮めることだ。」


クシナ「こんなところ入れません!絶対無理です!」


アキラ「わかってるよ。クシナは怖いなら外で待っていればいい。」


クシナ「何を言っているんですか!こんなところに一人で置いていかれるほうが怖いに決まっているでしょう!!!」


 クシナは必死に俺に縋りつきながら半べそをかいている。


アキラ「怖くないんじゃなかったのか?」


 クシナは師匠に恐れてなどいないと言っていたはずだ。


クシナ「怖いです!怖いに決まっているでしょう!?だからお願いです。一人にしないで…。」


アキラ「うっ!」


 クシナは俺に縋りつき瞳をウルウルさせながら訴えかけてくる。可愛い…。


アキラ「一人にはしないが俺はあの中に入るからな。ついて来る気があるならついて来い。」


 確かにウルウルしてるクシナは可愛いが俺はあの中を調べる。それは譲る気はなかった。


クシナ「うっ………。ううぅっ……。わっ、わかりました。こんなところで一人にされるくらいなら貴女の傍に居た方がマシです。」


アキラ「マシとかいうなら来なくていいぞ。」


 いじめるつもりはなかったがつい意地の悪いことを言ってしまった。だがクシナもあんな言い方をするから俺の方もつい売り言葉に買い言葉で言ってしまうのだ。


クシナ「まっ、まっ、待ってください。訂正します。貴女の傍にいさせてください。」


 いつもとは違い本当に幽霊が怖いのかすぐに謝ってきて、俺にぴったり抱き付いて来る。いつもこれくらい素直ならもっと可愛いのにと思う。


アキラ「ついて来る気になったのなら行こうか。」


クシナ「ううぅぅ………。何かあったらちゃんと守ってくださいね?」


 ………本当にこれがあのクシナなのだろうか?こんな素直で可愛いクシナは初めて見たかもしれない。


アキラ「まぁ大丈夫だろう。それじゃ行くぞ。」


 俺はクシナにぴったり抱きつかれたまま、本来そこにはないはずの扉の中へと入って行く。扉を潜るとすぐに下へと続く階段があった。この城には本来こんな場所に下りるための階段などない。


 無事に戻ってこれるだろうかという不安もなくはないが、外でただ待っていても一連の怪奇現象が解決するとは思えない。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。


 大丈夫とは思うが戻って来れなくなった時のためにある仕掛けだけしておいて俺達は階段を下って行った。どこまでも真っ直ぐ下る階段を下り続けている。最初からわかってはいたがこうして実際に下りてみるとはっきりとこれが異常な事態だとわかる。


 この階段は折り返しもないし螺旋階段でもない。ただ一方向にずっと下り続けている。かれこれ十階分くらいは下りただろう。わかるだろうか?十階分もの高さを下りる階段を折り返しも螺旋にもせずに一方向だけに作るのだ。それは一体どれほどの距離が必要になるだろうか?とてもではないがパンデモニウムにそんなスペースなどなかった。


 それにこの扉があった階は三階だったのだ。十階分も下りたら地下深くまで潜っていることになる。しかしパンデモニウムには地下などない。


 前の俺がウィッチの村の近くに作った場所と同じようにここも空間的におかしい。そしてこの歪な空間を作り出しているであろう者の力も感じられない。


 俺の作ったあの場所ならば俺の力が溢れており感じることが出来る。しかしこの場所からは何の力も感じない。まるで何もないところにぽっかり穴が開いているかのような感じがする。


 一体どれほど下りたのか。何も感じられないままひたすら下り続けるとようやく底らしきものが見えてきたようだ。


アキラ「あそこで終わりか?」


クシナ「うぅぅ………。絶対この場所は変です。やっぱり帰りませんか?」


 クシナはやっぱり怖いようだ。だがようやく終わりが見えてきたのに今更引き返すわけなどない。


アキラ「さっき言った通りだ。クシナは帰りたければ帰ればいいぞ。」


クシナ「どうしてさっきからそんな意地悪ばかり言うのですか!」


 クシナがギュッと俺の腕を抱く力を強くする。別にいじめる気はないがつい言ってしまう。それに普段のクシナも大概だからおあいこだと思う。


 そんなことを考えながら階段を下っているとようやく一番下まで辿り着き階段ではなく平坦な廊下に変わった。さらに廊下を進むと一枚の扉がった。


アキラ「………開けるぞ。」


クシナ「………。」


 クシナは俺にぴったりとくっつく。俺達は覚悟を決めて扉を開いたのだった。



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