閑話①「その頃の勇者(笑)達①」
ありふれた放課後。その日もその瞬間まではまさに日本の学園ならどこにでもありふれた極々普通の放課後だった。その日私はある決意とともに心が浮き立っていた。一度図書部に顔を出し部の用事を済ませてから期待半分不安半分で緊張したまま誰もいないはずの教室へと戻ってくる。そっと彼の机へと近づいた時、誰かが教室へと入ってきた。
英雄「あれ?巫女どうしたの?今日は部活じゃなかったか?」
入って来たのは幼馴染の瀬甲斐英雄君。その後ろには同じく幼馴染の葉香菜宏美ちゃんがキョトンとした顔をしている。宏美ちゃんは私と私が近づいていた英雄君の机を見ながら意地の悪い笑みを浮かべて何か納得したようにウンウン頷いている。
宏美「こっそり誰かさんへのラブレターでも机に入れにきたのかな?」
巫女「ふっ、二人こそどうしたの?部活は?」
私は咄嗟に宏美ちゃんの言葉に答えられず慌てて話題を逸らす。動揺した私に全てわかっていると言いたげな宏美ちゃんは未だに意地の悪い笑みを浮かべている。
英雄「俺の方はさっき終わったばっかりだ。宏美は先に終わってたらしいけど今日は巫女も部活のはずだから教室で終わるまで待って久しぶりに三人で帰ろうって話していたところだよ。」
本当はすぐに用を済ませて図書部へと戻るつもりであった私は機を逃し二人と一緒にしばらく教室で話をしていた。その時ガラリと教室の扉が開いた。扉を開けた彼は私達三人の姿を認めると露骨に顔を顰めた。彼はアルバイトが休みの日はいつも閉館時間ぎりぎりまで図書室にいるはずなのに。ここに現れるはずのない人物の登場に私は動揺しながらも直接聞いてみることにした。
巫女「九狐里君どうしたの?」
晶「ノートを忘れたから取りに来ただけだ。」
ひどく面倒臭そうに答えた彼は九狐里晶君。三年へと上がって初めて同じクラスになった。真っ黒な黒髪に吸い込まれそうなほど深い黒の瞳をしている。背は英雄君とあまり変わらないので180cm以上はありそうで髪はあまり手入れしていないのか少しボサボサになっている。今は少し伸びて耳にかかるくらいあるが不潔な印象は受けない。私はクラスが一緒になる前から彼のことを知っている。彼は学園に入学して以来週に一日、アルバイトが休みの日は必ず図書室で勉強している。私は図書部なので何度も図書室で顔を合わせている。彼は覚えていないだろうけどその前にも会っているのだけれど…。
巫女「そっか。九狐里君の席はここだよね。」
端的に必要なことだけを語る彼と会話がうまく続かず私は咄嗟に彼の机から忘れ物を取ろうとしてしまった。直後に私は自分の軽率な行動を悔やんだ。
晶「他人の机を勝手に漁るな。」
彼の目は冷ややかだった。周囲の人からすれば怒っているとも見えるかもしれないが彼は怒っているわけではないことが私にはわかった。さっきまでは面倒臭そうにはしていても一定の対応はしてくれていたのだ。けれども今の彼は冷め切っていた。
巫女「あっ!そのっ…ごめんなさい…。」
その冷たい視線を受けて私はどうしていいのかわからなくなってしまった。とにかく謝らなくてはと思い言葉に詰まりながらもなんとか謝罪の言葉を口にする。
宏美「ちょっと!巫女はあんたの忘れ物を取ってあげようとしたんでしょ!そんな言い方はないんじゃない!」
彼の言葉に宏美ちゃんが食って掛かる。心底うんざりしたような顔で彼が答える。
晶「例え善意であったとしても俺が頼んだわけでもないのに勝手に他人の物を漁る行為は正当なのか?」
宏美「何よ!小難しいこと並べて煙に巻こうっての?」
晶「葉香菜の部屋が汚いからといって俺が勝手にお前の部屋に入り掃除して、善意から行ったことなので非難される謂れはない。と言ったらお前は納得するのか?」
宏美「ハァ?そんなの許されるわけないでしょ!って私の部屋は汚くなんてないわよ!」
英雄「まぁまぁ、宏美も落ち着けよ。九狐里も極端すぎるぞ。ちょっとここにある忘れ物を取るのと勝手に部屋に侵入するのではワケが違うだろ?」
晶「それはお前の価値観だな。お前の価値観が万人共通などと思うなよ。」
宏美「だいたいそこまでこだわるなんて何かやましいことでもあるんじゃないの?」
巫女「待って。私が勝手に余計なことをしたからいけないの。ごめんなさい九狐里君。」
彼の言うことにも一理ある。本人に取ってと言われたのならともかく勝手に取ろうとしたのは良くなかった。宏美ちゃんや英雄君が私を庇ってくれているのもうれしいし言っていることも確かに間違ってはいないと思う。だけどやっぱりこれは持ち主である彼の気持ちの問題なのだろう。彼が嫌だと思うことならばこちらの言い分を通すことはできないと思った。誰の言っていることも間違ってはいない。だけどそれを受ける本人が嫌だと思っているのなら押し付けてはいけない。
彼がやれやれという表情で机に近づこうとしたその時。私達三人の足元が光った。
英雄・巫女・宏美「「「え?」」」
光が溢れ体が吸い込まれるような感覚に襲われる。遠ざかる視界に、溢れた光に呑み込まれ体がボロボロと崩れていく彼の姿が映った。
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巫女「いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」
一瞬にして景色が変わり石造りの神殿内のような景色になる。だけどそんなことは気にもならない。景色が変わる前に見た最後の光景が頭から離れない。私は叫び声を上げて頭を抱えて蹲ってしまう。
英雄「巫女!大丈夫か?落ち着け。」
英雄君が私に駆け寄り手を伸ばしてくる。
巫女「いやっ!」
英雄君が伸ばした手を思い切り叩き落としてしまった。一瞬驚いた顔をした英雄君。
英雄「ああ…、すまない。でも落ち着け巫女。俺がついてるから。」
落ち着いたわけじゃない。まだあの光景が頭から離れない。だけどただここで喚いていてもどうにもならないことはわかっている。
巫女「ごめんなさい。取り乱してしまって…。」
英雄「突然こんなところに移動してしまったんだ。仕方ないさ。でもまさか巫女があんなに取り乱すなんてな。らしくないって言ったら女の子に対して失礼かな?」
そう言って英雄君が笑いかけてくる。英雄君はあの光景を見ていなかったんだろうか?急に景色が変わってこんなところに居ることも確かに驚くことだけどそんなことなど比べようもないほど衝撃的な…。
???「よくぞおいでくださいました。勇者様。」
突然聞こえた声に私の思考は中断させられる。そこでようやく私は周囲を確認する。足元にはよく漫画やアニメで見るような魔方陣のようなものがある。魔方陣は淡く輝いているが徐々に光が弱くなっていっている。その真ん中に私と英雄君と宏美ちゃんはいるようだった。周囲は全て石で出来ているようで石を積み上げた柱が整然と並んでいる。魔方陣の周囲には宣教師や牧師のような風貌の人が等間隔に五人立っている。そこから少し離れた位置に一人だけローブのような物を纏った人がいて声をかけてきたのはおそらくその人だろうとわかった。
英雄「勇者って俺達のことですか?それにここは?」
カルド「わたくしは聖教会枢機卿カルド=カーディナと申します。ここでは落ち着きませんのでこちらへどうぞ。お話はそこで致します。」
英雄君が私と宏美ちゃんに振り返る。三人は頷き合う。ここでこうしていても埒が明かない。すぐに危害を加えられることもなさそうなので話を聞いてみるしかない。
英雄「わかりました。」
カルド「それではこちらへ。」
ニッコリと微笑んだカルド枢機卿が先導して歩いていく後ろに私達は続いた。
宏美「ねぇ巫女…。」
宏美ちゃんが前の二人に聞こえないように小声で話しかけてくる。
巫女「どうしたの?宏美ちゃん。」
宏美「クラスメイトが目の前で死んだのはショックだと思うけど今は私達だってどうなるかわからないんだから。まずは私達が生きていることを喜んで、これからも生き延びられることを考えなくっちゃ。ね?」
ドクンッと心臓が跳ねた。宏美ちゃんも見ていたんだ。私の見間違いかもしれないとどこかで抱いていた淡い期待が粉々に砕かれたような気がして足元が崩れ去ったような錯覚に陥る。だけど宏美ちゃんの言うことも最もだ。英雄君も宏美ちゃんも私にとって大切な人達だから…。私に出来ることは限られているけれど、今目の前にいるこの二人と生き延びることはとても重要なことだとわかっている。宏美ちゃんが私を励まそうと言ってくれているのもわかっている。だけどあの光景は今も頭から離れなくて…。
宏美「それに巫女の大切な王子様は無事だったんだから。ね?」
そういってウィンクをしながら英雄君の方を見る。
巫女「え?う、うん?英雄君も宏美ちゃんも大切な幼馴染だもんね?」
宏美ちゃんの言っていることがよくわからなかったので曖昧に相槌を打ってしまった。
カルド「こちらです。」
その時カルド枢機卿の声が聞こえた。大きな木製の扉を開いてその前に立ち止まっている。
カルド「お好きな席へどうぞ。」
カルド枢機卿に促され私達は扉をくぐる。室内は大きな会議室のようだった。部屋の真ん中に中央を囲うように机が並べられ机の外側に中央に向き合うように椅子が並べられている。机も椅子も豪華すぎはしないが高級感の漂う物だった。恐る恐る三人並んで座ると向かいにカルド枢機卿が座った。
カルド「それでは改めましてわたくしは聖教会枢機卿カルド=カーディナと申します。召喚に応じてくださりありがとうございます。勇者様方のお名前もお教えいただけますか?」
召喚や勇者というのはよくわからない。だけど名前を聞かれていることはわかる。
英雄「俺は瀬甲斐英雄です。」
宏美「私は葉香菜宏美。」
巫女「あの…、大和巫女です。」
クラス替えの後の自己紹介とかならもっとマシな自己紹介ができると思う。だけど今は混乱していて何を言えばいいのかわからない。
カルド「わたくしのことはカルドをお呼びください。皆様のことはヒデオ様、ヒロミ様、ミコ様でよろしいでしょうか?」
ヒデオ「え?あっ、はい。」
カルド枢機卿は笑顔で鷹揚に頷く。
カルド「すでにお気づきとは思いますがここは皆様がおられた世界とは別の世界。ファルクリアという世界です。そしてこのファルクリアの人間族は今苦境に立たされております。」
そこからカルド枢機卿はまずこの世界について話始めた。ファルクリアには人間のように知性を持った種族が五族いる。人間族、獣人族、魔人族、精霊族、ドラゴン族。それ以外の知性を持たない動物は魔獣というものに分類されるらしい。
そしてここは人間族の勢力圏である中央大陸にある聖教皇国。中央大陸は温暖で安定した気候と肥沃な大地が広がる。人間族は五族の中で一番ひ弱で他族は温暖で肥沃な中央大陸を奪おうとたびたび戦争になっていると聞かされた。大陸間を渡るためには回廊と呼ばれる狭い地続きの場所を通るしかなく今まではかろうじて防衛してきた。しかしそこが突破されるのも時間の問題で人間族が中央大陸を追われた場合は他の過酷な環境の大陸では人間族は死に絶えるしかないだろうと…。
カルド「そこで危機的状況を打破するために勇者様方にお越しいただいたというわけです。」
勇者として資質のある者を異世界から召喚して世界の危機を救ってもらいたい。自分達が滅ぶかもしれない瀬戸際で助かる方法があるかもしれないのなら誰でも試してみるだろうとは思う。だけどこれはあまりに一方的でこちらの都合を考えないひどい行いではないかと私は思った。
ヒデオ「つまり俺達には勇者としての資質があり、この世界を救えるかもしれないと?」
カルド「はい。過去に召喚された方々は皆様勇者となられました。召喚魔方陣は誰でも彼でも呼ぶというものではなく召喚されるに相応しい人物しか呼ばれないのです。皆様こそが今代の勇者様として相応しい選ばれた方々なのです。」
ヒロミ「私達が勇者かぁ…。」
ヒデオ「困っている人達がいて、俺達がそれを助けられるのなら…。」
英雄君も宏美ちゃんも目を輝かせてウンウンと頷いている。だけど私は二人のように素直には受け取れなかった。きっと私は嫌な性格をしているんだろう。この世界の人々が困っていて私達にそれを救える力があるのなら二人のように救いたいという気持ちになるのが普通なのかもしれない。
私だってこの世界の人々が苦しんでいるのなら、それを救うことができるのなら、救ってあげたいと思う。だけどこれはまるでこちらの事情も都合も考えず無理やり召喚という方法で連れてきて戦えと言っているように聞こえる。それに…召喚に巻き込まれて彼は死んでしまったかもしれないのだ。私達は異世界に召喚されたとはいえまだ生きている。だけど巻き込まれただけの彼は死んでしまったのかもしれない。それなのにそんなことは知ったことではないというような聖教という組織のやり方やカルド枢機卿の態度に受け入れがたいものを感じてしまう。実際には彼らだって巻き込まれた者が死んだかもしれないことなど知らないだろう。そこまで考えたこともないかもしれないし、そういう報告も今までなかったのかもしれない。自分達のことに必死でそこまで考える余裕がないのはわかる。だけど理屈でわかるのと感情は別物だ。
ヒデオ「わかりました。俺達で力になれることなら協力します。」
英雄君があっさりと安請け合いしてしまう。私はまだ納得していない。簡単に引き受けてしまった英雄君に何か言い知れぬ不安を感じてしまう。英雄君も宏美ちゃんも何か様子がおかしいような気がする。うまく言えないけれど、そう、これは危うさ。二人をこのまま放っておいたら何か取り返しのつかないことになってしまいそうな…。そんな不安が胸に広がる。
カルド「おお。引き受けていただけますか。それでは今日はお休みください。詳しい話や訓練についてはまた明日にでもお話しましょう。お部屋へとご案内いたします。」
カルド枢機卿は満面の笑顔でそう言った。ますます私の中の不安が大きくなる。だけど今ここで反対して彼ら聖教に見放され放り出されるのも困るのは事実だろう。私達はこの世界のことをまだ何も知らない。魔獣や他族のいるこの世界に戦う術もなく食料もないまま放り出されたら無事に生きていけるかもわからない。どちらにしろ暫くは彼らの言うことに従って様子を見るしか選択肢はないのかもしれない。
カルド「それではこちらへどうぞ。」
そう言って立ち上がり先導するカルド枢機卿にまた付いて行く。
ヒロミ「(ふふっ。私はやっぱり選ばれた人間なのよ。特別な選ばれた人間である私にあんな口を叩くから死ぬことになるのよ九狐里。)」
ミコ「えっ?宏美ちゃん何か言った?」
宏美ちゃんが何かボソッと呟いた気がしたので聞き返す。
ヒロミ「ううん。何でもないわ。」
ミコ「…そう?」
それから暫く歩いて私達に割り振られた部屋へと到着した。
カルド「それでは夕食までこちらでお寛ぎください。夕食の準備が整いましたらお呼びいたします。御用があれば廊下に待機しているこの者達にお申し付け下さい。」
二人は特に気にしていないようだったが私にはまるで監視付きのように感じた。部屋も一人一部屋で三人で相談することもできない。仕方なく私は部屋へと入る。一人部屋にしては広すぎるくらいの部屋に天蓋付きのベッド、下品にならない程度にまとめられた内装や高級そうな家具が置いてある。まるで御伽噺のお姫様の部屋のようで、こんな時じゃなければ素直に感動できたに違いない。
ミコ(今は…とてもそんな気分になれないのが残念ね…。)
私は今日の出来事について考える。ありふれた放課後だったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。嘆いていても、誰かのせいにしても、何も解決しないことはわかっているのに同じところで思考がループしている。
どれほど時間が経ったのか。そんな無意味な思考のループを続けている間に夕食に呼ばれた。のろのろと廊下へ出ると英雄君と宏美ちゃんはもう廊下に出て待ってくれていた。
シスター「こちらです。」
廊下で待っていたシスターに案内されて食堂へと向かう。食堂ではカルド枢機卿以外にも何人か偉そうな人が先にいて自己紹介や挨拶を受けた。だけど私の頭にはあまり入ってこなかった。
カルド「ミコ様のお口には合いませんでしたか?」
ミコ「いえ…、そんなことは。とてもおいしいです。」
英雄君や宏美ちゃんは食事がおいしいとぱくぱくと食べたり聖教の偉い人達と談笑していた。だけど私はそんな気分にはなれず豪華な食事の味もわからなかった。
食事会も終わりまた割り当てられた部屋へと戻ってきた。明かりを消しても寝付けず私は相変わらず出口のない思考の迷路を彷徨っていた。
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私達がこの世界に召喚されてから二十数日が経っていた。私達はこの世界の知識について学ぶ座学の時間と実戦訓練を毎日受けていた。地元では近隣の県にまで名前が知れ渡っている有名な進学校である学園に通っていたので座学のほとんどは問題なくスムーズに進んだ。魔獣の種類や特徴などやこの世界の歴史については初めて触れる知識ではあるがあの学園に通っていた者からすれば難しくはないだろう。唯一大変だったのは魔法体系という講義だった。この講義では複雑な理論や専門知識が大量に必要であり私達も随分苦労している。
そして実戦訓練。英雄君と宏美ちゃんは学園ではサッカー部と陸上部に所属しており運動神経は良い。だけど当然ながら武器を持って戦う訓練なんてしたことなどなく最初は三人ともてんで駄目だった。しかし暫く続けているうちに違和感に気づく。私達の身体能力は普通の人達よりもずっと優れていたのだ。最初は地球に居た頃の感覚で動いていたので他の人達と大差はなかった。だけどそれはほんの少しの力でしかなくもっと高い潜在能力があると意識してからはどんどん他の人達よりも強くなっていった。今ではここにいる聖教騎士団という組織の実力上位者ですら私達三人にはまるで歯が立たなくなってしまっていた。
ヒデオ「ミコ。最初にこっちに来た時は冷静さを失っていたようだけど、いつものミコに戻ってきたみたいだね。」
ミコ「ごめんなさい。」
ヒデオ「いや。謝らないでくれ。いつものミコに戻ってくれてうれしいよ。」
そう言って英雄君がにっこりと微笑んだ。
ヒロミ「ヒデオー。次は私だから!はやくはやく!」
宏美ちゃんが英雄君を呼ぶ。今では私達の相手をできる騎士の人がいなくなってしまったので三人で訓練をしているのだ。ついさっきまで私は英雄君と模擬戦をしていて次は宏美ちゃんと英雄君の番だった。
私は二人から離れて壁際に置いてあるベンチに座る。ここは騎士団の訓練場でコロシアムのようになっている。中央は運動場のように整備されており周囲には壁があって一段高いところに観客席のようなものがずらりと並んでいる。
本当は私はまだ英雄君の言うように戻ったわけでも吹っ切れたわけでもない。だけどただくよくよして悩んでいても何も解決しない。だから、私は強くなる。英雄君と宏美ちゃんと三人で元の世界、地球へと絶対に生きて帰る。
私はそっと自分の胸に手を当てる。訓練のために着込んでいる胸当ての下にはあの日机に入れ損ねてしまったラブレターがまだここにある。生まれて初めて書いたラブレターが。
ミコ「絶対に三人で生きて地球に帰る。そして…、今度こそはこのラブレターを…。次は机に入れようなんてしない。直接私の手から渡すんだから!」
私の覚悟を秘めた呟きは誰にも聞かれることなく、コロシアムの外壁に切り取られた空へと吸い込まれていった。




