第九十話「火の国への帰還」
数日だけウィッチの村で過ごした俺達は旅を再開することにした。
アキラ「それじゃまたな。」
ドロテー「はい。お待ちしております。」
ドロテーは綺麗な笑顔でお辞儀して俺達を見送った。話し方や表情など生き生きしていてとてもこの前まで死にそうだと床に臥せっていた人物とは思えない。
フラン「大お婆様、それでは行ってまいります。」
ドロテー「今度こそ玄孫を連れておいで。」
フラン「それはアキラさん次第かと。」
フランは赤い顔をしながらもチラチラと俺の方を見ている。可愛いなぁ…。………ん?少し俺がおかしいな………。いや…。前から嫁達のことを可愛いとは思っていたが何というか…、こう、ムラムラする?
………発情期か?師匠は妖狐に発情期はないと言っていたがまるで発情期のように嫁達を襲ってしまいそうな衝動に駆られる。この体になってからあまりそういう性的な衝動や興奮を感じていなかったはずなのに最近は段々とそういうものを感じるようになってきている気がする。
アキラ「さぁ、出発しよう。」
俺はその感情を誤魔化すかのように皆を急かして出発したのだった。
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旅を再開したのはいいが男達の様子がおかしい………。皆ヘラヘラと笑いながら上の空だ。
アキラ「あいつらは一体どうしたんだ?」
ミコ「………え?アキラ君本当にわからないの?」
アキラ「???」
ミコが俺がわからないのがわからないという顔で俺を見つめるが俺の方こそわからない。
キュウ「アキラさんとぉ~、デート出来たのでぇ~、皆さんあのように夢見心地なんです~。」
アキラ「………はい?」
狐神「男共はアキラの魅力に骨抜きにされちまったんだよ。」
アキラ「いやいやいや………。もう何日も前のことですよ?それにドロテーに言われてデートの真似事をしただけで特に何かあったわけでもないのにあんなになるわけないでしょう?」
五龍王達ですらヘラヘラ笑いながら上の空で歩いているのだ。まさか俺とデートしたくらいでそんな風になるとは思えない。
狐神「はぁ…。アキラは本当に何にもわかってないんだねぇ…。今までずっと憧れてた女性と逢引き出来たらそりゃぁああなるよ。アキラは自分の魅力をわかってなさすぎだね。ただでさえ妖狐は魅了の力が強いのにアキラは輪をかけて可愛いんだからそりゃぁもう大変なことになるのはわかるだろう?」
魅了の力?つまり特殊能力のようなものか?それならば力が強すぎる俺の影響でこうなることもある………のか?
アキラ「でもクロは普段と変わりませんよ?」
狐神「その状態のクロは子供だからね。性的に未熟な分そういうことにも疎いんだろうさ。」
クロだけはいつもと変わらず俺に抱っこされて眠ってる。………性的に未熟だから…か。俺も少し前まではそうだったのだろうか?この体は少女くらいの年齢で成長が止まっている。だからそういう部分が未熟なまま止まってしまっていたのかもしれない。
だが最近の俺は何だかちょっとムラムラする時がある。まさかとは思うが第二次性徴でもきているのだろうか?体の老化自体は止まっているはずだ。しかし能力は成長し続けるということは肉体も老化ではなく成長ならばするのかもしれない。
とはいえ千何百年も変化がなかったのにここ数ヶ月ほどでそんなに急激に変化するものなのだろうか?こういうことは少し恥ずかしくて気軽に相談しにくい。しかも師匠とかならさらっと変なことを教えてくるから俺自身があまりに知らなさすぎることを師匠に聞く場合は用心しておかなければとんでもない極端な例などを教え込まれてしまう可能性もある。
ミコは地球人なので俺の成長についてはわからないだろう。女性としての悩みならば一番相談相手になってくれそうだがこの世界の法則や固有の生物の生態についてはミコに相談してもわからない。
結局のところ考えても答えは出ないのだからその時になるまで待つしかない問題なのだろうか………。
それにしてもこの男達を見ていると思うがドロテーはどうして俺にあんなことをさせたのだろうか。あんな程度で女心などわかるはずはない。それは俺にもドロテーにもわかっていたはずだ。だったら何故あんなことをさせたのか。それがわからない。
………でも待てよ?師匠もフリードにケダモノだとかアキラは渡さないだとか言いながら俺とフリードが二人っきりになるように仕向けたり男女の仲になるように仕向けようとしたり色々とフリードに手を貸して俺をどうにかしようとしている節がある。
つまり師匠は俺が俺自身のことを女の子として意識させようとしている?だとするとドロテーの行動もそれと関連していると考えれば繋がる。師匠がドロテーをそうさせるように説得して仕向けたのかそれともドロテーの方から師匠に協力しようと思ってあのような行動に出たのかはわからない。
そして厄介なことにドロテーは俺に対して嘘をついてはいない。俺に女心をわからせるということはつまり俺が自分自身を女だと自覚することでも達成出来るのだ。なぜ師匠やドロテーが俺に自分が女だと自覚するように仕向けているのかはわからないがこのままでは俺は心まで女になってしまうかもしれない。それは避けたい。俺は体はともかく心は男なんだ…。男とキスするなんて死んでも御免だ。
キュウ「アキラさぁ~ん。どうされたのですかぁ~?」
キュウが俺の顔を覗きこんでいた。………ほら見ろ。俺は男だ。キュウがこんなに可愛く見える。今すぐ押し倒したい。絶対俺は女じゃない!
キュウ「きゅう?きゅうきゅう!?」
俺はギュッと目の前のキュウを抱き締めた。キュウも最初は突然で驚いたようだったが次第に体の力を抜いて俺に身を任せてくる。ああ…、本当にキュウは可愛いな…。
クシナ「あっ、貴女は一体何をしているのですか!?こんな往来のど真ん中で非常識です!」
クシナがいつものように烈火の如く怒り散らしている。だけどこれが俺への愛情の裏返しとヤキモチだと思うと何だか可愛らしい。
アキラ「俺は今のところクシナのことだって嫌いじゃない。だけど他の嫁とのことを納得出来ないのならクシナを俺の嫁の中に加えるわけにはいかない。他の嫁とイチャイチャしていることを怒るのではなく次は自分がして欲しいと甘えてくるのなら俺はきちんとそれに応える。」
クシナ「………はい?」
クシナは一瞬呆けたような顔をした。そして俺の言葉の意味を理解し次第に赤くなり始める。
クシナ「………なっ、なっ、なっ、何を言っているのですか!?私は別にそのような………。えっと………。あの……。」
チラチラと赤い顔をしながら俺の方を見ている。言葉の勢いも段々となくなりついにはごにょごにょと口篭ってしまった。
狐神「うんうん。良い感じだね。」
師匠は満足気に頷いていた。もしかしたらこれも師匠の計画通りなのかもしれないが可愛い嫁達に囲まれるのは俺も望むところなので問題ない。ただ男を…、つまり俺に夫を持たせようとしているのだとすればそれはノーサンキューだ。嫁は欲しいが夫はいらない………。
そんなことを考えながら旅は進んで行った。
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パンデモニウム付近まで来たところでマンモンが別れることになった。
マンモン「………序列一位としての仕事がある。別れたくないが行ってくる………。」
マンモンは俺をじっと見ながらそんなことを言う。
アキラ「当たり前だ。自分の仕事くらいきっちりやれ。だいたい一生の別れでもないだろ?帰りにはパンデモニウムに寄るかもしれないしすぐ会えるさ。………その時にまだマンモンがパンデモニウムにいるかどうかは知らないけどな。」
マンモン「―ッ!―ッ!―ッ!」
アキラ「………。」
マンモンはまた何も言わずにビックンビックン体を震わせていた。………正直かなり気持ち悪い。
アキラ「じゃあな!」
俺はその場を急いで離脱したのだった。
パンデモニウムからすぐに西回廊に辿り着き西大陸へと渡った。そしてソドムの街の跡地へと辿り着く。しかしその景色は以前とは違う。
俺の妙な力でこの辺り一帯は消し飛んだ。というと少し違う。吹き飛ばされたとか燃え尽きたわけじゃない………。あの時の俺の術のようなものによってこの辺りにあったものは全て虚無へと還ったのだ。
その後俺が穴を埋めて片付けたはずだった。しかし豊穣の術をかけたにも関わらずここは未だに死の大地だった。それどころか豊穣の術で埋めた分の土ですら黒く変色しつつある。
これは俺が出したあの黒い炎の残滓が残っていて未だに埋めた土まで徐々に侵食しているためだろう。まだ完全には黒いものに飲み込まれてはいないがあと何年かすればこの埋めたはずの土達も真っ黒に変色し触れただけで死に至らしめるものに変質してしまうはずだ。
ジェイド「………。」
ジェイドはただ静かに街があった場所を眺めていた。狼の表情など見分けがつかないので何を考えてどんな表情をしているのかはわからないがあまり良い感情ではないだろう。
アキラ「おいジェイド。あまりその黒くなりつつある部分の土に触れるなよ。死ぬことになるぞ。」
ジェイド「ああ。大丈夫だ。」
ケンテン「うぇ!触っちまったぜ!」
うっすら黒くなりつつある土の部分を不思議そうに足の先でつついていたケンテンは慌てて足を引っ込めた。
アキラ「まぁ俺達の仲間くらいの強さの者ならばこのくらいですぐに死にはしない。ただこのまま黒いものの侵食が進めばやばいかもしれないな。」
狐神「あの時のアキラの術の影響かい?」
アキラ「はい。」
ミコ「アキラ君戻せないの?」
アキラ「う~ん………。」
あれ以来あの時の力を出すことは出来ていないし出せたとしても制御出来る気がしない。ここに残っている残滓だけなら制御出来るか?………でもあの時一瞬だけ制御出来ても全てを綺麗に消すことは出来ていなかったのだろう。それが今また試して出来るかと言われれば簡単に出来るとは思えない。
アキラ「それじゃ念のため全員西大陸側に上陸しておきましょう。その後で少し試してみます。」
狐神「はいよ。」
こうして一先ず全員が西大陸側に上陸して俺が埋めた部分の外まで出る。さらに少し離れてもらって安全を確保した上で地に手をついて未だに僅かに燻っていると思われる俺の出した黒い炎を制御しようと試みてみた。その瞬間俺の意識は暗転した………。
???『殺せ!』
アキラ(またお前か………。)
???『破壊しろ!』
アキラ(お前は一体何者だ?)
???『全てを無に還せ!!!』
アキラ(―――ッ!!!)
闇の意識の波動が俺を飲み込む。しかし俺はあの時とは違う。闇に飲み込まれそうな俺の意識には光の帯が繋がっている。その光の先にいるのはもちろん俺の愛しい者達だ。この光の帯が俺を闇に飲まれないように引っ張ってくれている。この繋がりがある限り俺が闇に飲み込まれることはない。
???『全てをあるべき所へ!全てをあるべき形へ!』
アキラ(………そうか。お前は………。)
………
……
…
狐神「アキラ?」
俺の意識は現実へと戻ってきた。
アキラ「………どれくらい経ちましたか?」
狐神「え?どれくらいって…。今アキラがしゃがんで地面に手をついたところだよ?」
どうやらいつも通りほとんど時間は経っていなかったようだ。
アキラ「そうですか。それではこの黒い炎を消しますので師匠は念のため皆のところに下がってください。万が一の時は皆を守ってくださいね。」
狐神「………。ふぅ~ん?」
師匠は変な顔をしながら俺を覗きこむ。
アキラ「どうしました?」
狐神「いやぁ~?アキラがそういう顔をしてる時は大体大丈夫な時だからね。何を掴んだのか知らないけどまた一段と高みに昇ったようだね。」
そう言って師匠はにっこりと笑った。………あっ!駄目だ。ムラムラする。我慢できなくなった俺は玉藻を抱き寄せた。
アキラ「………玉藻。」
狐神「え?え?ええぇ?何だい?どうしたんだい?」
玉藻は急に俺に抱き締められて真っ赤になりながらうろたえだした。
アキラ「くすっ。普段は余裕ぶってるのにこういう時は可愛いね?」
狐神「えっ!いや…、あの…。アキラ?どうしたんだい?」
アキラ「玉藻があんまりにも可愛いから…。俺の方が我慢出来なくなったんだ。嫌か?」
狐神「嫌なんてことないよ………。アキラ………。」
玉藻も俺を抱き締め返してくる。
アキラ「玉藻………。」
玉藻の心臓の音がはっきりと聞こえる。早鐘を打っている。俺も自分でもわかるくらいに鼓動が早い。玉藻の赤い顔が次第に近づき二人の顔が触れ合いそうなほどに………。
ガウ「がう。」
アキラ「………。」
狐神「………。」
その声を聞いて二人の動きが止まる。そろそろと視線を下に向けるとガウが指を咥えながらじっとこちらを見ていた。
ガウ「がうもちゅーするの~~~!!!」
いつも通り満面の笑顔で飛び込んできたガウを空中でキャッチしてキスしようとしてくるのを宥めるのに時間がかかったのだった。
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師匠が中々戻ってこないから様子を見に来たガウを宥めて師匠と一緒に下がってもらう。俺は気を取り直して地面に手をつけた。
アキラ「ふぅ………。はぁぁぁぁっ!」
神力を少しずつ開放していく。尻尾が長くなりそれぞれ違う色に光を帯びる。青の妖力、赤の魔力、黄の精霊力、緑の獣力、紫の龍力。五色の神力が俺の体を包み込む。
この炎を完全に制御するためにはこれだけでは足りない。しかしここに残っている残滓を集めて消すくらいなら出来るだろう。地面についた手から俺の神力が地面に広がっていく。辺り一帯は五色に光り輝き不思議な光景になっていた。
ミコ「こんなことをいうと不謹慎かもしれないけれど………綺麗。」
フラン「ですね。………とても不思議な光景です。」
ミコとフランの言葉が聞こえる。周囲に広がり染み渡った俺の神力が黒い炎を包み込む。それをそのまま俺の体の中に戻し取り込んだ。どうやらうまくいったようだ。
アキラ「………成功です。これでこの辺りは何の問題もなくなったでしょう。」
クシナ「今のは一体何なのですか………。五つの神力を同時に………?そんなことが可能なのですか………。」
そう言えばクシナは俺がこんなにたくさんの神力を同時に使っているのは初めて見たのかもしれない。
狐神「アキラの嫁になるのにそんなこと関係ないだろう?アキラはそういうものだと思っておくしかないよ。」
クシナ「わっ、私は別に………。」
別にとか言いながら赤い顔でチラチラと俺の方を見てくる。………なるほど。これがメッセージなわけか?つまり口で言ってることだけが本音ではなくこうして赤い顔をしていることやチラチラと俺の方を気にして窺っているのが照れ隠しだったりつい本音とは違うことを言ってしまう性格だったりを表していると?
そういうことか。しかし俺はそれがわかるようになったということは女心もわかるようになったということだな。
ミコ「違うよアキラ君…。クシナさんが大声で本心を語っちゃったのを聞いたからそれに気付いてから見ているからわかるだけだよ。アキラ君は相変わらず女心に鈍感だから………。」
ミコの突っ込みが入る。確かにクシナが俺に気があるとわかった上で見ているからこそ俺でもわかるのかもしれない。………ん?俺今心で考えてただけで口には出してなかったはずだよな?何でミコは俺の心に突っ込みを入れてるんだ?
ミコ「アキラ君はすぐ顔に出るから………。」
こわっ!本当に読まれてる!迂闊に変なこと考えられないな…。気をつけよう。
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ソドムの街跡地の問題を解決した俺達はザラマンデルンへと向かった。ポイニクスとは色々な会議などで時々会っていたがムルキベルと会うのは久しぶりだ。
イフリル「女王陛下。お戻りになられるのでしたらご連絡いただければお迎えに上がりましたものを………。」
俺達がザラマンデルンの火山に入るとイフリルが現れた。俺の気配を察して迎えにきたのだろう。イフリルは俺を迎えるのに大々的にパレードのようなことをしたかったようだ。渋い顔をしながら苦言を呈された。
アキラ「そんな手間をかけるくらいならその分仕事を進めた方が建設的だろう?」
イフリル「実務で言えばその通りではありますが格式というものがあります………。」
アキラ「ふむ…。まぁ俺はお飾りの精霊王だ。次の精霊王にはみっちりそういうことをやらせればいい。」
次の精霊王はポイニクスっぽいけど………。押し付けるようで悪いがポイニクスは俺と違い精霊族であるし前火の精霊王の記憶も多少なりともあるのでそういうことに慣れているだろう。
イフリル「はぁ………。女王陛下は相変わらずのようですな。それではこちらへ。」
俺がこういう奴だと諦めたらしいイフリルに先導されてザラマンデルンの城へと向かったのだった。
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ポイニクス「ママ。おかえりなさい。」
城に入り玉座の間へと向かうと俺用の人間サイズの玉座の隣に高さは俺の椅子と変わらないほどだが座る部分が精霊用に小さく出来ている玉座が並べてあった。
そこに座っていたポイニクスは立ち上がり飛びながら笑顔で俺を迎えた。以前のように飛び込んでくるようなことはない。とても落ち着いている。
アキラ「ただいまポイニクス。良い子にしてたか?」
ポイニクス「ママ。僕ももう子供じゃないですよ?」
にっこりと微笑みながらポイニクスはそんなことを言う。体の大きさはもうすでに他の火の精より少し大きい。見た目はもちろん他の火の精と同じく子供のように見えるが言動はとても落ち着いていて本当に大きくなったのだと実感した。
アキラ「………そうか。子供の成長はうれしいものだな………。」
ミコ「くすっ。でもアキラ君、少し寂しいのでしょう?」
ミコが俺の本音を見抜いてくる。
アキラ「ああ………。まぁな。ポイニクスの成長はうれしいが俺に甘えてこなくなるのは少し寂しい。」
どうせ隠してもバレているのだから誤魔化さずに思った通りに答えた。
ポイニクス「ママ………。それでは今日は一緒に休みましょう!」
やっぱり少し無理をしていたのか。ポイニクスは堪らず俺に飛びつき胸に抱きつきながらそんなことを言い出したのだった。やはりまだまだ子供だったようだ。久しぶりに親子で一緒に眠るのも悪くない。
とは言えポイニクスが成長しているのは確かだ。千数百年もほとんど成長していなかったはずのポイニクスがたった一年やそこらでこれほど成長している。
俺は精霊族についてあまり詳しくは知らないので精霊族とはこういうものだと言われればそれまでだがとても信じられない。
アキラ「なぁイフリル。ポイニクスがたったこれだけの短い期間に随分成長したと思うが精霊族ではこれが普通なのか?」
イフリル「………いえ。普通ではありえない成長速度でございます。」
イフリルに少し話を聞いてみた。普通の火の精はもっと早く成長する。それはほとんどの者が寿命が短いからだ。つまりそれは成長速度が一定であるということであり早く成長する分早く老化し早く死ぬということでもある。
それなのにポイニクスのように千数百年も幼い子供のままだった者がこれほど急激に成長するなど普通ではあり得ないそうだ。幼児レベルだったポイニクスが今では少年レベルまで成長している。もちろんまだ子供であることに変わりはないが幼児になるまで千数百年かかって少年になるまで一年と聞けばそれが異常なのはすぐにわかるだろう。
やはりポイニクスは俺の力を受けて生まれた存在だから普通の精霊族とは違うのだろう。………。俺の力を受けている者か………。
アキラ「そういえばムルキベルはどうした?」
イフリル「………それは。」
イフリルは俺から視線を外し言いにくそうに口篭る…。
アキラ「まさかムルキベルに何かあったのか?!」
イフリル「はぁ…。実は………。」
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俺はザラマンデルンの城の廊下を駆ける。一つの部屋の前に辿り着いた俺は乱暴に扉を開け放った。
アキラ「ムルキベルッ!」
ムルキベル「………。」
気配でわかっている。膨らんでいるベッドの中にいるのはムルキベルだ。感じる力の波動などは以前と変わりない。いや、むしろ以前より強くなっている。あの時俺の神力を限界まで注ぎ込み火炎機人へと進化した。しかしその後も魂の繋がりから俺の力を取り込み続けていたのだろう。
だが力は強くなっていてもムルキベルはベッドに潜り込み俺の呼びかけにも応えない。俺が造り出し俺に絶対の忠誠を近い魂も繋がっているはずのゴーレムであるムルキベルが俺にこんな対応をするなど普通の状態ならばありえない。
ムルキベルは仰々しいまでに俺に傅き徹頭徹尾尽くす者だ。それが俺の呼びかけにも応えられないような状態なのだとすればどれほど異常事態かわかるだろう。
俺はそっとベッドに近づき覗き込んでみた。
ムルキベル「アキラ様………。今の私にはあまり近づかないでください。アキラ様の身にも何かあっては大変です。」
あの逞しかったムルキベルの声がこんなに………。今では細く高い声になっている。俺はそっと布団を捲った。
アキラ「顔を見せてみろ。」
ムルキベル「駄目です!見ないでください!こちらに近づいてはいけません!」
ムルキベルは必死に顔を隠そうとする。しかし俺に本気で逆らえるわけもないムルキベルはとうとう俺に両手を抑えられてその顔を俺に晒す。
アキラ「………ムルキベル。なんてことだ………。こんな姿になるなんて………。」
ムルキベル「お許しくださいアキラ様!」
そもそもゴーレムであるはずのムルキベルがベッドで休むなどおかしな話なのだ。ムルキベルは睡眠も食事も出来るように作られてはいるが本来睡眠も食事も必要ない。師匠と同じで趣味でそれらをしているだけでなくとも死ぬことはない。
病気も疲れも知らず太ることも痩せることもない。そのはずなのにあんなに厚かった胸板は今ではぽよんぽよんだ。太かった手足も細くなっている。くびれた腰に丸いお尻………。
そう。ムルキベルは………。ムルキベルは女性の姿になっていたのだった。




