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転生無双  作者: 平朝臣
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第十話「旅立ち」


 ガウの集落から戻って二十日が過ぎていた。その間に色々なことがあった。順を追って思い出す。


 まず破壊されていたとはいえガウの集落の周りには失われた技法により結界が張られていた。失われた技法とは今は滅んだとされる古代族の技術や魔法による古代の遺産である。師匠が言うには今では復元不可能な高度な技や術による結界でありその効力は絶大だった。聖教騎士団が侵入するために破壊したようだがそれでもなお人にその集落の存在を気づかせないほどの人除けの効力だ。どれほどの時間かはわからないが古代族が滅ぶ前から設置して破壊された今なおその効力を発揮しガウ達の存在を周囲の村にすら気づかせなかったことからもその結界の性能が如何に優れていたのかがわかる。しかし聖教騎士団により破壊されたことで大神種と魔獣達が争っている気配がベル村の住人達になんとなくわかるようになってしまったそうだ。そして師匠と俺に先の依頼が来たわけだ。


 次にガウの種についてもわかった。ヴァーターと戦っていた(一方的に蹂躙しただけだが)時にガウから青白い妖力が立ち昇っていたことからも妖怪族であることは間違いない。そしてヴァーターが言っていた大神種ということもほぼ間違いないだろうと師匠は言っていた。


狐神「まさか大神種が実在していて今目の前にいるとはねぇ。」


 と驚いていた。


 大神種とは伝説上でしかその存在を示す物がない誰も出会ったことのない妖怪族の一種と言われていた。妖怪族とはドラゴン族に並ぶほど強力な族であり、伝説ではその能力の高さをもって暴れまわっていた大神種はとある人物により討伐されその姿を消したとしか伝わっていない。ガウの話と合わせるとその伝説の人物がご主人であり姿を消したのは討伐され絶滅したのではなく封印され役目を与えられたということなのだろう。


 日本にも大神というものがある。日本では元々狼そのものが信仰の対象となっている。主な理由は二つ。狼は畑を荒らす猪などの害獣を駆除してくれる守り神として信仰されていた。また山岳信仰などでは狼は大神と音が同じ「おおかみ」であり神そのものとして信仰されていたのだ。下手に刺激すれば人間も襲われることがあるが同時に守り神でもある。日本の信仰とはこの畏れと敬いが信仰の対象となることが多いのだ。八百万の神々も妖怪も根底にあるのは自然信仰の畏れと敬いなのである。逸話の多くもこの自然現象への警告や戒めとなっているのである。近代以降狼が人に害を成すことがあるからと駆除してまわり、ついには日本狼は絶滅してしまった。食物連鎖の頂点に君臨していた狼がいなくなったことによりその下にいた狐等が増えすぎ生態系を大きく狂わせて、かえって様々な問題が起こったことは日本人ならご存知の通りだ。文明化と言えば聞こえはいいが先人達の知恵や戒めを理解できず、未開の風習とあざ笑い思いあがった人間達によって開発の名の下に生態系を狂わせる。現代社会の問題点の一つだろう。人に害があるから即駆除というのは間違いなのだ。害もあれば益もある。生物にはそれぞれ役割がありそれを大きく狂わせるような真似をすればろくなことにはならないのだ。生態系に、ひいては世界のためになる役割をそれぞれ持っている。人間の都合だけで狂わせてはいけないのだ。


 少し話がそれたので元に戻す。その古代族と関係があると思われるご主人が大神種に施した封印を解けるということは俺も古代族となんらかの関係がある可能性がある。だが現状ではそのことについてはまだ何もわからない。これについては今後も要調査だろう。


 全体的な話としてはこのくらいだろう。次は個別の話。具体的に言えばガウについてだ。


 集落から帰って以来俺とガウは師匠に稽古をつけてもらっていた。ガウは特に落ち込んだりするもともなく何か吹っ切れたように生活している。そのガウの進歩は目覚しい。封印を解かれたことで本来の能力が発揮されたのかとてつもない速さでめきめき力をつけているのだ。師匠が言うには


狐神「封印を解かれたことで本来の力が目覚めたのもあるだろうけど、アキラの力が流れ込んでいるからだろうね。」


 とのことだった。俺自身やガウには実感はないが俺達はいわば魂の繋がりとでもいうような物が出来ているらしい。その繋がりを通じて俺の力がガウに流れ込むため俺が強くなればそれだけで魂の繋がりのある者達も強くなるのだとか。ただしこれは魂の繋がりのある者が俺と同等の力を使えるというわけではない。受け取る側の限界を超えた力が流れれば器である自身の肉体が破壊されてしまうため本人の限界に見合った力を貸し与えているだけだそうだ。俺にとっては貸している力など微々たる力でしかないが受け取る器たるガウ自身が強くなっているからこそ目に見えて強くなっているのだ。その成長ぶりには目を見張るものがある。


 俺の修行は実戦形式や肉弾戦が中心になっている。師匠との組み手で格闘術や妖術の使いどころを学んでいるのだ。はっきり言って基本的な能力だけで言えば俺と師匠では格が違う。師匠でも普通の者からすれば桁違いの化け物レベルではあるのだが俺はその比ではなかった。その気になれば本気を出さずとも大陸一つ消し飛ばすなど造作もない。師匠がよく俺に世界ごと破壊する気かというのは冗談でもなんでもなかったのだ。内包する神力、妖力コントロール、妖術、どれをとっても俺のほうが師匠より優れている。さらに運動能力、反射神経、動体視力、ありとあらゆる能力において俺の方が高い。だが組み手では師匠にいいようにあしらわれてしまう。世界ごと破壊しても構わないくらい本気で殺そうとすれば俺が勝つだろう。そもそも普通には防ぐことすら不可能な攻撃が可能なのだ。だが相手を殺さない、周囲を破壊しない前提の組み手では師匠の技術の前に歯が立たない。反射神経や動体視力の能力頼みで力ずくで対処するのが精一杯なのだ。それでもほんの僅かな間に次々師匠の技術を習得していく俺に師匠もうれしさと物悲しさが半々の気持ちのようだ。


狐神「三千年もかけて磨いた私の力をたったこれだけの期間に習得されたらどんな顔をすればいいのかわからないよ。」


 と言っていた。


アキラ「ところで師匠…。この服装はなんですか…?」


狐神「これは前にアキラに教えてもらった運動しやすい服さ!」


 師匠に聞いてわかったことだが俺が最初に着ていたゴスロリドレスも巫女服もかぼちゃパンツも師匠の手作りらしい。そして今回の修行で着せられた服は…。師匠は体操着にブルマー。俺はナース服。ガウに至ってはバニーガールだ。一部の特殊性癖の人は歓喜するかもしれないが胸ぺったんのガウが着ても色気の欠片もない。師匠の体操着はやばい。ブラがないのか師匠の大きなメロンのようなおっぱいが修行中動くたびにブルンブルン、バインバイン、跳ね回るのだ。むっちりとした太ももも眩しい。色気だらけで修行中もついついあちこちを見てしまうのだ。もしかして師匠にやられっぱなしなのもそのせいなのだろうか…。俺の着ているナース服もナース服であってナース服ではない。大人専用のビデオに出てくるような改造された色気を振りまく仕様だ。大きく開いた胸元に超ミニのスカート。ガーターストッキングにあちこちの生地がシースルーのように薄くなっている。だが肝心のところは見えそうで見えない非常に男心をくすぐるものになっている。


アキラ「前の俺が師匠に教えたんですか?」


狐神「そうだよ。私の作る服はみんなアキラに教えてもらったものさ。」


 師匠の体操着はたしかに運動するために作られた服だから動きやすい服というのもあながち間違いではないだろう。ナース服も仕事着なので本来のナース服であれば看護師にとっては必要な形態へと進化した物だと言えなくもない。看護師が仕事しやすい形と運動しやすい形はベクトルが違うだとかそもそもこのナース服は本来のナース服とは似ても似つかないというのを置いておけば仕事着ということで納得できなくもない。だがガウのバニーガールははたして運動しやすい服と言っていいのだろうか…。


 思考が明後日のほうへと進みそうになったので元に戻す。これらの服は偶然誰かが考えて現代日本にある物と類似した形になるなどまずありえない。日本にあるものもその時々に応じて機能性や必要な物をそれぞれがそれぞれの過程を経て今の形へと至ったのだ。途中の過程をすっとばしていきなり同じ形になるなど天文学的確率の偶然で、一つですら奇跡的確率なのにゴスロリ、巫女服、浴衣、かぼちゃパンツ、体操着、ナース服、バニーガールといくつも重なるなどあり得ない。これを前の意識のアキラ=クコサトが師匠に教えたのだとすればそれは一つの可能性を示している。それはすなわち


 前の意識のアキラ=クコサトは現代日本の知識を持っていた。


 という可能性だ。この傍証により俺が以前から考えていた九狐里晶とアキラ=クコサトの関係性についての考えがさらに確信に近づく。


アキラ「いたーっ!」


狐神「ほらほら。修行中はぼーっとするんじゃないよ。」


 師匠に投げ飛ばされてしまった。こうして俺とガウは二十日間修行に励んでいた。


 もちろん二十日でやっていたことはこういう実戦的訓練だけではない。俺はボックス内の調査や使い方も試行錯誤していた。そしてボックス内で見つけた食材や調味料、師匠の庵周辺、とはいえ俺達の機動力なら遥か遠くもあっという間に行けてしまうのでどこまでが周辺かは難しいが、で調達してきた物を使い食生活の改善も行っている。料理のレパートリーも増え、できたてホヤホヤのまま保存できるので大量の作り置きをボックス内に貯め込んでいる。


 その際気づいたことがあった。俺のボックス内に収納していた物は俺の神力を大量に浴びて取り込み通常の物とは比べ物にならない特性を得ていた。一つ目は味。俺にとってはあまり変わらないように感じるが師匠やガウにとってはまったく同じ食材で同じ調理方法でもボックス内にあった物のほうが格段に美味しいらしい。さらに大量の神力を含んでいるため神力回復、体力回復、精神力回復、異常回復など様々な効果が付与されている。もう一つさらに言うならば回復するだけでなくその食物から体内に神力を取り込むことで食べた者の内包する神力の増大効果など、簡単に言えば食べているだけで強くなっていく効果もある。元が普通の食材等であるため長くボックス内でねかせるほど無制限に神力を蓄えるというわけではない。限界まで神力を蓄えた食材であれば古い物でも新しい物でも効果も味も変わらないのだ。一度で大きな効果があるほどではないが食べるだけで回復薬と増強剤の効果があるのだ。これほど便利な物はない。


 こうして俺は当初の予定通り、戦う力を蓄え、知識を得、着々と準備を進めていく。



  =======



狐神「ほら。脇が甘いよ。」


 俺の突きをかわした師匠が隙を突いて打撃と投げを同時に入れようとしてくる。だがそれは俺の誘いだ。まんまと乗ってきた師匠の突きを逆に掴み師匠の力を利用して投げ落とす。


狐神「痛いじゃないか…。年寄りは労わるもんだよ。」


 どすんと地面に投げ落とされお尻で着地した師匠は顔をしかめながらそう言ってきた。


アキラ「どこが年寄りですか。目上の者というのは認めますがこんなピチピチで艶かしい年寄りがいたら連れてきてください。」


狐神「アキラも言うようになったじゃないかい。私の魅力がわかるようになったんだね。そろそろ私のお嫁さんになるかい?」


アキラ「なりません。」


狐神「即答だねぇ…。じゃあ私をお嫁さんにもらってくれるかい?」


アキラ「………。もらいません。」


狐神「ふぅ~ん?随分と間があったねぇ。」


 師匠がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてこちらを窺っている。


 師匠とのやり取りはともかく修行の方は順調だ。今の組み手でもわかる通り師匠からもなんとか一本取れるようになってきた。師匠と俺が本気で組み手をすればあっという間に神山が更地になってしまうため二人とも同じくらいになるように能力を制限している。妖力も身体能力も同程度に抑えているので本来ならダメージの通らないような弱い攻撃でもお互いにダメージがある。妖術も格闘術も武器も何でもありの実戦形式の組み手だ。能力も同じ強さまで抑えているのでまさに純粋な技術力の勝負となる。最初の頃の俺なら能力制限なしで圧倒的に能力が上の状態でも師匠に転がされていた。だが今ではなんとか勝負になるくらいには上達していた。もちろんまだまだ能力が互角では師匠の方が上手だがそれなりには戦える。うまくすればさっきのように何本に一度かは一本取れるくらいにはなった。


狐神「まさかたった二十日で追いつかれるとはねぇ…。」


アキラ「いえ。まだまだです。さっきのは師匠が誘いに乗ってくれたからたまたまうまくいっただけです。」


狐神「いやいや。能力互角でも私と変わらないくらいまで成長したんだ。もう制限なしじゃ私は手も足も出ないねぇ。」


 師匠は遠い目をして感慨に耽っている。


狐神「さすがは私のアキラだね。私が三千年かけたことを二十日でやったんだ。まさに天才だよ。」


 師匠の眼には嫉妬などの負の感情はない。純粋に俺を賞賛してくれている。いや…、純粋とは言い難い別の感情も混ざっているようだ。チロリと妖艶に舌なめずりをしながら獲物を見つけた雌豹のような目も向けてくる。最近師匠のスキンシップは過激度を増している。これはそろそろ俺の貞操の危機かもしれない。


アキラ「師匠の教えがよかったからでしょうね。」


 なんとか師匠の魔手から逃れようとそう言ったのがまずかったかもしれない。師匠の瞳が星型にキュピーンッ!とでも音がしそうなほど輝いた。


狐神「そうかい?じゃあ礼として私のお嫁さんになりな。」


アキラ「お断りします。」


狐神「じゃあ私をもらっておくれよ。」


 しなを作り上目遣いでそう言ってくる。正直これで落ちない男は特殊性癖の男だけだろう。かわいさと色気が絶妙に混ざり合い発揮されている。日本で十八年間生きてきて初恋すらしたことのない俺でも今すぐ抱きしめて俺のものになれと言ってしまいそうになるのだ。師匠は女としてすばらしい。見た目だけのことではない。もちろん見た目も絶世の美女ではあるが、時に母のように優しく包み込み、時に姉のように見守り、時に恋人のように甘く、時に妻のように献身的だ。家事が不得手で料理の腕が致命的ではあるが俺やガウはほとんど食事がなくてもよく、師匠に至っては食べる必要すらないのだ。これはやむを得ないことだろう。師匠と夫婦として一緒に暮らす。時に甘え、時に甘えられ、幸せな生活が待っているだろう。


 だが俺は今ここでそれを受け入れるわけにはいかない理由がある。晶とアキラのことについて…。これが解決しないことには俺は迂闊なことは何一つ決めるわけにはいかない。結婚も神になることも。もしアキラが戻って晶が消えた時に晶が勝手に何か致命的なことを決めてしまっていないために。何より俺は師匠の知るアキラではないのだ。師匠をだましているも同然の俺が師匠がアキラに向ける好意を利用するわけにはいかない。


 黙って考え事をしている俺を見て師匠はもう一息と踏んだのだろう。そっと俺を抱きしめる。


狐神「妖狐特有の誘惑をしてるわけじゃないんだよ。私がドキドキしているのがわかるかい?私は本当にアキラのことを…。」


 そこまで言って師匠の顔が近づいてくる。師匠の鼓動が聞こえる。ドキドキと早鐘を打っているのがわかる。俺自身の鼓動もドキドキと耳にうるさい。師匠も俺も体温が高く吐息も熱い。


アキラ(ヤバイッ!体がうまく動かない。逃げられない。)


ガウ「がうぅ。」


 その声を聞き師匠と二人ではっとして声のしたほうへ振り向く。今まさに抱き合い口付けする寸前であった俺と師匠の左側に右手の人差し指を咥えながらじーっとこちらを見ているガウの姿があった。


ガウ「がうもちゅーするの~~~っ!」


 ガウが突然満面の笑顔で俺に飛び掛ってくる。能力制限をかけたままでは到底対処できない速度で飛んできたがかろうじて解除して空中でキャッチする。


アキラ「ガウ。修行は終わったのか?」


ガウ「言われた通り全部やったの。だからがうもご主人とちゅーするの~~~っ!」


アキラ「師匠とはしてないしガウともしない。」


ガウ「ちゅーするの~~~~~~っ!」


 この後しばらくは口付けをしようとするガウをなだめるはめになった。


アキラ(でもガウのおかげで助かったな…。)



  =======



 修行も終わり恒例のお風呂タイムだ。今ではガウもすっかりお風呂が好きになった。やはりお風呂は世界が違っても万国共通で良い物なのだ。


狐神「ガウも随分強くなったね。」


 俺がガウを後ろから抱え、師匠が俺を後ろから抱える。もはやお馴染みとなった形で湯船に浸かっている。師匠の態度も言葉もいつもと変わらない…ように見える。しかしいつもとは違うことが俺にはわかる。さっきの雰囲気のせいで二人ともお互いを意識してしまっている。師匠がまだドキドキしているのが背中越しでもはっきりと感じ取れる。


狐神「はぁ…。アキラの肌…綺麗だね。」


 さわさわと師匠が俺の胸を撫で回す。


アキラ「ちょっと!師匠!」


 振り返った師匠の顔は恍惚の表情を浮かべて熱に浮かされているかのようだった。師匠の巨大メロンほどではないが体格に比べて大きすぎる所謂ロリ巨乳の俺の胸をいつまでも撫で回す。ますます過激になってくる師匠のスキンシップに冗談ではなく本気で貞操の危機を感じてしまう。


ガウ「がうもなの~っ!」


 俺に抱えられているのに器用にくるりと向き直ったガウまで俺の胸を触りだす。これ以上は非常にまずい。


アキラ「もう出ます!」


 なんとか二人を振りほどいた俺はお風呂から上がった。



  =======



 なんとか逃げ出した俺は夕食の準備をする。今日のテンションではもう凝った料理をする気力がない。お手軽に焼き鳥を作る。タレは俺のオリジナルだ。お米は毎朝その日の分を一度に炊いている。ボックスに収納しておけば出来立てほやほやのまま保存できるので非常に助かる。塩茹でにした枝豆と冷奴も用意する。便宜上冷奴と呼んでいるが豆腐ではない。さすがに俺には豆腐の作り方まではわからない。いや、それは正確ではない。なんとなくはわかる。大豆を煮て絞って豆乳とおからを作る。豆乳ににがりを加えて重しをしてしばらくおけば豆腐ができる。言うのは簡単だがなかなかうまくいかなかった。材料と調理過程は同じなので豆腐と言えば豆腐の失敗作なのだろうが俺が日本で食べていた物とはなんだか違う。だが師匠やガウは喜んで食べてくれるので一応冷奴として出しているのだ。あとは大根ときゅうりの漬物にぶり大根も出そう。そうだ。折角焼き鳥を焼いているのでお米も焼きおにぎりにしよう。あれこれやっているうちに結局割りと手の込んだ料理になってきている。どう考えても居酒屋メニューだ。いや違うよ?俺は行ったことないよ?日本では未成年だったし。などと考えていると師匠とガウもお風呂から出てきたようだ。


狐神「おいしそうな良い匂いだね。」


ガウ「がうっ!」


 師匠はさっきのことなどなかったかのようにケロッとしている。下手に蒸し返しても藪蛇なので俺もスルーして料理を並べていく。


アキラ・狐神「「いただきます。」」


ガウ「がう。」


狐神「今日のご飯もおいしいね。それにお酒によく合うよ。」


アキラ「そりゃあ居酒屋メニューですからね…。」


 こうして夕食も終わり後片付けと明日の仕込みをしておく。師匠がガウを寝かしつけたのを確認して師匠へと話しかける。


アキラ「師匠、お話があります。」


 俺の真剣な雰囲気を感じ取った師匠が悲しそうな顔で頷いた。俺が二人分のお茶を淹れちゃぶ台に向かい合って座る。俺が口を開く前に師匠の方から口を開いた。


狐神「また……、出て行っちまうんだね…。」


 師匠にはお見通しだったようだ。悲しそうな顔でそう言われて俺は言葉に詰まりそうになる。だが師匠には大変お世話になったのだ。きっちりと話をしておかなければならない。


アキラ「はい…。俺にはやらなければならないことがあります。このままいつまでもここにいるわけにはいきません。」


狐神「…そうかい。それは…仕方ないことだね。」


 師匠の悲しそうな顔を見ているとつい抱きしめて「ずっと傍にいるからそんな顔をしないでくれ」と言いそうになってしまう。最近どんどん過激化していたスキンシップも俺を引き止めるためだったのかもしれない。俺からすれば逆効果な気もするが師匠としては俺を師匠に惚れさせて出て行かせない作戦だったのかもしれない。だがこのままではいけないのだ。師匠のアキラへの気持ちを利用するような真似はこれ以上してはいけない。いや、俺がそれを納得し我慢することができないのだ。自分の姑息さが許せなくなっているのだ。


アキラ「その前に師匠にはお話しておかなければならないことがあります。」


狐神「話しておかなければならないこと?」


アキラ「…はい。俺は師匠の知っているアキラ=クコサトではないんです。師匠と出会ったあの日にこの体に乗り移った異世界の別人なんです。」


 それから俺は地球にいた九狐里晶がこのファルクリアの世界でアキラ=クコサトに乗り移ることになった経緯について説明した。学園に通う男であったこと。召喚魔方陣と思われる物に巻き込まれおそらく死亡したこと。そして気がついたらこの体で森の近くで眠っていたこと。


狐神「………。」


 師匠は無言だ。顔を伏せてその表情はわからないが肩が小刻みに震えていることから相当怒っているのかもしれない。それはそうだろう。弟子だと思っていた者の中身はまったくの別人でしかも男だったのだ。師匠の好意に甘えて世話になっておきながら騙していたのだ。今の俺なら師匠の拳は簡単に避けてしまえるが今回は避けるわけにはいかない。ここで殺されるわけにはいかないから殺されそうなら避けるが殴るくらいなら黙って受けよう。そう覚悟を決める。


狐神「……くっ。」


 だが俺の予想とは違う反応が返ってくる。


狐神「あはっ!あはははははっ!」


 師匠は腹を抱えて笑い出したのだ。


アキラ「師匠、信じてもらえないかもしれませんが本当なんです。」


狐神「いやいやいや。信じてないわけじゃないんだよ。あはははっ。」


 俺の話を信じているのならなぜこんなに笑い出すのだろうか。信じていないから笑い話と思ったのならともかくだ。


狐神「というよりも知ってたよ。」


アキラ「え?」


 今なんて言った?知っていた?どういうことだ?いつから?


狐神「あははっ。どういうこと?って顔してるね。先に結論から教えてあげるよ。その体は間違いなくあんた自身のものだよ。」


 師匠はまだ笑いながらそう言った。何て言った?この体は俺自身のもの?ますますわからない。いや、その可能性を考えていなかったわけじゃない。だがなぜ師匠がそれを知っていてわかるのか。それがわからない。


狐神「順を追って話そうか。まずアキラが巻き込まれたのは確かに召喚魔方陣だよ。」


 師匠は召喚のことから教えてくれた。この召喚魔法は元々古代族の術だったと言われている。異世界の人や物をこの世界に召喚することができる魔法だ。それをどうやってかはわからないが人間族は使えるようになった。異世界の人間はファルクリアの人間族より強い神力や優れた身体能力を持っている。召喚された者の証言では持っているというよりはこちらに召喚されるといつの間にか力を得ていると言った方が正確なようだ。この世界の人間族は全種族の中で最弱と言われている。身体能力で言えば最弱と言われている精霊族の次に弱い。特殊能力で言えば魔法の使えない獣人族の次に弱い。その獣人族も魔法ではなく身体強化の特殊能力があるので魔法に限らず特殊能力の強さとして言えば人間族が最弱だそうだ。精霊族は低い身体能力の代わりに高度な精霊魔法を持っている。身体能力、特殊能力を総合的に考えれば人間族が最弱なのである。


 ではその最弱の人間族が他種族に対抗するにはどうするのか。現在取られている方法は二つ。一つ目は数の利だ。一対一では勝てなくとも二対一なら?それでも無理なら三対一なら?師匠クラスが相手なら全人間族を合わせても勝てないだろうが普通の魔獣やそれほど強くない他種族なら数で押し切れるのだ。そして二つ目がファルクリアの人間族より強い異世界の人間を召喚することなのだ。多少は個人差があるとはいえファルクリアの人間族よりも基本的に強い異世界人を多く召喚して戦わせる。だからこの世界では異世界人は珍しくない。ただし召喚先の事情についてはよくわからないので巻き込まれて召喚魔法の余波で死んだとわかるのは俺くらいらしい。他にも巻き込まれて死んだ者がいるのかいないのか。いたとしたらその後どうなったのかわからない。


狐神「ところで、アキラの元居た世界では九狐里晶って名前はありふれた名前かい?」


アキラ「え?いえ。晶はともかく姓についてはうちの家系以外には聞いたことがありません。」


狐神「私も聞いたことがないよ。」


 それはそうだろうと思いかけて思いとどまる。師匠は地球についてなんて知っているはずはない。師匠が言っているのはファルクリアにおいてということだろう。


狐神「三千年以上も生きてきて、どの種族でもアキラ=クコサトなんて名前は他に聞いたことがない。そしてアキラの元の世界でも非常に珍しい。どちらの世界でも珍しい同名の二人がいて偶然死んだあとにその相手にとりついたなんてことがありえるのかい?」


 確かに偶然にしてはありえないような確率だ。太郎やボブのように特定の地域や年代でありふれた名前同士であったなら偶然名前がかぶることもあるかもしれない。だがどちらの世界でも非常に珍しいアキラ=クコサトという名前なのだ。


アキラ「偶然名前が同じなどということは非常に低い確率でしょう。ですが名前が同じだというだけでこの体が俺のものというのは根拠に乏しいのではないですか?」


狐神「そうだね。じゃあ決定的なことを教えてあげるよ。アキラが今話したのと同じようなことを前のアキラからも聞いた。」


アキラ「は?」


 俺の意識が目覚める前の、師匠に弟子入りしていたアキラの話。その境遇は俺とまったく一緒だった。異世界召喚に巻き込まれ死亡し異世界転生したのだとアキラははっきり言い切ったそうだ。


狐神「修行の際に着ていた服はアキラから教えてもらった服装だって言ったね?あれは異世界で男だったというアキラに異世界で男が喜ぶような服装を教えてくれって言って教えてもらったのさ。今のアキラもあの服装は知っているんだろう?」


 確かにあれは地球のものだ。地球についての知識なく偶然あれだけ現代日本で見かけるのと同じ服をいくつも思いつくはずはない。男が喜ぶかどうかは別にして…。いや…、大半の男は喜ぶだろうな。一番好きかどうかは別にしてもセクシーな服や露出の多い格好を喜ばない男はそうそういないだろう。


 そして次の師匠の言葉は衝撃的だった。


狐神「アキラ、あんたは記憶喪失でも乗り移って交代したわけでもない。アキラの意識は封印されていたんだよ。そして目覚めた。それが今のアキラだよ。」


アキラ「封印?目覚めた?どうして…誰がなんのために…。それになぜ師匠がそんなことを?」


狐神「前にアキラ自身が言っていたのさ。自分は今意識を封印されていて半覚醒状態だって。意識がふわふわとしてたのもそのせいさ。そして封印されていた理由は同じ時に召喚された勇者たちが現れた時にそれに気づくようにだろうさ。」


アキラ「俺が巻き込まれた原因になった三人ですか?どうして…?」


狐神「この世界とアキラの元世界では時間の流れが同じとは限らない。どの時代とつながるか召喚魔法次第なのさ。」


 つまりこういうことだ。今から百年前のファルクリアで召喚を行ったとしても俺がいた時より百年後の地球につながれば俺より未来の人間が今より過去のファルクリアに召喚されることもある。逆に今より未来のファルクリアに俺より過去の人間が召喚される場合もあるということだ。


狐神「そして巻き込まれたアキラと正規に召喚された者達ではファルクリアに現れた時間がずれたんだろう。もしアキラが最初から覚醒状態であったとしたら千五百年もの間その者達を探すかい?とっくに死んだと思って諦めるんじゃないかい?」


アキラ「なるほど…。確かに別々の時代のファルクリアに現れたと知らなければ、千五百年も経っていれば普通の人間ならとっくに寿命で死んでると思うでしょうね。探す気があればですが…。」


狐神「探さないのかい?」


アキラ「はい。別に彼らに興味も用もありませんから。」


狐神「そうかい。でもそのアキラが巻き込まれた召喚で呼ばれた者達は二十数日前にファルクリアにやってきたはずさ。」


アキラ「どうしてわかるんですか?そもそも誰がそんなことを…。」


狐神「アキラの意識を封印したのはおそらく最高神だろうね。そんなことができるのは他に思い浮かばないよ。そして私の得た情報ではつい最近異世界人が召喚されている。彼らに会いに行くから出て行くんじゃなかったのかい?」


アキラ「違いますよ。そんなことは初耳でした。」


 師匠はずっと俺達と一緒にここにいたのにいつの間にそんな情報を仕入れたのかと思ったが、使い魔や他の妖怪族からテレパシーのような物で常に情報を得ているらしい。


アキラ「前のアキラの記憶がないのは事実なんです。力の使い方も忘れてしまっているし。その記憶を取り戻す旅に出ようかと思っていたんです。」


狐神「そうかい。それでその体がアキラ自身の物だって聞いた今でも旅に出る気持ちは変わらないのかい?」


アキラ「はい。師匠の話を信じてないわけじゃありません。でも俺自身でも納得できるようにその記憶を取り戻したい。それに力の使い方も…。」


狐神「まだそれ以上力を求めるのかい。まぁ…アキラの意思が固いんじゃ…仕方ないねぇ…。」


 その時の師匠の悲しそうな微笑がいつまでも俺の頭から離れなかった…。



  =======



 翌日俺は師匠の庵から出て記憶を取り戻す旅に出ることにした。妖力に関しては十分使えるようになった。旅をする力不足ということはないだろう。ファルクリアの世界についての知識もある程度は得た。食事はそれほど必要ない体だということはわかったがボックスに十分な量の食事も用意してある。準備は万端だ。


アキラ「師匠、お世話になりました。記憶を取り戻したら必ずまた来ます。」


 俺は師匠にそう宣言した。


狐神「さよならとは言わないよ。気をつけて行っておいで。」


ガウ「がうっ!」


 俺は笑顔の二人に見送られ歩き出す。


 ザッザッザッ。ペタペタペタ。


 後ろを振り返る。歩き出す前と同じ距離で同じ顔で二人が後ろにいる。見なかったことにしてくるりと前を向いてまた歩き出す。


 ザッザッザッ。ペタペタペタ。


 やはり足音は付いて来る。また振り返る。やはりさっきと同じ距離に同じ笑顔の二人がいる。


アキラ「あの…。師匠、ガウ…。」


狐神「なんだい?」


ガウ「がう。」


アキラ「どうして付いてくるんですか?」


狐神「私はこっちに用があるんだよ。」


アキラ「そうですか…。」


 俺は九十度回れ右をして別の方向へ歩き出す。


 ザッザッザッ。ペタペタペタ。


 まだ足音は付いて来る。再度振り返る。


アキラ「師匠は向こうに用があったんじゃないんですか?」


狐神「今はこっちに用があるんだよ。」


アキラ「付いてくるつもりですか?」


狐神「ああ。私の用っていうのはアキラに付いていくことさ。」


ガウ「がう。」


アキラ「はぁ…。何を言っても無駄なんでしょうね?」


狐神「無駄だね。」


ガウ「がうがう。がうはご主人と一緒なの。」


アキラ「師匠はあの庵から離れていいんですか?ベル村とかにも何も言わずに出て行っていいんですか?」


狐神「いつから私があの庵から出て行けないと錯覚していた?」


アキラ「………。あまりギリギリのネタはやらないでください。ていうか何でそんなネタを知ってるんですか?!」


 こうして結局俺達は三人で旅に出ることになった。師匠と俺とガウの三人で。俺の記憶を取り戻す旅へと………。



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