32 裏話 勝利の余韻
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今回は裏話になります。
ではどうぞ♪
その部屋は静まり返っていた。
アリーナ1階、各選手控え室ごとに用意された小さめの医務室。
たまに聞こえるのは医師が治療に必要な器具をカーナの目の前に用意された銀のトレーに乗せた時に出る金属同士の触れ合うカチャカチャという音のみ。
「それでは治療を始めます」
「はい、お願いします」
そしてまさに医師が薬品の小瓶の栓を開けガーゼに数回染み込ませた時、その声は医務室に飛び込んできた。
「カーーーーーーナ!!良くやったぁぁぁぁーーー!!」
静寂を打ち消すように叫ばれた言葉が医務室に響く。
入って来たのはマリアンヌであった、しかも満面の笑みの。
本来であればこの瞬間すぐにでも試合運びについての謝罪、叱責を受けるため片膝を付き、深々と頭をたれるところであろうが、マリアンヌはそれを許さなかった。
医務室の扉を開けてカーナを見るなり両手を広げて抱きついてきたのだ。
そしてそのままガシッとしがみつくように抱擁、そこに傷だらけで肋骨を負傷した人間に対する配慮や気遣いは無い。
「ま、マリアンヌ様!?」
凄い勢いで抱きつかれたカーナ。
戸惑った後、少し頬を赤らめてマリアンヌの身体を受け止めた。
腹部に起こる衝撃はすさまじく、本当なら即失神ものであろう。
しかし申し訳なさが全身に巡っている今のカーナにとっては、痛みよりも先に「よくやった」という主の言葉に対して何を返答したらいいか分からない気持ちのほうが遥かに強かった。
だから次の瞬間には顔を曇らせ、辛そうに唇を噛み締め、ゆっくりと口を開いた。
「そんなお褒めの言葉、今の私には勿体無いお言葉です」
「何を謙遜しておる? お前は我の命令通り勝ったではないか♪」
「でも決して褒められた試合運びではありませんでした」
申し訳無さそうにするカーナ。
マリアンヌはそれを満面の笑みで一笑に付す。
「そんな小さき事をいちいち気にするな」
「えっ!?」
「その方が盛り上がってよいではないか!ハッハッハ♪むしろよくやったぞ!」
「そのせいでマリアンヌ様に不要な心労を重ねさせてしまったのでは?」
即、マリアンヌは「そんなわけあるものか」と首を振る。
「我はお前の勝利を最初から最後まで確信していたぞ」
何言ってんだ?こいつ?、という表情で後から室内に入って来たムンガルがマリアンヌを見る。
彼の中での記憶との齟齬が発生している。
確かこの女は、つい30分ほど前、顔面蒼白で頭を抱えていたはずなのに。。
「なっ!ムンガル!」
どうしたものか、真実を伝えたほうがカーナの為になるのでは、と一瞬思ったがそこは主の名誉のため肯定しておくことにした。
「…はい」
しぶしぶだけど。
「不安を持つ暇が無いほどの平安な心持で、実に優雅なアフタヌーンティーの余興のようであったわ♪ なっ!ムンガル!」
もう知らん。
「はい」
もはや苦い顔をするか、記憶を消去するしかないな、と思うムンガル。
VIP席でのマリアンヌの喜怒哀楽を全く知らないカーナ、ホッと息を1つ吐く。
そして泣きそうな声で言った。
「よかった、、本当に」
「何を心配しておる?もしや任が全うできなかったら我がお前を捨てるとでも思ったか? 例え失敗したとしても、お前は我の1番大切な臣下だ、それが1度2度の失敗でその信頼が揺らぐなどあるわけがなかろう」
「……マリアンヌ様、本当に私には勿体無いお言葉、ありがとうございます」
あまりに嬉しい言葉であった、涙が出そうになる。
そんなカーナにマリアンヌは顔を近づけ耳元で
「ムッフッフ♪くるしゅうないぞ♪」
そして更に強く抱きしめたのであった。
「マリアンヌ皇女殿下、ご歓談中にまことに申し訳ございません」
「ぁ?」
首だけを背後へ。
そこにいたのは今日の戦いを取り仕切っていた司会の女であった。
「お前は…」
だが大会を取り仕切っていた時とは違って煌びやかな貴金属は取り外され、短いスカートの上にはさっき見つけて急遽付けたと思われる医務室の薄いシーツで覆われていた。
これはマリアンヌを前にして彼女よりも目立つという事を避けた結果、それだけの判断をまず医務室の扉を開けて、すぐ横にいた黒いフードに不気味なカラスのお面を付けた2人組みにギョッとし、次にマリアンヌを見つけた瞬間に咄嗟に行った彼女はそれだけ優秀と言えるだろう。
彼女は跪いたまま視線を決して上げない。
マリアンヌは見下ろしながら言う。
「面を上げよ」
促すと司会の女はゆっくりと顔を上げた。
「ハッ、ありがたき幸せでございます。 私は此度の大会の司会進行を任せられていたメリエと申します」
「ほう、よき司会であったぞ。褒めてつかわす」
たいして聞いてもいなかったくせにとランは着けられたカラスのお面の奥で音も無くクスリと笑う。
一方この女も大層な美人だがマリアンヌと比べると些かに劣る、などと明後日の方向のことを思っているカイル。
とりあえずカーナに抱きつくのを止めたらどうですか?と思っているムンガル。
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
「で、用はなんじゃ?」
「此度の試合においての条件となっておりました、カーナ・マキシマムが勝利した際の魔道具交換、その魔道具をお持ちいたしました」
そう言うとメリエは大事に懐に仕舞っていたラムゼスのナイフを取り出した。
「こちらがラムゼス・モルゴスが所持していたナイフ型の魔道具でございます。能力は超加速、発動から」
「説明はよい、知っておる」
両手の手の平で献上するように視線下から持ち上げられた魔道具。
大型のナイフの柄には宝石、むき出し状態の刀身は闇の中で得物を狙うように妖しい光を放っていた。
ラムゼスが何度も使用し、驚異的な能力を印象付けたせいだろうか、そのナイフは見ただけで妙な圧迫感を周囲の人間達に与えた。
ただ1人、マリアンヌを除いて。
彼女には、いや、彼女だけこう見えた。
長い間、飼い主の元に戻りたいと願っていた犬がその願いを叶えて尻尾をブンブンと振って喜んでいる。
そのように見えたマリアンヌ、ボソッと独り言のように呟く。
「それならば手を抜けばいいものを…まったく訳のわからん」
「は?何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない。カーナ受け取れ、それは今日この時をもってお前の物だ」
カーナはマリアンヌの身体を受け止めたまま、空いた片手を伸ばす。
そして感慨深くナイフを掴むと、強く握り締めた。
「ありがとうございます」
「それではマリアンヌ皇女殿下のお持ちになられていたアトラス軍10英雄の魔道具、錫杖は私の責任をもって敗者ラムゼス・モルゴスの元へ」
「いや、待て」
「はい?」
何かを思案するように一瞬だけ視線を宙に浮かせ
「ムンガル、その錫杖はお前が持ってゆけ、あの負け犬…名前は何だったかな?ハッ、忘れてしもうたわ♪ まぁよい、そいつに持っていってやれ」
了解しました、と口にして司会のメリエから錫杖を受け取ったムンガルにマリアンヌは「念のため」と付け加える。
「言っておくが”あの件”については何も言うなよ」
あの件…。
その伏せられたワードに反応できたのはこの場においてムンガルのみであった。
今、マリアンヌに抱きつかれているカーナ。
後ろでローブを被って待機しているランとカイル。
ナイフと錫杖を持ってきた司会の女。
その全ての人間が「何のことだ?」と眉を一瞬ひそめたがその真意は分かろうはずもない。
だが事前に八百長の事を聞いていたムンガルは別、即座に何の事をマリアンヌが自分に言っているか分かった。
「………」
ラムゼスを含む4人は元部下、やんちゃ盛りだった彼らを育てた自負もある。だからこのような不正を働いた性根もろ共、殴ってやりたい気持ちがないと言えば嘘になる。
しかしそれをする事によって、八百長がバレれば大会そのものが流れる可能性もありえる、それは同時にせっかく手に入れたカーナの魔道具を失うというマリアンヌの戦力が落ちる事に直結する。
そして最悪、八百長を知っていたにも関わらず黙っていたマリアンヌの責任問題にすら及ぶかもしれない。そうなってしまえば自分の命を救ってくれたまだ年端もいかない少女を危険な立場に追い込む事と同義。
だからムンガルは騎士の享受に従うように硬い表情で黙って頷いた。
「ああ、そうだ!ついでに言伝を1つ頼まれてはくれぬか?」
「言伝ですか?ラムゼスに?」
「あの4人に」
「なるほど。はい、もちろん」
再度頷くムンガルに、マリアンヌはきゅっと唇の端を持ち上げ、人懐っこい笑顔を作った。
「安心せい、其方たちの秘密は決して言わぬ。大会5連覇おめでとう、とな」
「…了解しました」
とても無邪気な声でケラケラと笑うマリアンヌに一礼をしてムンガルは医務室から出て行ったのであった。
閲覧ありがとうございましたm(_ _ )m
実は今回の章、もう1つ裏話を追加しようかと思っています。
何となく思いついて書いてみたらいい感じだったので…
よかったら次回も見て頂けると嬉しいです




