03 問う覚悟に問われる覚悟
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初めての日曜日の投稿です。よかったら読んでね。
(改稿済み。2016.09/09)
「どうぞ、マリアンヌ様」
紅茶の香りが鼻孔を通じて脳へと届いていく。
「うむ、ご苦労」
ゆっくりと心をほぐしていく香りに身をゆだねながらマリアンヌは一口、紅茶を飲むとと目を閉じた。
そして呼吸を整えるように椅子に揺られながら考える。
何を考えるのか?と、問われれば、それはもちろんこの先の展開を答えるだろう。
だがその為にはまず想像する必要がある。
マリアンヌが怒りに身を任せ、出て行ってからの王の間の風景や状況を。
そして腹違いの劣悪種どもによる自分への誹謗中傷を…
つい先ほどまで温かい茶葉の香りで落ち着きを取り戻そうとしていたマリアンヌの心は、しかしながら次の瞬間には持っていたティーカップを乱暴に置いたのであった。
「考えれば考えるほど、腹がたってくるわ」
もうじきあの劣悪種の中から次期皇帝が決まるだろう
それは由々しき事態だがこのままでは揺ぎ無い。
第三皇子、第四皇子が出しゃばって手を挙げるとは性格から思えん。
皇女共は女という理不尽な理由で選択肢からそもそも除外されている。
「皇帝が選ぶとしたら第一皇子か第二クソ野郎だな」
戦場での功績は第二皇子ロキが上だが、その分第一皇子アールのほうが周りの貴族に受けがいい。
そう言えば父上はどちらの方をひいきしていたかな?
「…いかん、まったく分からんぞ。そもそもあいつら2人なんて視界に入っていても入っていない判定になるぐらいの空気どもだったからな」
では考えを変えて、我ならどちらを選ぶか…
愚問だなロキという選択肢を選ぶぐらいなら死を選んだ方が幾分マシだわ。
だが、かといってアールも嫌だ。
て言うかそもそも我以外が選ばれる選択肢なんて全て無くなればよいのだ。
「………」
どう転ぶにしてもすぐに2人の内どちらと決まるとは思えない。
事はこの国の未来をも決める重大な選択だ。
ゆえに簡単に想像できる。
今、王の間で繰り広げられているのは腹違いの兄弟、第一王子アールと第二皇子ロキの醜い争い。
自然とつり上がるマリアンヌの口角。
「ふふふ、実に傑作だ。ゴミ虫共め、そのまま殺しあえ」
しかし、そんな愉快な催しもいずれは終わる。
おそらく当人たちの話し合いではどちらも譲らず終わりがみえんだろうから、最終的に父上が決めるというのが順当だろうな。
まぁ、どちらがなるにしても決まってからでは遅い。
一度決まればそれは誰だろうが覆せない、それほど皇帝の決定というのは絶対なのだ。
両大臣や有名貴族が呼び出されていたことから、今日中には決めるつもりだろう。
つまり何か行うなら早いに越したことは無い。
というか今しかない
次の皇帝が決まる前に我が行える手は…
そこでマリアンヌの思考は一時停止ボタンを押したようにピタリと止まった。
――おや?
ビックリしたことに手が無いぞ
そもそも頼れる人間なんているかいないかで言うと、皆無です
絶対に裏切らないと確信できる家臣……いたっけ?
………
……
「あっ!カーナ!」
「あ、呼ばれましたか、マリアンヌ様?」
「いや、呼んでない」
マリアンヌは両手で頭部を押さえつけて後悔した。
これは準備を怠った自分のミスだ
次期皇帝は自分しかないと思って騎士はもとより貴族達に根回しも一切してこなかった
「だってする必要なんて感じられなかったんだもん」
怠惰の結果、使える駒はメイド1人
これはさすがに絶望的過ぎて笑えてくる。
「あ~万策尽きたぁぁ~」
どうしたらいいんだろう…母上。
困り果てたマリアンヌ、泣き付くように亡き母の言葉を思い出す。
目蓋の裏に映るのは今でも鮮明に焼き付いている母の微笑み。
そしてゆっくりと思い出に浸るようによく言っていた言葉を再生する。
『マリアンヌ、どんな不利な戦場においても活路はあるのよ。相手の気持ちになって考えてみるの、相手がされて一番嫌なことすればそれがどんな馬鹿げたことでも正解なのよ』
「父上がされて一番嫌なことか…」
目蓋を持ち上げてティーカップを口へ傾けながら考える。
父上は我以上のプライドの持ち主。
そんな人間がされて嫌なことは十中八九プライドを傷つけられることだろう。
それはイコール自分の思い通りにならない事柄と言い換えてよい。
我が本気で反論した時のあの表情を見る限り、おそらくそれだろう。
なら思い通りにさせなければいい。
それには父上の想像もつかないことをする必要がある。
あの父が想像できない事か
「……っ!」
そしてマリアンヌは思いつく
大馬鹿な考え、計画とはとても呼べない稚拙な絵空事
だがそれゆえ誰も思いつかないであろう、伸るか反るかの大博打を
意識していたわけではない、でもその考えを思いついた瞬間、確かにマリアンヌの漆黒に彩られた口元が緩んだ。
「こんな事を思いつくとは我も焼きが回ったか、それとも悪魔に魅入られたか?何にしても狂気の沙汰だな。フフ、だが面白いではないか。でも母上」
あなたが愛した国を一時的にでも私は裏切ることになる
そのような暴挙を許していただけますか
………
いいや愚問だな
私の母上なら迷い無くこう言うだろう。
『私の愛娘なら人の顔色なんか見ずに覚悟を決めて突き進みなさい』と
マリアンヌは再び目を閉じて、記憶の中の母に向かって、こう呟いた。
「ええ、そうします」
その言葉は不思議なもので声に出すことでしっかりと根を張るように心に絡み付き、自信という言葉になってマリアンヌの心を支えた。
そして絶賛掃除中のカーナに
「おいカーナ、突然だが、お前って戦ったら強いのか?」
窓から差し込む夕日を浴びながら問いかける。
その瞳にもはや弱気な影は見えない。
カーナは答えた。
「たぶんですが、それなりには強いと思います。 最後に人間と模擬戦をしたのは14年ほど前ですが、当時の騎士から一本取りましたので」
「そうか~当時10歳のお前に負ける騎士がいるとは、よほど弱かったんだな~。 ちなみにお前、兄弟は?」
「いいえ、おりません」
「お前のことを知っている騎士は何人ぐらいいる?というか、あの場に何人いた?」
カーナはホウキを持っていた手をピタリと止めて思い出すように瞼を下ろす。
「3、いや4人です。 私はマリアンヌ様を見ておりましたし、扉近くで待機しておりましたので正確な数字かはお答えできませんが、少なくとも4人は顔見知りがおりました」
最低でも4人か…
あの場にいたのは高等貴族のお抱え騎士か皇帝を守る近衛兵、位の高い正騎士の数人。
「そいつらの名前と所属は?」
「皇帝陛下の背後にいた岩石のような大男、私の父の後釜、近衛兵団団長クルウェイ。 周りを取り囲むように警護していた正騎士たち、比較的マリアンヌ様の近くにいた瞳が鷹のような中肉中背の騎士、正騎士副団長ジャファール。私の近くにいた背の高い面長、正騎士のグロエ。そして私から父の遺品のナイフを奪った、元正騎士団長ヴァン・ローランド」
「ヴァン?誰だ、それ」
聞いたことも無い名前にマリアンヌは首を傾げる
「皇帝陛下の両脇にいる右側の」
「右大臣か!?あいつ騎士団長だったのか!?メタボなのに…?」
「私と模擬戦をした10年ほど前は痩せておりましたよ」
「そうか~、時というのは時に年齢よりも残酷なものを体内に宿していくのだな。 今が父上と同じぐらいぐらいだから10年前は50才ぐらい、ずいぶん年齢がいっている正騎士団長だな、ん、模擬戦?まさか!10歳のお前が試合で一本取ったのって」
「はい。現在の右大臣です」
「マジでっ!?」
っていうか、正騎士の団長が10歳に負けるなよ!
しかしながら
「それは面白い話を聞いた」
いや、面白くは無いかな。
10歳に負ける正騎士が守る国か、、、
よくまだ持ちこたえているな。
あっ!だから大臣にクラスチェンジしたのか
「では本題なんだが、お前は人を殺せるか?」
「はい、殺せます」
カーナの返答は条件反射のようだった。
「即答だな」
マリアンヌの手に持っていたティーカップが小刻みに笑う。
「メイドのお前が人を殺したことなど今まで無いだろ。なぜ即答できる?父親に連れられて戦場にでも出たことがあるのか?」
「いいえ、残念ながら戦場など見たこともありません」
「なら」
「しかし自分の覚悟を確信しています。今まで求め続けていたマリアンヌ様の勅命、それが殺せとおっしゃったのです。たかが人間風情を殺すのに躊躇を覚える暇もありません」
「それは我が命じれば誰でもか?例えばだが…」
「例えそれが私の父が命をかけて守ったマリアンヌ様のお父上である皇帝陛下であろうとも、マリアンヌ様の命ならば迅速に結果でお答えいたします」
質問が終わりきる前に即答するカーナ。
それはマリアンヌにとって意外過ぎる言葉だった。
目は頬でも叩かれたかのように丸くなる。
「驚いたな、お前は私の考えが読めるのか?」
カーナはゆっくりとかぶりを振った。
「私程度がマリアンヌ様の深遠なる考えを推察など出来るわけがありません。 ただ、私はそうだったとしても何の躊躇も無いと伝えておこうと思ったにすぎません」
たかが下々(しもじも)の戯れ言。
いつものマリアンヌなら気にもしないどころか、どなり散らす所なのにその時だけ違った。
「それを言葉にした瞬間、国家反逆罪で打ち首になるかもしれんのに、それを貴様は”すぎない程度”と言い放つか、頼もしい限りだよ、カーナ」
チラリと視線を上げる。
時計はそろそろ夕方時を指そうとしていた。
すっと椅子から立ち上がるマリアンヌ。
その瞳には覚悟を宿して
「おかげで決意が固まったよ。それでは愉快なアフタヌーンティーも終わったことだし、一世一代のパーティーへ行くか」
「はい、どこまでもお供します。この身、この命はマリアンヌ様と共に」
マリアンヌの後をそっと付き従うカーナ
手は己が胸に当てられ、まるで神に誓いをたてているようであった。
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