惨劇
走って近づいて行くうちに、だんだん光だった物が、次第に炎と識出来るくらいまで街に近づいてきた。
……そこはもう、『碧』い炎に全てを焼き尽くされている途中の、まるで地獄の底のような光景が広がっていた。
誰か無事な人は居ないかと、その地獄の様な街へと入っていく。
「暑い…誰か!無事な人がいたら返事を返して下さい!」
心が、張り裂けそうなくらいつらい現状だった。
街の大部分を見て回ったが、無事な所など一切無かった。地面の石畳の上には、街の住民の人々が倒れていた。もう、その人々は、二度と立ち上がり、今までのように楽しく話をすることは無いだろう。
正直、こんなに衝撃的で残酷な光景を目の前にしたことは、一度も無かった。あるわけが無かった。何故なら、1年前までは普通の高校生だったのだから。地面に転がっているそれを見る度に、その人たちがどんな生活をしていたのか、考えてしまう。手を繋ぎ、母親が子供を抱きしめようと思ったのか、左手を必死に持って行こうとしている親子。かつてはパン屋だったのだろう、露店の通りにあるその店は、『bell's bakery』の看板をいつも店先に掲げ、毎日おいしいパンを売っていたのであろう…
そうしたなか、僕の中には寂寥感の他にもう一つ、ある感情が心の奥底から、まるで噴火前の火山のマグマの様にせり上がってきた。
―――――許せない…こんな事をする奴は、僕の手で、仇を、取ってやる…
その時、僕の耳に微かな声が聞こえてきた。一瞬、生存者が居たのかと思ったが、その黒板を引っ掻いたような声は、とてもそうとは思えなかった。その声によく耳を澄ましてみる。
「イッヒッヒ…全てを焼き尽くす『碧』い炎…まったく見事でございますこと。先程までは美しい街であったここを、たったの一瞬で爆ぜてしまうとは…素晴らしい限りです」
その街の住民を何とも思わず、むしろそれを楽しんで鑑賞をしているようで、自分の中の怒りがとうとう噴火しそうになった。しかし、何とか踏みとどまる。
「そういう言い方はよせ、バス。それより、標的《、、》はここにはいたのか。もし居たとするならば、この程度で死ぬわけは無いだろう。」
「確かに、これしきで死んでしまうような奴じゃないわ。しかし、出てもこんな…襲撃を予測して逃げおったのか。」
「逃げたのか?あの地割りのビザンツと謳われたあの人が?その可能性は捨てた方がいい。それは有り得ん。」
何とか無事な建物の陰に隠れながら、その単語を聞いたとたん、師匠の事をすっかり忘れていたことに気づくと同時に、あの人はそれなりの有名人であったことを知る。そして、この2人の狙いが我が師匠、ビザンツであったこと。何故だろうと思い、再びその会話に耳を傾ける。すると、またあの黒板を引っ掻くような、年寄りの婆さんのような声が耳に入ってきた。
「エト様の仰る通りだとすると、たまたまここに居ないと言うことになりますが…山の麓にある家にもあやつは居なかったようだしな
。」
は?と思った。だがしかし、それは当たり前だよなと思い、続けて両者の会話を聞く。
「恐らく、あまり世間には存在を知られたくないと思ってあそこを1番に狙ったんだが…とにかく、もうここには居ないとわかった。」
「それでは、もうここは離れましょう。王都から軍を出されては困りますからねぇ…そうだ、もしかしたらまだ生存者がいるかもしれませんね……この街を吹っ飛ばしましょうか」
それを聞いた時、怒りという名の信号が脳に発せられた。もうこの街をこれ以上、悲惨な状態にされたくなかった。そしてこっちの世界での故郷でもあるのだから…
脳内にここでの思い出が再生される。初めてパンのおつかいを頼まれ、初対面だったのに、優しく気さくに接してくれたベルおじさん。街中でいつも通りすがりに元気な挨拶をしてくれた女の子…
―――――ここは絶対に破壊させない。この命に代えてでも…
こう思ったときに心の奥底がチクりと疼いたが、今はそれよりもどうにかこの現状を打開すべく、奴らに勝負を懸ける。この街すべてを炎に包み、それも『碧劫火魔法』となると正直1年ちょっと稽古したぐらいの僕では、勝ち目はないだろう。それに、その程度の強さを持つであろう相手が、もう一人居るとなると尚更だ。
だが、そんなことはどうだってよかった。この街を守る為に命を散らす、たったそれだけだ。
勢いよく地面の石畳を蹴り、奴らの声がする広場に出た。
次話は戦いになると思います。期待していただけると嬉しいです