稽古
「はっ!やぁ!せいっ!」
僕は自分なりに大きい声をだしながら、自分の手に馴染み使い込まれた、しかしよく手入れされている木剣を両手でしっかりと握りながら右、左へと振り抜き、そしてそれを相手の脳天にお見舞いしようと、上へと持ってきた。だが、それを振り下ろす前に
「剣の軌道がそれだと見えすぎだ!」
と、言いながら相手は僕の懐にすっと入り、その重いパンチを腹に繰り出した。
「ぐはぁっ!」
僕はさっき木剣を振ってる時の声よりも、大きいかもしれない、ほぼ叫びに近い声を出し、吹っ飛びはしなかったが、その場に倒れ込んでしまった。
そんな僕のことを真上から、逆光で顔はよく見えなく、表情はよくわからないが、呆れたような口調で
「戦いってのは、相手を威圧し精神的にダメージを与えて、『心』の力を弱めた方がより戦いやすくなるって、何回言やあ分かるんでぇオメェはよお」
いつもの稽古の相手、僕の師匠であるビザンツは、そう言った。その言葉に対して半ば反撃しようと
「でもそれって、魔物とかにしかほぼ意味をなさないって師匠、前も言ってましたよね?」
「アホか!まあ、確かにおめぇの言うとおり、人間には対して意味をなすことは少ねぇ。だがな、戦う相手がいつも人だとは限らん。むしろ魔物と戦う機会の方が普通は多い。おめぇも分かってるだろ?」
僕の反撃は、ほぼ完成し尽くされた返答によって、あっさりと覆させられた。続けて師匠が
「だが、もしおめぇのこれから戦う相手がおめぇの何倍も強かったらどうする?その時に『心』の強さが重要なんだよ。『心』が折られなければ、逃げることも戦うことも出来るが、もし、『心』が折られたらどうなる?」
「『心の刃』が折れて気絶する。」
「そうだ。気絶して、逃げることが出来ると思うか?無理だろ?だから今から鍛えてるんだよ。おめぇさんの『心』を」
真面目に考えてみた。普通であれば、僕はあっちの世界で高校生で、戦いなんてしたこと無いんだよな、と。それでよくもまあ剣が振れたもんだと、自分でも思う。実際にも、あっちに居たときよりも運動は格段に出来るようになってるし。だけど、メンタルの弱さは相変わらずだ。
この思考を読んだか知らないが、師匠が続けて
「おめぇは才能がある。だからこそ、『心』の方がやられねぇか心配なんだよ」
「それってどういうことっすか?」
「おめぇは今、自信に満ち溢れている。だからこそ、だ」
正直、意味がよくわからなかった。この人は、時々言葉を濁す。何を意図しているのかが分からないときがある。だが、僕はそのことについて質問はしない。その返答もどうせいつも、濁らせて返すからだ。
「よし、じゃあ今日の稽古はこんくらいにして、おめぇは夜飯の食材を街の方で買ってこい。
」
「師匠はどうするんです?」
「今日はちょっとヤボ用があってな…もしおめぇが帰ってきた時に、おれが居なくてもいつも通りに飯の支度していてくれればいい。」
なんかあるな、と思ったが、その時は言及しようとは思わなかった。
ましてや、この先にあの様なことが起こるなどと考えもしなかった…