夢は須らく見果てぬものであるべし
子どもの頃、欲しくてたまらなかったものがある。
目の前に見えているのに、転がすことは出来るのに、取り出すことは出来ない。
振っても逆さにしても取れやしない。
ラムネのビー玉。
青い瓶の向こうにあるそれが僕は欲しくてたまらなかった。
だから、祖父にお願いをした。
「じいちゃん、これ、とって?」
祖父はその度に言った。
「じゃあ、目を閉じてごらん?」
瞼の向こう側で行われる行為。
しわしわの手が僕の手を開かせる。
掌に置かれる冷たくキラリと光る透明なガラス玉。
祖父は言った。
ほら、じいちゃんは魔法を使ったよ?
祖父は決して僕に取り出し方を見せなかった。
全ては瞼の向こう側で行われ、その時だけ祖父は魔法使いになった。
これは夢玉なのだと祖父は言った。
青い瓶の向こう側でシュワシュワと炭酸水に浸されて、僕のキラキラとした欲しがる視線を注がれて、祖父の魔法をかけられて夢玉は出来上がる。
その玉を覗けば「夢」が見えるのだと祖父は言った。
僕は夢中になって夢玉を覗いた。
帰りの曲が流れる夕焼け空。絆創膏を貼った膝小僧。大人が飲むブラックコーヒー。
なんでも覗いた。
逆さまに映る景色が僕には特別に見えた。
祖父が魔法をかけるたびに夢玉は増えていき、机の引き出しは夢玉でいっぱいになった。
でも、魔法使いはいなくなってしまった。
今でも覚えている。
みんなが黒い服を着ていたあの場所で僕は掌いっぱいに夢玉を持って棺を覗きこんだ。
父と母が怒る中、僕は泣きながら夢玉を覗いた。
玉の中で逆さまになれば生き返るんじゃないかと思った。
でも、そんなはずはなくその日から僕は夢玉を捨てた。
魔法使いがいなくなったこの世界でそれは単なるビー玉でしかなかったから。
――と、こんなことを思い出したのは僕の横にいる人物のせいだ。
近所の神社で行われた夏祭り。
浴衣姿で先ほどからからっぽになったラムネの瓶を振ったり逆さにしたり叩いたりしている人物。
その手を握りながら僕は見守っている。
あ、こっちを見た。
「お父さん、これ、とって……」
泣きそうな顔で瓶を差し出してくる息子に僕は笑う。
「じゃあ、目を閉じてごらん?」
取り出した夢玉を僕は覗く。
その向こうに映る一生懸命に目を閉じる姿に僕は思う。
そうか、この夢はまだ続いていたのか。
さあ、次は僕が魔法使いになろう。