Disk1/Track1:遅刻と出会いfeat.芹沢マミ
好きな曲は何かって聞かれると、ちょっと困っちゃう。
「The White Stripes」の「Seven Nation Army」とか「The Who」の「My Generation」とか。他にも数百近い曲がパッと浮かんできて、とても1つには決められない。
でも、尊敬する音楽家は誰かって聞かれたら、わたしは即答できる。
一介のベーシストとしては、「Flea」「ゲディー・リー」とか答えるべきなんだろうけど。
わたしの最も尊敬するベーシストは、いとこのお兄ちゃんだ。
~遅刻と出会いfeat.芹沢マミ~
2012年4月9日月曜日は、わたしの高校の入学式。
昨日は新潟で地震が起こったけど、わたしの地域ではノープログレム。強く降り注いだ雨も止んで、今日は快晴。ベッドから覗く外では、かなり散ってしまった桜の木が、それでも桃色の春を教えてくれている。
柔らかくわたしを包み込んでくれる毛布からはい出ると、春なのに少し寒い。裸足のまま部屋のめざまし時計を見る。
『9:38』
……あれ?
思わずケータイを手に取って、時間を確認。当然なんだけど、めざまし時計と同じ時間。あわてて壁に貼られたカレンダーを見る。
「えっと……入学式開始が9時からで、終わるのが……10時40分」
えーと、待って。
今の時間は9時39分。ということは。
「高校終わったー!」
わたし、頭を抱えて絶叫。桜の木に留まったスズメみたいな鳥が、ビックリして飛んでいった。あぁ、やっちゃったよ初日から。
泣きそうになりながら、急いで身支度を整える。昨日用意しておいた新しい制服を着て、顔を洗って歯磨きして、お化粧--する時間はないからとりあえず眉だけ描いて。とりあえず体制は整えた。9時47分、芹沢マミ、いつでも出陣できます。
部屋の隅に立てかけたベースは重いから無視。でも、これだけは忘れられない。雑誌だらけの本棚に乗っかった写真立て。その枠内でほほ笑む、中学生のわたしといとこのお兄ちゃん。
「もう入学式終わっちゃうけど、行ってくるね、お兄ちゃん」
--あいからず、マミは困った子だなぁ。
呆れたようなお兄ちゃんの声が聞こえた気がした。わたしも思わず苦笑して返す。
手に取っていた写真立てを元に戻して、わたしは部屋を飛び出した。
自転車はあるけれど、学校まで約4キロ。頑張ってもそれなりに時間がかかる距離。
春休みに買ったばかりの銀色ピカピカな自転車に乗って、雨でところどころ色が濃くなった車道を進む。もう10時近くになった世間はでは、サラリーマンが忙しそうに働いているのが見えて。大人になったらああなるのかなって思うと、ちょっと悲しい。
でも、今日のわたしは高校生なんだ。自転車のペダルに力を込めて、ほんの少しだけスピードを出してみた。
わたしが入学する高校の門はあきっぱなし。「第37回入学式 山梨私立駿台高校」という立て看板があるだけで、警備員もいない。来るものは拒まずって感じ。
だから、校内に入るのは恥ずかしくなかったし、会場の体育館もすぐに見つかった。入口の前で、黒い服を着た人が1人立っているのが見えた。でも、そこまでだった。
「どうやって入ろうかなぁ……」
パンフレットを時間と対応させて見てみると、佳境は過ぎちゃった感じ。入学式が終わったら今日はもう予定ないみたいだし、むしろ今から入る価値があるのかさえ怪しいかも。
体育館がギリギリ見える位置から、腕を組んで考えているとちょっと違和感。
入口にいる人の服は、どっから見てもうちの高校の男子の制服。背丈もそんなに高くないように思えた。もしかして、わたしみたいに遅刻しちゃった新入生かも。
体育館に近づいてみると、思った以上にその少年はちっちゃくて、袖から覗く肌はわたしよりもずっと白かった。そして、彼の隣にはギターケースらしきものが置いてあった。
彼も音楽やるのかな。
ますます興味を持ったわたしは、勇気を振りしぼって声をかけてみた。
「ねぇ、キミも遅刻しちゃったの?」
後ろを向いていた少年の肩に手を置いた瞬間、その子は地面に崩れ落ちた。