Ⅳ:一時の停滞
「ん」
ロコが、机の上を水拭きする手を止めて、大きな耳をぴくぴく動かした。
「どうした、ロコ」
フェニックスは尋ねる。
「おそとから、おとがしたノ」
ロコが、扉を指さした。
「なんかおっこちたかナー?」
「落っこちた?
…ほう」
ロコは耳がいい。
言葉を聞いて理解するというのはいまいちだが、音の聞き分けには非常に信頼がおける。
大きな耳はだてじゃない。
フェニックスは、うなずいて、扉に歩み寄った。
そっとそれを押し開ける。
「…!!」
ひとりの青年の姿が、目に映る。
彼は、地面にうつぶせているガトールークに、駆け寄った。
抱き起こし、呼びかける。
「ガトールーク、おい、しっかりしろ!」
… すると、
…彼は、うっすらとまぶたを上げる。
細い声で、名を呼んだ。
「…フェニックス…」
「大丈夫か?
…いったい、何をされた?」
蒼白な頬の彼は、つぶやくように答える。
「何も…されてない」
「何も?
そんなはずはない、ならばどうして、手に血がついている?」
「…魔法で、傷ついただけだ」
「それほどの魔法をなぜ使う必要があった?」
「…」
黙りこんだガトールークを、フェニックスは抱き上げる。
ロコが、扉を懸命に押して、外に滑り出た。
フェニックスの法衣をよじ登り、その肩に座る。
「ガトールーク、ガトールーク!
ねえ、だいじょぶ?」
…静かに目を閉じたガトールーク。
その目尻から、ひとすじ、雫が線を引いた。
「…まあ、問いつめるのは後でもできる」
フェニックスが、ため息をつく。
「今は、寝かせてやろう」
「…うん…」
ロコは、ガトールークの上に乗り、胸に頭をうずめた。
ガトールークの寝室────屋根裏部屋から降りてきたフェニックスとロコ。
「これ、フェニックス」
茶をすすっていたジェニファントが、彼らを呼びつけた。
彼は、尋ねる。
「ガトールークはどうしたんじゃ」
「それが…」
フェニックスが、腕を組む。
「何やら様子がおかしい事は見てとれるが、なぜそうなったのかは、よくわからない。
…疲労が激しかったから、そのまま寝かせてしまった」
「そうか」
ジェニファントは、目の前に置いたクッキーをかじる。
「ほれ、ロコもどうじゃ」
「…たべる」
食べるとは言ったものの、ロコの面持ちは沈痛である。
ジェニファントは、ロコの頭をなでた。
「ロコ」
「…ん」
「案ずるな」
「…うん」
「そのうち降りてくる気になるわい」
「…そう?」
「だから、放っておけばいいんじゃ。
ロコはなんともないんじゃから、元気をお出し」
「…そだネ」
ロコは、机上に腰を下ろし、チョコレートチップのクッキーに手を伸ばした。
ガトールークの一番の理解者はジェニファントである。
そうフェニックスはわかっていたが──────
やはり、不安はぬぐいきれなかった。
あまりにも、ガトールークが消耗していたためである。
いや、自分を助けあげたときのように、ただ身体的に弱っているだけではないだろう。
もっと何か──────
外的要因による、精神的な打撃を受けたのではないか。
フェニックスは、そう感じた。
彼はふと、時計に目をやった。
12時前だ。
「さあて、昼飯でも作るかの」
ジェニファントが、腰を上げた。
できあがるまでにガトールークの元気が戻るといいが。
フェニックスは、台所に向かうジェニファントの背を遠く見ながら、ひとつ息をついた。
「こんにちはーっ」
一階の裏口側から、元気な挨拶が飛んできた。
ロコが、クッキーをほおばったまま、立ち上がる。
「へれふふぃーは!」
…
「ロコ、飲みこんでからしゃべったらどうだ」
フェニックスの言葉に、ロコは一生懸命咀嚼して、飲みくだす。
それから、
「…セレスティーナ!」
ロコは、階段を駆け下りていった。
「セレスティーナ!」
「わ、ロコちゃん!」
「セレスティーナ、また、ごはんたべにきたノ?」
「そうなのー、ジェニファントさんのお料理おいしいから、つい、ね!
お昼何?」
「オムライスのようだぞ」
答えたのは、後から降りてきたフェニックスだ。
「オムライス!
やったー、来てよかった!」
セレスティーナは手をぱちんとたたく。
「ロコ」
「なにー?」
「ジェニファントに、セレスティーナの分も作れと伝えてくれ」
「わかったー!」
ロコは、足早に、階段をよじのぼっていった。
それを見届け、
…フェニックスは、セレスティーナに向き直る。
「セレスティーナ」
「うん、何?」
「お前は、ガルシアに接触したことがあるか?」
「うん、ちょっぴりね。
一度挨拶したくらいだよ」
フェニックスは、続けて訊く。
「…どことなく、何かがおかしいと、感じたか?」
「…うーん…」
セレスティーナは、腕を組んだ。
「確かに、なんとなく変わってる雰囲気だなあとは思ったけど…」
セレスティーナが、はっと目を見開く。
彼は、こわごわと、つぐんだ口を開いた。
「…もしかして
…ガトールークさん、どうかしたの?」
「…わかるか」
「…今、魔法屋を訪ねて、ガトールークさんいなかったから、まだお城にいるのかなって…」
「いや、
…もう、帰ってきている」
「そうなの?
…じゃあ、
…なんで…」
「それがわからない」
フェニックスはかぶりを振った。
「…姫の話からして、たいした事はないんじゃないかと思っていたんだがな…」
「ねえ、ガトールークさんのとこ、行ってみようよ、屋根裏にいるんでしょ」
「…私はいい」
「よくない!
っていうか、僕がひとりじゃ嫌なんだけど…」
「…
…わかった」
セレスティーナがフェニックスの手を引いて、静かに階段に足を乗せた。
「ちょうどよいところにおいでになったのう、ナイト殿」
ジェニファントが、テーブルに皿を並べながら笑顔を向けた。
「…ジェニファントさん」
「もう昼飯になるぞ、悪いがガトールークをたたき起こしてくれんかの」
「たたき起こす…
起こしちゃっていいんですか」
「かまわんよ。
何回も片づけの洗い物をするのは面倒じゃからのう」
セレスティーナが、フェニックスに目配せする。
フェニックスが、言った。
「ジェニファント、私たちが降りてくるまで、ロコを頼む」
「ま、どうせ難しい話なんぞ、聞いたってわからんのじゃろうが…」
ジェニファントは振り返る。
サラダボウルを頭上に抱えたロコが、首をひねった。
「ロコ、腹が減ったじゃろ」
「へったー」
「先に、飯を食ってしまうか」
「うん!
やったー、おむらいす、おむらいす!」
ジェニファントが、緊張した顔つきのふたりをよそにテーブルにつき、意気揚々とスプーンを口に運びはじめた。
…セレスティーナとフェニックスは肩をすくめあい、
──────屋根裏部屋に続く短い階段を、見上げた。
二人分の靴音が、板張りの間に響く。
外が曇っているために薄暗い室内。
窓際の寝台に、彼は乗っかっている────
…のだろう。
布団を頭からかぶったらしい。
それが少し動いたために、ふたりはようやく確信した。
フェニックスが、歩み寄る。
声がうわずらないようにおさえ、
…呼びかけた。
「…ガトールーク」
…
返答はない。
今度は、布団に触れてみた。
「ガトールーク、昼飯になるぞ」
「…
……」
やっと聞き取れるほどの小さな声で、うん、と言った。
「…ねえ」
耐えられなくなったらしいセレスティーナが、訊く。
「ガトールークさん、何があったの…?」
しばし、湿った空間は、沈黙に満たされる。
…彼の琴線に触れてしまった。
非を感じたセレスティーナが、詫びようとした、
…
そのときだった。
「…俺のせいだ」
「…えっ?」
「…俺のせいで、あいつは…」
「何、もっと詳しく説明して!」
身を乗りだしたセレスティーナ。
ガトールークが布団をかぶったまま、ぽつりぽつりと、こぼすように、口を開いた。
「ガルシアは…
ガルシアは、やっぱりおかしかったんだ。
姫様の勘は、間違ってなかった。
…あいつから、すごい魔力を感じたんだ…
… 人間なのか、魔物なのかもわかんないよ。
…
あいつは…」
少し詰まってから、
…再び、言葉を続ける。
「…あいつは…
人を…食べた」
「え…」
セレスティーナの頬から、血の気が引いた。
「… 天井裏をはってるダクトから、のぞいてたんだ…
多分、護身用の魔法が欲しいって言って、買いに来た兵士だった。
突然、ガルシアに頭から飲みこまれて…
兵士が持ってた魔法書まで食ってて…
…俺、なにもできなかった」
ガトールークが、声をうるませた。
「真下にガルシアがいたのに、
あいつが食べられるとこ、見てたのに…
…体が動かなくて、
…
…結局怖くなって、逃げてきた…
…
…なにか、やれたかもしれなかったのに、なにもしなかったんだ」
「それはお前のせいではないだろう」
フェニックスが、布団の上から、ガトールークをさする。
「悪いのは、ガルシアだ。
お前が責任を感じる理由は何もないではないか」
「…あるよ」
「何だ」
ガトールークの声が、震えた。
「もし、ガルシアが求めてたのが、魔力だとしたら…
俺が魔法書を売ったせいで、あの兵士は食べられたんだ。
…あいつ、死にたくなかったから、俺のとこに来たんだろうに、
…
俺、むしろ追いつめたんだよ、あの人を」
…
腕を組んで聞いていたフェニックスが、ため息をつく。
彼は、
────ガトールークの布団をはいだ。
まぶたをはらしてしゃくりあげるガトールークを、その長い腕に抱きすくめた。
「ガトールーク」
「…何?」
「怖い思いをしたな」
「…」
「だが、あえて、ひとつ言うが」
「…うん」
フェニックスは、ささやき、語るように、口にした。
「この城下で、姫様を救えるのは、お前だけだ」
「…俺だけ…?」
「そうだ。
どんなに腕のたつ兵士も、不死鳥である私でさえも、それはかなわない。
魔法は、魔法でしかおさえることはできないからだ」
「…うん」
「ならば、お前がここで立ち止まっている暇はないだろう?」
「…
…うん」
「犠牲になった兵士を、忘れるな。
そうしてガルシアを倒すことが、彼への最大の供養だ」
「…そう…だよな」
噛みしめるような、ガトールークの声。
「俺が、
…やらなきゃいけないんだ」
「さ、ほら!」
セレスティーナは、ベッドに腰かけた。
「腹が減ってはなんとやらって言うでしょ!
とりあえずごはんだよ、ガトールークさん!」
「…うん」
ガトールークが、袖で頬をぬぐって、
…微笑んでみせた。
「…わざわざ、ごめんな」
「いいのいいの、ほら!」
「うわっ!」
セレスティーナが、ガトールークをひょいとかつぎ上げた。
「お、下ろせったら、重いだろ?!」
「ええ、どこが?
そんなことより、僕もうお腹ぺこぺこだよ!
早く行こう!」
「うわあああっ、あっ、危なっ」
小さな体を小脇に抱え、二階に飛んでいったセレスティーナ。
…もうもうと上がる屋根裏部屋のほこりに、フェニックスはむせかえる。
しばらく、掃除の手を入れていないのがいけなかった。
部屋主に任せると、片づかなくていけない。
フェニックスは、法衣の袖で口と鼻を覆って、部屋をあとにした。
「あ、ガトールーク!
ごはんだヨ、ごはん!」
ロコが、腕をばたつかせた。
「おじいちゃんのおむらいす、おいしいヨ!」
「わあっ、やった!
いただきまーす!」
セレスティーナが目を輝かせた。
彼が腰かけるのが早いか、ガトールークは、無造作に椅子に下ろされる。
…ガトールークは、
ケチャップライスにスプーンを差しこんで、
…止まった。
ガルシアがなにかおかしいということは、確かにわかった。
だが、この先どうすればいいのか。
考えられるのは二通り。
ひとつ、ガルシアの持てるすべての魔力を奪い、二度と魔法が使えないような術をかけてしまう。
魔力を取り上げるのには、ガルシアだけでなく、自分もかなりダメージを食うが、不可能な話ではない。
ガルシアを一時的に拘束することができれば、あとはガトールークの気力と体力、ガルシアの持つものの規模と抵抗の度合いの問題である。
その上で、簡易な魔法をかけるのは、なんのことはないはずだ。
ただ、魔力の抜き取りに失敗していた場合、遅かれ早かれこの策は破られることになりかねない。
細心の注意をはらう必要があるだろう。
ふたつ、ガルシア自身を完全に封印してしまう。
肉体ごと、永遠に閉じこめてしまうのだ。
こちらもかなり大変ではあるが、魔力をはぎ取るよりはよほどましである。
できればこちらを使いたいのは山々だ。
ただ、この案には、決定的な弱点がある。
ひとりの人間を、社会から抹殺してしまうという、避けられない事実だ。
その点において、今回、相手が一国の王であるから始末が悪い(無論、そうでないなら許されるというわけでもないのだが)。
腹の底の読めないガルシアだが、人気のある国王だということには間違いない。
仮にも絶大な信頼を得る人物を、他国の、ひとりの一般市民の一存で、レードラント国民から奪うわけにはいかないだろう。
ガトールークは、ため息をついた。
… そのとき、
「ああ、おいしかった!
ごちそうさま、ジェニファントさん!」
「…えっ?」
ガトールークは振り向いた。
セレスティーナが、すでにオムライスを平らげている。
はたと、自分の手元に目をやった。
薄焼き卵を突き破った、スプーン。
黄色い山は、まだ皿の上に残っていた──────
──────右半分だけは。
視界の左側から伸びてくる、小さなさじ。
ケチャップライスをすくっては、口元に運ぶ──────
「ロコ」
「ん」
「おいしいか」
「うん!
でも、ちょっと、さめたヨ!」
ロコは満足そうに、唇をなめる。
ガトールークは、ようやく自分の食事をまともに始めた。
「…あ、うま」
彼も料理をまったくしないわけではないが、味の面ではジェニファントに遠くおよばない。
ガトールークが漏らした言葉に、ジェニファントがにやりと目を細めた。
「旨いのは当然じゃ、わしが作ったんじゃからの」
「はいはい、そこに関しちゃ反論しないけど、食いすぎて健診引っかかんなよ」
言葉を返そうとしたジェニファント、
──────それを、ベルの音が遮った。
電話だ。
「私が出よう」
フェニックスが、席を立った。
壁際の、白い電話機に歩み寄り、受話器を取って、耳にあてがう。
「はい、セント=クラッセオ教会」
…決まりきった一文を述べたあと、
…フェニックスはしばらく無言になり、
…
…ガトールークを、振り向いた。
「ガトールーク」
「えっなに、俺?」
「何やら怪しい男から電話だぞ」
「…怪しい?」
「名前を名乗ろうとしない。
“銃剣・紅蓮”と伝えればわかる、としか言わないのだ。
…詐欺か?」
ガトールークは、はっとした。
「あっ、それ、俺の知ってるやつ。
大丈夫、詐欺じゃない」
ガトールークは、食べていたものを水で流しこんで、フェニックスに駆け寄り、受話器を受け取った。
「もしもし、今替わった。
変な名乗り方すんなよな、詐欺と間違われて切られるとこだったんだぞ」
『しょうがねえだろ、本名だけで生きてくってのは大変なんだぜ、マイ・スウィートエンジェル』
「…その呼び方、なんとかならないのかよ」
『ならねえなあ、だってもう皆の間でもそれで通ってるからな』
皆、とは、ときどき開かれる、“同業者”たちの集まりのことだ。
安易に実名を名乗ることを嫌う彼らは、それぞれまた別な呼び名を持つ───────
“銃剣・紅蓮”、また、“マイ・スウィートエンジェル”といったようにだ。
ガトールークは、ためらわず、彼の名を呼んだ。
「で、どうしたんだ?
ゼロシキ」
『あっ、てめ!
オレ様の名前をさもねえみてえに言いやがって!』
電話口の男の声は、笑みをはらんでいる。
『ったく、天使だけの特権だぜ?』
「はいはい、わかってるってば。
それで、用事は何なんだよ?」
『そうそう、 興味本意で買ってみたブツがあるんだがな、あんまり魔力がすさまじくてよ、オレには握ることすらできなくてな…
マイ・スウィートエンジェルなら使えるかもしれねえから、引き取ってくれるかどうかの相談さ』
「いいけど、何を?」
『短剣だ。
重くないから、お前にも扱えるだろ』
「ふうん、短剣…
いいよ、わかった。
送っといてくれよ、振り込み用紙も入れて」
『おう、了解』
ゼロシキは、そう答えてから、
…続ける。
『なあ』
「ん?」
『そっちはどうだ、うまくやってんのか?』
「…え?
まあ、普通だけど…
なんで?」
『いやあ…』
ゼロシキが、少し間をおいた。
…
『なんだか今日は、オレ様の可愛い天使が、ちょっと落ちこんだみてえな声してる気がしてな』
…
ガトールークは、彼に、話をしてみようと思った。
「…なあ、ゼロシキ」
『おう』
「あのさ、
…俺、今、レードラント王の、ガルシアのこと調べてるんだけど」
『ガルシアを?』
ゼロシキの声がうわずった。
『そりゃ奇遇だな…
…オレもなんだ』
「え?」
『いやな、そのガルシアってヤツがさ…』
ゼロシキは、かなりガルシアに関して調べあげていた。
ガルシアは、ここ数か月で、レードラント城をかなり改築しているという。
それも、地下室ばかり。
さらにその地下室から、他の場所へ通路を伸ばしているらしいといううわさもあるようだ。
それから、彼が即位した時期を境に、急激にレードラントが領土戦争に勝つようになったのだが、それも単なる兵士のモチベーションの変化ではない気がするというのだ。
そんなゼロシキは、ガトールークが目撃した、王の恐ろしい行為に、驚愕し、また、いっそう興味をあおられたようだった。
『なあ、マイ・スウィートエンジェル』
「長いよ、いちいち」
『堅いこと言うなって、いい呼び具合なんだよ。
短剣、送るのやめて、直接そっちに持っていくってのはアリか』
「ああ、うん。
うちに泊まればいいよ」
『ありがとう我が天使よ、恩に着るぜ!』
言いおわったゼロシキは、声色を軽くする。
『愛しいマイ・スウィートエンジェル、土産は何がいい?』
「土産?
いいよ、気にすんなって」
『いーや、そういうワケにいかねえよ。
よし、アレにしよう』
「アレ?」
『アレ。
ま、見てのお楽しみさ!
今日の夜には着くから、ヨロシクな』
「早いな!
わかった、待ってるよ」
『おう、じゃ切るぞ』
「ああ、またあとでな」
ガトールークは受話器を置いた。
ジェニファントが鼻を鳴らす。
「夕飯は、またひとり分増えそうじゃな」
「ごめんじいさん、宜しく」
ガトールークは、食事の席に戻る。
「ガトールーク、おきゃくさんだネ」
ロコが、手をばたつかせた。
「おみやげ、なーに?」
「いや、わかんない…
“アレ”とか言ってたけど」
「おいしいかナ?」
「ロコちゃん、食べることばっかり!」
「まったくだ」
セレスティーナとフェニックスが顔を見合わせる。
「ちがうもん、おなかへっただけだもん」
ロコの反論に、ガトールークはその黄色い頭をなでた。
「…やっぱ、食うことばっかだな」
「…あれ?
ほんとー!」
ようやくロコも、自分で気がついたらしい。
皆が、声をあげて笑う。
ガトールークは、正直、まだ、腹の底から笑うほどの元気はなかったのだが─────
──────彼らは、自分を元気づけようとしてくれている。
それだけは、身にしみて感じた。
…ガトールークは、少しうつむき、
…顔を上げて、
「ロコ」
「なにー?」
「お土産、おいしいといいな」
「うん!
おみやげ、おみやげ!」
…目を、細めた。