Ⅱ:悩める王女
ガトールークは、教会の裏口側から、入った。
呼んでみる。
「おーい、じいさーん」
…
返事はない。
それはそうだ。
姫の相手をしているのだろうから。
ロコがガトールークの胴に飛びつく。
「ガトールーク、はやく!」
「え?
あ、ああ…」
礼拝堂に下りる階段はすぐ向こうだ。
歩むガトールークの脚は重い。
彼の腕の中で、ロコはにこにこしている。
「ガトールーク、きんちょうしてるネ!」
「そりゃ、そうさ」
ガトールークはため息をついた。
「姫様が?
俺に用があって?
もうそこまでですさまじくおそれ多いのに、わざわざ教会まで来させちゃったってことだろ?
どんな顔して出てったらいいのかわかんないよ」
「だいじょぶだヨ」
ロコが、自分のほっぺたを両側、ひっぱってみせた。
「にーってわらって、こんにちはーっていうんだヨ!」
「…そう、
…そうだよな」
ガトールークのこわばった肩から、少し力が抜ける。
ロコが満足そうに、うなずいた。
浮き彫りの装飾が暖かい、大きな木の扉。
ガトールークは、ひとつ深呼吸して、
… それを、押し開けた。
広い礼拝堂。
見慣れた、ステンドグラスを透けた虹色の輝きが、わずかに残っていた、ガトールークの焦燥をしずめた。
祈りの間の中心にあるふたつの人影が、振り向く。
「何をもたついておったのじゃ」
ぶすっとしたジェニファントの声が、ガトールークの耳に届いた。
「早くこっちに来なさい」
ガトールークは、ためらいなく、列をなした長い机の合間をぬって、歩み寄る。
ジェニファントの向かいに座っていた彼女が、ブロンドの髪を揺らし、立ち上がる。
「こんにちは、姫様」
ガトールークは、会釈した。
「わざわざご足労いただいて、恐縮です」
「魔法使いさん、ご機嫌うるわしゅう」
フランメール姫は、薄紅色のドレスをつまんで、微笑する。
「先日、書物庫でお会いして以来ですわね」
「そりゃあ、俺みたいな一般人は、そういつも姫様にお目にかかるわけにいかないですから」
「あら、もっと遊びにいらして。
話し相手にちょうどいいんだもの」
ガトールークの腕におさまっているロコが、姫の方に体を向ける。
そして、口を開いた。
「ひめさま、たのみごと、それ?」
フランメールが、ロコに目をやる。
「まあ、かわいい。
お名前は?」
「ロコ!」
「ロコちゃんね。
あなたはうさぎさんかしら?
それとも、猫ちゃん?」
「あー…」
ガトールークが、口を挟む。
「聞いて驚かないでくださいね」
「ええ、大丈夫よ。
どうして驚くの?」
「ロコは、イエローホビットっていう魔物なんです」
…
「ええっ、ま、魔物?!」
後ずさるフランメール。
「別に何もしないですよ」
「で、でも、魔物って…」
ガトールークは、ふう、とため息をつく。
彼女に歩み寄り、その腕の中にロコを押しつけた。
硬直している姫。
その表情を見上げ、ロコは腕をばたつかせる。
「ひめさまー、たのみごと、なにー?」
「え?
ああ、そ、そうね」
彼女はこわごわと顔を上げる。
「わたしの話し相手になってというのもあるにはあるけれど、
…本当にお願いしたいのは、もっと大事なことなの」
「と、いうと?」
ガトールークが腕を組む。
姫は、少し沈黙し、
… 重たそうに、口を開いた。
「レードラント国王のガルシア様…
あのお方のことを、調べていただきたいの」
ガトールークは、つい数分前魔法屋で聞いた話が、こちらにも出てきたことに驚いた。
姫が縁談を拒んでいるというのは、どうやら本当のことらしい。
彼は、訊き返す。
「調べてほしい…ってことは、ガルシア様に何か怪しいところでもあるんですか?」
「いいえ、そうじゃないのよ。
…
…ただ…」
姫は、うつむいた。
「なんだか、気味が悪いの」
「気味が悪いって、たとえばどんなところが?」
「たとえばというか…
…雰囲気なのよ。
何がどうというわけではないのだけれど、
…ただ、なんとなく、わたしは、あのお方が怖いの」
「…怖い…か」
ガトールークは、魔法書を買っていったレードラント兵のことを思い出した。
もしかしたら、その恐怖感は、ふたりに共通するものなのかもしれない。
姫の言葉を丸飲みするなら、
…つまり、原因は、国王。
彼の裏側を探ってみる価値は、ありそうな気がした。
…
「ガトールーク、ガトールーク!」
ロコの呼び声に、彼ははっと頭を上げた。
姫の腕の中で、ロコが唇をとがらせている。
「ガトールーク、すぐぼーっとする!」
「まったくじゃ、目の前に姫様がおられるというのに、まぬけもいいとこじゃわい」
ついでにジェニファントにも責められて、ガトールークは苦笑する。
「仲がよろしいのね」
姫が、微笑んだ。
ガトールークはため息をつく。
…そして、
彼は、返した。
「わかりました、その王様、ちょっと調べてみます」
「本当?」
フランメールの表情が、ぱっと晴れた。
「ありがとう、これで安心して眠れるわ!」
「あのー、調べるって決めただけで、なんにも解決してないってこと、忘れないでくださいね」
「ええ、でも平気よ、気がかりなことを放っておくのが不安で、なんとなく休めなかったの。
寝不足だとお化粧の乗りが悪いから、助かるわ」
ガトールークは、尋ねた。
「王様が、こっちで何するかとか、わかります?」
「ええ」
姫はうなずく。
「レードラント国王は、今日からお城に滞在なさっていらっしゃるのよ。
明日はわたしと、明後日はお父様とお話しをして、その次の日には舞踏会が開かれるの」
「お話しっていうのは?」
「…多分、縁談のことだわ」
ロコが、声をあげた。
「ガトールーク、えんだん、なにー?」
「結婚しようかっていう、二組の家族の話し合いのことさ」
「わあ、ひめさま、けっこん?」
「まだ、そう決まったわけじゃないんだ。
お互いのことをよく知った上で、どうするか考えるのさ」
「ふーん、じゃ、おしゃれしなきゃネ!」
「ああ、そうだ」
ガトールークは、少し考えて、
…言った。
「…うん、
…俺、明日と明後日、王の周りを探りに城に行きます。
そのあと舞踏会に紛れて、直接接触をはかってみます。
それでなんにもなかったら、姫様の気のせいだったってことで、いいですね」
「ええ、もちろんよ。
雲をつかむような話で、なんだか申し訳ないけれど」
姫は頭を下げる。
────そのとき。
離れたところから響く、鐘の音。
城の時計塔だ。
ガトールークが直してからは、問題なく動いているらしい。
試運転もせずに稼動させてしまったが、経過は良好だ。
「まあ、もうこんな時間!」
姫が、口に手を当てる。
「お茶が始まるわ、すぐ戻らないと!」
ロコが、床に飛び下りる。
「ひめさま、いそいで!」
「姫様、こちらへ。
わしがお送りいたそう」
ジェニファントが、立ち上がる。
「ありがとう、ジェニファントさん」
フランメールは、老神父のあとについて、
…青年を振り向いた。
「ねえ」
「はい?」
「ロコちゃんが言っていたわよね…
あなたは、ガトールークさん、で、合っているかしら」
ガトールークは、彼女にしっかり名乗っていなかったことに、今さら気がついた。
「────ええ、そうです。
ガトールーク=リストクラッサです」
姫は、満足そうに微笑んだ。
「…魔物って、怖くないのね」
「ええ、もちろん」
「それじゃ、また。 よろしくね」
「…はい、わかりました」
フランメール姫は、ジェニファントに導かれ、廊下に続く扉の向こうに、姿を消していった。
ガトールークは、ロコを抱き上げて、ため息をつく。
「ロコ、なんか、すごいこと引き受けちゃったなあ」
「ガトールーク、たいへんだネ!」
ひとりと一匹は顔を見合わせる。
───────次の瞬間。
外に直接つながる、礼拝堂の扉が、音をたてて開いた。
ガトールークは、そっちに目をやる。
「ああ、だから押すなと言ったろう、セレスティーナ!」
「ご、ごめーん…
つい、面白くなっちゃって」
…フェニックスが、セレスティーナの下敷きになっている。
ガトールークは、歩み寄った。
「…何してんの、お前ら」
セレスティーナが起き上がる。
「えへへっ」
彼は、頭をかいた。
「ガトールークさんと姫様の話、盗み聞きしようと思って」
「最終的には耐えきれずに、扉の隙間から中をのぞいていたがな」
フェニックスが、白い法衣についたほこりをはらって立ち上がる。
「えー、フェニックスさん、そんな言い方ないでしょ!
フェニックスさんも興味津々だったし!」
「…
…それは…」
「ほら!
姫様に呼ばれたなんて、やっぱり気になるのが自然ってもんだよねー」
「盗み聞きって…
盗み聞くほどのこと、何もないだろ」
ガトールークの言葉に、セレスティーナは肩をすくめた。
「ほんとだよー、ガトールークさん、すっごい答え方さっぱりしてるんだもーん。
もうちょっと何かあるんじゃないかと思ったんだけどなー」
「無駄だ、ガトールークにそういうませたことはまだ早い」
「それもそっかー」
「…あのなあ」
ガトールークは眉を寄せる。
「…お前ら、俺が姫様をナンパするとでも思ってたわけ?
俺がませてるとかませてないとかいう前に、どう考えてもそういうポジションじゃないだろ」
「ええ?
でもー…」
「そういうのはかっこいい王子様たちに任せとけばいいんだよ。
はい、妄想終わり!」
ガトールークがひとつ手を叩いた。
セレスティーナが唇をとがらせる。
ジェニファントが、机に頬杖をついた。
「ついでだから言うがの、ガトールーク、お前もいい加減嫁くらいもらえ」
「無理だよ」
ガトールークは、椅子に腰かけた。
「見合いするにしたってまだ早いし、俺はしばらくこのままがいいな」
ため息をつくジェニファントをよそに、
…彼は、脚を組む。
「…さあて、すみずみまで城をかぎまわるには…」
自分は面が割れすぎている。
城内にいたら、間違いなく引っ捕らえられて、牢屋にぶちこまれるはずだ。
そうならないためには…
… 自分でなければよいのだ。
たとえば、城の兵士。
…変化魔法ですませられるだろうか。
あれには本来、鮮烈な、“像”が必要なのだ。
自分の中で細かいところまでイメージできないものに変身すると、たいがい中途半端に終わる。
誰かの姿を借りられれば一番いいが、友人に適当な兵士はいない。
できるだけ、単なる軍の一部分であり、目立たない立場がいいのだが。
その点、確かにセレスティーナは兵士ではあるが、彼に化けて行動するのは困難だ。
あまりに大きな存在すぎる。
まあ、姿見の前で微調整していけば、なんとか地味な兵隊らしくなれるだろう。
「─────うん、それでいこう」
うなずくガトールーク。
セレスティーナは、首をかしげた。
「それって、どれ?」
「またどうにかして城に忍びこむんだろう」
フェニックスは困ったように、笑った。
「捕まらない程度にしてくれ」
「わかってるってば」
微笑を崩さずに、彼は答える。
「ガトールーク、ガトールーク」
いつのまにか彼の頭にのぼっていたロコが、跳ねた。
「ガトールーク、かんがえごと、おしまい?」
「ああ、おしまい」
「じゃ、あそぼ!」
「仕方ないなあ、ちょっとだけだぞ!」
外へ駆け出ていった、ひとりと一匹の背中。
見送るセレスティーナが、口を開いた。
「…ねえ、フェニックスさん、聞いてよ」
「何だ」
「最近姫様、僕に会うと、いっつも、ガトールークさんの話振ってくるんだよ」
「ほう」
「絶対脈ありじゃない?」
「…何とも言えんな」
「そうかなあ、僕、絶対姫様はガトールークさんのこと気にしてると思うんだよね…
…ジェニファントさん、どう思う?」
ジェニファントは、
─────鼻を鳴らした。
「ま、なんにもないじゃろうな」