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魔法屋ガトールークと姫の憂鬱  作者: ハモリナ
2/15

Ⅰ:兵士の危惧

「こんにちは!」


魔法屋の玄関が開いて、入ってきたのはセレスティーナだ。


「ガトールーク、セレスティーナ、きたヨ!」

ロコが、奥にいるガトールークを呼ぶ。


「おっ、セレスティーナ?

いいとこに来た!」


小走りでカウンターに戻る彼を見て、セレスティーナは首をかしげる。


「えっ、なにかあったの?」

「そう、お前が言ってた、魔界で流通してるのに近いやつを取り寄せてみたんだけど、ちょうど昨日の夜届いたんだ」

「えっ、本当?」


ガトールークは、カウンターの下から、長い木箱を取り出した。

それを開けて、中身を包む布を開く。


弓が一張、姿を現した。


セレスティーナは服の袖をまくった。

金の装飾が美しいそれを、彼は手に取る。


少し弦を引いてみて、

────彼は、声をあげた。

「ああ、これだよ!

とっても丈夫!」


「だろ?」

ガトールークは微笑する。

「弦、ヒポグリフっていう魔物の尻尾から作ってるんだろ?

俺はすっごく硬い気がしたけど、やっぱりオーガ種にはこのくらいがちょうどいいんだな」


「うん、いつも使ってるやつだとすぐだめにしちゃって…

助かるよ、ありがとう!」

弓を抱くセレスティーナ。


彼は続けて訊く。

「これ、いくらくらいかかった?」


「いくらだったっけ?

ロコ、領収書持ってきてくれるか」

「うん、りょうしうしょ、りょうしうしょ!」


ロコが店の奥へと走っていく。



セレスティーナが、くくっと笑う。


「…ロコちゃん、“領収書”って、うまく言えないんだね」

「そうなんだよ。

言葉にもよるけど、なんかちょっと複雑になるとてきめんにダメなんだよな」



「ガトールーク、りょうしうしょ!」

ロコが、ガトールークの肩にのぼってきて、小さなクリップボードを差し出す。


彼はそれを受け取りながら、

…切り出した。


「なあ、ロコ」

「なにー?」

「ジェニファント、って言ってごらん」

「じぇにはんと!」


「ほらな」

「ほんとだー!

ロコちゃんかわいいー!」


「えー、なにー?」

いきなりセレスティーナになでられて、わけのわかっていないようなロコ。

「ぼく、なにかしたノ?」


「いいんだよ、ロコはそのまんまで」

ガトールークがロコを腕に抱く。


「ぼく、そのまんま!」

「そう、そのまんま」



セレスティーナが、ガトールークの差し出すクリップボードを受けとって、眺める。



「…あれ」



彼は、眉を寄せた。



ガトールーク=リストクラッサ様


商品名:銃剣・紅蓮-参


代金:137,500クラン


武具店零ノ屋



一番上に留めてあるものには、そう書かれていた。


セレスティーナは他の領収書もめくってみたが、それらしいものはない。



「…ねえ、ガトールークさん」

「ん?」

「僕の領収書、ここにはないんじゃない?」

「え?

あるだろ、零ノ屋のやつ」

「でも、弓を買ったやつじゃないよ?」


「あ」

セレスティーナの言葉に、ガトールークははっと顔を上げた。

「そっか、そうだよな」


「何が?」

セレスティーナは首をかしげる。


「セレスティーナ」

「うん」

「この話は、内緒だぞ」

「…う、うん」


彼は、小声で、小さく、続けた。


「魔界との取り引きは、国際法で禁止されてるだろ?

でも零ノ屋は、向こうの商品を直接入荷してるんだ」

「すごい、そんなところもあるんだね!」

「だろ?

でも表向きはただの武器商人だから、領収書は適当な名目なのさ」


「なるほどー」

セレスティーナは、うなずく。

「世の中にはいろんな人がいるんだね…」


「そうそう、なんかそういう商人の集まる会みたいなやつに出ると、たまにちょっと変わったやつに会えたりして面白いんだ」

「…不法すれすれ…

っていうか、ほぼ犯罪みたいなことやってる人たちってこと?」


「おい、犯罪みたいなって言うなよお!」

ガトールークがいたずらっぽく笑った。

「ポータル────

────ほら、魔界と繋がる扉。

零ノ屋のポータル開けたの俺なんだから、俺も共犯者みたいになっちゃうだろ」


「…共犯者じゃない」

「ま、まあ、そうなんだけどさ」


セレスティーナが、肩をすくめる。

ふう、と、ひとつ息をついた。


彼は、弓をまた箱に収める。


「僕、ちょっとお金取りに行ってくるよ」

「いや、別に急がなくていいよ」

「そんなわけにいかないでしょ、せっかく頼んでもらったんだから!

すぐ戻ってくるから、待ってて!」



風のような速さで去っていったセレスティーナ。



次の瞬間、



…外から奇妙な物音がした。



こすれて、くずおれるような、鈍い金属音。


…セレスティーナの、謝る声。



カウンターの上のロコが、ガトールークを見上げた。

「ガトールーク、セレスティーナ、ぶつかった?」


「…なんか、そうみたいだな…」

ガトールークは眉を寄せる。


目的を持って走りだしたセレスティーナは、暴走車に等しい。

周りが見えているようでいて、案外そうでないときも彼には多いのだ。



「…ぶつかった人、大丈夫かなあ」


肋骨とかが折れてなければいいが。


ガトールークは、カウンターを出て、玄関の扉を内側に引いた。


身を乗りだして、あたりをうかがう。



…音の主は、すぐに見つかった。


店の玄関から向かって右側に、一人の兵士が尻餅をついている。

腰に剣を提げ、銀色の甲冑だ。

ロッキンライン兵の鎧とは違う。

個人の所有する戦士か、はたまた他国の兵隊か。



─────何はともあれ、ガトールークは、彼に声をかけた。


「あのー、大丈夫ですか」


茫然としていたらしい兵士は、はっと頭をもたげる。


「あ、ああ」

彼は、手をついて、立ち上がる。

「たいしたことはなさそうだ、心配をかけてすまないな」


それから、


…彼は、続けた。


「…もしかして…

君、ここの、…

…魔法屋…の、人?」


「…へ?」


ガトールークは、すっとんきょうな声を出してしまった。


それからあわてて思いなおし、返す。


「え、ええ、はい…

一応俺、店主ですけど」


兵士が突然、かぶとを脱いだ。

「よかった、ここが魔法屋なんだな!

間違っていたら、どうしようかと思ったよ」





「ふうん、たとえばどんな?」


魔法が欲しいという彼を店内に招き入れ、ガトールークは訊く。


「ああ、いや…

具体的にどうというわけじゃないんだが」

短い茶髪の兵士は答える。

「…護身用にと思ってな」


「護身用… なるほどな」



ガトールークは、背後の本棚から三冊抜き取って、 カウンターに並べて見せた。



「…これは?」

「魔法書─────

─────魔法を会得するために使う道具さ」


怪訝な目つきでのぞきこむ彼に、ガトールークは説明を始めた。


「いいですか?

まずこの黄色い表紙のは、無属性の結界魔法、アヴェリア。

魔法にはいくつか属性があって、無属性ってのは何に対して絶大な効果を持つとかいうわけじゃないけど、これといった弱点もないから防御には適してるんだ。


それからこっちの赤いのは、火属性の、フレイアって魔法だ。

使い手の意志によって加減がしやすいから、攻撃にはもちろん使えるし、ちょっと火つけるときも便利だったりするんだよな。


で、最後のこれは、ロー・フロート。

空を飛ぶために使う風属性の魔法さ。

自分の周りに空気の渦をともなう感じのやつだから、なんか物を吹っ飛ばしたいときにも使ったりするかな」


ガトールークは、三冊の本を広げ、並べた。

「まあ、言ってもよくわかんないと思うから、試してみなよ」


「試す?」

兵士は目を丸くする。


「ああ、試すんだ」

ガトールークは、うなずいた。

「そうだな…

剣抜いて」


「剣?」

「そう。

自分の前に持って」


こわごわと言われるとおりにした兵士に、彼は続ける。


「ほら、全部、左ページの真ん中に、魔方陣 ────

───なんか丸いやつ、書いてあるだろ」


「あ、ああ」


「とりあえず、フレイアがわかりやすいだろうから、それにしよう。

真ん中の魔方陣に、左手を置いて」


「…こうか」


「別にこうとかないよ、そっちの手は魔方陣に触れてさえいればいいから。

剣、立てて」


「…っ、と」


「剣の先を見て。

想像するんだ、ここに炎が出るって」


「想像?」


「ああ、イメージって大事なんだ。

次にそういう現象が起きるなっていうのを疑わないこと。

大丈夫、絶対うまくいくから」


「…」


兵士は深呼吸する。


ガトールークは、うなずいた。


「最後に詠唱だ、剣の切っ先に意識を集中したまま、“フレイア”って唱える」


兵士は、大きく息を吸いこんだ。


「─────フレイア!」


短く切られた声の末端に導かれるように、長剣の先に、赤い炎がともった。



「なっ、簡単だろ?」

あっけにとられる兵士に、ガトールークは片目をつぶってみせた。

「こんなふうにやるのは導入だけだ、慣れて地の魔力がついてくれば、魔法書も剣も、詠唱もいらなくなるよ」


「すごいな!」

兵士は、目を輝かせた。

「他のは、どうやるんだ?」


「じゃ、次はアヴェリアにするか。

これはなあ…」



ガトールークは、続けて、この客に、結界魔法も、飛行術も教えた。


そのさなか、彼は目の前の中年の兵士について、気になりはじめてしまった。


妙に、疲れた顔をしているのだ。

眠れていないのか、下まぶたをふちどるように、くまがくっきりと浮かんでいる。

頬は肉がそげたように痩せ、目ばかりが大きく見える。




「よくわかったよ、じゃあこの三冊、もらおうかな」


「あ、ああ。

えーと、代金は…

全部で2800クランだな」


腰のポーチをまさぐり、兵士は財布を取り出す。


「2800クラン? そんなもんなのか」

「あ、まあ…

基本的に元手は紙と、ちょっと特殊なインクくらいで、他には俺の魔力しかいらないからな」


ガトールークは、彼に可能な限りさりげなく、できるだけ声色を変えずに、切り出した。


「…それにしても、護身用かあ…

近所になんかやばいやつでもいるのかよ?」


兵士の顔色が、さっと変わった。

紙幣をつかむ手が、震える。


「やっぱりその…

熊とか、イノシシとか?」

思ってもいないことが、ガトールークの口をついて出る。


…男は、こわごわと息をついて、うなずいた。


彼はカウンターに紙幣を置いた。

かぶとを着け、三冊の分厚い魔法書を抱きかかえて、あとずさる。


「釣りはいいよ。

そ、それじゃあな」

「ああ、

…気をつけてな」



足早に、甲冑の男は去っていった。



ガトールークは、机上の代金を取り上げ、数える。


1000クラン紙幣が、5枚。


…彼はかなり平静を失っていたらしい。



「ガトールーク」

ロコが、カウンターの下から呼びかけた。

「まほうで、いのしし、やっつけるノ?」


「イノシシ…か」

彼は、ロコを抱き上げる。

「あーあ、やっぱり、ちゃんと訊いとけばよかったかなあ」


「なんでー?」

「ほんとは、イノシシや熊なんかじゃないんだろうなって思うんだ。

…そう思うんだけど、

…あんまりあの人がおびえてるみたいだったから、それ以上突っ込む勇気がなくってさ…」


ため息をついて、そばの丸椅子に腰かけるガトールーク。


「ガトールーク、げんきだして」

ロコが、その胸にすり寄った。

「だいじょぶだヨ、さっきのひと、まほうつかえるようになったもん」


「…そうだといいけど」


一抹の不安が、重く彼の頭上にたれこめた。




「ガトールークさん、お金持ってきたよ!」


セレスティーナが、息ひとつ乱さずに、魔法屋の戸を勢いよく開けた。


そして彼は、店主の神妙な様子に気がつく。


「…どうしたの、ため息なんてついちゃって…」


「ああ…」

ガトールークは、うなだれる。

「…ちょっとな」


ロコが、カウンターにのぼり、答えた。

「あのネ、くまさんとか、いのししとかじゃないんだってー」


「…な、何が?」

眉間にしわを寄せるセレスティーナ。


ガトールークは、息をひとつついて、唇を開いた。


「さっきほら、お前がぶつかった兵士いただろ?

あの人、客だったんだけどさ」

「よかったじゃない」

「護身用の魔法がほしいって言われていくつか売ったんだけど、

なんか…

妙に何かにおびえてんだよな」

「そりゃ、護身用の魔法をって言うくらいだから…」

「けど、明らかに怖がり方が普通じゃないんだよ。

その原因を聞き出せればよかったのに、ちょっとためらっちゃって、

…それで後悔してるとこ」


「ふうん…」

セレスティーナは、頬をなぜる。

「レードラント兵なんて、今は悩みごとなんてなんにもないのかと思ってたよ」


「レードラント?」


その言葉に、ガトールークははっと顔を上げる。


「さっきの人、レードラントの兵士なのか?」

「うん、そうだよ。

ほら、あそこ、最近即位した若い王様がすごく人気あるじゃない?

他の国との関係も悪くないから、兵隊なんかぜんぜんきつい仕事ないでしょ」


「そうか、レードラント…

…それじゃ、あの国、熱帯圏だから、虫が媒介する病気とか…

…じゃない!

だったら護身用の魔法くれ、なんて言わないよなあ。

ああ、ますますわかんないよ」


カウンターに突っ伏した彼の頭を、セレスティーナがなでる。


「まあまあ、あんまり重たく考えないで。

それより、お金取りに行く前から、ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど、聞いてよ」

「…何?」


「姫様、そのレードラントの王様─────ガルシア様と、もうすぐ縁談があるんだって」


「…そうなのか?」

「うん、まあ、もちろん一般の人には内緒なんだけどね。

でも姫様、その王様、嫌いなんだって」

「ふーん、まあ王様としてよくても、人間的には好かないってこともあるからなあ…」


「それがさあ」

セレスティーナが腕を組む。

「す────っごく、優しくしてくれるんだって」


「えっ、じゃあ、なんで?」

「それをガトールークさんに訊こうと思って」



「…あのさあ」

ガトールークは頬杖をついた。

「お前だって知ってるだろ、俺がたいして友達いないの。

まして女心なんか、管轄外もいいとこだぞ」


「うーん、そう?」

セレスティーナが首をかしげる。

「ガトールークさんって、なんかすごい空気読めちゃうから、なんとなくわかるかなーと思って」


「いーや、絶対そんなことない」

「あるヨー!」

「ないって言ってんだろ?」

「あるノー!」

「い、いててて」


難しい話に退屈したロコが、ガトールークのほっぺ たを引っ張る。


「ガトールーク、あそぼ」

「あそぼ?

…そうだなあ、くよくよしてても仕方ないもんな!

よし、遊ぶか」


ガトールークは腰を上げる。



と、そのとき。



「悪いが、遊びはお預けだ、ロコ」


黄色い体を、大きな手が持ち上げる。


「えー、なんでー?」

ロコが唇をとがらせた。



ガトールークは振り向いた。


フェニックスが、ロコを肩に乗せ、ガトールークをまなざしている。



彼は、尋ねた。

「何か俺に用事か?」


「ああ」

フェニックスはうなずく。

「すぐ礼拝堂へ向かえ」


「ちょっと待って、セレスティーナから弓のお金もらわないといけないんだ」


ガトールークの言葉に、フェニックスはかぶりを振る。


「いや、駄目だ。

代金なら私が受け取っておく、お前は早く行け」


「ええ?

じゃあ、頼むよ」



ガトールークは店の裏口の方につま先を向け、


…振り返る。



「でもどうして、そんなに急ぎなんだよ?」



フェニックスが、答えた。



「フランメール姫が、お前を訪ねてきている」


「…は?」


「お前に話があるそうだ」


「…はあ」


「姫は供の者も連れず教会に出向いてきた。

お前に直接頼み事をするためにな」





「ええ──────っ?!」




突拍子すぎて理解が追いつかない。




「ガトールーク、はやく、はやく」



ロコが床に飛び下り、硬直したガトールークを、扉の方まで押していった。


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