九話 憑依!とキス?そして決着
みんな固まったまま一分が過ぎ、なんとかアヤが思考を元に戻す。しかし戻ったところで何故ミサキ先輩がこの部屋に、そして何故アヤの布団で寝ているのか理解できずにいた。
「せ…先輩?何故僕の布団で寝てらっしゃるのですか!?」
「…え~と…寂しいからアヤ君の布団に潜っちゃった!てへっ♥」
先輩は顔を少し傾けて舌を出しながら可愛らしく言ったが二人共心がときめく訳もなかった。彼女は今だに思考が止まっており、アヤは肩をワナワナと震わせていた。それを見て空気を察したのか先輩は又布団にこもって狸寝入りを始めた。
「ちょっと!何又寝てんですか!?ちゃんと起きてもう一度説明して下さいよ!!そんなんじゃないんでしょ?ここで可愛子ぶっても意味ないんですよ。余計誤解産むじゃないですか!!」
アヤの必死の嘆願に先輩は頭だけ出した。
「ウチはし~らない。あとは頼んだぞ後輩!」
責任転換した先輩は又布団に潜りバリアーと叫んで閉じこもってしまった。それを見たアヤは頭のどこかで何かが切れる感じがした。ブチッと!
「そんなんで見逃してもらえると思ってるんですかっ!!」
「うわーッ!おゆるしあれーっ」
キレたアヤは布団を勢いよくはぎ取り、先輩は布団の上で潔く土下座した。アヤは先輩の前にまるで岡っ引きを取り締まってる番人のように片膝を付きながら問い詰めた。
「さぁ観念して正直に言ってください。さもないと重い石抱かせますよ!」
「許してください。ウチは只場の空気を明るくしようとしただけなんです。決してやましいことはしてません!」
「ご託はいいからさっさと答えなさい!」
「実はメールで言った通り少し眠くって一時間ほど寝ようと横になってたんです。で、途中お花を摘みに行きたくなったので起きたんです。が、寝ぼけてたので帰りに自分の部屋とこの部屋を間違えてしまって…君の布団に入ってしまったと……てへっ♥」
「分かりました。では後で部長にこってり搾ってもらいます!」
「いやー!!」
何が明るくですか!もし彼女が勘違いしたらどうするのかを考えて欲しいでよとアヤが思いながら彼女の方に向き直る。
「聞いて分かったと思うけど僕達何の関係もないから。お姉さんの思ってるのとは違うから…ってお姉さん?」
しかし彼女は生気が抜けた顔で笑っていた。怖ッ!
「…やっと見えてくれる人に出会えたのに…やっと又君と話せたのに…やっと恋ができると思ったのに…」
彼女は全く二人のコントじみた会話を聞いてはいなかった。只々念仏のように譫言を言って沈み込んでいた。やばい!これは早くフォローをとアヤは考えるが遅かった。
「もういい!何もかもお終いよ…もう、何もしたくない!」
いきなり彼女は絶叫し、立つと部屋から出ていってしまった。
「しまった!お姉さん待って!」
アヤは急いでお姉さんの後を追ったが、彼女の足が速く追いつけない。途中大広間に差し掛かりアヤは大きい声で叫んだ。
「部長、真琴、リョウ!そっちにお姉さんが行ったよ!手伝って!!」
「ヱ?アヤ手伝って…って誰今の!?」
出てきた真琴の前をお姉さんは泣きながら通り過ぎていく。真琴は何がなんなのか分からず目を白黒させていた。その横から部長とリョウが出てきてアヤと一緒に彼女を追いかける。
「アヤ君出てきたのですね!」
「はいそうです!彼女が僕が言ってた昔会ったお姉さんなんです!」
「アヤ、ミサキ先輩はどうしたんだ?てっきり先輩から連絡があると思ったんだが!?」
「ミサキ先輩はホッておこう!あの人の所為でややこしくなってんだから!!」
二人に状況説明しながら追いかけてると、彼女は玄関先で後ろの三人に振り返ったり玄関を見たりとあたふたしながらその場で立ち止まっていた。
「よし!ここまで来ればお姉さんに逃げ場は無い!」
「どうしてだ?そのまま外に出られたら探すのも大変だぞ!?」
「それがお姉さんはここの家から出られないそうなんだ。だからもう追い詰めたのも同然だよ!」
これでやっと彼女を説得できるとアヤが安心しきっていると、彼女は玄関を開け外に出ようと試みていた。
「待って!先ずは落ち着いて、僕たちの話を聞いてよ」
「嫌よ!何も聴きたくない!!…あたしは君の顔も見たくない」
彼女は自暴自棄していた。勘違いとはいえ唯一自分の存在を見てくれる人、この人ならあたしの思いに応えてくれると信じ続けてきた気持ちが無駄になってしまったと思ってしまうのは仕方ないかもしれない。
「…あたしはここから出られない。ここを一歩でも踏み出したら自分が消えてしまう気がしたから…でも…もういい!こんな気持ちでいるぐらいならあたしの存在をこの世から消したい!終わりにしたい…もう悔いはない」
涙ながらに自分の気持ちを吐露した彼女は、そのまま外へと一歩踏み出してしまった。
「駄目だお姉さん!」
アヤの制止の言葉も虚しく彼女は出ていってしまった。慌ててアヤも外に出ると…お姉さんは目の前で雪が止んだ空を見ながら呆然と立ち止まっていた。
「…どうして?消えてない…何故まだここにいられるの?」
困惑している彼女の疑問をその先の門から応えが返ってきた。
「それはね、ウチらが使ってる道具のおかげだよ。あれの設定がこの家の敷地全体にしたからね、君が外に出ても平気になったって訳!」
「だからここから先は一歩たりとも通しません!」
そこにいたのはミサキ先輩と真琴だった。しかも二人は<スノリングガン>を構えて門を完全に塞いでいた。
「君が追いかけてる間に真琴と一緒に先回りしてたのよ。どうよ?このフットワークの良さ!?ナイスでしょ!だからあの事はミノリには黙っててお願い!」
「あの事とは一体何です?ミサキ」
「あ!」
しまった!と言いたげな顔で固まる先輩。それを見て何かを察したのかミノリはアヤに問いただした。
「アヤ君。ミサキが何か仕出かしたのですね?それであの方が情緒不安に陥ってる訳ですよね?違いますか?」
笑顔で問いかけてくるミノリと、逆に必死の眼差しで懇願するミサキ。アヤは一度ミサキに親指を立て、安心したミサキの顔を見てからミノリに言った。
「はい。ミサキ先輩の所為です」
「帰ったら部室で一時間説教です!」
「いやー!!」
全身真っ白なったままその場で倒れかけるミサキを真琴が必死に支えるなか、アヤはまだ呆然とする彼女に近寄っていく。早く誤解を解いて自分達の仲間になるよう言葉を掛けようとする。が、彼女の体が突然怪しげな光に覆われ始めた。
「うわ!これ一体何の光!?」
「アヤ!その子から離れて!!」
大きい声でアヤに警告してきたのはさっきまで固まっていたはずのミサキだった。
「先輩?一体何が起こってるんですか?」
「その子は今精神が不安定になってるの。下手に近づくと危険よ。その証拠にウチの妖気センサーがビンビンと反応してるわ!」
よく見ると普段は?マークのようなアホ毛が、今は真っ直ぐと伸びており左右に振れて反応していた。
「ちょっといいんですか!?その毛って某アニメの主人公と同じ用途でしょう?訴えられませんか?」
「いいのいいの。向こうと違ってこっちは暴走した時だけしか反応しないんだから!!」
いや、それはそれで中途半端な設定だな。ちゃんと妖怪が出てきたときに反応したら本当に役に立つのにとアヤは内心思ったが、今はそれどころではない。光に包まれていた彼女の目が徐々に赤くなり始めたのだ。
「アアアアァァー!」
物凄い絶叫と共に纏っていた光が四方に消え、彼女の体がハッキリと見えてきた。それでようやく気づく。白い着物を着ていたはずが今は漆黒の着物へと変わっており、アヤ達を脅威の目で見てきた。
「…あたしは一人。誰も信じない。みんな消えてしまえ!」
彼女は右手を天に上げる。すると彼女の周りに積もっていた雪が彼女の頭上に集まりやがて拳大の雪玉がいくつも出来た。
「皆さん庭の方に逃げて下さい!」
部長の掛け声で一斉に庭へと走り出す。走った先には昼間雪合戦の時に雪で造った防護用の壁があり全員がそこに隠れようとした。が!何故か彼女が視線を向けていたのはアヤだけだった。そしてアヤの方向に手を構え一気に振り下ろす。すると無数の雪玉がアヤへと放たれた。
「何で僕だけ!?」
「アヤ逃げて!」
真琴の言葉に返す暇がなくアヤは必死に無数の球を跳んだりしゃがんだりして避けていく。その動きに無駄は無く紙一重で全てをかわしきったのだ。
「ウソ!?当たらずにすんだ…どうして?」
アヤ自信、自分の動作にビックリしていると防護用の壁からミサキ先輩が胸を張りながら自慢げに疑問に答えた。胸はないけど!
「何を驚いてるの!昼間の<スノリングガン>のおかげじゃない。早速役立ってよかったよ。ハハハ!」
「えぇ、開発部には後でお礼の電話と今後の改良に尽力するよう伝えましょう。アヤ君ナイスです!」
「そんな事ないよね。二人共今流れで褒めてるだけだよね!」
動き回ったので若干息切れしてるアヤに、当てられなかった彼女はますます怒りを露わにした。天へと手をかざしたので又雪玉が飛んでくるのかと警戒すると今度は数箇所にどんどん雪が集まっていき、やがて三つの雪玉が出来上がった。その大きさは直径1メートルに達し、あれを避けるのは難しい。上手く避けても後ろにいるみんなや家に当たってしまう。
「どうします部長!あれを真面に当たったらタダじゃ済みませんよ!」
「わかってます。こうなったら奥の手を使いましょう!」
「奥の手?それって先輩達が言っていた“とっておき”ですか?」
アヤと真琴が一体何なのかと待っていると、後ろからミサキ先輩が遊を連れて走ってきた。どうやら部屋の中に戻って遊を連れてきたようだ。
「連れてきたよミノリ!で、誰にさせる?ここはやっぱりアヤが適任だと思うんだけど」
「えぇ、私も同感です。アヤ、これから貴方にやって頂きたい事があります。それは遊と憑依する事。その力であの子を止めて下さい」
「憑依?って何ですか?」
「詳しくは後で言うけど簡単には遊と合体しろってこと!」
「分かりました!?」
余りにも突然なので理解できずにいるアヤだが緊迫したこの状況では考えても仕方がない。言われるがままに準備を始めた。
「で、どうすれば良いんですか?」
「先ずは遊の紋様にアヤ君の紋様がある方の手を当ててください}
アヤは真っ赤に燃えている遊の体の中心部にある紋様に手を当てた。何回か遊に触れてるけどやっぱり優しい温かさで心地がいい。
「次に今から私の言う合い言葉を言って下さい。いいですか?汝、今こそ力を解き放し我に憑依せよ!」
「汝、今こそ力を解き放し我に憑依せよ!」
すると遊とアヤの紫色の紋様が共鳴し光り出すと、お互いを遊の赤い炎が包み込んでいく!アヤは一瞬身構えたがその時声が聞こえた。
『待ってました!君に俺の力を貸してあげるよ。一緒に遊ぼうぜ!』
不意に頭の中で遊らしき声がした。その言葉が何だか楽しそうで、それによってアヤの警戒心が和らぎ心地良い温かさに次第に身を任せていった
「アヤ大丈夫!?」
「落ち着け真琴!先輩達の指示なんだ。大丈夫だよ!」
リョウが真琴を落ち着かせ状況を見守ってると、やがて赤い光が収まったので二人がアヤを見ると驚愕した。髪が真っ赤に燃えるような色に変化していたのだ。
「うそ…あれってアヤなの?」
「アヤ…平気なのか?」
二人が心配そうに声を掛ける。
「うん、俺は大丈夫だよ。ちょっと気持ちが昂ってるけど何てことないよ」
「「…オレ!?」
普段のアヤからは絶対言わない自称を聞いて二人は思考が止まった。そんな二人をよそにアヤは窓ガラスに映る自分を見たり体を動かしたりしていた。
「凄い!遊と合体出来た。これが先輩達が言ってた〝とっておき”なんですね!」
「はい。これは妖怪具現灯で登録したもので、尚且つ対象の妖怪とコミュニケーションがとれている場合に出来る技です。アヤ君は遊に最初あったときに驚かされたりして触れ合っていたので上手くいくと思っていました」
「なるほど!でも合体して何が出来るんですか?」
「色々出来るよ。頭の中で遊が指示してくれるからその通りに動けばいいよ。さぁ、後は任せたよ。今ならまだ君の言葉が届くはずだから!」
「はい!」
アヤは振り返ってお姉さんへと歩き始める。その彼女は今目の前で起こったことが分からず、成り行きを見ていたがアヤがこちらに向かって来るのを見て我に返り頭上に出来ていた二回目の雪玉を投げる動作をする。
「何なのあなたは!?こっちへ来ないで!}
「お姉さん話を聞いて。俺はお姉さんを助けたいんだ!」
「うるさい!黙れ!近づくな!」
彼女は一斉に雪玉を放った。三つの雪玉が容赦なくアヤに向かってくる。
「逃げてアヤ!」
真琴が必死に叫ぶ。でもアヤは逃げない。心の中で遊が『大丈夫!』と言葉を掛けアヤに指示を与える。アヤは指示通り両手に力を込め炎が拳に宿るイメージをする。すると両の拳から真っ赤な炎が燃え上がった。その拳を飛んできた三つの雪玉に叩きつけていき次々に溶かしながら粉砕していく。
「凄い!憑依しただけであそこまで強くなるんですね!」
「…正直あんなに強くなるとは思わなかったわ。ウチらあそこまでやったことないし」
「それってぶっつけ本番ってことじゃないですか!」
もしあの能力が使えなかったらどうしたのかと半ば呆れかえる後輩達。逆に彼女は目の前で起こった状況に一瞬動けずにいたが、意を決し最後の手段に出た。
「それならこれはどう!?」
今度は集めた雪を一つの塊にしていく。その大きさはゆうにワゴン車を超える物になっていった。
「これならば防ぎようがないでしょう…これで終わりよ」
そんな彼女の目にはうっすらと涙が出ていた。それを見てアヤは思った。彼女は苦しくて…でもどうしたらいいのか分からず葛藤しているんだと。
「止めてみせる!そしてお姉さんの想いを今度こそ受け止めてみせる!」
「…さよなら」
雪の塊が放たれアヤに向かってくる。流石にこの大きさでは拳で粉砕するのは無理だ。
「「「「アヤ(君)!」」」」
みんなの焦りの言葉に…しかしアヤは冷静だった。アヤも手を天に上げ力を込める。すると巨大で真っ赤な火の玉が突如現れた。その熱はアヤの周りの雪が一瞬で溶けるほど熱く、まるで小さな太陽にも思えた。アヤはそれを雪の塊へと放った。二つがぶつかると白い蒸気が一斉に発生し耳を塞ぐぐらいの音が生じた。やがて蒸気が消えた頃には雪の塊は消滅し、二つがぶつかった場所は雪が全部無くなり地面が見えていた。
「…そんな…」
もはや彼女に打つ手は無くその場に立ち竦むしかなかった。アヤはゆっくりと近づき彼女を抱きしめた…震えるお姉さんをしっかりと力強く。
「大丈夫…僕達がお姉さんを助けるから。だから一旦落ち着いて…話しを聞いて」
慎重に言葉を掛け安心させようと話掛けるアヤにお姉さんは力を抜き体をあずけた。
「…うん」
ようやく彼女が落ち着いたので本題に入ろうとみんなが集まってきたとき突然彼女の体が白く光り始めた。しかも漆黒だった着物が白へと変わり目の色も戻ってく。
「良かった。これで暴走は収まったってことかな」
安心するアヤだったが、しかしそれでは終わらなかった。徐々にお姉さんの体が消えていきだしたのだ。
「何だ!一体どうして!?」
段々消えていくお姉さんにアヤが動転しているとミサキ先輩が声を上げた。
「しまった!朝日が昇ってきた。このままでは彼女消滅してしまうよ!!」
「何故ですか!?」
アヤの疑問に部長が答えた。
「雪女は本題夜の妖怪です。このままではこの世から消えてしまい二度と会えなくなります!」
「そんな!?」
考えてみればお姉さんと会えたのは真夜中だけだったのだ。早く契約を済まさないと折角暴走を抑えたのに…これから彼女に新しい人生が送れるのに全てが無駄になってしまう。お姉さんを見ると彼女も焦りが見えていた。
「…イヤ!消えたくない!どうしたらいいの!?あたしやっと君を信じようと思ったのに…君に託そうと思ったのに!」
お姉さんは必死にアヤにしがみつきながら助けを求める。
「先輩早く契約をしてください!」
「分かりました!では簡単な方法で契約しましょう。但しアヤ君。この方法は貴方にしか出来ず、又心構えがいります。覚悟がありますか!」
「大丈夫ですので早くお願いします!」
「ではキスをして下さい!それで契約できます!!」
「…え?」
思考が止まってしまったアヤ。キスってあのキス?嘘でしょ?とお姉さんに向き直るも迷ってしまう。逆に彼女はキスの意味が分からず混乱状態だ。
「どうすればいいの?キスって何?」
そんな彼女にミサキ先輩が早口で言った。
「キスってのは接吻て意味!早くしろ!」
それを聞いたお姉さんは迷いなくアヤにキスをした。只でさえパニクッてたアヤの思考は完全に真っ白になり固まった。すると消えかかっていたお姉さんの体から優しい光が発せられ、元に戻っていく。やがて光が弾けキラキラと彼女の周りに瞬いていった。
「「よし!」」
二人の先輩の歓喜の声と、声を出せず呆然と見てる親友二人。そして唇を放し見つめてるお姉さんに、アヤはようやく頭が動き一言掛けようとお姉さんを見て言った。そしてお姉さんも笑顔で答えた。
「あの…これからよろしくです。お姉さん」
「こちらこそよろしく。アヤ君」