八話 再会と過去
あれから数時間。風が戸を叩きつける音に目が覚めたアヤは、しかし腹にまだ痛みがありすぐには起き上がれなかった。どうやら昼間と違って今は天候が少し荒れてるみたいだった。もしかすると雪が降ってるかもしれない。
そこでふと誰か隣にいる気配を感じた。そちらに向いてみると…居た。白い着物を着て肌は白く、そして何よりも綺麗に輝く銀の髪をした女の子が、枕元に座ってアヤを見ていた。しかもその表情はあの時の、最後には笑っていた優しいのではなく、初めにあった時の寂しい表情だった。
「…久しぶり。どうして又寂しい顔をしてるの?」
アヤの問いかけに彼女は驚いた表情をする。まるで十年前と同じ反応だ。そして彼女は前と同じように喜び笑顔になった。
「…見えるの?本当に見えてるの!?」
「…うん。はっきり見えてるよ。十年前と全く変わらないお姉さんの姿が…」
アヤはなんとか起き上がり彼女の顔を見て答える。その言葉を聞いた彼女の目からは涙が溢れ、だけど嬉しくてアヤに抱きついた。彼女に触れた感触は生きてる人間とは思えないほど冷たく、でも何故か温もりを感じた。
「よかった。あたしね、君がここに来たときは必ず君の傍にいたんだよ。それなのに全然気付いてくれなくって…もう二度と君と話すこともできないって、…そう思ったら寂しくて…悲しくて」
彼女はアヤの胸の中で心境を語ってくれた。アヤに会いたくて…でも気付いてもらえず…一人悲観していたと。
「…ゴメン。僕も会いたかったんだ。だけどあれからお姉さんの姿が見られなくなって…あの日の出来事が夢だったんじゃないかって思えて…会えないと諦めてしまってた。でも今日やっと会えてよかった!」
「…あたしも!」
十年分の想いを込めて抱きついてた彼女はやがてアヤから離れ、お互いに向き合うように座りなおした。彼女はもう泣いておらず笑顔に戻っていた。そこでアヤは昔したのと同じ質問を彼女にしてみる。
「お姉さん。前にも聞いたけどもう一度聞きたいんだ。お姉さんはどんな人なの?」
本当は妖怪で…雪女ではと思っているけど、アヤはどうしても本人から直接聞きたかったのだ。
「…うん。今の君ならあたしの過去を言っても大丈夫だね。きっと君ならあたしの想いを受け止めてくれるって信じてるよ」
想い…彼女にどんな過去があったのか…そしてアヤに全て受け止めることが出来るのか?
「頑張ってみる。お姉さんの想いを受け止めてみせるよ。だから教えて…君のことを」
だけどアヤは臆することなく彼女の気持ちに応える。アヤは今一人ではない。ミノリ部長やミサキ先輩、真琴にリョウもいる。みんながいるからアヤは勇気が持てた気がしたのだ!
「ありがとう。…それじゃあ話すね。あたしの過去を…あたしが一体何なのかを」
十年の月日を経て彼女の正体が今明かされるのだった。
ーあたしの家族は昔町で小さいな商いをしててね。父と母、それに三つ下の妹がいたの。生活は楽ではなかったけどみんな楽しく笑いが絶えない家庭だった。そんなある年の暮れ、父が縁談を持ってきたのー
「お紗江、すまんが手を休めてこっちに来なさい」
「何です?お父様」
「実はお前に縁談の話が来ててな。相手はこの町で旅篭屋を営んでいる藤島さんの長男の高文くんだ。年はお前より二つ上で優しく真面目な子だそうだ。どうだ?」
ー旅篭屋はお客さんにお食事をだし泊まって頂く場所でね、当時は町の中で一番繁盛していたのー
「あたしがですか?…でも急ですので今すぐに返事はできません」
「そうだな…では三日やるからそれまでに返事を考えてくれないか?」
「…三日ですか?もう少し頂けないのですか?」
「それが向こうの方からなるべく早い返事が欲しいそうなんだ。嫁ぐとなると旅篭の仕事を覚えなきゃならないしな。それに我が家にとってもお前にとって悪い話じゃないんだ。これが決まれば家の商売も安定するからな」
ーその当時、家の商売はあまり良いとは言えず、でもあたしが嫁ぐことによってそこに我が家の品を使ってもらうことができ、それによって店も安泰になる。だからお父様にとっては是非嫁いでもらいたいと思っていたのよ。だからあたしは二日後に嫁ぐと決めたわー
「お父様、あの話受けようと思います」
「そうか!それはありがたい。」
「で、結納はいつになるのでしょうか?」
「それがな、今あちらさんは忙しい時でな。早くても年が開けてからになりそうだ」
「分かりました。ごほっ、ごほっ」
「ん、どうした?風邪か?」
「いえ、大丈夫です。咳が出るだけですから」
「そうか。結納まで時間はあるからな。それまでに直しておきなさい」
「はい」
ー思えばこの頃からあたしはよく咳をするようになってたの。一応お医者様にも見てもらったけど分からないと言われたわ。でも日を追うごとにあたしの体調は悪くなっていった。そして一月の中頃。何も分からないまま結納の日を迎えたわー
「では高文さんとお紗江の結納を始めたいと思います」
ー父の挨拶で式は始まった。でもその日のあたしは今まで以上に体調が芳しくなかった。それでも無理をして出たのがいけなかったー
「お紗江さん、遅くなってしまい申し訳ない。こちらから縁談を申し入れておきながら一度もご挨拶ができなくて」
「いえ…お仕事がお忙しいと聞いておりましたので仕方のないことだと思います」
「そう言っていただけると幸いです。これからは共に支え合いながら良い家庭を築いていきましょう」
「こちらこそ不束者ですが…よろしくお願いします」
ー高文さんは噂通り誠実な方だったわ。あたしは粗相が無いように咳を堪え、愛想良く振舞おうとした。だけど上手くは出来なくて…高文さんもこちらの異変に気づいてねー
「お紗江さん、大丈夫ですか?何だかあまり元気がないようだが…」
「大丈夫です…ご心配なさらなく…て……う、ゴホッゴホッガフっ!!」
ー耐えられなくなったあたしは咳をしてね……最後は血を吐いたのー
「お紗江さん!大丈夫ですか!!」
「お紗江!どうした!?誰か医者を、早く!!」
ーまさか大事な式の時に吐血するとは思ってなくてね…あたしは結局自分の血を見て気が動転してそのまま意識を失ったわ。気づいたときには我が家に戻っててね…付き添ってくれた母親に思いっきり泣きついたわ。式を台無しにしてしまったこと…相手の高文さんやその家族に粗相をしてしまったこと。それから三日後、あたしの病気が不明な以上町から少し離れた場所にある山に隔離されることになったの。一応身の回りの世話は妹のお静がみてくれた。そして三日に一度は高文さんからの手紙を持ってきてくれたのー
【お紗江さん、お体の具合はどうでしょうか?今年はいつもより雪が多く、又日に日に寒くなってきております。どうか体調を崩されず、一日も早く元気になりますよう願っております】
「本当に高文さんは優しい方ですね。ここに来てからほぼ毎日お手紙を書いて下さって」
「姉上、高文さんの気持ちに応えるためにも早く良くなってくださいね」
「えぇ…ゴホッゴホッ!」
「大丈夫ですか?お薬を用意しますのでもう横になってお休みください」
「ありがとうお静」
「いえ。お医者様も言ってましたが春になればきっと良くなりますよ!」
「…えぇ」
ー妹は健気にあたしを元気付けてくれたわ。…でも一向に回復する気配はなくって、逆に悪くなる一方だった。それでも医者の言葉を信じて春先を待ったの。やがて寒い冬が終わり春が近づいてきたの。だけどあたしは相変わらず床に伏せてね…変わったのは高文さんからの手紙がこなくなったこと…そして毎日来ていた妹がある日一日だけ来なかったこと。そして次の日の夕方、いつも明るい妹が泣きながら来たの。何があったのかあたしは聞いてみたわー
「お静、昨日はどうしたの?それになんで泣いてるの?」
「…姉上、ごめんなさい。私達この町から出ていくことになったの」
ー泣きながら謝ってくる妹の言葉にあたしは耳を疑ったわー
「どうして?何で出ていくの?」
「…実は母上も姉上と同じ病にかかってて…そしたら町の人達から出てけって言われて…うわぁ~ん」
「そんな!!お母様まで!?」
「グスっ…それ…でね、高文さんの家族がね…縁談は無かったことにして欲しいって言ってきてね…」
ー頭が真っ白になって何も考えられなかったわー
「…それではお静達はいつこの町を出ていくの?」
「…今日なの…もう姉上にも会いに来れなくなるの…」
「…そんな…ならあたしも一緒に行きます!」
「…山を超えるからお姉さまには…もう無理です…ごめんなさい。父上たちが待ってるから…行きます……」
ーそう言って妹は泣きながら走って出ていったわ。あたしは暫く動けずただ呆然と妹が出ていった戸を見ていたの。でもここにいても誰もこないって思ったあたしは我に返って急いで妹の後を追ったわ。でも周りには暖かくなったとはいえ雪が多く残っててね…しかも暗くなっていたから自分が何処にいるのかも分からなくなってしまったの。結局走り回ったのが良くなかったのね…又吐血してね…とうとう動けなくなって雪の中で倒れてしまったわー
(…悲しいなぁ。こんな病気になってなかったら…今頃は高文さんと仲睦まじく過ごせてたはずなのになぁ……もういいわ…何も考えずこのまま…)
ーもう誰もいないと思ったあたしは諦めてしまったの。やがて朝日が昇ってようやく周りの景色が見えたとき、あたしの目に入ってきたのは雪に覆われた町だった。普段は見えるであろう田畑や大きく立派な木が真っ白になってて、家が立ち並んでるとこからは人々が起きて朝の作業をしてたわ。ー
(…綺麗な景色だな…)
ー今にも死にそうなのに不思議にもそう思ってるとね…空から雪が降ってきたの。暖かい日なのに不思議だなぁって…降ってきた雪は小さくあたしに触れるとすぐ溶けるの。それを見てあたしは思ったわー
(…あたしの人生…この儚い雪と同じ…似てるなぁ……今はこの雪のように儚い人生だ。でももし今度生まれ変わったらその時は恋をしよう…好きな人と共に生きていける人生を送ろう…)
ーあたしは一人心にそう誓った。するとね、空から小さな光が落ちてきたの…ゆっくりとあたしの横に落ちてきたそれは強く…そして大きく光りだし…やがてそこから一人の女性が現れたの。姿形はあたしと同じ白い着物で銀髪だった。それにとても美しく妖艶な人だったのー
「…あなたは一体?」
「可哀想に…この世に未練がお有りなのですね」
「…はい」
「貴方はもう一度生まれ変わりたいですか?」
ー最初は何を言ってるのか分からなかった。生まれ変わる?そんなことが出来るのかって…でもあたしは決めたの。このままここで死を待つより人生をやり直せる機会があるのならってねー
「…お願いします…あたしはまだ死にたくない…人生をやり直したい!」
「分かりました…只すぐに生まれ変わるのは無理でしょう…暫く眠りについてもらいます…そしていつの日か目覚めたとき貴方の新たな人生が始まりますよ…但し条件があります…それを守れるのならーその願い叶えましょう」
「…条件?」
「一人の男性と恋をしなさい…さもなければ貴方は永遠にこの世をさまようことになります…よろしいですか?」
「…はい…お願いします」
ー覚悟は決めてたし、条件自体はあたしが死ぬ間際に願ってた想いと同じだったから迷いはなかったわ。女性はあたしに手を置き何かの言葉を口にしたの…そしたらあたしの体全身が白い光に包まれてね…そのまま意識を失ったわー
ー次に目を覚ましたとき、あたしの姿はあの方と同じだったのー
(…あたし、生まれ変わったんだ…)
ー涙が止まらなかった…これから新しい人生を生きていける喜びに。暫くして心を落ち着かせたあたしは今の現状を確認したわ。あたしが居た場所はそう、今あるこの家だったの。そして外を見ると暗く雪が降っていた。あたしは家の中を見て回りながらあの方の条件を思い出したの…一人の男性と恋をする。するとある部屋に男性が眠っていたの。別に誰でもいいという訳ではなくって、只久しく誰とも話をしてなかったから声を掛けようと思ったの。でもその男性は全くあたしに気付いてくれなかった。ううん、それだけではなかったの…誰一人あたしの存在に気付く人はいなかった。それなら外に出て別の人を探そうとしたの…でも無理だった。結界が貼られてるみたいにあたしはここから出れなかった。途方に暮れたわ…何も出来ず只日が過ぎていくだけだった。さらに冬が終わり春になる頃にはあたしの意識が無くなり…気付くと又冬の季節に目覚めるの。それが何年も…何十年も同じ事の繰り返し。しまいには何もかも諦めかけてたその時に…やっとあたしを見つけてくれた人がいたの!それが貴方だったー
彼女の過去を聞いたアヤは居た堪れない気持ちになった。人間としての悲惨な人生と、どれぐらいの日々を一人で過ごしてきたのかを。すぐに掛ける言葉が見つからない。
彼女は涙を拭いながら少し笑を見せていた。
「やっと見つけたときは嬉しかった。でもまだ君は子供だったからね、あたしの過去や気持ちを打ち上げるのは無理かなって思ったの。それでも冬に君がここに来たときは声を掛けてたんだけど…どうしてかあたしに気付いてくれなくなっててね。あぁ…又一人なのかなって…諦めてたの。でも今日気付いてもらえて…会えて本当に良かった!」
彼女はとても素敵な笑顔で喜んでいた。この笑顔を守ってあげたい。そして今度は楽しい人生を送ってもらいたい。アヤは彼女を仲間にしようと決めた。
「ねぇ。お姉さんが言ってた条件ってもし叶ったらどうなるの?」
その問いに彼女は首を横に振った。
「分からないわ…あの方はそこまで教えてくれなかった。でも君と恋をしたい。もしその願いが叶ったとき、もしかしたらあたしは成仏するかもしれない…それでもやっと見つけてくれた君となら…あたしに悔いはない!お願いします…あたしと付き合って…」
最後の言葉は消え入るような小さな声だった。アヤは彼女の頼みなら何でも聞こうと思ったがこれに関しては駄目だと思った。付き合うのが嫌な訳じゃない。むしろこんな美しい人となら喜んでお付き合いしたい。でもその後に彼女がどうなるか分からないのが問題だ。仮に条件がクリアしても生き返ると決まってはいない。逆に彼女が言ったように成仏する可能性もある。今まで孤独に生きてきた彼女の為にそれだけはどうしても避けたい。だからアヤは今回の目的を話すことにした。妖怪具現灯さえあれば確実にこの世に残れるからだ。
「お姉さん。僕の話を聞いて欲しいんだ。実は…」
こちらの目的を話そうとして言葉が止まった。理由はアヤの寝ていた布団から誰かが起きてきたのだ!
「ふふぁ~…いまなんじ?」
誰であろうミサキ先輩だった!!何してるんですか先輩は!?それを見た彼女は呆然とし固まってしまってる。どうしてとアヤも頭の中で混乱しながらこの後どうすればいいかを考えるのだった。