七話 妖怪具現灯発動!と契約
「さて、では妖怪具現灯の調整でも始めますか」
各自がそれぞれ準備を始める中、ミサキ先輩はテーブルの上にそれを置き操作し始める。気になるアヤは横に座りやり方を見てみる。六角形の版の中心部は紫色の半球が付いており、その上下には小さめのキーボードと細長い画面がある。ミサキはそこに数字を打ち込んでいた。
「え~と、範囲はこの家の敷地内と庭の所までにするから…これぐらいの広さにしてっと、時間は今が9時だから…タイマーを十時間に一応設定してっと、…これで後はスタートを押すだけで良し!」
「ミサキ先輩、ここの建坪がよく分かりましたね?」
「ん?知らないよ。こんなの勘に決まってるじゃん!」
胸を張って威張る先輩。…あまり胸はないけど。
「ちょッ、良いんですか!?そんな大雑把で?もし範囲が家だけだったら暴れられた場合滅茶苦茶になっちゃいますよ!」
「大丈夫、大丈夫!ウチ自慢じゃないけどこれはって感じる直感で外れた事ないんだよね。だから大船に乗った気分でいなさい!」
…やばい。下手したら明日の朝にはこの家が無くなってるかもしれない。叔父にどんな言い訳をしたら良いのか考えなくてはと思っているアヤ。
「ご心配なさらずに。もし損害がでた場合は私の会社が全面的に補修致しますから!」
そこに今度は部長が胸を張って威張り出した。…いい感じで揺らしながら。でも良いのでしょうか?親の会社を私物化して?流石お嬢様って感じです。…これは絶対何としてでも最悪の自体だけは避けようとアヤは心に誓った。
二人の先輩の言動に若干引いてるアヤにリョウが声を掛けてきた。
「アヤ、そろそろ布団敷きたいんだけど何処のを使えばいいんだ?」
「ああ。僕は部屋のを使うから他は奥の部屋に用意してるって叔母さんが言ってたよ。一応人数分あるから一緒に行こうか。部長、此処に三人分持ってきていいんですよね?」
「えぇ、お願いします」
早速二人で布団を運び入れる。雪国だけあって寒いので毛布を何枚も用意する。
「多分これだけあれば足りるかな?一応暖房も点けっぱなしにすれば大丈夫だし…」
風邪でも引かれたら申し訳ないしと思っていると、部長が徐にエアコンのスイッチを消した。
「ヱ?部長、消さなくてもいいですよ。タイマーをセットしてもいいですし、何なら一晩中点けてもいいんですよ?」
「いえ、大丈夫ですよ。この広さなら遊が居れば問題ありませんから」
どういう事だろう?遊が居ればって…只驚かす以外何も出来ないんじゃなかったっけ?二人が困惑してると隣の部屋で準備をしてたミサキ先輩と真琴が戻ってきた。
「アヤの部屋とウチの部屋は出来たけど、こっちはどう?」
「こちらもいいですよ」
「OK。では具現灯を起動させますか!」
そう言ってミサキがスタートを押すと中心の球が眩しく光りだし、紫の光が部屋を突き抜け家の敷地全体を覆いだした。窓を開け外を見ると光は庭を越え、丁度塀の当たりで止まった。そして決められた範囲まで広がると紫色だった視界が元の光景へと戻る。
「…すごいですね。これで妖怪に会えるんですか?」
「まぁね。後は対象の妖怪が出てくる条件さえ満たしてたら問題なく出会えるはずよ」
少し呆然としながらもちゃんと屋外まで範囲が届いた事にアヤが内心ホッとしていると、不意に真琴が驚きの声を上げた。
「部長!それに先輩も、右手に何か付いてますよ!?」
その言葉にアヤとリョウも視線を向けると、二人の右手には丸い円の中に紫色の紋様が浮かび上がっていた!よく見るとまるで<妖>の文字を崩した感じにも見える。
「あぁ、これ。これは具現灯を使った時に出てくる契約者の証だよ。遊を見てみ。この子にも私たちと同じ紋様があるから」
その言葉に三人が一斉に遊を見る。見られてる遊は恥ずかしいのか、炎の色が何色にも変わっていく。しかしその中心部分には紫色の紋様がくっきりと浮かび上がっていた。
「これでこの子は具現灯が動いてる間は様々な能力が使用できますよ。さっきエアコンを消したのも遊さえ入れば部屋の温度を一定に保てますので」
すると遊の体が徐々に赤みを持ち、それにつれて部屋の温度も上がっていく。そしてものの数分で部屋は快適な温度になった。
「もう…すごいって言葉しか出ませんよ。遊にこんな力があったなんて…」
「ふふん!すごいっしょ!」
ミサキ先輩が又ない胸を張る。…て、これ作ったのってアナタではないんですけどね。すると部長が何か思いついたように手を打つ。
「そうです皆さん、この際遊と契約を結んで頂きましょうか。その方が後々便利ですしね」
「ヱ?わたし達も契約できるんですか?でもさっきの行動を見てる限り契約しなくても只遊にお願いすれば出来るように思えるんですけど?」
真琴の言った通り、先程の行動で別段特別な事はしていないように見えた。するとミサキ先輩が首を横に振にる。
「違う違う。前にとっておきがあるって言ったでしょう。それをするには契約が必要なのよ。んじゃ、先ずはアヤから右手を具現灯の上に置いて。それと生年月日と血液型を教えて」
言われた通り右手をかざしながら答え、ミサキ先輩はそれを打ち込む。
「…名前と、生年月日と、血液型でっと、これで良し!さぁ、契約を始めるよ。大丈夫だって、痛くないから。リラックス、リラックス!」
正直リラックスできません。傍から見れば完全にオカルトで怪しげな儀式であり、警察がいたら職務質問されてもおかしくない状況だ。
「ではポチっとな!」
軽い掛け声でボタンが押されると同時にアヤの右手が紫の光に包まれていく。そして一分ぐらい経った時には光が収まり、右手の甲に先輩達と同じ紋様が浮かび上がった。
「すごい!ミサキ先輩、これで契約は終わったんですか?」
「うん。契約完了だよ。簡単だったでしょう!」
「ねぇアヤ。痛くなかった?大丈夫?」
「全然痛くなかったよ。それにこんなにはっきり文様が見えてるのに違和感が全くないんだ。不思議だよね…」
アヤは甲の文様を触ってみるが普通に手の感触しかなく、まるで紋様が肌と一体化してるかの様だった。
「ほんじゃあ、真琴もリョウもやっちゃおうか。順番に登録するから教えてって!」
この後二人も順に契約を終わらせていく。二人ともアヤと同じで紋様を触ったりして確かめていた。そこに部長が遊を連れてこちらに来た。
「では皆さん、次は遊と契約の儀を致しましょう。こちらも簡単に済みますよ。それぞれ右手で遊の紋様に触れて下さるだけで良いのですから」
部屋の温度を上げるために赤く燃え続けてる遊の体に内心触って平気なのかなと思いながら、早速三人が遊の紋様に手を合わせてみる。すると遊と三人の紋様が赤く光り共鳴し始めた。手が燃えているかの様に見えたが実際は優しい温かさで心地良かった。やがて光が収まるとお互いに最初の紫の紋様へと戻っていく。
「お疲れ様です。これで全ての契約が終わりました。これで皆さんはいつでも遊を使用できますよ」
「但し当然だけど遊は一匹だけだからね、一気に全員では使えないから注意してね」
二人が説明してくれてるが、三人は肝心の≪とっておき≫についての説明を受けてない為全く理解できずにいる。
「すみません、僕達まだよく分かってないんですけど?遊で何が出来るんですか?もっと詳しく教えて下さいよ」
「おっと、もうこんな時間か!ほらアヤはさっさと部屋に戻って寝るように。二人はミノリと交代で仮眠していいからね。ウチも部屋に行って待機しますか。では解散!」
「勝手に話進めないで!教えてくださいよ!」
アヤの心の叫びに、しかし全く聞くことなくミサキ先輩は大広間を出ていった。出る際に小さく欠伸をしながら…。仕方なくアヤは渋々部屋に戻り、真琴とリョウはミノリと一緒に待機するのだった。…大丈夫かな?
部屋に戻り布団の中で横になるアヤだったが、普段は絶対しない出来事を体験したのと、これから会えるであろう十年前の彼女の事を考えると興奮して寝付ける訳がなかった。もし彼女と再会できたとして何を話したらいいのか、どうやって彼女を説得し仲間にしようかと考えたが纏まらず、時間だけが過ぎていく。
(…どうしよう。こんな状態じゃ寝付けないな)
このままでは朝まで起きてしまうかもと思ったアヤは、隣にいるミサキ先輩にメールをしてみる。
【先輩、緊張と興奮とで全く寝付けません!寝たフリでは駄目ですか?】
(これで送信っと。どんな返事が来るかな。って早!)
送って数秒で返信が来たので確認する。
【ウチは眠いから一時間程寝る!要件はミノリにZZZZ】
(うおーい!先輩何寝ちゃってるんですか!?悩み聞かなくていいから起きててくださいよ!)
起きるようメールを打とうとしたがどうせ無視されそうな気がしたので仕方なく部長にさっきと同じ文面を送り、程なく返信が来た。
【アヤ君 気持ちは分かりますよ。しかし残念ながら寝たフリでは難しいかもしれません。<雪女は>眠っている人を対象に現れるのが一つの決まりになってると思われます。つまりアヤ君が彼女と出会うには一度寝て頂かないといけませんね。では眠りに付けるお香がありますのでそちらにお持ちしますね】
お香かぁ。いいかも。待っていると障子の向こうに人影が見え、一声掛けてから入ってきた。
「あれ、真琴?」
「部長じゃなくて残念でした。ほら持ってきてあげたわよ。これがあれば心身共にリラックス出来て眠りに付けるはずだって」
「ありがとう。でもまだ起きてたんだ。てっきり先に軽く寝てるかと思ったんだけど…」
真琴は空手をやってるため毎日朝早くランニングをしてる為、普段から早めに寝るようにしている。だから今夜は夜更しをするために今のうちに少し仮眠を取るのかと思っていた。
「ほら私もね、あんたと同じで興奮して眠れないのよ。だから今はリョウが横になってるわ」
「そっか。でも何時現れるか分からないし、少しでいいから体を休めるといいよ。只でさえ昼に雪合戦して疲れてるんだし」
「そうだけど、…あれは雪合戦とは言わないよね。逃げ回ってただけだし」
そうですね。あれは一方的に打ち込まれただけで終わりましたからね。決して雪合戦ではありません。さてお香も届いて後は寝るだけなのだが、届けに来た真琴が全く出ていこうとしない。何故か顔が少し赤く、モジモジしながらアヤの傍にいる。
「どうしたの?他に何か渡す物があるの?」
「ううん!そうじゃなくてね。…その…もし良ければ一緒に寝てあげてもいいわよ。誰か隣りにいたほうが安心して眠れるかなって…」
…怪しい。今までリョウも含めて三人で何回か一緒に泊まったりしたけど、その都度別々で寝ようといつも真琴が言ってくるのだ。それが普段と状況が違うとはいえ、一緒に寝ようと言ってくるのはおかしいのだ。
「…もしかして部長に何か吹き込まれた?」
「!!」
硬直する真琴!
「…やっぱりか。おかしいと思ったんだ。真琴がそんな事言ってくるなんて」
「そんな事って…」
「だって真琴にしては乙女チック的っていうか、女の子っぽいかなぁッグハァ!!」
言い終わる前に一発ボディブローを入れられたアヤは意識が混濁する。その横では若干涙目ながら憤慨する真琴!
「悪かったわね!どうせ普段から男っぽいって言いたいんでしょ!なによ、折角部長からアヤが安心できるような優しい言葉を掛けてあげてと頼まれたから私なりに考えたのに!」
誰もそこまで思ってないのにと言いたいアヤだが苦しくて言葉が出てこない。そこにメールが届き震える手で確認すると部長からだった。
【お香だけでは効き目が遅いと思いましたので、失礼ながら真琴さんを利用して策を講じさせて頂きました。アヤ君なら突っ込まずにはいられないはずですから(笑)。即効性があって早く寝つけますよ。ではお大事に】
「…部長、…これはや…り過…ぎ……」
真琴には聞こえないよう、絞り出した小さな声でツッコミを入れたアヤはそのまま意識を失った。合掌。