五話 いざ 雪国へ!
翌日、朝早く起きみんなと集合、只今目下新潟に向けて新幹線で移動中である。昨日、アヤの体験談を聞いた後の部長の行動は早かった。叔父に泊まりの許可、新幹線の予約などあっという間に取り付けた。それだけではない。{準備がありますので明日説明します}と言って先に帰っていった。仕方なくそこで解散することにし、そのまま昨日は終わったのだった。
そして今、席を対面にしてお菓子を食べたり、談笑したりと楽しんでいる。……主にミノリ部長とミサキ先輩が。三人はまだ詳しい内容を聞かされていないため、楽しむ余裕すら無い。
「あの…部長、そろそろ教えてくれませんか?雪女って何ですか?」
「えぇ、そうですね。では今回私達の部活内容をお伝えしましょう。昨日アヤ君のお話しを聞いて私とミサキは間違いなくその女性が妖怪であると思いました。そして状況から雪女の可能性があります。」
昨日の会話でどうして妖怪と信じ、雪女と思ったのだどうか?
「どうしてですか?自分で言うのも何ですが子供の時の話ですよ。しかも寝ぼけてたかもしれないのに…」
「子供の時だから見えたんだよ!」
お菓子を食べながらミサキ先輩が言った。
「実はね、子供の時は知識ってそんなに無いでしょ。つまり純真無垢の状態だから大人と違って色んな物が見えやすいの。逆に大人達になると難しくなるわね。フィルターが掛かった状態になっちゃうから。でもアヤは珍しい方よ。ハッキリ言ってそこまで思い出すことは難しいはずなのに」
「そうなんですか?」
誰でもあの体験をしたら忘れられないのではと思っていると、今度はリョウが先輩たちに質問をした。
「では雪女と思ったのは何故でしょうか?」
「そうだねぇ。んじゃ、これから雪女について説明しようか!では一番ポピュラーなヤツを」
ミサキ先輩が徐に雪女について語り始めた。
ー雪女ー
昔、村の外れの小屋に一人若い男性が居た。彼は猟を生業としこの日も山に上り仕事をしていたが、天候が荒れ吹雪になったため、帰り道の途中にあったこの無人の小屋で一休みしていた。
(この状況では明日まで止む事は無いな…。今夜はここで寝て、朝になってから帰るとするか)
男は囲炉裏に火を焼べ、山で捕らえた鹿の肉を焼いて腹を満たした。後は火を絶やさないように注意しながら、軽い眠りにつく。
程なく目を覚ますと側に全身白ずくめの服を着た女が立っていた。肌は透き通るように白く、美人な女性だが、声を掛けてくる事もなくじっと男を見ている。
「誰ですか?もしや貴方の家でしたか?」
男の問いに、しかし女は何も答えない。仕方なく男は火を焼べ直し、余っていた肉を焼き始めた。
「…ここは空家でしてね、私はこの吹雪の中帰れなくなり、ここで朝が来るのを待っていたんです。貴方も同じならここで一晩明かすといい。食べ物も肉で良ければここにあるから食べると良い」
暫く男が支度しているのを見ていた女は、徐にこんな事を言った。
「ワタシはアナタを殺しに来たの。…と言ったらどうします?」
その言葉に一瞬思考が止まる。
「何を言ってるんですか?ハハ、冗談は止めて下さい…」
「冗談ではなくてよ。ワタシの目的はアナタの生気を吸う事。つまりは殺してしまう事になるのよ」
男は未だに信じられない。が、女も冗談で言ってる訳ではないみたいだ。さて、どうするか?しかし女はニコッと笑うと扉の方に向かった。
「止めておきましょう。こんなに優しくされては襲う気力も無くなりました。普通ならワタシを見たら不埒な行為をする輩が多いのに、アナタったら全然そんな素振りも無いものね。それに若いから止してあげる」
「…私は殺されずに済むのですか?」
「えぇ、そうよ。但し今日の事は誰にも言っては駄目よ。もし約束を守れなかったらその時は、ね…」
そう言うと女は囲炉裏に向かって白い吐息をした。すると扉から囲炉裏まで4尺以上離れているにも拘らず、さっきまで赤々と燃えていた木々は一瞬で凍ってしまった!信じられない光景を目の当たりにした男はもう一度女の方に向き直るが、既に其処に女は居なかった。残された男は只只呆然としていた。
そして月日が流れて男は一人の女と出会う。肌が白く、笑顔が似合うとても綺麗な女性だった。二人は恋に落ち、結婚した。二人の間には子供もでき、仲睦まじく時が過ぎていったが、不思議なことに何年たっても嫁は若く、綺麗なままなのだ。
そんなある日の事である。男は仕事から帰ると嫁は食事の準備をしていた。男はふと昔を思い出し嫁に言った。
「君は何故そんなに若く見えるんだろうなぁ。出会ってからもう何年も経つのに。それに君を見てると若い時に会った女性を思い出す。彼女も君みたいに美人だったんだ」
すると嫁は家事を止め、暫く動かなかった。やがて男の方へ振り向きこう言った。
「アナタ、その話を他人にはしないよう言ったはずですが?」
「え?…どうしてその事を……まさか、君はあの時の!?」
「残念。アナタとの生活は楽しかったのになぁ…」
そう告げると女の体から白い光が発した。
「待て!本当に君はあの時の女性だったのか?頼む。私は殺されてもいい!だが子供だけは助けてやって欲しい!」
男は必死に嘆願する。その言葉を聞いた女は笑顔を見せた。
「本当にアナタったら優しいのね。安心して、誰も殺さないわ。ううん、殺せる訳ないじゃない。今まで優しく接してくれたんだから。今までアナタと過ごした日々は楽しかったわ。…じゃあね。子供の事お願いね」
やがて女は強い光と共に消えてしまった。
「とまぁ、こんな感じ」
ミサキ先輩の物語は確かに聞いた事はある。そこで真琴は疑問に思い質問する。
「つまりアヤの場合も雪女が関わってるんですか?でも…アヤの話を聞く限り生死の危険はないようですし、それに雪の日に出会ったからといって雪女とは限らないと思うんですが?」
「確かに真琴の意見は最もね。でもね今言ったのはポピュラーな話なの。この妖怪は今行く新潟の他に富山や長野、東北地方に関東や関西など、雪が降る地域ならどこでも聞ける話なの。そしてその地域によって全く違った伝承があるから、アヤのもその可能性が高いのよ」
その話を聞いていたアヤはなるほど納得していた。実際あの出来事の後色んな本を調べたが、全く同じパターンの妖怪を探すことが出来なかったのだ。
「…ホント怖い雪女に合わなくて良かったです。僕の場合はもう一回会いましょうって言われただけですから」
「安心するのはまだ早いかもだよ、アヤ…」
リョウが神妙な顔で言った。
「ヱ、何でさ?」
「だって最後の言葉は覚えてないんだろ?もしかしたらその時に何か重大な事を言ったかもしれない。それこそ命に関わるような事とか…」
「ちょっと怖い事言わないでよ!大丈夫だよ、多分!」
「ううん、アヤ。リョウの言う通りかも。最悪の事態も考えとかないと…」
「真琴まで!?考えすぎだよ!」
段々不安になってきたアヤは全力で否定する。
「安心して下さい。皆さん!」
すると部長が三人の会話に割って入ってきた。
「大丈夫です。アヤ君は勿論の事ですが皆さんも危険な目には合わせません。それに私達にはとっておきがありますから」
笑顔でそう告げる部長。とっておきって何だどうと思う三人だったが、そこで間もなく到着を知らせるアナウンスが入る。
「おっと、到着するみたいだね。ほら三人共、その話は又後でするから降りる準備して」
結局何の事か分からず仕舞いのまま準備する三人だった。
しかしその後乗り換えた電車では、先輩達が雪景色に夢中になってしまい、結局聞けぬまま叔父が待つ駅に到着した。叔父はワゴン車で迎えに来てくれていた。
「よう、久しぶり!よく来たね」
「お久しぶりです!」
お互いに軽く言葉を交わした後、部長が代表して挨拶をした。
「初めまして、部長の美原です。本日は急なお願いを聴いて頂きありがとうございます。部活動で一晩泊まらせて頂きますが、皆様には迷惑にならないよう心がけますので宜しくお願い到します」
「これはご丁寧にどうも。何も無いとこですが、ゆっくりしてって下さい」
後は簡単な自己紹介をして車に乗り込み出発した。暫く走ると段々小高い山の方に入っていく。そして村を見下ろせる場所に一軒家が見えてきた。ここが叔父の住む家で、アヤが不思議な女性に会った場所でもある。
「久しぶりに来たなぁ!」
背伸びしながら下を見る。今日は雪が止んでいるため遠くの景色も見える。家が所々に在るぐらいで後は一面田畑が広がっている。他にあるとすれば大きな御神木がある神社ぐらいだ。
「ホント、昔とちっとも変わってないや」
「すごい!いい景色!」
景色を見ながら感慨にふけっていると、隣に真琴がやって来た。どうやら真琴もここが気に入ったみたいだ。
「ねぇ、さっき久しぶりって言ったけど、去年はここに来なっかたの?」
「うん。僕ってほとんど勉強してなかったからさ、去年は何処にも行かずずっと勉強に打ち込んでたよ」
「そうなんだぁ~」
「アヤ、真琴、荷物下ろすの手伝ってくれ」
二人で話していると後ろからリョウが荷物を運びながら呼んできた。
「「は~い!」」
返事をし、リョウと一緒に荷物を運ぶ。アヤ達は普通に一晩分の荷物だけしか持ってきてなかったので、バック一個だけだったが、先輩たちはそれぞれ大きめのバックを二三個持ってきていた。今晩の時に使う荷物なのだろうかと思いながら、手分けして運ぶ。
叔父の家は大きな塀に囲まれており、中は大きな庭と母屋がある。母屋は昔ながらの日本家屋でかなり大きい。
「中々立派なお家だねぇ。君のご先祖様って何やっていたの?」
「さぁ?詳しくは聞いたことなかったけど…」
「最初にここに家を建てたのは江戸時代の中頃だったらしいよ」
美咲先輩と話していたら、叔父が家の縁を教えてくれた。
「何でもこの家を建てた人のお祖父さんがね、遺言で此処に建てるよう指示したんだって。不思議だよね、こんな辺鄙な場所に建てるなんて」
なるほどと思いながら、玄関を開け中にお邪魔する。すると奥で叔母が何やら神妙な顔つきで電話をしていた。そしてこっちに気付くと軽く会釈をし、電話の人に一言話して受話器を置いた。
「皆さんいらっしゃい。遠くから来てお疲れでしょう。さぁ、上がって」
「お邪魔します。今晩お世話になります」
最初に部長が挨拶をし、それからみんなも後に続いた。案内されたのは大広間で大きな机と座布団が敷いており、各々荷物を置いて座った。叔父さん達は入口にとこで何やら話をしており、困った顔をしていた。
「ねぇ、何があったのかな?」
真琴が聞いてきたがアヤにも解る訳がない。暫くして二人が入って来た。
「ごめんよ、少し困った事になってね。母がぎっくり腰になってしまってね、これからお世話しに行かないといけなくなったんだ。ただ私だけでは何も出来ないから家内も一緒に行く事になる。そうなると皆さんのお世話する人がいなくなるから困ってね…」
叔父と叔母は本当に困っている。しかしアヤは考えるまでもなかった。
「婆ちゃんが!?それは早く行ってあげたほうがいいよ。一人暮らしなんだし。こっちは僕がいるから大丈夫だよ」
「えぇ、私達も大丈夫です」
「…そうか、すまないね。夕飯の材料は冷蔵庫に入ってるから好きなのを使っていいよ。私は明日の朝には戻ってくるから。アヤ、後はヨロシクね」
「わかった。気を付けてね」
その後、準備を急いで済ませ叔父達は家を出た。二人を見届けた後、部長はこれからの事について話し始めた。
「返って二人が出かけられて良かったです。今晩の目的が迷惑をかけずに実行できますから。…では先ず部屋割りを決めます。アヤ、貴方が女性と会ったのはどの部屋ですか?」
「この大広間の二つ隣の部屋です」
「では貴方はそこで寝てください。なるべく昔と同じ状況で再現したほうが会える確率も高くなりますから。私達はこの大広間と隣の部屋で待機しましょう」
そこでリョウが手を上げる。
「では俺が隣の部屋で待機しましょうか?」
「いえ、そこはミサキにお願いしようと思います。妖怪の知識があるミサキなら対処も早いでしょうから」
「OK!任された!」
これで部屋割りが決まり後は夜を待つだけだ。と、そこでミサキ先輩が急に何かを思い出しバックの方へ向かった。そこから出てきたのは遊だった。
「いや~、ゴメンゴメン。すっかり忘れていたよ」
「遊を連れてきてたんですか?」
「うん。今回の作戦でこの子が必要になるかもしれないからね」
「とっておきって遊の事なんですか。確かに雪女は火に弱そうなイメージですけど…遊って人を驚かすだけですよね。役に立つんですか?」
真琴の意見は最もだ。
「大丈夫。大丈夫!」
でもミサキ先輩は二つ返事で流した。部長を見ると時計を見て時間を確認していた。
「まだ夕食まで時間がありますね」
「どうします?夜のことも考えて何か対策を……」
『雪合戦をしましょう!!』
「「「ハ?」」」
アヤの意見を最後まで聞くことなく、部長が宣言した。呆気にとられる三人。…対策をもっと練ったほうが良いのではと思うアヤだった。