三話 条件と怪火
正座したまま弁解すること約5分、何とか理解して頂く事に成功した。
「よく分かった。君は去年この部室に来て感動し、そして今年受験して合格したと。で、せっかく来たんだから又ここに忍び込んで好き勝手に本を読んでいたと…」
「…はい。仰る通りです」
「ではこのまま先生方に引き渡すからそこから動かないように!」
「スミマセン!マジそれだけは勘弁してください!前科もあってこのままだと合格が取り消されますので、どうか見逃してください!」」
また床に頭を擦り付けるアヤ!プライド零!
「……まぁ、いいわ。不法侵入は許せないけど、本や物が盗まれたわけでは無いし、妖怪に興味がある点ではウチらも同じだから、気持ちはわかるわ」
「ありがとう御座います!」
「その代わり二つ条件がある!」
条件?…まさか!
「…その一つは二度とここに近付かないって事ですか?」
「その逆。そんだけ情熱があるなら部に入って色々手伝って欲しいのよ。今ここに在籍してるのってウチ含めて二人しかいないし、もう一人も女子だから男手が欲しかった所なの」
(…へ?…今入部の許可してくれたってコト?)
「…本当に僕なんかが入部していいんですか?後でこの話やっぱりなしって事になったりは?」
「そんなに疑うならやっぱ君、このまま先生飛び越えて警察に通報しようかな!?」
「通報しないで!ヤッタァ!!これで目的達成出来た!」
「おっと、浮かれるのはまだ早い!」
立ち上がって喜ぼうとしてるアヤに対し彼女の手が、彼の頭を上から押さえ付けてきた。元の姿勢に戻されるアヤ…。
「ヱ、どうして?」
「君、後一つ条件があるんだけど?」
「あ、そうでした、そうでした。余りにも嬉しすぎて忘れてました。で、それは一体何でしょうか?」
「実はあと二人勧誘して欲しいのよ。じゃないとここ同好会になって部費が少なくなったり、この部室も変更させられるの。もちろん次の場所はこんな広くは取ってくれないから本も処分するしかないし」
…何と?部費はともかくこの部室が撤去?本の処分?それを聞いて頭がパニックになりながら彼女に問いただす。
「どうしてですか?今まで部だったんでしょ?このままでいけないんですか?後、部費はともかくなぜ本を処分?図書室に置けばいいじゃないですか?てか、なんで部に入れたのにこんな修羅場なんですか?」
「あぁもう!うるさい!順を追って説明するから静かに聞け!」
バシッと又頭を叩かれた。まだ興奮してるが彼女の話を聞いてみる。
「まったく。…いい、この学校は去年まで一学年しかなかったから、部活をやるにも人数が揃うことはほぼ無かったの。現にサッカー、野球などは全くと言っていいほど部員が集まらず、バスケやバレーも補欠の人数がいないため試合すらできない有様。しかも大半が同好会になるから部費もほとんど出ず自腹になる。そんな状況が続くと誰も部活をしようだなんて思わなくなってしまうよね。かといって強制入部になると、決められた部活しか入れなくなるから生徒たちは不満になる。
そこで先生達が考えたのが最初の一年間は全て部として認め、人数や内容に見合った部費を平等に支払う事にしたの。その代わり新一年生が入った時、規定の人数が揃わなかったら即刻同好会に格下げし、部費も下げられる事になったというわけ。そこまではOK?」
「…はい、大丈夫です。でも何故部室の変更と本の処分なんですか?」
「それは今この学校には四十以上の部があって、それと並行して部室もその数だけあるの。で、新設で空き教室がいっぱいあったから、みんな好き勝手に部室を選んで、人数に似合った大きさの部屋を取らなかったのよ。だから今年は同好会もしくは廃部になったりするから、この機に部室の割り当てを変えていくわけ。
ちなみに図書室に置けないのは、この本が全部マニアックすぎるから。当たり前ね、妖怪の本なんて数冊あれば事足りるし、借りる人もそういないんじゃないかな?だから。以上!」
聞いてみれば確かに理にかなっている。まさか危機的状況に陥ってるとは全く想像してなかったアヤは本気で二人探そうと思った。
「分かりました!何としても二人確保して見せます。え~と…」
「ん?何?」
「そういえば僕達まだ自己紹介してませんでしたよね?」
「おっと、そうだった。ウチは瀬川三咲。三咲でいいわ。あなたは?」
「僕は樫代文月です。一応みんなからはアヤと呼ばれてます。ミサキ先輩、これからよろしくお願いします!」
「うん。こちらもヨロシク…って、いい加減ソファーに座ったら?」
あまりにも話に夢中になってたため、正座したままだったのをすっかり忘れてしまっていた。…でも途中、立とうとしたら先輩に押さえつけられたからこの状態のままになってしまったと思うんだけど…まぁ、いいかと思うアヤだった。
「では、改めて妖探索研究部へようこそ。最初にこの部の活動内容を話すけどその前に、君は何故妖怪を好きになったの?」
「…実はですね、信じてもらえないかもですが、昔いくつか不思議な体験があったんです。で、その事が切っ掛けで好きになったんです」
「不思議な体験?…それはどんな体験だったの?」
興味津々に聞いてくる先輩にアヤも声を弾ませながら答えた。
「簡単に言えば妖怪にあったはずなんです!」
「…はずって、曖昧な発言ね。どうして断言じゃないの?」
「……それがですね、経験したのが5歳ぐらいの話で記憶が曖昧なのと、全部夜の、正確には深夜の時間だったので、夢か現実かの区別が付かなかったんです。でもあの時会った人達と話した事や、その時の表情は今でも断片的ですが記憶にあるんです」
(そうなんだ。その出来事があった後、暫くの間僕は家族や友達にこの体験を話回ったんだ。でも誰にも信じてもらえず、又いくら調べても分かるわけもなく、いつの間にか妖怪は居ないと思うようになっていった。でもこのおかげで妖怪の事をもっと知りたくなり、今の僕があるんだ!)
アヤは心の中で昔の経験を振り返りながら、自分の意志を再確認した。でも先輩が信じてくれるかは別なのだ。
「…やっぱり変ですよね。ありえないですよね。あの時の体験は全部幻だったんですよ。今の全部忘れてください。ハハハ…」
しかし先輩は真面目に彼の言葉を聞いていた。表情一つ変えず真剣に。
「なるほど、君を勧誘して良かった。君のその体験談があればいくつかの妖怪に出会えるかもしれないわね…」
一体どうしたんだどう?妖怪に出会えるって…まさかね。空耳だよね?とアヤは思った。
「先輩、何言ってるんですか?」
「おっとゴメン。ちょっとね。君の体験談は中々興味があるよ。その事は後でじっくり聞くとして…アヤ、妖怪が本当はこの世に存在すると言えば信じる?」
「ヱ、何言ってるんですか?居るわけないじゃないですか。散々調べたし、それこそファンタジーの世界ですよ。」
「ファンタジーねぇ。ところで君の左隣りに居るのはなんだと思う?」
「左?」
左といってもだれか居るわけでもなく、見えるのは窓ガラスだけのはず…だがそっちに向くと火の玉が目と鼻の先にいたのだ。
「ウワァ!!」
驚いてソファーから転げ落ち、腰を抜かす僕。そしてもう一度火の玉を見る。10センチ程の大きさで淡い黄色をしたそれはアヤの頭上をクルクルと楽しげに回っていた。。
「ビックリさせないで下さいよ!コレってあれですよね。よくお化け屋敷で見る糸に釣り下がったヤツ。いつ仕掛けたんですか?」
普段はお化け屋敷に入っても動じないのだが、さすがに急にやられたら誰だって戸惑うはず!
そんな事を思っていたら先輩が火の玉に向かって
「遊、コッチ来い」
すると火の玉がゆらゆらと先輩の傍に行き、先輩はその火の玉をまるで動物に接するのと同じように、優しく撫でていた。
「ミサキ先輩、もしかしてそれ本物ですか?それより熱くないんですか!?」
「うん、本物だし熱くもないよ。こっち来て触ってみたら?」
アヤはなんとか立ち上がり、近づいて恐る恐る触ってみる。炎の部分に触れても全然熱くなく、それどころか手の全体が優しい温かさに包まれた。そして触れている間火の玉はくすぐったいのか、火に色が赤くなったり、黄色になったりと瞬いていた。
「これは怪火。鬼火や人魂の事だけど、この子は全く人に危害を加えようとしないの。どちらかと言えばさっきみたいに人を驚かすのが好きみたい」
「なるほどぉ……。そういえばさっき“ユウ”と言ってましたけど、この火の玉のことですか?」
「そうよ。知ってると思うけどこの手の名前って結構あるのよ。例えば有名なのは“狐火”ね。後は徳島などに伝わる“提灯火”や四国・九州に伝わる“釣瓶火”もあるし、危害を加えるものとして奈良などに伝わる“蜘蛛火”、宮崎の“筬火”など、ホントキリが無くってね。それで二人で考えた結果、高知の“遊火”から文字を一字頂いて“遊”にしたの。この子人を驚かして、遊んでばかりだから丁度いいかなって」
確かに怪火は全国、否、世界各国のどこにでもある妖怪だ。…でも伝承だけで実際にいるなんて思いもしなかったのだ。でもどこから出てきたんだ?と、アヤが窓際に目を向けると、さっきまで明かりが灯っていた灯籠の火袋が、今は消えていた。
「…あれって電気で灯しいたんじゃないんですか?」
「ううん、あれは学校に来た時のこの子のお家。コードがあるのはカモフラージュよ。もし誰かが来て火と勘違いされたら厄介だからね」
なるほどと思いながら、彼にはどうしても聞いてみたい事があった。
「先輩、この子はどこで見つけて、どうやって捕まえたんですか?」
「あゝ、それはね…」
その時扉から、コンコン、とノックをする音が聞こえた。先輩が「どうぞ!」と声をかけて、入って来たのは綺麗な女子だった。
「遅くなってすみません。三咲さん」
「いいよ、全然。こっちは今来客がいて話してたとこだから。それより部長、どうして時間かかったの?」
どうやら来たのはここの部長さんみたいだ。背丈はアヤより上で、ミサキ先輩よりも高い。たぶん真琴と同じぐらいかな?でも真琴と決定的に違うのは、スタイルが抜群でしかも姿勢がすごく綺麗なのだ。まるで良いとこのお嬢様って感じがするのだ。
「えぇ、実は麻理先生から、こちらの方達をこの部室に案内するよう言われまして…」
この人達?誰だろう?と入ってくる人達を見てアヤは顔が真っ青になる。
入ってきたのは呆れ返ったリョウと、指を鳴らしながら殴る気満々の真琴だった。
「や~っと見つけた、アヤ!」
「…オちツいて、マコト。マズはハナシアオウ、ネ?」
「問答無用!!」
ゴスッと鈍い音と共に、彼は意識を失った……。